筆跡鑑定の問題点
【筆跡鑑定というものについて〜これが裁判】
先日、相続問題が発展したかたちでの所有権確認訴訟の判決をもらいました。
とある不動産が被相続人名義のままであったために、その不動産の本当の所有者は誰か、その不動産は遺産なのかどうかという争いです。
判決結果は、こちらの全面勝訴ではあったのですが、相手方からは、こちらが提出した証拠書類に関して、「筆跡鑑定書」というものが証拠提出されていました。それも提出時期は尋問終了後の最終期日直前という噴飯ものの時機でした。。
時機に後れた防御方法ということで証拠不採用を求めたのですが、裁判所はあっさりと採用しました。(中略)
判決書の理由では、一応、この「筆跡鑑定書」なるものについて触れられていました。
つい最近においても、裁判所における「筆跡鑑定」なるものの捉え方はこういうものだという参考までに記しておきます。判決書ではわざわざ括弧書きにより記されていました。
「(なお、一般に筆跡の鑑定は、十分な科学的検証を経ていないという性質上、その証明力には限界があるというべきであるから、その結果のみに基づいて事実を認定するのは相当でない。そして、本件証拠関係によれば、原告らが亡●●から本件各土地を買い受けたとの事実を認めることができることは、既に認定説示したとおりである。)」(判決書)
つまり、「筆跡鑑定書」なるものの結論を裁判所が鵜呑みにすることはまずありませんよ、ということです。「本件証拠関係によれば」とあるように、周辺事情、他の証拠等によって総合的に事実を認定しています。
これが裁判所における筆跡鑑定書の位置づけです。
筆跡鑑定書だけでことの白黒がつくなんてことはまずありません。
偽造か否かといったことが問題となった場合、大事なのは、作成時期やその当時の作成者と関係者との人間関係、作成動機の可能性といった事柄になります。
また、裁判においては裁判所の動きをどう読むのか、といったことも訴訟遂行上、非常に重要な意味を持ちます。裁判官の心証を推測して見合った活動をしないと代理人の訴訟活動は単なる自己満足で終わります。結果に結びつく活動をしないと無意味です。(以下略)
【「筆跡鑑定を信じますか!?」】
今回の特集は、筆跡鑑定を取り上げます。
遺言書や契約書など、金銭が絡む書類をめぐって、鑑定が行われることが多いのですが、現実には客観性や信頼性に疑問を抱かざるを得ない状況もあります。
現状の筆跡鑑定に頼っていては、思わぬ目に遭うかもしれません。
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京都市東山区の鞄店。
主の一澤信三郎さんが店を立ち上げて、この春でまる3年。素朴なデザインと丈夫なカバンを求めて、平日でも全国から客がやって来ます。(中略)
信三郎さんの店の3件隣には、兄が経営する「一澤帆布」があります。先代の遺言書を発端に、老舗の経営権をめぐって裁判で争うことになった兄弟。
あわせて4回の裁判では、兄側が勝訴していましたが、去年11月、大阪高裁がこれまでとまったく逆の判断をくだしました。(中略)
その後、兄が最高裁に上告し、裁判は今も続いていますが、高裁の判決に大きな影響を与えたのは、遺言書の「筆跡鑑定」でした。
しかし、裁判で重視される鑑定には意外な盲点がありました。
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兄弟とも父親が書いたと認めている書簡。遺言書と題して「弟の信三郎さんに経営を委ねる」趣旨が書かれていました。
しかし兄側は、これより新しい別の遺言書を持っていたのです。「兄を中心に兄弟仲よく経営しろ」との内容だったため、本物かどうかが争われました。
裁判で兄側が示した筆跡鑑定は3つ。いずれも、「2通の書簡は、同じ人物が記載したと推定される」との結果でした。
しかし、弟・信三郎さんの依頼を受けた神戸大学の魚住教授は、これらの鑑定を否定し、「筆跡は異なる」と主張します。「まったくおかしい。科学性がない」(神戸大学・魚住和晃教授)
鑑定書のひとつは、警察が作成したとされるものです。
兄弟ともに父が書いたと認める「下」という文字と、兄側が持っていた遺言書の文字を比べたものです。警察の鑑定書は、両者が「2画目と3画目の間隔が広い点で共通する」としています。加えて、「原」という字も「1画目、2画目が文字全体と比較して小さい点などが共通する」としています。
