創価学会破折資料
判決
―大阪高裁が京都地裁の不当な却下判決を取り消す判断―
(『宗務広報No.1129』H22.1.28/『大日蓮』H22.3)
宗門有数の古刹である住本寺(京都市東山区)は、「正信会」の元住職・藤川法融が長年占拠し続け、日蓮正宗末寺としての正常な宗教活動ができない状態でしたが、同人は平成20年4月18日に死去しました。
しかし、藤川の病気療養中に、山口法興が住本寺に入り込み、新たに住本寺住職に任命された阿部郭道師が赴任する際も、これを妨害し不法占拠を続けました。
そこで、住本寺(阿部住職)として、山口を相手に、建物明渡しと宝物類の引渡し、さらには損害賠償を求めて京都地裁へ提訴しましたが、京都地裁は、あたかも訴訟の争点が「血脈相承」の有無の判断にあるかのごとく著しく誤解し、あろうことか住本寺の訴えを却下する不当判決を下しました(宗務広報No.1116既報)。
そこで、住本寺は直ちに大阪高裁へ控訴しました。
この訴訟において、本日、大阪高裁第3民事部・岩田好二裁判長は、「日蓮正宗の宗教団体としての自治的決定に従い、阿部郭道が控訴人代表者である」と認めるのが相当として、1審の却下判決を取り消し、京都地裁に差し戻す判断を下しました。
すなわち、「日蓮正宗は昭和54年に阿部日顕が法主兼管長に選定されたとされた後も、今日まで30年以上にわたって多数の被包括宗教法人を抱える宗教団体として活動を続け」ていること、更に「現時点においては多数の被包括宗教法人は、阿部日顕、次いで早瀬日如が管長であることを前提として、宗教団体としてのすべての活動を行っている」、「日蓮正宗及び傘下の多数の被包括宗教法人においては阿部日顕及び早瀬日如が管長であることを前提とする秩序が成立し、早瀬管長によって阿部郭道が住本寺の住職に選任され」たと認定したものであり、これは宗教団体の自治的決定を尊重した極めて正当な判断であります。
本日の控訴審判決は、本件訴訟を京都地裁に差し戻したので、住本寺が日蓮正宗末寺としての健全な宗教活動を再開するには、今暫く時間を要しますが、宗務院としては最善の努力を惜しまず、今後も断固徹底して対処してまいります。
以上
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住本寺は宗門有数の古刹寺院であるが、「正信会」に属する元住職の藤川法融が死去した後も、全くの無関係者に過ぎない山口法興による不法占拠が続いてきた。このような状況に対し長い間、寺院建物の明け渡し等を求めて訴訟が係争中のところ4月19日に山口が死去し、その遺族の申し出により住本寺御宝物・寺院建物等の財産一切が宗門へ引き渡され、日蓮正宗末寺として復帰した。
早速、現住職である阿部郭道御尊師が赴任し、30年ぶりに本来の正常な宗教活動が再開され、今後住本寺復帰奉告法要を奉修すると共に、訴訟は終結の手続きを取り、住本寺事務所も閉鎖する予定。(『大白法』H22.6.1)
東京高裁、学会大幹部らに損害賠償命令!
(『慧妙』H20.2.16)
去る2月13日、東京高等裁判所は、創価学会青年部の大幹部ら(事件当時)が、平成13年9月と16年2月との2度にわたって、深夜、日蓮正宗・御隠尊日顕上人・妙観講らを誹謗(ひぼう)中傷する違法ビラを大量配布した事件で、1審に続き学会大幹部らに対し妙観講および同講講頭に損害賠償金280万円を支払え、との判決を言い渡した。
判決理由の中で裁判所は、妙観講をカルト教団と宣伝したことは違法であること、妙観講が電話盗聴をしたとの断定には根拠がないこと、本紙『慧妙』が「9.11」テロを仏罰だと書いた」とか、日顕上人が「イラン大地震は日蓮正宗を誹謗した罰だと語った」等の宣伝は、事実を歪(ゆが)めていること、妙観講の中で男女関係が乱れているなどという記載には根拠がないこと、本件違法ビラは学会の一部組織を使い相当数の学会員によって作成・配布が行なわれたと認められること―等々を認定。
事実上の妙観講側の大勝利となったのである。(次号詳報)
※(高裁判決文)参照
※(1審判決報道)参照
■違法ビラで学会大幹部らに280万円の賠償命令 多数の学会員を使った組織的な犯行と認定!
―東京高裁―
―妙観講を「カルト」「反社会的」等としたのは違法―
―盗聴疑惑≠烽らためて「根拠なし」と認定―
(『慧妙』H20.3.1)
前号で報じたとおり、去る2月13日、東京高等裁判所は、創価学会青年部の上級幹部ら(事件当時)が、深夜、御隠尊日顕上人ならびに妙観講および同講々頭を誹謗(ひぼう)中傷する違法ビラを全国に大量配布した事件で、1審に続き、学会大幹部らに対し損害賠償金280万円を支払うよう命ずる判決を言い渡した。
しかも、東京高裁は判決の中で、この違法ビラ配布事件は、学会大幹部らの「個人的活動であるとは、とうてい認め難(がた)い」として、多数の学会員が組織的に行なった犯行であることを認定したのである。
【1審に続き高裁でも賠償命令】
―3度も「学会員の組織的犯行」と―
この事件は、平成13年9月、同16年2月の2度にわたり、御隠尊日顕上人と妙観講・大草講頭の顔写真をオウム真理教の麻原彰晃の顔写真などと並べ、「狂信的カルト教団『妙観講』の恐怖」「淫祀邪教」「妙観講よ即刻出て行け!」等の大見出しを付けたカラー印刷の誹謗ビラが、深夜、大量配布されたもの。
平成13年の時は、東京杉並区のほぼ全域と長野県の一部に、そして平成16年の時は、杉並区をはじめ宮城県・千葉県・埼玉県・神奈川県・静岡県・三重県・京都府・大阪府・徳島県の10都府県下、34市区町に、夥(おびただ)しい枚数のビラが各戸配布され、一部では、電柱や自動販売機、個人宅のベランダの物干し、はては道路標識にまで、ノリで貼(は)り付けられていた。
いずれも、人目を避(さ)けて深夜に一斉配布されたばかりか、ビラには発行元の住所も連絡先も一切書かれていないため、犯人を特定するのは困難と思われたが、目撃証言を手がかりに実行犯を追い詰め、そのうち3名を特定することができた。
それは、創価学会の杉並総区副青年部長の高橋浩一、男子部部長の佐渡正浩、静岡(富士正義)県青年部長の山本伸一の3名(役職は事件当時)で、やはり全員が創価学会の青年部幹部だったのである。
そこで、妙観講と大草講頭が、この実行犯の3名並びに創価学会を相手取り、損害賠償を求める民事訴訟を提起。
1審東京地裁は、配布されたビラの違法性を明確に認定し、平成19年5月7日、高橋ら3名に損害賠償金280万円を支払え、との判決を下した。
そして、2審(控訴審)・東京高裁の判決が、このほど2月13日に言い渡されたのだが、損害賠償命令については1審判決をそのまま支持した上、その一々の判決理由においては、妙観講側の主張をほぼ全面的に採用し、創価学会員らの組織的犯行であることにまで踏み込んで言及した、きわめて画期的な判決だったのである。
以下、その主要な点について、概括(がいかつ)して見ていこう。
まず判決は、本件違法ビラの作成・配布を前出・高橋浩一が「自らの個人的な活動であって、創価学会には無関係」と主張している点について、
「自らの出費とカンパによって賄(まかな)ったとの高橋の供述部分はにわかに信用し難く、本件各ビラが、ごく短期間に広い範囲にわたって、多数配布されるなどしたことをも総合すると、本件各ビラの作成・配布等が、高橋が友人・知人の協力を得て行なった個人的な活動であるとは、とうてい認め難い」
として、高橋らの虚偽の供述を斥(しりぞ)けた。
そして、ビラが配布された直後、前出・山本伸一が妙観講々員・佐貫修一氏を学会員だと思って「創価学会の総県幹部、圏幹部、広宣部、男子部の組織を挙(あ)げてビラの配布を行なった」と告白していた事実を挙げて、その告白の「信用性は高い」とし、
「これらを総合考慮すると、本件各ビラの作成・配布等については、創価学会のいずれかの組織を構成する、そうとう多数の学会員が、その意志を通じて関与していたものと推認することができる」
と認定した。
判決はこの認定を、なんと3回も繰り返し強調して述べており、創価学会員の組織的犯行であったことを明確に認めたのである。
【「ビラの内容は著しい誇張と歪曲」】
―「配布の違法性は免れない」と認定―
次に判決は、本件違法ビラは「妙観講が、オウム真理教と同様の狂信的な宗教団体であり、組織的に違法行為ないし反社会的活動を行なっており、住民の生活の平穏を害する危険性がある旨」を書き立てており、これは妙観講と大草講頭の「社会的評価を著しく低下させるものである」と指摘。
さらに、本件違法ビラは「連絡先の記載すらない、文責がおよそ明らかでない文書で」、「いずれも未明から早朝にかけて」「あえて人目を避け」配布された、「作成・配布等の責任の所在を明らかにしない無責任極まりないもの」である、と厳しく断じた。
そして、「これらの事実関係を総合すれば、本件ビラの配布等は、妙観講ひいては日蓮正宗と深刻な対立関係にある、創価学会の会員の一部が、妙観講がオウム真理教等と同類の危険なカルト集団であって、原告大草がオウム真理教の教祖であった麻原彰晃と同じような危険な人物であること≠広く一般に印象付け、これを中傷することを目的としたものである」として、本件違法ビラが作成・配布された背景・目的を指摘し、このようなビラに公益性・公共性などを認めることはできず「配布等の違法性を否定することはできない」と、犯人らの言い訳や正当性の主張を切って捨てたのである。
判決はさらに、本件違法ビラに記載された具体的内容を一いちに検証し、そこに的確な根拠などないことを明らかにしていく。
まず、「妙観講が無差別電話による勧誘を行ない、勧誘目的による執拗(しつよう)な尾行・ストーカー行為を行なった」との記載については、妙観講が一般市民に対し、無差別電話や尾行・ストーカー行為までして勧誘した等と「認めるに足りる的確な証拠はない」のであって、ビラは「事実を誇張している」と認定された。
次に、「妙観講が、顕正会との抗争などにおいて数々の暴力事件を起こした」との記載については、「妙観講の特定の講員が暴行・傷害等を行なったとの具体的な事実を認めるに足りる的確な証拠はない」上、「『血塗られた』などの表現をもって顕正会との抗争を形容している点において、事実を誇張している」ことは否定し難い、と認定された。
さらに、「妙観講が盗聴行為を行なった」との記載については、これまでに提出されている証拠をあらためて精査した結果として、妙観講の元講員で日蓮正宗からも信徒除名された渡邉茂夫が、調査会社に依頼して「電話の盗聴を行なったことが認められる」ものの、それら「各盗聴が、原告大草の指示の元に行なわれたなど、妙観講がこれに関与していたと認めるに足りる証拠はない」と明確に否定された。
これに関しては、妙観講が、学会のメディアによって「盗聴を行なった」と書き立てられて名誉を毀損(きそん)された、として創価学会等を訴えている別件訴訟において、あたかも妙観講の盗聴関与が疑われるかのごとき不当判決が出た(平成19年9月19日・東京高裁)が、これも踏まえた上で、今回、東京高裁はあらためて証拠調べを行ない、妙観講が盗聴に関与したとの記述には根拠がない≠ニの正当な判断を下したのである。
次に、「妙観講が平成13年7月の参議院議員選挙において数々の違反を行なった」との記載については、「記録を精査しても、違反行為に妙観講が組織的に関与していた事実」を「認めるに足りる的確な証拠は全くない」のであって、「著しく事実を歪曲(わいきょく)し、誇張するものというほかはない」と断じられた。
次に、「妙観講内には乱れた男女関係がある」等の記載については、その根拠とされる「『J子の日記』なる文書やこれを裏付ける『旧姓Oさん』の手記なるものがあるが、その作成者を含めた作成経緯やその内容の真偽については」「争いのあることが明らかであり」まったく「断定するに足りる的確な証拠はない。」それにもかかわらず「妙観講内の男女関係が乱れきっている、と述べるなどは、確たる根拠もないのに、著しく誇張した事実を摘示したものというほかはない」と断じられた。
さらに、本紙『慧妙』が「米国の9.11テロを仏罰だといって喜んだ」とか御隠尊日顕上人が「イランで5万人が死んだ大地震も我々を批判した罰だと述べた」等の記載については、もとより「上記の記事や発言は、日蓮正宗の教義を前提とするもの」であり、「その意図するところを(違法ビラの記載は)かなり曲解しているものといわざるを得ない」と、まことに正当に認定された。
また、「妙観講の活動により、地域住民の平穏な生活が脅(おびや)かされている」との記載については、妙観講関係者の折伏によって「一部の創価学会員の平穏な生活が脅かされている、と見る余地はあるとしても」、「妙観講の活動により、一般の地域住民の平穏な生活が脅かされていることを具体的に示す事実」や「証拠はない」と、これも正当な認定がなされた。
そして、これらの事実認定の積み重ねの上に、判決は、本件違法ビラに記載された内容について「事実を誇張したり、歪曲している点があることは否定でき」ない、として、その悪質さを指摘すると共に、それ(誇張・歪曲した部分)以外の「概(おおむ)ね真実と認めることができる事実のみを前提とした場合」にも、その事実があまりに僅少(きんしょう)であるため「妙観講がオウム真理教等に類する狂信的なカルト教団であり、原告大草はオウム真理教の教祖・麻原彰晃と同じような人物である≠ニする意見ないし論評は、合理的な根拠を持つものとは評価することができず」むしろ「事実の基礎を欠く、人身攻撃に当たる意見ないし論評とみる余地すらある」と、厳しく結論付けたのである。
この判決について妙観講に聞くと、
「創価学会員らによる組織を使った犯行、というところまで踏み込んで認定されたことは、まさにこれまでの長い間の取り組みが実った、という思いです。また、判決理由もほとんど正当な認定をしていただけたので、概ね満足しています」(広報部)
との回答が返ってきた。
今回の判決を通じ、いっそう創価学会の邪悪な正体を見極めて、いよいよ学会員の再折伏に励もうではないか。
本紙と宗門を狙った謀略訴訟に判決
―日蓮正宗勝訴の正当な内容!―
(『慧妙』H20.2.1)
去る1月28日、東京地方裁判所は、創価学会副会長・宮川清彦が本紙『慧妙』発行人及び宗教法人日蓮正宗ほか3名を、名誉毀損で訴えていた事件で、本紙の記事掲載の責任は日蓮正宗には及ばない、とする極めて正当な判決を下した。
この事件は、本紙・第273号(平成16年5月16日号)に寄稿された記事「創価学会が水面下で雑誌『選択』を買収へ!?」中、創価学会が(株)選択出版を買収しようとしており、その交渉に同会副会長・宮川清彦があたった≠ニの内容に対し、宮川が自らの名誉を毀損されたとして、記事を執筆した小多仁伯氏・本紙発行人(当時)の幡野直人・本紙の編集責任者と推測される(むろん学会側から見て)妙観講々頭の大草一男氏・同じく監修責任者と推測される理境坊住職の小川只道尊師・本紙編集を指揮していると推測される宗教法人日蓮正宗を相手取って、総額千百万円の損害賠償を求める訴えを起こしたものである。
そもそも、右のような記事がどのように宮川の名誉を毀損したことになるのか、大いに疑問であるが、それでも訴えを起こしてきた狙いは、明らかに本紙のせいで日蓮正宗宗門に迷惑がかかった≠ニの構図を作り、本紙を宗内で孤立化させるところにあった、と思われる。
これに対し、東京地裁は今回、本紙の記事掲載の責任は日蓮正宗には及ばない、とする極めて正当な判断を下した。併せて、学会側が想像だけで決めつけてきた、妙観講・大草講頭と理境坊・小川尊師の責任についても、これを斥けたのである。ここに、本件訴訟の謀略的な狙いは全て消し飛んだ、といってよい。
なお、一方で地裁の判決は、本件記事が一部、宮川の名誉を毀損するものと認定、執筆者と発行人に対し、宮川の請求のわずか5%にあたる55万円の支払いを命じた(訴訟費用については、宮川に95%を支払うよう命じている)。
だが、本件記事の内容については、同趣旨の記事を『週刊ダイヤモンド』も掲載しており、これに対して宮川が起こした損害賠償請求の訴訟は、宮川の全面敗訴ですでに決着している。そのため、本件記事の執筆者及び発行人としては、今回の判決を不服として控訴を検討中である。
砕け散った!学会の謀略訴訟
―裁判を維持できず訴えを取り下げ―
―訴えた狙いは法華講の折伏を停める事―
―組織主導で訴えたものの大恥曝す惨敗―
(『慧妙』H19.12.1)
このほど、さいたま地裁川越支部で進められてきた裁判で、注目すべき決着がついた。なんと、日蓮正宗と妙観講を相手取って訴訟を起こしていた創価学会側が、1年半にわたる法廷闘争の果てに、裁判を継続することができなくなり、自ら訴えを取り下げてしまったのである。
学会側が、妙観講を陥(おとしい)れ、また法華講員の学会への折伏を妨害せんとして起こした、嫌がらせ訴訟が砕け散った瞬間であった――。
【再折伏への対抗策は「訴える」】
―実際に次々と内容証明を送付―
事の起こりは2年以上前に遡(さかのぼ)る。
当時、日蓮正宗法華講では、平成16年に発刊された『創価学会員への折伏教本』等を使い、一宗を挙げて学会員を折伏・救済していこうとする気運が芽生えつつあった。
ところが、これを黙って見ているわけにはいかない学会側では、組織防衛のための窮余(きゅうよ)の一策を打ってきた。学会員宅を折伏に廻る法華講員に対し、「名誉毀損」「信教の自由の妨害」「器物(※ニセ本尊を指す)破損」等々の用語を使い、
「これ以上、学会員のところを廻るなら、日蓮正宗の責任者である猊下を訴えてやる。それでもよいか!」
等と脅(おど)しにかかったのである。
なかには、法律関係者の学会員までもが折伏の第一線に登場して、こうした脅し文句を並べたため、困惑してしまう法華講員もあった。
また、インターネット上では、学会員が、
「法華講の弱点は住職を巻き込むことだ。住職を訴えてやる、と言えば、法華講の折伏は停(と)められる」
などと書き込んで、盛んに法華講の折伏を停めるための手立てがアピールされ、その結果、法華講に芽生えていた学会折伏の気運は、にわかに冷え込みはじめた。
こうした中で学会側は、これを単なる一時の脅しに終わらせぬため、法的措置(そち)を振りかざして実際の行動に出てきたのである。
それは、学会員を毎月百名近く脱会させてきた理境坊所属の講中・妙観講をターゲットにした、各地の学会系法律事務所からの文書攻撃で始まった。
すなわち、脱会して入講した講員宅に、多数の学会員が押しかけて信仰を翻意(ほんい)させ、その上で学会系法律事務所から
「○○氏は、その意志がないのに勝手に妙観講に入れられた。今後、○○氏に近付いたら法的措置を取る」
と脅す内容証明を、妙観講及び日蓮正宗(代表役員たる御法主上人宛て)に送り付けてきたり、あるいは、脱会してニセ本尊を手放した講員を巧みに翻意させ、これまた法律事務所から
「○○氏宅の御本尊を妙観講の講員に強奪(ごうだつ)された。○日以内に返還しなければ法的措置を取る」
との内容証明を、妙観講と日蓮正宗に送り付けてくる――等々。
その件数は、わずかの間に十数件にも及んだ。
しかし、妙観講の側は、学会員を脱会せしめるにあたっては必ず勧誡願を、またニセ本尊を手放させるにあたっては必ず念書を、本人に書かせて控えを保管していた。そこで、これらの書面の写しを先方に開示し、脱会やニセ本尊処分は間違いなく本人の意志によるものであることを証明すると共に、悪質な脅しに対し強く抗議する文書をもって返答していった。
ともかく妙観講としては、自らの折伏によって日蓮正宗宗門が訴えられる、などという事態は、何としても避けなければならない、との切実な想いで、これを1件1件、水際(みずぎわ)で食い止めていったのである。
【勝算ありと考えた創価学会】
―損害賠償求めて訴訟を提起―
その中で、たまたま諸般の事情から、学会側へ返答せずに置いた1件――埼玉県入間郡在住の学会員U氏夫妻が妙観講の班長である島田好枝さん・野本篤志氏の2名にニセ本尊を奪い取られた、として弁護士が言い掛かりをつけてきた件――について学会側は、反論や返答がないということは自分達に勝算がある≠ニでも思ったのであろう、ここぞとばかり、さいたま地裁に訴えを起こしてきた。
この、U氏宅のニセ本尊に関する件の実際は、次のような次第であった。
平成17年9月、学会員であるU氏宅を、妙観講の島田・野本の両氏が折伏に訪れた。
その時、U氏は、「自分たちはすでに学会の信仰はやめており、池田大作も大嫌いである。学会の本尊も、ちょうど捨てようと思っていたところだから、持って行ってくれ」と言って、自らの手でニセ本尊を捨てたことを表明する念書に署名・捺印し、ニセ本尊を野本氏に引き渡した。
その夜、これを知った学会員らが島田宅に大勢で押し掛け、「U氏の御本尊を返せ」と騒いだが、ニセ本尊を受け取ったのが野本氏であることを知り、そのまま帰って行った。
そして18年5月、突如として、U氏夫妻が本尊を学会から受けた願主は、U氏ではなく妻であり、その妻の不在中にムリヤリ本尊を奪い取られた≠ニ主張して、島田・野本の両氏および妙観講と日蓮正宗を相手取り、U氏の妻が原告となって、さいたま地裁にニセ本尊の返却と330万円の損害賠償を求める訴訟を起こしたのである(原価がせいぜい数百円程度であろうニセ本尊で330万円を要求しようという神経は尋常ではない)。
その訴訟における原告代理人には、学会系の新麹町法律事務所の弁護士5人が名を連ねていた。
【なんと、訴えておいて陳述できず!?】
―その理由を暴露した当事者の発言―
こうして、裁判はスタートし、途中、妙観講側ではU氏の自署・捺印の入った「ニセ本尊破却(はきゃく)確認書」を証拠として裁判所に提出するなど、学会側の主張のおかしい事を1つずつ証明していったが、ここで異変が起こった。
すなわち学会側では、裁判が始まって1年半が経過するにも拘(かか)わらず、いくら裁判長から催促(さいそく)されても、U氏夫妻の陳述書(当事者本人の言い分を書面にしたもの)を裁判所に提出できないのである。
訴えておいて、訴えた側が陳述書を出せない――いったい何故、このような異常事態となったのか!?
じつは、その理由を窺(うかが)わせる発言を、本件訴訟が起こって間もなく、U氏が、たまたま出会った島田好枝さんにしていた。
すなわちU氏は、自分たちの意志でニセ本尊を捨てた、という事実を認めると共に、
「あいつら(※地元の学会幹部ら)、あんた達を訴えたと言ってたぞ」
と語ったのである。これでは、本件訴訟は、U氏夫妻の意向よりも組織主導で起こされた謀略訴訟だ、と指弾(しだん)されても致し方あるまい。
しかもU氏は、この裁判について、学会側に積極的に加担はしなくとも黙認する理由として、
「(島田さんたちが負けてU氏たちが裁判に勝ったら)何百万も払ってくれればいいや。そしたらいくらかもらえるよ」
などという驚くべき発言までしていたのである。
島田さんは、とっさに機転を働かせ、これらU氏の発言を全てICレコーダーに録音。これを入手した妙観講では、いずれ法廷において全てを明らかにすべく、事態の推移を見守った。
だが、やはりU氏が積極的に協力しないためであろう、いくら待っても学会側からはU氏の陳述書が出ないまま、時間が過ぎていったのである――。
【唖然!すでに死亡していた当事者】
―かくて謀略訴訟は完全に決着―
そして本年の7月12日、ついに裁判長は学会弁護団に対し、「U氏の陳述書を出せないのなら、この訴訟は取り下げる方向で考えるように」と言い渡したが、学会側は「検討させてほしい」次には「U氏が入院中なので少し待ってほしい」さらに「妙観講側が原告に謝罪の意を表明する、という内容でなら和解してもいい」等々といって、ズルズルと食い下がり続けた。
だが、11月に入って、驚くべき事実が判明する。じつはU氏は、去る8月16日、すでに死亡していたのであった。
学会弁護団はそれを「知らなかった」と言うが、だとすれば、それほど原告側との意思の疎通(そつう)を欠いたまま、訴訟活動をしていたことになり、もはや何をか言わんや、である。
こうして行き詰まった訴訟は、11月20日、訴えた側が訴えを取り下げるという、創価学会側の大惨敗で決着したのである。
すなわち、法華講員の学会に対する折伏を停止させるための見せしめ≠ニして、また、妙観講の非常識な$ワ伏のせいで日蓮正宗が訴えられたとの構図を作り、妙観講を宗内で孤立化させようとの狙(ねら)いによって、でっち上げられたであろう謀略訴訟は、ここに完全に決着したのである。
この意義は大きい。要するに、学会員に対する折伏の際には、日蓮正宗で所定の勧誡願や念書などをキチンと作成しておくならば、いくら学会員が「訴えてやる」などと脅してきても、それは全くの空(カラ)騒ぎに終わる、ということが証明されたのだから。
我々は、いよいよ御法主日如上人猊下御教導のもと、平成21年の地涌倍増に向けて、現代の「一凶」創価学会に対する折伏に励もうではないか。
創価学会が敗訴
―東京高裁―
―雑誌記事 名誉棄損取り消す―
(『しんぶん赤旗』H19.9.27)
雑誌記事が名誉棄損にあたるとして、創価学会が発行者らを訴えた裁判の控訴審で東京高裁は26日、1審判決を破棄し、創価学会全面敗訴の判決を言い渡しました。
逆転勝訴したのは隔月刊誌『フォーラム』発行人の乙骨正生氏ら。判決などによると同誌2004年1月15日号が「検証―新事実が明らかになった『東村山事件』」という特集記事を掲載。創価学会(青木亨理事長=当時)が、この記事は学会が事件に関与しているとの印象を与えるとして損害賠償を求めて民事提訴しました。
判決で一宮なほみ裁判長は、「記事を一般読者の普通の注意と読み方を基準として全体を通読した場合」に、学会が主張するようには「到底読み取ることはできない」と判断。170万円の賠償と謝罪広告を命じた東京地裁判決を全面的に取り消し、1審以降の裁判費用もすべて創価学会が支払うよう命じました。
東京地裁が学会青年部上級幹部らを弾劾!
―悪質な違法ビラ配布で280万円の損害賠償命令―
―「違法ビラにより妙観講の名誉と信用を著しく毀損」と認定―
―別件の盗聴疑惑≠焉u真実と認めることはできない」と否定―
(『慧妙』H19.5.16)
東京地裁は5月7日、創価学会青年部上級幹部による、日蓮正宗関係者に対する名誉毀損(めいよきそん)を厳しく弾劾(だんがい)した。この事件は、創価学会杉並総区副青年部長、静岡・富士正義「県」青年部長ら(いずれも事件当時の役職)が、理境坊所属妙観講および同講講頭・大草一男氏を誹謗(ひぼう)したデマビラを全国に大量配布し、大草氏らの名誉を著しく毀損したことに対して、妙観講側が刑事・民事の両面で訴えていたもの(刑事告訴の方は、すでに本年1月、学会幹部2名が書類送検され決着)。このほど東京地裁は、学会幹部ら3名に損害賠償金・合計280万円を支払うよう命じた。
また同判決は、昨年暮れに下された、宗門・理境坊や大草氏らが電話盗聴に関与したかのごとく認定した別件訴訟の不当判決を、一言のもとに切って捨てる判断も下している。
【深夜、全国にバラ撒かれた誹謗ビラ】
―悪質な犯人は学会青年部幹部!―
5月7日、東京地裁は、創価学会杉並総区副青年部長の高橋浩一、男子部部長の佐渡正浩、静岡・富士正義「県」青年部長の山本伸一の3人(いずれも役職は事件当時)が、理境坊所属妙観講及び同講講頭・大草一男氏を誹謗(ひぼう)する悪質な誹謗ビラを作成配布したことにより、両者の名誉を著しく毀損(きそん)したとして、3人に対し、合計280万円の支払いを命ずる判決を下した。
判決言い渡しの当日、学会側は何故か全面勝訴≠予想する情報を得ていたらしく、法廷には大勢の学会員が詰めかけていたが、右判決が告げられると、傍聴席は一転して通夜の席のように真っ暗になってしまった。
この事件の概要は、平成16年2月11日の未明、東京都杉並区や静岡県富士宮市など、確認されただけで10都府県の90ヵ所で一斉に、妙観講及び大草氏の名誉を著しく毀損した違法な誹謗ビラが大量にバラ撒(ま)かれる事件が発生。事件の被害者である妙観講と大草氏が、実行犯のうち身元の明らかな3人と創価学会を相手取り、損害賠償を求めて提訴していたもの。
問題のビラには「『妙観講』全国被害者連絡協議会」なる組織名が書かれてはいたが、その住所も、電話番号などの連絡先も不明という、デタラメきわまりない代物。
ただし金はかかっていて、4色のカラー印刷。それに
「淫祠(※原文ママ)邪教・カルト集団『妙観講』の恐怖!」
「オウムやパナウェーブに続く危険な団体!妙観講よ即刻出ていけ!」
「あなたの近所にも潜んでいる――カルト教団妙観講の驚くべき実態」
などという、おどろおどろしい見出しが大書され、さらに、御隠尊日顕上人猊下および大草一男氏の顔写真と、オウム真理教・麻原彰晃やパナウェーブ研究所会員の写真を並べて印刷。
本文中には、あたかも妙観講が、危険なカルト教団であり、政界進出の黒い野望を持っていて、内部では大草氏を筆頭に男女関係が乱れているかのごとく、書き殴(なぐ)られていた。
また、妙観講の拠点を、あたかもオウム真理教か何かの拠点に擬するように「○○道場」などと表記し、その住所を全て挙(あ)げた上で、「あなたの近所にも潜(ひそ)んでいます」などと書かれていた。
これが、人目を避(さ)けた深夜、東京都杉並区の妙観講の本部拠点周辺を中心に、東京都下・宮城県・千葉県・埼玉県・静岡県・三重県・京都府・大阪府・徳島県などで、一斉に個人住宅に大量配布された他、一部では、電柱や自動販売機、個人宅のベランダの物干し、はては道路標識にまで、ノリで貼りつけられるなどしていたのである。
このように、金に糸目をつけない、全国を股にかけた大がかりな誹謗宣伝ができる組織・団体は、そうは多くない。そして、現場から逃げた実行犯≠フ山本と佐渡を特定したところ、案の定、創価学会の青年部幹部だったのである。
そこで、妙観講と大草氏は、まず2人とその関係者、並びに創価学会を相手取り、損害賠償を求める民事訴訟を東京地裁に起こしたのである(甲事件)。
しかして裁判が進んでいくと、その過程で「事件は、創価学会とは無関係に、自分が計画して行なった」と、首謀者(?)が自ら名乗りを上げたのである。
そして、その犯人(?)の学会青年部幹部・高橋浩一が、平成13年8月に、東京都杉並区や長野県下で同じような誹謗ビラを撒いた犯人でもあったことが判明した。
こちらの平成13年の事件は、同じく妙観講と大草氏を誹謗するカラー印刷のビラが、やはり深夜、東京都杉並区のほぼ全域と、長野県下に撒かれたもの。
ビラの内容は、先に挙げた平成16年2月のビラと同様で、オウム真理教の麻原彰晃と日顕上人・大草氏の顔写真を大きく並べ、妙観講の拠点の写真、同年に行なわれた参院選に立候補した妙観講の講員の写真等を掲載したもので、それぞれに悪意に満ちたキャプションがつけられていた。
そして同ビラの本文中には、執拗(しつよう)な勧誘を行なっている∞政界進出の野望を抱いている∞反対者への盗聴行為を行なっている∞妙観講は顕正会などとの間で数々の暴力事件を起こしてきた∞教団内の男女関係が乱れきっている≠ニいった内容が書き殴られると共に、「私たちは、恐るべき狂信的カルト教団妙観講*{部道場(杉並区)の即時撤退を求めて運動している市民グループです」などと書かれていたのである。
その実行犯の1人が高橋だというのだから、これを放っておく手はない。妙観講並びに大草氏は、この事件に関しても、平成17年2月に損害賠償を求めて提訴したのである(乙事件)。
この2つの裁判は昨年12月に結審し、本年2月に判決が言い渡される予定であったが、判決言い渡しの直前になって、言い渡し日が2度にわたって延期されたため、その帰趨(きすう)が注目された。だが、2つの誹謗ビラが妙観講並びに大草氏の名誉を著しく毀損するものであることは誰の目にも明白であったため、このほど東京地裁は、
「被告高橋らの本件各ビラの配布によって、原告らの信用は著しく低下し、原告らの名誉は毀損され、これにより原告らは損害を被ったものと認められる」
として、3人に損害賠償金の支払いを命じた。
また、誹謗ビラの内容についても、政界進出の野望を抱いている≠ニの誹謗は
「原告妙観講が同月の参議院議員選挙において候補者を擁立(ようりつ)し、違法な選挙運動を行なったとの事実を真実と認めることはできない」
と下し、妙観講は顕正会などとの間で数々の暴力事件を起こしてきた≠ニの誹謗は
「原告妙観講が顕正会など他教団との間で暴力抗争を行なったとの事実を真実と認めることはできない」
と下し、反対者への盗聴行為を行なっている≠ニの誹謗は
「原告らが盗聴行為を行なったとの事実を真実と認めることはできない」
と下してしまったのである。
【「妙観講による盗聴疑惑」も一刀両断】
―誹謗報道を続けた『新報』は形無し―
とくに盗聴疑惑については、
「被告らは、原告らが、W(※除名された元妙観講員。判決文では実名。以下同)を介して、T社(※調査会社)に依頼し、平成元年2月ころ、顕正会幹部宅の電話を、同3年5月10日から同月17日にかけて、H(※学会職員)の自宅の電話を、同年11月2日から同月21日にかけて、宣徳寺(※日蓮正宗寺院)の電話を、同月12日から同年12月30日にかけて、U(※宗教ゴロ的活動をしていた人物)の自宅及びその離婚した妻が経営する居酒屋の電話を、それぞれ盗聴させた旨主張する。(略)かかる盗聴が、原告らの指示によって行なわれたと認めるに足りる証拠はない。
したがって、原告らが盗聴行為を行なったとの事実を真実と認めることはできない」
と、大草氏の依頼によって学会職員などへの盗聴が行なわれた疑いがあるとした、平成18年12月27日の東京地裁における不当判決とは正反対の結論を出し、
「被告高橋は、(略)Wの(法廷における)供述を傍聴し、また、宗教機関紙研究会が発行する『勝ち鬨』、『地涌』及び『創価新報』など上記盗聴について報じた数多くの媒体に基づいて、原告妙観講がUの自宅等を盗聴したとの事実を真実と信じたのであるから、被告高橋が原告らが盗聴行為を行なったと信じたことには相当の理由がある旨主張する。
しかしながら、上記媒体により、原告らが盗聴を行なったとの事実の報道等がされていたとしても、そのことから、直ちに、被告高橋において、上記事実が真実であると信ずるにつき相当な理由があった、ということができないことは明らかである。(略)
また、(Wの)供述内容に、上記訴訟においてWが提出した陳述書の内容と異なっている点が多数存在することを認める旨の発言を行なっていることが認められる。
そうすると、被告高橋としては、Wの供述の信用性を慎重に検討する必要があったというべきであるにもかかわらず、被告高橋において、関係者に裏付け調査をするなどしたうえ、上記供述の信用性を検討したことを認めるに足りる証拠はない。
以上によれば、被告高橋は、Wの上記供述の内容につき、慎重にその信用性を検討せず、かつ、裏付け調査を怠(おこた)って、安易に上記供述及び上記媒体の報道のみに依拠(えしょ)して、原告らが盗聴行為を行なったとの事実を本件ビラ1に記載し、これを配布したものであるから、被告高橋が、上記事実を真実と信じたことにつき、相当な理由があったということはできない」
と、Wの証言を聞き、怪文書や『創価新報』等の記事を読んで、妙観講による盗聴事件≠真実だと信じた、という高橋の主張をバッサリと切って捨ててしまったのである。こうなると、創価学会も『創価新報』も、もはや形無しである。
ちなみに『創価新報』では、昨年12月27日の不当判決を奇貨として、本年初頭から何と6回連続で、1乃至2面ブチ抜きで、大々的に、大草氏が盗聴を指示したとする名誉毀損報道を繰り返した。その異様な連続報道は、何かに怯(おび)えているようですらあったが、こうなってみると、その「何か」が明らかであろう。要するに彼らは、かの不当判決を最後まで維持することが難しいのを承知して、短期間にともかく大量の誹謗報道をタレ流し、妙観講に少しでもダメージを与えようと企てたのに違いあるまい。
だが、今回の判決における認定は、その謀(たばか)りをも打ち砕いてしまったのである。
ところで東京地裁は、高橋ら学会幹部らに対しては明快な判断を示す一方、創価学会に対しては、
「本件各ビラの作成及び配布には、多数の被告創価学会会員が関与していたことが窺(うかが)われる」
としながらも、ごく簡単に
「その関与の態様等は明らかでなく、本件各ビラの作成及び配布をもって、被告創価学会の事業の執行ということはできず、また、被告創価学会と被告高橋らとの間に実質的な指揮監督の関係を認めることもできない」
とだけ述べて、学会に対する原告の請求を棄却(ききゃく)している。
この判決について妙観講に聞くと、
「結論としては私たちの主張がおおむね認められたと認識していますが、創価学会の責任を認めず、また一部にとうてい納得できかねる事実認定もありましたので、控訴も視野に入れて対応を検討中です」(広報部)
との回答が返ってきた。
ともあれ、「総区副青年部長」「『県』青年部長」といった学会青年部上級幹部による違法行為が認定されたのは、紛(まぎ)れもない事実。こんな連中が、何万という青年部の指揮を執(と)っているのだから、空恐ろしくなる。日蓮正宗に対する執拗なスパイ活動や偽装入講が絶えないのも、当然といえば当然のことだろう。
我々はこの現実をよく認識し、気を引き締めて学会員の再折伏に励もうではないか。
※(2審判決報道)参照
学会、妙本寺墓地訴訟で大敗北の和解
―ヤブヘビに終わった嫌がらせ訴訟―
(『慧妙』H19.2.1)
平成16年12月、埼玉県・妙本寺の墓地に関し、埼玉県下の創価学会員が墓地使用規則の無効確認などを求めて訴えていた事件で、去る平成18年12月26日、さいたま地裁において和解が成立した。
その和解は、妙本寺側の要求を全て容(い)れた一方で、学会員が当初要求していたものは全く反映されていない、勝訴以上の内容であった!
創価学会員が、埼玉・妙本寺ならびに御住職の藤本信恭尊師を訴えていた裁判で、去る平成18年12月26日、妙本寺側が求めた内容が全て盛り込まれる形で、和解が成立した。
この訴訟は、平成16年12月23日に妙本寺で行なわれた日顕上人猊下御親修法要に対する嫌がらせを目的として、同年12月6日に、妙本寺墓園の墓地を使用する学会員ら5名が、墓地使用規則の無効確認などを求めてさいたま地裁に提訴。その後、平成17年2月(74名)と同年7月(6名)に追加提訴がなされたもの。
ところがこの提訴、委任状を偽造され、本人の知らないあいだに原告にされていた者までいたことが判明するなど、杜撰(ずさん)極まるもの。
このため、平成17年2月の第2次訴訟については、「各原告の個別調査が必要」などという、噴飯(ふんぱん)ものの理由で訴訟を取り下げてしまったほか、他にも訴訟を維持できずに訴えを取り下げる者が出るなど、創価学会側の不当な提訴の実態が露見(ろけん)していた。
この訴訟に対して裁判所は、双方に向けて和解を打診。これにより、原告・被告双方から和解案が出されたが、最終的にまとまった内容は次のとおり。
@原告らは、妙本寺墓地使用規則・細則の有効性を認めること
A原告らは、墓地維持管理料の納入や増額改定について、妙本寺側が提示した案のまま認めること
B原告らは、妙本寺墓地が日蓮正宗の寺院墓地であることに鑑(かんが)み、妙本寺墓地内で、日蓮正宗以外の宗教団体の組織的活動をしないこと
C原告らは、納骨、墓参及び追善回向に際し、墓地使用権者または被埋葬者の家族・親族等による読経・唱題を行うときは、他の墓地利用者に迷惑をかけたり、妙本寺墓地の宗教的な平穏や静謐(せいひつ)を害することのないよう配慮しなければならないこと
このように、和解の内容は、妙本寺側が求めていたものが全て盛り込まれる一方で、創価学会員側の請求内容は何1つ認められないものとなったのである。
ちなみに創価学会員は、この訴訟において、妙本寺が他人の遺骨を入れ間違えた∞墓地区画付近でゴミを燃やしたこと(それも、提訴の20年以上も前に!)で墓地の外柵を汚された≠ネどと主張し、賠償を求めていたが、この和解によって、それらも全て否定された。すなわち、この和解はまさに、妙本寺にとって「勝訴以上の和解」となったのである。
東京高裁、まさかの不当判決下す
―平成19年9月19日―
―同じ事件なのに7回は勝訴、2回は棄却!?―
(『慧妙』H19.10.1)
去る9月19日、東京高等裁判所は、妙観講が創価学会ほか4名を相手に争っていた控訴審の裁判において、妙観講側の控訴を棄却(ききゃく)する判決を下した。
これは、妙観講が日顕上人や指導教師の指示のもとに学会関係者らの電話を盗聴した、との虚偽の記事を、学会の発行する『聖教新聞』『創価新報』等々に書き立てられたとして、妙観講側が創価学会ほか4名に対し、名誉毀損(きそん)による損害賠償と謝罪広告の掲載を求めて提訴した裁判である。
その前提となっているのは、前(さき)に、学会関係者らが妙観講によって電話を盗聴された≠ネどといって日蓮正宗・理境坊・妙観講を相手取って起こした2件の民事訴訟で、それぞれ1審・2審・3審の合計6回にわたり、日蓮正宗や妙観講が盗聴に関わったなどという証拠はない、と認定された妙観講側勝訴の判決(いずれも最高裁において確定判決となっている)であった。
これを受けて、今度は妙観講側が、してもいない電話盗聴をしたと書き立てられ名誉を毀損されて重大な損害を被(こうむ)った≠ニ、学会等に損害賠償を求めて訴えを提起していたわけであるが、1審の東京地裁は昨年12月27日、妙観講側の訴えを棄却、さらにこのたびの2審(控訴審)も前述のごとく訴えを棄却してしまったのであった。
この間、去る5月7日に言い渡された別件訴訟(誹謗〈ひぼう〉ビラ配布事件。本紙5月16日号既報)の判決中で、東京地裁は、妙観講が盗聴に関わったといえるような証拠はない、と認定して、誹謗ビラを配布した学会大幹部らに損害賠償を命ずる、妙観講側勝訴の判決を下している。
こうして見ると、同じ電話盗聴事件≠ノ関して、一方では、妙観講は盗聴などに無関係と認定した、妙観講側勝訴の判決が7回、一方では、妙観講の主張を無視して訴えを棄却した、ねじれ判決が2回出たことになり、まったくもって不可解極まりない事態といえる。
しかも、このたびの東京高裁の判決の内容たるや、「当裁判所の判断」として示されたのは、わずか2頁半、妙観講側が膨大(ぼうだい)な書証を費やして1審判決の不当性を指摘した点については、全く具体的な判断を避けてしまう、という、首を傾げざるをえないものであった。
この現実を見るかぎり、やはり今の日本の政治と社会は、諸御抄に示される「悪比丘(邪宗教)」と「悪王(政治権力)」が結託した状態にあり、このような社会においては、正法の信行者の訴えがそのとおりに認められることは甚(はなは)だ困難である、と痛感させられる。
妙観講では、東京高裁の判決を不当として上告を準備中、とのことであるが、いずれにせよ、一切の根本的な解決は折伏による正法流布しかない、ということを肝(きも)に銘じ、共々、これまで以上の折伏に精進していきたいものである。
驚くべき不当判決下る!
