"正本堂のモルタル崩落は『慧妙』の自作自演"と

―またも大ウソ並べた『創価新報』―
―こうした虚偽宣伝が創価学会の常套手段―
―破門当時を知らぬ青年層の洗脳狙う!?―

(『慧妙』H24.11.1)

【創価学会破門から21年】
―青年部洗脳に励む『新報』―
 創価学会が破門されて、今月で21年となる。
 当然のことながら、学会青年部の中では、学会が破門された経緯(けいい)も、またニセ本尊が作成された顛末(てんまつ)や、大客殿・正本堂解体時の学会の狂乱ぶりさえも知らない者が、増えているに違いない。
 そのためであろうか、もっぱら青年部を対象に発行されている『創価新報』が、"無垢(むく)"な青年を一気に洗脳してしまおうとばかりに、悪辣(あくらつ)な虚構記事を書き連(つら)ねている。
 10月17日付けの『創価新報』の5面には、「嫉妬(しっと)に狂った阿部日顕 解体理由を捏造(ねつぞう)して広宣流布の大殿堂を破壊」との、おどろおどろしい見出しが躍った。
 しかして、御隠尊日顕上人を「醜(みにく)い嫉妬と怨念(おんねん)に狂った破壊魔」と罵(ののし)り、
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正本堂破壊が、日顕(上人)の私怨(しえん)にまかせた理不尽な横暴であることは、コロッと変遷(へんせん)させた解体理由からも明白。日顕宗は『慧妙』で、「正本堂の老朽化が著しく進み、すでに部分崩落まで始まるという、完全なる末期状態にある」などど解体理由を発表していたが、その根拠が自作自演の工作、まったくの捏造であることが判明すると、今度は「正本堂解体は偏(ひとえ)に(創価学会の謗法化という)宗教的理由」と理由を転換してしまった(『創価新報』H12.10.17)
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などと書き殴(なぐ)ったのである。


【"池田本仏論"に利用された正本堂】
―解体は謗法の邪念払拭への御英断―
 だが、日蓮正宗宗門として正本堂の解体を決めた理由は、もとより「宗教的理由」で一貫しており、別な理由が発表されたことなどない。その「宗教的理由」とは外でもない、"日蓮大聖人ですら建立できなかった本門戒壇=正本堂を、池田センセーが建立した。ゆえに池田センセーは大聖人をも凌(しの)ぐ仏様"などと宣伝して、正本堂を池田本仏論の現証として利用する池田学会の邪心を断ち切り、かつまた大石寺の寺域を謗法の臭気なく清浄に保たんがため、である。そのことは平成10年4月5日、客殿落慶記念法要最終日における日顕上人の次のような御説法を拝せば明白であろう。
●総本山における仏法を歪曲(わいきょく)した謗法の遺物を徹底して駆逐し、もって破邪顕正の洋々たる広布の未来を開くことこそ、最も緊要のことと存ずる。(第67世日顕上人 H10.4.5)
●池田らの大謗法を敢然(かんぜん)として破折するためにも、今や正本堂より能(あた)う限り速やかに、大御本尊様を御遷座(せんざ)し奉ることこそ、「革新の年」たる本年に最も相応(ふさわ)しい。(同)
●御戒壇様を御遷座申し上げたあと、既(すで)に用途の失われた旧建物は、その徒(いたずら)な巨大さのみの遺物であり、全く無用となる関係上、実情に即した処置を採っていきたい。(同)
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 このように、宗門としては当初より、正本堂の解体はひとえに宗教上の理由、とされているのだが、創価学会では、本紙が、平成10年初頭より正本堂の老朽化について問題提起していたことを奇貨とし、あたかも、宗門が当初は正本堂の老朽化を解体理由としていたかのごとくすり替え、このたびの誹謗(ひぼう)に及んだのであった。


