創価学会破折
学会流本仏論の経緯
―問題指導を時系列に―
【会長本仏論】
会長本仏論は、すべて戸田会長逝去(S33.4.2)後の指導であり、言い出しっぺは池田である。下記【池田本仏論】の池田発言等から考えると、池田の本音は、"自分こそが本仏"ということであり、既に逝去した牧口・戸田両会長は池田本仏論の"露払い"として利用されたのであろう。
因みに、戸田会長は生前「私は凡夫である」(『戸田城聖全集』第4巻106頁)と断言している。
◆仏さまは、ウソをつかないと私は信じます。また、会長先生もウソはつきません。仏さまです(池田大作・S33.9.14/『慧妙』H13.11.1)
◆我々は戸田先生を主人とし、師匠とし、親として……(池田S35.1.22)
◆戸田先生は仏さまであられます(池田大作・S35.4.1)
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すなわち、戸田城聖2代会長の没後、創価学会は会長空席の期間が2年間にわたって続いたが、その間に、総務であった池田大作が、組織的にも完全に学会内の全権を掌握し、3代会長への道を確実なものにしていった。
そして、まさにその時期、池田は、「会長先生は仏さま」という宣伝を繰り返して会長本仏論を学会内に浸透(しんとう)させ、その上で、昭和35年5月、自らがデッチ上げた「仏の座」である会長職に就任したのである。(『慧妙』H13.11.1)
◆仏と等しくならしむ、とは、学会員として、会長の身に三業(さんごう)に等しくならしむ、と拝すべきであろう(「教授試験模範解答」『大白蓮華』S38.1)
【創価学会仏】
◆こういう大勢の学会人がいても、将来、将来といってもこれはいつのことになるかわかりませんけれども、経文が、また仏が出て説かれる時には、"創価学会仏"という仏の名前で(経文に)出る、と。"威音王仏(いおんのうぶつ)"とかいろいろあるでしょう。そういう立場で"創価学会仏"という仏になる。(中略)<※「蔵音王仏の威音王という名前も、今で考えれば、創価学会というような名前で、当時あったと考えてよいわけですか」との質問に答えて>そういう代表の仏の人物がいた、とも言えるし、ひとつは教団があった、とも言えるのです(池田大作・S38.10.18/『慧妙』H16.7.1)
【池田本仏論】
◆私を離れて、いくら戦ってもダメだ。私と境智冥合していなければ、異体同心とはいえない(池田大作『前進』S40.6)
◆私を離れて、いくら戦ってもダメだ。私と境智冥合(きょうちみょうごう) していなければ、異体同心とはいえない。(池田大作『前進』S40.6)
◆私のそばにいたら私になんでも言えるように境智冥合しなさい。それ以外にないよ。私は信心の指導者だ。私しかいないよ。(池田大作『前進』S40.6)
◆私は、何も言わなくてもみな見えているよ。とても敏感なんだ。……私は言ってあげて、罪業を切ってあげているのだ。(池田大作『前進』S41.1)
◆今日本を、そして世界を守る池田先生のみ、現在において主徳を備えていらっしゃる。(中略)私達の師匠池田先生のみ師徳兼備(けんび)でいらっしゃる。(中略)われわれ学会員の幸せを祈ってくださる池田先生こそ親徳具備(ぐび)でいらっしゃる(「講師筆記試験優秀答案」『大白蓮華』S41.2)
◆私から幹部の任命を受けることは、記別(仏が弟子達の未来の成仏を約束すること)を受けることです。会合もただ列座しているのと、記別を受けて出るのとでは違う。記別とは信心の血脈です。これなくしては「法華経を持つとも無益なり」である。私は現在の仏法の指導者です。私を中心にして御本尊を信ずることによってこそ、「霊山(りょうぜん)に近づく鳥は金色になる」との御金言のごとく、幸福境界を確立することができるのです。(池田大作『前進』S42.2)
◆そばにいても、会長の心を知ることは難しい。雖近而不見 (すいごんにふけん)である。(池田大作『前進』S42.2)
◆私の頭の中にあることは全部事件をまぬがれる。頭を通るだけで良くなる。(だから)何でも話しておかねばならないのだ。(池田大作・第15回社長会・S43.8.3)
◆私には全部わかっている。又、本部から、いつも会えないから、電波を発信しているのだけれども、いくら発信しても受信機が壊れていては何もならない。(池田大作『前進』S45.5)
◆なんだかんだ云っても、私とつながりがあるから福運がつく。(池田大作・第40回社長会・S45.11.19)
