公明党破折
理念なき御都合主義
―本音(権力欲と名誉欲)と建前(平和主義・人道主義、広布達成のため等)の間で―
公約の反古は当たり前、政治理念もコロコロ変わるカメレオン政党 その「心」は?

[国民・新会員向け建前]
「庶民の党」「清潔で公正」「世界平和主義」(公明党公式サイトより)
政教分離→会員の政治活動は自由

[会員向け建前]
政治活動は広布の戦いの一環。だから、選挙で公明党を支援することは仏道修行であり、功徳がある。

[ホントの本音]
「権力奪取」(池田の権力欲の充足)
→池田自身が『身延相承書』で説くところの「国主」または『観心本尊抄』で説くところの「賢王」となって広布を達成する、あるいはその師匠=国師となるという「宗教的権威」の獲得という側面もある。これは、上記会員向け建前とも合致

池田先生をお守りするための党(元公明党委員長・矢野絢也『週刊新潮』H22.3.11)

●創価学会・公明党には、(中略)時代と民衆の要望を口実として、どのような原則をも状況次第によっては変えるという政治的作為の論理が、いつもその底流にあるといわなければなるまい(藤原弘達『創価学会を斬る』)
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イラク派兵に対する公明党の態度と照らし合わせてみて、この指摘はあまりに的を射ていたと言えまいか。(参議院議員・平野貞夫『月刊現代』H16.5)

●違和感を覚える学会員がいても、変化を進化と捉える上層部が、「お前たちの言うことは時代遅れだ」と説得すれば、結果的にそれに従うのです。教団では、上層部の指導に従わないと自分の人生を「全否定」することになる。創価学会員は自分で自分を説得するのです(公明党三役経験者発言『文藝春秋』H15.8)
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コロコロと政策や政治行動が変節する公明党。それでも学会は公明党を支持し、学会員は学会組織の指示に従う。宗門から破門された学会は、これまで宗旨の根本と会員に教えてきたことを完全に否定した。それでも、多くの学会員が学会についてきた。宗教的信念さえ、簡単に捨て去る学会員であれば、公明党の変節など、取るに足りない些事なのであろう。かつて佐高信氏は「公明党は自民党の"下駄の雪"」と評したが、学会員は学会(池田大作)の下駄の雪である。



「総体革命」と自公連立/溝口敦=ジャーナリスト『フォーラム21』H15.12.1

池田大作が政治を「従」から「主」に置きかえて創価学会は変質した/古川利明著『カルトとしての創価学会=池田大作』
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集団的自衛権 公明の容認方針 理屈の通らない変節だ/『北海道新聞』H26.6.29

公明党はいつから「自民のポチ」になったのか/『フライデー』H26.1.31

尖閣諸島問題で公明の日和見が露呈/『慧妙』H22.10.16

八方美人でいくしかない公明党/元公明党委員長・矢野絢也『週刊新潮』H22.3.11

よ党?や党?それとも「ゆ」党?/<産経ニュース>H21.10.30

公明代表「民主に協力やぶさかでない」/<asahi.com>H21.9.9

公明党新体制 生活・平和の原点に戻れ/『毎日新聞』社説H21.9.8

組織防衛のために政権に身を置く/社説『毎日新聞』東京朝刊H20.9.24

権力に加わることのみが連立の目的/『朝日新聞』H19.9.20東京朝刊・社説

公明党 「イカンザキ」でしたか/『朝日新聞』社説H18.9.19

公明党 余りに筋違いの取引だ/『朝日新聞』H17.12.7

党是よりも「現実路線」を優先/『共同通信ニュース速報』H16.11.14

左右から疑問視される「コウモリ」政党/『読売新聞』社説H16.8.27・『朝日新聞ニュース速報』H16.8.30

公明党―与党でいるのはなぜ/『朝日新聞ニュース速報』H15.7.3

公明党―なりふり構わず同日選回避/『共同通信ニュース速報』H15.6.28他

政治献金緩和 不可解なのは公明党の態度/『朝日新聞ニュース速報』H15.6.13・『毎日新聞ニュース速報』社説H15.6.13

平和と人権を捨てた公明党と創価学会/『週刊金曜日』H15.6.13

『週刊新潮』鵜呑みにする!?公明党/『読売新聞ニュース速報』H15.5.13

メンツ重んじ埋没恐れる公明党/『毎日新聞ニュース速報』H15.5.13

公明党に難題、軍事行動は支持したが復興支援では?/『読売新聞ニュース速報』H15.4.7

医療費負担増で公約違反/『産経新聞』H14.3.13・『しんぶん赤旗』H15.2.23

与党か学会か、米のイラク攻撃支持で公明板挟み/『読売新聞』H15.2.17

理念なきバーター政治/平沢勝栄・衆議院議員『諸君!』H15.2

旗幟鮮明にせず、最終的に強い方につく/『毎日新聞』H15.1.14

立党の原点/竹入義勝・公明党元委員長『朝日新聞』H10.9.18

左右に揺らぐ路線/『朝日新聞』S59.11.13

池田の策略とウソ/『週刊現代』S48.4.12/『朝日新聞』S63.10/『妙教』H12?

全体主義から社会主義まで



池田大作が政治を「従」から「主」に置きかえて創価学会は変質した

(古川利明著『カルトとしての創価学会=池田大作』5頁〜)

 創価学会が政治の場に進出するのは、第2代会長・戸田城聖の時代である。
 戸田城聖という人物も、池田大作と同様、矛盾の塊のような人間で、正確な評価をつかみとることは非常に難しい。その山師を彷彿(ほうふつ)とさせる事業家としての生々しい顔は、宗教者としてのそれとはあまりにもかけ離れており、実際のところ、現在の池田大作のルーツは、実は戸田城聖の中に胚胎していたといってもいい。しかし、戸田は「王仏冥合」という、政界進出するにあたって当初掲げていた理想の「旗」の中に、宗教者としての「志」は、池田と違って最後まで抱え持っていたと思う。
 「王仏冥合」とは、「王法」、つまり、現実の「政治」を実践していくためには、そのバックボーンに「日蓮仏法の理念」を持ってくることが必要だということで、あくまで戸田の中では宗教が「主」であり、政治は「従」でしかなかった。そのギリギリのところで打ち出したのが、「宗教団体が力を行使する政治的限界は地方議会、せいぜいは参議院止まり。そして、創価学会は政党を作らない」という一線だった。

 しかし、戸田の後を次いで1960(昭和35)年に第3代会長に就任した池田は、こうした師匠の方針も反故にし、都合のいい部分だけ戸田の権威を利用することで、なりふり構わず「天下取り」へと突き進むことになる。それが、公明党の創設であり、衆議院への進出であった。
 そして、冷戦構造の崩壊を機に、自民党の一党支配が崩れ、この国の「真の支配権力」が、体制護持のための「補完物」を求めていたときに、ここぞとばかりにスルスルと権力の中枢に入り込んでいったのが、「反戦・平和」の仮面をかなぐり捨てた「公明党=創価学会」だった。
 昨年(1999年)、あれよあれよという間に成立した「自・自・公」の本質が、「ファシズム」であり「全体主義」であるとするなら、その淵源にある最大の陥穽(かんせい)であり、究極の暗部とは「公明党・創価学会」(=池田大作)の存在であろう。
 それは、例えば「自・自・公」から「自・公(・保)」の流れに向かう中で、池田大作の"忠実な犬"と化した自民党幹事長の野中広務が、総選挙直前の2000年4月に「野党応援と自・公批判は厳禁」という前代未聞の通達を出したことに象徴されている。







八方美人でいくしかない公明党

(元公明党委員長・矢野絢也『週刊新潮』H22.3.11抜粋)

【組織防衛路線】
 (前略)公明党の路線について学会の本部職員は、「どの政党にも憎まれないように八方美人でいくしかない」と解説する。そこで公明党も涙ぐましい苦労をしている。長年、連立を組んだ自民党を疎んじ、今まで「仏敵」と散々悪口を言っていた民主党に露骨にラブコールを送る。自民党の国対幹部は、「公明党は冷たいなあ。自公政権の時は強引に政策や国会対策を先導すらしたのに」と憤っている。
 公明党の山口那津男代表は2月24日、首相官邸に鳩山首相を訪ね介護政策の提言をした。首相は愛想よく「大いに参考にしたい」と応じ、すぐに長妻昭厚生労働相に検討を指示。また、山口氏が政治資金規正法改正に向けた与野党協議機関の設置を求めると、首相は「民主党として早急に立ち上げたい」と応じた。
 民主党幹部はこう笑う。「公明党は勝手に民主党にすり寄っている。政治とカネの問題で苦慮する首相としては、政策問題だけで野党を分断できるのはもっとも望ましい形。こんな結構なことはない」。また、小沢側近議員は「参院選で民主党が過半数を取れば公明党さんは必要ない。公明が非自民のスタンスなら邪険にはしませんけれど」と余裕たっぷりだ。
 これは逆に「参院選で民主党の過半数獲得を阻止しなければ、公明党の出番はない」(公明党首脳)ということで、「そのために自公選挙協力はできない。民主党のご機嫌を損なうのが怖い。政治とカネで世論の逆風が強まり、民主党が自滅することを期待したい」(同幹部)と虫のいいことを言う。一方で、別の公明党議員は「恥も外聞も捨てた組織防衛路線」と吐き捨てる。あれもこれも詰まるところ、政教一致が原因なのだ。





公明代表「民主に協力やぶさかでない」

―鳩山代表と会談―
(<asahi.com>H21.9.9)

 公明党代表に就任した山口那津男氏は9日、民主党の鳩山代表と国会内で会談し、民主党がマニフェストに掲げた子育て支援や地球温暖化対策などについて「協力はやぶさかではない」と伝えた。総選挙の歴史的敗北を受けて自民党とは一線を画し、民主党政権と是々非々で対応していく姿勢を鮮明に示した。
 会談では鳩山氏が「選挙で政策を戦わせたとはいえ、一致できるところはご協力を願いたい」と要請。山口氏は「我が党の主張してきたことと方向性が同じものについてはやぶさかではない」と応じた。山口氏によると、両党の公約で温室効果ガス排出削減の中期目標が「90年比25%削減」で一致することが話題になり、子育て支援策についても協力を求められたという。
 一方で、公明党は自民党と距離を置き始めた。山口氏は9日のラジオ番組で自公連立について「今までの環境を前提にしたものが続くことはもうあり得ない」と明言。「連立で妥協する面があり、公明党のアイデンティティーが分かりにくくなった」とも述べ、自民党に譲歩を重ねてきたことが公明党の独自性を失わせたとの認識を示した。
 ただ、民主、社民、国民新の3党連立に対しては批判的だ。社民党が求める日米地位協定の見直しなどが連立合意に盛られたことについて「日米関係へのマイナスの影響を強く懸念する。外交安保政策は政権が代わっても基軸が揺らぐことがあってはならない」と記者団に強調した。