このようにして33の文字が検討され、うち29文字が共通するとして、同一人物のものと判断されました。しかし…
「第2画と第3画が離れるというんですね。くっついてるじゃないですか。離す場合もある。それは共通といえないじゃないですか」(鑑定書に反論する魚住和晃教授)
「こういうものの集積ですよ、“共通”と言っても。不思議でならないですよ」(同)
他にも、反論材料はあります。「布」という字の筆順の違いです。
「こちら(父の字)は、かたかなのノから入って、横にいく。これが正しい筆順なんです。こちら(兄側が持っていた遺言書)のほうは、よく間違える筆順。横から入って斜めに入る」(魚住和晃教授)
「筆順は正しかったり、間違ったりするものでない。正しい筆順を一度身につけた人は、ずっと同じ筆順を使うし」(同)
一方で、こうした魚住教授の見解も、1審では「主観的で、些細(ささい)な違いを強調している」として否定されています。
ひとつの遺言書で分かれた2つの判断。そこには、筆跡鑑定が抱える問題点が潜んでいました。
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(中略)
ここ数年、筆跡鑑定の需要は伸びているそうです。理由は、遺言書や養子縁組での遺産分割をめぐる調停の増加です。その数は5年前に1万件を超え、20年前の1.5倍近くになりました。しかし、その一方で…(中略)
実は鑑定人になるための資格や、確立された学問はありません。そのため、鑑定人は警察OBや大学教授が多いものの、みな、言わば「自称」なのです。
鑑定の相場は40〜50万円と結構な値段ですが、鑑定人の活動や不正をチェックする仕組みもありません。
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信用度が高いと見られがちな警察OBの鑑定であっても、その方法やレベルに疑問を投げかける人もいます。
筆跡鑑定歴20年の根本寛さんです。
「力はあるのかもしれないけど、比較的あっさりしていて、あまり深い掘り下げはしていないな、と」(根本寛)
これは、かつて裁判で争われた嫌がらせの手紙のケース。送り主が、知人かどうかが争われました。「手紙の文字」と知人が書いた8通りの文字が比較されました。
警察OBの鑑定人が注目したのは、手紙の「今」の字。1画目と2画目の間隔、2画目の短さ、3画目が右下がり、という特徴です。一方、知人の字は、1画目と2画目の大部分がくっついている、3画目が右下がりでないことなどを理由に「別人」と判定されました。
根本さんはこの手法に異議を唱えます。
「この特定の仕方は、全くナンセンス、意味がない。書き手がはっきりしているこの8個の文字の中に、どのような筆跡個性があるのかをつかまなければならない」(根本寛)
根本さんは、知人の8つの筆跡に注目し、3画目が上がったり下がったり、字が乱れやすいタイプであると判断。
共通点は、1画目と2画目が小さいこと。そして、4画目が大きいことで、手紙の書き主と「同一人物」とみなしました。
鑑定手法で大きく判断が分かれ、結局、裁判でも真相は明らかになりませんでした。
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こうした現実に、遺産相続の裁判を多く手がける弁護士はこう話します。
「裁判所が筆跡鑑定について相手にしないなら(誰も)頼まないが、裁判所は受け入れているわけで。資格であったり、能力の判定の手法があれば越したことはない」(松井淑子弁護士)
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そんな中、外見での判断が中心だった鑑定をより科学的に行う研究が進められています。
文字をパソコンに取り込み特殊な加工を施すことで、顕微鏡でも見えなかった「筆圧」を分析しようというのです。
「どこに筆圧がかかっているかを図示することができる」(神戸大学・和田彩)
画面が青くなっている部分が、字を書くときに力が入っている場所で、筆圧は人によって違うため、偽造を見破る上で有効なカードになるといいます。
「外見上同じような場合でも、分析すると癖が出ますので、一目瞭然になると思います」(神戸大学・和田彩)
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多くの人の人生を大きく左右しかねない筆跡鑑定。裁判の公正さを保つための整備が必要です。