―妙観講が創価学会等を訴えていた事件で―
―平成18年12月27日 東京地方裁判所―
(『慧妙』H19.1.16)
去る12月27日、東京地裁において、信じがたい不当判決が下された。
この裁判は、創価学会および学会関連メディアによって事実無根の誹謗(ひぼう)中傷を受け、著(いちじる)しく名誉を毀損(きそん)された、として、理境坊所属妙観講と同講々頭・大草一男氏が、創価学会・第三文明社・報恩社等の5者を相手に、損害賠償を求めて訴えていたもの。
訴訟は平成14年10月に提起され、3年にわたる審理の末、一昨年11月に結審し、昨年2月に判決言い渡しが決定していたが、突如として、言い渡しが2度にわたって延期され、その間の人事異動によって着任した新しい裁判長によって、今回、原告(妙観講と大草講頭)の訴えを棄却(ききゃく)する、との判決が下されたのであった。
そもそも、この事件の概要(がいよう)は、平成7年末頃より、学会怪文書『勝ち鬨(どき)』『地涌』をはじめ、学会機関紙や関連メディアによって、"学会関係者ら2名が元・妙観講員から電話盗聴された、それを指示したのは日蓮正宗・理境坊・妙観講の各代表者である"等の大宣伝が行なわれたことに端を発する。
そして、平成9年・11年には、電話盗聴されたとする学会関係者らが日蓮正宗(日顕上人)・理境坊(小川只道尊師)・妙観講大草講頭を相手取って、2件の訴訟を提起。
これを背景にして、学会メディアや怪文書を使った攻撃はいっそう激しさを増し、そのため、平成12年には、大草氏は父祖の代から経営してきた会社を手放さざるを得ない事態となった。
だが、学会関係者らが"日蓮正宗・理境坊・大草講頭から電話盗聴された"として起こしていた2件の訴訟は、いずれも、1審・2審・3審とも「日蓮正宗も理境坊も大草講頭も、電話盗聴などには全く無関係」と認定。ここに学会側の謀略(ぼうりゃく)報道は砕(くだ)け散ったのであった。
しかして、この計6回にわたって認定された確定判決に基づき、今度は妙観講・大草講頭の側が、これまで学会側のなした謀略報道によって著しい損害を受けたことに対し、損害賠償を求めたのが本件の裁判である。
今回下された判決は、別件2件の最高裁判決を無視し、計6回にわたって"とうてい信用することができない"と認定された虚偽の証言や証拠を、なんと"信用するに十分足りる"と認定した上で、既定の結論に沿って、"学会等の報道にはそうと信ずる相当性があったので、名誉毀損は成立しない"との判決を、強引につじつまを合わせて下してしまった感がある。これは明らかに失当であるといわざるをえない。
原告・妙観講の広報部では、「2件の最高裁判決に矛盾(むじゅん)する地裁判決など、誰が見ても首を傾(かし)げる不当判決である。当然、正義を回復するために、1月5日付で控訴に踏みきった」としており、今後の展開が注目される。
いずれにしても我々は、大謗法の充満する国土は魔の力に支配されており、それを打ち破るのは、信力・行力によって顕現する仏力・法力以外にない、と肝(きも)に銘(めい)じ、日々の唱題と折伏に励むのみである。
※[資料]:学会関係者らが"日蓮正宗・理境坊・大草講頭から電話盗聴された"として起こしていた訴訟。
粉砕 不当判決利用した学会の謀略報道
―計6回に及ぶ判決で真相は明らか―
―「宗門・妙観講による電話盗聴≠ヘ認め難い」―
―「役僧をスパイと疑った≠熾s合理極まりない」―
―学会報道の狙いは宗門の分断―
(『慧妙』H19.3.1)
本紙1月16日号で報じた「不当判決」に関連して、『創価新報』が常軌を逸(いっ)した大騒ぎをしている。
いわく「検証、日顕一派(妙観講・大草)全面敗訴の盗聴裁判」「狙(ねら)われた宗門役僧」「断罪された小川只道の作り話」等々――。
『新報』は、2月7日号・21日号に、それぞれ2面ブチ抜きの大特集を続けており、いかにも目新しい誹謗(ひぼう)記事が不足していた『新報』にとっては、ここぞとばかりの力の入り方である。
それにしても、『新報』がこれほどの喧伝(けんでん)をする狙いは何か、といえば、今般の不当判決を奇貨として、日蓮正宗の宗門に揺さぶりをかけ、あわよくば分断へと煽動(せんどう)しよう、ということであろう。
あまりに邪心がミエミエの、くだらぬ魂胆(こんたん)であるが、事情を知らない向きのために、この際、粉砕しておくことにしたい。
【事件の経緯(けいい)】
<昭和62年>盗聴実行犯とされる元妙観講員W、訓告処分を受けて認証幹事の地位失う
<平成3年2月>W、戒告処分
<平成3年4月頃>「学会職員のHから、じつは秋元渉外部長と八木主任理事が学会のスパイである、との情報を得、それを大草講頭・小川住職に報告した。そして日顕上人の決裁により、両者に対する盗聴に踏み切ったが、八木主任理事の住坊たる妙泉坊については未遂に終わった」(W証言)
<平成4年2月>W、妙観講から除名処分(後に日蓮正宗からも信徒除名)
ここで、Wについてだが、Wという男、かつては妙観講の中で認証幹事(兼支部長)の要職に就(つ)いていた時期もあるが、夥(おびただ)しい女性問題や金銭問題等の発覚により、昭和62年に訓告処分を受けて認証幹事の地位を失い、さらに平成3年2月には戒告処分を受けて全ての役職を解任され、同5月からは処分が繰り上がって活動停止処分、そして翌・平成4年2月には除名処分に処されている。
このW、自らを追放した大草講頭や、自分を曲庇(きょくひ)してくれない小川住職を、逆恨み的に憎悪し、学会大幹部や職員らと急接近して、学会本部にも出入りするに及んでいた。
<平成7年暮れ以降>W、学会職員らと情報を交換しながら、怪文書『勝ち鬨』『地涌』や学会機関紙『聖教新聞』『創価新報』等に、宗門・妙観講による電話盗聴事件≠ネどというデマ記事を掲載するのに協力
<平成8年1月頃>学会怪文書『勝ち鬨』『地涌』が、理境坊所属妙観講が元学会員のU宅や宗務院渉外部長・秋元広学尊師の電話を盗聴した、内事部主任理事(当時)・八木日照尊能化も狙われていた%凾フ宣伝を開始し、併(あわ)せて、「証拠品」と称し、秋元尊師の電話の録音テープが何者かの手で宗内に配布される
・これが宗門を攪乱(かくらん)するための謀略であることは、誰の目にも明らかだったため、いくら怪文書や怪情報がバラ撒(ま)かれ続けても、宗門としては歯牙(しが)にもかけなかった。
<平成9年6月>元学会員のU(といっても、この頃のUは「創価学会・主任」なる肩書きの名刺まで使っていた)、盗聴被害に遭(あ)ったとして東京地裁に訴訟提起
・それによれば、Uを学会のスパイであると疑った日蓮正宗宗門と妙観講が、元妙観講々員W(平成4年2月に妙観講から除名、後に日蓮正宗からも信徒除名)に指示を与え、Wが調査会社に依頼してU宅の電話を盗聴した――というのである。
いったい、Uなどという得体の知れない者を、何故、日蓮正宗が「スパイ」と疑って盗聴しなければならないのか。その主張の荒唐無稽(こうとうむけい)さは一目瞭然(いちもくりょうぜん)であった。
ところが、この訴えにより被告の1人となった元妙観講々員Wが、自分は妙観講・大草講頭および理境坊・小川住職からの指示で、調査会社を使って電話盗聴を行なった。その決裁は総本山67世日顕上人が下したものである≠ニ言い出した。
<平成11年12月>学会職員H、盗聴被害に遭ったとして訴訟提起
・何ともデタラメきわまりない話であるが、このWが、裁判の途中で、自分は平成3年4月頃、学会職員のHから、じつは秋元渉外部長と八木主任理事が学会のスパイである、との情報を得、それを大草講頭・小川住職に報告した。そして日顕上人の決裁により、両者に対する盗聴に踏み切ったが、八木主任理事の住坊たる妙泉坊については未遂に終わった≠ネどと言い、さらには学会職員H宅も盗聴した≠ネどと述べたことで、学会による誹謗報道はいちだんと厳しくなり、また平成11年12月には、新たに学会職員Hによる訴訟も提起されたのである。
こうして、宗門・理境坊・妙観講を相手取り、U・学会職員のHが、それぞれ起こした2件の訴訟が法廷で争われた。
その結果は、2つの裁判とも、1審・2審・3審を通じて、宗門・理境坊・妙観講は盗聴になど関与していないと認定、全面勝訴の判決が確定したのである。
今、その判決の要旨をサワリだけ挙げておこう。
【「無実の大草に罪かぶせても平気」と元講員が自白】
―U訴訟・1審判決―
●平成8年5月22日、W(判決では実名)は、桑原年弘との会話で(中略)「はっきりいえば、大草に全部罪かぶせてね、(中略)平気なんですよ、そんなこと。無実の者に罪かぶせたって」などと述べている。(U訴訟・1審判決)
●Wは、本件電話盗聴の事実を自認するに至る経過について、(中略)この点に関するWの主張や供述には一貫性がない。(同上)
●Wが本件電話盗聴を大草講頭ないし小川住職に指示されたという時期は、Wが妙観講の活動停止処分を受けた後で、しかも何らの地位の回復もないまま、翌平成4年2月に妙観講から除名処分を受けた、その間のことであること。(中略)このような時期に、Wの陳述のような会話を交わして、大草講頭ないし小川住職から本件盗聴の指示を受けたとすることは、全く不自然である。(同上)
●盗聴に関し、大草講頭ないしその他の被告らの関与を示すような証拠は、Wの供述を除いては一切ない。(同上)
●学会の幹部であるH(判決では実名)が、これと敵対する日蓮正宗側の人間であるWに対し、(中略)自らの味方というべき学会側のスパイの名を告げたとすること自体、不合理極まりなく、とうてい信じがたい。(同上)
●八木主任理事は、大石寺の内事部の責任者であり、秋元渉外部長は、日蓮正宗の宗務院の要職にあり、大草講頭や小川住職らが、同人らを盗聴するような理由は全くなく、(中略)Uについて盗聴をすべき理由や必要性も全くなかったことが認められる。(同上)
●Wは、本件電話盗聴したテープは全て大草講頭に渡した旨(むね)陳述しているが(中略)信用することはできない。(同上)
●大草講頭の、本件電話盗聴の関与に関するWの供述は、信用し難(がた)い。(同上)
●小川住職とWが理境坊の庫裡で親密に会話をするような関係にあったと認めることはできないこと、などの事情を考慮すれば、Wの小川住職に関する供述も信用することができない。(同上)
●Wは、桑原との電話での本件電話盗聴に関する会話において、「僕が知っている範囲では、猊下関係ないですよ」などと述べていることに照らしても、日顕上人が本件電話盗聴に関与していることは認め難い。(同上)
【「小川住職・大草講頭の指示で盗聴」は信用できない】
―U訴訟・2審判決―
●これらの(盗聴費用の)支払いが、日蓮正宗ないし大石寺により行われたことをうかがわせる証拠はない。(U訴訟・2審判決)
●(盗聴費用の)振込について、妙観講が大草講頭の指示の下に関与していたとは考え難く、むしろW個人において振込を行ったものと見るのが自然である、というべきであり、したがって、大草講頭の指示の下に上記各銀行振込を行った旨のWの上記陳述は、これを信用することが困難というほかない。(同上)
●本件電話盗聴が日蓮正宗ないし大石寺の依頼によるものであった、とのUの主張事実を認めることはできない。(同上)
●請求書に記載された「妙泉坊の件」が、同坊ないしその住職である八木主任理事に対して盗聴をしようとした事実に関するものであることを認めるに足りる証拠はない。(同上)
●(小川住職・大草講頭・日蓮正宗が)Uに対してスパイの嫌疑をかけていたことを示す適確な証拠が見当たらないことからすれば、(中略)日蓮正宗がUに対して本件電話盗聴を行う必要性があった、とまでいうことも困難というほかない。(同上)
●大草講頭においてWに対して、本件電話盗聴を含め、八木主任理事及び秋元渉外部長に対する盗聴も指示した℃|の、Wの供述ないし陳述の信用性を肯定することは困難というほかない。(同上)
●電話盗聴が日顕上人・小川住職および大草講頭の指示により行われた、とするWの供述は信用することができない。(同上)
【盗聴の物証作成に、学会の内部事情に通じている者が関与】
―H訴訟・1審判決―
●(盗聴費用の)振込等のなされた昭和63年から平成4年ころの間、Wが月額14万円の給料以外に他からの収入源を有していなかったことについては、これを認めるに足りる証拠が存しない。(中略)盗聴費用が高額なことから直ちにその出捐(しゅつえん)者が大草講頭らであると即断することはできない。(H訴訟・1審判決)
●(盗聴費用の振込につき、Wは)妙観講・佐藤副講頭に付き添われて銀行に行き、佐藤副講頭が金額とWの名前を書いた振込用紙を、Wが窓口に出して支払った、「この時も妙観講本部近くの銀行だったと記憶しています」と述べる。しかしながら、この陳述は、W名儀の振込みが3回ともWの住居近くの各銀行の支店から行われており、妙観講本部近くの支店から振り込まれたことは1度もない点と、明らかに矛盾(むじゅん)する。(同上)
●Wは当初、振込依頼書に名前を記載したのは佐藤副講頭である旨陳述しながら、その後、いずれの場合(Wと佐藤副講頭のいずれが書く場合)もあった、W自身が書いた、などと述べ、供述を変遷(へんせん)させていることなどに照らせば、大草講頭の指示で各銀行振込を行った旨のWの陳述は採用することができない。(中略)むしろ、W個人において各振込を行ったのではないか、との疑念は払拭(ふっしょく)しきれない。(同上)
●(妙観講で発刊している)『妙観』の記事が、本件盗聴テープに基づいて記載されたものとも認められない。(同上)
●盗聴費用が大草講頭から直接、または大草講頭ないし小川住職を介して、その背後者である大石寺また日顕上人において出捐した、とも認めることはできない。(同上)
●大草講頭が(盗聴を)指示し、大草講頭が費用を出捐するのであれば、請求書もテープも大草講頭に交付されるのが自然であるところ、Wがいずれも保管していたということは、本件盗聴がW個人によって依頼されたのではないかとの疑いを生じさせる。(同上)
●盗聴テープの反訳書作成過程について、Wは、W自身がテープから反訳した旨供述し(中略)反訳のために誰かに渡したということはない旨供述している。しかるに、各反訳書の内容について見るに、(中略)本件反訳書の作成に当たっては、創価学会の内部事情のみならずHらの事情にも通じている者の関与が窺(うかが)われる。(同上)
●調査会社の元社員(判決では実名)が作成した平成4年4月29日付の書面が存するところ、(WやHらは)その内容が、小川住職に対し一方的に雇用条件を示すという異例な内容であることを挙げて、小川住職が一連の盗聴に関与していたという弱みを元社員が握っていたことの証左である、と主張する。しかしながら(中略)書面の記載からは必ずしもその趣旨は明らかでなく、盗聴に小川住職が関与していることを窺わせるような記載もない。(同上)
【盗聴あった、との元講員の証言は証拠価値がない】
―H訴訟・2審判決―
●Wが証人として証言をした時点には、大草講頭・小川住職らに対して敵意を抱いていたことが容易に推認され、自らはHらと和解をした上で、大草講頭らからH宅盗聴を指示された旨を述べるWの証言は、証拠としての価値が極めて低いというべきである。(H訴訟・2審判決)
これら2件の裁判の判決は、それぞれ最高裁の判断を経て確定した。
そして、それを受けて今度は、妙観講・大草講頭の側が、創価学会・第三文明社・報恩社・H・Wの5者を相手取って、名誉毀損(めいよきそん)による損害賠償を求めて提起したのが、このたび不当判決の下った訴訟である。
すでに先行訴訟で最高裁判決も示されている以上、誰もがその帰趨(きすう)は明らかであると見ていたところ、なんと東京地裁の担当裁判官は、重要証拠を恣意(しい)的に見落としたり、なすべき判断の遺漏(いろう)や、証拠の誤読などを重ね、Wの供述をほぼ全面的に採用、大草講頭や小川住職の証言を信用できないとする、驚くべき不当判決を下したのであった(とはいえ、すでに確定している最高裁判決に真っ向から反することはできないためか、判決文の結論は「本件全証拠によっても、本件盗聴がW独自の行為であったのか、大草講頭の指示によって行われたのかは、遂に確定し得ないというべきである」などと結ばれている)。
あたかも、最高裁判決の後に地裁裁判官が最終の判断を下すかのごとき(換言すれば、日本の裁判制度が4審にでもなったかのごとき)異常事態であり、これでは、最高裁判決の重みはどこへ行ってしまったのか、まったく司法の信用が地に堕(お)ちる、といえよう。控訴審において司法に正義が回復されることを心より期待するものである。
以上、盗聴騒動の真相は、過去計6回にわたって下された判決で明らかであり、いかに学会が謀略宣伝を繰り返したところで、日蓮正宗を揺さぶり宗内に亀裂を入れることなど不可能と知るべきであろう。
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<宗門・理境坊・妙観講を相手取り、U・学会職員のHが、それぞれ起こした2件の訴訟>
2つの裁判とも、1審・2審・3審を通じて、宗門・理境坊・妙観講は盗聴になど関与していないと認定、全面勝訴の判決が確定
↑
矛盾
↓
<妙観講・大草講頭の側が、創価学会・第三文明社・報恩社・H・Wの5者を相手取って、名誉毀損(めいよきそん)による損害賠償を求めて提起した訴訟>
言い渡しが2度にわたって延期され、その間の人事異動によって着任した新しい裁判長によって、今回、原告(妙観講と大草講頭)の訴えを棄却(ききゃく)する、との判決が下された(『慧妙』H19.1.16)
それでも
●本件全証拠によっても、本件盗聴がW独自の行為であったのか、大草講頭の指示によって行われたのかは、遂に確定し得ないというべきである(妙観講が原告の1審判決)
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とはいえ、すでに確定している最高裁判決に真っ向から反することはできないためか、判決文の結論は「●」などと結ばれている。
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●被告(※学会幹部)らは、原告らが、W(※除名された元妙観講員。判決文では実名。以下同)を介して、T社(※調査会社)に依頼し、平成元年2月ころ、顕正会幹部宅の電話を、同3年5月10日から同月17日にかけて、H(※学会職員)の自宅の電話を、同年11月2日から同月21日にかけて、宣徳寺(※日蓮正宗寺院)の電話を、同月12日から同年12月30日にかけて、U(※宗教ゴロ的活動をしていた人物)の自宅及びその離婚した妻が経営する居酒屋の電話を、それぞれ盗聴させた旨主張する。(略)かかる盗聴が、原告(※大草講頭)らの指示によって行なわれたと認めるに足りる証拠はない。
したがって、原告らが盗聴行為を行なったとの事実を真実と認めることはできない(東京地裁判決H19.5.7)
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これは、当該不当判決後に出された別件(学会員が妙観講を誹謗するビラを配布し、名誉毀損に問われた)の地裁判決である。ここでは、大草氏の依頼によって学会職員などへの盗聴が行なわれた疑いがあるとした、当該不当判決とは正反対の結論を出している。(法蔵)
『聖教』の悪口座談会に司法の鉄槌下る!
―学会及び秋谷・青木らに損害賠償命令―
(『慧妙』H18.4.1)
去る3月13日、東京地裁(原敏雄裁判長)は、創価学会が発行する『聖教新聞』に掲載された記事が、日蓮正宗御僧侶の名誉を毀損(きそん)している、と認定、宗教法人創価学会および、同会会長・秋谷栄之助、理事長・青木亨、副理事長・原田稔、副会長・奥山義朗、青年部長(事件当時)・杉山保、男子部長(事件当時)・弓谷照彦に対し、連帯して80万円を賠償(ばいしょう)するよう命じた判決を言い渡した。
問題の記事は、平成16年2月13日付『聖教新聞』4面に掲載された、創価学会最高幹部らによる紙上座談会。
といえば、読者諸賢には、これがかの悪名高き(学会員からさえ嫌悪〈けんお〉されている)悪口座談会のことであると、すぐにお分かりになったに違いない。
「正義と勝利の座談会」と銘(めい)打たれた一連の悪口座談会は、同年1月23日より連載が開始され、ほぼ連日、日蓮正宗僧俗をはじめ、創価学会が敵対者と見なす人物・政党・マスコミ等を挙(あ)げつらい、好き勝手に悪口誹謗(ひぼう)を浴びせつけてきた。
しかして、問題となった記事においては、前に挙げた秋谷ら6名が、日蓮正宗の御僧侶を名指しして悪口誹謗を浴びせる中で、本山妙蓮寺塔中・本妙坊住職の樽澤道広尊師が、"平成6年(※実際には平成7年)に葬儀の依頼を受けた際、戒名料として2百万円出せ、と高額な金員を要求した"と断定。そして、
「〈杉山(青年部長)〉日顕宗は末寺も大石寺も、こんなろくでなしの坊主だらけだ。本妙坊の樽沢道広も強欲のクソ坊主で有名だ」
「〈青木(理事長)〉卑(いや)しい"商売根性"丸出しのやつだな!」
「〈青木〉(樽沢尊師が、要求を拒否され戒名料の額を下げた、との発言を受けて)バナナの叩き売りじゃあるまいし」
「〈原田(副理事長)〉(青木の発言を受け)バカバカしい。(中略)『ボッタクリ』そのものだ」
「〈秋谷(会長)〉要するに坊主にとって戒名や法事というものは、ただの『商売道具』にすぎない。だいたい戒名なんか、何の元手もいらない。タダじやないか。(中略)本当にバカバカしい限りだ」
「〈青木〉『法を食らう餓鬼』そのものだな」
等々と、樽澤尊師を指して、口汚なく罵倒(ばとう)。
加えて、見出しにも大きく
「樽沢道広 葬儀で開口一番"戒名に200万円出せ"と強要」
などと書き、樽澤尊師の名誉を著しく毀損したのである。
ところが、樽澤尊師が本妙坊の住職になったのは、平成11年5月10日のこと。つまり、樽澤尊師が、平成6年(7年)に本妙坊住職として"戒名に200万円出せ"などと発言することは、客観的事実の上からも、絶対にあり得ない。明らかに虚偽(きょぎ)のデッチ上げだったのだ。
そもそも学会の宗門誹謗報道というのは、このように、いいかげんで嘘が多いが、余りにバカバカしく、それに多大の労力と時間を使うことの無駄を考えて、訴訟に持ち込む人は多くなかった。
だが今回は、客観的事実に争う余地はないので、樽澤尊師は、「記事は事実無根であり、『聖教新聞』の報道により、名誉を著しく毀損された」として、平成16年3月、創価学会ならびに前記6名を被告として、東京地裁に提訴。
それから2年の審理を経て、東京地裁は今般、
「被告秋谷らが本件各発言をし、被告創価学会が本件記事を新聞紙上に掲載し、同新聞を頒布(はんぷ)した行為は、原告に対する名誉毀損として不法行為を構成する」
とし、創価学会をはじめとする被告に対し、樽澤尊師に賠償金を支払うよう命じたのである。
創価学会の最高幹部らが、発行部数550万部(公称)を誇る、いわゆる「3大紙」に匹敵するほどの巨大メディアである『聖教新聞』の紙面を使い、敵対者を悪口・誹謗する。その『聖教新聞』を、学会員が全国津々浦々、一般人の家庭にまで頒布して歩く―。
この、創価学会の組織ぐるみの行為が名誉毀損にあたる、と、司法が明確に認定した今回の判決は、非常に大きな意義があった、といえるであろう。
しかし創価学会は、判決後においてもなお、敵対者を口汚なく罵(ののし)る、秋谷・原田ら学会最高幹部による悪口座談会を、『聖教新聞』に掲載し続けている(別掲「粉砕!『聖教』の誑惑報道」参照)。
無慙(むざん)なり!創価学会。
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※創価学会広報室からは、「判決は遺憾であり、控訴を含め検討しています」との回答が返ってきた。ちなみに、『聖教新聞』は、この判決について1行も報じていない。(『週刊新潮』H18.3.16)
●創価学会は自らと対立する勢力、たとえば日蓮正宗や新潮社などの出版社、ジャーナリストなどを抑え込む手段として、名誉棄損での提訴を繰り返してきましたが、今回の判決はそれを痛烈に批判する意味もある。損害賠償額こそ80万円と少ないですが、創価学会に与える影響は大きい。特に宗教法人創価学会の代表役員である青木氏の不法行為責任が認められたことは、宗教法人としての責任問題に結びつきます。それだけに事態は深刻ですよ(学会本部広報部元副部長・小川頼宣『週刊新潮』H18.3.16)
●裁判が下した判決は至極まっとうなものだと思います。創価学会の最高幹部たちがきちんと法的な責任を問われたのは、おそらく今回が初めてでしょう。学会の機関紙だといいますが、公称550万部と誇らしげにしており、それが本当ならば規模的には全国紙とそう変わりません。つまりとても機関紙とは言えず、いまや完全なる公器なのです。その紙面での名誉棄損ですから、法的な責任が厳しく問われるのは当然でしょう(椙山女学園大学客員教授・川崎泰資『週刊新潮』H18.3.16)
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まして創価学会は、自らに批判的な言論を、人権を侵害する「悪質なデマ」だの「言論のテロ」などと呼んで名誉棄損訴訟を濫発する過程で、人権を守るためと称して、損害賠償の高額化や名誉毀損罪の速やかな適用を主張し、政権与党・公明党を使った環境整備を推進してきた経緯があるのだから、自らの名誉棄損についてはより厳しい姿勢が求められよう。
◆〈秋谷〉事実無根のデマ!金儲けのウソ!絶対に放置してはならない(中略)
〈青木〉その通りだ。政治家、司法関係者が先頭に立って、高額化など罰則の強化を徹底すべきだ。それが市民の声だ。世界の大勢だ。時代の流れだ。(「敗訴 断罪 賠償命令が続出する一部週刊誌の人権蹂躙」との見出しがついた座談会記事『聖教新聞』H18.2.6/『週刊新潮』H18.3.16)
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こうした言動を恒常的に繰り返していながら、自らは事実無根のデマ情報に基づき、日蓮正宗僧侶の名誉を甚だしく毀損していたのだから、その責任は重大である。
◆創価の前進が「人権」の前進であり、創価の勝利が「人権」の勝利である―この気概を持って、人権を蹂躙する魔性とは、勇敢に戦い抜き、断固として勝ち抜いてまいりたい(「社説」に引用された池田名誉会長の発言『聖教新聞』H17.12.5/『週刊新潮』H18.3.16)
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あたかも「人権」を守る旗手であるかのような池田発言だが、その言葉とは裏腹に、創価学会は、自らに批判的な人物や団体に対する激しい誹謗中傷を繰り返しているのである。
↓この座談会で負けました!!
(『聖教新聞』H16.2.13/fb:9851)
出席者:秋谷会長、青木理事長、原田副理事長、奥村副会長、杉山青年部長、弓谷男子部長
〈秋谷〉 今、富士宮の同志は意気軒高だ。私も先日、行ってきたが、隆々と発展している。17年前から月1回、開催してきた富士宮特区の伝統の幹部会も先日、200回を数えた。堂々たる大前進だった。
〈青木〉 すごい歴史だ。富士宮の同志は皆が、池田先生と学会の正義と真実を知っている。だから日顕たちのありとあらゆる弾圧、嫌がらせにも微動だにしなかった。
〈秋谷〉 本当に立派だ。富士宮は勝った!池田先生も最大に富士宮の同志の大勝利を讃えてくださっている。
〈奥山〉 富士宮の同志は、後世のために、正義と勝利の証言集も編んでいる。
〈杉山〉 私も読みました。長年、大石寺の従業員をしていた方々、売店を経営していた方々たちが、日顕宗の極悪の実態を生々しく証言されていますね。
〈弓谷〉 悪鬼魔民(あっきまみん)の栖(すみか)≠ニ化した大石寺の恐るべき実態が、克明に書かれている。
読者のために、いくつか、ありのまま紹介させていただきたい。
〈青木〉 それは大事な証言だな。
〈奥山〉 だいたい、日顕の手下の坊主どもが、どれほど傲慢か。強欲か。富士宮の人たちも、どれほどいじめられ、苦しめられたか。
まず、大石寺の妙住坊にいた新井契道!大石寺の従業員を管理していた坊主だ。こいつは、しょっちゅう従業員をネチネチいじめては喜んでいた。ヘビのように陰険、陰湿なやつだ。
〈杉山〉 新井は大石寺でも最低、最悪の評判だった。だから昨年の10月、千葉県の寺に飛ばされたほどだ(笑)。
〈弓谷〉 この新井の悪辣さ!以前、妙住坊の檀徒だった伏見良男さんが証言している。
本当に金に汚い坊主だった。私が妻の初七日を済ませ、布施を20万円包んで新井に渡した。すると突然、怒りだして「何だこれは!これが供養か!」と吐き捨てるように言い放った。
そのうえ、言うに事を欠いて「35日の法要は、いつやるんだ」。とにかく悔やみの言葉1つなかった≠ニ怒りを込めて綴っている。
〈青木〉 ふざけるな!20万円もふんだくっておいて「これが供養か」とは何事だ。一事が万事だ。これが日顕宗の坊主どもの実態だよ。
〈奥山〉 その後も新井は、毎晩のように電話をかけてきた。
真夜中に「法事はいつやるのか」「その時は塔婆も出せ」。しつこく、うるさくせびってきた。あまりのしつこさに、伏見さんは電話番号まで変えたそうだ。
〈原田〉 狂気の沙汰だな。完全に「ストーカー」じゃないか。
〈弓谷〉 それだけじゃない。伏見さんは夫人の1周忌の時、しかたなく新井に塔婆を10本頼んだ。
ところが、新井が家に持ってきた塔婆を見てビックリ。全く他人の名前の塔婆などが4本も混ざっていた。
〈青木〉 金をむしり取っておいて、他人の塔婆を押しつける。詐欺同然のやり口だ。泥棒じゃないか!
〈原田〉 こういう事実は、全国各地、何百、何千とある。どれだけ大勢の人が騙されたか。本当に我々は騙された!
〈弓谷〉 伏見さんも、これでさすがに愛想も尽きた。やがて法華講を脱講。現在、学会とともに戦い、喜び勇んで日顕宗の極悪坊主の正体を語っておられる。
〈杉山〉 日顕宗は末寺も大石寺も、こんなろくでなしの坊主だらけだ。本妙坊の樽沢道広も強欲のクソ坊主で有名だ。
〈青木〉 あんまり聞いたことがない坊主だな(笑)。こいつは何をやったんだ?
〈奥山〉 本妙坊の檀家だった佐野章さんが証言している。
平成6年、佐野さんのお母さんが亡くなった時、樽沢が枕経をあげに来た。ところが樽沢のやつが、まず口にしたセリフは「戒名は、どうする」だった。
〈原田〉 まず戒名の催促か!
〈弓谷〉 もともと佐野さんは「戒名なんて必要ない」という主義だったので「いらない」と答えた。
すると樽沢はおじいさんもお父さんも戒名つけてある。お母さんにも、ぜひ戒名つけさせてください≠ニ、揉み手で、しつこく、せがんできた(笑)。
〈青木〉 卑しい商売根性♀ロ出しのやつだな!
〈奥山〉 あんまりしつこいので「いくらなんだ」と聞いたら、何と樽沢は「200万円出せ」と言い出した。
〈秋谷〉 戒名1つが200万円か!だから坊主は「3日やったら、やめられない」んだ(笑)。
〈奥山〉 佐野さんは「たった7、8文字で200万!それなら、いらない」と突っぱねた。すると樽沢は慌てて「勉強するから、やらせろ」(爆笑)。最後は「70万円でいいから」と半額以下に値下げした(大笑)。
〈青木〉 バナナの叩き売りじゃあるまいし。「130万円引きの戒名」か(笑)。
〈原田〉 バカバカしい。だったら元値≠フ200万円なんて値段は、どこから出してきたんだ。「ボッタクリ」そのものだ。
〈奥山〉 まだまだ続きがある。葬儀の後も、樽沢のやつは「足が出そうだから、もうちょっと色をつけろ」なんて泣きついてきた(笑)。
〈秋谷〉 「足」だの「色」だの。要するに坊主にとって戒名や法事というものは、ただの「商売道具」にすぎない。だいたい戒名なんか、何の元手もいらない。タダじゃないか。
戸田先生は私は戒名などというものは、いらない主義です≠ニ、おっしゃったが、その通りだ。さんざん威張られて、金を搾り取られて、また吹っかけられる。しかも戒名など仏法の本義とは何の関係もない。大聖人も1度も付けておられない。本当にバカバカしい限りだ。
〈弓谷〉 佐野さんが「変なことを言うね。そんな言葉は、ヤクザが使う言葉だ。あと10万円も欲しいのかね」と言うと、樽沢は臆面もなく「そうだよ」と答えた(大笑)。
〈青木〉 「法を食らう餓鬼(がき)」そのものだな。
〈奥山〉 その後、送られてきた戒名の領収書を見て、2度、ビックリ。何と色をつけた≠P0万円分は、日顕の名前の領収書になっていた。
〈青木〉 呆れたな!結局、日顕の差し金か。全部、日顕がやらせているんだろ。
〈秋谷〉 「魚は頭から腐る」んだ。勤行だって、そうじゃないか。日顕自身が丑寅勤行サボりの常習犯≠セ。
〈奥山〉 本当に我々は騙された。まさか法主が、しょっちゅう丑寅勤行をサボって芸者遊びをしたり、酒盛りしたり、豪遊していたとはな。
〈原田〉 中心から腐っていたんだ、宗門は。だから「下も下」。揃いも揃って勤行サボりの坊主だらけだ。
〈杉山〉 大石寺の塔中坊で働いていた女性従業員の人たちも呆れ果てて証言している。
〈奥山〉 なかでも、総二坊の田爪鏡道!こいつは最低、最悪のグータラ坊主だ。以前、学会の登山者が勤行の導師を頼んでも、居留守を使って高いびき。女房も女房で「忙しいからできないと言え」と従業員に命令していた。
〈青木〉 そもそも、この田爪というやつは昔から、勤行の「ゴ」の字もしないので有名だった。だから代わりに学会の担当幹部が、しょっちゅう導師をやっていた。私も、そういう実態を何度も聞いた。
〈奥山〉 そのくせ田爪は、法華講の登山の時だけは、ふんぞり返って勤行していたそうだ。
〈原田〉 法華講なら、いくらでも威張れる。学会員の前には怖くて出られなかったんだろう(笑)。グータラで臆病者の見栄っ張り坊主めが(大笑)。
〈奥山〉 こんなこともあった。田爪が来るのを唱題して待っていた人が、我慢しきれずトイレに立った。
すると田爪は「オレが勤行をやってやろうというのに、席を立つとは無礼者め!」と怒鳴り散らして引き返し、そのまま戻ってこなかった。
〈原田〉 何が無礼だ!居留守まで使って導師をサボっていたのは誰だ。お前のようなクズ坊主こそ「無礼者」だ!
〈弓谷〉 おまけに女房も気が狂ったように、従業員に怒鳴りつけた。「どうして1人も席を立たないように見張ってなかったの!」と赤鬼のような形相で喚き散らした。
〈青木〉 夫婦揃って、何様のつもりだ!当時、塔中坊では多くの女子部員が働いていた。皆、坊主と女房どもの暴虐、暴君ぶりに、歯を食いしばって大石寺を守ろうと必死で頑張ってきたんだ。
〈奥山〉 しかも坊主からは「学会活動なんかに行くな」「大石寺に奉公しろ!大石寺に来たら学会員ではなく法華講の一員だと思え」と怒鳴られ、さんざんいじめられた。
〈原田〉 あんな信心もない、血も涙もない、畜生以下の虫ケラ坊主どもに、どれだけ学会員は苦しめられたか。いや、御本尊が厳しく罰するだろう。
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今回、樽澤御尊師に関するデタラメ報道が司法によって断罪されたが、では、宗門側が提訴しなかった他の中傷記事が真実なのかといえば、そんなことは断じてない。なんでもかんでも、訴訟ネタにして宗門のイメージダウンを謀ろうとする学会員とは、そのスタンスが異なるのである。
●そもそも学会の宗門誹謗報道というのは、このように、いいかげんで嘘が多いが、余りにバカバカしく、それに多大の労力と時間を使うことの無駄を考えて、訴訟に持ち込む人は多くなかった。 だが今回は、客観的事実に争う余地はないので、樽澤尊師は、「記事は事実無根であり、『聖教新聞』の報道により、名誉を著しく毀損された」として、平成16年3月、創価学会ならびに前記6名を被告として、東京地裁に提訴。(『慧妙』H18.4.1)
『聖教』悪口座談会で学会敗訴が確定
―宗教団体にあるまじきデマと悪口に断!!―
―賠償金払っても謝罪しない学会―
―恥知らずにも悪口誹謗を継続―
(『慧妙』H18.5.1)
【控訴せず敗北認めた学会】
―損害賠債命じた判決が確定―
本紙が4月1日号で報じた、創価学会による、日蓮正宗御僧侶・樽澤道広尊師に対する悪質な名誉毀損(めいよきそん)事件において、創価学会側は、控訴期限である3月27日までに控訴しなかった。このため、東京地裁(原敏雄裁判長)が3月13日に下した、創価学会ならびに秋谷会長・青木理事長ら創価学会最高幹部6名に対し、連帯して80万円を支払うよう命じた判決が、確定したのである。
この事件は、"妙蓮寺塔中・本妙坊住職の樽澤道広尊師が、平成6年、信徒に戒名料として2百万円の請求をした"などとして、『聖教新聞』(平成16年2月13日付)の紙上座談会で、
「樽沢道広 葬儀で開口一番"戒名に200万円出せ"と強要」
との大見出しのもと、同会会長の秋谷栄之助、同理事長の青木亭ら最高幹部が
「〈青木(理事長)〉卑(いや)しい"商売根性"丸出しのやつ」
「〈原田(副理事長)〉『ボッタクリ』そのもの」
「〈秋谷(会長)〉本当にバカバカしい限り」
「〈青木〉『法を食らう餓鬼』そのもの」
等と樽澤尊師を口汚なく罵倒(ばとう)したもの。
これに対し、樽澤尊師が、「そもそも、問題の葬儀が行なわれた平成7年当時、自分は本妙坊の住職はしておらず、『聖教新聞』報道は全くの事実無根」「秋谷・青木ら学会最高幹部の発言ならびに『聖教新聞』の報道で名誉を著しく毀損された」として、創価学会ならびに秋谷ら6名に損害賠償を支払うことなどを求めて訴えを起こした。
この訴えに対し、東京地裁(原敏雄裁判長)は3月13日、創価学会なちびに秋谷・青木ら創価学会最高幹部6名による名誉毀損の事実を明確に認め、学会側敗訴の判決を下したのであった。
これに対し創価学会は、この判決が下った直後こそ、マスコミ等の取材に対し、「判決は遺憾(いかん)であり、控訴を含め検討中」などと、いちおう、あくまで戦うというポーズを見せはしたものの、結局は控訴を断念、以後、沈黙を保(たも)ったままである。
これまで創価学会は、裁判で「負け」が見えてきたころになると提訴を取り下げたり、控訴・上告はするものの、世間が裁判のことを気にしなくなったころを見計らってそれを取り下げる、という"手口"を使うなどして、世間体を繕(つくろ)うことがあった。
しかるに今回の裁判については、誰の目から見ても、控訴したところで百パーセント勝てぬ、という見方が確定的だったためか、控訴すらせぬまま、ズルズルと"幕引き"にしてしまったのである。
【謝罪する姿勢全く見せぬ学会】
―その非道に今こそ批判の声を―
この「控訴断念」は、まぎれもなく創価学会が、虚偽を喧伝(けんでん)して樽澤尊師の名誉を毀損した、との非を自ら認めたものといえる。
だが、判決確定から1ヵ月が過ぎた今現在もなお、創価学会は、被害者である樽澤尊師に対し、謝罪文の1つさえ送ってこないのである。
こんな不誠実にして卑劣な宗教法人があって、よいものだろうか。
そればかりか、創価学会は敗訴判決確定後も、依然として、悪口だらけの紙上座談会の連載を続けている。
しかも、判決確定の翌日、3月28日付『聖教』の座談会に至っては、あたかも宗門を挑発するように
「法華講員が全国で続々と脱講」
「動機は坊主の強欲・傲慢(ごうまん)・冷酷(れいこく)」
という大見出しを掲げて、秋谷・原田・新堀(副会長=弁護士)・竹内(青年部長)・佐藤(男子部長)という錚々(そうそう)たる面々が、日蓮正宗に対する悪口三昧(ざんまい)を並べ立てているのである。
秋谷・青木・新堀らが持つ辞書には、「無懺(むざん=罪を犯しながら、みずから心に恥じないこと)」や「無愧(むぎ=他人に対して自分の罪を恥じないこと)」、さらには、これに類する単語の悉(ことごと)くが、真っ黒に塗りつぶしてあるのだろう。
そうでないのなら、もはや彼らは完全に"脳乱"し、ことの善悪の見分けすらつかなくなっている、と考えないかぎり、このあまりに独善的な行動様式は、説明がつくまい。
何とも呆(あき)れたものではないか!悪事を働き、それを断罪されても、反省も謝罪もしない。その上、相も変わらず悪事を繰り返す―というのが創価学会の本性なのである。これで、世の中に貢献する公益法人と呼べるのであろうか。
『聖教新聞』の非道が断罪され、創価学会敗訴が確定した今こそ、我らは声を大にして、学会の本性・正体を、世の人々に語っていこうではないか。
またもや最高裁で学会側が大敗北!
―「正本堂建設御供養裁判」―
―26件の嫌がらせ訴訟、一気に潰(つい)える―
(『慧妙』H17.7.16)
7月8日、最高裁判所は、正本堂建立御供養をした創価学会員や脱落僧ら323名が、"正本堂が解体されたことによって、精神的な被害を被(こうむ)った"などとして、大石寺等を相手取って起こしていた21件の訴訟につき、学会員らの上告を棄却(ききゃく)した。これにより、正本堂建立御供養に関する、26件の訴訟(「建設御供養事件」)の全てに対し、宗門側の完全勝訴が確定した。
正本堂解体に関する訴訟は、この他に、正本堂建立後になされた御供養に関する訴訟(「護持御供養事件」)が13件ある。が、そのうちの7件は、すでに最高裁が学会員らの上告を棄却し、宗門側の完全勝訴が確定済み。
今回の上告棄却により、残るは、東京高裁で控訴を棄却された学会員が最高裁に上告中の6件のみとなったのである。
これらの訴訟は、正本堂の解体工事も完全に終了した平成12年の1月から4月にかけて、北は北海道から南は九州まで、全国でほぼ一斉に起こされたものだが、創価学会は、提訴当時、これを『聖教新聞』『創価新報』等で大々的に報じ、宗門誹謗(ひぼう)の"重要な柱"とした。
ところがというか、案の定というか、創価学会は、これらの訴訟が地裁・高裁で連敗し続けてきた事実については全くと言ってよいほど報道せず、たまたま判決内容の一部に学会側の主張が取り上げられると、その時だけは、まるで鬼の首を取ったかのように大騒ぎする始末。今さら言うまでもないが、じつに不誠実な態度なのである。
なお、学会側が対日蓮正宗訴訟において最高裁で敗訴した数は、これで51件。一方、辛(かろ)うじて勝ったように見えるのは、わずかに7件―。学会は、この7件をもって、「日顕宗は、これまでに最高裁から7回も断罪された。世界中に『不法集団』の悪名が轟(とどろ)いている」(7月5日付『聖教新聞』)などとうそぶくのだから、まことに始末が悪い。
実態は、51件も敗訴した創価学会こそ「極悪集団」そのものではないか。
学会の姑息な悪宣伝に乗せられ、一般学会員は今も、"創価学会は裁判に連戦連勝"と信じて疑わないようだが、真実を知る我々が、真実を語り、彼らの目を醒(さ)まさせていかねばならない。
1人でも多くの学会員の迷妄を醒まさせること、それこそが、我々に課せられた使命だと心得て、学会員に対する折伏に全力投球していこうではないか。
[画像]:正本堂解体について提訴を報じる学会機関紙=提訴は大々的に報じるが、敗訴については全く知らぬ顔で通すのが創価学会。ここに学会の謀略性が看て取れる
最高裁が学会の上告を不受理!
―批判活動封じ込め謀(はか)るも失敗/池田ビラ事件―
(『慧妙』H17.5.1)
「政治団体『信教と思想の自由を守る会』が発行したビラに使われた池田大作の写真は、著作権を持つ創価学会に無断で使用されたもので、著作権侵害にあたる」などとして、創価学会が、同「守る会」の代表者、ならびに、代表者が信仰上で所属する妙観講の講頭・大草一男氏、および日蓮正宗を相手取り、損害賠償を求めていた裁判で、4月19日、最高裁判所第3小法廷(上田豊三裁判長)は、創価学会側の上告受理申立に対し、不受理とする決定を下した。
これにより、すでに日蓮正宗および大草氏に対する請求を棄却(ききゃく)していた東京高裁判決が確定し、創価学会対日蓮正宗の対決は、日蓮正宗の勝利で終わったのである。
ちなみに創価学会は、数え切れぬほど多くの訴訟を起こしながら、そのほとんどを会員幹部の個人を原告としているため、学会自体が敗訴するケースはなく、これをもって「学会は宗門との裁判に全勝」などと宣伝してきたが、本件訴訟によって、ついに学会本体が日蓮正宗に敗訴してしまったのである。
ここで本件の概要を振り返っておくと、平成13年5月、東京都議選と参院選を前に、政治団体「信教と思想の自由を守る会」(以下「守る会」)は、創価学会・公明党の日本国支配の野望を糾(ただ)すビラを作成、この配布を関係各方面に呼びかけた。
同会の代表者は、たまたま理境坊妙観講に所属する法華講員でもあったことから、妙観講講頭・大草一男氏にビラ配布の主旨を伝え、知己の講員達にも配布を依頼したところ、その主旨を理解した有志が、積極的に配布活動を始めた。
これに慌(あわ)てた創価学会は、当該ビラが、池田大作の滑稽(こっけい)な写真(頭に式帽をかぶりローブをまとって、得意気にポーズを決めている写真)を使っていることが著作権法違反に当たる、として、当該ビラ配布の禁止と損害賠償金の支払いを求めて東京地裁に提訴した。
それも、「守る会」のみならず、妙観講講頭・大草氏も共謀(きょうぼう)して、この写真を使うという著作権法違反を犯したに違いない、また、大草氏は日蓮正宗から認証された講頭であるから、その活動は日蓮正宗の事業の執行として行なわれたものであり、日蓮正宗には使用者責任がある、などとして、「守る会」代表・大草氏・日蓮正宗の3者を被告にして―。
すなわち創価学会は、かの池田大作の滑稽写真の使用が著作権侵害にあたる、として訴えることで、学会・公明党の在り方を批判するビラ自体の配布差し止めと、日蓮正宗に対する訴訟攻撃という、一挙両得を狙(ねら)ったのである。
しかして学会は、問題のビラは「違法なデマビラ」である、と喧伝。あたかも、ビラ自体が事実無根の違法な内容であり、同じような内容のビラを配ること自体が違法行為であるかの印象を、この裁判に乗じて会内外に植え付けようとしたのである。
というより、学会が訴訟を起こした裏の目的は、この1点にこそあったと断じても差し支えないであろう――。
だが、そうした学会の悪どい狙いも、このたびの最高裁の決定で完全に頓挫(とんざ)した。
学会は日蓮正宗および妙観講側に敗訴、ビラについても、池田の滑稽写真の著作権が問題にされただけなので、今後この写真を使わないビラまで「違法なビラ」などとして、配布を妨(さまた)げることはできえない。批判活動そのものを封じ込めようとの学会の狙いは、水泡に帰したのである。
[画像]:東京地裁判決を報じる『聖教新聞』=学会機関紙は件のビラを「違法なデマビラ」と大々的に喧伝
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※高裁判決
「幇助(ほうじょ)の故意」と宗教紛争
(<BENLI>WS060312)
Winny事件の関係などで「幇助の故意」が話題になっていますが、この「幇助の故意」について注目の裁判例が下されました。東京高判平成16年11月19日判例集未登載がそうです。
事案としては、日蓮正宗側が創価学会を批判するビラを作成する際に池田大作の写真を勝手に流用したという「犬も食わない」ようなものです。で、そのビラ配布のための保管及び作業場所として妙観講本部を使用することを了承したことが、ビラの配布(譲渡権侵害)の幇助となるのかが問題となりました(まあ、刑法上の「幇助」ではなく、不法行為法上の「幇助」が問題となったのですが。)。
裁判所は、
1審被告A(※妙観講支部・大草和男講頭)が,1審被告B(※「信教と思想の、自由を守る会」代表者・佐貫修一)の依頼に応じて本件写真ビラ配布のための保管及び作業場所として妙観講本部を使用することを了承し,その了承の下に,同本部が保管及び作業場所として使用されたことによって,本件写真ビラの配布(譲渡権侵害)が容易となったということができる。したがって,1審被告Aには,本件写真ビラの配布を客観的に容易にするという意味における幇助行為があったというべきである
と、まず認定しました。その上で、
1審被告Aは,1審被告Bから,「守る会」が発行するビラの配布のための保管,作業場所として妙観講本部を使いたいという要請を受けた際に,そのビラがC(※池田大作)の発言等を引用して1審原告及び公明党を批判する内容のものであって,Cの顔写真を掲載するという程度のことは,知らされていたと推認するのが自然である。しかし,それ以後,印刷済みの本件写真ビラが妙観講本部に搬入されるまでの間に,1審被告Aが,ビラに掲載するCの写真を見せられたり,写真が具体的にどのようなものであるかの報告を受けたりして,本件写真ビラに掲載される写真の具体的内容を知っていたことを認めるに足りる証拠はない
という事実を認定しました。裁判所は、そのような場合には、
1審被告Bからの要請を受けて1審被告Aが本件写真ビラの配布のための保管場所に妙観講本部を使うことを了承した際,1審被告Aには,ビラに掲載する写真(本件ビラ写真)が,1審原告の著作権等を侵害する行為によって作成されたものであることないしその蓋然性が高いことの認識があったとは認められない
として「幇助の故意」を否定しました。
刑法上の「幇助」と異なり、不法行為法上の「幇助」は、故意がなくとも過失があれば成立するので、裁判所は当然その点も検討しています。すなわち、
本件ビラ写真が著作権等を侵害するものであることについては,1審原告写真1と比較したときに初めて分かるという性質のものであるから,1審被告Aが本件写真ビラに本件ビラ写真が掲載されているのを見たとしても,そのことのみをもってしては,同1審被告が,本件写真ビラに掲載された本件ビラ写真が著作権等を侵害する行為によって作成されたものであることないしその蓋然性が高いことを認識しつつ,妙観講の講員による本件写真ビラの配布を容認したということはできないし,上記のような違法な結果の発生を認識し得べきであったのに認識しなかったということもできない
として過失の存在をも否定しています。
※2審判決報道
※2審判決要旨:"「幇助の故意」と宗教紛争"の項参照
※2審判決
※1審判決報道
※1審判決
原告・学会員ら全員が取り下げ(仮題)
―妙本寺墓地裁判(第2次訴訟)−
―提訴の狙いは御親修妨害!?―
(『慧妙』H17.5.1)
去る3月31日には、埼玉県の正宗寺院・妙本寺などを相手取り、墓地使用規則の無効確認等を求めて、埼玉県下の学会員達が起こしていた裁判で、本年2月末に提訴した第2次訴訟の原告74名全員が、「各原告の個別調査が必要」などという、そもそも「原告」に名を連ねる"資格"があったのかを疑わせるような理由で、第1回期日を待たずに、わずか1ヵ月で、訴訟自体を取り下げてしまったのである。
この訴訟は、昨年11月、それまで明文化されていなかった妙本寺の墓地規則を、妙本寺が改めて明文化して施行したところ、これを不服とした墓地使用者の学会良ら5名が、規則の無効確認などを求めて同年12月6日に提訴したもの(第1次訴訟)。
ところが、この5名の提訴についても、提訴後、すぐに訴えを取り下げる者が出たり、さらに呆(あき)れたことには、2年も前に墓地使用権を放棄していた者が原告に名を連ねていたり、という、いかにも謀略の臭(にお)いのするものだったのである。
すなわち、妙本寺においては昨年12月23日、御法主日顕上人猊下の御親修を賜(たま)わり、経王山妙本寺創立700年記念法要を奉修したが、学会員らの提訴は、これに対する妨害、あるいは嫌がらせを目的として行なわれたものである疑いが濃厚なのだ。
というのも、本年1月に開かれた第1次訴訟の第1回期日で、原告らの代理人である学会員弁護士が、準備不足のまま提訴した理由について、「タイミングを優先させて訴訟提起した」と、つい、口に出してしまったのである。
原告となる資格すらない者まで混じった「タイミングを優先させた訴訟」???
