全ての元凶は「池田大作本仏論」にあった

(『慧妙』H24.7.1)

 何故、創価学会は日蓮正宗から破門されたのか!?創価学会員の中には、いまだに、この点が解(わか)らない人がたくさんおり、過去に学会側から流された悪意の宣伝(例えば「世界中から勲章を貰〈もら〉っている池田先生を猊下が嫉妬〈しっと〉して破門した」等々の悪口)を真に受け、盲目的に学会に従っているようです。
 そこで、日蓮正宗が破門に踏み切らざるをえなかった学会の誤りとは、どのようなものだったのか、なるべく平易に説明して、いまだ学会に騙(だま)されている人達に真実を知っていただきたいと思います。


【これが「池田本仏論」の具体例だ】
 創価学会が日蓮正宗の仏法から外(はず)れ、ついに破門されるに至った原因は、いろいろ挙(あ)げることができますが、何といっても、最も根深い処(ところ)にあった最大の原因は「池田大作本仏論」であった、といえましよう。
 そう言うと学会では「池田本仏論などない。それは、学会員が池田センセーを慕(した)う姿を見て、宗門側がやっかんで言ったものだ」と言いますが、事実はそうではありません。
 特に正本堂建立(昭和47年)以前から学会で信心していた人に振り返ってみていただきたいのですが、当時、学会の組織内では、
 「これは大っぴらに言ってはいけないことになっているのですが、じつは池田センセーは仏の御境涯なのです」
 「はっきり言ってはいけない、と言われていますが、池田センセーは仏様です」
 「(御書講義の中で)ここに出てくる『仏』とは、現代に約せば指導者のことです。指導者とは、私達の師匠である池田センセーです」
等々の指導が繰り返し行なわれており、多くのお宅では、仏壇(もちろん日蓮正宗の御本尊を安置した仏壇)の上方に池田会長の写真が(申し訳のように並べられた日達上人猊下の写真と共に)飾られていました。
 当時の学会員が、何の抵抗もなく耳にし、目にし、時には口にしていた、これらの言動こそが、学会組織の隅々にまで浸透した「池田本仏論」だったのです。
 しかも恐ろしいことに、現代の言葉でいえばマインド・コントロールにあたると思いますが、「大っびらに言ってはいけない」と念を押されていた学会員の多くが、「池田センセーは仏様」との文言を記憶の表層部から消してしまい、他から問い質されると「自分は、センセーが仏だなどという話は聞いたことはない。学会ではそんな指導はしていない」などと言っていたのですから驚かされます(しかし、そう言った人の御書を開いてみると、「仏」という文字の横に、エンピツで「=指導者=池田先生」などと書き込みがあったり、会合での指導をメモしたノートには、「先生は仏」などと記録されていて、書いた本人がそれを見て思い出す、ということすらありました)。
 また、最高絶対と仰(あお)ぐ御本尊の、その上方に池田会長の写真を祀(まつ)って、何の違和感も感じない、ということの異常さは、冷静に考えれば理解できるのではないでしょうか。


▲学会員宅の仏壇の上には池田の写真が掲げられていたが…


【素人を騙す姑息なゴマカシ】
 このような「池田大作本仏論」について、さすがに数百万人もの学会員がいると、その中から疑問を感じ、問題視する声が出てきます。当時の学会員は、同時に日蓮正宗の信徒でもあったわけですから、"我々は日蓮大聖人を仏様として信仰しているのに、何故、池田会長が仏様ということになってしまうのか"との疑問を抱く人が出てくるのは当然のことです。
 そこで学会は、それに対する反論(説得するための論法)も、抜かりなく用意していました。その1つが、「御書には、お題目を唱える者は皆仏だ、と書いてある。だから池田センセーも仏である。それの何が悪いというのか」
というものであり、もう1つが、
 「会長を仏だというような間違(まちが)った指導は、全て途中の幹部が言ったものであり、センセーは自分を仏だなどと一言も言っていない。センセーに間違いはないのである」
というものでした。
 当時、池田本仏論に疑問を感じた学会員のほとんどが、この2つの論法によって納得させられ、学会の中に埋没していきました。
 しかし、この2つの論法は、いずれも素人(しろうと)を騙(だま)すための詭弁(きべん)に過ぎず、仏法上から見れば大きな誤りです。