【嘘も百遍言えば『新報』になる!?】
―呆れ果てた『新報』のスリカエ記事―
 しかも『新報』は、その誹謗記事中に事実の歪曲や捏造まで加え、とうてい看過できない内容に仕立て上げている。少々長くなるが、『創価新報』を引用する。
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>日顕宗は、「正本堂の老朽化が著しく進み、すでに部分崩落まで始まるという、完全なる末期状態にある」(1998年4月1日付『慧妙』)などと解体理由を発表。その例に、正本堂雨天広場の柱のモルタルが剥(は)がれ落ちた写真を載(の)せた。
 ところが、もともと、周囲の柱は何ともないのに1箇所だけ派手に崩落する不自然なこの写真。専門家の分析や大石寺関係者の証言から、宗門側の自作自演の工作、まったくの捏造であることが判明した。
 また、同紙は、「正本堂建築に使われた生コンクリートの中に、多量の塩分を含む海砂が混ぜられ、その塩分が、すでに躯体(くたい)の鉄筋をボロボロに腐食させている」(同)とも書いたが、これも事実無根の大ウソ。
 『正本堂建設記録』(1975年発刊)によると、コンクリートには、「現場からさほど遠くない冨士川産の川砂、川砂利」を使用したことが明記されており、厳密な品質管理のもと海砂など混入する余地はなかったことがわかっている。(『創価新報』H12.10.17)
>結局、"老朽化"と騒ぎ出してから、わずか2ヵ月、今度は「正本堂解体は偏に宗教的理由」と理由を転換
 日頭(上人)本人も"謗法だから壊した"などと、先師を否定する暴言を吐いて開き直った。(同)
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 だが、『新報』の挙(あ)げる1998年4月1日号の本紙には、そもそも「部分崩落」の文字も、「完全なる末期状態」の文字も、さらには、それが「解体理由」である、という記述すらも、どこを探しても載っていない。
 それもそのはず、「正本堂解体」が公式発表されたのは、それより4日後の記念法要における御説法(前掲)においてであるから、それ以前に本紙が「解体理由」を発表する、などということはありえないのである。
 本紙は、日顕上人の仰せ出された"宗教上の理由からの解体"ということとは別に、誰の目にも異様に映っていた正本堂の老朽化問題を取り上げていたにすぎないし、その主張は今日まで、撤回も変更もしていない。


【あまりに悪質な『新報』のデマ記事】
―本紙の追及に逃避決め込んだ『新報』―
 このように、事実をネジ曲げていくのは学会の常套(じょうとう)手段だが、それにも増して悪質なのが、本紙が掲載した正本堂雨天広場の柱のモルタル崩落写真を指して「自作自演の工作、まったくの捏造であることが判明した」などと記述していることだ。
 このデタラメ記事については、平成10年5月6日付『創価新報』でも同じ内容を載せたことがあった。
 すなわち『新報』は、当時、本紙が報じた正本堂雨天広場の柱のモルタル崩落は、「若手の僧侶と『慧妙』の発行に深く関与している法華講員が、工具を使って無理やり、剥(は)ぎ落としたもの」と大石寺関係者が証言した、などという全くのデマ報道を行なったのである。
 当然のことながら、ヤラセなど一切しておらぬ本紙は、直ちに『創価新報』に対し、モルタルを剥ぎ落としたという僧侶と法華講員の氏名、およびその日時等を明かすよう求め、デマ記事に厳重抗議する書面を送付した。
 これに対し『創価新報』は、卑怯(ひきょう)にも「貴殿より抗議を受けたり釈明を求められたりする理由がない」として回答を拒否。
 さらに、同年5月20日付『創価新報』で、「正本堂解体への悪らつな工作明白に」と題して、「『慧妙』は悪辣(あくらつ)にも、この柱の汚れを殊更(ことさら)、強調するため、なんと写真の"変造"までしているのである」などとして、本紙が掲載した、赤サビが正本堂の表面にまで染み出している写真は、着色等の不正工作を施した変造写真であるかのごとく報じ、さらなる誹謗中傷を加えてきたのである。
 そもそも創価学会ではあるまいし、本紙が"写真の変造"などする訳がない。それとも、自分達が変造写真を造るのだから相手も造るに違いない、とでも思ったか。
 この許しがたい誹謗中傷に対し、本紙は同年6月16日号において、カラー写真計55枚(!)を使い、正本堂の老朽化の徹底検証を行なった(※ちなみに、赤サビについては、正本堂の工事に海砂が使われていようといまいと、大理石の表面にまで赤サビが染み出していたことは厳然たる事実である)。そしてその上で、『創価新報』に、改めて釈明と謝罪を求める文書を送付したのである。
 以降の『創価新報』は、屁理屈を並べて体面を保とうとしたものの、もはや勝ち目がないことは自明の理。そのまま、貝のごとく、だんまりを決め込むことになったのである。


【繰り返される『新報』の嘘に鉄槌】
―まずは"関係者"の名を明かせ!!―
 かくて『新報』が沈黙してしまったため、本紙もひとまず矛(ほこ)を収めたが、このたび、「事件」から14年が経過したことで"すでに時効が成立"とでも思ったか、またぞろ事実無根の誹謗中傷を本紙に浴びせてきた。
 されば本紙も、徹底追及を再開するのみ。まずは『新報』よ、「自作自演の工作」を行なったという、宗門側僧俗の氏名と、工作の行なわれた日時・状況を次号で明らかにせよ。


▲創価学会の謀略体質が遺憾なく発揮された『創価新報』(10月17日付)