公明党新体制 生活・平和の原点に戻れ

(『毎日新聞』社説H21.9.8)

 公明党は、山口那津男政調会長(参院議員)を代表に、井上義久副代表(衆院議員)を幹事長とする新体制を発足させる。同党は、衆院選で太田昭宏代表ら幹部が落選、小選挙区の議席がゼロとなり、衆院に初進出した1967年以来、最低の21議席にとどまる惨敗に終わった。新体制の最大の課題は、来年夏の参院選に向けた党の立て直しだ。
 最初にとりかかるべき課題は衆院選の敗因分析だが、自民党への逆風のあおりを受けたことは間違いない。今後のスタンスを決めるにあたり「自民党との距離」が大きなテーマにならざるを得ない。また、10月の臨時国会を皮切りに野党としての対応も問われることになる。
 そこで、再出発を期す山口新体制に、2つの注文をしておきたい。

 1つは、自民党との連立10年間のきちんとした総括である。あっせん利得処罰法をリードし、発達障害者支援法の成立などで貢献したのは事実である。外交・安全保障分野では、武器輸出三原則の見直しに反対し、自衛隊の海外派遣を恒久化する法案の議論でも慎重な姿勢を取った。
 しかし、小泉構造改革の下で進んだ格差社会やイラク戦争への対応などで、「生活者の党」「平和の党」として十分な存在感を示したかどうかには疑問もある。いずれも最後は自民党に同調し、同党から「踏まれてもついてゆきます下駄(げた)の雪」と揶揄(やゆ)する声が聞かれた時期もあった。
 連立を組んでから4回の衆院選では、多くの小選挙区で自民党候補を応援し、同党の集票構造に深く組み込まれたことによる弊害も小さくない。選挙協力を通じて発言力を増した公明党が、政策の一致点が多い福田康夫首相の政権末期に「福田降ろし」を主導しようとしたのは、政策より選挙を優先させた結果だった。
 10年間の総括は、今後の公明党の行方を占う試金石となる。

 もう1つの注文は、民主党中心の鳩山政権への対応である。強力な支持母体・創価学会との関係は、同党の強みであると同時に、過去、他党からの批判にさらされる場面もあった。このことが公明党の「与党志向」を強めたとの指摘さえある。しかし、新政権に対しては、政局対応を排し、あくまで政策本位で対処すべきである。
 マニフェストを見る限り、公明党の政策は、国内課題についても、外交テーマにおいても、民主党の政策と近似性が高い。新政権の方針に対しては、是は是、非は非と明確にして臨んでもらいたい。
 公明党は、依然として衆参両院で第3党の勢力を持つ。主張する政策の優先順位をつけ、国民に明確なメッセージを発信することで、存在感を発揮できるに違いない。


公明党 平和・福祉の理念生かせ

(『信濃毎日新聞』H21.9.9抜粋)

 公明党は人間主義を掲げ、平和・人権・生活・福祉・環境を理念としてきた。この理念を現実の政策として実現する努力をどこまで傾けたのか。ここから検証しなくてはならない。
 小泉政権では、イラクへの自衛隊派遣に協力した。靖国神社の問題では、煮え切らない態度に終始した。国民投票法の制定、教育基本法改正を実現した安倍政権のとき、ブレーキをかける役割が果たせたのか、疑問が残る。
 続く福田政権の末期には、逆に首相退陣に影響力を示し「おごり批判」を招いている。麻生太郎首相のときは、定額給付金を主導して政権が迷走する一因になった。
 こうした点を冷静に分析し、反省すべきところは反省して、新しい針路を示すことが必要だ。





組織防衛のために政権に身を置く(仮題)

―太田公明党 明快な説明と行動を求めたい―
(社説『毎日新聞』東京朝刊H20.9.24抜粋)

(前略)福田首相とはアジア政策などで一致していたはずである。にもかかわらず「福田降ろし」に走った真意は何だったのか。選挙をにらんだ「党益」中心の行動と受け取られても仕方ない。

インド洋での給油活動継続問題への対応はさらに不可解だった。1月には新テロ対策特措法を衆院の「3分の2」で再可決する自民党に同調した。が、今回は同法を延長する改正案に賛同しながら、再可決に反対姿勢だった。太田代表はあいさつで「特措法は延長すべきだ」と述べたが、公明党の対応をめぐる経緯については触れなかった。
 再可決に反対なら、1月の行動は誤りだったのか。テロ包囲網への対応を変更したのか。それとも、国民から反発の強い再可決は総選挙に得策でないという判断なのか。説明が必要だ。(中略)

公明党が創価学会という強固な組織を支持母体としているのは選挙では強みだ。しかし、それ故に反発も強く、組織防衛を優先するだけでは創価学会との関係はアキレスけんになりかねない。この反発・批判を避けるために政権に身を置くというのでは国民の理解は得られまい。(後略)





公明党 「イカンザキ」でしたか

(『朝日新聞』社説H18.9.19)

 8年間も公明党の代表をつとめてきた神崎武法氏が、月末の党大会で退くことになった。
 公明党は結党以来、「反自民」の一翼を担ってきたが、神崎氏が代表になった翌年の99年、自民党との連立に大きくかじを切った。
 いまや公明党と言えば与党のイメージの方が強いかもしれない。国政の運営を支え、選挙協力でも力を発揮した。政権を安定させるうえでの貢献は大きい。
 その見返りに何を得たのか。児童手当の拡充や、発達障害者支援法の成立など自民党からはなかなか出てこない政策が進んだ。その点は評価したい。
 しかし、「改革にアクセル、右傾化にブレーキ」と言った割に、肝心のところでずるずると後退した面は否めない。「清潔、平和、福祉」が党の基本なのに、戦火が続くイラクへの自衛隊派遣を容認し、政治資金の透明化でも存在感を発揮できなかった
 とくに理解に苦しむのは、小泉首相が毎年続けた靖国神社への参拝への対応だ。形ばかりの反対に終始したのはどうしたことか
 公明党の支持母体である創価学会は、戦中の国家神道の時代に厳しい宗教弾圧を受け、会長が獄中死した歴史もある。靖国神社はその国家神道の中心的な施設だった。
 政教分離を定めた憲法に抵触する疑いもある。信仰の自由と並んでこの党がもっとも重んじる理念のはずだが、意外にあっさりと6度の参拝を受け止めた
 中国や韓国との外交が行き詰まり、首相が「中国の言うことを聞けばいいのか」と反中国感情をあおる姿を、支持者らはどんな思いで見たのだろう。
 日中の国交正常化にあたり、両国首脳の橋渡しをしたのは竹入義勝元委員長だった。創価学会の池田大作名誉会長も、日中友好に積極的に取り組んできた。積み上げた成果が崩されていくのは、決して愉快な話ではあるまい。
 神崎代表も首相の説得を試みはした。だが「ならば連立の解消も」という切り札には触れる気配すら見せなかった。
 「創価学会を守るために自民党にすり寄ったのではないのか」――この連立には当初からそんな疑念がつきまとってきた。自民党の創価学会攻撃をかわすのが最大の狙いというわけだ。靖国、日中で断固とした態度をとれないことも、そうした見方を後押ししている。
 公明党の機関紙が創価学会の聖教新聞と歩調をあわせ、竹入、矢野絢也両元委員長を激しく批判している。経緯はよく分からないが、組織の外の目から見れば、異様な光景としか言いようがない。
 創価学会をめぐるこの党の不可解さは、神崎時代にもぬぐい去ることはできなかった。
 神崎氏は選挙CMで「そうはイカンザキ」と大見えを切った。断固とした姿勢を印象づけるキャッチコピーとしては上出来だったが、この7年、選挙以外でその叫びが聞けなかったのは残念だ。





公明党 余りに筋違いの取引だ

(『朝日新聞』H17.12.7東京朝刊 社説)

 巨大化した自民党と連立を組む公明党にとって、自分たちの主張を通すのは容易でない。妥協が必要だ。ただ、党としての筋を曲げては元も子もない。
 来年度予算編成をめぐる自民、公明両党の協議で、公明党は総選挙でマニフェストの柱に掲げた児童手当の拡大を勝ち取った。
 現在、小学3年生まで支給されている児童手当の対象を6年生までに広げる。新たに年2200億円が必要になり、さらに所得制限も緩めると1200億円の予算増となる。
 日本は近く、人口が減る超少子高齢化社会に入る。子どもを生み育てる家庭を支えるという意味で、私たちも児童手当の思い切った増額を主張してきた。方向性は評価したい。
 総選挙で創価学会から支援を受けたことへの、自民党からの返礼という意味合いが大きいだろう。だが問題は、児童手当の拡大と引き換えにする形でふたつの大きな譲歩に踏み切ったことだ。
 1つは、防衛庁を「省」へ格上げすることについて、具体的な省名などの協議に入ること。2つ目が教育基本法の改正にも前向きに応じること。
 どちらも憲法改正への動きとも絡んで、公明党が長く自民党の主張に歯止めをかけてきたテーマである。福祉や清潔とともに「平和」を結党の原点に据える公明党にとって、見過ごすわけにはいかないことだった。
 今回、それを取引材料にしたといえば、公明党は「それとこれとは別」と反論するかもしれない。だが、自民党内では「バーターだ」という受け止めがおおっぴらに語られている。
 公明党は、この妥協の意味をことさら小さく見せようとしている。
 防衛庁の昇格では「看板を他の省と同じにするだけで、実質的な変化はない」、教育基本法の改正には「自民党が『愛国心』をいい、公明党は『国を大切にする』というくらいの違いしかない」といったぐあいだ。
 自民党があれだけ大きくなった以上、いつまでも抵抗できるものではない。妥協せざるを得ないなら、大型の選挙が想定されていない今のうちに。そんな計算もあるようだ。
 だが、公明党にはよく考えてもらいたい。あなたたちは、小泉首相の靖国神社参拝で中国や韓国との亀裂が広がっていることに、深刻な危機感を抱いてきたはずである。
 防衛庁の昇格や教育基本法の改正となれば、中韓にも不安を呼ばないではおかない。そこで譲るというなら、せめて公明党も主張している新たな追悼施設の建設で、調査費の計上を自民党に認めさせるぐらいの「取引」はできなかったか。
 隣国の不安をぬぐい、関係改善をめざすという意味で、これならかろうじて筋が通らなくはない。
 児童手当と「防衛省」の取引では余りにも筋違いだ