となれば、その時期からして提訴の目的は、"御親修妨害を目的とした嫌がらせ"としか考えようがないではないか――。
日蓮正宗に対し、かような謀略訴訟を執拗(しつよう)に繰り返す創価学会は、まさに、訴権濫用の謀略教団として徹底糾弾(きゅうだん)されるべきであろう。
学会断罪 最終局面へ
―正本堂解体にかかる不当訴訟―
(『大白法』H17.3.1)
正本堂解体を口実にした創価学会員らによる不当訴訟で、最高裁判所が相次いで3件の学会側の上告を棄却し、上告審として受理しない決定、すなわち宗門側の勝訴の決定を下しました。
この3件は山形地裁・高松地裁における建設御供養裁判と、大阪地裁における護持御供養裁判で、いずれも他の正本堂裁判同様、地裁・高裁ともに学会側の請求を棄却していました。
これを不服とする学会側が上告していましたが、最高裁は、去る2月15日から18日の短期間に、第1・第2・第3のすべての小法廷が学会側の主張を斥けました。
今回の決定により正本堂裁判は、静岡地裁での集中審理を除く地方審理裁判の全件勝訴が確定したことになります。
正本堂裁判全件が完全勝利する日も近いと確信いたします。
東京高裁で完全勝利
―正本堂解体を口実にした謀略訴訟―
―すべての地裁・高裁で学会を撃退―
―平成17年1月27日―
(『大白法』H17.2.16)
正本堂解体を口実に、創価学会員らが起こした一連の不当訴訟で、1月27日東京高裁(岩井俊裁判長)において、静岡地裁(護持御供養)裁判の控訴審判決があり、裁判所は宗門側の全面勝訴を言い渡しました。
1.東京高裁判決の要旨
この裁判は、正本堂関連裁判のうち、静岡地裁に併合された護持御供養裁判6件の控訴審です。原審の静岡地裁は原告ら創価学会員の訴えを棄却しましたが、これを不服とした創価学会員らが東京高裁に控訴していたものです。
東京高裁は宗門側の主張を全面的に認め、正本堂護持御供養には法的な意味での使途限定はなく、負担ないし条件も付されていないと明確に認定し、その他宗門には信義則違反も不法行為も認められないとして、これまで言い渡された他の同種裁判と同じく、創価学会員らの控訴をすべて斥けました。
2.正本堂裁判の完全勝訴間近
正本堂裁判のうち、建設御供養裁判は昨年12月8日に地裁・高裁での全件勝訴を達成していましたが、護持御供養裁判についても、この東京高裁判決によって地裁・高裁での全件勝訴を達成したものです。
これによって全国各地の創価学会員らを大量動員して39件も提訴してきた正本堂裁判は、すべての地裁・高裁で、創価学会側の不当な訴えを撃退して宗門側が勝訴したことになります。
また、正本堂裁判は続々と宗門側勝訴の最高裁決定がなされており、この東京高裁判決によって、すべての裁判の完全勝訴まで間近となりました。
宗門、池田創価学会にまたも全面勝訴
―平成16年12月8日―
―正本堂建設御供養事件―
―東京高裁で21件一挙に決着―
(宗務広報第992号/『大日蓮』H17.1)
正本堂解体にかかる一連の不当訴訟で、東京高等裁判所(宮崎公男裁判長)は、12月8日、宗門の全面勝訴・池田創価学会側の全面敗訴判決を言い渡しました。
1.正本堂解体関係事件提訴に至る経緯
そもそも正本堂は、池田大作が発願主となり、創価学会内に設けられた正本堂建設委員会により建設した上で、昭和47年に総本山大石寺に寄進したものでありましたが、平成2年に露顕した池田大作の大謗法とそれ以降も無反省・居直りが続いたため、平成10年に適法な手続きを経て解体されました。
創価学会側はすでに正本堂に参詣しなくなって久しかったにもかかわらず、この正本堂の解体に難癖をつけ、全国各地の裁判所に合計39件の訴訟を起こしてきたのであります。そのうち、29件が静岡地裁に移送・併合されて審理された結果、静岡地裁は宗門勝訴の判決を言い渡しました(宗務広報第966号既報)。
この判決を不服とした創価学会員らは、東京高裁に控訴していたところ、そのうち、建設御供養事件の21件について、本日、東京高裁は創価学会員らに対し、控訴棄却の全面敗訴判決を言い渡しました。
2.東京高裁における判決の要旨
東京高裁は、そもそも宗教上の寄付は喜捨の精神にもとづいてなされるものであるとの正しい認識に立った上で、創価学会員ら(控訴人)による建設御供養について、大石寺が正本堂に大御本尊を安置して合理的期間これを維持・管理するという負担が付された事実は認められない、また、信義則違反も認められないなどとして、創価学会員らの主張をすべて斥け、その損害賠償請求を全面的に棄却したものです。
3.正本堂解体関連事件の全件勝訴は確
今回の勝訴判決によって、建設御供養事件は全ての地裁・高裁で宗門全面勝訴となり、そのうち9件については既に最高裁で宗門勝訴が確定していることからも、護持御供養事件も含めた正本堂解体に関する訴訟の宗門全件勝訴は、さらに確定的となりました。
今後とも、池田創価学会の邪悪に鉄槌を下すべく努力してまいります。
[画像]:池田創価学会不当訴訟の顛末
以上
正本堂(京都)事件、最高裁で勝訴確定
―平成16年11月30日―
―関連訴訟の全件勝訴まで更に尽力―
(宗務広報第990号=H16.12.2/『大日蓮』H17.1)
正本堂解体にかかる一連の訴訟で、最高裁判所第3小法廷(藤田宙靖裁判長)は、11月30日、創価学会員2名の上告を棄却し、宗門の完全勝訴が確定しました。
【本件訴訟の経緯】
本件は、京都府在住の創価学会員2名が総本山大石寺ならびに日顕上人に対し、計18万5千円の不当利得金返還と同額の損害賠償を求めてきた裁判です。
1審の京都地裁は、御供養は信仰心の現れとして行われる宗教行為であって法的拘束力のある条件が付されることは一般的でなく、本件の場合も信託契約や負担付贈与契約などの成立は認められないこと、また、宗門の行為は信義則違反や不法行為にあたらないとして、原告らの請求を棄却し(宗務広報第964号既報)、大阪高裁も原審を維持して、創価学会員の控訴を棄却していました(宗務広報第977号既報)。
【正本堂解体関連訴訟について】
本決定により、正本堂解体関連訴訟における最高裁での勝訴確定数は9件となりました。
残る裁判も宗門側の勝訴に終わることがほぼ確定的でありますが、今後とも、池田創価学会による不当訴訟の全件粉砕に向け邁進してまいります。
以上
池田ビラ事件で日蓮正宗に逆転勝訴判決
―東京高裁/平成16年11月29日―
―池田創価学会の悪辣な訴訟提起を断罪―
(宗務広報第988号/『大日蓮』H17.1)
一信徒が組織している政治団体が作成したビラに池田大作の写真・絵が記載されていたことを奇貨として、創価学会が、著作権・著作者人格権侵害などを理由に日蓮正宗外2名に対し、損害賠償などを請求していた訴訟の控訴審判決が、本日、東京高等裁判所であり、篠原勝美裁判長は東京地裁の不当判決(宗務広報第928号既報)を取り消して、日蓮正宗外1名に対する創価学会の請求を棄却し、逆転勝訴の判決を言い渡しました。
1.事件の概要
上記ビラに、池田大作の写真・絵が盛り込まれていたことから、創価学会は、この池田の写真・絵は創価学会の著作権および著作者人格権を侵害するとして、損害賠償などを求めて訴えを提起しました。
しかも、あろうことか、池田創価学会は、このビラの作成・配布は目蓮正宗が主導で計画的に行なわれたこと、また、ビラ配布を信徒が行なった行為に対し日蓮正宗は使用者責任を負うなどと主張して、日蓮正宗をも巻き込み提訴したのです。
2.東京高裁の正当な判断
東京高裁は、まず、本件全証拠によっても、日蓮正宗が本件写真ビラの作成、配布に関与した事実を認めることはできない旨を判示し、さらに、上記信徒の所属する法華講支部の講頭の共同不法行為責任の成立を前提に同講頭に対する指揮監督権を通じて日蓮正宗の使用者責任を認めた1審判断を退け、同講頭及び日蓮正宗の全ての責任を否定する正当な判断を下しました。
3.池田創価学会の悪喧伝を断罪
創価学会は本件に関連し、上記ビラが一法華講支部ぐるみの犯行であり、しかも、日蓮正宗主導のもとに行われたとの報道を繰り返してきましたが、これらがいずれも証拠に基づかない言いがかりである旨、正しい判断が下されました。
今後とも、創価学会のこのような司法を利用した悪喧伝に惑わされることなく、これを期に一層気を引きしめ、平成21年に向かって邁進して行きたいと思います。
以上
※1審判決報道
※1審判決(pdf)
「池田ビラ事件」高裁判決
平成15年(ネ)第1464号 損害賠償等請求控訴事件(原審・東京地方裁判所 平成13年(ワ)第12339号)(平成16年7月21日口頭弁論終結)
判 決
1審原告 創 価 学 会
訴訟代理人弁護士 福 島 啓 充
同 桝 井 眞 二
同 井 田 吉 則
同 成 田 吉 道
同 豊 浜 由 行
同 大 峰 義 孝
同 松 村 光 晃
同 中 村 秀 一
同 海 野 秀 樹
同 若 井 広 光
1審被告 日 蓮 正 宗
訴訟代理人弁護士 久保田 康 史
同 菅 充 行
同 間 辺 大 午
同 有 賀 信 勇
同 大 室 俊 三
1審被告 A(※大草講頭)
訴訟代理人弁護士 大 島 真 人
1審被告 B
訴訟代理人弁護士 松 井 繁 明
同 笹 本 潤
同 菊 池 紘
同 大 山 勇 一
同 笹 山 尚 人
主文
1 1審被告日蓮正宗及び1審被告Aの本件各控訴に基づき,原判決主文第3項中,同1審被告らの各敗訴部分を取り消す。
2 1審原告の1審被告日蓮正宗及び1審被告Aに対する請求をいずれも棄却する。
3 1審原告及び1審被告Bの本件各控訴をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は,第1,2審を通じて,1審原告に生じた費用の10分の1と1審被告Bに生じた費用の5分の1を1審被告Bの,1審原告と1審被告らに生じたその余の費用のすべてを1審原告の,それぞれ負担とする。
事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 1審原告
(1) 原判決を次のとおり変更する。
(2) 1審被告らは,原判決別紙ビラ目録1記載のビラ及び同目録2記載のビラを,1審被告ら又は第三者をして配布したり,掲示その他不特定多数人の目に触れるような行為をしてはならない。
(3) 1審被告らは,前項の各ビラを,回収して廃棄せよ。
(4) 1審被告らは,1審原告に対し,連帯して3000万円及びこれに対する平成13年6月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 1審被告ら
(1) 原判決中,1審被告らの各敗訴部分を取り消す。
(2) 1審原告の1審被告らに対する請求をいずれも棄却する。
第2 事案の概要
本件は,原判決別紙ビラ目録1記載のビラ(以下「本件写真ビラ」という。)及び同目録2記載のビラ(以下「本件絵ビラ」といい,本件写真ビラと本件絵ビラとを併せて「本件各ビラ」という。)が作成,配布されたことについて,原判決別紙1審原告写真目録1記載の写真(以下「1審原告写真1」という。)及び同目録2記載の写真(以下「1審原告写真2」という。)につき法人著作(著作権法15条1項)に基づく著作権及び著作者人格権を有すると主張する1審原告が,本件各ビラは1審被告らが作成,配布したものであり,本件写真ビラに掲載されている原判決別紙ビラ写真目録記載の写真(以下「本件ビラ写真」という。)は1審原告写真1を,本件絵ビラに掲載されている原判決別紙ビラ絵目録記載の絵(以下「本件ビラ絵」という。)は1審原告写真2を,それぞれ複製又は翻案したものであり,1審原告写真1,2に対する1審原告の著作権及び著作者人格権を侵害するとして,1審被告らに対し,(1)著作権法112条に基づき,本件各ビラの配布の差止等,(2)民法の不法行為の規定に基づき,1審原告写真1,2についての各著作権侵害による損害賠償として,著作権法(注,平成15年法律第85号による改正後のもの。以下同じ)114条2項又は3項により算定した1000万円(1審原告写真1,2につき,それぞれ500万円)及び1審原告写真1,2についての各著作者人格権侵害による損害賠償として,2000万円(1審原告写真1,2につきそれぞれ1000万円)の連帯支払を求めた事案である。
原判決は,本件ビラ写真を掲載した本件写真ビラを作成,配布する行為は,1審原告写真1についての1審原告の著作権(複製権,譲渡権)及び著作者人格権(同一性保持権,氏名表示権)を侵害するとし,本件ビラ絵を掲載した本件絵ビラを作成,配布する行為は,本件ビラ絵が1審原告写真2を複製又は翻案したものとはいえないから,著作権及び著作者人格権の侵害とはならないとした上,1審原告写真1についての著作権及び著作者人格権の侵害を理由として,@1審被告Bに対し,本件写真ビラの配布の差止め及び廃棄を命じ(原判決主文1,2項),A1審被告らに対し,1審原告写真1についての著作権侵害による損害賠償50万円及び同写真についての著作者人格権侵害による損害賠償50万円の合計額100万円とこれに対する遅延損害金の連帯支払を命じ(同3項,なお,上記の損害賠償は,1審被告Bについては不法行為,1審被告Aについては1審被告Bの侵害行為を幇助したことによる共同不法行為,1審被告日蓮正宗については1審被告Aの上記幇助行為ついての使用者責任に基づくものである。),1審原告の1審被告らに対するその余の請求を棄却した(同4項)。これに対し,1審原告及び1審被告らの双方が控訴した。
本件において争いのない事実,争点及びこれに対する当事者の主張は,次のとおり当審における当事者の主張を付加するほかは,原判決「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」の1ないし3のとおりであるから,これを引用する。
1 1審原告の主張
(1) 1審原告写真1についての著作権及び著作者人格権の侵害
ア 1審原告写真1の著作物性(争点(1)ア(ア))
1審原告写真1は,原判決が詳細に認定しているとおり,創価大学創立20周年を記念して,同大学の卒業生から送られたローブ(以下「本件ローブ」という。)をスーツの上から着用し,式帽を被った,被写体であるCの品格等を的確に表現するために,撮影場所や背景,Cのポーズなどに注意を払いながら,「スーツの上から本件ローブ及び式帽を着用したCを,背景,構図,照明,光量,絞り等に工夫を加えて撮影」(原判決23頁)したものであって,撮影者の思想又は感情を創作的に表現しているから,著作物性を有する。
イ 著作権侵害
(ア) 本件ビラ写真は1審原告写真1の複製物又は翻案物かについて(争点 (1)ア(イ)a)
本件ビラ写真は,1審原告写真1をあえて使用して作成されており,1審原告写真1から被写体であるCの上半身を抜き出し,これを白黒写真とした以外には,1審原告写真1に特段の変更を加えておらず,1審原告写真1と実質的に同一であるから,その複製物というべきである。
(イ) 本件写真ビラに本件ビラ写真を掲載することは,1審原告写真1の適法な引用に当たるか等について(争点(1)ア(イ)b)
a 引用の目的について
著作権法32条1項が引用の目的として例示している批評とは,当該著作物を批評するための引用を意味しているのであって,Cや,1審原告及び公明党を批判するための引用は,同条にいう批評のための引用ではない。ある人物が発言を行ったことの真実性を知らせるなどという理由によって,当該人物を撮影した写真著作物の無断使用が許される道理はない。
b 「引用の目的上正当な範囲内」の引用について
著作権法32条1項第2文にいう「引用の目的上正当な範囲内」の引用と認められるためには,@引用を含む著作物の表現形式上,引用して利用する側の著作物と引用されて利用される著作物とを明瞭に区別して認識することができること,A両著作物の間には前者が主,後者が従の関係があると認められる場合であること,Bその引用が引用される側の著作者人格権を侵害するような態様でされるものでないこと,以上の3要件を必要とする。本件写真ビラは,文章部分が主,本件ビラ写真が従という関係にはない上,Cを揶揄するために,1審原告写真1から取ったCの肖像に勝手に吹き出しを付加するという改変(同一性保持権の侵害)をしているから,正当な範囲内のものといえないことは明らかである。
(ウ) フェアユースの主張について
原判決が判示するとおりであり,1審被告らの主張は失当である。
ウ 著作者人格権(同一性保持権及び氏名表示権)の侵害
原判決の判示するとおりであり,侵害は明らかである。
(2) 1審原告写真2についての著作権及び著作者人格権の侵害
ア 1審原告写真2の著作物性(争点(1)イ(ア))
1審原告写真2は,1審原告写真1と同様に,著作物性を有する。
イ 複製権,翻案権,譲渡権,同一性保持権及び氏名表示権の侵害(争点(1)イ(イ))
(ア) 複製権侵害について
本件ビラ絵は,著作権侵害を理由として本件写真ビラの配布を禁止した平成13年5月25日の東京地方裁判所の仮処分決定を潜脱し,1審原告を揶揄,嘲笑する悪質な意図をもって,1審原告写真2の肖像部分をそのままトレースして作成されたものである。本件ビラ絵を1審原告写真2を拡大したものと重ね合わせると,ごく一部を除いて両者は一致し,本件ビラ絵が1審原告写真2の肖像部分を細部までトレースし,1審原告写真2に全面的に依拠して作成されたことは明らかである。本件ビラ絵は,1審原告写真2に式帽を書き加え,着衣の一部をローブ様のものをまとっているかのように描き変えているが,その加筆部分に創作性が認められる余地はない。したがって,本件ビラ絵は,1審原告写真2の表現上の本質的特徴を感得させるものであり,1審原告写真2の複製物というべきである。
(イ) 翻案権侵害について
仮に,本件ビラ絵が1審原告写真2の複製物に当たらないとしても,1審原告を揶揄,嘲笑する意図で1審原告写真2をトレースして本件ビラ絵を作成することが翻案権の侵害に当たることは明白である。原判決は,本件ビラ絵は,1審原告写真2における,Cの顔の表情,輪郭等の具体的な表現上の特徴がすべて捨象されており,1審原告写真2の表現形式上の本質的特徴部分を感得する程度に類似しているとはいえないとして,翻案権侵害を否定したが,原判決のように,写真の個別的,具体的な表現のみを表現形式上の本質的特徴部分としてとらえると,写真を絵にしたような場合には,翻案権侵害はおよそ成立し得ないという不当な結論になる。写真に著作物性が認められるための創作性については,原判決が挙げる撮影技法や現像手法だけでなく,被写体の選択,組合せ,配置等にも着目すべきであり,これらの要素も表現形式上の本質的特徴部分を構成するというべきである。1審原告写真2は,ブラジル教育統一協会から創価学会インターナショナル(SGI)の加盟団体であるブラジル日蓮正宗(NSB)に「文化・教育功労大十字勲章」が贈呈されたことを機に,SGI会長であるCとNSBメンバーの心の交流を表現するために撮影された。このような撮影主題を的確に表現するために,撮影は,入念なテストをした上行われ,人物と勲章が引き立つように,Cに様々なポーズや表情をとってもらいながら,構図,カメラアングル,背景,照明による光の陰影等にも工夫を凝らして数十カットを撮影した。1審原告写真2は,これらの数多くのカットの中から,撮影主題が最もよく表われた1カットを選び抜いたものである。1審原告写真2には,背景,照明,光量,絞り等の工夫のみならず,被写体であるCと大十字勲章の組合せや配置,ポーズ,表情等にも工夫が加えられているから,これらも表現形式上の本質的特徴部分を構成している。本件ビラ絵は,1審原告写真2のこの本質的特徴部分を感得させるものであるから,1審原告写真2の翻案物であり,本件ビラ絵を作成する行為は,翻案権の侵害に当たる。
(ウ) 同一性保持権及び氏名表示権の侵害について
1審原告写真2を著作者の同意なく改変した本件ビラ絵を本件絵ビラに掲載し,著作者を表示することなく配布する行為は,1審原告写真2についての同一性保持権及び及び氏名表示権の侵害に当たる。
(3) 1審被告日蓮正宗及び同Aに対する請求について(争点(3))
ア 差止等請求
以下に述べるとおり,本件各ビラは,1審被告らが共謀し,1審被告日蓮正宗の教義の重要な実践として,妙観講の組織を挙げて配布したものであるから,1審被告Bに対してのみならず,1審被告日蓮正宗及び同Aに対しても,本件各ビラの配布禁止及び回収,廃棄を命じるべきである。
(ア) 1審被告らの関係及び妙観講の活動等
1審被告日蓮正宗は,平成2年の暮以降,宗を挙げて1審原告に対する批判,攻撃を行っており,信者に対しても,1審原告の誤りを指摘し,周知させることが1審被告日蓮正宗の教義の実践であると指導してきた。
1審被告Aが講頭を務める妙観講は,1審被告日蓮正宗の信者組織の中で最大の構成員を有し,1審原告に対する批判,攻撃においても先鋭的な攻撃部隊として,その大半を行っている。
1審被告Bが主宰する政治団体「信教と思想の自由を守る会」(以下「守る会」という。)は,1審原告及び公明党を批判するビラの作成,配布を活動の中心としているが,1審被告Bがビラの作成名義人として存在するのみで,人的にも資金的にも組織としての実体はなく,1審被告日蓮正宗と実質上同一ないし単なる傀儡にすぎない。「守る会」名義のビラは,1審被告日蓮正宗が購入し,その作成費を負担している。また,これまで,「守る会」の名義で作成されたビラ(甲19〜21)は,1審被告日蓮正宗の僧侶や妙観講を中心とする信者組織によって配布されてきた。1審被告Bは,妙観講の講員であり,1審被告Aとも密接な関係にある。
1審被告日蓮正宗は,公明党が細川連立内閣,羽田連立内閣に参加した平成5,6年ころから,「1審原告の日本支配の野望を阻止する」として,1審原告が政権の中枢に入り込む事態を阻止することを「護法の戦い」と位置付け,選挙の際に,1審原告及び公明党に対するひぼう中傷を行うことを活動の基本方針に据えるようになった。その活動の中心的役割を担ったのは,妙観講であり,同講は,平成7年10月ころから,1審被告日蓮正宗の上記方針の下に,「民主政治を考える会」(以下「考える会」という。)作成名義の1審原告及び公明党批判のビラを全国的に大量に配布した。さらに,「考える会」の代表者が死亡し,1審被告Bが代表者となって「守る会」が発足した後は,「守る会」作成名義の上記同様のビラを,組織を挙げて全国に配布するようになった。
1審被告日蓮正宗の準機関誌である「慧妙」には,上記基本方針の下に,「守る会」名義のビラとほぼ同一論調の1審原告批判が繰り広げられている。1審原告を攻撃するためにCの写真を無断で掲載することは,「慧妙」の常とう手段である。「守る会」のビラは,すべて,1審原告及び公明党に対するひぼう中傷を目的としているものであるが,その内容,表現等は,これまで1審被告日蓮正宗が1審原告に対して行ってきたものと同一であり,1審被告日蓮正宗の活動と軌を一にしている。
(イ) 本件各ビラの作成,配布についての1審被告日蓮正宗,妙観講及び1審被告Aの関与
本件各ビラは,1審被告日蓮正宗が平成7年以来継続的に行ってきた「1審原告の日本支配の野望を阻止する」という基本方針に基づく活動の延長線上において,平成13年6月の東京都議会議員選挙,7月の参議院議員選挙に向けて,それまでと同様のビラを大量配布するという目的で作成された。1審被告日蓮正宗は,上記基本方針に則り,1審被告A及び同Bと共謀して,「守る会」作成名義のビラを作成,配布することを決定した。これを受けて,1審被告A及び同Bは,本件写真ビラ100万枚,本件絵ビラ50万枚を作成し,いずれも東京都杉並区内の妙観講本部に搬入し,同年5月から6月にかけて,妙観講の組織を挙げて配布した。
1審被告らは,本件各ビラの作成,配布は,1審被告Bが自ら計画し,面識のある妙観講の講員に個人的に依頼して行ったものであり,1審被告Aや1審被告日蓮正宗は関与していないなどと主張するが,150万枚ものビラが,事前に綿密な配布計画を立てることなしに作成されることはあり得ない。本件各ビラは,その99%を妙観講の講員が配布するという配布計画を前提に作成され,現に,妙観講の講員によって配布されたのであり,そのようなことは,妙観講の講頭である1審被告Aとの綿密な打合せなしに1審被告Bが単独で行い得ることではない。本件各ビラが,妙観講の組織を挙げて配布されたものであることは,本件写真ビラの妙観講本部への搬入,搬出,配布,仮処分決定を受けての配布の中止,さらには,本件写真ビラに代わる本件絵ビラの作成,妙観講本部への搬入,搬出,配布という一連の行為が,平成13年5月23日から同年6月14日までの短期間の間に手際よく行われたことからも明らかである。原判決は,本件各ビラがどのような配布計画の下に作成され,だれがどのように配布したか,150万枚という大部のビラの作成費用をだれが負担したかを十分に検討することなく,1審被告日蓮正宗及び同Aの責任を否定しており,失当である。
本件各ビラの作成,配布は,1審被告日蓮正宗の教義に基づく実践活動そのものであり,1審被告日蓮正宗及び同Aが,本件各ビラの内容を認識した上で,その作成,配布の企画及び実行に深く関与していたことは,明らかというべきである。
イ 1審被告日蓮正宗及び同Aの損害賠償責任
(ア) 共同不法行為による責任
本件各ビラの作成,配布は,1審被告らが共謀して計画し,1審被告日蓮正宗の教義の重要な実践として,妙観講の組織を挙げて配布が実行されたものであるから,1審被告日蓮正宗及び同Aは,本件各ビラの作成,配布による著作権侵害及び著作者人格権侵害につき,共同不法行為者(民法719条1項)として責任を負う。
(イ) 1審被告Aの幇助者としての責任
仮に,上記(ア)が成り立たないとしても,1審被告Aは,本件各ビラの内容の詳細を認識した上で,1審被告Bから,本件各ビラを妙観講本部で保管し,ビラ配布を担当する妙観講員に引き渡すことに関して要請を受けて,これを了承し,妙観講本部をそのための場所として提供したことにより,著作権及び著作者人格権の侵害を幇助したものであるから,侵害行為の幇助者(民法719条2項)として,不法行為責任を負う。
(ウ) 1審被告日蓮正宗の使用者責任
仮に,1審被告日蓮正宗について上記(ア)が成り立たないとしても,1審被告Aは,上記(ア)又は(イ)のとおり,1審原告写真1,2についての著作権及び著作者人格権の侵害の共同不法行為者又は侵害の幇助者であるところ,同1審被告は,法華講支部である妙観講の講頭として,1審被告日蓮正宗の実質的な指揮監督に服するものであり,かつ,本件各ビラの作成,配布は,1審被告日蓮正宗の事業の執行につきされたものであるから,1審被告日蓮正宗は,1審被告Aが侵害行為又は侵害幇助行為により1審原告に加えた損害について,民法715条の使用者責任を負う。
(4) 損害額(争点(5))
ア 著作権侵害による損害額
(ア) 著作権法114条2項による損害額
「守る会」は,本件各ビラの作成により,それぞれ500万円を下らない利益を得ているから,著作権法114条2項により算定した1審原告の損害額は,1審原告写真1,2のそれぞれにつき,500万円(合計1000万円)を下らない。
(イ) 著作権法114条3項による損害額
仮に,上記(ア)が認められないとしても,1審被告らは,著作権法114条3項により,1審原告写真1,2の使用について1審原告が受けるべき金銭の額に相当する1000万円(1審原告写真1,2のそれぞれにつき500万円)を1審原告に対して支払う義務がある。写真についての一般的な使用料が5万円〜20万円程度であるとしても,これは正規の利用許諾を受けた場合の使用料額であり,しかも,1万部程度の複製を前提としたものであるから,本件のように無断使用で,しかも,部数が100万枚,50万枚という格段に大きな数である場合の参考となるものではない。また,1審原告写真1,2が悪質なひぼう中傷のために利用されたことにより,1審原告は,1審原告写真1,2を機関誌等に使用することができなくなった。本件各ビラについて1審原告が受けるべき金銭の額に相当する額は,ビラの部数の多さ及び侵害行為の悪質性を考慮して,1審原告写真1,2のそれぞれにつき,500万円が相当である。
イ 著作者人格権侵害による損害額
1審原告写真1,2は,創意工夫を凝らして撮影された価値の高い著作物であり,1審原告の各種出版物に掲載して利用することを予定していたのに,悪質な意図の下に改変されたことによって,著作者人格権が甚だしく侵害された。その損害額は,本件各ビラについて,それぞれ1500万円を下らないから,その一部として,それぞれ1000万円を請求する。
2 1審被告らの主張
(1) 1審原告写真1についての著作権及び著作者人格権の侵害について
ア 1審原告写真1の著作物性について(争点(1)ア(ア))
《1審被告ら》
1審原告写真1が著作物でないことは原審における主張のとおりである。
イ 著作権侵害について
(ア) 本件ビラ写真は1審原告写真1の複製物又は翻案物かについて(争
点(1)ア(イ)a)
《1審被告日蓮正宗》
仮に,1審原告写真1が著作物であるとしても,その著作物性は,原判決も認めるとおり,背景,構図,照明,光量,絞り等に工夫を加えて撮影している点にある。すなわち,原判決は,「D(注,1審原告写真1,2の撮影者)は,1審原告写真1を撮影するに当たり,Cを引き立たせる効果を考えて,撮影場所として,絵画や花瓶のある創価女子短期大学内の応接室を選択し,背景の装飾品として,ゴブラン織りの絵画を選択し,部屋の照明を消して,特別に用意したストロボの光源のみで撮影することとし,ストロボを置く角度,高さ,光量を考慮し,背景の壁など部屋の隅々の露光を計測,考慮して,シャッター速度,絞りを決めた。また,Dは,本件ローブの全体像を写し出すこと,本件ローブ全体の格調の高さ及びCの品格を表現すること,本件ローブの腕の部分の刺繍が鮮明に写るようにすることなどを心掛けて,Cのポーズを決定した」(原判決22頁下から2行目〜23頁8行目)と認定し,これを根拠に,同写真が撮影者であるDの思想又は感情を創作的表現したものと認定したのである。ところが,本件写真ビラに掲載された本件ビラ写真は,背景を欠いた上半身だけであり,しかも,鮮明でないモノクロ写真であって,照明の強度,方向等を全く感得させないものとなっているから,背景や構図における創作的表現や撮影者が工夫したとする照明,光量,絞り等にかかわる創作部分は何ら複製されていない。本件ビラ写真は,批判の対象としてのCを特定するために必要な部分のみを抽出して利用しているにすぎず,1審原告写真1を創作物とさせている特徴を何ら複製していないから,写真著作物としての1審原告写真1の複製物又は翻案物のいずれにも当たらない。
《1審被告B》
本件ビラ写真は,1審原告写真1の創造的価値を利用しておらず,Cの肖像としての同一性を確保するために使用されているにすぎないから,著作権侵害には当たらない。
(イ) 本件写真ビラに本件ビラ写真を掲載することは,1審原告写真1の適法な引用に当たるか等について(争点(1)ア(イ)b)
《1審被告日蓮正宗》
本件写真ビラは,1審原告,C及び公明党を批判する目的で,Cの肖像を必要な範囲で引用した上で批判するものであり,公正な慣行に反する点もなく,著作権法32条1項により許容されるものである。公人を批判する際にその発言を取り上げるのは当然であり,Cを批判するのに同人の肖像に同人の発言を吹き出しとして付することに何ら不公正な点はない。
《1審被告B》
著作権法32条1項が「報道,批判,研究その他引用の目的上正当な範囲内で」と規定している趣旨は,引用の目的に照らして,引用の態様,方法が正当な範囲を逸脱してはならないということにある。本件写真ビラは,1審原告及びCを政治的に批判することを目的とするものであり,Cの発言の内容を正確に引用することによって批判の正当性を保とうとしたものであるから,写真の上半身のみを切り抜き,1審原告写真1の上半身を本件写真ビラの約15%の大きさとし,「吹き出し」を付けても,引用の目的に照らして正当な範囲内にあるというべきである。しかも,本件写真ビラにおける1審原告写真1の引用態様は,C本人であることを確認させるという程度の意味しか持たず,写真の創作性や芸術性を利用する態様ではなく,この点からも正当な範囲を逸脱するものではない。
また,本件写真ビラに本件ビラ写真を用いたことについては,公正な利用(フェアユース)の法理により,著作権侵害は成立しない。本件写真ビラにCの写真を用いたのは,Cの発言を広く国民に知ってもらうためであり,Cの写真や絵を用いて批判を行うことは,正当な政治的言論活動であるから,最大限保障されなければならない。本件においては,著作権法と表現の自由を調整するために著作権法を憲法に適合するように限定的に解釈する手法であるフェアユースの法理を適用し,著作権侵害を否定すべきである。
ウ 著作者人格権の侵害について
否認する。
(2) 1審原告写真2についての著作権及び著作者人格権の侵害について(争点(1)イ)
《1審被告日蓮正宗》
ア 1審原告写真2の著作物性について
1審原告写真2は著作物性を有しない。
イ 複製権,翻案権,譲渡権,同一性保持権及び氏名表示権の侵害について
1審原告が1審原告写真2と本件ビラ絵との一致点として挙げる点は,いずれも対象が共通であることから生じる一致点であるにすぎず,1審原告写真2の表現上の創作性にかかわる,撮影者の思想を創造的に表現しようとして工夫した撮影方法や現像の方法などの特徴は,全く複製されていない。
本件ビラ絵は,1審原告写真2の翻案物にも当たらない。翻案とは,「既存の著作物に依拠して,それとは表現形式が異なるものの,その創作に係る本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為」であるが,本件ビラ絵は,既存の著作物の内容としている事実のみを抽出して,その創作性の認められない部分を利用しているにすぎないからである。
(3) 1審被告日蓮正宗及び同Aに対する請求について(争点(3))
《1審被告日蓮正宗》
ア 1審被告日蓮正宗に対する差止等請求について
1審被告日蓮正宗が,1審被告B及び同Aと共謀して,本件各ビラを作成,配布したという事実はない。
この点に関する1審原告の主張は,要するに,「守る会」には実体がなく,同会名義で発行された他のビラに1審被告日蓮正宗の僧侶が関与したことがあるから,同会は1審被告日蓮正宗と実質的に同一であり,さらに,1審原告に対する批判の論調が「守る会」と「慧妙」とで類似しているから,本件各ビラの作成,配布には,1審被告日蓮正宗が関与していることが推測されるというものである。
しかし,1審被告日蓮正宗は,宗教団体総体として組織的に政治活動を行ったり,信徒に対して政治活動の指揮監督を行うことはない。本件各ビラのような政治的なビラの作成,配布は,日蓮正宗の教義の実践とは無縁である。ビラの作成費用を1審被告日蓮正宗が負担したこともない。「守る会」名義のビラ(甲19〜21)の配布に関与した者の中に1審被告日蓮正宗の僧侶らがいたとしても,そのことから本件各ビラの配布が1審被告日蓮正宗によってされたということはできない。「慧妙」は,妙観講の講員を含む信徒と1審被告日蓮正宗の有志僧侶によって作成される新聞であって,1審被告日蓮正宗としての見解・方針を信徒や僧侶に伝える機関誌ではない。仮に,「慧妙」における1審原告及びC批判の論調が,本件各ビラと共通していたとしても,それは,「主義,所見を同じくする者」の言動が内容的に共通するというだけのことであって,本件各ビラについての1審被告日蓮正宗の関与を何ら示すものとはいえない。「守る会」の1審原告に対する批判活動を1審被告日蓮正宗の活動と同視する1審原告の主張は失当である。
イ 1審被告日蓮正宗の損害賠償責任について
(ア) 共同不法行為による責任について
1審被告日蓮正宗は,本件各ビラの作成,配布に関与していないから,共同不法行為者(民法719条1項)としての責任を負わない。
(イ) 使用者責任について
a 1審被告Aの侵害行為及び侵害幇助の不存在
1審被告Aは,侵害の行為はもとより,著作権等侵害を幇助する行為もしていないから,1審被告Aの行為に基づき1審被告日蓮正宗に民法715条の責任が生じる余地はない。
すなわち,本件写真ビラは,1審被告Bが,1審被告Aと何の連絡もないまま作成を計画し,平成13年4月末ころ,印刷会社に対し,本件写真ビラの文章原稿を入稿し,同年5月7日には,その校正と本件ビラ写真を交付して,印刷が開始されたものである。このように,本件写真ビラは,1審被告Aの関与がないままに作成されたのであるから,本件写真ビラの作成(複製行為)について,1審被告Aに幇助行為が存在する余地はない。また,1審被告Aは,1審被告Bが本件写真ビラの配布を妙観講の講員に配布を依頼した経緯についての認識はなく,これに関与もしていない上,ビラの保管場所として妙観講本部を提供した事実もないから,本件写真ビラの配布(譲渡行為)に関しても幇助行為は存在しない。
以上に加えて,1審被告Aに幇助による不法行為責任が成立するためには,1審被告Bによる著作権等侵害の事実を,1審被告Aにおいて認識し,認容していたこと(主観的要件)が必要と解されるところ,1審被告Aは,本件写真ビラの配布等を禁じる仮処分決定がされた後,初めて本件写真ビラに掲載された本件ビラ写真のことを知ったのであるから,著作権等の侵害についての認識や認容はなかったものである。
原判決は,1審被告Aが,@本件写真ビラの記載内容の詳細を認識しつつ,A1審被告Bに妙観講本部を本件写真ビラの保管場所として提供したことが,B1審被告Bによる本件写真ビラの作成,配布を幇助したものであるとする(原判決35頁)が,上記@,Aの事実はないから,原判決における幇助の認定は,その前提を欠く。
b 「使用関係」及び「事業の執行につき」の要件の欠如
(a) 「使用関係」について
1審被告日蓮正宗に民法715条による責任が成立するためには,1審被告Aが1審被告日蓮正宗の被用者であるという「使用関係」の存在が要求されるところ,1審被告日蓮正宗は,本件各ビラの作成,配布のような活動については,1審被告Aを指揮監督する関係にはなかったから,「使用関係」は存在しない。そもそも,1審被告日蓮正宗は,法華講を教義信仰上指導する関係にはあっても,政治活動その他の世俗的な行為につき指揮監督する立場にはない。
(b) 「事業の執行につき」の要件について
本件各ビラの作成,配布は,宗教法人である1審被告日蓮正宗の活動に密接に関連するものとはいえず,その事業の執行につき行われたということもできない。本件写真ビラは,「守る会」の名義で発行されており,ビラに記載された「守る会」の連絡先等も1審被告日蓮正宗とは無関係であるから,同ビラの作成,配布は,外形上も,1審被告日蓮正宗の事業の執行と関連すると見る余地は皆無である。
《1審被告A》
ア 1審被告Aに対する差止等請求について
1審被告Bは,宗教とは関係なく,政治活動として「守る会」の活動を行っていたものであり,「守る会」の活動は,妙観講や1審被告日蓮正宗の活動と無関係である。妙観講は,創価学会に対する教義上の批判は行うが,政治活動は行わない。1審原告の主張は,政治的な批判を目的とするビラ配布等の政治活動と宗教活動とを意図的に混同させようとするものである。1審被告Aは,次のイに述べる限度でしか本件写真ビラにかかわっていない。
イ 幇助者としての責任について
1審被告Aは,妙観講の講員に本件写真ビラを配布するように指示したことはなく,妙観講本部をビラの保管場所として提供することを了承したこともない。
1審被告Aは,妙観講の定例班長会の前日である平成13年5月10日に,1審被告Bから,電話で,1審原告及び公明党批判のビラを配布したいので知己の妙観講員にビラ配布の依頼をしてよいかという相談を受け,妙観講の講員が個人としてビラ配布をすることは構わないという趣旨で,1審被告Bの申出を了承した。しかし,その際,ビラの内容については,以前「創価学会による被害者の会」(以下「被害者の会」という。)の機関誌「自由の砦」に掲載された「C語録」と同じような内容であるということしか聞いておらず,写真が掲載されることは知らなかった。その後,妙観講本部に本件写真ビラが搬入された際も,1審被告Aは本件写真ビラを見ておらず,本件ビラ写真が掲載されていることは,本件写真ビラの配布を禁じる東京地方裁判所の仮処分決定が出た後に知ったものである。1審被告Aは,本件写真ビラに掲載された写真が著作権等侵害に当たるものであることも知らなかったし,知る機会もなかったのであるから,本件写真ビラの作成,配布による著作権等の侵害行為による責任はもとより,その幇助者としての責任も成立しない。
(4) 権利濫用について(争点(4))
《1審被告B》
本訴請求は,著作権侵害等に名を借りて言論活動を抑圧しようとするもの
であり,権利の濫用に当たるものとして許されない。本件各ビラは,Cの発言を国
民に広く知らせ,1審原告及び公明党を政治的に批判するために作成,配布したものであり,そのようなビラについては,言論の自由が最大限尊重されなければならない。1審原告写真1は,「聖教グラフ」に掲載され,その後「グラフティ創価学会の現実 PART3」(丁1),「C創価学会=週刊実話増刊号」(丁2),「創価学会の光と影」(丁3)に転載されたが,これに対し1審原告は何の異議も述べていないから,著作権法上の権利がないことを自認しているに等しいか,又はその権利を放棄したものである。
本件写真ビラについては,言論の自由の見地から総合的な価値判断を行い,フェアユースの法理によって,著作権侵害の成立を否定すべきである。
(5) 損害額について(争点(5))
《1審被告日蓮正宗》
1審原告は,著作権法114条2項及び3項に基づく損害額の主張をするが,いずれも争う。1審原告写真1,2は,Cが本件ローブ(あるいは勲章)を贈呈されたことを機会に撮影された記念写真であって,営利を目的とするものではない上,1審原告によれば,同写真は1審原告にとってきわめて意義があるので1審原告の機関誌等に掲載,使用するつもりであったというのであるから,有償で第三者に貸し出すことが予定されていたものでもない。一方,1審被告Bないし「守る会」も本件各ビラを営利を目的として作成,配布したものではない。結局,本件においては,1審原告に何ら経済的損失が生じておらず,1審原告が侵害行為による損害を被ったということはできないから,損害額についての1審原告の主張は,前提を欠くものである。
《1審被告B》
著作権侵害による損害について,1審被告Bは,本件写真ビラの作成,配布によって何ら利益を受けていないから,著作権法114条2項を適用する余地はない。同条3項の「受けるべき金銭の額」を認定するに当たっては,著作物としての写真が利用される場合の一般的な使用料を基準とすべきであり,1審原告写真1が掲載されたのが雑誌であったことや,撮影者が聖教新聞社の記者であったことを考慮すると,新聞に掲載された写真を第三者が新聞社から提供を受けて利用する場合が参考とされるべきである。新聞に掲載された写真の許諾料は,比較的低廉である(数千円からせいぜい数万円の範囲)から,原判決認定の額(50万円)は高すぎる。しかも,本件写真ビラは,実際には,多くとも5000部程度しか配布されていないから,仮に著作権侵害が認められるとしても,「受けるべき金銭の額」は,3万1500円(朝日新聞の写真使用料)を超えることはない。
著作者人格権侵害による損害について,1審原告主張の損害額は,何ら根拠がない。
第3 当裁判所の判断
1 1審原告写真1についての著作権の侵害について(争点(1)ア)
(1) 1審原告写真1の著作物性及び著作者について
当裁判所も,1審原告写真1は,著作物性を有すると判断する。その理由は,この点に関する原判決説示(22頁12行目〜23頁14行目)のとおりであるから,これを引用する。また,上記引用に係る原判決の認定及び争いのない事実(原判決4頁7行目〜14行目)に照らせば,1審原告写真1は,1審原告の発意に基づきその業務に従事する者が職務上作成する著作物で,1審原告が自己の著作名義の下に公表するものであるから,他に別段の定めがない本件においては,著作権法15条1項に従い,1審原告写真1の著作者は1審原告と認めるのが相当である。
(2) 本件ビラ写真は,1審原告写真1の複製物又は翻案物といえるか