【我々が仰ぐ仏は日蓮大聖人のみ】
 まず1つめですが、仏法には総・別の二義という立て分けがあり、これを弁(わきま)えなければ、成仏するどころか悪道に堕(お)ちる、とされています(新編P1039・全集P1055)。
 ここで「総」とは、広く浅く一般的に見た場合、「別」とは、絞り込んで深く個別的に見た場合、という立て分けです。
 この立て分けに則っていうならば、総じて、日蓮大聖人の仏法を信じ題目を唱える者は、皆、仏に成(な)れますので、「お題目を唱える者は皆仏だ」ということはできます。しかしながら、別して、宇宙法界の根源の真理理を悟(さと)り、私達に説いてくださる仏(信仰の対象として仰ぐべき仏)というのは、日蓮大聖人ただ御1人しかおられないのです。
 それにも拘(かか)わらず「池田センセーは仏だ」などといって、特に1人だけを個別に取り出し、祀り上げるならば、それは、別して信仰の対象とすべき仏となってしまい、本来、私達が信仰すべき仏・日蓮大聖人の座を奪(うば)い取る、大反逆罪となるのであります。


【「池田本仏論」は本人の自作自演】
 次に2つ目ですが、なるほど池田大作は、自分を仏であるとストレートには言っていません。しかし、戸田2代会長の死後、池田は
 「仏さまは、ウソをつかないと私は信じます。また、会長先生もウソはつきません。仏さまです」(S33.9.14)
 「戸田先生は仏さまであられます」(S35.4.1)
等と大宣伝しておいて、その上で自らが3代会長という「仏さま」の座に着いたのです。
 また、池田は会長就任後も、その代表的著書『人間革命』の中に
 「この若い革命家の『妙法への帰命(きみょう)』という理念は、具体的な実践でいうならば、希有(けう)の師への帰命、すなわち『戸田城聖への帰命』でなければならぬことを、彼は知ったのである」(第3巻)
などと記述しました。しかし、「帰命」とは、御書に
 「南無と申すは天竺のことばにて候。漢土・日本には帰命と申す。帰命と申すは我が命を仏に奉ると申す事なり」(新編P1544・全集P1596)
 「一切の仏の始めは南無と申す。南無と申すは月氏の語、此の土にては帰命と申すなり」(新編P1672・全集1299)
とあるごとく、「南無=仏を自らの命よりも篤(あつ)く敬うこと」であり、私達が「南無」と手を合わせるべき仏様は日蓮大聖人御1人です。それを、創価学会会長に帰命せよ、というなら、会長(むろん、この時の会長は池田大作自身)を仏として信仰せよ、との意になることは申すまでもありません。
 以上のことから明らかなように、池田大作本仏論は、幹部が勝手に言い出したものではなく、まさに池田大作本人による自作自演だったのであります。


▲池田大作は、創価学会会長を「仏さま」と呼び「会長への帰命」を説いた


【全ての誤りと罪障を生んだ元凶】
 さて、日蓮大聖人は
 「日蓮天上天下一切衆生の主君なり、父母なり、師匠なり。(中略)日蓮は今此三界の主なり」(新編P1710・全集879)
と仰(おお)せられ、私達末法の一切衆生を救済してくださる主師親(主君であり、師匠であり、親である)の仏は大聖人御1人であることを明かされています。
 そこに、池田大作などという偽仏(イケダブツとでも言いましょうか)を立てることは、日蓮大聖人の仏法を利用しながら大聖人を押し倒さんとする大謗法に他なりません。
 大聖人は、
 「源濁れば流れ清からず」(新編P465・全集P1273)
と仰せですが、この大謗法こそが、学会に様々な誤りを発生させ、多くの学会員に重い罪障を作らせた元凶であり、ついに日蓮正宗が学会を破門せざるをえなくなった根本原因なのであります。