党是よりも「現実路線」を優先(仮題)

―安保で現実路線に転換―
―公明、17日に結党40周年―

(『共同通信ニュース速報』H16.11.14)

 1964年に結成された公明党は17日で結党40周年を迎える。新進党に合流した約3年間を除き、安全保障政策では一貫して「平和主義」を掲げてきたが、自民党と連立を組んでから、党是よりも「現実路線」を優先させる姿勢が目立つ。焦点のイラクへの自衛隊派遣延長問題でも「引き続き派遣できる状況にある」(神崎武法代表)と容認姿勢を打ち出しており、支持者からは党の「変質ぶり」を危ぶむ声も出ている。
 2日の支持母体・創価学会との連絡協議会。学会の原田光治副会長は冬柴鉄三幹事長ら居並ぶ党幹部にイラク問題などについて「党員、支持者の理解を得られるよう説明責任を果たしてほしい」とくぎを刺した。
 公明党は昨年3月の米英のイラク攻撃に「遺憾だ」と表明した一方で、小泉純一郎首相がいち早く支持したことを「やむを得ない」とし、その後の自衛隊のイラク派遣も人道、復興支援として容認。今年10月の党大会では、憲法改正問題について自衛隊の存在認定や国際貢献任務を9条に追加する是非を「加憲」論議の対象とする運動方針を採択した。
 創価学会関係者は「公明党が改憲路線に踏み込んでいくと懸念する支持者は多い」と指摘する。
 公明党の安保政策はこの40年で左右に大きく揺れ続けた。日米安全保障条約への対応では、結党当初は「段階的解消」論で、73年には「即時廃棄」まで主張したが、78年には一転して条約是認を提言。81年には「領域保全を任務とする自衛隊は合憲」とした。
 その後は、湾岸戦争での多国籍軍への90億ドル支援(91年)や国連平和維持活動(PKO)協力法(92年)に賛成。99年10月に自民党と連立を組んで以降は、テロ対策、イラク復興支援両特別措置法や有事関連法を次々に成立させた。
 神崎代表は連立入りの際、公明党の役割を「改革にはアクセル、右傾化にはブレーキ」と位置付けたものの、自衛隊の活動範囲は「戦時下の他国領土」にまで拡大。小泉首相の靖国神社参拝には苦言を呈してきたが「聞き流されている」(公明党中堅)ことは否定できず、ブレーキ役としての存在感の発揮には引き続き腐心しそうだ。(了)20041114 190512[2004-11-14-15:45]





左右から疑問視される「コウモリ」政党


1.「党利党略」「理解に苦しむ姿勢」(仮題)

―[憲法9条]「公明党の論議は尽くされたのか」―
(『読売新聞』社説H16.8.27抜粋)

 政権与党の一角を占める責任ある政党として、いささか理解に苦しむ姿勢である。
 公明党は、党憲法調査会の論議の結果、10月末の党大会で示す憲法改正に関する党見解に、9条は改正しないことを明記する方向になったという。(中略)
 自民党との違いを強調するが、民主党も改正には積極的だ。9条問題という、日本の安全保障政策の根幹にかかわる問題で、与党間で対立しているのでは、そもそも、なぜ「連立」なのか、という疑問がぬぐえない。
 公明党は、最近は、「行動する平和主義」を掲げている。与党の一員として、9・11米同時テロ後、テロ特措法やイラク復興支援特措法を成立させ、自衛隊の派遣を進めてきたのも、「行動する平和主義」に沿ったものだろう。(中略)
 9条改正反対は、大きな時代の流れと現実から目をそらすものだ。共産党や社民党のイデオロギー的な護憲主義と、どこが違うのか、ということにもなる。
 公明党には、自民、民主両党の「2大政党」の狭間(はざま)で埋没するのを避ける狙いもあるのかもしれない。だが、党利党略で論じるべき問題ではない。
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 "右より"の『読売新聞』は公明党の"右傾化"路線を「行動する平和主義」として評価。その一方で同党が憲法9条を改正しないことにしたことを「理解に苦しむ姿勢」「なぜ『連立』なのか、という疑問がぬぐえない」「党利党略」と非難している。つまり、『読売新聞』にとっては、自公連立以降の公明党が賛成した"右傾化"路線の延長線上に、憲法9条改正があることは、至極当たり前の"流れ"なのだ。
 テロ特措法やイラク復興支援特措法を成立させ、自衛隊の派遣を進めておきながら憲法9条の改正に反対する公明党の態度は、支離滅裂としか映らないのである。(法蔵)

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2.「らしさ」捨て自民に協力する公明党の大した「忍耐力」(仮題)

―「窓」―公明党の忍耐力―
(『朝日新聞ニュース速報』H16.8.30抜粋)

 珍しく公明党の幹部が小泉政権に物申したが、あっさりと却下された。(中略)
 公明党は総選挙や参院選で、一生懸命自民党に協力した。イラクへの自衛隊派遣など重要政策でも首相を支持した。ところが、たまに公明党らしい政策を求めてもあっさりと門前払いだ。
 自公連立は公明党にとって、割が合うのだろうか。その忍耐力は大したものだ
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 "左より"の『朝日新聞』は、"平和の看板"を掲げながら自公連立維持のために「イラクへの自衛隊派遣など重要政策でも首相を支持」する公明党の態度を「割が合うのだろうか」「その忍耐力は大したものだ」と皮肉たっぷりに批判している。
 すなわち、公明党が掲げてきた"平和の看板"および野党時代の行動は、自公連立下において自衛隊派遣を進めてきた"右傾化"路線とは相容れないものなのである。(法蔵)

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 以上のように公明党の行動は、左右(社会民主主義的立場と自由民主主義的立場、理想主義的立場と現実主義的立場?)いずれの立場からみても一貫性のない不可解なものなのである。この原因は、創価学会自身が持つ"平和主義"と"権力志向"に由来すると考えられる。
 "平和主義"とは、戦後の創価学会が前面に打ち出した主張であるとともに、池田大作の名誉欲(各種称号・勲章、ノーベル平和賞獲得)充足の手段である。
 "権力志向"とは国立戒壇建立に向けての政党設立とその政党による政権奪取であり、言論問題以降は総体革命の一環としての政界掌握および池田大作自身の権力欲と本化国主への野望実現に向けての活動である。
 一般の政党は根幹となる政治理念と一貫した基本政策を構築し、それに沿った政治行動を執ろうとする。だから、紆余曲折はあったとしても、その行動は一般に分かりやすい。
 ところが、公明党は違う。表向きは政党であるが、実質は"創価学会政治部(実際、その前身は文化部であった)"である。その本質的行動原理は国民に提示した政治理念の実現ではなく、創価学会(池田大作)の"平和主義(平和に貢献しているという評価を得ること)と"権力志向"の実現にある。だからこそ、公明党の行動は一般には支離滅裂で一貫性がないように映るのである。(法蔵)

公明党の矛盾
"世界平和主義"(同党HP)といいながらアメリカのイラク攻撃を容認。さらに戦地への自衛隊派遣を容認。
自民党に協力して右傾化政策を展開し、イラクへの自衛隊派遣に賛成しておきながら憲法9条改正には消極的。





公明党―与党でいるのはなぜ

(『朝日新聞ニュース速報』H15.7.3抜粋・編集)

◆(国連平和維持軍に自衛隊を参加させることについて)憲法の精神に反する(H3冬柴)
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その彼が、いまや自衛隊派遣の旗を振る。

◆自民党と枠組みを作り、多数決で押し切るような政治は考えていません(H10神埼代表)
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野党にとどまるのか、自民党との連立に踏み切るのかで揺れていた頃
変↓節

◆暴力団員との関係を認めた保守新党の松浪健四郎衆院議員が居座っても、知らん顔だ。

◆自民党が政治献金の公開基準の引き上げを提案すると、最初は渋ったものの、結局受け入れた。

イラク戦争を支持し、今回の法案(※イラクの米軍の後方支援に自衛隊を送るための法案)に大した異論もなく賛成に回ることになった。
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もともと公明党や支持母体の創価学会には、イラク戦争の正当性を疑問視する声が多かった。「新たな安保理決議なしの攻撃は国連中心主義に反する」「米国に抗議文を送るべきだ」。国会議員の集会ではそんな声があがった。 それを抑え、戦争の支持へとかじを切ったのは神崎氏と冬柴幹事長だった。与党の結束が大事だ。反対すれば日米同盟にひびが入る。そう言って党内を説得した。

「平和」は、64年の旧公明党の結成当時、「清潔」「福祉」と並ぶ金看板だった。もう昔のことということなのだろうか。
・まさか、党の理念はそっちのけで、政権与党でいることが何より大事というのではないでしょうね。最近の公明党を見ていて、そんな思いに駆られる。
・その公明党が自民党と歩調を合わせて、イラクの米軍の後方支援に自衛隊を送るための法案を成立させようと躍起だ。
・公明党抜きでは、与党は参院で過半数に達しない。政府や自民党の誤りをチェックできる位置にいる。「与党にあって、政府や自民党の暴走に歯止めをかける」。党の幹部たちはそう言ってきた。確かに、政治家個人への企業献金の禁止やあっせん利得処罰法の成立は、公明党が連立離脱をちらつかせて自民党を動かした結果だ。国家主義の復活につながるとして、教育基本法の改正に抵抗してもいる。それでも、公明党らしさの後退はおおうべくもない。先の統一地方選挙で、公明党は2千人余りの議員候補全員を当選させた。参院選や総選挙の準備も着々と進める。だが、党勢を強めることを通じて何を実現したいのかがよく見えない。与党として自民党とともに政策の決定にかかわり、党の支持者たちに恩恵を与えることで党の組織を維持する。もし、それが与党でいたい一番の理由なら、公明党自身が批判してきた自民党の利益誘導体質とさして変わらないことになってしまう。[2003-07-03-00:41]