本件ビラ写真は,1審原告写真1から被写体であるCの上半身部分を抜き出し,カラー写真を白黒写真としたものであり,上記の点以外に1審原告写真1に特段の変更を加えていない(争いのない事実,甲1,2)から,1審原告写真1を有形的に再製したもの(複製)というべきである。
1審被告日蓮正宗は,本件ビラ写真は,背景を欠いた上半身だけであり,しかも白黒写真であって,背景や構図における創作的表現や撮影者が工夫したとする照明,光量,絞り等にかかわる創作部分を何ら利用しておらず,本件写真ビラが批判の対象としたCを特定するために必要な肖像部分を抽出して利用しているにすぎないなどとして,本件ビラ写真は1審原告写真1の複製物に当たらないと主張し,1審被告Bは,本件ビラ写真は,1審原告写真1の創作的価値を利用しておらず,Cの肖像としての同一性を確保するために使用されているにすぎないから,著作権侵害には当たらないと主張する。しかしながら,一般に,肖像写真は,被写体である人物をどのように表現するかを中心として,写真表現における創意工夫がされるものであるから,複製か否かを判断するに当たっては,人物を表現した部分に重きを置いて,著作物である写真の創作的特徴が複製を主張される写真に再現されているかどうかを検討することが許されるというべきである。上記観点から,1審原告写真1と本件ビラ写真とを対比観察すると,本件ビラ写真は,比較的鮮明な白黒写真であって,1審原告写真1の肖像部分のカラー画像を白黒画像に変えただけのものであることを一見して看取し得るものである上,具体的な表現形式という点でも,1審原告写真1における人物のポーズや表情はもとより,顔の陰影,人物が着用しているローブの状態など,1審原告写真1の撮影者が照明や光量,絞り等の工夫をすることによって表現した創作部分の特徴は,カラー写真が白黒写真に変更された後も,なお,相当程度忠実に再現され,実質的に維持されていると認められる。したがって,本件ビラ写真は,カラーが白黒になり,背景及び被写体である人物の下半身がカットされていても,なお,1審原告写真1の複製物に当たるということを妨げない。
(3) 本件写真ビラに本件ビラ写真を掲載することは,1審原告写真1の適法な引用(著作権法32条1項)として許されるか
ア 本件写真ビラは,原判決摘示(24頁9行目〜25頁7行目)のとおりの内容,態様のものであって,ビラの表面には,「公明党は,創価学会の教義(日本を創価王国にして,トップのC氏が最高権力者になる)を実現するために作られた政党です。」,「あなたは,こんな政党や宗教団体に,日本の命運を握られてもよい,と思いますか!?」,「NO!」などの文章が大書され(その文字,記号の一部は本件ビラ写真に重なっている。),「私は日本の国主であり大統領であり精神界の王者であり最高権力者である!」,「デージンも何人か出るでしょう。日本一の創価学会ですよ!」と書いた吹き出しを付けた本件ビラ写真が,縦約17.5センチメートル,横約12.0センチメートルのビラ表面の面積の約15%を占める大きさで印刷され,ビラの裏面には,「創価学会・公明党のトップ語録」,「これが創価学会のホンネです!! 皆さん,この実態をご覧ください」との大見出しの下に,Cの発言が合計37箇所掲載されている。
イ 1審被告らは,本件写真ビラは,1審原告,C及び公明党を批判する目的でCの肖像を必要な範囲で引用しているものであるから,著作権法32条1項に規定する適法な引用として許容されるものであると主張する。しかしながら,本件写真ビラは,ビラ自体としては,1審原告,C及び公明党を政治的に批判することを目的としたものであるとしても,そこに掲載された本件ビラ写真は,ビラの表面に大きく目を引く態様で印刷されている上,1審原告写真1の被写体の上半身部分のみを抜き出し,1審原告写真1の創作意図とはむしろ反対の印象を見る者に与えることを意図したことをうかがわせる「私は日本の国主であり大統領であり精神界の王者であり最高権力者である!」,「デージンも何人か出るでしょう。日本一の創価学会ですよ!」などの揶揄的な内容の吹き出しを付したものであるから,このような態様による写真の掲載を,公正な慣行に合致し,かつ,政治的に批判する批評の目的上,正当な範囲内で行われた引用と解することはできない。
本件ビラ写真を本件写真ビラに掲載することは,著作権法32条1項によって許される適法な引用には当たらない。
ウ 1審被告らは,また,本件ビラ写真を本件写真ビラに掲載したことは,フェアユースの法理の下で,正当な引用として許される旨主張する。しかしながら,著作物を引用して利用する場合における著作権と著作物の公正な利用との調整に関しては,著作権法32条において,引用が著作物の適法な利用として許されるための要件を具体的に規定していると解されるから,同規定の趣旨から離れて,米国著作権法上のフェアユースの法理の適用により,他人の著作物を自由に引用して利用することができると解することは相当ではない。この点に関する1審被告らの主張は,採用することができない。
(4) 小括
以上(1)ないし(3)によれば,1審原告の許諾を得ずに本件ビラ写真を掲載した本件写真ビラを作成し,公衆に配布することは,1審原告写真1に対する1審原告の複製権及び譲渡権を侵害する。
2 1審原告写真1についての著作者人格権(同一性保持権,氏名表示権)の侵害について(争点(1)ア)
上記1(1)のとおり,1審原告写真1は著作物と認められるものであるところ,本件ビラ写真は,同(2)のとおり,1審原告写真1について,背景を消去し,被写体であるCの上半身の肖像のみを表した白黒写真とする変更を加えている上,同(3)のとおり,肖像部分の上に,文字,記号を重ね,さらに,Cの発言内容を記載したものと受け取られる吹き出しを書き加えることによって,全体として,1審原告写真1の創作意図を損なうものとなっている。また,本件ビラ写真が掲載されている本件写真ビラには,著作者である1審原告が表示されていない(甲1)。
したがって,1審原告の同意を得ることなく本件ビラ写真を掲載した本件写真ビラを作成し,公衆に配布することは,1審原告写真1について1審原告が有する同一性保持権及び氏名表示権を侵害する。
3 1審原告写真2についての著作権及び著作者人格権の侵害について(争点(1)イ)
(1) 1審原告写真2の著作物性及び著作者について
当裁判所も,1審原告写真2は著作物性を有すると判断する。その理由は,原判決説示(26頁16行目〜27頁8行目)のとおりであるから,これを引用する。また,上記引用に係る原判決の認定及び争いのない事実に照らすと,上記1(1)と同様に,1審原告写真2の著作者は1審原告と認められる。
(2) 1審原告写真2についての複製権,翻案権,譲渡権,同一性保持権及び氏名表示権侵害の有無
当裁判所も,本件ビラ絵を掲載した本件絵ビラを作成し,公衆に配布する行為は,1審原告写真2についての複製権,翻案権,譲渡権,同一性保持権及び氏名表示権のいずれも侵害するものではないと判断する。その理由は,以下のとおり付加するほかは,原判決説示(27頁11行目〜29頁6行目)のとおりであるから,これを引用する(ただし,28頁下から2行目の「本件写真2」を「1審原告写真2」と訂正する。)。
1審原告は,1審原告写真2は,背景,照明,光量,絞り等の工夫のみならず,被写体であるCと大十字勲章の組合せや配置,ポーズ,表情等にも工夫が加えられているから,これらも表現形式上の本質的特徴部分に当たるとした上,1審原告写真2のうちの肖像部分を細部までトレースして作成された本件ビラ絵からは,1審原告写真2の上記本質的特徴部分が看取されるから,本件ビラ絵は1審原告写真2の複製物又は翻案物に当たると主張する。
しかしながら,本件ビラ絵が,1審原告写真2におけるCの肖像部分の輪郭等を手書きでなぞって線で表現するという表現形式を採ることによって,Cの顔の表情,輪郭等の1審原告写真2における具体的な表現上の特徴をすべて捨象し,それらの特徴を感得させないものとなっていることは,上記引用に係る原判決説示のとおりというべきである。そして,被写体である人物とその人物の装用品等の組合せや配置,人物のポーズ,表情等は,1審原告写真2のような肖像写真の撮影において,常に考慮される要素であるから,それらが具体的に表現された表現形式を抜きに,それ自体として写真の表現における本質的な特徴部分と評価すべきものではない。本件ビラ絵は,上記のとおり,写真を手書きの線による表現へと変更することによって,1審原告写真2における具体的な表現上の特徴がすべて捨象されているものであるから,1審原告写真2の表現上の本質的な特徴を直接感得させるものとはいえず,1審原告写真2の複製,翻案のいずれにも当たらないというべきである。
(3) 小括
以上のとおりであるから,本件ビラ絵を掲載した本件絵ビラを作成,配布する行為は,1審原告写真2の著作権及び著作者人格権を侵害するものではない。
4 1審被告Bの1審原告写真1に対する著作権及び著作者人格権の侵害について(争点(2))
(1) 1審被告Bは,1審被告日蓮正宗の信者組織である妙観講の構成員であり,平成11年に設立された政治団体「守る会」の代表者であること,1審被告Bが,平成13年5,6月ころ,本件ビラ写真を掲載した本件写真ビラを作成し,これを妙観講の講員に依頼して東京都内において公衆に配布させたこと,その際,1審原告から上記行為に対する許諾を得ていないことは,当事者間に争いがない。
(2) 本件写真ビラの作成,配布の具体的経緯について,上記争いのない事実等並びに証拠(甲1〜3,31,丙1,3−1,2,丙5,丙6−1,2,丁18,当審における1審被告B本人及び同A本人)によれば,以下の事実が認められる。
平成13年6月に東京都議会議員選挙が,同年7月に参議院議員選挙が予定されていた。これらの選挙に向けて,1審被告Bは,同人が主催する「守る会」において,1審原告及び公明党を批判する内容のビラを100万枚作成し,同年5月下旬ころに配布することを企画した。それらのビラの配布については,妙観講の講員の協力を得て,そのすべてを配布すること,また,印刷したビラの配布のための保管及び作業場所として,東京都杉並区内の妙観講本部を使用すること予定した。
1審被告Bは,1審原告やCから名誉毀損による責任を追求されないようにとの配慮の下に,上記ビラには,以前,自ら執筆して「自由の砦」に掲載した「創価学会・公明党のトップ語録」に収録したCの発言を,そのまま,あるいは表現をやや和らげて記載することとし,また,Cの発言であることを明確に示すために,写真を掲載することとした。
1審被告Bは,同年5月1日に,本件写真ビラの文章部分の原稿を印刷会社に入稿し,さらに,ビラに掲載するCの写真を選んで,本件ビラ写真の写真原稿を準備した上,同月7日,校正済みの文章原稿と本件ビラ写真の写真原稿を印刷会社に渡し,そのころ,印刷会社によって印刷が開始された。本件写真ビラの印刷は同月21日に完成し,1審被告Bは,そのうち99万枚を杉並区西荻窪所在の妙観講本部に,1万枚を「被害者の会」の事務所に送付するよう手配した。同月23日夜に,妙観講本部で1審被告Aのほか1審被告Bも出席する妙観講の班長指導会が予定されており,本件写真ビラ99万枚は,同日夕刻に,妙観講本部の1階ロビー横の和室に搬入された。本件写真ビラは,同月24日から25日にかけて,妙観講の講員によって東京都内各所で配布されたが,同月25日午後1時ころ,本件写真ビラの配布を禁止する東京地方裁判所の仮処分決定が1審被告Bに送達されたため,その直後に配布は中止された。
(3) 上記認定事実によれば,1審被告Bは,1審原告写真1を複製した本件ビラ写真を掲載した本件写真ビラを作成し,配布したことにより,1審原告写真1について1審原告が有する著作権(複製権,譲渡権)及び著作者人格(同一性保持権,氏名表示権)を侵害したものであり,それらの侵害につき,少なくとも過失があるというべきである。
なお,1審被告Bは,当審における本人尋問において,本件ビラ写真は,デザイナー某に依頼して作成させたものであり,その依頼の際,Cの写真として,平成2年7月16日継命新聞社発行の「グラフティ創価学会の現実 PART3」(丁1)に掲載された写真を指定したが,同写真が鮮明ではなかったため,同デザイナーが自身の判断により,1審原告発行の雑誌「聖教グラフ」同月11日号(甲2)に掲載されていた同一の画像がより鮮明な写真を用いて本件ビラ写真を作成したと供述するが,仮にそうであったとしても,同1審被告の指示により1審原告写真1の複製に当たる本件ビラ写真が作成されたことに変わりはないから,同1審被告に著作権等侵害について少なくとも過失があるとの上記判断は左右されない。
5 1審被告日蓮正宗及び同Aに対する請求について(争点(3))
(1) 前提となる事実
1審原告は,1審被告日蓮正宗及び同Aに対しても,著作権法112条に基づき本件各ビラの配布等の差止等を求め,また,民法の不法行為の規定に基づき損害賠償の支払を求めているので,まず,1審被告ら相互の関係及び1審原告と1審被告らとの対立の経緯についてみると,この点に関する事実認定は,原判決説示(29頁下から6行目〜34頁11行目)のとおりである(ただし,原判決29頁下から6行目〜5行目の括弧内を「甲7〜16,18〜23,32〜41,43〜45,48,49,51〜67,70〜74,丁12,当審における1審被告B本人及び同A本人」に,32頁下から6行目の「根本」を「根元」に,33頁1行目の「正法公布」を「正法広布」にそれぞれ改める。)から,これを引用する。
(2) 本件写真ビラの作成,配布に対する1審被告Aの関与について
ア 上記4(2)に認定した本件写真ビラの作成,配布の具体的な経緯と,上記(1)のような1審被告ら相互の関係及び1審原告と1審被告らとの対立の経緯を総合すると,本件写真ビラの作成,配布について,1審被告Aは,1審被告Bが,上記4(2)のとおり平成13年6月,7月の選挙に向けて1審原告及び公明党を批判する内容のビラを作成,配布する準備をしており,ビラを妙観講の講員の手で配布し,ビラの保管及び配布作業の場所には妙観講本部を使用する予定であることを,遅くとも本件写真ビラの印刷開始時期である同年5月7日より前の時点で,1審被告Bから聞かされており,ビラ配布のための保管及び作業場所として妙観講本部を使用することを同人から要請され,これを了承したものと認められる。
イ この点につき,1審被告日蓮正宗及び同Aは,1審被告Aは,平成13年5月10日に,1審被告Bから,電話で,妙観講の講員に「守る会」が発行する1審原告及び公明党を批判するビラの配布を依頼してもよいかとの相談を受け,講員が個人としてビラを配布することは構わないとしてこれを了承したことはあるが,それ以外は無関係であって,上記ビラの保管場所として妙観講本部を提供したこともなく,本件写真ビラの作成,配布には一切関与していないなどと主張し,丙5及び丁18にはこれに沿う記載があり,1審被告A及び同Bも,当審における各本人尋問において,これに沿う供述をしている。しかし,100万枚という大量のビラの配布には,相当数の人員と期間が必要と考えられるから,1審被告Bが,ビラ配布のための人員や保管場所等を1審被告Aの了承を得てあらかじめ確保することなく,本件写真ビラの印刷を発注したとはにわかに考え難く,同月21日に完成した本件写真ビラのうち99万枚が同月23日に印刷会社から直接,妙観講本部に搬入され,その翌日から配布が開始された事実も考え合わせると,1審被告A及び同Bの上記供述内容は,不自然であって直ちに信用することができない。
ウ 他方,1審原告は,1審被告Aの関与について,同1審被告は,1審被告日蓮正宗の決定した方針に従い,1審被告Bと本件写真ビラを作成することを共謀し,1審被告Bとの間で綿密なビラ配布計画を作成した上,本件写真ビラを妙観講の講員に指示して組織を挙げて配布させた旨,また,100万枚もの大量のビラを配布するためには,綿密な配布計画を作成し,妙観講の組織を挙げての配布体制を組むことが不可欠であり,それらは妙観講の責任者である1審被告Aの関与なしには不可能であるから,1審被告Aが本件写真ビラの作成,配布の企画及び実行に深く関与していたことは明らかである旨主張する。
確かに,1審被告Aは,1審被告日蓮正宗の被包括法人理境坊に所属する妙観講の講頭として,妙観講を代表し,講務を掌理する立場にあったこと,本件写真ビラの配布のための保管及び作業場所として妙観講本部が使用されたこと,本件写真ビラのうち99万枚が同本部に搬入された平成13年5月23日の当日に開かれた班長指導会には,1審被告Aが1審被告Bとともに出席していることは,上記認定のとおりである。
しかしながら,他方,証拠(甲9,丙5,丁18,当審における1審被告B本人及び同A本人)によれば,妙観講の講員数は全国で約1万人に上り,その組織は,平成13年5月当時,講頭を筆頭にして,その下に支部が6,その下に支区が22,その下に活動の最小単位である班が350くらいあったこと,1審被告Bは,妙観講の講員として,支区の部長の補佐役である幹事にまで昇進したが,上記4(1)のとおり平成11年に自ら政治団体「守る会」を設立して代表者に就任し,1審原告及び公明党の内情を暴いたビラを作成して一般市民に配布するなどの政治活動に力を注ぐようになったため,平成12年に支区の幹事から班長(受持ち講員数20人)に降格され,妙観講の会合にもほとんど出なくなったこと,1審被告Bが本件写真ビラの保管等のため上記のとおり妙観講本部を使用したのは,班長指導会が同所で開かれる当日に合わせて搬入することが,大量のビラの配布について講員の協力を得る上で便宜であるとの考慮が働いたものであることが認められる。そして,1審被告日蓮正宗と1審原告との間に教義上の激しい対立関係が続いており,妙観講の機関誌「妙観」に,「創価学会の動きを油断なく監視し,学会による政権取りや正法破壊の蠢動は,断じて阻止していかねばならない」(甲1393),「正法を衰微破壊しようとしている創価学会を放置することなど,断じてできません」(甲140−2)などの,1審原告との戦いを呼び掛ける妙観講の講頭や副講頭の発言が記事として掲載されていることに照らすと,1審被告日蓮正宗の信者組織である妙観講の講員は,1審被告Bの直接の依頼に対しても,1審原告及び公明党を批判するビラなどの配布に積極的に協力するものと推測されるから,本件写真ビラの配布計画に1審被告Aが参画しない限り,本件写真ビラの作成,配布を実現することができないとまで断定することは困難である。その他,本件写真ビラが,1審被告Aの了解の下に,妙観講本部に搬入され,妙観講の講員によって配布されたことを含めて,本件写真ビラの作成,配布に関連して証拠上認められる一切の事情を勘案しても,1審被告Aが,1審被告日蓮正宗の決定した方針に従い,本件写真ビラを作成することについて1審被告Bと共謀し,同1審被告との間で綿密なビラ配布計画を作成した上,妙観講の講員に指示して妙観講の組織を挙げて本件写真ビラの配布を実行させたとの1審原告の主張事実を推認するには足りないというべきである。
エ したがって,本件写真ビラの作成,配布に関する1審被告Aの関与は,上記ア認定の限度で認めることができるにとどまり(なお,本件写真ビラの内容について,1審被告Aがどの程度の認識を有していたかについては,後記(3)で検討する。),更に進んで,1審被告Aが,本件ビラ写真の作成ないし同写真を掲載したビラの作成,配布について,これを被告Bと共謀して行ったとか,その行為主体であるということはできない。
(3) 1審被告Aの幇助者としての責任について
ア 1審原告は,1審被告Aについて,本件写真ビラの作成,配布による著作権及び著作者人格権の侵害についての幇助者としての責任を主張しているので,更に検討すると,本件写真ビラの作成,配布についての1審被告Aの具体的な関与は,上記(2)アのとおりであり,1審被告Aが,1審被告Bの依頼に応じて本件写真ビラ配布のための保管及び作業場所として妙観講本部を使用することを了承し,その了承の下に,同本部が保管及び作業場所として使用されたことによって,本件写真ビラの配布(譲渡権侵害)が容易となったということができる。したがって,1審被告Aには,本件写真ビラの配布を客観的に容易にするという意味における幇助行為があったというべきである(なお,1審被告Aが本件写真ビラの保管及び配布作業のために妙観講本部を使用することを了承したことは,本件写真ビラの「作成」についての幇助とは認められない。)。
イ ところで,本件写真ビラの配布に関して,1審被告Aに著作権等侵害の幇助者としての責任が成立するためには,侵害の幇助とされる行為があった時点で,1審被告Aに,著作権の侵害についての主観的要件が備わっていることが必要である。そこで,1審被告Aが本件写真ビラの内容について,どの程度の認識を持っていたかについてみると,1審被告Aは,1審被告Bから,「守る会」が発行するビラの配布のための保管,作業場所として妙観講本部を使いたいという要請を受けた際に,そのビラがCの発言等を引用して1審原告及び公明党を批判する内容のものであって,Cの顔写真を掲載するという程度のことは,知らされていたと推認するのが自然である。しかし,それ以後,印刷済みの本件写真ビラが妙観講本部に搬入されるまでの間に,1審被告Aが,ビラに掲載するCの写真を見せられたり,写真が具体的にどのようなものであるかの報告を受けたりして,本件写真ビラに掲載される写真の具体的内容を知っていたことを認めるに足りる証拠はない。
ウ この点について,1審原告は,従来,「守る会」が選挙に向けて作成した1審原告及び公明党批判のビラは,妙観講の講員等によって配布されてきたこと,過去に配布された「守る会」のビラ(甲19〜21)における1審原告及び公明党批判の内容が1審被告日蓮正宗に関連する各種発行誌における批判内容と共通することなどを挙げ,1審被告Aは,本件写真ビラについても,具体的内容を認識した上で,その作成,配布に深く関与していたと主張する。
しかし,1審被告Aが「守る会」の上記ビラの作成に関与してきたことを認めるに足る証拠はなく,むしろ,当審における1審被告B本人及び同A本人の各供述内容に照らすと,従来から,「守る会」名義で作成するビラの内容は,1審被告Bの判断によって決められたものであったことがうかがわれるから,本件写真ビラの内容の詳細や写真の有無及びその具体的態様を,1審被告Aが1審被告Bから知らされていなかったとしても不自然ではない。特に,写真については,「守る会」のビラの目的が1審原告及び公明党の批判にあり,掲載する写真はCであることがビラ読者に分かる程度のものであれば足りるのであるから,1審被告Aにおいても,写真はその程度のものと認識し,当該写真に対する1審原告の著作権等はもとより,その具体的な態様や入手経路についても格別の関心を持っていなかった可能性は十分にあるというべきである。そうすると,1審被告Bからの要請を受けて1審被告Aが本件写真ビラの配布のための保管場所に妙観講本部を使うことを了承した際,1審被告Aには,ビラに掲載する写真(本件ビラ写真)が,1審原告の著作権等を侵害する行為によって作成されたものであることないしその蓋然性が高いことの認識があったとは認められない。
また,印刷の完成した本件写真ビラが平成13年5月23日夕刻に妙観講本部に搬入された後については,1審被告Aが本件ビラ写真を見る機会があったのではないかとの疑いは残るが,本件ビラ写真が著作権等を侵害するものであることについては,1審原告写真1と比較したときに初めて分かるという性質のものであるから,1審被告Aが本件写真ビラに本件ビラ写真が掲載されているのを見たとしても,そのことのみをもってしては,同1審被告が,本件写真ビラに掲載された本件ビラ写真が著作権等を侵害する行為によって作成されたものであることないしその蓋然性が高いことを認識しつつ,妙観講の講員による本件写真ビラの配布を容認したということはできないし,上記のような違法な結果の発生を認識し得べきであったのに認識しなかったということもできない。
エ 以上によれば,1審被告Aについては,本件写真ビラの配布による著作権侵害(譲渡権侵害)の幇助者としての責任が生じるための主観的要件が欠けているというべきである。
(4) 1審被告Aに対する請求について
ア 損害賠償請求について
(ア) 複製権及び譲渡権の侵害に基づく責任
本件写真ビラは,1審被告Bが主体となって,作成(複製権侵害)を企画,実行したものであり,1審被告Aは,これについて1審被告Bと共謀したとも,作成に関与したとも認められないことは上記のとおりであるから,本件写真ビラの作成(複製権侵害)については,1審被告Aは,民法719条1項の共同不法行為者及び同条2項の幇助者のいずれにも当たらない。
次に,本件写真ビラの配布(譲渡権侵害)については,上記のとおり,1審被告Aの共謀の事実は認められないから,1審被告Aは,民法719条1項の共同不法行為者としての損害賠償責任を負わない。また,1審被告Aは,1審被告Bの申し出に応じて,本件写真ビラの保管場所を提供し,また,妙観講の講員による配布を了承したが,その際,本件写真ビラに掲載される(又はされている)写真が著作権等を侵害する行為によって作成されたものであることないしその蓋然性が高いことの認識があったとはいえず,そのような違法な結果の発生を認識し得べきであったのに認識しなかったということもできないことは,上記(3)ウのとおりであるから,1審被告Aに,侵害の幇助者として,民法719条2項に基づく損害賠償責任があるということはできない。
(イ) 著作者人格権(同一性保持権及び氏名表示権)の侵害に基づく責任
上記(ア)と同様の理由により,1審被告Aに共同不法行為者ないし幇助者としての責任があるということはできない。
イ 本件写真ビラの配布の差止め及び廃棄等請求について
1審被告Aは,本件写真ビラの作成,配布の行為主体ということはできず,また,本件全証拠によっても,同1審被告について,1審原告写真1に対する1審原告の著作権及び著作者人格権を侵害するおそれがあるとは認められないから,同1審被告に対する本件写真ビラの配布の差止め,廃棄及び回収請求は,失当である。
(5) 本件写真ビラの作成,配布に対する1審被告日蓮正宗の関与について
ア 上記4(2)及び5(2)に認定のとおり,本件写真ビラは,1審被告Bが作成し,1審被告Aの了解の下に,1審被告Bからの依頼を受けた妙観講の講員が配布したものと認められるが,本件全証拠によっても,それら一連の過程において,1審被告日蓮正宗が,本件写真ビラの作成,配布の企画及び実行の行為主体と評価し得る態様で関与したことを認めるに足りない。
イ この点につき,1審原告は,@1審被告日蓮正宗は,宗を挙げて1審原告及び公明党に対する批判活動を行い,信者に対しても,1審原告の誤りを指摘し,周知させることが教義の実践活動であると指導してきたのみならず,平成5,6年ころからは,1審原告が政権の中枢に入ることを阻止することを「護法の戦い」と位置付けて,選挙の際に1審原告及び公明党の批判を行うことを活動の基本方針に据えてきた,A「守る会」は,1審原告及び公明党を批判するビラの作成,配布等を活動の中心とする団体であるが,人的にも資金的にも組織としての実態はなく,実体は,1審被告日蓮正宗と同一である,B「守る会」名義のビラの作成費用は,1審被告日蓮正宗が負担してきた,C従来,「守る会」名義のビラは,1審被告日蓮正宗の僧侶や妙観講を中心とする信者組織によって配布されてきた,D1審被告日蓮正宗の準機関誌である「慧妙」には,「守る会」のビラとほぼ同一論調の1審原告批判が繰り広げられており,平成13年4月1日号の「慧妙」(甲36)には,「C創価学会の日本国支配だけは,絶対に阻止しなければならない」等と呼び掛ける記事が掲載されているなどと指摘し,これらの事実を総合すれば,1審被告日蓮正宗が,本件写真ビラの作成,配布について,1審被告B及び同Aと共謀し,その実行に深くかかわったことは明らかである旨主張する。
確かに,1審原告が指摘する上記@の点に関しては,1審被告日蓮正宗の代表役員であるE及び総監であるFが,1審被告日蓮正宗の会員等に対して,1審原告を批判したり,1審原告の誤りを指摘し,周知させることが,1審被告日蓮正宗の教義の実践であると発言してきたことが認められ,また,1審被告日蓮正宗の僧侶,信者等に広く読まれている新聞「慧妙」に,1審原告及び公明党を激しく批判する論調の政治的な記事が多数掲載されてきたことは認められるが,それらの一般的な事実だけでは,本件写真ビラの作成,配布という特定の具体的な行為について,1審被告日蓮正宗が指示,共謀その他の形で主体的な関与をしたと推認するには不十分である。また,上記Aについてみると,人的組織の点で,「守る会」自体が100万枚もの大量のビラを配布する人員を有していないこと自体は,「守る会」が1審被告日蓮正宗と実質的に同一であるとする根拠となるわけではないし,資金に関しては,1審被告Bの主張,行動に賛同する者からの援助等による活動資金の調達も可能であること(現に,多くの政治団体がその主張,行動に賛同する者からの援助等により,資金を調達し,活動を行っていることは当裁判所に顕著であるが,そのことにより,政治団体としての実体を否定されるものではない。)を併せ考えると,「守る会」が1審被告日蓮正宗と実質的に同一であると認めることはできない。上記Bの点についても,「守る会」の発行するビラの作成費用を1審被告日蓮正宗が負担してきたことを認めるに足りる証拠はない。上記Cの点については,「守る会」は,本件写真ビラ以前にも,1審原告及び公明党を激しく批判する記事を掲載した3種のビラ(甲19〜21)を作成,配布したことが認められるが,それらの作成,配布に1審被告日蓮正宗が関与したと認めるに足りる証拠はない。また,平成12年6月の衆議院議員総選挙に際して,「守る会」作成の「創価学会・公明党による日本支配を許すな」との見出しのビラ(甲21)の配布を依頼する文書が「守る会」から,全国の1審被告日蓮正宗の指導教師に宛てて送付されたことは原判決認定(34頁5行目〜9行目)のとおりであるが,この事実から1審被告日蓮正宗が「守る会」発行のビラの配布を同宗の僧侶らに指示したと推認することはできない。さらに,上記Dの点に関しては,「慧妙」は,妙観講の機関誌である「妙観」の編集スタッフと1審被告日蓮正宗の甲信布教区で発行されていた「広布」という雑誌の編集スタッフとが合流して発行することになった新聞(平成5年1月発刊,月2回発行)であって,1審被告日蓮正宗のEが寄稿することもあり,1審被告日蓮正宗の僧侶,信者等を読者としていることが認められる(甲18,弁論の全趣旨)が,「慧妙」に,「守る会」のビラと内容,論調の類似する1審原告及び公明党批判の記事が掲載されていても,主義,所見を同じくする者が作成する記事,使用する写真等は,相互に影響し合うことなどにより,その内容が類似することが十分にあり得るから,内容の類似性を根拠として,本件写真ビラの作成,配布に1審被告日蓮正宗が関与していると推認することはできない。
その他,1審原告の主張に基づき本件全証拠を検討しても,本件写真ビラの作成,配布につき,1審被告日蓮正宗が1審原告の主張するような態様で関与したと推認するには不十分である。
(6) 1審被告日蓮正宗に対する請求について
ア 損害賠償請求について
(ア) 共同不法行為者としての責任
本件写真ビラの作成は,1審被告Bにおいて発案,準備し,印刷された同ビラの配布は,日蓮正宗の信者団体である妙観講の講員が行ったものであるところ,本件全証拠によっても,1審被告日蓮正宗がそれらにつき本件写真ビラの作成,配布の主体であると評価し得る程度に関与した事実を認めることはできないことは,上記(5)のとおりである。したがって,1審被告日蓮正宗が,自らの行為による共同不法行為者(民法719条1項)としての損害賠償責任を負うということはできない。
(イ) 使用者責任について
上記のとおり,1審被告Aは,著作権及び著作者人格権の侵害についての行為主体であるともこれを幇助した者であるともいえないから,1審被告日蓮正宗は,1審被告Aの不法行為責任の成立を前提とする民法715条の使用者責任を負うものではないというべきである。
イ 本件写真ビラの配布の差止め及び廃棄等請求について
1審被告日蓮正宗は,本件写真ビラの作成,配布の行為主体ということはできず,また,本件全証拠によっても,同1審被告について,1審原告写真1に対する1審原告の著作権及び著作者人格権を侵害するおそれがあるとは認められないから,同1審被告に対する本件写真ビラの配布の差止め,廃棄及び回収請求は失当である。
ウ まとめ
以上のとおり,1審原告写真1についての著作権及び著作者人格権侵害に基づく1審被告A及び1審被告日蓮正宗に対する本訴請求は,いずれも理由がない。
6 1審被告Bの権利濫用の主張について(争点(4))
1審被告Bは,1審原告は,専ら1審被告Bの正当な言論活動を抑圧,妨害する目的で,著作権及び著作者人格権を行使しており,同権利行使は権利濫用に当たると主張する。しかし,1審原告写真1が,「聖教グラフ」に掲載され,その後「グラフティ創価学会の現実 PART3」(丁1),「C創価学会=週刊実話増刊号」(丁2),「創価学会の光と影」(丁3)に転載されたが,これに対し1審原告が何の異議も述べていないからといって,そのことから直ちに,1審原告が1審原告写真1に対する著作権法上の権利がないことを自認し,あるいはその権利を放棄したということはできない。そして,本件写真ビラの作成,配布が1審原告の有する著作権及び著作者人格権を侵害していることは前示のとおりであり,また,1審原告が同侵害の排除と侵害による損害の回復を求めて本訴を提起していることは明らかであるから,1審被告Bに対する1審原告の本訴による権利の行使が,権利の濫用に当たるということはできない。
7 1審被告Bの賠償すべき損害額について(争点(5))
(1) 1審原告写真1に対する著作権(複製権,譲渡権)侵害による損害額
ア 著作権法114条2項による損害額
1審原告は,本件写真ビラの作成により「守る会」が得た利益の額は少なくとも500万円を下らないと主張し,著作権法114条2項に基づき上記500万円を1審原告が受けた損害の額として主張する。しかし,1審原告写真1を商業的に利用しているとは認められない1審原告につき,「守る会」が得た利益を損害と推定してよいかという点は措くとしても,本件写真ビラを作成し配布したことによって,「守る会」が利益を得たことを認めるに足る証拠はない。したがって,同項による損害額の算定の主張は失当である。
イ 著作権法114条3項による損害額
そこで,1審原告写真1についての著作権の行使につき受けるべき金銭の額について検討すると,証拠(甲124〜126,丁21−1〜3)によれば,写真の使用についての使用料は,一般に,葉書,チラシ等への使用の場合で5〜6万円前後,PR誌等への使用で20万円前後,新聞記事写真の使用料は数万円程度であることが認められる。この事実に,@1審原告写真1を複製した本件ビラ写真を掲載した本件写真ビラは100万枚作成されたが,配布されたのは,そのうちの一部であること,A同ビラは無償で配布されるもので,商業的な目的はないこと,B1審原告写真1は,Cが本件ローブを贈呈されたことを機会に撮影されたものであり,商業的利益を得る目的で撮影されたものではないこと等を併せ勘案すると,本件写真ビラへの1審原告写真1の利用につき1審原告が受けるべき金銭の額としては,50万円をもって相当と認める。
1審被告Bは,1審原告写真1は商業的利用を予定して撮影されたものではなく,有償で第三者に利用されることを予定していないから,1審原告には経済的損失が生じておらず,損害が発生していない,許諾料の相場は数万円程度であるからこれに準じた算定がされるべきであるなどと主張する。しかし,著作権法114条3項の「受けるべき金銭の額」は,著作権を侵害された者に対して最低限の賠償を保障する性質のものであって,著作権者が自ら著作物の商業的利用を予定しているか否かにかかわらず,当該著作物の使用について許諾をするとした場合の客観的に妥当な額を損害として認める趣旨のものと解されるから,商業的利用を予定していなかったから損害の発生がないということはできない。また,本件写真ビラにおいては,1審原告写真1を複製したものに吹き出しを付加するなど,撮影者の創作意図に反することを殊更に意図した形態で1審原告写真1が利用されているから,著作権者が受けるべき金銭の額は,常識的な範囲内の利用行為を想定して行われる通常の許諾の場合における金額と同一に論じることはできないというべきである。
(2) 1審原告写真1についての著作者人格権侵害による損害額
本件に現れた一切の事情を総合考慮すると,1審原告写真1の著作者人格権侵害による損害額としては,50万円が相当である。
8 1審被告Bに対する差止請求について
本件写真ビラは100万枚作成され,そのうちの一部は配布されたが,配布禁止の仮処分決定が1審被告Bに送達された直後に配布が中止されたことは,上記4(2)に認定のとおりである。このうち配布されなかった本件写真ビラについては,これがすべて廃棄されたとする証拠(丁17,19−1〜17,当審における1審被告B本人)もあるが,たやすく信用し難く,他に,上記未配布分がすべて廃棄されたことを認めるに足りる証拠はない。そして,1審被告B及び「守る会」と1審原告との対立の経緯にかんがみると,1審被告Bは,上記未配布に係る本件写真ビラを配布し,1審原告写真1に対する1審原告の著作権及び著作者人格権を侵害するおそれがあると認められるから,当該ビラについてはその廃棄義務を負うというべきである。
1審原告は,1審被告Bに対しては,差止請求権に基づき,既に配布済みの本件写真ビラの回収も命じるべきであると主張(なお,1審原告は,原判決は,結論部分では1審被告Bに対する回収義務を認めるが,主文では脱漏している旨指摘する。しかしながら,原判決には,回収義務の要件を認定した記載はなく,原判決42頁5行目の「回収及び廃棄並びに,」は,「廃棄,及び」の誤記と認める。)する。しかしながら,著作権法112条2項にいう「侵害の予防に必要な措置」とは,差止請求権の行使を実効あらしめるものであって,かつ,それが差止請求権の実現のために必要な範囲内のものであることを要するものと解するのが相当である(特許法100条2項に関する最高裁平成11年7月16日第二小法廷判決・民集53巻6号957頁参照)。本件において,既に配布済みの本件写真ビラの回収請求は,差止請求権の実現のために必要な範囲を超えることが明らかであるから,「侵害の予防に必要な措置」ということはできず,1審原告の上記主張は,採用することができない。
9 結論
以上によれば,1審原告の請求中,1審被告Bに対する請求は,1審原告写真1についての著作権及び著作者人格権の侵害に基づいて,本件写真ビラの配布の差止め及び廃棄,並びに,同写真の著作権及び著作者人格権の侵害に基づく損害として,各50万円(合計100万円)の支払を求める限度で理由があり,その余は理由がない。また,1審原告の1審被告日蓮正宗及び同Aに対する請求は,いずれも理由がない。
よって,1審被告日蓮正宗及び同Aの本件各控訴に基づき,原判決主文第3項中,同1審被告らの各敗訴部分を取り消し,1審原告の同1審被告らに対する請求をいずれも棄却し,1審原告及び1審被告Bの本件各控訴はいずれも理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
東京高等裁判所知的財産第2部
裁判長裁判官 篠原 勝美
裁判官 古城 春実
裁判官 岡本 岳
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正本堂解体関連訴訟
高松高裁でも完全勝訴
―正本堂解体を口実にした謀略訴訟―
(『大白法』H16.11.1)
正本堂解体を口実に、全国各地の創価学会員が総本山大石寺と御法主日顕上人猊下に対し、損害賠償と御供養返還等を求めた一連の訴訟で、10月7日、高松高等裁判所第2部(水野武裁判長)は、創価学会員らの控訴を棄却する宗門側勝訴の判決を言い渡しました。
高松高裁は、これまでの判決と同様、御供養の性質上、負担付贈与契約の成立を否定し、信義則上の義務違反もないと判断しました。
注目すべき点は、「創価学会は正本堂の建設につき自ら経済的な出損(しゅつえん=寄付)はしていない」ことを指摘した上で、「正本堂の建設資金を寄付した多数の信徒を代理して正本堂を被控訴人寺に贈与したというのではなく、自ら(創価学会)の責任において正本堂の建設、被控訴人寺への贈与を行ったもの」と認定し、学会員個人と大石寺との間の負担付贈与契約の成立を否定しました。
また、「信義則違反を理由とする損害賠償請求が認められるためには、(中略)その者との間で法的な権利関係が成立するとの期待を抱かせ、これに反する行動に出たことが信義則上許容できないと認められるような場合である」が、そのような違反はないと認定し、控訴人らの請求をことごとく斥けました。
池田創価学会による正本堂解体に関する謀略訴訟は、宗門側の全件全勝で推移しています。このたびの高松高裁判決により、残る裁判は、仙台・東京の両高裁に係属している控訴裁判だけとなりました。
正本堂解体関連訴訟
大阪高裁で完全勝訴
―正本堂解体を口実にした謀略訴訟―
(『大白法』H16.10.16)
正本堂解体を口実に、創価学会員が過去になした御供養の返還を総本山大石寺に求めた一連の訴訟で、9月30日、大阪高等裁判所第11民事部(市川頼明裁判長)は、総本山勝訴の判決を下しました。
大阪高裁は「本件贈与契約は負担も条件も付されておらず(中略)控訴人らの本件御供養金返還請求には理由がない」とし、また控訴人の慰謝料請求についても「被控訴人(大石寺)は一定の宗教的見地から正本堂を解体したものであるから、正本堂を解体したこと及び一般財産である本件御供養金を含む正本堂維持基本金をその費用に充てたことは、いずれも、違法な行為であるということはできず、また、その過程に何らかの故意、過失を認めることもできない」と認定し、控訴人の請求をことごとく斥けました。
正本堂解体にかかる不当訴訟は平成12年、創価学会員によって全国各地の裁判所に、同時期に39件分散提訴されました。このうち、この日の判決によって大阪高裁管内では全件全勝となり、分散提訴されたその他の各裁判も、仙台・東京・高松の各高裁に係属中の裁判を残すのみとなりました。
これまで判決の出ている地裁・高裁・最高裁のすべてにおいて宗門側完全勝訴の正当な判断が下っています。この事実から見ても、学会側の訴えが、司法制度を悪用した宗門・総本山攻撃目的の「不当訴訟」であることは明白です。
正本堂解体関連訴訟
全地裁で勝訴
―全国各地に濫訴した池田創価学会 全て敗訴―
―宗務広報第970号 平成16年1月30日―
(『大日蓮』H16.3)
正本堂解体を口実に、創価学会員が総本山大石寺と日顕上人に対して損害賠償を求めた一連の訴訟で、本日、山形地方裁判所(畑中芳子裁判長)は、創価学会員らの訴えをすべて棄却し、宗門側全面勝訴の判決を言い渡しました。
これにより、平成12年1月17日、静岡地裁富士支部への提訴を皮切りに、同年4月28日のさいたま地裁川越支部への提訴までのわずか3ヵ月間に、全国各地の裁判所に合計39件濫訴した池田創価学会は、地方裁判所段階において、すべて敗訴し、宗門側全勝という結果で終了いたしました。
1.事件の概要
訴訟の判決毎に宗務広報によりお知らせしておりますが、本件は、山形市内に住む創価学会員ら9名が総本山大石寺および日顕上人に対して、総額334万円余の損害賠償を求めて訴訟提起していたものです。
2.裁判所の判断
裁判所は、原告らは御供養することによって利益があり、無償の精神で正本堂建設の供養をしたもので、何ら法的な負担の存在を認めることはできないとしております。また、被告大石寺が所有する正本堂を取り壊したことについて違法性はないと認定し、創価学会員らの請求をことごとく斥けました。
3.正本堂解体にかかる不当訴訟は、完全勝訴
正本堂解体に関連して、池田創価学会が全国に不当訴訟を提起した裁判は、本日の判決をもって、地裁段階において完全勝訴しましたが、今後も「破邪」の御指南のもと、鋭意努力してまいります。
以上
宗門、38件の正本堂訴訟≠ノ悉く勝利!!