◆詮ずるところ、戸田は、いつか牧口という一人の不世出の教育者に、「主」「師」「親」を見いだし、純真に仕(つか)えたのである(『人間革命』第2巻269頁S47.8.24発行)
◆「妙法への帰命」という理念は、具体的な実践でいうならば、希有の師への帰命、すなわち「戸田城聖への帰命」でなければならぬ。(『人間革命』第3巻182頁S48.1.2発行)
●最近あるところでは、新しい本仏ができたようなことを宣伝しておる、ということをうすうす聞きました。たいへんに間違ったことであります。もしそうならば正宗の信仰ではありません。正宗の信徒とはいえません。そういう間違った教義を説く人があるならば、法華講の人は身をもってくい止めていただきたい。これが法華講の使命と心得ていただきたい。(第66世日達上人・法華講連合会春季総登山お目通り・S49.4.25)
●だれそれが仏であるという言葉も、この近所で聞かれるのであって、私は非常に憂慮しています。 なるほど、もし、だれそれが仏であるというならば、それは、我々は皆な全部仏であります。 それは理の上からそういうことになります。しかし、我々の宗教として信心するところの仏ではない。 たしかに凡夫が体の仏であるということは、御書にはっきり書いてあります。その体の仏をもって、どこまでも仏だと言いふらしていくならば、たいへん間違ったことになります。やはり末法の仏は、宗祖大聖人以外にはないのであります。(第66世日達上人・富士学林研究科開講式・S49.6.18/『慧妙』H14.5.16)
◆まさしく、現代における”人”への帰命とは師匠への帰命であり、池田会長への帰命となる(副会長『ひのくに』S50・第10号)
●(九州の創価学会が出している『ひのくに』という新聞に)「人への帰命」ということを書いている。それに、「現在における人への帰命とは師匠への帰命であり、池田会長への帰命となる。また池田会長が大聖人の御書を寸分たがわず身に移し実践されていることから、必然的に考えてもそうなるのである」ということが書かれています。ちょっと今信心してない人が考えたならば、なるほどな、と感心するかもわかりません。しかし、これは本宗の教義とは大変間違っている。(第66世日達上人・富士学林研究科開講式・S50.6.27/『慧妙』H14.5.16)
<大聖人の生まれ変わり>
◆昭和52年に起きた有名な話だが、池田大作が千葉の清澄寺(大聖人が幼少の頃に修学された寺)を訪れた際、そこに生える千年杉に向かい、木肌を撫(な)でながら、「久しぶりだね。700年ぶりだねぇ」と呟(つぶや)いてみせた件(※実は、この千年杉の樹齢はまだ約250年だった)や、あるいは、小松原法難に縁の深い華房の地へ行った際には、傷洗いの井戸を見ながら、「あの時(小松原法難の時)は、たしか14人だったかな」と発言した件など、ともかく池田が自分を日蓮大聖人の再誕に見せようとした言動は、数多く目撃されていて枚挙に暇(いとま)がない。(S52『慧妙』H13.11.1)
◆夫妻にとっては、(戸田は)主人であり、師匠であり、親でもある……生涯にわたる人生の師であるからだ(『随筆人間革命』59頁S52.5.3発行)
◆池田先生は大聖人の生まれ変わりである。でも池田先生がそれを言ってしまえば、生命の永遠の何かもわからぬ人々から「何を証拠に」とつめよられ、狂人と断じられてしまうから、終生、御自身が日蓮の再誕である、とは明言されないであろう。それを真に理解した者のみの集団が、今後の創価学会となって残る(学会員『週刊サンケイ』S55.11.13要旨/『慧妙』H13.11.1)
<池田=勝・大聖人=劣>
◆大聖人の場合は人数も少なかった、時代も違う。弟子も少なかった。信者も少ない。そういう意味からいえば楽である。我々の場合には時代は激動である。そしてマスコミもある。陰険な人間ばかりである。大変なことである。しかし一代で終らない。大聖人の場合には一代で一応終えられた(池田 S52.1.16・第4回伸一会総会)
◆大聖人は700年前ご出現なされた。しかし、全然広まらなかった。創価学会が正しいんです(池田 S52.1.26・第2回「インタナショナルの日」)
◆「全世界に広宣流布せよ」との仏の未来記を実現しているのが、我が創価学会である。学会がなければ、法華経も、また御書も、ことごとく虚妄(こもう)となってしまっただろう(池田大作『創価新報』H16.1.21)
◆創価学会が出現しなかったならば、日蓮大聖人の未来記は虚妄になっていた(秋谷栄之助『聖教新聞』H16.1.12)