平和と人権を捨てた公明党と創価学会

―与党に入り原点を忘れた永田町の三文役者―
(本誌取材班『週刊金曜日』H15.6.13)

自自連立政権に参加した1999年、公明党は「平和と人権の党」を誓った。しかし、その誓いとは裏腹に、ひたすら権力を追い求めるのが今の公明党の姿だ。国政・地方の選挙や重要法案成立の舞台裏で、自民党に恩を売りながら自己保身と拡大を続けている。日本を戦争のできる国に導くのが自民党なら、その舞台づくりに一役買っているのが公明党、その最大の支持母体である「創価学会」、そして学会トップの池田大作名誉会長といえるのではないだろうか。

 「戦争ほど残酷なものはない。戦争ほど悲惨なものはない」。
 公明党の支持母体である創価学会の池田大作名誉会長が自ら執筆した長編小説『人間革命』の冒頭はこう書き出している。ところがテロ対策特別措置法に有事法制、イラク復興支援特別措置法案……と、重要法案のキャスティングボートを握る公明党がここに来て、日本を戦争に駆り立てる法案の成立にますます協力の度合いを強めている。
 池田名誉会長のお気に入りと言われる神崎武法代表、「日本のラムズフェルド」こと、タカ派のシンボル・冬柴鐵三幹事長が自民党のお偉方と日夜、料亭で酒を酌み交わす姿は、もはや「平和・人権」を掲げる政党とはほど遠いことを裏付けている。

<分岐点だった1999年>
 「君、そんなことやめなさい。われわれの考え方がまとまっていないと思われたら大変なことになるでしょう。わからないのか!!」
 4年前の1999年5月末。東京・信濃町にある創価学会本部の入り口付近で、学会信者の若い男がビラまきをしていたところ、幹部職員が現れてこれを阻止した。「学会の青年部は何で反対運動をしなかったんですか」と食ってかかる男を、幹部職員は必死でなだめた。用意していた約200枚のビラにはこう記されていた。
 「創価学会へのお願い 平和・人権を推進する学会が支援する公明党に、ガイドライン法案には反対するよう、どうか働きかけてください」。
 だが、この男の期待とは裏腹に周辺事態法(ガイドライン法)は数日後、公明党も賛成し、圧倒的多数であっけなく成立。この後も、公明党は国旗国歌法、通信傍受法、住民基本台帳法改定、衆参憲法調査会設置のための国会法改定…など、連立与党入りの条件として「踏み絵」を迫る自民党の意に沿ってきた。
 振り返れば、公明党が与党入りを決めたこの99年は、後世に悔いを残すことになった日本の政治の分岐点になったと言えるのではないか。
 この年に今の「自公保」連立政権の原型となる、衆院で七割を超える巨大与党「自自公」が誕生したのだ。
 悲願の与党入りを果たした公明党とその支持母体である創価学会は、与党という「現実」と池田名誉会長の掲げる「平和・人権」という理想との間で揺れつつも、組織防衛を優先させながらその「仮面」を少しずつはいでいく。その成果が、成立した「有事法制」と、小泉降ろしの政局に絡んで提出が決まった「イラク特措法案」への対応に如実に現れている。

<ラムズフェルド冬柴>
 4月下旬、冬柴氏から電話をもらった自民党の野中広務元幹事長は国会内で、冬柴氏の話に聞き入っていた。「有事法制にはテロ対策など我々が主張したことは全部入っている。基本的人権の部分も我々が主張して入れた。せやさかい、まったく問題はない」。
 身ぶり手ぶりを交えた冬柴氏の細かな説明を遮るようにして、野中氏は「あんたらが山崎幹事長の言うままになって賛成に回るつもりだとは思わんかったよ」と吐き捨てた。
 公明党が有事法制への賛成を決めた背景には「教育基本法を改正されて、愛国心などの『神道思想』を盛り込まれるくらいなら、まだ有事法制に賛成して右傾化の道を選ぶ方がマシだ」との判断があったからとされる。自民党幹部から「有事法制か教育基本法の改正か、どちらか選んでほしい。どちらも駄目というのは聞けない」と迫られたとの見方もある。
 今年3月、中央教育審議会が「教育基本法に国を愛する心を盛り込む」との答申をしたが、改正に反対する公明党の抵抗で国会提出のメドはいまだに立っていない。創価学会からも「法案提出は絶対阻止するように」との厳命が下っている。
 このため5月末、今国会での教育基本法改正を目指す森喜朗前首相、麻生太郎自民党政調会長が冬柴氏を説得したが、冬柴氏はこう気色ばんだ。「かりに党内で俺だけになったとしても、これだけは反対する。愛国心というのはその時、その時の為政者の考えに利用される。宗教教育と言ったって、一体何の宗教を教えるんや」。
 公明党が教育基本法改正に反対すればするほど、自民党はその「こだわり」を逆手にとる。
 「公明党さんが強く求めている『政治資金の提供者の公開基準』は少しハードルが高い。非公開の部分があっていい」。自民党幹部がこう詰め寄ると、公明党幹部は黙ってうなずいたという。公明党は教育基本法改悪阻止という「こだわり」を貫く一方、「政治資金の透明化」というもう一つの「こだわり」はあっさりと捨て去った。
 このように公明党が山崎氏主導の自民党執行部の運営には逆らえないことが、自民党非主流各派の神経を逆なでしている。
 イラク特措法案の今国会提出をめぐっても、自民党橋本派など非主流派内では公明党への不満がくすぶっている。9月の自民党総裁選をにらみ、イラク特措法案提出による今国会の会期の大幅延長を狙う小泉首相と山崎氏、これに反対する非主流派との間での綱引きが続くなか、公明党が新法提出容認の方針を内定したためだ。これによって新法提出の流れが加速し、6月7日、小泉首相と与党3党の幹事長が会談し、イラク特措法案の提出を決めた。自民党内からは、「公明党は自民党内の小泉降ろしの政局に介入し、小泉再選の流れをつくっている」と反発する声が強まっている。
 「イラク特措法による自衛隊派遣を考えているのか」。野中氏は、公明党が五月末に容認方針を固めた直後、冬柴氏にこうただした。冬柴氏は「考えているのはイラクの周辺国だ」とだけ答え、その場を取り繕おうとしたが、神崎氏が自衛隊のイラク派遣を前提に武器使用基準の緩和にまで言及したため、野中氏が「神崎代表が言ったことと、あなたが言っていることは違うのか」と冬柴氏に嫌みをぶつけた。
 次期衆院選でも公明党の支援を期待せざるを得ない自民党だけに、非主流派の議員からも公然と公明党を批判する声は出ていない。だが、「公明党はいつも力のあるところに擦り寄る」「何で公明党は小泉首相や山崎幹事長の方ばかりに肩入れするのか」といった不満の声が党内からは漏れてくる。

<野中広務氏の誤算>
 実はこうした公明党の対応は野中氏にとって誤算だった。公明党を連立与党に引き入れた「立役者」は他ならぬ野中氏だ。99年当時、小渕恵三政権下で官房長官を務めていた野中氏は「悪魔と手を組んででも」と恩讐を超えて自由党の小沢一郎党首にひざまずき、まずは「自自連立」を成し遂げる。
 そして、参院で自民党が過半数割れしている現状を打開するため、今度は公明党に触手を伸ばす。自民党の「補完勢力」として参院の不足分を公明党に埋めてもらうのが目的だったが、このとき野中氏には「公明党を連立与党内の歯止め役」として位置づけようという、もう一つの狙いがあった。
 自由党が連立政権内に入ることで、必然的に政策は右傾化する。だが、平和・人権を掲げる公明党に、それを阻止する役回りを担わせようとたくらんだ。だが、皮肉なことに野中氏の意に反して公明党は今や自民党以上にタカ派色を強めている。
 また、防衛庁を「省」に格上げする防衛省設置法案も公明党の賛成で決まりそうな気配だ。同法案は2001年6月に議員立法で国会提出れて以来、一度も審議されていない。基本政策に「防衛省」実現を掲げ、法案提出を主導した保守新党は、有事法制の成立が確実になったことや、イラク特措法の検討で自衛隊の海外派兵が可能になりつつあることを「追い風」と判断、近く自民、公明両党に審議開始を強く申し入れる。
 昨年12月に2003年度税制改正をめぐり自民、公明両党が対立した際に、保守党が仲介し、その「見返り」として保守党の求めに応じて、与党三党の幹事長が「有事法制成立後に防衛庁の『省』昇格の間題を最優先の課題として取り組む」と文書で確認した経緯がある。
 ここで言う2003年度税制改正の「影のテーマ」こそ宗教法人への課税だったと言われている。つまり、公明党はここでも「宗教法人法改正で自らが課税されるくらいなら、右傾化の道を受け入れる」との自己保身に走ったわけだ、
 右傾化に走る公明党。どこかの県議会では元レスラーの仮面をはき取ることが話題になっているようだが、今、国民が、いや学会員の方たちが真剣に剥ぎ取ることを考えなくてはいけないのは「公明党の仮面」に他ならないだろう。





公明、同日選回避に躍起

―年内の衆院選働き掛け―
(『共同通信ニュース速報』H15.6.28)