―静岡も、高松も、大阪も!残るは山形の1件のみ―
―12月19・25・26日に相次ぎ判決下る―
―学会の総力挙げた謀略訴訟が破綻―
―歪められた純真な御供養の精神―
(『慧妙』H16.1.16)
去る12月19日、静岡地裁(笹村将文裁判長)は、合計27件の正本堂訴訟の全てについて、大石寺側勝訴の判決を下した。
さらに、その6日後の12月25日、高松地裁(窪田正彦裁判官)も、やはり大石寺側勝訴の判決を下した。
そしてその翌日(※12月26日)、大阪高等裁判所(太田幸夫裁判長)も、同じく、創価学会員らの控訴を棄却(ききゃく)する判決を下した。
これにより、創価学会員が、平成12年初頭より全国各地で起こした合計39件もの正本堂訴訟は、山形地裁で争われている1件(今月30日に判決予定)のみを残して、全て大石寺側勝訴の判断が下されたことになる。
平成12年、創価学会員ら合計342名が、全国各地でほぼ一斉に、正本堂が解体されたことで精神的苦痛を被(こうむ)った≠ニして、慰謝料請求と、御供養金の返還を求めて、いわゆる「正本堂訴訟」を起こした。
その数は、何と合計39件!訴訟地は、北は旭川から、南は熊本までの、それこそ日本全国に及んだ。
ほとんど同じ内容の、39件もの訴訟を、ほぼ同じ時期に(提訴は、平成12年1月17日の静岡地裁富士支部への提訴を皮切りに、同年4月28日のさいたま地裁川越支部への提訴まで、約3ヶ月間に集中的に行なわれた)、全国各地でバラバラに起こす――これはどう考えても、訴権を濫用(らんよう)してでも大石寺に嫌がらせをしよう、として起こされた謀略(ぼうりゃく)訴訟である。
<静岡地裁/27件の訴訟>
こうした各地の謀略訴訟に対し、大石寺側が、静岡地裁に移送のうえ、併合(へいごう)審理すべきである、との申し立てを行なった。その結果、27件の訴訟が静岡地裁に移送となり、同地裁で審理が続けられてきたのである。
この静岡地裁での審理には、現・創価学会理事長の青木亨や脱落僧の渡邉慈済も原告側証人として出廷、まさに創価学会の総力を挙(あ)げての裁判≠ニいう感があった。
しかし、静岡地裁(笹村将文裁判長)は去る12月19日、青木や渡邉などの証言を退け、「正本堂建設御供養事件」に対しては、「宗教上の奉納・寄進というのは、信仰心の発露(はつろ)として、自己の信ずる神仏等(信仰の対象)に志(物品・金員を含む)を捧(ささ)げることにより、内心における精神的充足感を得る宗教上の行為と解されるところ、(何らかの状況変化によって、将来、返還される、というような)負担や条件が付されることは一般的ではないと解され、本件においても、そのような負担や条件が付されたことは認められない」と判断。
また「正本堂護持御供養事件」に対しては、「正本堂とは大御本尊が安置されている状態のものを指し」「また、原告らは平成9年11月30日の経過をもって信徒資格を喪失している」(いずれも要旨)から、大石寺において大御本尊が安置されなくなった正本堂を解体しても、もはや信徒でない原告らに対して何らの責任も負わないと判断して、原告・学会員らの訴えをすべて棄却し、大石寺側勝訴の判決を下したのである。
<高松地裁/正本堂建設御供養事件>
一方、静岡地裁には移送せずに審理が進められてきた高松地裁における「正本堂建設御供養事件」は、16名の学会員が、慰謝料・総計720万円の支払いを求めたものであった。
これに対し、高松地裁(窪田正彦裁判官)は去る12月25日、他の訴訟と同様、御供養の性質上、これを負担付贈与とみなすことはできないとしたうえ、信義則上の義務違反もないと判断。
その中で、正本堂建設御供養金が奉呈された経緯などについても、次のように言及。
「創価学会は、正本堂の建設について自らの経済的な出損をしていないにもかかわらず、正本堂の建設資金を拠出した多数の信徒を代理して贈与するというのではなく、自らが贈与することにして、いわば大石寺に恩を売るという状況を作出している」――つまり人のフンドシ≠謔しく、正本堂建設御供養は「会員が個々に」ではなく、「創価学会」として行なわれており、結果的に創価学会が大石寺に「恩」を売った形になっている、と認定。
さらに、正本堂解体の契機が、「正本堂を贈与した創価学会との関係悪化という、事後の状況の変化であって、大石寺としては、対立関係にある創価学会から贈与された正本堂に本門戒壇の御本尊を安置しておくのは不相当であると考え、正本堂から本門戒壇の御本尊を遷座(せんざ)し、大石寺にとって無用となった正本堂を建設後26年経過した時点で取り壊したもの」である、と明確に認定。こうした事情から「本件取り壊しによって、原告らの主張するような信義則上の各責任が生じる余地はない」(いずれも要旨)として、原告・学会員らの主張を斥(しりぞ)けたのである。
<大阪高裁/正本堂護持御供養事件>
高松地裁が判決を下した翌日、大阪高裁(太田幸夫裁判長)もまた、「正本堂護持御供養事件」について、大石寺側勝訴の判決を下した。
この訴訟の原審である大阪地裁(吉川慎一裁判長)は、昨年7月24日、「日蓮正宗における信仰の対象は戒壇の大御本尊であり、正本堂はそれを安置する施設にすぎないこと」「(原告である学会員自身が)本人尋問において、正本堂建立に際し十分な寄附をしなかったことについて、自分の信心が足りなかったと感じ、それを取り戻す意思で、その後御供養をしたなどと、宗教的な理由から御供養したと供述していること」等から、「原告が、単に正本堂の維持それ自体を目的とし、法的な意味で正本堂の維持等に限定して使用させる意思で、本件御供養をしたり、あるいは原告が、正本堂自体の建築物・文化財としての価値に着目し、建築物としての正本堂を保護する目的で、本件御供養をしたとは考え難(がた)い」と適確に認定。
さらに、御供養に際し、大石寺が発行した御供養受書の文言は、「御供養をした原告の信仰上の心情に応え、宗教礼儀的な意味での返事をしたものであって、御供養の使途を正本堂の保守・維持・管理に限定することを法的に約したものではない」と認定して、原告である学会員の請求を退けていた。
そして大阪高裁も、この判断を支持し、創価学会員の控訴には理由がないとして、これを棄却したのである。
かくして、39件にも及んだ正本堂訴訟は、今月30日に判決が下る山形地裁の1件を残して、その全てに大石寺側勝訴の判断が下ったのである。
しかも、そのうち横浜地裁を原審とするものなど3件の訴訟については、すでに最高裁の判断が下っており、大石寺側の勝利が確定して終結しているのである。
こうした状況からして、山形地裁の1件も、その帰趨(きすう)は見えている、と言っても言いすぎではあるまい。
「創価完勝の年」と銘打った池田創価学会が、新年早々からつまずいたことは間違いなさそうだ。
さて、こうした裁判結果を見るにつけ、返す返すも残念なのは、以前は純真無垢(むく)であったはずの学会員の信仰心が、かくも歪(ゆが)められてしまった現実である。
戸田城聖2代会長は
「もともと、御僧侶に対する御供養は、仏に対する真心を現わすものであり、御僧侶は、大聖人に代わって、これをお納めになるのであって、供養は、純真なものでなくてはならない」(『戸田城聖全集』第1巻62頁)
と指導しており、池田大作の『人間革命』にも、戸田氏の言葉として、
「当宗には、謗法(ほうぼう)の供養を受けず、という清浄そのものの鉄則さえある。御供養は、われわれ信徒の真心だけです。そのほかに何もない。問題は、真心こめて御供養申し上げる。ただそれだけではないか。それを、御僧侶がどうお使いになろうと、われわれ信徒には関係のないことだ。仮に、その御僧侶が浄財を、とんでもないことに使ったとしても、われわれの関知するところではない。その方に、大聖人のお叱(しか)りがあるのは必定です。御供養はかくあるべきものと、戸田は思うのです」(第3巻206頁)
と書かれている。
そして実際、個々の学会員は、ある時まで、そのように行じてきていたであろうことが、先述の大阪地裁での学会員の証言などからも伺(うかが)い知ることができるのである。
それがなぜ、本門戒壇の大御本尊に≠ニの想いで行なったはずの御供養を返せ≠ニ訴えるまでになってしまったのか――。その信心の狂いの元凶が、学会員から絶対的指導者として崇(あが)められる池田大作の信心の狂いであることは、今さら言うまでもなかろう。
しかして、池田の堕地獄の道連れにされる学会員こそ、哀れというほかない。
一般学会員の中に、僅かながらでも残る「信心」に呼びかけ、堕地獄の道から救い出すことこそ、「破邪顕正の年」を迎えた我々正宗信徒の責務と考え、学会員の折伏に励もうではないか。
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元信徒の創価学会員敗訴
―大石寺本堂解体訴訟―
(『朝日新聞ニュース速報』031220)
日蓮正宗の総本山・大石寺(静岡県富士宮市)が信徒の寄付金で建立した正本堂を解体したことに対し、元信徒で創価学会の会員が精神的苦痛を被ったとして、大石寺と阿部日顕法主を相手取り、約2億6000万円の損害賠償と、正本堂の維持・管理のため集められた寄付金約2400万円の返還を求めた訴訟の判決が19日、静岡地裁であった。笹村将文裁判長は原告の請求をいずれも棄却した。
訴えていたのは富山や福島など20都道府県の創価学会の会員342人。訴えによると、正本堂は大石寺の本尊を安置するため、創価学会の呼びかけで信徒らの寄付金など約355億円を投じ72年に完成した。その後、大石寺は「宗教上の理由」から99年8月に正本堂を解体、会員らが慰謝料の支払いや寄付金の返還を求めていた。
判決では「寄付は信仰心の表れであり、法的保護の対象とはなり得ず、正本堂の解体についても違法性があるとはいえない」として、原告の訴えを退けた。原告の一部は即日控訴し、残りの原告も追って控訴する方針。[2003-12-20-03:04]
総本山大石寺の合葬納骨事件で不当判決
―信教の自由に違反する最高裁判断―
(『大白法』H16.1.16)
創価学会員4名が総本山大石寺に合葬納骨した遺骨について、境内墓域内に埋葬されている遺骨を大納骨堂内に収蔵するよう請求していた事件で、昨年12月19日、最高裁判所第2小法廷(亀山継夫裁判長)は、東京高裁の言い渡した不当判決をそのまま維持する上告棄却の決定を下しました。
<地裁で大石寺全面勝訴 高裁は事実誤認>
創価学会員らは、昭和43年から52年頃にかけて総本山大石寺に願い出た合葬納骨が、他の遺骨と混和され、土中に不法投棄されたなどとして、総本山大石寺に対し遺骨を大納骨堂内に収蔵することなどを求めて平成12年3月に静岡地裁に提訴しました。これに対し静岡地裁は、合葬納骨が大納骨堂を収蔵場所とすることを約したものと認めることはできず、また原告らは当時、信仰的な観点から納骨契約を締結したものと正当な判断をし、さらに、大石寺の合葬骨の管理は宗教的慣習や社会通念に照らして不適切な方法であると断ずることはできないとして、大石寺全面勝訴の判決を下しました。
しかし控訴審の東京高裁は、埋骨に際して御先師日達上人の御指示と立会いがあったことや日達上人が現地で自ら読経をなされたという事実等を認めず、また、本件合葬行為が宗教的慣習ないし社会通念に照らして適切ではないかのような判断をなし、合葬納骨の取扱いが納骨契約の債務不履行にあたるとして、大石寺に対し、控訴人らに各50万円の支払いを命じる逆転判決を下していました。
<最高裁決定は事実誤認の高裁判決を看過>
―憲法の趣旨にも違反―
最高裁決定は、日達上人が現地で自ら読経された事実があるにもかかわらず、これを認めないという重大な事実誤認に基づいて下された不当な控訴審判決を看過しただけでなく、教義・信仰に基づく遺骨の取り扱いの当否まで裁判官が判断することにより国家権力が過剰に介入し、宗教行為に対する国家の中立性を定めた憲法の趣旨に違反する決定であり、まことに残念なことであります。
学会の遺骨投棄事件&道の虚構を暴く
―検証に堪えられぬ学会側の証言・証拠―
―矛盾と齟齬が罷り通った不当な判決―
―野村尊師と元従業員が当時の状況を証言―
(『慧妙』H15.12.1)
<実態は「不法投棄」でなく「境内地に埋葬」>
―訴訟提起は日顕上人の誹謗中傷が目的!? ―
すでに当紙にも破折を掲載したように、学会が大宣伝している「遺骨大量不法投棄事件」とは、不法投棄などというものではなく、当時の御法主・日達上人が御自ら執り行なわれた、合葬遺骨埋葬供養なのである。
しかるに学会では、これを「不法投棄」と決めつけ、大石寺の遺骨の取り扱いに問題があるかのごとく、機関紙等で盛んに報道している。
そもそも、不法投棄とは、遺骨を、埋葬してはならない場所に、法律に違反して投げ棄(す)てるような行為のことであり、大石寺が埋葬した一連の作業から見ても、全く筋違いの讒言(ざんげん)である。
しかし、残念なことに第2審では、1審の判決を覆(くつがえ)して「大石寺に対し、4人の遺族に各50万円の慰謝料の支払いを命ずる」不当判決が下された。これをもって学会の機関紙では、不法投棄が証明されたかのように、勝ち誇って報道をし続けている。
これに対する当紙の破折記事について、『創価新報』(9月3日付)では、高裁判決文を盛んに引用して反論しているつもりのようだが、こちらが「日達上人が関与していないとするならば、誰が、いつ、どのような経緯のもとに行なったのか、示すべきである」と示した、肝心な部分には全く触れることができない。
あげくは、当紙の記事について「遺骨投棄が日達上人の指示であると認めるならば、先師誹謗(ひぼう)である」等、日達上人を誹謗しているのは当紙であると、理解不明なことを言い出す始末。
だが、当紙は、日達上人が正当な合葬遺骨埋葬供養を奉修された、と報じているのであって、これを学会側が遺骨不法投棄とスリ替えているのである。ゆえに、日達上人を誹謗しているというなら、それは学会側のことである。
また、この遺骨埋葬の時期について、大石寺側では、「昭和52年5月か6月」としているのに対し、学会側では、元従業員の発言から「昭和54年9月」と主張している。
学会側が昭和54年にこだわるのには訳がある。昭和52年であれば日達上人の御代となり、昭和54年であれば日顕上人の御代となる。日顕上人を目の敵(かたき)にしている学会としては、すべての責任を日顕上人にかぶせ、誹謗中傷のネタに使いたいのだ。
そうした学会の策略はミエミエであるが、27年も前の出来事であるのをいいことに、勝手な証言を立てている状況である。
このたび、詳細な真相を確かめるため、当時現場に居合わせた野村慈尊御尊師(現・清涼寺住職)と元従業員である後藤彰氏(当時、境内責任者)に話を伺(うかが)った。その説明をもとに、学会のスリ替え報道を破折していきたい。
まず、野村尊師は、埋葬の概略について、「初め日達上人が場所を指定され、従業員が機械で穴を掘った。そこで一旦、日達上人は帰られ、数十分後に所化・小僧2、30人を連れて戻られた。そして、所化さん達が、遺骨を納骨堂から移動し、埋葬した。その後、従業員が機械で少し土を埋めはじめたところで、日達上人は法衣に着替えられるために帰られ、所化・小僧もその場を去った。最初の土は機械で埋めたが、残りの土は手作業で慎重に埋めた。土をかぶせ終わって、まもなく日達上人が法衣姿で戻られ、読経唱題を奉修された。終了後、日達上人から杉の苗木を植えるように≠ニのお言葉があった。翌日、午前中に合葬地の上に5本の杉が植えられ、午後になって日達上人自らご確認された」と述べられている。これが真実の埋葬供養の状況だったのである。
<元従業員の証言の信憑性>
そもそも、学会のいう「遺骨投棄事件」報道の発端は、平成12年に遺族4人が裁判に訴えたことで始まるのだが、その裏付けとなっている証人が、大石寺元従業員の田中某氏(学会員)である。
田中氏の陳述書では、「当日、境内係として桜の枝の剪定(せんてい)の作業をしていました」とか「野村氏が挙げた日達上人、早瀬氏、後藤氏、松尾氏はすでに全員他界しており、野村氏は反論のできない死人の名前を並べることで、自分にとって都合のいい作り話をしている」などとしているが、「桜切る馬鹿」のことわざどおり、桜の木の剪定は通常は行なわず、例外的にテングス病に冒(おか)された場合のみ行なう。この場合でも、テングス病が発見しやすいように、落葉後に行なうので、総本山では、冬の時期に剪定を行なっていたのである。
ゆえに彼らが、埋葬の行なわれた時期とする9月頃の大石寺は、まだ桜の葉が残っており、剪定の時期に適さず、田中氏が剪定作業を行なっていた、というのは疑わしい。
また、田中氏が死亡したとする人のうち、後藤氏(後藤彰氏)は現在も健在であり、田中氏の上司として当時作業に当たられたことも記憶されている。このように田中氏の証言には矛盾(むじゅん)点が多く見られる。このような証言を元にしているのであるから、学会のいう「遺骨不法投棄事件」の信憑(しんぴょう)性はない、と言えるのではないか。だいたい、同氏は学会員であることから、学会に都合のよい証言をすることは十分考えられる。
ちなみにその時、作業を行なった別の従業員・後藤彰氏(田中氏の上司)は、日達上人が現場に立ち会われたことをはっきり覚えているし、もちろん、作業に同行していた野村尊師や埋葬を手伝った大勢の所化さん達もこれを証明している。
<5本杉の鑑定について>
この5本杉とは、埋葬法要の終了後、日達上人から「杉の苗木を植えるように」とのお言葉があり、合葬地の場所に5本の杉を植えたことを指す。この5本杉の話を、学会は作り話としているのである(『新報』7月16日付)。
ちなみに学会側は、初め、この5本の杉を3本の杉と言っていたが、最近では5本の杉と改めているようだ。この一事を見ても、事実を正確に把握(はあく)もせぬまま、ともかく誹謗中傷し続けよう、との悪意の一分が垣間見えよう。
この5本杉についての学会側の主張を具体的に挙げると、「遺骨投棄を隠蔽するために野村(尊師)が植えたものである」「それを日達法主にこと寄せ、あたかも丁重に葬った証であるかのように仕立てたのである」「実際にもそのような杉ではなく、普通の樹木にすぎなかった」「植えた杉が由緒あるものというのなら、その挿し穂は、いつ、どの杉から採取したのか」というものである。
この5本杉について野村尊師にお話を伺うと、「遺骨を埋め、法要を終えた後、日達上人より、『大杉の苗木を5本植えてほしい』とのお言葉があった。これは、大石寺に自生している大杉から挿し穂を取った挿し木苗で、日達上人が大奥の庭で大事に育てていたものである。この苗木が約30本あって、そのうちの5本の杉である。翌日、自分が遺骨を埋めた現場に植え、その日の午前中に、日達上人に御報告すると、日達上人は『見に行こう』と仰せられ、その日の午後、現場を確認された。日達上人は、現場に着かれると合掌され、杉の植裁を大変喜ばれた」旨、詳しく説明してくださった。
この一連の具体的な状況説明からしても、これが「作り話」などでないことは明らかであり、いかに学会が根拠のない主張をしているかがわかる。
さらに、5本杉の「樹齢鑑定」について、学会では、「東京農業大学の先生に樹齢を見てもらったところ、推定32年で、誤差としては1,2年加わることがある、としていて、野村慈尊(師)の主張どおり、昭和49年に挿し木したものなら、平成13年1月に伐採した杉の樹齢は、26〜27年となるはずである。ところが、鑑定で示された樹齢は、推定32年。この杉が挿し木された時期は、昭和43年から同41年と、判定されたのだ。野村(師)の話との矛盾は明らかである、昭和49年に挿し木したという話は真っ赤な嘘である」としている。
「東京農業大学の先生」を用いて、いかにも正当な樹齢鑑定を行なったように報じているが、じつは、その鑑定とは、5本杉かどうかも分からない切り株の写真を出し、しかも鑑定状況の説明もない、という客観性の無い鑑定書であったのだ。
これに対し、宗門側では、元東京大学教授の渡辺定元氏による鑑定を行なった。それは、鑑定を行なっている状況の写真を示し、誰でもわかるように、杉の切り株に年輪ごとにまち針を刺して行なった、客観的正当性があるものである。本来、樹齢鑑定はこのようなやり方が通例なのである。
そして、これによれば、明らかに穂木からの樹齢は推定27年前後となるのである。
前述の学会が樹齢鑑定した杉の木は、本当に5本杉のものなのであろうか。
学会では、大石寺の許可なく、敷地のなかに勝手に入り、許可なく写真を撮り、鑑定を依頼したことになるが、鑑定したとする杉の木自体が本物であるか、どうかが、大きな問題となろう。
さらに学会では、この5本杉の話を、『蓮華』(昭和48年5月号)(昭和50年7月号)に掲載された7本杉の事例を悪用したもの、と報じているが、これも学会の勝手な邪推にすぎない。
昭和48年に植樹した7本杉は、野村尊師が大杉を挿し木した最初のもので、今回の5本杉とは全く関係ないものであると、野村尊師もきっぱり言い切られている。
<「紅富士」でのラーメンの件について>
この紅富士のラーメンの件というのは、遺骨移動作業が終了した時、日達上人が作業に従事した所化さん達に、「紅富士(大石寺近くの食堂)に行って、ラーメンを食べなさい」と言われた。所化さん達が紅富士に到着後、ラーメンを待っていると、かなり時間が過ぎてから日達上人とお供の方々が紅富士に着いて、ラーメンを召し上がられた、という出来事であるが、学会では、これを作り話であるとしている。
その内容は「4人の陳述書では、日達法主も学生達に同行したように受け取れる。そうであれば、法要は行なわれなかったことになる」「日達法主が所化・小僧と一緒にラーメンを食べていたとなると、日達法主は現場に袈裟衣姿で戻ってくることはできない」「日達法主がラーメンを一緒に食べた、というなら法要は行なわれなかったことになり、逆に、法要を行なったというなら、なぜ修行中の所化・小僧が参加しなかったか、ということになる」というもので、ともかく法要を否定せんとして、グダグダと難癖をつけている。
ここで、もう1度、埋葬法要の一連の流れを確認してみると、遺骨の移動が終わり、土を埋める作業を始めたところで、日達上人は法衣に着替えられるために帰られ、所化さん達は歩いて紅富士に向かった。
その後、土をかぶせ終わると、まもなく日達上人が戻られ、法要を開始される。
野村尊師によると、土を埋める作業時間は3、40分ぐらいであり、法要は御経が方便品・自我偈・唱題で10分から15分間ぐらいである。その後、車で紅富士まで移動されたとしても、5分もかからない。
つまり、所化さん達が紅富士に向かう時点から、法要を終えられた日達上人が紅富士に着かれるまで、所要時間は約1時間である。所化さん達が徒歩にて紅富士まで行くのにかかる時間は約15分〜20分で、それから所化の人数分(2、30人)のラーメンを作る時間と、食べる時間を合わせれば、日達上人と所化さん達が居合わせることができうるのである。
このように、紅富士でのラーメンの件も、何の矛盾も疑問もないことがわかるだろう。
以上、当事者である野村尊師並びに元従業員の後藤彰氏のお話を参考にしながら、合葬埋葬供養の概要と学会の妄論を、@元従業員の証言の信憑性、A5本杉の鑑定について、B「紅富士」のラーメンの件の信憑性、という3点から破折した。
要するに学会側の主張する埋葬時期や埋葬作業の様子は、元従業員(学会員)の矛盾の多い証言から成り立っているもので、そこに信憑性はなく、5本杉も、学会が勝手に「疑わしい」と推測しているにすぎず、さらに、樹齢鑑定も、いい加減な書面をもってその裏付けとしたものである。紅富士のラーメンの件も、ただの学会の言いがかりでしかない。
これだけ見ても、「遺骨不法投棄事件」なるものは、単なる学会の空騒ぎでしかない、ということが分かる。
学会員が、この埋葬供養につき、盛んに大石寺並びに日顕上人猊下の誹謗をしているが、このようなスリ替え報道に騙(だま)されてはなるまい。
今後、当紙は、作業を手伝われた当時の所化さんの証言なども含め、引き続き、学会の妄論を徹底的に破折していく方針である。
(『大白法』H15.12.16)
正本堂解体を口実に、創価学会員が過去になした御供養の返還を総本山大石寺に求めた一連の訴訟で、11月28日、京都地方裁判所(鈴木謙也裁判官)は、創価学会員の訴えをすべて棄却し、宗門側全面勝訴の判決を言い渡しました。
<事件の概要と裁判所の判断>
本件は、創価学会員の原告2名が総本山大石寺に対して計18万5千円の返還を求めて訴訟提起していたものです。
裁判所は、御供養は「信仰心の現れとして行われる宗教上の行為」であって、法的拘束力のある条件が付されることは一般的なことではなく、本件においても、信託契約や負担付贈与契約などが成立したとは認められず、また、宗門の行為が信義則違反や不法行為にあたることもないと認定し、創価学会員らの請求をことごとく斥けました。
地裁段階でいまだ判断がなされていない事件は、静岡・高松・山形の3地方裁判所となりましたが、いずれも本年中に判決が下る予定です。
―元講員と共に"妙観講に盗聴された"と―
―元講員のウソが崩壊して訴訟も瓦解―
(『慧妙』H16.4.16)
信心の歪(ゆが)んだ法華講員(事件当時)と結託し、日蓮正宗を貶(おとし)めようとした創価学会本部職員らの謀略(ぼうりゃく)訴訟が、ついに完全粉砕された。
去る4月8日、創価学会本部職員で、聖教新聞社管理職の波田地克利らが、御法主日顕上人猊下、理境坊住職・小川只道尊師、妙観講々頭・大草一男氏などを訴えていた裁判の上告審で、最高裁判所第1小法廷(島田仁郎裁判長)は、5名の裁判官の全員一致で、波田地らの上告の不受理を決定、ここに学会側の完全敗訴が確定したのである。
この裁判は、元妙観講員の渡邊茂夫(数々の不行跡により、平成4年に同講を除名処分となり、平成13年には日蓮正宗からも信徒除名処分となる)が、創価学会怪文書作成班と結託(けったく)、「大草講頭の指示により、総本山の塔中坊や末寺、宗教ゴロの梅沢十四夫宅、学会幹部の波田地克利宅などの電話を盗聴した」との狂言を構え、さらに「これは、小川只道尊師と大草講頭が共謀し、自分に命じて行なわせたものだが、決裁を出した最高責任者は日顕上人だ」などと大宣伝。それを根拠に、波田地らが、平成11年12月、「自宅の電話を盗聴され、通信の秘密およびプライバシー権を侵害された」として提訴に及んでいたもの。
創価学会はこの訴訟を、日蓮正宗誹謗(ひぼう)のために最大限に活用。『創価新報』等に大々的に取り上げ、
「電話盗聴の日顕(上人)一派を提訴」
「被害者の男子部幹部大石寺・小川只道(尊師)らに賠償求める」
「許せぬ!『通信の秘密』プライバシー」の侵害」
などと大騒ぎをしてきた。
しかし、所詮は脱落法華講員の虚言を根拠とした謀略訴訟。
渡邊の"証言"は次から次に崩壊していき、それを繕(つくろ)おうとした"ウソ"で、さらに傷口を広げてしまうというお粗末さ。
そしてついに、最高裁からも"三行半"を突きつけられてしまったのである。
渡邊が行なった、無様な"ウソからウソヘの綱渡り"は、次のとおり。
まず渡邊が、"平成3年に盗聴テープを入手した直後、自分で反訳し、大草講頭にも見せて盗聴の成果を報告したもの"として裁判所に提出した反訳書には、テープには録音されていない、また渡邊では知り得ない、学会の内部事情および、波田地の身辺の事柄までが、詳細に書かれていた。
尋問の席上、その不自然さを宗門側弁護士から突かれると、渡邊は周章狼狽(しゅうしょうろうばい)。"証言"を二転三転させていく。
"反訳書は、自分ではなく、盗聴を実行した調査会社が作成した"と言い訳したものの、前言との矛盾(むじゅん)を指摘されると、今度は"調査会社と自分が一緒に作成した"に。それも突き崩されると"じつは誰が作成したのか分からない"と悲鳴を上げて尋問終了。そして後日に全く言い変えてきたのが"反訳文は、波田地が提訴する直前の平成11年10月、渡邊が学会を脱会した法華講員の協力を得て作成した"との主張。
しかし、このような詭弁(きべん)が裁判所に通ずるはずもなく、第1審の東京地裁は
「反訳書の作成に当たっては、創価学会の内部事情のみならず、原告らの事情にも通じている者の関与が窺(うかが)われる」
と、創価学会組織の内情に加え、原告・波田地の周辺事情にも詳しい者達の関与の可能性を認定、この訴訟の謀略性を示唆(しさ)したのである。
また渡邊は、"大草氏の指示により盗聴を行なった"と主張したが、渡邊が"盗聴事件"を起こした当時、渡邊はすでに、自らの不行跡によって講内での役職を全て解任され、活動停止処分になっていた事実と、妙観講および大草氏から離反しつつあったことを立証されて「万事休す」。
東京地裁は、かかる状況の中で、"大草講頭が次々と渡邊に盗聴を指示していた"とする渡邊の供述は全く信用できない、とした上で、
「本件盗聴が被告らの指示に基づくものであるとも推認できない」
と、一刀両断。
極めつけは、宗門側から証拠として提出された、渡邊と法華講員K氏との会話テープ。このテープにより、渡邊がK氏に「無実の大草に罪をかぶせて妙観講をつぶし、その財産を山分けにする。無実の者に罪をかぶせることくらい、何でもないことだ」「(盗聴事件には)猊下は関係ない」等と発言していたことが明らかとなり、渡邊証言の謀略性は白日の下に晒(さら)されたのである。
なお、このテープが実際に提出される前、宗門側弁護士からの尋問に対し、渡邊はそうした会話があった事実を一切否定。「ウソ八百」「まごうことなきウソ」とまで言い放っていた。ところが、いざテープが提出されるや「(相手のK氏との)感情的な対立から、事実と異なる供述をしてしまった」と、自らの嘘を全面的に認めるに至ったのである。
これらの渡邊の態度を、東京地裁は
「渡邊の供述及びその陳述は、本件盗聴に関する重要な事実に関して大きな変遷(へんせん)があり、かつ、その変遷は、従来の供述と矛盾する客観的事実の指摘を受けて生じる傾向がある」
と厳しく弾劾(だんがい)。結局、渡邊の「ウソ」で固めた証言だけを根拠にしていた波田地は、当然ながら全面敗訴(平成15年5月27日)。
それでも控訴した波田地らの弁護団に対し、東京高裁・江見弘武裁判長が投げかけた言葉は、辛辣(しんらつ)そのもの。
「法律家として、どうお考えになっているのか!?この訴訟は、宗教者として、じつに醜(みにく)い争い方です!」
「そもそも、裏切り者の証言というのは、所詮、裏切り者の言葉でしかないのです。」
江見裁判長はさらに
「もう、これ以上、審理する必要もありません!」
と厳しくたしなめたうえで、その場で結審を宣言。平成15年11月19日には、波田地らの控訴を棄却してしまった。
それでも、前々から「これから10年間、裁判を続けますよ!」などと豪語していた手前、引くに引けない波田地らは、あえて上告したのだが、今回、あえなく門前払いされて、判決が確定してしまったのである。
日蓮正宗を貶めるつもりが、学会の悪辣(あくらつ)な謀略訴訟の一部始終を、「判例」として後世にまでしっかり残してしまったハタチ君―彼の今後はいかに!?
なおまた、今度は、妙観講・大草氏側が、渡邊・波田地・創価学会などを相手取って行なった、名誉毀損・損害賠償の反訴が進むことになる。
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【波田地事件の流れ】
・平成4年に元妙観講員の渡邉茂夫が数々の不行跡により同講を除名処分となる(平成13年には日蓮正宗からも信徒除名の処分を受ける)。
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・元妙観講員の渡邉茂夫が、創価学会怪文書作成班と結託(けったく)し、「大草講頭の指示により、総本山の塔中坊や末寺、宗教ゴロの梅沢十四夫宅、学会幹部の波田地克利宅などの電話を盗聴した」との狂言を構え、さらに「これは、小川只道尊師と大草講頭が共謀し、自分に命じて行なわせたものだが、決裁を出した最高責任者は日顕上人だ」などと主張。
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・平成11年12月、渡邉の狂言を根拠に創価学会本部職員で、聖教新聞社管理職の波田地克利らが、、「自宅の電話を盗聴され、通信の秘密およびプライバシー権を侵害された」として提訴に及んだ。波田地らは、御法主日顕上人猊下、理境坊住職・小川只道尊師、妙観講々頭・大草一男氏らに対し、総額4,400万円の損害賠償を求めた。
・創価学会はこの訴訟を、日蓮正宗誹謗(ひぼう)のために最大限に活用。『創価新報』等に大々的に取り上げ、「電話盗聴の日顕(上人)一派を提訴」「被害者の男子部幹部大石寺・小川只道(尊師)らに賠償求める」「許せぬ!『通信の秘密』プライバシー」の侵害」などと大騒ぎをしてきた。
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<1審判決>
●反訳書の作成に当たっては、創価学会の内部事情のみならず、原告らの事情にも通じている者の関与が窺(うかが)われる(判決)
→創価学会組織の内情に加え、原告・波田地の周辺事情にも詳しい者達の関与の可能性を認定、本件訴訟の謀略性を示唆(しさ)するに至った。
●本件盗聴が被告らの指示に基づくものであるとも推認できない(判決)
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<控訴審第1回弁論・平成15年10月1日>
●しつこく裁判を長期化しようとする学会側弁護士に対し裁判長は「法律家として、どうお考えになっているのか!?この訴訟は、宗教者として、じつに醜(みにく)い争いです! 」(東京高裁・江見弘武裁判長)「そもそも、裏切り者の証言というのは、所詮、裏切り者の言葉でしかないのです」(同)「もう、これ以上、審理する必要もありません! 」(同)と、厳しくたしなめ、その場で結審を宣言。
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<控訴審判決・平成15年11月19日>
・東京高等裁判所(江見弘武裁判長)は、訴えを退けた1審判決を支持し、波田地らの控訴を棄却 (ききゃく)した。
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<最高裁決定・平成16年4月8日>
・最高裁判所第1小法廷(島田仁郎裁判長)は、5名の裁判官の全員一致で、波田地らの上告の不受理を決定、ここに学会側の完全敗訴が確定したのである。 |
[画像]:学会本部職員・波田地の提訴を報じる『創価新報』(『慧妙』H15.12.1)="訴えるときには大々的に報じるが、負けたときには頬かむり"これが創価学会の裁判に関する報道姿勢。はたして、"波田地事件"の判決報道はあったのかな??
悪質な謀略「盗聴」訴訟で宗門側勝訴
―東京高裁が学会職員らの控訴を棄却!―
―見抜かれた学会職員と元講員の"結託"―
―「恥ずかしくないか」と一喝された学会側―
(『慧妙』H15.12.1)
去る11月19日、東京高等裁判所(江見弘武裁判長)は、御法主日顕上人猊下、理境坊住職・小川只道尊師、妙観講々頭・大草一男氏らに対し、創価学会本部職員で、聖教新聞社管理職の波田地克利らが、総額4千400万円の損害賠償を求めて提訴した裁判の控訴審において、訴えを退けた1審判決を支持し、波田地らの控訴を棄却 (ききゃく)した。
そもそもこの裁判は、元妙観講員の渡邉茂夫(数々の不行跡により、平成4年に同講を除名処分となり、平成13年には日蓮正宗からも信徒除名の処分を受ける)が、創価学会怪文書作成班と結託(けったく)し、「大草講頭の指示により、総本山の塔中坊や末寺、宗教ゴロの梅沢十四夫宅、学会幹部の波田地克利宅などの電話を盗聴した」との狂言を構え、さらに「これは、小川只道尊師と大草講頭が共謀し、自分に命じて行なわせたものだが、決裁を出した最高責任者は日顕上人だ」などと主張したことに端(たん)を発する。
この渡邉の狂言を根拠に、波田地らが、平成11年12月、「自宅の電話を盗聴され、通信の秘密およびプライバシー権を侵害された」として提訴に及んだのである。
ところが、波田地に先んじて、同じ内容で日顕上人・小川尊師・大草氏を提訴していた梅沢十四夫による損害賠償請求裁判の過程で、渡邉の証言の矛盾(むじゅん)が次々露呈(ろてい)。その結果、梅沢は、1審の東京地裁に続き、控訴審の東京高裁でも敗訴、去る9月12日には、最高裁が上告を認めないとして、完敗が確定してしまったのである。
当然のことながら、これと大同の内容である本件訴訟でも、1審の時点で波田地・渡邉らの主張は完全に崩壊した。
例えば、渡邉が当初、"平成3年に盗聴テープを入手した直後、自分で反訳し、大草講頭にも見せて報告した"としていた反訳書。その中に、学会の内部事惰および、波田地にごく近しい人物でなければ知り得ない事柄までが、詳細に書かれていることにつき、宗門側弁護士から突かれた渡邉は周章狼狽。
"反訳書は、自分ではなく、盗聴を実行した調査会社が作成した"とか"調査会社と自分が一緒に作成した"とか二転三転したあげく、"じつは誰が作成したのか分からない"と悲鳴を上げ、ついには"反訳文は、波田地が提訴する直前の平成11年10月、学会を脱会した法華講員の協力を得て作成した"と、主張をまるっきり変えてしまった。
これに対し、第1審は「反訳書の作成に当たっては、創価学会の内部事情のみならず、原告らの事情にも通じている者の関与が窺(うかが)われる」と、創価学会組織の内情に加え、原告・波田地の周辺事情にも詳しい者達の関与の可能性を認定、本件訴訟の謀略性を示唆(しさ)するに至ったのである。
また1審は、"大草氏の指示により盗聴を行なった"とする渡邉の主張に対し、渡邉が当時、自らの不行跡により、すでに講内での役職も全て解任され、妙観講および大草氏から離反しつつあった点を指摘。かかる状況の中で、大草講頭が次々と渡邉に盗聴を指示していたとする渡邉の供述は全く信用できない、とした上で、「本件盗聴が被告らの指示に基づくものであるとも推認できない」と断じた。
さらに極めつけは、証拠として提出された、渡邉と法華講員K氏との会話テープ。このテープにより、渡邉がK氏に「無実の大草に罪をかぶせて妙観講をつぶし、その財産を山分けにする。無実の者に罪をかぶせることくらい、何でもないことだ」「(盗聴事件には) 猊下は関係ない」等と発言していたことが明らかとなり、渡邉証言は根底から崩(くず)れ去ったのである。
このテープが実際に提出される前、宗門側弁護土からの尋問に対し、渡邊はそうした会話があった事実を一切否定。「ウソ八百」「まごうことなきウソ」とまで言い放っていた。ところが、いざテープが提出されるや「(相手のK氏との)感情的な対立から、事実と異なる供述をしてしまった」と、自らの嘘を全面的に認めるに至ったのである。
こうした渡邉の態度に1審は、「渡邉の供述及びその陳述は、本件盗聴に関する重要な事実に関して大きな変遷があり、かつ、その変遷は、従来の供述と矛盾する客観的事実の指摘を受けて生じる傾向がある」と厳しく指摘。結局、渡邉の嘘で固めた証言だけを根拠とした波田地の訴えは、当然のごとく退けられたのである。
この波田地らに対する1審の敗訴判決は、下されるべくして下されたものだったが、それでも波田地らは、性懲(しょうこ)りもなく控訴した。
ところが、10月1日に行なわれた控訴審の第1回弁論で、東京高裁・江見弘武裁判長は、しつこく裁判を長期化しようとする学会側弁護士に、「法律家として、どうお考えになっているのか!? この訴訟は、宗教者として、じつに醜(みにく)い争いです!」「そもそも、裏切り者の証言というのは、所詮、裏切り者の言葉でしかないのです」「もう、これ以上、審理する必要もありません! 」と、厳しくたしなめ、その場で結審を宣言。
冒頭で述べたとおり、去る11月19日の判決言い渡しにおいて、波田地らの控訴は、あえなく棄却されたのである。
しかも、判決には、波田地が提訴すると同時に渡邉と和解を成立させている点も指摘されており、当初からの渡邉・波田地の連携を示唆していた。
以上のような経緯からして、もし波田地らが上告に及んだとしても、すでに100%その結論は見えているといえよう。
しかし、1審の始まった当時「これから10年間、裁判を続けますよ!」などと豪語していた波田地のことだから、あえて上告するのかもしれない。
それならそれで、こちらも糾弾記事を載(の)せる機会が増え、学会の謀略の悪らつさを訴え続けられるというもの。
さて、どうする!?がんばれハタチ君(笑い)。
東京地裁「ハタチ盗聴事件」でも学会側敗訴!
―証拠(盗聴テープの反訳文)の作成にも重大な疑問が―
(『慧妙』H15.6.1)
去る5月27日、創価学会本部職員で、聖教新聞社編集局企画部副部長・創価学会学生部全国副指導部長(平成3年当時)長の波田地克利(はたち・かつとし)らが、自宅の電話を盗聴され、通信の秘密、およびプライバシーを侵害された≠ニ主張して、御法主日顕上人猊下、理境坊住職・小川只道尊師、妙観講々頭・大草一男氏らを相手取り、総額4400万円の損害賠償(ばいしょう)を求めて訴えていた裁判に、東京地裁(秋吉仁美裁判長)は、波田地らの訴えを退ける、宗門側全面勝訴の判決を下した。
この裁判は、元妙観講員の渡邉茂夫(数々の不行跡により、平成4年に同講を除名処分となり、平成13年には日蓮正宗からも信徒除名の処分を受ける)が、創価学会怪文書作成班と結託(けったく)し、「大草講頭の指示により、総本山の塔中坊や末寺、宗教ゴロの梅沢十四夫宅、学会幹部の波田地克利宅などの電話を盗聴した」との狂言を構え、さらに「これは、小川只道尊師と大草講頭が共謀し、自分に命じて行なわせたものだが、決裁(けっさい)を出した最高責任者は日顕上人だ」などと主張したことに端(たん)を発する。
これに乗じて波田地らが、平成11年12月、「自宅の電話を盗聴され、通信の秘密およびプライバシー権を侵害された」として提訴におよんだのである。
ところが、波田地に先んじて、同じ内容で日顕上人・小川尊師・大草氏を提訴していた梅沢十四夫による損害賠償請求裁判の過程で、渡邉の証言の矛盾(むじゅん)が次々露呈(ろてい)。
なかんずく、渡邉が他の信徒に「無実の大草に罪をかぶせて妙観講をつぶし、その財産を山分けにする。無実の者に罪をかぶせることくらい、何でもないことだ」等と発言した録音テープが証拠として提出されたことで、渡邉証言は根底から崩(くず)れたといえよう。
その結果、梅沢は、一審の東京地裁に続き、控訴審(こうそしん)の東京高裁でも完全敗訴してしまった。(本紙4月1日号既報)
そして今般、東京地裁は波田地らの訴えについても、「渡邉は、妙観講の役職を解任されて以降、講内における信頼を失い、本件『盗聴』当時は、次第に大草講頭から離反してゆく状況にあった」と認定。かかる状況の中で、大草講頭が次々と渡邉に盗聴を指示していたとする渡邉の供述は信用できない、としたうえで、「本件盗聴が被告らの指示に基づくものであるとも推認できない」と断じた。
加えて、原告らが証拠として提出した波田地宅盗聴テープと称するものの反訳書(これを渡邉は自分が反訳した、と主張していた)について「反訳書の作成に当たっては、創価学会の内部事情のみならず、原告らの事情にも通じている者の関与が窺(うかが)われる」と、創価学会組織の内情に加え、原告・波田地の周辺事情にも詳しい、何者かの深い関与を示唆(しさ)して、波田地らの請求を退けたのである。
波田地らに対する敗訴判決は、下されるべくして下されたものといえるが、それでも波田地らは、性懲(しょうこ)りもなく悪あがきを続けるに違いない。(何と言っても、波田地は「10年間、この裁判を続ける」と発言していることだし)
しかし、どこまでいっても謀略(ぼうりゃく)は謀略。揺るぎない真実の前に、もろくも崩れ去る運命にあることは、火を見るよりも明らかだ。
―正本堂解体を口実にした謀略訴訟―
(『大白法』H15.12.1)
正本堂解体に関し、創価学会員が御供養の返還を総本山大石寺に求めた一連の裁判で、11月12日、東京高裁(濱野惺裁判長)と大阪高裁(岩井俊裁判長)は、創価学会員の控訴を棄却する総本山全面勝訴の判決を言い渡しました。
創価学会員によって全国39ヵ所にも及ぶ裁判所に同時期に分散提訴された、正本堂解体にかかる不当訴訟は、これまで地裁・高裁・最高裁あわせて19件の総本山全面勝訴の正当な判断が下っています。
11月12日現在、地裁段階で残る裁判は、静岡地裁(建設事件21件・護持事件6件)のほか、山形(建設事件)・京都(護持事件)・高松(建設事件)の各地裁に係属中ですが、今後とも同様の勝訴判決が下ることは明白です。
@東京高裁(川越支部護持御供養事件控訴審)
東京高裁は、原審(地裁)の判断をそのまま採用するとともに、学会員が追加して主張してきた、正本堂を解体するために護持御供養が使用され精神的苦痛を被った、とする慰謝料請求に対しても理由がないと明快な判断を下し、総本山勝訴の判決を言い渡しました。
A大阪高裁(奈良地裁建設御供養事件控訴審)
大阪高裁は、正本堂建設御供養は「創価学会会長であった池田が正本堂建立につきその具体的な大綱を決定し、創価学会の組織として御供養勧誘を決め実施に踏み切った」ものと認定し、大石寺が法的負担を負うものではないと認定しました。また、創価学会が総本山への参詣拒否を呼びかけた結果、創価学会員の正本堂への参詣が途絶えたことなどを勘案すると、正本堂の解体工事が違法性を帯びるとまで認めることは困難であると明確に判断して、学会員らの請求を斥けました。
正本堂御供養返還訴訟も全件勝訴の日が近づき、今後も池田創価学会の不当訴訟は、ことごとく粉砕されるものと確信します。
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■正本堂解体を口実にした不当提訴に完全勝訴
奈良地裁・さいたま地裁(川越支部)
―池田創価学会による同時多発の宗門攻撃を粉砕―
(『大白法』H15.3.1)
池田創価学会が、正本堂の解体を口実に、全国の裁判所へ同時期に訴えを起こしていた裁判で、奈良地裁は1月29日、さいたま地裁川越支部は2月13日、それぞれ原告らの請求を棄却し、総本山側勝訴の判決を言い渡した。
<奈良地裁(建設御供養事件)>
原告ら創価学会員は、正本堂建設委員会(創価学会)と大石寺との間でなされた正本堂の贈与契約には、正本堂に戒壇の大御本尊を安置し、合理的期間これを本堂として原告ら信徒の参詣儀式に使用し、維持・管理しなければならないとの負担付贈与が成立していたにもかかわらず、取り壊しによって履行不能になった、また原告らの信頼を破って背信的に正本堂の取り壊しを行ったことで、精神的苦痛を被ったとして、損害賠償を請求していた。
しかし裁判所は、明示的にも黙示的にも負担付贈与契約は成立しておらず、また原告らと大石寺との間に存した信頼関係は宗教的な関係にもとづくものであり、法的保護に値するものではないから、正本堂の取り壊しは違法ではないと判示し、大石寺勝訴の判決を言い渡した。
<さいたま地裁川越支部(護持御供養事件)>
原告創価学会員の亡母は、正本堂護持のために御供養し、大石寺がこの御供養を永久に積み立て、その利息をもって正本堂の保守・維持・管理に使用するとの合意をしていた。しかし、正本堂を解体したためその合意事項の履行が不可能になったとして、御供養金の返還を求めて訴えを提起してきた。
しかし裁判所は、この原告の亡母が行った御供養には、正本堂が存続しなくなった場合には供養を返還するという契約が成立しているとか、利息のみで正本堂の保守・維持・管理に充てるという負担を伴うとか、保守・維持・管理に供されなければ返還してもらうなどという文書も合意もないと判示し、大石寺勝訴の判決を言い渡した。
<正本堂解体関連の不当訴訟の方向は決定的>
相次ぐ総本山側勝訴の判決により、総本山を攻撃せんとして池田創価学会側が起こした濫訴ともいえる39件の正本堂解体に関連する裁判は、全件勝訴に向けて、さらに大きく前進した。
―広島高裁、最高裁で総本山勝訴―
(『大白法』H15.11.1)
池田創価学会による正本堂解体にかかる一連の裁判で、10月9日、最高裁判所第1小法廷勝訴決定(創価学会員の敗訴確定)、10月16日、広島高等裁判所勝訴判決と、相次いで総本山勝訴判決が言い渡されました。
今回の判決で、創価学会員らによる正本堂解体に関する「不当訴訟」は、総本山の17連勝であり、創価学会側は敗訴の連続です。
<池田創価学会敗訴が最高裁で確定>
創価学会員が提訴した正本堂建設・護持御供養事件は、現在、全国の裁判所で次々と総本山勝訴の判決が言い渡され、総本山全件勝訴で勝訴数は17連勝です。
今回の勝訴決定により、建設・護持両事件とも、総本山勝訴の最高裁決定が出たことになります。
池田創価学会は、最高裁3件・高裁5件・地裁9件と、裁判所から「敗訴」と断罪されているにもかかわらず、敗訴の山をさらに築いている姿は、学会の訴えが司法制度を利用した総本山攻撃目的の「不当訴訟」であることは明白です。
<池田創価学会の主張、ことごとく排斥される>
@池田創価学会の敗訴逃れの実態(最高裁決定・旭川建設御供養事件)
平成12年2月、旭川地裁に創価学会員らが総額387万余円の損害賠償請求事件を提訴してきました。
総本山は、全国的な不当訴訟であることを主張し、静岡地裁への移送を申し立てましたが、これに対して学会側は、迅速な審理が必要であるとして、移送に異議を申し立てたため、旭川地裁で審理されることになりました。
ところが、学会側は、審理が進行するに従って、迅速審理をとなえていたにもかかわらず早期結審に反対し、結審日当日に大部の書証を提出するなど、露骨な訴訟の引き延ばしを計ったのです。
このような学会側のご都合主義的な裁判所利用に対して、旭川地裁、札幌高裁とも、学会側の主張をすべて斥ける総本山勝訴判決を下しました。
学会側は、これら地裁・高裁判決を不服として上告していましたが、最高裁判所第1小法廷は、裁判官全員一致で、地裁・高裁の判断を支持して、総本山勝訴の決定を下したのです。
A広島高裁、学会員の主張を全部排斥
広島高裁は、創価学会員が過去になした御供養の返還を求めて総本山大石寺を相手に訴えを起こした裁判について、創価学会員の主張をことごとく斥けていますが、さらに学会員が高裁で、護持御供養を大石寺が正本堂解体に使用し、それにより精神的苦痛を被ったとして慰謝料請求をしたことについても「理由がない」として斥けました。
そして、正本堂の解体は信義則違反または不法行為を構成する違法性はないとして、正本堂解体の正当性を認めています。
<正本堂解体に関する不当訴訟、総本山全件勝訴は必定>
これまでの正本堂解体に関する訴訟で、総本山の敗訴判決は1件もありません。
今回の判決で、今後も総本山勝訴判決が次々に出されることが確定的となりました。
謗法池田創価学会を断固粉砕し、「『立正安国論』正義顕揚750年」の御命題達成に向けて、さらに折伏行に精進してまいりましよう。
[画像]:「池田創価学会、不当訴訟の顛末」(『大白法』H15.11.1)
―懲戒処分逃れの口実を見抜き菅野の数々の非行を厳しく断罪―
(宗務広報第948号/『大日蓮』H15.10)
眞光寺(千葉市)住職であった菅野正見は、末寺住職にあるまじき非行を繰り返していたところ、これが発覚しそうになった昨年2月、懲戒処分から逃れようと姑息にも宗派離脱を画策しました。しかも当時眞光寺の責任役員は1名欠員中であるため、この手続は違法かつ無効なものでした。
これらの所業により、菅野は翌3月に住職罷免処分となりましたが、後任住職(野村慈尊師)に眞光寺を明渡さず占拠し続けたため、その排除と不法占拠期間中の賠償金を求めて、訴訟を提起しておりました(菅野はその後擯斥処分)。
この訴訟で1審千葉地裁は、本年3月、宗門の主張を全面的に認め、仮執行宣言を付して、菅野に眞光寺明渡しとともに高額な賠償金の支払いを命じる判決を下しましたが(宗務広報第933号)、本日2審東京高裁(第2民事部・森脇勝裁判長)も、1審判決をそのまま維持する判決を下しました。
これによって眞光寺における混乱の一切が収束したわけではありませんが、一刻も早く眞光寺が正常な宗教活動を再開し、平成21年の新たな御命題に向かって共々に邁進できるよう、今後とも鋭意対処してまいります。
以上
―最高裁はじめ全国の裁判所で―
(『大白法』H15.10.16)
池田創価学会による正本堂解体にかかる一連の裁判で、9月26日、最高裁判所第2小法廷勝訴決定 (創価学会員の敗訴確定)、10月1日、広島高等裁判所勝訴判決、10月3日、大阪地方裁判所勝訴判決と、相次いで総本山勝訴判決が言い渡されました。
今回の判決で、創価学会員らによる正本堂解体に関する「不当訴訟」は、総本山の14連勝であり、創価学会側は敗訴の連続です。
創価学会員は、正本堂解体に関連して全国39ヵ所の裁判所に提訴しましたが、現在、全国の裁判所で次々と総本山全面勝訴の判決が言い渡されています。
<正本堂解体に関する裁判の現状>
そもそも正本堂御供養事件とはどのような裁判であるかと言えば、まず、「正本堂建設御供養事件」と「正本堂護持御供養事件」の2つに分けられます。
「正本堂建設御供養事件」とは、正本堂解体によって精神的損害を被ったとして、正本堂建設に当たって彼らが創価学会に寄附した御供養金の3倍ないし5倍の慰謝料の支払いを求める裁判で、26件あります。
次に「正本堂護持御供養事件」とは、正本堂完成後、専ら正本堂護持のために御供養をしたと称して、その御供養金の全額の返還を求める裁判であり、13件あります。
建設御供養事件においても護持御供養事件においても、総本山の連戦連勝が続いていますが、護持御供養事件の場合は、すでに最高裁判所において、創価学会側の訴えを退ける決定が2件も出され、総本山勝訴が確定しています。
司法の場においても、総本山が行った正本堂解体が正当であり、創価学会側の訴えは「ためにする訴訟」であることが明白になりました。
<裁判所の判断>
特に広島高等裁判所は、その判決文の中で、「池田(大作)は、・・・信徒会員に対し、寄附はそれが行われることによって全てが完結し、寄附した信徒はその後のことをあれこれ詮索するべきでない旨説諭して、正本堂建設のための寄附を強く勧奨しているところ、信者団体である創価学会と被控訴人大石寺との間の贈与契約において、正本堂の維持管理について個々の信徒が何らかの法律的権利を取得する旨の合意が成立したとするのは、このような信徒に対する勧奨と矛盾する」と、池田大作が創価学会員に対して、正本堂建設の寄附を強く勧奨して御供養を集め、また、池田大作が寄附を勧奨した際の内容と、学会員が裁判で総本山攻撃に主張した内容とは矛盾すると、学会員の訴えを厳しく糾弾し、その主張をことごとく退けました。
<正本堂解体に関する不当訴訟は、総本山連戦連勝>
今回の勝訴判決により、今後も総本山の勝訴判決が次々に出されることはますます確実となりました。これにより、正本堂解体にかこつけた創価学会の嫌がらせ訴訟は、全く的外れな邪難にすぎないことが、法律の上からも明白です。
我々正法護持の法華講衆は、謗法池田創価学会を断固粉砕し、「『立正安国論』正義顕揚750年」の御命題達成に向けて、さらに折伏行に精進してまいりましよう。
[画像]:「正本堂解体に関する裁判の現状」(『大白法』H15.10.16)
―創価学会による根拠のない先行報道を放任する不公正な決定―
(院第3656号/『大白法』H15.10.1)
去る9月9日、FBI第2事件において最高裁判所第3小法廷(上田豊三裁判長)は、日顕上人と日蓮正宗の上告を棄却する不当な決定を下しました。
本件は、創価学会の行ったアメリカ連邦政府内に「記録」が存在するとの事実無根の大報道に対し、宗門が名誉毀損訴訟(FBI第1事件)を提起した際の記者会見並びに『大白法』の号外を作成・頒布して、創価学会の反社会的体質を厳しく糾弾したことなどが、創価学会の名誉を毀損したとして日顕上人と日蓮正宗を相手に損害賠償と謝罪広告を求め提訴してきたもので、東京地裁(院第3398号既報)、東京高裁(院第3560号既報)ともに宗門側に対して支払を命ずる不当判決が言い渡されました。
最高裁(上告審)で、宗門は創価学会がおこなった先行報道との関係について、高裁が総合的に評価・判定をおこなうべきであるにもかかわらず、宗門のおこなった反論報道の内容・表現のみを問題として、これに行きすぎがあったと非難することは著しく正義と衡平の観念に反していること、創価学会がおこなった先行報道の違法性の評価に過小評価の誤りがあることを指摘し、宗門がおこなった反論の正当性などを余すところなく述べ、また、高裁が認定した日顕上人の連帯責任についても、御法主上人の御立場、宗務行政について説明し、高裁の認定の誤りを指摘しました。
しかし、最高裁は不当にも宗門側の主張に耳をかすことなく、創価学会による事実無根の先行報道を軽視し、創価学会の反社会的行為を免責する不公正かつ偏頗な認定・判断を下しました。
創価学会はこの決定を受け、いつものように大々的報道をおこなっていますが、自らにとって決定的に都合の悪い点には頬かむりした欺瞞的なものです。すなわち、裁判所の結論そのものは不当極まりないものですが、裁判所は他方では、「決定的記録」の存在はもとより、「決定的記録報道」の大前提である「シアトル事件」の存在すら立証されていないとの認定をなしているのです。宗門の反論報道の表現の一部のみを全体の経過から切り離して取り上げるのではなく、事件全体を総合的に見るならば、正邪がいずれにあるかは明白であります。
なお、すでにご承知のとおりFBI第1事件はクロウ事件(シアトル事件)と共に平成14年1月東京高裁において和解が成立し、宗門側の勝訴判決以上の勝利に終わっています。すなわち、創価学会側は「シアトル事件」にかかわる報道を一切禁止され、他方宗門側は「シアトル事件」の存在を否認することは構わないとされたものです。
宗内各位には、創価学会による今回の不当判決の結論部分だけを悪用した卑劣な謀略報道に惑わされることなく、断固として破折せられるよう願います。
以上
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■FBI第2事件「証拠偽造工作事件訴訟」/不公正な評価と事実誤認
―宗門に損害賠償の支払いを命じる不当判決/東京高裁―
(『大白法』H15.3.1)
去る2月12日、東京高裁は、日顕上人並びに日蓮正宗に対し、連帯して、創価学会へ金400万円の損害賠償の支払いを命じる判決を言い渡した。これは創価学会による全く根拠のない違法な先行報道を黙認し、結果として創価学会の反社会的言動を放置するものであり、まことに言語道断と言うほかない。また、宗門の報道に直接関与されていない日顕上人にも連帯責任を認めた事実誤認は不当極まりなく、上級審において正当な判決が下されることを期待する。
<ことの発端>
創価学会は、いわゆる「シアトル事件」なるものの「決定的証拠」として、アメリカの連邦政府内に「記録」が存在したと大々的に報道した。しかしながら、「シアトル事件」そのものが存在しないのであるから、ましてや、その「記録」なるものが存在するはずもない。
当然のことながら、宗門はこのような悪質な報道を行った創価学会に対し、大白法などを用いてこれを厳しく糾弾した。
しかるに、創価学会は、今度はこの宗門の反論報道などが創価学会の名誉を毀損するとして、日顕上人と日蓮正宗に対し、損害賠償と謝罪広告を求めて逆提訴したのである。
<事件の本質>
先のとおり、創価学会は、「決定的証拠」となる「記録」が存在したと先行報道したのであるから、それが虚偽であると指摘されれば、その「記録」を公開し真実であることを明示すれば、本来こと足りるはずである。しかし、先行報道から7年以上経過した現在に至るも、創価学会は「記録」なるものを開示できないでいる。
現に今回の判決においても、創価学会が「決定的証拠」とする「記録」なるものはもとより、その大前提となる「シアトル事件」の存在すらも、客観的に立証されていないと認定されている。つまりは「シアトル事件」も「記録」も、すべてが事実無根に過ぎなかったことが明らかにされている。
このような事実に反する一連の大報道をしてきた創価学会にこそ非があり、これを批判してきた宗門にこそ正当性があることほ言うまでもない。
<判決の不当性>
にもかかわらず今回の判決は、宗門の反論の一部に行き過ぎがあったことを問題にして、宗門側に損害賠償を命じたものである。結果として創価学会の違法不当な先行報道を放任するものであり、まさに木を見て森を見ない不当判決と言うほかない。
このような不公正な判決は上級審において直ちに見直されなけれぱならない。今やまさに司法に対する信が問われていると言うべきであろう。
―各地の勝訴に続き、大阪高裁管内でも創価学会側主張を排斥―
(『大日蓮』H15.9)
正本堂解体を口実に、創価学会員が過去になした御供養の返還を総本山大石寺に求めた一連の訴訟で、本日、大阪地方裁判所第23民事部(吉川慎一裁判長)は、創価学会員の訴えを棄却する判決を言い渡しました。
1.事件の概要
創価学会員である原告は、昭和63年から平成3年まで延べ7回にわたって合計15万円の御供養をしていましたが、原告の主張によれば、大石寺がこの御供養を積み立ててその利息を正本堂の維持・管理のための積立基金とする義務を負う契約であったにもかかわらず、大石寺が正本堂を解体したために維持・管理の履行が不可能になったなどとして、御供養金の返還を求めて訴訟提起してきたものです。
2.裁判所の判断
裁判所は、「日蓮正宗における信仰の対象は戒壇の大御本尊であり、正本堂はそれを安置する施設にすぎないこと」「原告自身、本人尋問において、正本堂建立に際し十分な寄附をしなかったことについて自分の信心が足りなかったと感じ、それを取り戻す意思でその後御供養をしたなどと、宗教的な理由から御供養をしたと供述していること」などから、「原告が、単に正本堂の維持それ自体を目的とし、法的な意味で正本堂の維持等に限定して使用させる意思で本件御供養をしたり、あるいは原告が正本堂自体の建築物、文化財としての価値に着目し、建築物としての正本堂を保護する目的で本件御供養をしたとは考え難い」と的確に認定しました。そして御供養受書についても「受書を交付した趣旨は、御供養をした原告の信仰上の心情に応え、宗教儀礼的な意味での返事をしたもの」と認定して、原告の請求をことごとく退けました。
3.正本堂解体に関する不当訴訟の結果はもはや明らか
正本堂護持御供養に関連する裁判は、これまで各地の地方裁判所をはじめ、東京高裁、最高裁においても原告らの請求を棄却し、全ての事件で宗門側全面勝訴の判決が下っており、1件も敗訴はありません。また、本判決は大阪高裁管内の正本堂護持事件の初判断として重要な意味を持つものです。
今回の判決により、総本山攻撃のために池田創価学会が起こした濫訴ともいえる39件もの正本堂解体関連裁判は、全件勝訴に向けて、また大きく前進しました。
今後とも、池田創価学会による宗門攻撃を断固粉砕してまいります。
以上
―宗教・表現の自由を無視した判決を追認―
(『大日蓮』H15.8)
離脱僧池田託道が、平成4年3月に行なわれた非教師指導会における御法主上人のお言葉をもって名誉を毀損されたとして、損害賠償を請求していた事件で、最高裁判所第三小法廷(藤田宙靖裁判長)は去る15日、宗門側の上告を棄却する不当な決定を下しました。
1.事件の概要
平成4年3月31日に行なわれた非教師指導会での会食中、御法主上人は、前夜のお目通りの際に、5名の非教師が集団離脱の暴挙に出る事件があったことから、創価学会に与した離脱僧の非を糺される御指南をなされました。この際のお言葉の内容が池田託道の名誉を毀損したとして、訴訟を提起してきたものです。
この事件について、大津地裁(宗務広報749号既報)、大阪高裁(同856号既報)は、池田託道の請求を一部認容した不当判決を下していました。
2.原審の問題点
非教師指導会における御法主上人のお言葉は、一般市民に対する布教活動などとは異なり、本宗僧侶のみが列席した場での師匠から弟子に対してなされた御指南であります。にもかかわらず、地裁・高裁ともこのことを全く理解しようとしないまま、たまたま池田託道の名前が一度出たことをことさらに取り立てて、同人の名誉を毀損したと認定しました。
これらの認定は、宗教上の師弟関係に対する、司法の無理解を露呈したものにほかなりませんでした。
3.上告審決定もまた不当判断
上告審では、原審における問題点を余すところなく摘示して宗門側の主張を述べました。また、別事件において創価学会から離脱僧に対する多額な金員の送付の実態が明らかとなったことからも、御法主上人のお言葉の内容が事実であることを証明しています。しかし、最高裁の判断には時期的に反映されることなく、今回、上告棄却決定が下ったものです。
私共は、この不当判決に屈することなく、さらに僧俗一致して広布への前進をつづけて参りましょう。
以上
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■離脱勧誘の実態明らかに!!
―「5000万円」の支度金(東京高裁)/創価学会一
―月々「100万円」の手当(銀行記録)/創価学会一
―最高裁判決は不当/池田託道事件―
(『大白法』H15.9.1)
離脱僧・池田託道が宗門側を相手に名誉毀損の損害賠償を求めていた訴訟で、去る7月15日最高裁は真実を見誤り、宗門側敗訴の判決を言い渡した。
しかし現実には、創価学会は離脱僧に対して驚くべき高額な支度金の提供を申し出たり、あるいは離脱後に月々100万円もの金員を支給していた例が明らかになっている。
<池田託道事件とは>
平成4年3月31日、総本山における非教師指導会において、御法主上人猊下は創価学会の謗法を厳しく破折されると共に、当時創価学会に与(くみ)する離脱僧が出始めていたため、その邪な心根を仏法の正邪の上から弾劾された。
その折、御法主上人猊下は、これら離脱僧には創価学会から、まず5千万円が支払われ、その後月給は80万にも及ぶという当時巷間に流布されていた事実をお述べになられた。そして、例え経済的困窮があろうと、どこまでも正しく仏法を守ることが道心であり、道心あるところにはあらゆる御加護が必ず及ぶことを御指南された。
しかるに離脱僧・池田託道は、この御法主上人猊下の御指南が事実無根であると、名誉毀損による損害賠償の支払いを求めて訴訟を
提起していたものである。
<裁判の経過と創価学会の悪宣伝>
この訴訟において、1審大津地裁、2審大阪高裁共に、御法主上人猊下の御指南が池田託道に対する名誉毀損に当たるとして、賠償金の支払いを命じていたが、このほど最高裁も従前の判決を維持し、宗門側の上告を棄却した。
日蓮正宗僧侶しかいない限られた場において、師僧から弟子への宗教的御指南をとらえて名誉毀損とする司法判断は、宗教・表現の自由を無視した不当な判決である。
この最高裁判決をとらえて、嫉妬に狂う創価学会は、「悪辣なデマで名誉を毀損」、「反社会性を厳しく断罪」、「改革僧侶へのデマ発言で賠償命令」などと、ここぞとばかりに悪宣伝を繰り返している。
しかし、このほど御法主上人猊下の御発言を裏付ける次のような決定的証拠が発覚した。これによって、今回の最高裁判決の不当性はますます明白になった。
<「5千万円」の離脱支度金>
池田託道事件とは別の事件であるが、その裁判の中で、創価学会副会長で同責任役員、さらに弁護士でもある八尋頼雄らが、ある宗門僧侶に対する離脱勧誘の際に、
「創価学会本部から現金5000万円の支度金を支給する」と述べていた事実が暴露された。
この事実は東京地裁、東京高裁の双方によって認定されたところであるが、創価学会側は最高裁に上告すらできないまま、この判決は確定した。
要するに、創価学会が宗門僧侶の離脱の支度金として、現金5000万円もの大金の提供を申し出ていたことは、司法が認めた事実であり、しかもこの判決は判例として広く法曹界に紹介されている(判例タイムス1094-181)。
その当の本人である八尋自身が、聖教新聞紙上などで、御法主上人猊下を「ウソつき」呼ばわりしているのであるから、厚顔無恥も甚だしいと言わざるを得ない。
<月々「100万円」の手当>
さらに、別の離脱僧がらみの訴訟においては、月100万円が、「ソウカガツカイ」(創価学会)名義で振り込まれている事実も発覚した(別掲資料参照)。
この離脱僧に対しては、初回に50万円が振り込まれ、2回目には「ソウカガツカイリジチヨ」(創価学会理事長)名で100万円、3回目以降は創価学会名義で毎回100万円が、毎月25日前後に振り込まれている。その累計は平成12年10月までで、なんと7千250万円もの高額に及んでいる。
この高額な金員の振り込みは一体何を意味するのか、もはや何も語る必要はあるまい。
このような創価学会の金にあかせた離脱工作の実態がすでに露呈している以上、池田託道事件の不当判決をもって宗門を攻撃するなど、負け犬の遠吠えに等しいものである。
<「学会僧」と堕す>
「受けがたき人身を得て、適(たまたま)出家せる者も、仏法を学し謗法の者を責めずして、徒に遊戯雑談(ゆげぞうだん)のみして明かし暮らさん者は、法師の皮を著たる畜生なり。法師の名を借りて世を渡り身を養ふといへども、法師となる義は一つもなし。法師と云ふ名字をぬすめる盗人なり。恥づべし、恐るべし」(御書1051頁)
との大聖人の御制誡を離脱僧は何と拝するのであろうか。
31世日因上人は、
「僧衆檀那の心を取り機嫌に入る事は仏法を売物にする売僧(まいす)と云ふべし」(『富要』第1巻222頁)
と、池田大作におもねる僧らを「売僧」と御指南である。
これら狗犬(くけん)の蠢(うごめ)きなどものともせず、いよいよ平成21年の新たな御命題に向かって大道を突き進んでいきたい。
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■最高裁 日顕に賠償命令
―改革同盟 池田託道住職の勝訴が確定―
―改革僧侶を怨嫉した陰険・悪辣なデマ事件で―
(wt:4724)
阿部日顕が悪質極まるデマ事件で最高裁判所から断罪された。日蓮正宗改革同盟の池田託道住職(滋賀・世雄寺)が、日顕の悪辣なデマ発言で名誉を傷つけられたとして、日顕を相手に損害賠償を求めていた裁判で、最高裁第三小法廷(藤田宙靖裁判長)は15日、1、2審ともに全面敗訴した日顕側の上告を棄却する決定を下した。
これにより、日顕に賠償金30万円の支払いを命じた地裁、高裁の判決が確定した。
問題となったのは、平成4年3月31日、日顕が大石寺大講堂で坊主ら約400人を前に放言した事実無根のデマ。日顕は、「池田託道とかいうような僧侶は、学会から金をもらって離脱し、あちこちの寺に誘いをかけているそうだ。まず5千万円出すっていうんだな。そして月給は80万円、だから宗門を離脱しないかという誘いが頻繁にかかっているらしい」(趣旨)云々と、あたかも池田住職が金欲しさから宗門を離脱し、そのうえ友人僧侶に対しても金をエサに離脱を働き掛けているかのごとき陰険、卑劣な大ウソを捏造し、同住職の名誉を毀損した。
実は、この前日、5人の僧侶が日顕に直接、「離山の書」を突き付けて宗門を離脱。これに衝撃を受けた日顕が、その腹いせと逆恨みから、品性下劣なデマを並べて池田住職を悪罵したものである。池田住職は同年5月、日顕に対し損害賠償を求めて提訴した。
1審で大津地方裁判所は平成10年1月19日、池田住職側の主張を認める判決を言い渡した。判決は日顕の発言について「原告(=池田住職)の名誉を侵害する違法なものと評価するのが相当である」と明確に認定。
そのうえで日顕の発言内容には「何らかの公共性をうかがわせる事実は認められず、公益を図る目的も認められない」と厳しく弾劾し、日顕に賠償を命じた。
2審の大阪高裁も平成12年12月14日の判決で1審を支持。今回、最高裁が日顕側の上告を棄却し、池田住職の全面勝訴が確定した。
公衆の面前で平然とウソをつき、他人を貶めるという日顕や宗門の陰湿な謀略体質は、これまでも司法の場で厳しく断罪されてきた。
日顕は本年2月にも、「シアトル事件」をめぐる悪辣なデマ事件で東京高裁から断罪され、宗門と連帯して賠償金400万円の支払いを命じられている。
一宗の長が2度も司法から「ウソつき」と断罪されるなど、日本宗教史上、前代未聞であろう。また今月9日、日顕宗の坊主・近山智秀(大阪・平等寺)らが選挙狙いのデマビラ事件で大阪高裁から断罪された。さらに本年2月には選挙時期を狙った別の違法ビラ事件で、宗門と檀徒らが東京地裁から100万円の賠償命令を受けた。この事件もまた、ほかならぬ日顕当人の挙動が動かぬ証拠となって断罪されたものである。
(『大日蓮』H15.8)
恵楽寺(鹿児島県国分市)住職であった遠竹照道は、住職として不適格な行状が、かねてより御信徒などから度々報告されていたところ、その都度召喚し説諭しても全く改善されませんでした。しかも召喚の場でも稚拙な言い訳を繰り返し、自ら反省悔悟する姿勢も全く見られませんでした。
宗門としては更生改善の余地がない遠竹をこれ以上住職としておくわけにはいかず、止むなく宗務行政上の措置として、昨年6月23日、遠竹に対し恵楽寺住職を免じました。
しかし遠竹は、住職を免じられたにもかかわらず、後任住職に恵楽寺を明け渡さず不法に居座り続けたため、宗門は遠竹を擯斥処分に付すとともに、恵楽寺として寺院の明渡しなどを求める訴訟を提起したのであります。
この訴訟で、去る20日判決が言い渡され、鹿児島地方裁判所(民事第一部・山本善彦裁判官)は、宗門側の主張を全面的に認め、<1>恵楽寺の明渡し、<2>不法占拠期間中の賠償金として月50万4800円の支払い、<3>恵楽寺所有の各書類や動産類の引渡し、などを仮執行宣言を付して遠竹に命じました。
今回の判決によって、恵楽寺における全ての問題が解決したわけではありませんが、一刻も早く恵楽寺に正当な住職が赴任して宗教活動を再開し、所属御信徒と僧俗一致して、平成21年の新たな御命題に向かって邁進できるよう、今後とも鋭意対処してまいります。
以上
―霊山浄土たる境内地へ適法に埋葬―
―的外れな埋葬法要に対する誹謗―
(『慧妙』H15.7.16)
最近、創価学会が盛んに『創価新報』等で報道している、彼らが言うところの「遺骨投棄事件」について述べよう。
まず、この学会報道の目的は、大石寺の合葬遺骨の埋葬に関して異議を唱え、これをもって日顕上人を誹謗(ひぼう)することにある。しかし、この埋葬は、日達上人が御法主の時代のことである。
したがって、これをもって騒ぐ学会員は、御先師日達上人を相手どって罵(ののし)っている、ということを、まず自覚ずべきである。
次に、『新報』は、この合葬遺骨の埋葬の件について、「遺骨大量不法投棄事件」などと称し、まるで世間で問題となっている「ゴミの不法投棄」と同様に、大石寺が大量の遺骨を不法に投棄したかのごとく、仕立て上げているのだが、全くのスリ替え報道である。
これは「不法投棄」などということではなく、合葬遺骨を大石寺境内に適法に埋葬(まいそう)しているのである。
もし、これが、日達上人の許可なく誰かが勝手に遺骨を持ち出して埋(う)めた、というなら「不法投棄」だろうが、そうではない。
そもそも日達上人は、埋葬する作業の始終に立ち会われており(一時、法衣を着用しに大奥に帰られた時以外)、埋葬法要は、一貫して日達上人の指示のもとに行なわれたのである。
したがって、これを「不法投棄」とするならば、日達上人に対しての誹謗となる。
仮に、学会がいうように、日達上人は関与していなかった、とするならば、誰が、いつ、どのような経緯のもとに行なったというのか、学会側は示すべきである。
ちなみに当時、作業に立ち会った野村慈尊御尊師や早瀬理事(故人)には、遺骨を勝手に移動し埋葬する権限はないし、そうすべき理由もない。
また、埋葬の場所も、納骨堂と典礼院(墓地)の間に位置する、埋葬には適した場所で、何ら問題はない。
そもそも、本門戒壇の大御本尊在(ま)します大石寺は、大聖人が、『三大秘法抄』に
「霊山浄土(りょうぜんじょうど)。に似たらん最勝の地」(御書1595頁)
と仰せられ、また『南条殿御返事』に
「法華経の行者の住処なれば、いかでか霊山浄土に劣るべき。法妙なるが故に人貴し、人貴きが故に所尊しと申すは是なり」(御書1569頁)
と仰せられた、霊山浄土と申すべき聖地である。
また、この『南条殿御返事』の御文の次下には、神力品の「若しは林中に於ても、若しは樹下(じゅげ)に於ても、若しは僧坊に於ても、乃至般(はつ)涅槃」の経文を引かれている。
つまり、大石寺の地は、その林中であっても樹下であっても、霊山浄土たる聖地なのである。
ゆえに、この深義より拝してみても、日達上人が"大石寺境内の杉の木の下に埋葬するように"ご指示されたことは、大聖人の御指南に適(かな)っていることが分かる。
それを単なる「空き地」としか捉(とら)えられないのは、学会が、大聖人・大御本尊への信仰心を失った証拠である。
だいたい、大石寺の土地以外の空き地に埋葬した、というのなら、問題になることも分かるが、大石寺境内の中に、当時の御法主である日達上人の指示のもと場所を決められたのであるから、何の問題もない。
それを、破門された学会が、その場所は適していない、などと騒ぎ立てる資格はないのである。
次に、埋葬の法要について、7月2日付の『創価新報』には、
<1>出席僧侶はたった「3人」のお粗末
<2>日達上人は「袈裟・衣」姿なのに野村(尊師)は「作業服」というのは不自然
<3>三具足(灯明・香炉・香花)もなく「線香を供えただけ」はおかしい
以上の3点から、日達上人によって埋葬の法要が行なわれた、というのは疑わしい、としている。
そこで、この3点について考えてみる
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<1>出席僧侶はたった「3人」のお粗末
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『創価新報』では『蓮華』掲載の墓参の記事を例にあげ、「お供が約100人いるのが普通であり、出席僧侶がたった3人であったというのはおかしい」などと批判しているが、しかし、年中行事の「墓参」と、随時に行なわれた埋葬供養とでは、規模が異なるのは当然である。
こうした特別行事は、関係各位を中心に行なわれることも多く、何人参加しなければならないとか、少人数だと法要にはならない、などという決まりはない。
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<2>日達上人は「袈裟・衣」姿なのに野村(尊師)は「作業服」
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これとて、大導師をなされる日達上人が法衣であるのに対し、野村尊師が埋葬の実務等のために作務衣でおられたことは、何の問題もない。
現場にいた1人の御僧侶が法衣を着用していないからといって、法要自体を疑問視することがおかしいのである。
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<3>三具足(灯明・香炉・香花)もなく「線香を供えただけ」
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これも、木を見て森を見ずの類(たぐい)の悪口で、大事なことは、日達上人が大導師を勤められ厳粛に法要が行なわれたことであり、三具足の有無ではない。
そもそも、その時と場合によって、一部化儀が簡略になることもあるのであって、三具足がないから法要が行なわれたか疑わしい、などという主張は本末転倒である。
以上のように、この合葬遺骨の埋葬についての報道は、学会側が、大石寺及び日顕上人を中傷誹謗するために、事実をねじ曲げて宣伝しているものである。
今後の裁判所の正当なる判決を望むが、本紙においても、この裁判の経過と学会の捏造報道の破折を、随時掲載していきたいと思う。
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―創価学会員の遺骨訴訟控訴審―
(『朝日新聞ニュース速報』H15.4.8)
遺骨が不当に扱われたとして、横浜市の会社員男性(62)ら創価学会員4人が、宗教法人日蓮正宗の総本山・大石寺(静岡県富士宮市、阿部日顕代表)に、計600万円の慰謝料を支払うことなどを求めた訴訟の控訴審判決が8日、東京高裁であった。矢崎秀一裁判長は、原告敗訴の一審判決を変更し、大石寺に慰謝料計200万円の支払いを命じる判決を言い渡した。
判決によると、原告らはそれぞれ、68〜77年に大石寺と家族の遺骨を永久に預かってもらう契約をした。寺側は遺骨をいったん納骨堂に納め、その後他人の遺骨と一緒に米袋などに詰め、境内の林に掘った穴に埋めた。
判決は、寺側が遺骨を埋めるにあたり、法要をせず、墓碑も作らなかった点を指摘し、「遺骨を投棄したと評価されてもやむをえない」と判断、慰謝料の一部について支払いを認めた。[2003-04-08-19:39]
―正本堂建設御供養事件において初の高裁判断―
(『大日蓮』H15.5)
池田創価学会の正本堂解体にかかる全国39件の事件で、旭川地裁に係属した訴訟の控訴審判決が17日、札幌高裁であり、坂本慶一裁判長は創価学会員らの控訴を棄却し、一審に続き総本山側の全面勝訴の判決を言い渡しました。
1.事件の概要
本件は、正本堂建設にあたり御供養をした創価学会員ら11名が、正本堂の解体が、「正本堂を永久に護持する」という御供養に付けられた負担に違反し、多大な精神的苦痛を被った、これは少なくとも御供養をした額の3倍にあたる金員をもって償うのが相当であるなどとして、総本山に総額387万円余の支払いを求めて、旭川地裁に訴えを提起していた事件です。
2.一審判決を維持し、学会側を一蹴した札幌高裁
一審の旭川地裁では、御供養につけられた負担の存在を認めることはできないとし、さらに正本堂を取り壊したことを違法ということはできないと認定して、創価学会側の請求を退け、総本山側の全面勝訴の判決を下しておりました(宗務広報904号既報)。
今回の札幌高裁判決は、上記一審判決をそのまま維持して、創価学会側の控訴を一蹴しました。
3.池田創価学会の不当訴訟の帰趨はいよいよ明らかに
池田創価学会の全国39件もの正本堂解体に関する訴訟は、建設御供養事件(26件)と護持御供養事件(13件)の二つに大別されます。
護持事件については、既に横浜事件について最高裁判所で総本山側勝訴が確定しております。
建設事件については、一審レベルで旭川地裁・奈良地裁・山口地裁の三つの裁判所で総本山側勝訴の判決が出ています。これまで総本山は正本堂事件の全てにおいて連戦連勝ですが、本判決は、建設事件に対する初めての高裁判決であり、建設事件の帰趨もこれによって明らかとなったと言えます。
今後も、池田創価学会の不当訴訟を糾弾すべく、全件勝訴に向け、更なる前進をして参ります。
以上
―懲戒処分を逃れる口実にすぎない宗派離脱の画策を厳しく断罪―
(『大日蓮』H15.5)
眞光寺(千葉市)住職であった菅野正見は、虚偽の理由により、所属信徒らから多額の借財を繰り返しておりました。そして、この事実が露顕しそうになった平成14年2月、宗派離脱を口実に宗門の懲戒処分から逃れようと謀り、実際に宗務院の召喚にも出頭しませんでした。
しかし、眞光寺の責任役員は当時1名欠員中であり、正当な規則変更手続は履践できない状況でした。そのため菅野は、欠員中の責任役員の名を騙って眞光寺責任役員会議事録を偽造し、この虚偽の議事録をもって宗派離脱手続を画策したのであります。
これら菅野の所業は、日蓮正宗末寺住職として到底許されるはずもなく、平成14年3月に住職罷免の懲戒処分に付され、新たに後任の兼務住職として野村慈尊師(清涼寺住職)が任命されました(その後菅野は擯斥処分)。しかし、住職罷免となった後も菅野は眞光寺に居座り続けたため、その排除と不法占拠期間中の賠償金を求めて、訴訟を提起しておりました。
本日、この訴訟で判決が下され、千葉地方裁判所(民事第一部・小林正裁判長)は、菅野の違法行為の数々を厳しく指摘して、眞光寺の明渡とともに、1ヶ月あたり金120万円(現時点で1300万円以上)にのぼる賠償金の支払いを命じた上、更に仮執行も可能とする処置をとりました。
今後、一刻も早く眞光寺が正常な宗教活動を再開し、平成21年の新たな御命題に向かって共々に邁進できるよう、鋭意対処してまいります。
以上
―性懲りもない組合に、最高裁の最終鉄槌―
(『大白法』H15.5.1)
創価学会員らによって構成される労働組合(富士宮ヒューマンユニオン)が、団体交渉を拒否されたなどとして総本山大石寺に対し損害賠償を請求していた裁判で、4月8日、最高裁判所第3小法廷(上田豊三裁判長)は、組合側の上告を棄却すると同時に、これに併行して行われた上告受理申し立てに対しても上告審として受理しない旨の決定を下した。
これにより総本山大石寺の完全勝利が確定した。
1、裁判の概要
平成4年2月に結成されたこの労働組合による団体交渉の申し入れに対し、大石寺側が誠実に対応し団体交渉を開催していたにもかかわらず、同年8月、組合側は、大石寺が団体交渉を拒否したとする不当訴訟を提起してきた。
これについて平成13年7月25日、静岡地裁沼津支部は、「労使双方の歩み寄りが困難となったことには、原告側にも応分の責任があった」として、組合側の請求を棄却する、大石寺側完全勝訴の判決を下していた。
2、東京高裁の判断
続く東京高裁は、原審判決の正当な判断を維持するとともに、労働事件においては、労働委員会に救済申し立てをするのが一般社会通念であるところ、ヒューマンユニオンが労働委員会に対する申立てをすることなく、いきなり本訴を提起したことについて触れ、「控訴人の本件における団体交渉に臨む態度に問題があったとする原判決の前記説示は正当」として、労働組合側の交渉に臨む態度を問題視した原判決の姿勢を支持した。
組合側の、その他の主張に対しては「もっぱら控訴人が原審においても主張してきたことの繰り返し」であると判断し、組合側の主張を一蹴して、控訴を棄却する正当な判断を下したものである。
3、最高裁は労働組合の上告を棄却し受理せず
これを不服とする組合側は、懲りることなく上告受理申し立てをしていたが、4月8日、最高裁第3小法廷は本件上告を棄却し、上告審として受理しない旨の決定を下した。
今回の最高裁決定により、創価学会員らによって構成される労働組合が総本山大石寺に対し行った不当訴訟は、10年以上の年月を経て総本山の完全勝訴が確定した。
池田創価学会による宗門攻撃を目的とした不当訴訟には、今後とも断固たる措置を講じていくとのことである。
―寺院の不法占拠に総額2億円以上/青森地裁(弘前支部)―
(『大白法』H15.3.16)
平成4年11月の宗派離脱の画策以来、法典院(青森県弘前市)を不法占拠していた離脱僧・西田誠道は、寺院明け渡しを命じる判決が確定したことにより、平成13年11月に法典院から退去した。
しかし、長年法典院の宗教活動を著しく妨害した西田の不法行為は、当然ながら、これによってすべてが清算できたわけではない。特に、西田は法典院明け渡しの際、法典院の永代回向帳や寺院大過去帳、さらに、寺院の預金なども一切引き渡さなかったのである(その後永代回向帳や寺院大過去帳等は西田が故意に廃棄処分したことが判明)。
このことから、法典院として、これら各財産の引き渡しとともに、不法占拠期間中の損害賠償の支払いを求めて、新たな訴訟を提起していた。
この訴訟において、去る2月28日、青森地裁弘前支部が、仮執行宣言を付して、@永代回向帳や寺院大過去帳等を廃棄処分したことの慰謝料として100万円、A不法占拠の損害金として2932万余円、B寺院財産たる預金・現金として1億2941万余円、さらにCそれぞれに年5分の利子、の総額2億2000万円以上にものぼる金員の支払いを西田に命じる判決を下した。
池田創価学会に与する離脱僧が、日蓮正宗末寺に居座って布教を妨害した損害は、これら金員で穴埋めできないが、元来法典院の財産たるものの引き渡しを西田に命じたことは、司法の責任として極めて正当なものである。また、これによって、西田の離脱の画策がいかに悪質なものであるか、改めて浮き彫りになったと言えよう。
正邪の峻別は、いよいよ厳然と現れてくることを確信する。
―宗門の連戦連勝/東京高裁・山口地裁―
(『大白法』H15.4.1)
池田創価学会による正本堂解体にかかる一連の裁判で、3月12日には東京高裁が、3月13日には山口地裁がそれぞれ創価学会員らの訴えを棄却し、宗門側全面勝訴の判決を言い渡した。
<正本堂解体に関する建設御供養・護持御供養裁判の現状>
@建設御供養裁判の現状
創価学会員は建設御供養にかかる損害賠償請求を全国26カ所の裁判所に提訴したが、宗門が静岡地裁へ移送を申し立てた結果、現在21件が静岡地裁で審理されており、残りの5件については各地の裁判所で審理されている。
この件はこれまでに旭川地裁と奈良地裁で宗門側全面勝訴の判決が言い渡されており、3月13日には山口地裁で宗門全面勝訴の判決が言い渡された。
A護持御供養裁判の現状
護持御供養返還請求は全国13カ所の裁判所に提訴されたが、静岡地裁への移送申し立ての結果、現在6件が静岡地裁で審理され、残りの7件については各地の裁判所で審理されている。
このうち横浜地裁の裁判についてはすでに東京高裁勝訴を経て最高裁判所で宗門側の勝訴が確定しており、3月12日には東京高裁において横浜地裁横須賀支部裁判控訴審の宗門側勝訴判決が言い渡された。
その他の各地方裁判所においてもこれまでに、さいたま地裁川越支部で宗門側勝訴の判決がなされ、3月13日には山口地裁でも宗門全面勝訴の判決が言い渡された。
このように創価学会員が提訴した正本堂解体に関する裁判は、ことごとく宗門側が勝訴している。
<正本堂解体に関する不当訴訟は、宗門側の連戦連勝>
今回の勝訴判決、とくに山口地裁判決は、正本堂解体に関する慰謝料請求と正本堂完成後の御供養に関する返還請求の2つの訴訟を同一法廷で同時に審理し、両裁判ともに宗門勝訴の判断を下した重要な判決である。
最高裁判決に続く一連の判決、さらに今回の東京高裁・山口地裁の勝訴判決により正本堂解体にかかる一連の裁判の方向性は定まったというべきであり、係属中の事件に与える影響はさらに大きいものとなった。
今後とも、全国39件の全裁判完全勝訴に向けて、池田創価学会による宗門攻撃を断固粉砕していくものである。
―根拠のない原告側の控訴を棄却!―
(『慧妙』H15.4.1)
<学会に与した元講員の嘘が全て露呈/注目される今後の関連裁判>
去る3月19日、東京高裁は、かねてより争われてきた「盗聴」謀略訴訟(宗教ゴロで晩年は創価学会主任≠ネる名刺を使っていた故・梅沢十四夫が、日蓮正宗・理境坊・妙観講が共謀して梅沢宅の電話を盗聴し、損害を蒙〈こうむ〉った、として訴えた裁判)に、原告側の控訴棄却という形で、日蓮正宗・理境坊・妙観講の完全勝利の判決を下した。
本紙216号(平成14年1月1日発行)でも報じたように、この裁判の発端は、女性問題等、数々の不行跡によって妙観講を除名になったW(平成13年に日蓮正宗からも信徒除名)が、創価学会大幹部らと昵懇(じっこん)になった上、
「自分は、日蓮正宗に潜り込んでいたスパイと思われる梅沢十四夫について、その自宅を電話盗聴して調査するよう、妙観講講頭・大草一男氏から指示され、平成3年秋、調査会社を使って実行した。この大草氏の指示命令は、指導教師である小川只道尊師とも共謀の上でなされたものであり、それを決裁した責任者は日顕上人である」
などという、とんでもない狂言を構えたところから始まった。
これを受けて、平成9年6月、梅沢十四夫が原告となり、東京地裁に損害賠償訴訟を提起。以後、創価学会による大々的な悪宣伝が繰り返される中、4年半にわたって審理が行なわれ、まず平成13年12月20日、1審の東京地裁は、原告・梅沢の訴えの主要部分をすべて退け、日蓮正宗・理境坊・妙観講の全面勝訴の判決を下したのである。
これを不服とした梅沢側は、東京高裁に控訴したものの、前述のとおり、控訴棄却となった、という次第である。