 公明党が来年夏の衆参同日選回避に躍起となっている。「衆参の選挙制度の違いで有権者が混乱する」(幹部)というのが表向きの理由だが、底流には自民党の「公明切り」につながりかねないとの懸念がある。「同日選効果」で自民党が参院の過半数を回復すれば、与党内での公明党の存在感はぐんと軽くなるというわけだ。
 このため自民党に年内の衆院解散・総選挙を働き掛けるとともに、年内解散の障害となる要因を極力排除しようとしている。
 「なかなか自民党の方にまで手が及ばない。それを覚悟の上でどうぞ判断していただきたい」。神崎武法代表は二十五日の記者会見で、自民党への選挙協力が事実上できなくなることを示し、同党内の同日選論を強くけん制した。
 公明党は春の統一地方選で擁立した候補を全員当選させ、「選挙に強い党」を見せつけた。次期衆院選でも議席を伸ばし、来夏の参院選で比例代表の一千万票獲得に結実させるのが戦略だ。
 それを支えるのが支持母体の創価学会。だが「選挙が複雑になると運動が難しくなる」(公明党関係者)とされ、衆参の選挙区・比例で計四つの投票を行う同日選では十分に力が発揮されない可能性もある。過去に二度あった衆参同日選では投票率のアップで、組織政党の弱みも味わった。
 しかし、公明党がなりふり構わず同日選回避に動く最大の理由は、自民党が同日選で参院過半数割れの解消を狙おうとしている、との疑念があるためだ。自民党が参院で過半数を回復してしまうと、「政治の安定」を掲げて連立政権を組んだ公明党は大義名分を失いかねない。幹部の間からは「あえて、同日選というのであれば、『公明党との関係はこれまでだ』というメッセージとみなす」との発言すら出ている。
 年内の解散・総選挙にこだわる公明党にとっては、今国会での法案処理の行方も重要な意味を持つ。イラク復興支援特別措置法案は言うまでもなく、テロ対策特別措置法の期限を延長する改正案の今国会成立も最優先課題。継続審議となれば、秋の臨時国会での衆院解散ができにくい状況になるからで、自民党内の一部に「継続審議」論が出るたびに、冬柴鉄三幹事長らが「今回で必ず成立させる」との与党党首会談合意を確認する神経質な状況になっている。(了)[2003-06-28-19:14]
************************************************************************************************************************ <同日選回避に走る理由>
<1>同日選になれば、投票率が上がり、組織票が頼りの公明党には不利。

<2>「選挙が複雑になると運動が難しくなる」(『共同通信ニュース速報』H15.6.28)。これは、複数の候補の名前を会員に徹底しなければならないからである。本来、選挙は有権者個人の意思に基づいて行われるべきもの。そうであれば、組織から指示された候補名を必死で憶えて投票するなど、民主的な投票行動とは言えない

<3>同日選は自民党には有利であり、「自民党が参院で過半数を回復してしまうと、『政治の安定』を掲げて連立政権を組んだ公明党は大義名分を失いかねない」(『共同通信ニュース速報』H15.6.28)。


<選挙の勝利と連立維持のために政策軽視>
●(※自民党の古賀誠前幹事長は6日昼)「連立与党の信頼できる友党であろうとも、そうした声で総裁選の前倒しとか、臨時国会の召集日を左右されることがあってはならない」と総裁選前倒しなどを求める公明党に強い不快感を表明。「自分の再選を有利にするために前倒しするような姑息(こそく)なことを考える小泉(純一郎)首相ではない。堂々と王道を歩むのが首相の理念だ」と首相サイドを強くけん制した。(『共同通信ニュース速報』030706)

民主党の枝野幸男政調会長は記者団に「小泉内閣は創価学会政権ということと、公明党は政策より選挙を優先するということがはっきりした。自民党の最大の選挙マシンは創価学会で、創価学会は平和や理念ではなく選挙優先で動いている」と指摘した。(中略)社民党の福島瑞穂幹事長は記者会見で「政権維持や与党の都合で臨時国会を設定するのは、本末転倒だ。政治を私物化している」と批判した。(『共同通信ニュース速報』030704)

自民党の野中元幹事長は総務会で、きのうの与党三党の党首会談で公明党が次の臨時国会を早期に召集すべきだという考えを示したことについて、「衆参同日選挙を回避するためには何でもありというのは不見識だ」と批判しました。(『NHKニュース速報』030704)

●(※民主党の野田佳彦国対委員長は)同(※テロ対策特別措置法)改正案先送りに反対してきた公明党については「政策的なこだわりがなくなる一方、解散時期にはすごくこだわっている。政策の党から政局の党になってきた」と批判した。(『共同通信ニュース速報』H15.7.3)

●年内の解散・総選挙にこだわる公明党にとっては、今国会での法案処理の行方も重要な意味を持つ。イラク復興支援特別措置法案は言うまでもなく、テロ対策特別措置法の期限を延長する改正案の今国会成立も最優先課題。継続審議となれば、秋の臨時国会での衆院解散ができにくい状況になるからで、自民党内の一部に「継続審議」論が出るたびに、冬柴鉄三幹事長らが「今回で必ず成立させる」との与党党首会談合意を確認する神経質な状況になっている。(『共同通信ニュース速報』H15.6.28)

●小泉首相は「解散」でイラク法案成立に走る?衆参同日選を恐れる公明党に配慮し「11月か12月」と側近が明言。政策審議や派遣自衛隊の安全は?年後半は物騒な弾丸列車か。(『毎日新聞ニュース速報』030630)

★選挙や政局を有利にするためには、政策審議をなおざりにしても「なりふり構わず同日選回避に動く」公明党には、与野党から批判の声が上がっている。




政治献金緩和

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―与党案の撤回を求める―
(『朝日新聞ニュース速報』H15.6.13)

 これをおごりと言わずして何と言おう与党3党が合意した、政治献金の公開基準の引き上げのことだ。
 いまの制度では、年間5万円を超える献金をした個人や企業の名前と金額が、受け取った政党や政治家の届け出をもとに公表される。与党はこの基準を月2万円、年間で24万円超へと緩めようというのだ。
 今回の制度の見直しは、自民党の長崎県連事件や坂井隆憲衆院議員の逮捕をきっかけに始まったものだ。規制は厳しくなるものと考えるのが常識だろう。ところが、金の流れをもっと不透明にするというまるきり話が逆ではないか。
 5万円超の基準は、細川政権の政治改革の一環として、それまでの100万円超を大きく引き下げてできたものだ。リクルート事件や東京佐川急便事件への反省からだった。併せて国からの政党交付金制度も導入され、野党だった自民党も賛成した。
 その結果、政治資金の透明度は90%を超えるようになった。抜け道は残ったとはいえ、政治家が特定の企業と癒着するのを抑える役割を果たしてきたことは事実だ。
 小泉首相は、いまの基準を緩める理由を「出す方から見れば、プライバシー、自分が誰を応援しているのか知られたくないという立場もある」と語った。とても納得できる説明ではない。
 緩和を言い出したのは自民党だ。参院選が来年ある。総選挙のこともある。なのに不況で企業献金が集まらない。その昔、野党として嫌々のんだ基準なんか捨て去って、もっと金集めがしやすい環境をつくろう。そういうことではないのか。
 与党は、今回の合意には規制の強化も盛り込んだと言う。なるほど、一つの企業・団体から一つの政党支部への献金を年150万円までに制限することになっている。しかし、いくつかの政党支部に分散して献金すれば、この制限はないに等しい。
 日本経団連も、政治献金のあっせんを10年ぶりに再開する。これもまた時計の針を逆に回そうという動きである。
 それにしても、不可解なのは公明党の態度だ。党内には公開基準の改定への反対論が根強かった。神崎代表も「譲ることはない」と繰り返し言明してきた。それが土壇場で一転、妥協である。
 政治改革が政界最大の課題となった10年前、公明党は細川政権の与党として改革に最も熱心な政党の一つだった。「企業献金の禁止」も主張していた。
 理由はどうあれ、今回の妥協はあの頃の公明党の姿とは結びつかない。考えたくないことだが、自民党と一緒に長く与党暮らしを続けるうちに、自民党のあしき文化に染まってしまったのだろうか。
 神崎氏は「与党のなかで公明党らしさを発揮する」と語ってきた。この問題でこそ、自民党にノーと言うべきである。与党案にはまったく理がないのだから。[2003-06-13-00:16]
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―不透明さ増すだけの与党案―
(『毎日新聞ニュース速報』社説H15.6.13)

 政治不祥事が続出、「政治とカネ」を見つめる国民の目は一段と厳しさを増している。にもかかわらず与党3党は政治資金の公開基準を緩和する政治資金規正法改正案を近くまとめ、今国会に提出する。
 自民、公明、保守新党が合意した主な改正点は、一つの政党支部への一つの企業・団体からの献金限度額を150万円にする一方で、献金者の公開基準に例外規定を設けようというのだ。政治資金の流れが一段と不透明になり、問題だ。
 企業・団体献金は現行では年間5万円までは非公開。改正案でもこの原則は残すが、毎月の定期的献金に限り年間24万円まで非公開とする例外措置を盛り込んだ。
 企業・団体献金は規模、資本金などによって1億円を上限とする総量規制は導入されたが、個別規制はなかった。公共事業受注企業からの特定政治家への過度な献金はリベート的要素が濃厚と、規制が求められてきた。
 政治家個人の政治資金管理団体への企業・団体献金が禁止され、代わって受け皿役を果たしているのが政党支部だ。年々増加し、01年では9000を超している。複数の支部長を兼ねる政治家もいる。数の規制が必要だ。
 自民党内では一時期「限度額は100万円」説が流布した。与党案の150万円では、個別制限による目減りはさらに少なくなる。もっと強化して当然だ。
 公明党は規制緩和には神崎武法代表までもが「反対」と表明していた。だが、最近は「政治資金の総量は抑制できる」など与党案のメリットを力説する。「清潔」をモットーとする結党の精神にも反するはずだ。
 政治資金規正法は「ザル法」と呼ばれている。それでも、一大不祥事が起きるとその都度、再発を防ごうと規制は強められた。その後も抜け道探しと規制強化とのイタチごっこが繰り返されてきた。
 自民党各派の政治資金パーティーが目立つ。4月の高村派を皮切りに、5月には堀内、旧加藤派が、6月には森派、河野グループ、橋本派が相次いで開催した。パーティー券は1枚2万円。4000人以上もの参加者を集めたパーティーもあった。
 自民党各派の政治資金収入は一部の派閥を除くとパーティー収入に半分以上も依存している。一つはパーティー券は20万円までは非公開で、5万円までの政治資金よりも企業も個人も応じやすいからだといわれている。
 バブル崩壊と「政官業」のトライアングルの威力低下で、政治資金は一段と集まりにくくなっている。「資金集めにまい進するだけでは政治に人材は集まらない」といった嘆きも自民党の若手からはよく聞く。
 だからといって、異例の規制緩和で乗り切ろうとするのでは安直過ぎる。多くの国民が期待する「公開」「参加」をキーワードとする政治に逆行する。個人献金主体の政治システムを早急に編み出す努力が政党に求められている。[2003-06-13-00:56]




青森県知事の不信任案、臨時県議会で可決の可能性高く

(『読売新聞ニュース速報』H15.5.13)