この裁判においてWは、自らも被告側に身を連ねながら、終始、虚言をもって原告側の主張を裏付ける証言≠繰り返してきた。
ところが、それらの証言≠ヘ悉(ことごと)く、日蓮正宗・理境坊・妙観講が提示した証拠・証言によって論破されたばかりか、Wの法廷での偽証までが浮き彫りになってしまった。それ故、東京高裁もその判決文で
「Wの供述ないし陳述の信用性を肯定することは困難」「本件電話盗聴が、日顕上人・小川尊師および大草氏の指示により行なわれたとするWの供述ないし陳述は信用することができない」「Wの供述ないし陳述の合理性には疑念を差し挟まざるをえない」「控訴人の主張に沿うWの供述を信用することができない」「大草氏の不法行為は認められない」
等々と、Wの主張・証言を、悉く退けたのである。
こうして、1・2審とも事実認定の上から日蓮正宗・理境坊・妙観講の完全勝利を認めた以上、仮に梅沢側が最高裁に上告したとしても、原判決が覆(くつがえ)ることはないであろう。
それだけではない。創価学会本部職員の波田地某が、やはりWの証言≠根拠に、梅沢と同内容の訴訟を起こしているのだが(1審・東京地裁が5月27日に判決言い渡しの予定)、その帰趨(きすう)もほぼ見えたといえよう。
また妙観講および大草氏は、昨年10月、これら一連の経緯に関しての報道等による名誉毀損で、W・波田地・創価学会・第三文明社らを訴えているが、今回の判決がその訴訟に多大な影響を与えることは必至だ。
なお、今回の判決言い渡しに関して特記すべきは、梅沢側の傍聴席の様子であろう。なんと梅沢側は、Wの弁護士を含め、誰ひとり弁護士が法廷に姿を現わさず、いつもは傍聴席に押しかけるはずの創価学会青年部も、わずか数名が、沈痛な表情で座っているだけ、といった状況だったのだ。
かつて、シアトル事件裁判に東京地裁・下田裁判長が不当判決を下したときは、その前夜からすでに、学会員が「勝った、勝った」と騒いでいたことや、学会勝訴の判決が出る時は、予(あらかじ)め多数の学会員が動員され、敗訴する時は、ほとんど学会員が姿を見せないこと――等々を思い合わせると、本来なら言い渡されるまでわからないはずの判決内容を、創価学会は予め知っているのではないか、と疑わしくなる――。
いずれにせよ、池田大作の支配下にある公明党が連立政権入りし、影響力を強めている以上、どんな、どんでん返しが待ちかまえていても、おかしくはないという思いで、これらの裁判の行く方に注目していきたい。
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(『フォーラム21』H15.3.15抜粋)
創価学会が日蓮正宗の信徒で「信教と思想の、自由を守る会」の代表者である佐貫修一氏と、佐貫氏が所属する日蓮正宗の信徒組織である法華講・妙観講支部の大草一男講頭、そして佐貫、大草両氏が所属する日蓮正宗を相手取り、総額3000万円の損害賠償を求めて提訴した訴訟の判決公判が、2月26日に行われ、東京地裁は大筋で創価学会の主張を認め、日蓮正宗・大草氏・佐貫氏に連帯して100万円の損害賠償を支払うよう命じた。
もともと同事件は、平成13年5月頃、佐貫氏が代表者を務める「信教と思想の白由を守る会」が作成し、配布した政治ビラに対して、創価学会が著作権侵害に基づく損害賠償等を求めて提訴したもので、創価学会はビラの作成に佐貫氏のみならず、大草氏、日蓮正宗も関与していたとして提訴していた。
これに対して被告の佐貫氏はビラの作成、配布は認めたものの、著作権の侵害については否認。大草氏と日蓮正宗も著作権の侵害もさることながら、そもそもビラの作成等に全く関与していないと反論していた。
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―誰もが首を傾げる!?これだけの明白な疑問―
(『慧妙』H15.3.16)
前号で報道した「FBI事件」に続き、去る2月26日、東京地裁は「池田ビラ事件」でまたも不当判決を下した。この「池田ビラ事件」は、チラシに使われた池田大作の滑稽写真(頭に式帽をかぶりローブをまとって王様然とした写真)が著作権法違反になるか否か、という、事件としては小さなものだが、その判決の不当性ときたら、誰の目にも明らかで、あまりに異常なものとなっている。そこで、これについて、少しく述べてみることにしよう。
<これが「池田ビラ事件」の概要だ>
去る2月26日に東京地裁(飯村敏明裁判長)が不当判決を下した通称「池田ビラ事件」とは、概要、次のようなものである。
平成13年5月、東京都議選と参院選を前に、政治団体「信教と思想の自由を守る会」(以下「守る会」と略す。佐貫修一代表)が、創価学会・公明党の日本国支配の野望を糾(ただ)すチラシを作成、この配布を関係各方面に呼びかけた。
同会代表の佐貫氏は、理境坊妙観講に所属する法華講員でもある関係から、妙観講・大草一男講頭に、
「今般、学会・公明党の野望を糾すチラシを作るので、妙観講の5月度班長会の終了後、知己(ちき)の講員達に、『守る会』としてチラシ配布をお願いしてもよいか」
と尋ね、結局、チラシ配布に賛同する有志が配布を行なうのは、個人の自由だから構わない、ということになって、佐貫氏が知己の講員達に配布を依頼。
さらに、刷(す)り上がったチラシ99万枚を妙観講の本部拠点(東京杉並区)へ運び、その場で有志達に振り分けたのである(これとは別に、「創価学会による被害者の会」でも、とりあえず1万枚のチラシを配布することになっていたため、すでに1万枚は被害者の会事務所へ届けられていた)。
こうして翌日夜からの配布が始まったが、これに対し慌(あわ)てた創価学会が訴えを提起した。
その申し立ての内容とは、当該チラシに使われている池田大作の滑稽写真が著作権法違反に当たるから、当該チラシ配布の禁止と損害賠償金の支払いを求める、というもの。
しかも学会は、「守る会」のみならず、妙観講講頭・大草氏も共謀して著作権法違反を犯したに違いない、また、こうした大草氏の活動は日蓮正宗の事業の執行として行なわれたものであるから、日蓮正宗には使用者責任があるはず――として、佐貫氏・大草氏・日蓮正宗の三者を被告にしてきたのである。
これについて下ったのが、冒頭にも述べた、2月26日の東京地裁の判決。
判決は、池田の写真を使ったチラシが著作権法違反に当たる、と認定し、当該チラシの配布禁止と廃棄(はいき)を命じたばかりか、三者が連帯して損害賠償金百万円を支払う義務がある、とした。
むろん、この判決内容には、事実誤認をはじめ重大な問題がいくつも含まれており、まったくの不当判決である故、三者はそれぞれ直ちに控訴(こうそ)した。
<写真にしか難癖つけられぬお粗末>
簡単に言えば以上のとおりだが、この判決を受けて創価学会では、さっそく青年部長の迫本某などが
「日顕宗のデマビラに厳しい判決」
などと発表し、無知蒙昧(もうまい)な人々の目を欺(あざむ)く宣伝を開始している。
本題から逸(そ)れるが、これについて少々触れておく。
そもそも、「デマ」とは「デマゴギー」の略で、事実と反する悪宣伝や、根拠のない噂話のことをいう。
学会は、「守る会」作成のチラシにつき、本当は、そこに書かれている内容が名誉毀損に当たる、としたかったらしいが、お気の毒なことに、チラシの内容は全て池田大作・秋谷栄之助らの発言に基づいたものであり、非のつけようがない。そこで、チラシに使われている池田大作の滑稽写真に目をつけ、これは『聖教グラフ』(平成2年7月11日号)に載った写真を転用したもので著作権法違反に当たる、として訴えたのである。
何ともオソマツなかぎりであるが、いずれにしても、書かれている内容が全て事実で、何のケチも付けることができないなら、それは「デマビラ」などとは呼べない。
迫本某が、故意に論点をすり換え正論を葬(ほうむ)ろうとする、姑息(こそく)な作戦で「デマビラ」と言うのか、はたまた、言葉の意味すら知らずに「デマビラ」と言うのかは知らないが、無知な人々の目を欺こうとする、人を馬鹿にした行為は慎んだ方がよろしい。
<判決の問題点>
―使い回された写真―
まず第1に、問題となった池田大作の滑稽写真だが、これは前出『聖教グラフ』に掲載された後、『グラフィティー創価学会part3』(継命新聞社・平成2年16日発行)、『池田創価学会』(日本ジャーナル社・平成6年4月6日発行)をはじめ写真情報誌数誌に、幾度も繰り返し使われてきた。むろん、これらの出版物は、学会の許諾を得て写真を使っているわけではないし、学会もこれらを黙認していて、1度も訴えてはいない。
この、幾度も使い回されてきた写真を今さらチラシに使ったからといって、それが本当に著作権法違反になどなるだろうか。常識的に考えて、この写真の著作権は消滅している、と見るのが当然であろう。
この点につき学会側は、「いろいろな出版物に使われていた事実は知らなかった」と惚(とぼ)け、今回の判決でも、不可解なことに、この点にはいっさい触(ふ)れていないのである。
―驚くべき三段論法―
第2に、判決文では、
「ビラ99万枚の保管には広い場所を必要とする」「妙観講本部をその保管場所として提供することにより、本件写真ビラ100万枚の作成、配布が極めて容易になったものと解される」
として、だから大草氏は著作権法違反を幇助(ほうじょ)したことになる、などと認定している。
恐るべき三段論法である。すなわち、チラシの保管場所を提供したら、そのチラシには著作権法違反の写真が使われていた、このチラシは保管場所があったから容易に作成できたので、場所を提供した者も著作権法違反を幇助したことになる、というのだ。こんな三段論法を使われたら、社会は犯罪者だらけになるし、いつ自分も犯罪者にされてしまうか、危なくて日常生活が成り立たなくなる。
しかも、この認定には重大な事実誤認がある。詳しくは高裁での第2審で争われることになろうが、大草氏は、「本件写真ビラ99万枚の保管場所を提供」などしておらず、佐貫氏から知己の講員への配布依頼を了解しただけであって、事実、刷り上がったチラシは、妙観講の本部拠点へ運ばれた後、ただちに、そこで待機していた有志達の手に振り分けられ、翌日には各地での配布が始まっているのである。これをもって「保管場所として提供」などとは、普通は言わぬであろう。
―何の立証もなく認定―
第3に、池田写真の使用が著作権法違反か、どうかについて判断するのには、学者の意見書や過去の判例などをもってすれば済むだろうが、共謀や使用者責任の事実関係を究明しようとすれば、どうしても証拠や証人調べが必要となる。
ところが裁判長は、著作権法違反の当否については掘り下げて調べるが、証人調べについてはまるで関心を示さず、原告側が佐貫氏や大草氏らを証人尋問(じんもん)したいと申請しても、それすら却下(きゃっか)して採用しなかったのである。
そのあげく、大草氏の場合は、池田写真が『聖教グラフ』から転載したものかどうかすら知らないため共謀をハッキリ否認したのだが、裁判長は、何の立証もないまま、
「詳細を認識していたと解するのが自然である」
として、大草氏が著作権法違反の共同不法行為をなした、と決めつけてしまった。何とも驚いた認定で、これでは、最初から結論ありきの判決、といわれても仕方がないではないか。
いずれにせよ、このチラシの作成経緯(『聖教グラフ』から池田の滑稽写真を断わりなく転載した経緯)を大草氏が知っていた、とする理由など何1つなく、判決はその点について全く説明できていないのである。
―学会の主張に沿い誤読―
第4に、判決は、日顕上人や藤本総監が、日蓮正宗僧俗に対し、創価学会の邪義(むろん教義上の誤り)を指摘し学会員に知らしめていくよう仰せられた発言を取り挙げ、
「原告(創価学会)の誤りを広く周知させる活動は、日蓮正宗の目的、活動内容に含まれる」
とし、したがって妙観講講頭である大草氏が学会・公明党を糾すチラシの保管場所を提供した行為も、日蓮正宗の事業の執行として行なわれた行為であり、その保管場所提供によって生じた著作権法違反幇助という不法行為について、日蓮正宗には使用者としての監督責任が生ずる、と認定した。
だが、これまた、とんでもない事実誤認である。日顕上人や藤本総監が述べられているのは、学会の教義上の誤りを徹底的に折伏していく、との意であって、政治の次元で学会・公明党の野望を追及する、などというものではない。そもそも一般世間の中に生きる信徒の立場であれば、学会・公明党の在り方まで踏み込んで、これを批判することはあるが、出世間という宗門の立場において、政治面のことを指南されることはありえないのである。
この点、日顕上人や藤本総監の仰せをよく読めば明らかなのに、裁判長は、証人尋問も行なわず、学会側の主張に沿(そ)って誤読し、見当違いの判決を出してしまった、といえる。
なお、ここまでくると、前(さき)に、強引に大草氏の「共同不法行為」を認定した理由が、透(す)けて見えてくるようだ。それは、法華講支部の講頭である大草氏を間に噛(か)ませることによって、講頭職を認証した宗教法人日蓮正宗の使用者責任にまで波及させていく――という構図である。
こうした裁判所の意図が奈辺(なへん)にあるかはともかく、我々は、これこそ、国主が邪法の方人(かとうど=味方)をして、罪なき正法の徒を枉(ま)げて罪に陥れる相、と考えざるをえない。
したがって、2審・高裁で法的に争うのはもちろんとしても、それ以上に、こうした不当判決が出る所以(ゆえん)を仏法上から的確に捉え、いよいよ、邪悪の根源・池田創価学会に対する折伏に精進していくべきであろう。
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(宗務広報928号・平成15年2月27日/『大日蓮』H15.4)
政治団体が作成したビラに池田大作の写真・絵が記載されていたことを奇貨として、創価学会が、著作権・著作者人格権侵害などを理由に日蓮正宗外2名に対し、損害賠償などを請求していた訴訟で、昨日(※2/26)、東京地方裁判所(飯村敏明裁判長)は、日蓮正宗と外2名に対し連帯して100万円を支払えという不当な判決を下しました。
1、事件の概要
政治団体が、公明党を批判し、良識ある投票を呼びかけて都内各地に配布したビラに、池田大作の写真・絵が盛り込まれていたことから、創価学会は、この池田の写真・絵は創価学会の著作権および著作者人格権を侵害するとして、損害賠償などを求めて訴えを提起しました。
しかし、あろうことか、池田創価学会は、このビラの作成・配布は日蓮正宗が主導で計画的に行なわれたこと、また、ビラ配布を信徒が行なったことに対し日蓮正宗の事業の執行に密接に関係しているなどと主張して、日蓮正宗をも巻き込み訴えを提起したのです。
当然のことではありますが、日蓮正宗が攻治活動を行なうことは無く、創価学会の主張は全くの言いがかりであり、日蓮正宗を攻撃するためには手段を選ばないという、池田創価学会の姑息な意図によって起こされた訴訟なのです。
2、裁判所の判断
裁判所は、ビラの作成・配布に日蓮正宗が関与しているものと認めることはできない、と一部正当な判断をしたものの、このビラ配布へ関与した信徒の行為は、日蓮正宗の事業の執行に密接に関連するものであるとして、日蓮正宗は使用者としての責任を負うとの不当な判断をしました。
3、全くの不当判決に即日控訴
今回の判決は、到底、看過することができません。
そこで、日蓮正宗はこの不当な判決に対し、即日、控訴をしました。
今後、東京高裁で勝訴すべく、鋭意努力してまいります。
以上
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●山崎正友元創価学会顧問弁護士が、創価学会の外郭出版杜である第三文明社、潮出版社を相手取り、両社の発行する「第三文明」「灯台」「潮」などの記事により名誉を毀損されたとして、損害賠償と全国紙への謝罪広告を求めている事件の第2回口頭弁論が、(※平成14年)12月24日午前10時から横浜地裁小田原支部で行われ、原告、被告双方が準備書面を陳述した。(中略)毎回、出廷する山崎氏には尾行や監視がつき、裁判所にはカメラマンが貼り付いており出廷する山崎氏の姿を盗撮しているという。 創価学会の発行する機関紙「創価新報」には、激しい山崎バッシング記事が掲載されているが、そこには横浜地裁小田原支部に出廷する山崎氏の姿を撮影した写真が掲載されている。(『フォーラム21』H15.1.15)
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学会は、使い古された池田の写真を掲載したことが、著作権の侵害に当たるとして提訴した。しかし、一方で、山崎氏の姿を撮影し、無断で機関紙に掲載している。これは、肖像権の侵害に当たらないのだろうか?敵を攻撃するためにはどんな些細なことでも取り上げて裁判沙汰にする学会であるが、対する宗門側は、きわめて悪質な事件に限って提訴している。それでも学会と宗門の裁判の結果は、宗門側が圧倒的に勝利している。もし、宗門が学会のように些細なことまで論い提訴したならば、今の何倍もの数の学会敗訴判決が出ていることであろう。(法蔵)
※地裁判決(pdf)
―東京高裁―
―宗門に損害賠償の支払いを命じる不当判決―
(『大白法』H15.3.1)
去る2月12日、東京高裁は、日顕上人並びに日蓮正宗に対し、連帯して、創価学会へ金400万円の損害賠償の支払いを命じる判決を言い渡した。これは創価学会による全く根拠のない違法な先行報道を黙認し、結果として創価学会の反社会的言動を放置するものであり、まことに言語道断と言うほかない。また、宗門の報道に直接関与されていない日顕上人にも連帯責任を認めた事実誤認は不当極まりなく、上級審において正当な判決が下されることを期待する。
<ことの発端>
創価学会は、いわゆる「シアトル事件」なるものの「決定的証拠」として、アメリカの連邦政府内に「記録」が存在したと大々的に報道した。しかしながら、「シアトル事件」そのものが存在しないのであるから、ましてや、その「記録」なるものが存在するはずもない。
当然のことながら、宗門はこのような悪質な報道を行った創価学会に対し、大白法などを用いてこれを厳しく糾弾した。
しかるに、創価学会は、今度はこの宗門の反論報道などが創価学会の名誉を毀損するとして、日顕上人と日蓮正宗に対し、損害賠償と謝罪広告を求めて逆提訴したのである。
<事件の本質>
先のとおり、創価学会は、「決定的証拠」となる「記録」が存在したと先行報道したのであるから、それが虚偽であると指摘されれば、その「記録」を公開し真実であることを明示すれば、本来こと足りるはずである。しかし、先行報道から7年以上経過した現在に至るも、創価学会は「記録」なるものを開示できないでいる。
現に今回の判決においても、創価学会が「決定的証拠」とする「記録」なるものはもとより、その大前提となる「シアトル事件」の存在すらも、客観的に立証されていないと認定されている。つまりは「シアトル事件」も「記録」も、すべてが事実無根に過ぎなかったことが明らかにされている。
このような事実に反する一連の大報道をしてきた創価学会にこそ非があり、これを批判してきた宗門にこそ正当性があることほ言うまでもない。
<判決の不当性>
にもかかわらず今回の判決は、宗門の反論の一部に行き過ぎがあったことを問題にして、宗門側に損害賠償を命じたものである。結果として創価学会の違法不当な先行報道を放任するものであり、まさに木を見て森を見ない不当判決と言うほかない。
このような不公正な判決は上級審において直ちに見直されなけれぱならない。今やまさに司法に対する信が問われていると言うべきであろう。
―奈良地裁・さいたま地裁(川越支部)―
―池田創価学会による同時多発の宗門攻撃を粉砕―
(『大白法』H15.3.1)
池田創価学会が、正本堂の解体を口実に、全国の裁判所へ同時期に訴えを起こしていた裁判で、奈良地裁は1月29日、さいたま地裁川越支部は2月13日、それぞれ原告らの請求を棄却し、総本山側勝訴の判決を言い渡した。
<奈良地裁(建設御供養事件)>
原告ら創価学会員は、正本堂建設委員会(創価学会)と大石寺との間でなされた正本堂の贈与契約には、正本堂に戒壇の大御本尊を安置し、合理的期間これを本堂として原告ら信徒の参詣儀式に使用し、維持・管理しなければならないとの負担付贈与が成立していたにもかかわらず、取り壊しによって履行不能になった、また原告らの信頼を破って背信的に正本堂の取り壊しを行ったことで、精神的苦痛を被ったとして、損害賠償を請求していた。
しかし裁判所は、明示的にも黙示的にも負担付贈与契約は成立しておらず、また原告らと大石寺との間に存した信頼関係は宗教的な関係にもとづくものであり、法的保護に値するものではないから、正本堂の取り壊しは違法ではないと判示し、大石寺勝訴の判決を言い渡した。
<さいたま地裁川越支部(護持御供養事件)>
原告創価学会員の亡母は、正本堂護持のために御供養し、大石寺がこの御供養を永久に積み立て、その利息をもって正本堂の保守・維持・管理に使用するとの合意をしていた。しかし、正本堂を解体したためその合意事項の履行が不可能になったとして、御供養金の返還を求めて訴えを提起してきた。
しかし裁判所は、この原告の亡母が行った御供養には、正本堂が存続しなくなった場合には供養を返還するという契約が成立しているとか、利息のみで正本堂の保守・維持・管理に充てるという負担を伴うとか、保守・維持・管理に供されなければ返還してもらうなどという文書も合意もないと判示し、大石寺勝訴の判決を言い渡した。
<正本堂解体関連の不当訴訟の方向は決定的>
相次ぐ総本山側勝訴の判決により、総本山を攻撃せんとして池田創価学会側が起こした濫訴ともいえる39件の正本堂解体に関連する裁判は、全件勝訴に向けて、さらに大きく前進した。
(『慧妙』H14.12.16)
宮川雄法といえば、徳島・敬台寺在勤中の「スパイ事件」によって、その謀略的な人間性が明らかとなった「脱落僧中の脱落僧」とでもいうべき男である。
この「スパイ事件」自体はいまだ係争中(※高裁は宗門側勝利)だが、この事件の裁判から生じた、もう1つの訴訟において宮川は、1審・徳島地裁、2審・高松高裁と、連続敗訴している(高裁の判決は本年9月)。
すなわち、「スパイ事件」訴訟において敬台寺御住職・日比野慈成尊師が「宮川は、信徒に御供養を強要したことがある。御供養を着服していた」旨を証旨。
これに対し宮川が、日比野尊師の証言は名誉毀損(きそん)であるとして、損害賠償請求の訴えを起こしてきたのだが、裁判所は日比野尊師全面勝訴の判決を下したのであった。
「スパイ事件」に関する裁判が進み「宮川が創価学会と手を組んで何をしたか」が満天下にさらされる日も、そう遠くはないであろう。
−正本堂解体を口実にした不当訴訟に鉄槌下る−
(『大白法』H14.12.16)
正本堂解体に関して、創価学会員が、かつて行った御供養を返還するよう総本山大石寺に求めていた事件につき、11月22日、最高裁判所(第2小法廷・滝井繁男裁判長)は創価学会員の上告を棄却したうえ、上告審として受理しない決定を下した。この決定により、創価学会員の訴えをしりぞけた横浜地裁判決、東京高裁判決が確定し、池田創価学会側の不当提訴は完全に排斥されたこととなる。
<1 第1審横浜地裁の判断>
原告の創価学会員は、昭和53年から平成2年まで正本堂護持のためとして行った御供養が、永久に積み立てて、その利息を正本堂の保守・維持・管理に使用するとの合意があったにもかかわらず、大石寺が正本堂を解体したために合意の履行が不可能になったとして、御供養の返還を求めていた。
これについて横浜地裁は、御供養とは信仰心の発露でなされるものであり、一般的には返還等の条件や負担が付されたりするものではなく、原告創価学会員が行った正本堂御供養についても、正本堂解体によって返還されるという性質のものではないと認定し、総本山大石寺勝訴の判決を下した。
<2 控訴審東京高裁の判断>
控訴審の東京高裁では、原審の判断をそのまま採用するとともに、宗教的信頼関係を抱いていた時期にした金銭的寄付につき、後に生じた事情によって不当利得として返還を求めることはできないとして、再び総本山大石寺が勝訴した。
<3 最高裁決定により、創価学会側の敗訴は確定>
控訴審でも敗訴した創価学会側は、懲りることなく上告していたが、最高裁が創価学会側の上告を棄却したうえ、上告審として受理しない決定を下したことにより、宗門側の勝訴が確定したものである。
宗門としては、今後とも池田創価学会の不当訴訟には断固として臨み、ことごとく粉砕していく方針である。
http://courtdomino2.courts.go.jp/kshanrei.nsf/Listview01/4FB970D2D1691E1149256BBB0006FAD6/?OpenDocument
◆H14.4.23旭川地方裁判所平成12年(ワ)第67号損害賠償請求事件
平成14年4月23日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官 赤川 隆
平成12年(ワ)第67号 損害賠償請求事件
口頭弁論終結日 平成14年1月15日
判決
当事者の表示 別紙当事者目録記載のとおり(添付省略)
主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1 請求
被告らは各自,各原告らに対し,別紙請求金額一覧表の「請求額」欄記載の各金員及びこれらに対する平成12年3月9日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,Aの元信徒である原告らが,被告らにおいてB(※創価学会)から贈与された正本堂を取り壊したことは,原告らのためにする契約の債務不履行(被告C)ないし不法行為(被告ら)に該当するなどとして,被告らに対し,慰謝料の支払を求めた事案である。
1 前提事実(証拠を摘示した部分を除き,争いがない。)
(1) 当事者
ア 原告ら
原告らは,いずれもAの元信徒であり,昭和40年10月9日から同月12日までの間に,Bに対し,別紙請求金額一覧表の「寄附額」欄記載の各金員を寄附した(甲22の1ないし14)。
イ 被告C(※大石寺)
被告Cは,包括団体であるAの総本山であり,「A宗制に定める宗祖D所顕十界互具の大蔓荼羅(本門戒壇の大御本尊,以下「戒壇の大御本尊」という。)を本尊として,Aの教義をひろめ儀式行事を行い,広宣流布の為め信者を教化育成しその他正法興隆,衆生済度の浄業に精進するための業務及び事業を行うこと」を目的とする宗教法人であって,別紙物件目録記載の建物(同目録記載1は昭和47年9月26日新築時の,同目録記載2は昭和50年5月31日増築時の,同目録記載3は平成11年7月31日変更・一部取毀時の不動産登記簿上の表示である。以下「正本堂」という。)を所有している(甲1)。
ウ 被告E(※日顕上人)
被告Eは,Aの法主・管長であり,被告Cの代表役員である(弁論の全趣旨)。
(2) 正本堂の建設と贈与
ア Bは,正本堂を建設し,これを被告Cに贈与(供養)するため,昭和40年1月21日,同学会の一機関として正本堂建設委員会(委員長A法華講総講頭・B会長(当時)F(※池田大作),以下「建設委員会」という。)を設置するとともに,Aの信徒等約800万人から受けた寄附(供養)総計約355億円のうち約316億円を投じて,昭和47年9月30日までに正本堂を建設した(甲6,23)。
イ Bは,昭和47年9月30日,被告Cとの間で,正本堂について贈与証書(乙1の1,以下「本件贈与証書」という。)を取り交わすとともに,同年10月1日,建設委員会の名で,当時,Aの法主・管長,被告Cの代表役員であったGに,正本堂を供養する旨の「奉御供養」と題する書面(乙2,以下「本件奉御供養」という。)を交付して,正本堂を被告Cに贈与し(以下「本件贈与」という。),これについて同年10月19日受付けで,被告Cを所有者とする所有権保存登記がなされた。
(3) 正本堂の取壊し
正本堂は,敷地面積13万7120平方メートル,建築面積3万9369平方メートル,延床面積3万5156平方メートル,高さ(妙壇の内陣床面から塔頂部まで)66メートル,鋼材量2万3438トン,セメント量3万5543トンを擁する建物であり(甲5ないし7,弁論の全趣旨),昭和47年10月12日から26年間にわたって被告Cの本堂として使用されてきた。
被告Cは,平成10年6月下旬から正本堂の解体工事を開始し,平成11年8月中旬ころまでにその工事を終了して,現在は,別紙物件目録記載3のとおり,一部が事務所として残されているにすぎない。
2 原告らの主張
(1) 被告C(選択的主張)
ア 本件贈与
(ア) 第三者のためにする契約
a Bは,その機関である建設委員会を介し,昭和47年10月1日,被告Cに対し,正本堂を贈与した(本件贈与)。
そして,@当時,Aの法主・管長,被告Cの代表役員であったGが,建設委員会の委員会(第1回),B本部総会,法華講東京地区連合大会等において,また,昭和40年3月26日付けの「正本堂建立御供養趣意書」(以下「本件趣意書」という。),同年9月1日付けの「正本堂御供養について」と題する書面等を通じて,正本堂に戒壇の大御本尊を安置し,永久に信徒の参詣儀式の用に供する旨発言して,原告ら信徒に対し,積極的に寄附を勧奨していたこと,A正本堂は,その妙壇,法庭,円融閣,恩逸堂等の構造からしても,信徒の参詣儀式の用に供されることを前提に設計,建設されたもので,耐震性,耐久性,堅牢性等についても十分配慮され,被告Cも,正本堂の構造設計等について積極的に関与していること,BBも,Aの信徒団体の立場から,上記@のGの発言等を信徒に伝達し,これを周知していたことからすると,被告CとBは,本件贈与に当たり,正本堂建設資金を寄附した原告ら信徒を受益者として,被告Cが,正本堂に戒壇の大御本尊を安置し,合理的期間(通常の維持,管理を行った場合の耐用期間),本堂として原告ら信徒の参詣儀式に使用し,これを維持,管理する旨の負担(以下「本件負担」という。)を付す旨,黙示的に合意したものといえる。
b 原告らは,いずれも被告Cの勧奨に応じて寄附をし,また,昭和47年10月1日から昭和48年にかけて行われた正本堂落慶祝登山等に参詣し,その際,正本堂で戒壇の大御本尊を礼拝する儀式に参加することによって,黙示的に受益の意思表示を行った。
(イ) 被告Cの責任原因
a 正本堂には,戒壇の大御本尊が安置され,昭和47年10月12日から26年間にわたり被告Cの本堂として使用されてきたが,被告Cは,平成10年4月5日,戒壇の大御本尊を正本堂から別の建物に遷座(移動)した上,その責任役員会において,正本堂を用途目的消滅により解体する旨決議し,同月8日,その旨公告し,正本堂が老朽化により危険な状態にあるかのように欺罔して,同年6月下旬ころから解体工事を開始し,平成11年8月中旬ころまでにその工事を終了して,一部を除き取り壊した。
b 正本堂の取壊しにより,本件負担は履行不能となったのであるから,被告Cは,受益者である原告らに対し,債務不履行責任を負う。また,これは,原告らの本件負担に基づく債権を侵害する行為であるから,不法行為責任(民法709条)も負うことになる。
さらに,被告Cの代表役員である被告Eは,責任役員会において正本堂の解体を決議させ,その工事を業者に発注しているところ,被告Eの行為は,その抽象的職務権限内の行為であり,外形上,被告Cの目的の範囲内の行為ということができるから,被告Cは,被告Eがその職務を行うにつき原告らに与えた損害を賠償する責任を負うことになる(宗教法人法11条1項)。
イ 信義則違反等
被告Cが,Bの会合や宗教行事等,様々な機会を通じて,原告ら信徒に対し,永久に信徒の参詣儀式の用に供する旨表明して,強く寄附を勧奨したことから,原告ら信徒は,自らの寄附により建設される正本堂が,戒壇の大御本尊が永遠に安置される堂宇となって,原告らだけでなく子孫もこれに参詣することができ,その建設資金を寄附することは,末代までに栄誉と福運をもたらすものと信頼して,まさに「資力の限りを尽くし」,「浄財を尽して」寄附を行ったのである。
このように,原告らと被告Cとの間には,契約類似の信頼関係が存在するのであり,正本堂を相当長期間,原告ら信徒の参詣儀式の用に供する旨の施策が変更されると,これを信頼して寄附をした原告らには,社会生活上看過することのできない損害が生じることになる。にもかかわらず,被告Cは,原告らの信頼を裏切り,かつ,自らの従前の言動にも反して,代償的措置を講じることもなく,また,当該施策の変更がやむを得ない客観的事情によるものでもないのに,なお長期の使用に耐える正本堂を,建築物としての価値も無視して取り壊した。
これは,信義則に違反する背信的な行為といえ,被告Cは,原告らに対し,民法1条2項,415条(類推適用)及び709条に基づき,損害賠償責任を負うというべきである。
(2) 被告E(選択的主張)
被告Eは,建設委員会委員として,またGの後任の被告C代表役員として,本件贈与に本件負担が付されていることを認識し,正本堂の解体が,本件負担の履行を不能にすることを熟知しながら,なお長期の使用に耐える正本堂の解体を提唱,主導し,これを取り壊すに至っているのであって,被告Cと同様,原告らの本件負担に基づく債権の侵害,あるいは,信義則違反等に基づく損害賠償責任(民法1条2項,415条(類推適用),709条)を負う。
(3) 損害(被告ら)
原告らは,自らの寄附によって建設される正本堂に戒壇の大御本尊が安置され,永久に被告Cの本堂として維持,管理される旨信頼して,困難な生活の中から,資力の限りを尽くして寄附をしたのであるが,正本堂の解体によって,原告らの寄附が無意味となっただけでなく,自らの寄附により建設された正本堂が,戒壇の大御本尊の安置された本堂として存在することによる宗教的充足感や,精神的平穏,さらには,正本堂において参詣儀式を受ける利益を喪失し,自ら資力を尽くして寄附したことによる誇りも,その子孫も正本堂に参詣できる旨の期待や,寄附が子孫末代にわたる栄誉と福運をもたらす旨の期待(これらは,法的に保護されるべき利益である。)も喪失して,多大な精神的苦痛を被った。
原告らの精神的苦痛は,およそ金銭的評価が困難なほど甚大であるが,少なくとも原告らの各寄附額の3倍に相当する金額(別紙請求金額一覧表の「請求額」欄記載の金額)をもって慰謝料とするのが相当である。
よって,原告らは,被告らに対し,各自,別紙請求金額一覧表の各「請求額欄」記載の各金員及びこれらに対する本訴状送達の翌日である平成12年3月9日から各支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
3 被告らの主張
(1) 被告C
ア 本件贈与
(ア) 第三者のためにする契約(本件負担)について
a Bと被告Cとの間の本件贈与(なお,当該贈与契約が成立したのは,昭和47年9月30日である。)には,何らの負担も付されていない。
現に,本件贈与証書にも,本件奉御供養にも,本件負担の存在を窺わせる記載はないし,被告Cにおいて,本件負担を負う旨表明した事実もない。
そもそも,寄附(供養)に,一定の場合にはこれを返還するとか,寺院等が一定の義務を負うなどの条件や負担が付されたりすることは,その性質上,一般的とはいえないし,原告らが第三者のためにする契約の要約者と主張するBも,寄附はそれ自体により完結し,その見返りを求めてはいけないとしているのであって,被告C及びBには,本件贈与に本件負担が付されているとの認識はなく,本件贈与は無条件,無負担というべきである。
なお,G(※日達上人)は,正本堂の建設について,種々の発言等をしているが,これらは,戒壇の大御本尊を安置している限りにおいて,正本堂も永遠である旨,Aの法主・管長という宗教的な立場で表明したにすぎず,およそ,その発言等は本件負担の存在を推認するものではない。また,正本堂が耐震性,耐久性,堅牢性等を有することをもって,本件負担の存在を推認することもできない。
b 本件負担は存在せず,したがって,第三者のためにする契約も存在しないのであるが,仮にこれが存在するとしても,原告らは受益の意思表示をしていない。原告らは,正本堂落慶祝登山等に参詣し,その際,正本堂で戒壇の大御本尊を礼拝する儀式に参加することによって黙示的に受益の意思表示をした旨主張するが,当該儀式への参加は,宗教的行為であって受益の意思表示とはいえない。少なくとも,被告Cにおいて,外形上,これが単なる礼拝儀式に参加する行為なのか,受益の意思表示なのかを判断することは不可能である。
(イ) 被告Cの責任原因について
本件負担も第三者のためにする契約も存在しない以上,被告Cが,本件贈与により取得した正本堂を解体しても,債務不履行の問題は生じ得ないし,不法行為に該当することもない。
また,被告Cの代表役員である被告Eが,責任役員会において正本堂の解体を決議させ,その工事を業者に発注したとしても,これによって,被告Cが宗教法人法11条1項に基づく損害賠償責任を負うことはない。
イ 信義則違反等
原告らの寄附は,Bに対するもので,原告らと被告Cとの間に契約ないしこれに類似する関係はないし,寄附の勧奨をしたのはB(建設委員会)であって,被告Cがこれを主導していたわけでもない(特に,被告Eは,本件趣意書に建設委員会委員として名を連ねたほかは,特段,寄附の勧奨はしていない。)。
また,正本堂の解体は,宗教上の理由によるもので,背信的なものではない。
なお,原告らは,いずれもAの元信徒であるが,正本堂解体の時点では信徒ではなかったのであるから,原告ら主張の期待的利益は存在しない。
(2) 被告E
上記(1)アのとおり,本件贈与に何ら負担は付されていないのであるから,被告Eにおいて,正本堂の解体を決定し,これを主導したとしても,不法行為責任を負う余地はない。
原告らと被告Eとの間に,契約ないし契約類似の法律関係は存在せず,被告Eにおいて,これに基づく責任や不法行為責任を負うことはあり得ない。
4 争点
本件の主たる争点は,@Bを要約者,被告Cを諾約者,原告らを受益者とする第三者のためにする契約(本件負担)の存否,A被告らによる正本堂解体が不法行為ないし信義則違反等に該当するか否かである。
第3 争点に対する判断
1 証拠(甲1ないし55,60ないし65,67ないし97,乙1の1及び2,同2ないし4)及び弁論の全趣旨によれば,次の各事実が認められる。
(1) 正本堂建設の経緯
ア Bは,正本堂を建設し,これを被告Cに贈与(供養)するため,昭和40年1月21日,Bの一機関として建設委員会を設置し,当時,宗務院教学部長であった被告Eも同委員会委員に就任した。
そして,Aの法主・管長(同宗の最高位)であり,被告Cの代表役員であったGは,昭和40年2月16日の委員会(第1回)の席上で,「戒壇の御本尊を正本堂に安置申し上げ,これを参拝することが正しい」として,正本堂建設の宗教的意義を明らかにした上,「歴史上未曾有なる正本堂の建設を行っていきたい」,「正本堂建立をめざして全力をそそぎ,僧俗一致して偉大な世界的建築となる正本堂を造っていただきたい」などと発言した(甲10,11)。
イ そこで,建設委員会は,昭和40年3月26日の委員会(第2回)において,正本堂建設費用の寄附の要綱(正本堂御供養実施要綱)及び信徒等に対する説明となる本件趣意書の書式を決定した。
なお,建設委員会の名で作成された本件趣意書には,戒壇の大御本尊は,正本堂に安置すべきとするGの発言が引用された上,「正本堂建立の意義は,まことに甚深であり,その御供養に参加できる私たちの大福運は,なにものをもっても,たとえようがない」,「近代建築の粋を集め,資材には5大陸の名産を用い,世界各国の石を集めて礎石とすること,前庭には『涌出泉水』の義にちなんで,大噴水も造られる」,「まさに世紀の大建築となる」,「総本山における大建築についての御供養は,これで最後の機会となるでありましょう。千載一遇とはまさにこのことであります。末法万年の外,未来までも人類救済の大御本尊様を御安置申し上げるこの正本堂建立の大事業に参加できることは,永遠の誇りであり,大福運であります。願わくは,おのおの信心の誠を尽くし,全員がこの栄ある大業に,参加されんことを望むしだいであります」などと記載されており,寄附のための貯金箱(甲20),封筒(甲21)とともに,昭和40年4月から同年5月にかけて,原告ら信徒に配布された。
また,同じく建設委員会が配布した「正本堂建立御供養申込書」(甲19の1及び2)には,「正本堂御供養について」と題して,「総本山富士Cに世紀を画する正本堂が建立されることとなり,その御供養申し込みの時がまいりました」,「本門戒壇の大御本尊をご安置申し上げる正本堂の建立は,事実上の戒壇建立ともなるべき,重大な意義を有するものであります。この栄えある大業に参加できる私たちは,歓喜にあふれ,身の福運を深く感ずるものであります」,「もったいなくも,G上人猊下より正本堂に御供養した人々の名前は,永遠に保存しようとの仰せをいただいております。子孫末代にいたるまでの栄誉と福運,これにすぐるものはありません」などと記載されている。
ウ Gは,本件趣意書が明らかにされた後,「正本堂の建立の寄附が10月にあります。我々は挙って,それに邁進しなければならない」,「正本堂の寄附は今日から謹んでお金をためて,功徳を積んで寄附しなければならない」(昭和40年4月12日,法華講北海道地区第1回大会,甲48),「この正本堂が建立した暁は,広宣流布の一事実として,後世に残るものでありましょう。今日のわが正宗の信者のぜんぶ,僧侶も一丸となって,この正本堂に協力しなければなりません」(同年5月3日,B第28回本部総会,甲12),「大聖人様の正本堂建立には,例え1円でも小使いがあれば貯めて,御供養してくださることをお願いいたします。また,本山におきましても,私の考えにおきましても,今日正本堂に供養した人びとの名前は,永遠に正本堂の地下に地下室を造って,そこには水も入らず科学的によく造っていただいて,立派な永遠に残る部屋を作って,そこへ永久に保存していく考えであります」(同年7月11日,法華講東京地区連合会第3回大会,甲13),「正本堂が出来れば,今の客殿,大講堂,又,正門から総坊を,もうらして出来上がった姿は,あのアンコールワット以上のものと,私は今から喜んで考えておるのでございます」(同月25日,B本部幹部会,甲14),「戒壇の大御本尊を安置し奉るところの正本堂を今回,法華講総講頭F先生が建立するという発願を立てられた。我々こそ,また法華講の皆さんこそ,これに準じて大いにこの正本堂建立に力を入れていただきたい」,「正本堂建立の気運を大いに助長し,また今後共折伏に大いにまい進して世界公布の根本とならんことをお願いして私のお話しといたします」(同年8月27日,法華講全国連合会第2回大会,甲95),「本門戒壇の大御本尊を安置し奉る所の正本堂を,会長が供養今度したいと云う発願を立てたのです」(同年9月15日,京都平安寺御親教,納骨塔落慶式,甲67)などと発言し,さらに,同月12日付けの「訓諭」(甲16)の中で「G,此の正本堂に本門戒壇の大本尊を安置して,末法一切衆生の帰命依止,即身成仏の根元となさんと欲するなり」,「宗内の僧俗は,一結して今生に再度となき此の大事業に随喜して自ら資力の限りを尽して供養し奉り,信心の一端を抽んでられんことを望む」と述べて,信徒等に対し,繰り返し寄附を勧奨した。
エ Bには,昭和40年10月9日から同月12日までの間,原告らを含む信徒等約800万人から,総計約355億円にのぼる寄附が寄せられたが,Gは,その後も,「世紀の正本堂を建立していただきたい」(昭和41年2月16日,建設委員会(第3回),甲7,47),「いっそう立派な正本堂建立を目指していただきたい」(昭和42年2月16日,建設委員会(第5回),甲44)などと発言し,被告Eも,被告C宗務院教学部として「当然Cの正本堂が広宣流布の時に三秘抄,一期弘法抄の戒壇となる。勿論,正本堂は現代における本門事の戒壇である」(昭和47年3月26日,「正本堂の意義に就ての指導会」,甲60)などと発言するほか,昭和49年12月25日発行の「戒壇論」(甲61)に「この時,現在の正本堂が,本門寺本堂となるであろうことは,昭和47年4月28日の訓諭と合わせ拝するとき,まことに明らかであろう。御遺命の戒壇建立は,この時実現をみるというべきである」,「猊下の御境地を測ることは,恐れ多いことであるが,なぜ現時において,広宣流布の暁に本門寺本堂となるべき正本堂を,前もって建立遊ばされることを決定されたかと思うに,1つはAの信徒が,一時に千数百万に達したことによると思われる。すでに,H上人も『三大秘宝抄拝読』で『時を待つべき耳』の御文に関して『現今の世情を見,社会の動静を考ふる時,いよいよその時の到来が近く感ぜられるのであります。大聖人の弟子信徒たるもの,大いに努めねばならないところであります』と述べられている」と記している。
(2) 正本堂の建設及び本件贈与
Bは,総計355億円にのぼる寄附のうち約316億円を投じて,正本堂の建設を進め,昭和47年9月30日,被告Cとの間で本件贈与証書を取り交わし(乙1の1),同年10月1日の正本堂完工式において,本件奉御供養(乙2)を交付して,被告Cに正本堂を贈与した(これに伴い,建設委員会は,昭和47年9月30日をもって,正本堂会計に属する一切の資産を被告Cに移管し,同年11月4日に解散している(甲7)。)。
そして,昭和47年10月6日及び同月7日のA第84回臨時宗会において,正本堂に戒壇の大御本尊を奉安する旨の提案が可決され,正本堂に戒壇の大御本尊が安置されたが,このことについて,Gは「今後,この正本堂において,永久にこの戒壇の御本尊様の御開扉をして信徒皆様の即身成仏,現当二世の大願を祈願し,世界平和の祈願の大殿堂とすることに決定した次第でございます」(昭和47年10月11日,御遷座大法要,甲40),「本山に於いて正本堂が建立し,あそこに戒壇の御本尊を安置し奉って,未来永劫に事の戒壇としてあそこに安置し奉ってあるのでごさいます」(昭和48年9月4日,長遠山甚遠寺落慶入仏式,甲51),「此の大御本尊を正本堂は永久に守護し奉る建築物である」(昭和48年10月12日発行「F会長と正本堂」,甲52)などと述べ,被告Eも「世界一の未曾有の大殿堂として,世界の人類の未来に無限の意義を含む,大御本尊格護の正本堂が建立せられた」(昭和49年12月5日発行「蓮華」,甲53),「正本堂は,猊下を中心に拝ぎ奉る宗門僧俗一同の広布達成の願望の結晶であり,世界最高の大宗教建築であると共に,全世界民衆の未来永遠における平和と幸福の為の即身成仏の大殿堂として,無限の意義を持つ」(昭和50年1月1日発行「大日連」,甲69),「その大御本尊を安置する広布の根本となる堂宇,すなわち正本堂こそ本門の戒壇であります」(昭和59年4月6日,霊宝御虫払大法会,甲41)などと述べている。
(3) 正本堂の取壊し
被告Cは,26年間にわたり被告Cの本堂として使用してきたが,平成10年4月5日,被告Eの「御戒壇様を御遷座申し上げたあと,既に用途の失われた旧建物は,その徒らな巨大さのみの遺物であり,全く無用となる関係上,実情に即した処置を採っていきたい」との発言を受けて,戒壇の大御本尊を遷座し,正本堂の解体を決定した。
被告Cは,平成10年6月下旬ころ,正本堂の解体工事を開始し,平成11年8月中旬ころ,当該工事を終了した。これにより,正本堂は,別紙物件目録記載3のとおり,その一部が事務所として残されているのみである。
被告Cは,正本堂の取壊しの理由を,平成10年4月8日の公告では「目的,用途を廃止した」とし,同年8月18日付け達示(院第2935号,甲31)でも「用途の消失した正本堂はその役目を終え」たとしているが,同年1月16日,同年3月1日,同年4月1日,同年6月16日発行の「慧妙」では,「正本堂の躯体には,すでに異常な老朽化が生じている」,「正本堂建築に使われた生コンクリートの中に,多量の塩分を含む海砂が混ぜられ,その塩分が,すでに躯体の鉄筋をボロボロに腐食させているものと思われる」,「今ここに直下型地震が起こったら,とりかえしのつかない大惨事が起こることは必至である」,「『メンテナンス』程度で,どうこうできる域を,すでに越えている」などとしている(甲35ないし38)。
2 第三者のためにする契約(本件負担)の存否について
ア 原告らは,本件贈与には,原告らを受益者とする第三者のためにする契約により本件負担が付されていた旨主張するので,まず,これについて検討する。
正本堂が,建築面積3万9369平方メートル,延床面積3万5156平方メートルに及ぶ巨大な建築物で,7年もの歳月を掛けて建設されたことについては争いがなく,マグニチュード8.7程度の地震に耐える耐震性を有し(甲5),建設に携わった技術者も,少なくとも数百年単位の使用に耐えるとしていたのであって(甲55),それぞれに事情を有し,その生活の困難にもかかわらず,総計約355億円もの巨額の寄附を実行した原告ら信徒が,本件趣意書やGの発言等のとおり,正本堂に戒壇の大御本尊が安置され,被告Cの本堂として,相当長期間にわたって維持,管理されるものと考えていたこと,そして,総本山(被告C)における大建築についての寄附(供養)は,最後の機会であり,しかも,寄附者の名前が,正本堂に永久に保存されるものと考えていたこと自体は推認するに難くない。
しかしながら,原告らの主張する本件負担は,正本堂に戒壇の大御本尊を安置し,合理的期間(通常の維持・管理を行った場合の耐用期間),本堂として原告ら信徒の参詣儀式に使用し,これを維持,管理するというもので,その負担の内容自体,必ずしも明確なものではないし,原告らの主張によれば,世代を越えて,これを負担していくことになるにもかかわらず,本件贈与証書(乙1の1),本件奉御供養(乙2)等の本件贈与に係る関係書類に,この点についての記載がないのは,やはり不合理といわざるを得ない。
原告らは,G,被告Eの発言等から,本件負担を付す旨の黙示の合意が認められるとするところ,確かに,本件趣意書及び「正本堂建立御供養申込書」等の記載やG,被告Eの発言等の中には,「総本山における大建築についての御供養は,これで最後の機会となるでありましょう。千載一遇とはまさにこのことであります。末法万年の外,未来までも人類救済の大御本尊様を御安置申し上げるこの正本堂建立の大事業に参加できることは,永遠の誇りであり,大福運であります」,「G上人猊下より正本堂に御供養した人々の名前は,永遠に保存しようとの仰せをいただいております。子孫末代にいたるまでの栄誉と福運,これにすぐるものはありません」,「この正本堂が建立した暁は,広宣流布の一事実として,後世に残るものでありましょう」,「今日正本堂に供養した人びとの名前は,永遠に正本堂の地下に地下室を造って,そこには水も入らず科学的によく造っていただいて,立派な永遠に残る部屋を作って,そこへ永久に保存していく考えであります」,「永久にこの戒壇の御本尊様の御開扉をして信徒皆様の即身成仏,現当二世の大願を祈願し,世界平和の祈願の大殿堂とすることに決定した」,「本山に於いて正本堂が建立し,あそこに戒壇の御本尊を安置し奉って,未来永劫に事の戒壇としてあそこに安置し奉ってある」,「全世界民衆の未来永遠における平和と幸福の為の即身成仏の大殿堂として,無限の意義を持つ」などと,正本堂の永久性,永遠性,そして信徒の子孫末代までの栄誉,福運をうたう部分がないわけではない。
しかしながら,本件趣意書及び「正本堂建立御供養申込書」は,B(※創価学会)の一機関である建設委員会が作成したもので,被告E(※日顕上人)が建設委員会委員の1人であるからといって,その記載から直ちに本件負担の存在を推認することはできないし,その余のG,被告Eの発言等についても,その内容自体からして,これを具体的な法的義務の存在を前提としたものと解するには無理がある。昭和30年11月23日,B(※創価学会)から寄進された奉安殿に戒壇の大御本尊を安置した際,当時のA法主は「戒壇本尊泰安殿と名付け此處に戒壇本尊を永久に安置し奉るなり」と発言していたにもかかわらず,戒壇の大御本尊は,昭和47年10月,正本堂に遷座されていることからしても(乙3),G(※日達上人)の発言等は,被告C(※大石寺)の代表役員としての,具体的に本件負担を負う旨の意思表示ではなく,A(※日蓮正宗)の法主・管長である「G(※日達)上人猊下」として,正本堂建設の宗教的意義を明らかにしたものと解するのが相当である。
そして,寄附(供養)に,負担が付されたり,一定の場合には返還する旨の条件が付されることはないと断じることはできないにせよ,少なくとも,本件の場合,原告らが第三者のためにする契約の要約者とするBにおいても「御供養することは信徒の務めである。もし,それが使途不明であるとか,収支決算せよとか,御供養を出しもしないうちから,始めからそんなことを言っておるのは,信徒の務めを怠っておるものである。信徒は供養をすることによって利益があるのである。御利益は供養することにある。もし,そのお金を不正に使ったならば,それは,使った僧侶が罪を受けるのである。地獄へ堕ちるのである。信徒は清い供養をすれば,それで御利益がある。経文に照らしても,また大聖人様の仰せではないか」とのB前会長の発言を引いて,寄附はそれ自体により完結する旨の考えを示していたのであるし(「大白蓮華」昭和40年10月号,乙4),Bの元会員が,Bに対し,寄附金の返還を求めた寄付金返還請求事件(東京地方裁判所昭和47年(ワ)第9672号,乙5)においても,「本件金銭の出捐(寄附)は,法律行為ではなく宗教上の意義を目的とした供養であり,裁判上請求できるような債権関係は発生しない。強いて言えば『喜捨』という言葉もあるごとく供養者の側の所有権放棄と受領者の側の原始取得とから成立つ事実行為の範疇に属」すると主張していたのであって,これらを併せ考えると,G,被告Eらの発言等を総合しても,原告らが主張するような具体的な法的義務としての本件負担の存在を認めることはできない。
イ したがって,原告らが寄附に応じたこと,そして,正本堂落慶祝登山等に参詣し,その際,正本堂で戒壇の大御本尊を礼拝する儀式に参加することが,受益の意思表示といえるか否かについて判断するまでもなく,被告Cに対する債務不履行に基づく損害賠償請求については理由がないし,被告らに対する不法行為等に基づく損害賠償請求についても理由がないというべきである。
3 信義則違反等について
原告らは,さらに,原告らと被告らとの間には契約類似の信頼関係があり,被告らの主導で集められた寄附により建設された正本堂を代償的措置を講じず,また,合理的な理由もなく解体することは,原告らの信頼を裏切る背信的な行為であり,原告らの期待的利益を侵害するものであると主張する。
しかしながら,上記2のとおり,原告らのなした寄附はB(建設委員会)に対するもので,原告らと被告らとの間には,法的な権利義務関係は何ら存在しない。原告らが,正本堂に戒壇の大御本尊が安置され,Cの本堂として,相当長期間にわたって維持,管理されるものと,そして,その名前が,正本堂に永久に保存されるものと考えていたとしても,これは,原告らの願望,期待に止まるもので法的に保護すべき具体的な権利とはいえず,正本堂の解体が,原告らの願望,期待を裏切るものであったとしても,被告らにおいて,被告Cの所有する正本堂を取り壊したことを違法ということはできない。
したがって,被告らに対する信義則違反等を理由とする損害賠償請求についても,理由がないというべきである。
4 結論
以上によれば,原告らの請求はいずれも理由がないから,これらを棄却することとし,主文のとおり判決する。
旭川地方裁判所民事部
裁判長裁判官 森富義明
裁判官 桃崎 剛
裁判官斉藤充洋は転補のため署名捺印することができない。
裁判長裁判官 森富義明
(別紙)
物件目録
1 所 在 a市b字ce番地f・g番地f・h番地f・i番地f・h番地j・k番地f・l番地f・m番地f・m番地j・n番地f・字do番地・p番地・q番地・r番地f
家屋番号 e番f
種 類 正本堂
構 造 鉄骨・鉄筋コンクリート造コンクリート屋根3階建
床面積 1 階 18925・53平方メートル
2 階 13293・85平方メートル
3 階 1186・02平方メートル
2 所 在 a市b字ce番地f・l番地f・s番地f・k番地f・k番地fz・h番地f・t番地f・i番地f・u番地f・u番地j・v番地図・a市b字dw番地・r番地f・p番地・o番地・x番地f
家屋番号 e番f
種 類 正本堂
構 造 鉄骨鉄筋コンクリート造コンクリート屋根銅板葺3階建
床面積 1 階 19075・93平方メートル
2 階 14184・14平方メートル
3 階 1186・02平方メートル
3 所 在 a市b字cy番地z
家屋番号 y番z
種 類 事務所
構 造 鉄筋コンクリート造コンクリート屋根平家建
床面積 375・07平方メートル
(別紙)
請求金額一覧表
(原告) (寄附額) (請求額)
1 I 50万1322円 150万3966円
2 J 33万7500円 101万2500円
3 K 15万円 45万円
4 L 10万1920円 30万5760円
5 M 7万5000円 22万5000円
6 N 2万5000円 7万5000円
7 O 1万2000円 3万6000円
8 P 2万7700円 8万3100円
9 Q 2万1000円 6万3000円
10 R 2万0500円 6万1500円
11 S 2万円 6万円
合 計 金129万1942円 金387万5826円
―横浜地裁横須賀支部、池田創価学会の謀略訴訟を排斥―
宗務広報916号
平成14年9月24日
創価学会員がかつて行った御供養に関し、正本堂解体を口実にして、その返還等を総本山大石寺に求める訴訟が全国多数の裁判所に提起されましたが、これら一連の訴訟のうち、横浜地裁横須賀支部(福島節男裁判官)に係属した事件に関し、本日、同裁判所は、創価学会員の請求を全面的に棄却する判決を言渡しました。
1 事件の概要
池田創価学会は、宗門攻撃の一環として、正本堂解体を口実にした訴訟を、全国の裁判所へ39件も分散して提起しました。本件はその中の横浜地裁横須賀支部に係属した事件です。
原告である創価学会員は、昭和63年から延べ11回に亘りなされた御供養について、この御供養には、これを永久に積み立て、その利息を正本堂の保守・維持・管理に使用するとの条件の合意が総本山大石寺との間であったが、大石寺が正本堂を解体したためその合意の履行が不可能になった、あるいは正本堂の解体は、信義則に反するものであり御供養をそのままにすることは不当利得であると主張して、御供養の返還を求めていました。
2 横浜地裁横須賀支部の正当な判断
福島裁判官は、「御供養に、一定の場合にはこれを返還するとか、寺院等が一定の義務を負うなど条件や負担が付されたり、信託契約が成立することは、一般的には考えにくいことと言わざるを得ない」とし、本件においても、「信託契約が成立しているとか、贈与であるとしても負担を伴うとか、あるいは解除条件付のものであるとは認め難い」と判断しました。更に信義則に基づく金員の返還請求については、「後に生じた事情を理由に、不当利得として返還を求めることはできないと解するのが相当である」として、原告の請求を棄却しました。
3 池田創価学会による謀略訴訟の方向明らかに
先行する横浜地裁の同種事件は、既に東京高裁で宗門側勝訴の結論が出ており、よって主張も証拠も同様である本件も控訴審の結論は明らかといえます。
本件判決によっても、正本堂解体を理由に不当な提訴をもって宗門を攻撃せんとした池田創価学会の目論見が、重ねて厳しく断罪されたといえましょう。
今後もいよいよ池田創価学会の不当提訴を追及して参ります。
―さいたま地裁支部判決―
―御講説法の「盗聴」断罪さる―
(『大白法』H14.10.1)
能安寺・水島公正住職の御講説法で、クロウ事件にふれた中の一部「失言」をとらえて、創価学会が水島住職らを訴えていた裁判で、去る8月28日、さいたま地裁川越支部は、創価学会側が恒常的に御講の説法を盗聴録音していたとの判決を下した。
創価学会の違法体質は、北条浩創価学会4代会長(当時・副会長)らによる宮本共産党書記長(当時)宅の電話盗聴事件が東京高等裁判所で確定していることからも知られている。
さらに今回、創価学会側の恒常的な盗聴が裁判所により認定されたこと、また、今、マスコミで大問題視されている、創価学会幹部ぐるみ(3名)によるNTTドコモの電話記録盗み出し事件など、創価学会は、社会的に実にそら恐ろしいまでの、日本にあってはならない邪悪な組織であることが、さらに明らかになった。
<悪宣伝と訴訟提起のために「盗聴テープ」を仕組む>
この判決で裁判所は、水島住職の御講での説法は、何者かにより「恒常的」に「盗聴録音」されていること、それは「失言を狙い、これを報道及び訴訟提起するなどして」、水島住職らの社会的地位の低下などの打撃を与える目的をもって「盗聴テープを仕組んだものである疑いをぬぐい切ることができない」と的確な認定をしている。
そして創価学会は、その盗聴録音テープを用いて、水島住職らを裁判被告の立場に立たせ、そのことを創価学会側の機関紙で報道し、水島住職らに訴訟外において「有形・無形の不利益を与えることをも目的としたものである」と、この裁判の本質を見抜いて、創価学会を断罪している。
<学会「悪事の再公開」を恐れて、控訴できず>
盗聴テープをもとに裁判を起こし、宗旨建立750年の慶祝に沸く宗門の布教を妨害せんとした池田創価学会の目論見ははずれ、裁判所の適正な判断により、かえって学会の邪悪な体質が暴かれる結果となった。
創価学会は、学会側にとってさんざんな裁判所の認定を覆すべく、その「名誉回復」のために控訴すべきところ、東京高裁で、創価学会の卑劣な行為が再びさらされることを恐れてか、控訴を断念した。しかし、よほど悔しいのか、秋谷を先頭に組織を挙げて、おぞましい限りの悪言をもって、会員だましの報道をくりかえしている。
なお、水島住職側は、判決内容において一部不満はあるものの、実質勝訴判決であるので、控訴は差しひかえた。
なお、この裁判で創価学会は、21万円余りの収入印紙を貼って謝罪広告と5000万円の損害賠償を請求していた。裁判所は、水島住職の「失言」について謝罪広告の必要を認めず、この「失言」による創価学会が受けた損害を、創価学会が負担した費用にも満たない、金5万円を限りとするのが相当であるとした。訴訟費用は1000分し、そのうち999を原告である創価学会が負担せよとの判決を併せて下した。
訴訟費用は敗訴側が負担するのが原則であり、裁判所は、1000分の999の割合で宗門側の勝訴としたのである。
―東京高裁―
―横浜地裁勝訴に続き、池田創価学会を断罪−
(『大白法』H14.8.1)
正本堂解体を口実に、創価学会員がかつて行った御供養を返還するよう求めていた事件の控訴審で、7月10日、東京高裁(江見弘武裁判長)は創価学会員の控訴を棄却し、総本山大石寺全面勝訴の判決を言い渡した。
1 原審(地裁)の判断
本件はさきに横浜地裁において審理され、同裁判所は、御供養とは信仰心の発露でなされるものであり、返還する等の条件や負担が付されたりするものではなく、原告創価学会員が行った正本堂御供養についても、正本堂解体によって返還されるという性質のものではないと認定し、大石寺側勝訴の判決を下した。
2 東京高裁の判断
この度の東京高裁判決は、原審の判断をそのまま採用するとともに、創価学会員の新たな主張に対しても、信徒が「宗教的信頼関係を抱いていた時期にした金銭的寄付につき、後に生じた事情の故に、不当利得として返還を求めることができるに至るものでもな」いと明快な判断を下し、創価学会員の主張をしりぞけて、大石寺全面勝訴の判決を言い渡した。
◇
創価学会員らは、正本堂解体を口実とした不当訴訟を、全国各地の裁判所に39件、分散提訴していたが、今回の東京高裁判決は、これらの訴訟の先駆として、今後の同種事件の帰趨を決する極めて大きな意義があるといえる。
今後とも、池田創価学会の不当訴訟には断固として臨み、ことごとく粉砕していく所存である。
―創価学会員による不当提訴1・2審に続き最高裁でも完全に粉砕―
(『大白法』H14.8.1)
最高裁は6月13日、藤原広行御尊師(札幌市仏見寺住職)を相手に創価学会員が起こしていた名誉毀損事件で、1・2審ともに敗訴していた創価学会員側の上告受理申し立てを受理しない決定を下した。
これにより藤原師の完全勝訴が確定した。
1 事件の概要
本件は、創価学会員が、北海道テレビ編集による宗門と創価学会の対立についての特集番組中に放送された藤原師のインタビュー発言が、創価学会員個人の名誉を毀損したと主張して、藤原師に対し、慰謝料など合計1100万円の支払いを求めていた訴訟である。
2 札幌地裁・札幌高裁の正当な判断
札幌地裁は、藤原師の発言は「何ら原告の名誉を毀損するものではない」と判断し、学会員の請求をしりぞけた。
この判決を不服とした学会員は札幌高裁へ控訴し、従前の主張に加え、新たなこじつけの主張を展開してきたが、札幌高裁はそれらの主張を一蹴し、1審判決を維持した。
しかし、学会員側はこの高裁判決にも懲りずに、さらなるこじつけの主張をもって、最高裁へ上告受理申し立てをしていた。
3 最高裁にて完全勝訴、池田創価学会の不当訴訟たる悪事をまたもや断罪
最高裁第1小法廷(深沢武久裁判長)は、裁判官5名全員一致の意見で、創価学会員の上告受理申し立てを、上告審として受理しない決定を下し、藤原師の完全勝訴が確定した。
池田創価学会は、この裁判を通じて創価新報等の学会機関紙を利用して大々的に宗門および藤原師に対する名誉毀損の悪宣伝をしていたが、この最高裁判決によって、その不当提訴となる悪事は完全に断罪されたものといえる。
宗務広報908号
平成14年6月18日
学会員らによる総本山を狙った不当訴訟を完全粉砕(東京高裁判決)
−労働事件に名を借りた池田創価学会の目論見は控訴審でも崩壊−
創価学会員らが構成する労働組合(富士宮ヒューマンユニオン)が、団体交渉を拒否されたなどとして総本山大石寺に対して損害賠償を請求していた事件の控訴審で、本日、東京高等裁判所(石垣君雄裁判長)は、原審判決を維持し組合側の請求をしりぞける、総本山側完全勝訴の判決を言い渡しました。
1 事件の概要
平成4年2月に創価学会員らによって結成された労働組合(富士宮ヒューマンユニオン)による団体交渉の申し入れに対し、大石寺側が誠実に対応し団体交渉を開催していたにもかかわらず、同年8月、組合側は、大石寺が団体交渉を拒否したとする不当訴訟を提起してきました。これについて昨年7月25日、原審の静岡地裁沼津支部は「労使双方の歩み寄りが困難となったことには、原告側にも応分の責任があった」として、組合側の請求を棄却する大石寺側完全勝訴の判決を下していました(宗務広報874号既報)。
2 東京高裁の判断
東京高裁は、原審判決の正当な判断を維持するとともに、労働事件においては、労働委員会に救済申立をするのが一般社会通念であるところ、ヒューマンユニオンが労働委員会に対する申立をすることなく、いきなり本訴を提起したことについて触れ、「控訴人の本件における団体交渉に臨む態度に問題があったとする原判決の前記説示は正当」として、労働組合側の交渉に臨む態度を問題視した原判決の姿勢を支持しました。
その余の控訴人組合の主張に対しては「もっぱら控訴人が原審においても主張してきたことの繰り返し」と判断し、組合側の主張を一蹴して、控訴を棄却する正当な判断を下したものであります。
3 今後とも、池田創価学会らによる不当訴訟には、断固とした態度で臨んでまいります。
以上
―仮執行宣言を付す厳しい制裁―
(『大白法』H14.7.1)
東光寺(岩手県久慈市)および法布院(愛知県東海市)を不法占拠していた離脱僧(大塚順妙・成田樹道)は、平成12年9月の最高裁判決にしたがい、同年10月および11月に各寺院を明け渡し、各寺院ともに日蓮正宗末寺としての正常な宗教活動を再開した。
現在、東光寺住職・渡瀬雄卓御尊師、法布院主管・舟橋雄雅御尊師のもと、それぞれ僧俗一丸となって、広布の大道をいよいよ邁進している。
しかし、離脱僧が各寺院を明け渡したとはいっても、束光寺と法布院は、これら離脱僧によって宗教活動を妨害され、いちじるしい損害をこうむったことは事実である。したがって、この間の損害賠償の支払いを求め、各寺院とも離脱僧に対し訴訟を提起していた。
このほど仙台地裁および名古屋地裁において判決が下され、大塚に対しては336万余円、成田に対しては2886万余円の損害賠償の支払いをそれぞれ仮執行宣言を付して命じた。
仮執行宣言とは、今回の裁判でいえば、賠償金の支払いが命じられても、仮に離脱僧らが今後控訴などをした場合、その支払いが先送りとなってしまうため、現時点で、それに見合う財産を取り上げてもよいということである。このことからも、裁判所の強い姿勢が伺われる。
池田創価学会に与する離脱僧が、日蓮正宗の末寺を不法に占拠し、その宗教活動を妨害した損害は、これら金員であがなうことは到底できないが、各裁判所が今回、賠償金の支払いを命じたことは、きわめて正当なものである。
また、今回の判決によって、これら離脱僧の画策がいかに悪質なものであるかが、改めて浮き彫りになったといえよう。
ともあれ宗門は今、宗旨建立750年慶祝記念法華講30万総登山に全勢力を傾注している。この大慶事の時にあたって、正邪の峻別は、いよいよ厳然と現れてくることを確信するものである。
―離脱僧・濱口寛正の違法行為に厳正な判断―
宗務広報857号 平成13年1月16日
東漸寺(青森県五所川原市)元住職濱口寛正は、昨年3月、青森地方裁判所が同人に東漸寺明渡を命ずる判決を下したことを不服として控訴していたところ、本日、仙台高等裁判所(武藤冬士己裁判長)も青森地裁判決を維持し、濱口の控訴を棄却しました。
1、濱口は、創価学会に与して宗派離脱と称し、宗制宗規および東漸寺規則を無視する違法行為に及び、その是正を命じる宗務院の命令にも全く従わなかったため、住職罷免処分に付されました。しかも、東漸寺に不法占拠し続けたので、建物明渡請求訴訟が提起されておりました。
2、1審青森地裁は、この濱口の違法行為を「専横」と評して厳しく断罪していたところ(宗務広報826号既報)、本日の判決で武藤裁判長も、先に確定した法布院最高裁判決を引用しつつ濱口の主張を全て斥け「原判決は相当で、控訴人の本件控訴は理由がないから棄却する」と結論付けました。
3、法布院・法乗寺・東光寺の各事件とも無事に寺院奪還したことに引続き、東漸寺でも、濱口を排除し、山本道山住職の下に、正常な日蓮正宗末寺の宗教活動を再開できる日が、いよいよ近付いております。
明年に追った立宗750年の大佳節を前に、東漸寺奪還の誓願を貫徹し共に広布の大道を歩める日まで、さらに鋭意積極的に取り組んでまいります。
以上
判例 平成14年01月22日 第3小法廷判決 平成12年(受)第1084号 墓石設置妨害排除請求事件
要旨:
いわゆる寺院墓地を経営する寺院が当該寺院の属する宗派を離脱した使用権者に対してその宗派の方式と異なる宗教的方式により墓石を設置することを拒むことができるとされた
事例
内容:
件名 墓石設置妨害排除請求事件 (最高裁判所 平成12年(受)第1084号 平成14年01月22日 第3小法廷判決 破棄自判)
原審 東京高等裁判所 (平成11年(ネ)第5410号)
主 文
原判決を破棄し,第1審判決を取り消す。
被上告人(学会員=注)の請求を棄却する。
訴訟の総費用は被上告人の負担とする。
理 由
上告代理人大室俊三,同馬場泰,同辻澤広子の上告受理申立て理由第2点,第3点について
1 原審の適法に確定した事実関係及び記録によって明らかな本件訴訟の経緯等は,次のとおりである。
(1) 上告人は,宗教法人日蓮正宗の被包括宗教法人であり,昭和38年,日蓮正宗の信徒及びその親族ら有縁者のために,本件墓地を開設し,維持,管理している。
(2) 被上告人は,昭和49年8月当時,日蓮正宗の信徒で創価学会員であったが,そのころ,本件墓地の使用を申し込み,上告人の承諾を得て,本件墓地のうちの1区画(本件墓地区画)の永代使用権を取得した。
その際,被上告人は,上告人との間において,本件墓地の使用については上告人の定める墓地使用規則によることを合意するとともに,日蓮正宗の定める典礼の方式に従って墓石を設置することを合意した。
(3) 被上告人は,昭和51年1月に母親が死亡した際,本件墓地区画に遺骨を埋葬したが,経済的理由から墓石を設置しなかった。
(4) 被上告人は,平成4年11月ころ,本件墓地区画に墓石を設置することを計画して石材店に墓石の製作を依頼し,平成5年4月,上告人代表者(住職)に対し,石材店から示された題目(「妙法蓮華経」の文字)を墓石の正面に刻した墓石(第1審判決添付「墓石図面」記載の様式の墓石。以下「本件墓石」という。)を設置したいと申し入れた。
これに対し,上告人代表者(正覚寺住職=注)は,本件墓地に設置する墓石には,上告人の住職である同人が書写した題目を刻する必要があると述べ,本件墓石を設置することにつき,承諾を与えなかった。
(5) 日蓮正宗が定める典礼の方式によると,墓石に刻する題目は墓地の属する寺院の住職が書写したものであることを要するとされている。他方,被上告人が本件墓石に刻することを希望している前記題目の文字は,日蓮正宗で使用されている「過去帳」に記載された「南無妙法蓮華経」の文字から「南無」の2字を除いて拡大したものであり,上記「南無妙法蓮華経」の文字は,日蓮正宗宗務院の執事であったA(故人)が書写したものである。
(6) 被上告人(学会員=注)は,上告人の住職の書写した題目を墓石に刻することを拒み,平成5年6月,上告人に対して,本件墓地区画に本件墓石を設置する権利を有することの確認等を求める本件訴訟を提起し,第1審係属中に日蓮正宗の信徒でなくなった。
(7) 被上告人が本件墓石の設置を求め,上告人の住職の書写した題目を墓石に刻することを拒んでいるのは,平成3年11月,日蓮正宗が創価学会に対して破門を通告するなど両者が対立関係にあることから,創価学会員である被上告人としては,日蓮正宗の方針に従っている上告人の住職の書写した題目を墓石に刻することは受け入れ難いと考えていることによる。
(8) なお,被上告人は,上記(6)記載の請求の外に,「B家之墓」との家名を刻した墓石を設置する権利を有することの確認を求める請求をしていたところ,上告人は,上告人の住職が書写した墓石でなくても,上記のような墓石ならば設置を認めてもよいとして,第1審の口頭弁論期日においてこの請求を認諾している。
2 本件は,被上告人が,上告人に対して,墓地の永代使用権に基づき,本件墓地区画に本件墓石を設置する権利を有することの確認と,設置を拒絶することの禁止又は設置を妨害することの禁止を求めている事件である(拒絶禁止請求と妨害禁止請求は選択的併合)。
3 原審は,上記事実関係の下において,次のとおり判示し,被上告人の請求(確認請求と拒絶禁止請求)を認容すべきものとした。
被上告人は,本件墓地区画に対する永代使用権を取得した際,日蓮正宗の典礼の方式に従って墓石を設置することに合意したが,この合意は被上告人が日蓮正宗の信徒でなくなったときには効力が及ばず,被上告人は,上告人との間で,信徒であった当時と同様の定めに従う旨の新たな合意をしない限り,日蓮正宗の典礼の方式に従う義務はない。もっとも,本件墓地は日蓮正宗の寺院墓地であるから,被上告人が墓石を設置する場合には,上告人の宗教活動を阻害したり,その宗教的感情を著しく損なうものであってはならない。ところで,本件墓石は,日蓮正宗の方式に沿わないものではあるが,おおむねこれに従っており,題目は住職の書写によるものではないが,刻される文字(「妙法蓮華経」)は同一であって,外形的に見ると日蓮正宗の墓石ともいえるほどである。本件墓石は,客観的に見る限り本件墓地内に異形のものを持ち込むものではないから,上告人にとって実質的な被害が生ずるとは考えられない。したがって,本件墓地区画に本件墓石を設置することは許容されるべきである。
4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
寺院が檀信徒のために経営するいわゆる寺院墓地においては,寺院は,その宗派に応じた典礼の方式を決定し,決定された典礼を施行する自由を有する。したがって,寺院は,墓地使用権を設定する契約に際し,使用権者が当該寺院の宗派の典礼の方式に従って墓石を設置する旨の合意をすることができるものと解され,その合意がされた場合には,たとい,使用権者がその後当該宗派を離脱したとしても,寺院は,当該使用権者からする当該宗派の典礼の方式とは異なる宗教的方式による墓石の設置の求めを,上記合意に反するものとして拒むことができるものと解するのが相当である。
これを本件についてみると,前記の事実関係によれば,本件墓地は,日蓮正宗に属する寺院である上告人が,信徒及びその親族ら有縁者のために経営する寺院墓地であり,被上告人は,本件墓地区画の永代使用権を取得するに当たり,日蓮正宗の定める典礼の方式に従って墓石を設置することに合意したものであるところ,日蓮正宗が定める典礼の方式によると,墓石に刻する題目は当該墓地が属する寺院の住職が書写したものであることを要するとされている。そして,被上告人が設置を求める本件墓石の題目は上告人の住職が書写したものではなく,また,本件墓石は宗教的方式によらないものとはいえないから,題目が外形上は上告人の住職の書写したものと類似していたとしても,本件墓石は日蓮正宗の定める典礼の方式とは異なる宗教的方式によるものであることが明らかである。そうすると,本件においては,上告人は,上記合意に反するものとして,被上告人が本件墓地区画に本件墓石を設置することを拒むことができるというべきである。したがって,これと異なる原審の前記判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,前記説示によれば,被上告人の本件請求はいずれも理由がないから,この請求を認容した第1審判決を取り消し,被上告人の請求を棄却することとする。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 奥田昌道 裁判官 千種秀夫 裁判官 金谷利廣 裁判官 濱田邦夫)
判例 平成14年02月22日 第2小法廷判決 平成11年(受)第1455号 建物明渡請求事件
要旨:
宗教法人の所有する建物の明渡しを求める訴えが法律上の争訟に当たらないとされた事例
内容:
件名 建物明渡請求事件 (最高裁判所 平成11年(受)第1455号 平成14年02月22日 第2小法廷判決 破棄自判)
原審 東京高等裁判所 (平成10年(ネ)第1026号)
主 文
原判決を破棄する。
被上告人の控訴を棄却する。
控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。
理 由
上告代理人青木康,同鰍澤健三,同横山弘美,同青木清志,同大塚章男,同當山泰雄,同末川吉勝,同高瀬博之,同古谷野賢一,同島田新一郎,同長谷部修,同法月正志,同石川勝利の上告受理申立て理由について
1 本件は,被上告人(※大経寺=宗門)が被上告人所有の第1審判決別紙物件目録記載の建物(大経寺=注、以下「本件建物」という。)を占有している上告人(※離脱僧・渡辺慈斎)に対し,本件建物の所有権に基づきその明渡しを求める訴訟である。被上告人は,被上告人を包括する宗教法人日蓮正宗の管長が上告人を大経寺の住職から罷免する旨の処分(以下「本件罷免処分」という。)をしたことに伴い,上告人が本件建物の占有権原を失ったと主張しているのに対し,上告人は,本件罷免処分は日蓮正宗の管長たる地位を有しない者によってされた無効な処分であると主張している。
原審の適法に確定した事実関係等は,次のとおりである。
(1) 大経寺は昭和41年4月に日蓮正宗の寺院として設立され,上告人が当時の日蓮正宗の管長細井日達から住職に任命され,その寺院である本件建物の占有を開始した。
(2) 大経寺は,昭和51年7月,法人格を取得して日蓮正宗に包括される宗教法人(被上告人)となり,同時に住職である上告人が被上告人の代表役員となった。
(3) 日蓮正宗においては,代表役員は管長の職にある者をもって充て,管長は法主の職にある者をもって充てるものとされ,法主は宗祖以来の唯授一人の血脈を相承する者とされているところ,細井日達が昭和54年7月22日死亡した後,阿部日顕(以下「阿部」という。)が,細井日達から血脈相承を受けたとして日蓮正宗の法主に就任したことを祝う儀式が執り行われ,日蓮正宗の代表役員に就任した旨の登記がされた。
(4) 平成2年12月ころから,日蓮正宗とその信徒団体である創価学会とが激しく対立するようになり,日蓮正宗は,平成3年11月28日,創価学会に対し破門通告をした。
(5) 上告人は,創価学会は日蓮正宗の教義を広めるに当たって多大の貢献があったし,今後も日蓮正宗の教義を広めるために創価学会が不可欠の存在であると考えていたところ,上記日蓮正宗と創価学会との一連の確執の中で,日蓮正宗の法主である阿部の在り方に次第に疑問を抱き,同人が血脈相承を受けていないと考えるに至り,宗祖日蓮大聖人の教えを守るとともに信徒の意思にこたえるために,被上告人と日蓮正宗との被包括関係を廃止しようと考えるようになった。
そこで,上告人は,日蓮正宗との被包括関係の廃止に係る被上告人の規則変更を行うために,平成4年10月17日,阿部の承認を受けることなく,創価学会の会員でない信徒の中から選定されていた責任役員3名を解任するとともに,新たに創価学会の会員である信徒の中から責任役員3名を選定した。そして,同日,上告人及び新責任役員により開催された責任役員会において,日蓮正宗との被包括関係の廃止に係る規則変更について議決がされ,日蓮正宗に対してその旨の通知がされた。
(6) 日蓮正宗は,日蓮正宗の代表役員の承認を得ることなくされた上記解任行為は違法無効であるとして,これをただすために上告人を召喚しようとしたが,上告人はこれに応じなかったので,上告人に対し,上記解任行為を撤回し,非違を改めるように訓戒した。しかし,上告人は,同訓戒にも従わなかったため,阿部は,平成5年10月15日付け宣告書をもって,上告人に対し本件罷免処分をした。
(7) 上告人は,神奈川県知事に対し,被上告人の規則の変更認証申請をし,同知事は,平成5年2月5日,これを認証したが,日蓮正宗等が審査請求をしたところ,文部大臣は,同年8月4日,同認証を取り消す旨の裁決をしたので,被上告人(※大経寺=宗門)は依然として日蓮正宗の被包括宗教法人にとどまっている。
2 原審は,次のとおり判断して,本件訴えを却下した第1審判決を取り消し,本件を第1審に差し戻した。
上告人は,日蓮正宗内にとどまりながら懲戒処分の効力を争っているのではなく,被上告人と日蓮正宗との被包括関係の廃止を求めているのであるから,日蓮正宗の法主がだれであるかについて利害関係は認められない。本件訴訟の本質的争点は,上告人が,被上告人と日蓮正宗との被包括関係を廃止するために,日蓮正宗の代表役員の承認を受けることなく責任役員を解任し,新たに責任役員を選任した上で行った被上告人の規則変更の効力の有無にあり,その判断は,阿部が血脈相承を受けたか否かという宗教上の問題とは関係なく行うことができる。したがって,本件訴えは法律上の争訟に当たる。
3 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
本件においては,日蓮正宗の管長として本件罷免処分をした阿部が正当な管長としての地位にあったかどうかが本件罷免処分の効力を判断するための争点となっており,本件罷免処分の効力は,被上告人の請求の当否の判断の前提問題となっている。そして,日蓮正宗においては,前記のとおり,管長は法主の職にある者をもって充てるものとされているから,本件罷免処分の効力の有無を決するためには,阿部が日蓮正宗においていわゆる血脈相承を受けて法主の地位に就いたか否かの判断が必要であり,阿部が血脈相承を受けたか否かを判断するためには,日蓮正宗の教義ないし信仰の内容に立ち入って血脈相承の意義を明らかにすることが避けられない。このように,請求の当否を決定するために判断することが必要な前提問題が,宗教上の教義,信仰の内容に深くかかわっており,その内容に立ち入ることなくしてはその問題の結論を下すことができないときは,その訴訟は,実質において法令の適用による終局的解決に適しないものとして,裁判所法3条にいう「法律上の争訟」に当たらないというべきである(最高裁昭和51年(オ)第749号同56年4月7日第3小法廷判決・民集35巻3号443頁,最高裁昭和61年(オ)第943号平成元年9月8日第2小法廷判決・民集43巻8号889頁参照)。
そうすると,被上告人の本件訴えが「法律上の争訟」に当たるとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。したがって,原判決は破棄を免れない。本件訴えを却下した第1審判決の結論は正当であって,同判決に対する被上告人の控訴はこれを棄却すべきである。
よって,裁判官河合伸一,同亀山継夫の各反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
裁判官河合伸一の反対意見は,次のとおりである。
1 裁判所は,憲法に特別の定めのある場合を除き,一切の法律上の争訟を裁判する権限を有するのであるが,この権限は,憲法の保障する裁判を受ける権利と表裏をなすものである。そして,裁判を受ける権利は,基本的人権であり,基本権の基本権ともいわれるものであって,この権利が十全に保障されることは,我が国の社会秩序の基盤を形成するものである。したがって,裁判所の上記権限は,同時に憲法上の責務でもあって,裁判所は,憲法に基づく制約のない限り,すべての法律上の争訟について裁判し,これを解決しなければならない。
法律上の争訟とは,当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であって,かつ,それが法令の適用により終局的に解決することができるものを意味する。本件は,被上告人が,その所有する建物を占有する上告人に対し,明渡しを請求する事件であるから,上記要件の前段を充たしていることは明らかである。このような事件について裁判所が裁判による解決を拒絶するならば,所有者としては,自力救済も許されず,自己の所有権の侵害に対してなすすべがなく,占有者としても,自己の占有ひいては生活関係の安定を得られないままとなり,さらには関係社会にもさまざまな支障が及びかねない。たしかに,本件には,上記要件の後段に関し,多数意見の指摘する問題がある。しかし,私は,その問題にかかわらず,本件の紛争を裁判によって終局的に解決することが可能であると考え,多数意見に反対するものである。
2 本件においては,阿部の日蓮正宗管長としての罷免処分権限の有無が,被上告人の本訴請求の当否を決する前提問題となっている。すなわち,日蓮正宗において住職の罷免の権限を有するのはその管長であり,管長は法主の職にある者が充てられるところ,上告人は,阿部は宗規に基づく法主の選定を受けておらず,したがって,本件罷免処分をする権限を有しないと主張しているのである。
記録によれば,日蓮正宗における法主の選定は,血脈相承によってされること,血脈相承とは,宗祖日蓮以来代々の法主に伝えられてきた特別な力ないし権能を,現法主が次の法主となる者に口伝及び秘伝によって伝授する宗教的行為であること,血脈相承がそのようなものであることは,同宗の信仰及び教義の核心をなしていること,そして,本件の当事者はいずれも,これらの点において特に認識を異にするものではないことがうかがわれる。
日蓮正宗における法主選定行為の性質がこのようなものであるとすれば,裁判所としては,その行為の存否ないし効力の有無を判断することができない。それを判断するためには,血脈相承についての日蓮正宗の信仰ないし教義として何が正しいかを判断した上,その正しい信仰ないし教義にかなった行為があったか否かを判断しなければならないが,そのような判断は,法令の適用によってすることができるものではないからである。
3 また,憲法は,同じく基本的人権として,信教の自由を保障しているが,この自由の中には,いかなる信仰ないし教義をもって正しいとし,人のある行為又は事実がその信仰ないし教義にかなうものであるか否かの判断(以下「宗教的判断」という。)をする自由が含まれることは明らかである。そして,信教の自由は,自然人のみならず,法人ことに宗教法人ないし宗教団体(以下「宗教団体」という。)も享有するものと解される。したがって,ある宗教団体において,ある行為又は事実についての宗教的判断が定立されている場合には,国の機関たる裁判所は,公序良俗に反するなど格別の事由のない限り,その判断を信教の自由に属するものとして尊重しなければならず,自ら信仰の内容あるいは教義の解釈に立ち入って,独自の判断をすることは許されない。
阿部が日蓮正宗の信仰及び教義にかなう血脈相承を受けていたか否かの争点につき,裁判所が法令の適用によって判断することができないことは前項で述べたが,さらに,もしこの点について日蓮正宗としての宗教的判断が定立されているとすれば,上記の理由により,裁判所は,それについて自ら判断することが許されないことにもなるのである。
4 しかしながら,これらのことは必ずしも,本件紛争を裁判によって解決することができないとの結論に直結するものではない。
信教の自由に対する憲法の保障として,裁判所が,ある宗教団体の前記の意義での宗教的判断を尊重しなければならないということは,単にその内容に介入しないとの消極的意味にとどまらず,さらに,法律上の争訟について裁判するに当たって,その宗教的判断を受容し,これを前提として法令を適用しなければならないことを意味するものというべきである。けだし,宗教団体は,純粋な宗教活動のみならず,その宗教活動のための財産を所有管理し,さらにはこれらのための事業を行うなど,一般市民法秩序にかかわる諸活動をすることを認められている。宗教団体のこれらの活動から生じる具体的な権利義務ないし法律関係の紛争において,当該団体が信教の自由の行使として定めた宗教的判断が裁判所によって受容されず,その宗教的判断を前提とする紛争の終局的解決を得られないとすれば,当該団体は,たとえば本件に見るように,市民法上の法律関係において不安定ないし不利な状況のまま放置され,あるいは,自己の宗教的判断と矛盾する法律関係を強制されることになりかねない。それでは,憲法が信教の自由を保障した趣旨に反すると考えられるからである。
5 これを本件についてみると,記録によれば,昭和54年に,阿部が前法主から血脈相承を受けた者として法主に就任したことが日蓮正宗の諸機関において承認され,公表されたこと,それ以来,本件罷免処分がされるまでに14年余を経過したこと,その間,阿部は終始同宗の法主兼管長として行動してきたことが認められる。
これらの事実によれば,本件罷免処分当時には,日蓮正宗において,阿部が前法主から血脈相承を受けて法主に選定された者であるとの宗教的判断が定立されていた可能性があると推認することができる(注)。そして,同宗の宗教的判断としてそのような判断が定立されていたか否かは,裁判所が事実認定に関する法則を含め,法令を適用して判断することができる事柄である。したがって,1審としては,その点について審理し,もし,本件罷免処分時において日蓮正宗のそのような宗教的判断が定立されていたと認定できるならば,阿部が同宗の法主であったことを前提として,その余の点について審理を進め,法令を適用して本案判決をするべきであった。
しかるに,1審は,阿部についての血脈相承の有無を審理判断することができないことから直ちに,本件紛争が法令の適用による終局的解決に適さず,法律上の争訟に当たらないとしたが,これは,結局,法令の解釈適用を誤り,ひいては審理不尽の違法をおかしたものであって,取消しを免れない。原審の判断は,結論において正当であり,上告は棄却すべきものである。
注 ある事柄に関する宗教的判断をめぐって,宗教団体の内部が大きく分裂し,異端紛争となっているような事案では,裁判所として,団体の宗教的判断が何であるかを認定し得ないのみか,認定すべきでない場合もあり得るであろう。けだし,そのような事案で,裁判所があえて一方の宗教的判断をもって団体の判断とし,他方を排除することが,憲法が裁判所に要求する宗教的中立性保持のために,許されない場合があり得るからである。いかなる事案がその場合に当たるかは,いずれも憲法が裁判所に求める前記責務とこの宗教的中立性保持の義務との調和の観点から,個々の事案ごとに決しなければならない。たとえば,多数意見が引用する最高裁第2小法廷平成元年9月8日判決の事案はこれに当たると考えられる。これに対し,本件事案は,記録による限り,そのような場合に当たるとは考えられない。すなわち,本件は,上記最高裁判決の事案とは事実関係を異にするものというべきである。
裁判官亀山継夫の反対意見は,次のとおりである。
私は,河合裁判官の反対意見(以下「河合意見」という。)に同調するとともに,事案にかんがみ,若干付言したい。
裁判を受ける権利が国民の基本的人権を守るための最も基本的な権利であり,これを十全に保障することが裁判所の重大な責務であることは,河合意見の説くとおりである。また,信教の自由を存立の基盤とする宗教団体の存在とその社会的活動が是認されている以上,そのような宗教団体についても信教の自由が保障されなければならないこともいうまでもない。
信教の自由も裁判を受ける権利によって守られるべき権利である上,宗教団体は,信仰を基盤としつつ,その構成員あるいは団体外の第三者との間にも広く,かつ多種多様な世俗的法律関係を作り出していくものであるから,このような宗教団体の宗教的判断に基づく種々の行動等の存否ないし当否について信教の自由に対する不介入の名の下に裁判の回避が安易に認められるならば,宗教団体自身の信教の自由が保障されないことになるおそれが大きいことになるのみならず,宗教団体の宗教的判断を前提とする紛争については,およそ裁判による解決を得られないという事態を招きかねず,当該宗教団体やその構成員のみならず,これらと関わりを持つ一般人のすべてにとって,法的に著しく不安定な状態を招来することになるのであって,裁判所の上記責務に著しくもとるものといわなければならない。したがって,上記のような理由による裁判の回避は,ある宗教的判断の当否を直接判断する結果,内心の意思に反する宗教的判断を公権力によって強制することとなるような場合,あるいは,争いのある宗教的判断の一方に裁判所が軍配を揚げたと受け取られざるを得ないため,裁判所の宗教的中立性に疑念を抱かせるおそれが強いような,極めて限局された場合にのみ許されるべきものである。多数意見が引用する最高裁第2小法廷平成元年9月8日判決が,「(懲戒処分の)効力の有無が当事者間の紛争の本質的争点をなすとともに,(中略)その判断が訴訟の帰趨を左右する必要不可欠のものである場合には」裁判の回避が許されるとしているのもこのような趣旨と理解されなければならない。
これを本件についてみると,記録によれば,阿部は昭和54年に前法主から血脈相承を受けた者として法主に就任し,その旨が日蓮正宗の諸機関において承認され,公表されたこと,それ以来,本件罷免処分がなされるまでに14年余が経過し,その間,阿部は対内的にも対外的にも終始日蓮正宗の法主・管長として行動してきたことが認められる。さらに,本件に先立つ昭和55年ころにも,日蓮正宗内部において創価学会との関係をめぐって対立が生じ,当時阿部の採っていた同学会との協調路線に反対する一派の僧侶から同人が血脈相承を受けたことを否定する主張がなされ,これに基づく訴訟も提起される事態になったが,上告人(※離脱僧・渡辺慈済)は,当時このような主張にくみすることなく,かえって阿部が法主であることを前提とした積極的な活動を続けてきたことが認められる。また,平成2年末ころ,創価学会との対立路線に転じた日蓮正宗の方針に反対して同宗からの離脱を企図した住職等に対し同宗が寺院の明渡訴訟を提起した事件は,本件訴訟を含めて16件あるが,そのうち,阿部によって任命された住職に係る13件においては阿部の血脈相承を否定する主張がなされていないことも認められる。
以上のような事実を総合的に考察するならば,上告人(※離脱僧・渡辺慈済)は,阿部ら日蓮正宗執行部が創価学会との対立路線に転じたことに反発し,たまたま上告人が阿部の前法主から任命されていたために阿部の法主たる地位を争っても自己の住職たる地位を否定することにはならないことを奇貨として,阿部の法主たる地位を争っているに過ぎず,本件訴訟において阿部が血脈相承を受けた法主であるか否かが当事者間の紛争の本質的争点をなすものとはいえないことが明らかである。したがって,本件は,上記最高裁判決とは事案を異にするものであって,この点が争点となるとしても,河合意見が説くところに従って判断すれば足りることになるのであるが,それ以前に,本件において,上告人(※離脱僧・渡辺慈済)が阿部の血脈相承を否定する主張をすることによって訴えの却下を求めることは,上記のような事情の下にあっては,訴訟を回避するために便宜的に争点を作出したとも見られるものであって,信義則違反ないし権利の濫用として許されないものというべきである。けだし,このような主張を認めることは,阿部を法主と認めて世俗的な法律関係を結んだ第三者が,後になって阿部の血脈相承を否定することによって訴えの却下を求めることと本質的に何ら変わるところがないからである。
以上の次第であるから,本件においては,裁判所としては,阿部の血脈相承の有無に関する主張の判断に入ることなく審理を進めれば足りたのであり,1審判決はこの点において違法といわざるを得ないから,原判決は,結論において正当である。
(裁判長裁判官 福田 博 裁判官 河合伸一 裁判官 北川弘治 裁判官 亀山継夫 裁判官 梶谷 玄)
(院第2346号/『大日蓮』H6.1)
宗内一般
平成5年12月2日
日蓮正宗宗務院 印
去る(平成5年)9月7日、最高裁判所第3小法廷において、いわゆる正信会と称する者らが、日顕上人猊下に対して、管長・代表役員の地位不存在確認の本訴を提起していた訴訟について、その訴えを却下(門前払い)する旨の判決が下されました。これにより、宗門側の全面勝訴が確定しました。
すでに周知のとおり、昭和58年3月30日に静岡地裁において彼らの訴えを却下する第1審判決が下され、さらに、昭和60年11月21日には東京高裁でも地裁の判決を支持する控訴棄却の判決が下されました。
しかし、正信会と称する者らは、この判決に不服を噌えて、最高裁に上告していたものであります。
いわゆる正信会と称する者らは、昭和55年8月、御法主日顕上人猊下およびその御意を受けた宗務院の度重なる説得・中止命令を無視して「第5回全国檀徒大会」なる会合を強行開催しました。これに対し、宗門は、宗内秩序維持のため、やむを得ず、その主催者らを住職罷免を含む懲戒処分に付したのであります。
ところが、住職罷免となった5名の者が、その地位を回復するための訴訟(5人訴訟)を提起してきました。
そして、その訴訟の中で、彼らは、当初は日顕上人猊下を管長として認めていたにもかかわらず、訴訟が不利と見るや、突然、懲戒権限自体を争うために日顕上人猊下が管長の地位にないなどと主張をし始めました。これとあわせて、正信会と称する者らが、昭和56年1月、日顕上人猊下に対する、管長・代表役員の地位不存在確認の訴えを静岡地方裁判所に提起してきたのが本件訴訟であります。
彼らは、山崎正友が、昭和55年11月20日号の『週刊文春』に掲載した手記(日顕上人が先代日達上人から血脈相承を受けていたという事実には疑義があるとしている)を契機にして、血脈相承を否定する異説を噌えだしたのであります。
このような経過からも、正信会と称する者らが、本件訴訟において日顕上人猊下の地位を否定する理由が、為にする全くの思い付きであることは明白であります。
しかし、その主張が本宗の命脈中の命脈たる金口嫡々唯授一人の血脈相承を否定する異説・謗法であることはいうまでもありません。
本件訴訟において、宗門は、当初より、@そもそも、いわゆる正信会と称する者らには、管長・代表役員の地位を争う資格(これを「原告適格」といいます)がないこと、A法主の地位は血脈相承という高度に宗教上の行為によって承継されるものであり、その存否の判断は、教義・信仰に深く立ち入ることなくしてはなし得ず、したがって、本件は裁判所の判断に親しまないものであること(これを「法律上の争訟性がない」といいます)の2点を理由として、本件訴訟は裁判所が実質的に審判すべきではなく、いわゆる門前払いの却下判決をすべきである、という主張をしてきました。
これに対して、静岡地裁における第1審判決は、Aの法律上の争訟性がないとの主張を認め、却下判決を下しました。しかし、この判決を不服とする正信会と称する者らは、東京高裁に控訴しましたが、東京高裁では、@の原告適格がないという主張を認めて却下の結論を下しました。
今回の最高裁判決では、こうした宗門側の主張が全面的に認められ、「本件訴えは、結局、いずれも法律上の争訟性を欠き、不適法として却下を免れない。したがって、本件訴えを却下すべきものとした第1審判決は相当である」として、正信会と称する者らの訴えを『門前払い』する却下判決を下したのであります。
そもそも日蓮正宗においては、御法主上人の資格が血脈相承によって承継されるものであることは宗門人の常識であります。また、日顕上人が日達上人から血脈相承を受けられ、第67世の御法主に就任されたことは明確であります。
今回の判決によって、正信会と称する者らの行為が、信仰上はもちろん、法律上からも理不尽なものであることが確定したのです。
また、最高裁に上告されていた異説訴訟・5人訴訟も、蓮華寺訴訟の最高裁判決の影響で、7月20日・9月7日・11月25日に宗門側および元住職(擯斥僧)ら双方の訴えがすべて却下されました。
すなわち、これらの訴訟は、宗教上の教義事項が深くかかわるため、裁判所が法律をもって解決することはできないとして、各訴えについて何らの判断を示すことなく、門前払いにしたものであります。
しかしながら、この却下によって、元住職(擯斥僧)らが本宗僧侶たる地位を回復する途が法的にも完全になくなり、彼らの代表役員の地位も認められないことが確定したのです。
遺憾ながら、これらの寺院においては、元住職らによる不法占拠という状態が今後も続くことになりますが、宗門としては、各寺院が1日も早く正常な日蓮正宗寺院として本来の活動ができるよう、今後とも努力してまいります。
宗内各位には、ますます気を引き締め、信心を根本に、御法主上人猊下の御指南に随順して、更に御奉公の誠を尽くされますようお願いいたします。
以上