 週刊誌(※『週刊新潮』=法蔵)が報道した青森県の木村守男知事(65)の「セクハラ不倫疑惑」を巡り、14日から始まる臨時県議会(定数51)で、知事不信任案が可決される可能性が高くなった。
 自民党青森県連(会長・津島雄二衆院議員)が13日、役員会を開き、党議拘束はかけないものの、不信任案に対し賛成の立場をとることを決定。与党会派・自民党から賛成議員が増える見通しとなったためだ。
 不信任案の可決には、議員数の3分の2以上の出席で4分の3以上の賛成が必要。読売新聞のアンケート結果などでは、不信任案に賛成すると見られるのは、自民26人のうち15人。これに、新政会8人、社民・農県民連3人、真政クラブ3人、県燦クラブ3人、公明2人、共産2人、無所属3人の計24人の票を加え、青森県議会の可決ライン39票に達している。
 不信任案は、今年3月の県議会に「知事は説明責任を果たしていない」などとして提出され、わずか2票差で否決された。しかし、先月の統一地方選で知事支持派5人が落選。野党各会派は、「県民の意思だ」などとして再提出を決めている。16日に採決される見込み。
 今回の自民党県連の決定について、県連の冨田重次郎幹事長は「県民の声を反映した、県民にわかりやすい対応をとった」と説明。
 一方、木村知事は「不信任案が可決したらという仮の話には答えられないが、今のところ、辞めるつもりはない」と話している。[2003-05-13-21:57]
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※松浪問題では、本人が「容疑」を求めて居るにもかかわらず辞職勧告を出さない。今回は、学会が「ウソばかり書く」という週刊誌(それも『週刊新潮』!)の記事をもとに「不信任決議」に賛成するという。(法蔵)




修正する習慣

(政治部・与良正男『毎日新聞ニュース速報』H15.5.13)

 国会の妙な慣習の一つに、識者による参考人質疑が終わった直後に法案を採決する、というのがある。参考人質疑の実態は「広く意見を聞くには聞いた」という儀式。この日程が決まると、法案成立はめどがついたとばかりに与野党攻防は終結してしまう。
 十数年前、ある議員に聞いたことがある。
 「せっかく識者から話を聞くのだから、それを参考に、これからじっくり法案を吟味しようというのが筋では」
 「何年、政治記者をやっているのか君は」
「いや、まだ1年足らずですけど……」
 私の方がまっとうな感覚だったと今も思う。
 そもそも、議員同士が議論を戦わせ、識者の意見を聞き、法案の成否を判断する、あるいは法案をよりよいものに修正するのが国会の役割だ。与野党の数だけで成否が決まるなら、審議など要らないじゃないか。
 ところが、この修正もなかなか出来ない。
 メンツを重んじる政府や自民党には依然、予算案などは「修正したら内閣の責任問題」といった風潮がある。公明党は埋没を恐れるのか、修正協議が自民、民主主導となるのを嫌う。
 野党側にも責任がある。「我々は反対した」とアピールしたいだけの人がまだいる。こちらは55年体制の名残。
 すったもんだの有事法案だけでない。個人情報保護法案もまだ参院審議が始まったばかりだ。問題点は既に明白。廃案が無理なら、よりましなものにするため何度でも修正する――。「誰のための審議か」を考えれば、そんな習慣をつけることこそ求められているはずなのに。[2003-05-13-02:17]




公明党に難題、軍事行動は支持したが復興支援では?

(『読売新聞ニュース速報』H15.4.7)

イラク戦争への対応で、公明党は「政権与党としての責任」と、支持団体である創価学会の「平和志向」の板挟みとなり、苦しんでいる。米英の軍事行動支持では政府と足並みをそろえたものの、復興支援協力にどう対応するかという問題も待ち受ける。次々に現れるハードルをどう乗り越えるのか。

<国連決議カギ>
 米軍のバグダッド進撃で終戦が早まる見方が出てきた6日、公明党の北側政調会長はNHK報道番組でイラク復興支援について、「自衛隊が関与するのであれば、国連安保理決議が大前提だ」と強調した。
 公明党が復興支援で国連決議を不可欠だと主張するのは、米英主導となったイラク戦争と構図が変わらないと、創価学会員の理解を得にくいためだ。国際社会が一体となって「新生イラク」づくりを進めるなら、自衛隊派遣も国際平和への貢献と位置づけることが可能となる。だが、事態は期待通りには進んでいない。
 公明党が2日に開いた復興支援に関する勉強会で、森本敏拓殖大教授が「米軍が(単独で)イラクに駐留すれば、異教徒が占領した図式になる。日本が自爆テロの対象となる可能性もある」と説明すると、北側氏らは「うーん」と言ったまま、沈黙してしまった。
 国連と距離を置く米政府の対応は、公明党にとって大きな懸念材料だ。米国のライス大統領補佐官が4日、イラク戦後統治への国連の役割に否定的な発言をした際、冬柴幹事長は「いずれ段階的に国連に役割が移っていくはずだ。ライス氏の発言だけで軽々にものは言えない」と漏らした。

<慎重派と溝も>
 今後、政府・与党内でイラク復興支援論議が本格化すれば、国連決議なしでの自衛隊派遣の是非や、派遣された自衛隊の武器使用基準を大幅に緩和することが検討対象となる。
 いずれも公明党にとっては高いハードルとなる。1999年10月の連立入り以降、公明党は米同時テロ後のテロ対策特別措置法では、自衛隊の米軍などへの後方支援に同意。有事関連法案提出も容認し、自民党との溝を埋めてきた。
 しかし、安保政策に関しては、冬柴氏や草川昭三副代表らの現実派、神崎氏ら中間派、浜四津敏子代表代行らの慎重派になお3分されている。執行部は慎重派説得の材料として、「政権与党としての責任」を使ってきた。
 開戦3日前の3月17日夜、神崎氏は東京・南元町の公明党本部に坂口厚生労働相、冬柴氏らを集め、「政府に『遺憾』とは言えない」として、政府の米国支持を「やむなし」と容認する党見解をまとめた。
 その直前、浜四津氏が電話で仏独のように米国と距離を置くよう求めた際、神崎氏は「公明党が決議なしの武力行使を容認しなければ、連立にひびが入る。長い目で見れば、得策とは言えない」と切り返した。復興支援問題でこの説明が再び通用するかは不透明だ。

<選挙への懸念>
 公明党幹部がイラク戦争への対応に神経をとがらせているのは、公明党が重視する統一地方選挙に深刻な影響を与えかねないからだ。支持者の反発を招き、議席の取りこぼしが相次げば、「『戦争容認』が敗因だ」との執行部批判が噴出することも予想される。
 選挙戦でしのぎを削る共産党は機関紙「しんぶん赤旗」で、「戦争の党」「平和を語る資格なし」などと公明党批判を展開。公明党の神崎代表は4日のさいたま市内の演説で「共産党はイラク戦争を自分の選挙を有利にするために利用しようとしている」と激しく反論した。が、創価学会員らが利用するホームページ「がんばれ公明党」には、「政府与党の立場として、米国を支持したことは永遠に語り継がれる汚点になる」「平和を掲げる公明党は『戦争反対』の四文字さえ言えなかった」などの書き込みが続いている。
 党幹部は当初、「フセイン(イラク大統領)の手から大量破壊兵器を取り除くのが、国際社会の世論だ」とイラク批判をしていたが、最近は「イラク戦争は1日でも早く終結をしてほしい。日本政府が難民対策に、人道的支援に全力で取り組んでもらいたいと強く願う」(神崎代表)などと、復興支援への取り組みに力点を置きつつある。
 川人貞史・東北大大学院教授(現代政治)は「統一地方選で野党はイラク戦争批判で勝負してきている。これが効いてくると公明党は厳しい」と分析する。[2003-04-07-02:30]




医療費三割負担で公約違反

『産経新聞』020213『しんぶん赤旗』H15.2.23抜粋・要旨)


<北海道議会意見書めぐり公明党ドタバタ>
 2003年2月19日には神崎武法代表が、北海道議会で採択された「医療費3割自己負担の実施延期を求める意見書」に道議会の公明党が賛成したことに「遺憾」を表明。21日には、公明新聞の1面と2面を使って「なぜ3割負担が必要なのか」の弁解を大特集するなど、凍結要求の抑え込みに躍起です。
 北海道議会の意見書は、道医師会の要望や、北海道労働組合総連合(道労連)、新日本婦人の会などの請願が出されるなか、日本共産党、自民、民主、公明各党など議会の六会派すべてが共同で提出し、14日に全会一致で可決されました。
 意見書は、医療費自己負担の引き上げが「さらなる景気の冷え込みと給与所得者の生活を一層悪化させるとともに健康にも影響を与えかねない重大な問題」だと指摘し、3割負担の実施延期を国に求めています。
 これについて公明党は、前日の13日には意見書の提出を了承していました。ところが14日の朝になると、党中央の影響で態度を一転させ、本会議が約2時間半も中断する事態となりました。
 『北海道新聞』15日付「医療費めぐり公明ドタバタ」の記事によれば、「(14日朝)党本部の冬柴鉄三幹事長が、自民党の山崎拓幹事長を通じて自民党道議に『意見書に慎重な公明党に配慮してほしい』と働きかけた」ことで議論は振り出しにもどったものの、最終的には公明党が「『…負担増への反発が強い支持者の手前もある』と折れ、意見書は全会一致で可決された」というのです。
 これに対して神崎代表は「党中央幹事会の方針に従わなかったのは遺憾だ」と発言したのです。
 道議会の意見書と、それを抑えにかかった公明党と、いったいどちらに道理があるのか――答えは、この間の国会論戦などを通じても明らかです。

<“負担増は医療費増大招く”かつての主張どこへ?!>
 公明党は、「国民皆保険制度を将来にわたって守るため」には負担増が避けられないと繰り返し強調。負担増の先送りは「医療保険財政をさらに悪化させ、より大きな負担増として国民にハネ返ってくる」などと、国民を脅して、実施凍結を求める声を抑え込もうと必死です。
しかし、いま負担増を強行すれば経済や国民の暮らしにどんな悪影響を与えるかという問題については、いっさい口をつぐんだままです。
 3割負担を正当化する同党のあれこれの言い分は、これまでの同党自身の主張とも正反対のものです。

●(負担増で)病院へ行くのを手控えるようになれば、…かえって医療費の増大を招くことにもなりかねません(『公明新聞』970818/『しんぶん赤旗』H15.2.23)

患者負担増はもう限界(『公明新聞』970816/『しんぶん赤旗』H15.2.23)

●「だれでも、どこでも」受診を可能とすることを基本としてきた国民皆保険の理念を自ら崩すことになる(『公明新聞』970826/『しんぶん赤旗』H15.2.23)

医療費の負担増に反対徹底したムダ削減で年間10兆円程度の財源確保は十分に可能」(98年の参院選法定ビラ/『しんぶん赤旗』H15.2.23)

3割負担には反対2001年の参院選の全国保険医団体連合会のアンケートに答えて/『しんぶん赤旗』H15.2.23)

●神崎代表は(※02年2月6日)記者会見で、引き上げ実施時期について「政府管掌健康保険の財政問題と景気の動向を両方見ながら判断すべきだ」と述べ、「(※平成)15年4月」の実施にこだわるべきでないとの姿勢を示していた。(『産経新聞』020213)

●首相が(※02年2月)7日夜発した「だめなら考えるところがある」という解散を示唆するような発言は、同党執行部の態度を一変させた。(『産経新聞』020213)
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6日には「政府管掌健康保険の財政問題と景気の動向を両方見ながら判断すべきだ」と述べていた人が、翌日には態度を一変させたというのですから、いかに公明党の言動がイイカゲンであるかが分かります。
●(※2002年2月)7日夕、自民党幹部の一人は、衆院本会議場で公明党の神崎武法代表とひそかに接触、医療費自己負担引き上げに慎重な坂口力厚生労働相が辞任に踏み切ることのないよう協力を求めた。 これに先立ち、与党内には「坂口厚労相が辞意を漏らした」という情報が流れていた。坂口厚労相が辞任する事態になれば小泉政権、与党三党体制の崩壊につながりかねない。(中略)坂口氏は公明党執行部によって説得された。(『産経新聞』020213)

3割負担を見送ると、03年4月からの保険料の引き上げ幅をさらに拡大しなくてはなりません。(『公明新聞』030221
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※「創価学会を支持母体とする公明党ではもともと、医療制度改革での国民負担引き上げに慎重な意見が強い」(『産経新聞』020213)という状況において、神崎代表自身、「政府管掌健康保険の財政問題と景気の動向を両方見ながら判断すべきだ」と述べていた。それにもかかわらず、与党三党体制を守るために医療費三割負担に同意した公明党。ここにも、学会=公明党の行動基準の優先順位「国民<会員<池田=権力欲の充足」がハッキリと表れているといえそうだ。(法蔵)




与党か学会か、米のイラク攻撃支持で公明板挟み

(『讀賣新聞』H15.2.17抜粋)


米国のイラク攻撃の可能性が高まる中、公明党が厳しい決断を迫られている。冬柴幹事長らが「米国支持」の政府方針に同調する方針なのに対し、党内や支持団体の創価学会内は慎重論が大勢だからだ。与党入りから3年4か月。内外の世論を二分するイラク問題で、公明党の対応が問われている。

<綱引き>
 冬柴幹事長は16日のテレビ番組に出演し、イラク攻撃の是非で米国と対立する仏独両国などを「米国がイラクにかけている圧力を抜く利敵行為で、解決を先延ばしにする」と批判した。そのうえで、「(イラクのフセイン政権は)ここまで(国連安保理決議に)違反してきたのだから、世界中が(打倒に)賛成する」とイラク攻撃に理解を示した。こうした発言は、米国支持の政府方針を認めるための「環境整備」と見られる。
 だが、党の外交・安保部会では「戦争には反対だ」(沢たまき参院議員)、「新たな国連決議があっても、攻撃は認められない」(若手議員)といった意見が根強い。先月の幹部会合でも「イラクが一方的に悪い」と指摘した冬柴氏に、「武力攻撃だと市民が巻き込まれる。宗教団体である支持団体は耐えられるのか」との反論が出たという。
 安全保障問題の論客である市川雄一常任顧問は今月上旬、神崎代表に「イラク攻撃を『イヤ』と言えば、政権離脱という話になりかねない。支持者向けの話ばかりしていると、党の方がもたなくなる」と強調した。
 執行部も一体とは言えない。情勢を見極めようとする神崎代表をはさみ、政府方針支持の現実路線を唱える冬柴氏らと、武力行使慎重論の浜四津敏子代表代行らが綱引きを続けている。

<振幅>
 安保政策をめぐる公明党の対応は、他の与党からは「ぶれが大きく、分かりにくい」(自民党幹部)と見られている。
 昨年12月、テロ対策特別措置法に基づく海上自衛隊のイージス艦派遣に公明党は反対したが、派遣撤回までは迫らず、事実上、黙認した。2001年、国連平和維持活動(PKO)協力法改正の与党協議で、公明党は慎重姿勢だった自衛隊の武器使用基準緩和を突然容認し、自民党を驚かせた。
 公明党議員の多くは、支持団体の創価学会について「反戦・平和志向が強く、武力行使にまで踏み込んだ安保政策には同調しない」と考えており、一方で与党の一員としては現実的な対応を求められている。安保政策がぶれる原因も、このあたりにありそうだ。
 創価学会の指導者、池田大作名誉会長は先月26日、テロや大量破壊兵器問題などに関する提言を発表。「軍事力を全否定することは(略)、政治の場でのオプション(選択肢)としては、必ずしも現実的とは言えない」としつつも、「超大国(米国)の自制を切に望むのは、決して私1人ではないと思う」との見解を示した。
 党内には「平和的解決への努力でどうしても打開できない時は、武力行使もやむを得ないということだ」(中堅議員)とする見方や、「創価学会は米国にも多くの会員がいる」として米国向けのメッセージとする向きもある。だが、創価学会側は「我々が武力行使を容認したことはない。公明党には与党としての現実的な判断があるだろうが、我々が納得できる説明をして欲しい」(幹部)としている。
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<公明党、コロコロ変わる二枚舌>
常任理事国で一、二カ国が反対する状態で武力行使した場合、日本は容認するだろうが、公明党は賛成できない(冬柴幹事長『日経新聞』H15.204/『しんぶん赤旗』030314)
変↓節

◆公明党の北側一雄政調会長は同じ番組(※2日のNHK報道番組)で、「国際社会が一致結束できるようにすることが極めて大事だ。そのあとのことを議論する状況ではない」と述べるにとどめた。同党はこれまで「新たな決議なしでは反対する」(冬柴鉄三幹事長)との立場だったが、与党内の足並みをそろえることを優先したものとみられる。(『朝日新聞ニュース速報』030302)

◆公明党の冬柴鉄三幹事長は(中略)査察継続に疑問を呈した。(時事通信社030308)

◆公明党は10日、国連安全保障理事会による武力行使容認決議が採択されないまま、米国がイラク攻撃をした場合でも攻撃を容認する方針を固め、党内調整に入った。米国支持を決めている政府方針に合わせざるを得ないとの判断からだ。(『読売新聞ニュース速報』030311)
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※自民党幹部が「ぶれが大きく、分かりにくい」というように、表向きは「反戦・平和」を主張し、自衛隊の海外活動に消極的言動をとりつつも、要所々々では、自民党にしっかり同調している。このような、公明党の一貫性のない言動は、池田が「軍事力を全否定することは(略)、政治の場でのオプション(選択肢)としては、必ずしも現実的とは言えない」(1月26日の提言『YOMIURI ONLINE』H15.2.17)と発言しているように、池田自身の意志の表れでもあろう。
 ヒラ議員の主張が一般の学会員や学会の表向きの主張に沿ったものであるのに対し、公明党首脳の言動が自民党寄りであるのは、どういうことか。学会首脳と太いパイプで繋がれ、その進退の一切を事実上池田に掌握されている公明党首脳が、学会中枢の意向を無視して行動することなどありえない。つまり、公明党の、自民党と学会の間で板挟みとなっているかのような「蛇行走向」は、池田自身の心の反映であり、「平和主義」の旗印で会員を引き付けて来た池田が、如何に会員を欺きつつ真の目的=権力欲の充足を実現するかという、苦悩の表れだといえよう。
 権力に近づくことは、広布が進展しているという幻想を会員に抱かせるという利点があるとともに、自分が『身延相承書』でいうところの「国主」とならんとの狂った思惑を達成する方途ともなる。
 このようにみてみれば、公明党の「変節」体質は、「与党か学会か」という板挟みではなく、池田自身の「本音(権力欲)か建前(平和主義)か」という板挟みによるものである、といえる。(法蔵)
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◆「与党になって最大の風圧がイラク問題だ」。
開戦直後の三月二十一日、党の支持母体である創価学会の佐藤浩青年部長は東京・信濃町の学会本部で、地方組織の危機感をあらわにした。(省略)しかし、現場の声は厳しい。二月上旬の学会本部。秋谷栄之助会長ら執行部と地方幹部の方面長がそろった席に、神崎武法、北側政調会長が招かれた。イラク問題を巡り、方面長から連立重視に傾きがちな党の姿勢に批判的な声が相次いだ。党所属国会議員も「支持者から『なぜ戦争反対といわないのか』とのメールが大量に来る」と頭を抱える。
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「創価学会=公明党=池田名誉会長の支配」の構図が全く違うことを証明してくれていますね。もし仮に、公明党が学会に支配されているならばこんな問題はでてきませんよね?これは創価学会と公明党が別組織であり支援団体として公明党の動きをしっかり監視していることを証明していますね。(yh:28290)
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学会の支援がなければ、公明党議員は一人として当選できないはず。もし、学会が本気でイラク戦争に反対であるならば、選挙での公明党支持辞退を表明するだけで、公明党は慌てて政権離脱をしてでも、イラク戦争に反対しただろう。つまり、学会が公明党に対して「苦言」「批判」を呈したのは、会員向けポーズ=「ガス抜き」に過ぎない。「支持者から『なぜ戦争反対といわないのか』とのメールが大量に来る」とあるように、多くの会員はイラク戦争に批判的なのだ。その会員の意向と学会首脳(とくに池田大作)の意向が反するからこそ、公明党には池田の意向どおりの行動をさせる一方で、会員の意向を汲む形で、学会首脳に公明党批判をさせたのである。こんなことは、誰にも分かることである。分からないのは洗脳された池田教徒くらいのものです。

理想は理想、現実は現実などといって、その場その場を、ごまかしているのが現代ではないだろうか。この二つを、まるで別物のように扱って、諦めているのは、現代の精神の薄弱さを意味している。(中略)理想を現実化し、現実を理想に近づけていく力、この力こそ日蓮大聖人の大生命哲学です。(戸田城聖/『人間革命』第3巻「漣」)
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「現代」を「創価学会・公明党」に置き換えても十分意味は通じる(笑)。今の学会・公明党は、一体の関係(学会が主・公明党が従)にありながら、理想的立場は学会が担当し、現実的(妥協的)立場は公明党が担当している。学会の「平和外交」は口先だけの理想論か、手を汚さない金銭援助が中心。公明党は権力に迎合し、学会の説く理想を現実化しようという意欲も行動もない。理想は売名、会員向けポーズのために、現実は権力欲の充足のために、それぞれ使い分けてる。学会・公明党は池田の手先という意味で一体であるが、池田自身が理想(平和)と現実(世俗=権力)の間で右顧左眄しているために、公明党=権力迎合、学会=現実逃避の理想論、という「政教分離」が進行している。これは、公明党の政界進出が、仏法の理念の実現という当初の目的とはまったくかけはなれた状況におかれているということ、言い換えれば、いくら学会が大きくなり公明党が大きくなっても、世の中は良くならないということです。




政党政治の自殺

(平沢勝栄・衆議院議員『諸君!』H15.2抜粋)

<政党政治の自殺行為>
・公明党との連立を組んで以来、さまざまな政策面でのギプ・アンド・テイクが行なわれてきました。
 例えば平成11年に、総額約7000億円をかけて地域振興券(関連記事参照)が配られました。
・本来の考え方とは相容れない法案を自民党はなぜ通したのか。それは通信傍受法案を可決させるためでした。要するに地域振興券と通信傍受法をバーターしたのです。通信傍受法は野党からの反対が強く、政府が提出してから1年あまり店晒しになっていました。当初、公明党は共産党に次いで反発しており、創価学会の機関紙『聖教新聞』が、「盗聴法は平成の治安維持法」だとして厳しく批判していたほどです。その公明党が連立与党の話し合いの中で、賛成派に回ったのです。 ・政策バーターは通信傍受法だけにとどまりません。空中給油機配備のために児童手当を拡充し、斡旋利得処罰法案の適用対象から秘書を外す骨抜き案に同調してもらうかわりに子育て支援策を通すなど、さまざまな形でバーターが行なわれているのです。2003年度の税制改正でも、公明党が配偶者特別控除の廃止に難色を示したため、見返りとして児童手当の拡充が決められました。明らかに選拳向けのバラマキ政策です。

<公明党という「呪縛」>
 テロ対策特別措置法が2001年に成立した時も、国会承認をめぐって民主党案をべースに修正協議が進められていましたが、存在感を失うことに危機感を抱いた公明党の働きかけで、最後は公明党案の事後承認で法案が通りました。また同法に基づく米軍支援のためにイージス艦の派遣が2002年の12月にやっと決定しましたが、ここまで判断が遅れたのは与党内で公明党が強硬に反対していたからです。結果的には与党間での調整がつかず、政府の判断となりましたが、それでも神崎武法代表は「公明としては反対だ」と表明していました。
 平和路線を標榜する公明党として、集団的自衛権の行使につながるおそれのあるイージス艦の派遣には応じられないというのですが、護衛艦はOKでイージス艦はダメという論理は通じません。イージス艦も、従来艦に比べて極めて高性能ですが、護衛艦でしかないのです。
 公明党は一貫してイージス艦派遣に反対しているように見えますが、小泉首相に派遣の断念を強く迫ったわけではなく、いわば"黙認"したのです。いままでの経緯から考えると、イージス艦派遣を認めるかわりに公明党が何らかの反対給付を要求してくる可能性がないとはいえません。公明党としては、イージス艦派遣を黙認したのだから、そのかわりに要求をのめ、と言えるのです。これから予算編成が始まりますから、そこで従来みられたような「バラマキ行政」的なものを言ってくるかもしれません。あるいは選挙区の候補者調整で何か言っ定くるかもしれません。




旗幟鮮明にせず、最終的に強い方につく

(『毎日新聞』H15.1.14抜粋)


 小泉純一郎首相と自民党内の「抵抗勢力」双方が、競うように公明党・創価学会の攻略に力を注いでいる。従来の公明党の手法は「旗幟鮮明にせず、最終的に強い方につく」(幹部)というもの。公明党がどちらを向くのかが、両者の力関係を見る目安にもなる。




池田の策略とウソ

(原島嵩『妙教』H12?抜粋)

 池田の得意技は、おだてたり、餌をちらつかせるラブコール戦法にあります。これには、政治家、財界人、文化人、マスコミ等が、ほとんど手もなくやられてきました。
 宮本顕治氏もその一人です。池田は、大森実氏との対談で、

●十数年前から"この人(宮本氏)は屈指の指導者になるな"と思っておりました。-中略-現在の指導者で右にでるものはないでしょう」「わたしは一貫して共産党のいうことを理解しておりました……未来において協調すべきだし、それしかないです(池田大作『週刊現代』S48.4.12/『妙教』H12?)

と述べて、宮本氏をおだて、これによって創共協定が結ばれたといわれています。昭和45年、創価学会は組織ぐるみで宮本宅の電話を盗聴し、その一方で友好的に接近し一杯くわしたのです。
 また池田は、昭和45年の言論妨害事作直後、当時の西村栄一民社党委員長に財界有力者を通じて「公明党を丸ごと受け取ってくれ」と心にもないことを働きかけました。
 昭和56年にも同じような手をつかっています。北條前会長の通夜の晩、池田にこっそり会った民社党の佐々木良作元委員長は、

●「佐々木先生には今後、特別いろいろお世話にならなきゃならんと思います。政権も担当してもらわなきゃならん筋になります」とささやかれた。「どきっ」とする話しぶりだった(元民社党委員長・佐々木良作『朝日新聞』S63.10「一日生涯」)

と証言しています。
 社会党の江田三郎氏はもっと悲劇でした。池田は、矢野らによって提唱された革新再編成の旗印のもと、「公明党の看板はなくなってもいい」(S51・5・17)と、公明党を解党して社公民新党を結成すると空手形をちらつかせ、江田氏を迎える構想で乗せたのです。その上で、翌年三月、党内から批判をあびていた江田氏に離党をせまるとともに、マスコミにリークして、離党せざるをえない状況にしたといわれます。
 もちろん、こうした画策と平行して、自民党田中派、田中・二階堂氏を中心にたえず選挙協力、国会対策などでエサをまき、自公連立の機をうかがい続けたことはいうまでもありません。





立党の原点

―竹入義勝(秘話 55年体制のはざまで:12)―
(『朝日新聞』H10.9.18)

 政治家になったのは、創価学会からの指示だった。委員長就任の打診があったときは、ともかく逃げ回ったが、最終的には従わざるをえなかった。学会の副理事長や総務をやってきたが、取りえは元気がよくて活動的だったことぐらいだ。だから、無我夢中で党活動に専念した。福祉、公害、基地問題は公明党ならではの取り組みだった。やはり、足で稼いだクリーンヒットが多かった。これは都議会時代に身についたものだった。
 党活動も最初は怖いものなしだった。米軍の核問題でも正面からぶつかっていったのがよかった。核兵器があるのではないかといって調べていったら、いろいろな結果が出て、ゴルフ場を返せ、基地を返せ、につながった。沖縄の米軍基地総点検では米軍公表よりも基地の数が多いことを明らかにし、核貯蔵疑惑を指摘して大反響を呼んだ。
 公明党が政界に出てきて、米国はどんな党なのかよく判断できなかったのではないか。すごく寛大で、米国らしいなと思った。

 若気の至りというか、冷や汗をかく、きわどい問題もあった。衆院に進出して間もなくの総選挙で、大量の入場券をかき集めた「替え玉投票事件」が発覚して、大騒ぎになった。東京、神奈川などで、逮捕者は30人ぐらい。海外に出た人もいた。都議選では選管職員と投票所で乱闘事件を起こしたこともあった。投票の締め切り時間が早すぎると言って殴り合いを始めたのだが、前代未聞の大事件だった
 替え玉投票事件では、警視庁の幹部にも陳情に行き、さんざんしぼられた。東京地検にも行った。「2度としないので勘弁してください」と謝ったが、地検幹部から「ここへ来るとみんなそういうんだよ」とやられた。そこで「こういう事件を2度と起こさないことを誓います」と言ったら「いっぺんだけ信用しよう」といわれた。
 この事件は検察が大喜びで、「検察始まって以来の事件」と意気込んだものだったが、幸い大がかりな事件にならずに済んだ。

 1976年10月に公表した「生きがいとバイタリティーのある福祉トータルプラン」は大成功だった。本格的な福祉政策を出せと政審に強く注文。正木良明政審会長が「2000万円かかる」といってきたが、「結構だ」と踏み切った。正木さんは昨年亡くなられたが、政策面で大いに助けてもらい、心から感謝している。
 この計画は、福祉政策で何とか独自性を出せないかと考えていてひらめいたものだった。選挙ではずいぶん役に立った。「これが目に入らぬか」の水戸黄門の印篭(いんろう)のように福祉トータルプランの本を掲げたものだ。当時の野党としては画期的だった。実現可能性を重視した政策で、何でも反対の野党を脱皮させる刺激的なものだった。

 私の在任中も党の体質は崩れていった。既成の権力に組み込まれる中で「腐敗政治と断固戦う」という立党の原点が徐々に薄れていたのだ。67年に自民党の国会対策費を国会で追及し、自民党が発言の取り消しを要求してきたので、逆に福田赳夫幹事長に「けしからん」と怒鳴り込んだが、そのころの腐敗追及の威勢は全くなくなってしまった
 権力は絶対的に腐敗するというけれど、その通りだ。どんなに政策がよくても、腐敗があってはいけない。信頼がなくなれば何をやっても力にならない。

 戦後半世紀の政治を見ていると、政党のための政党政治が大手を振って歩いてきたのではないか。政党の離合集散があり、多くの政治家が政党を渡り歩くなど混乱が続いているが、戦後半世紀の保守政治を清算する意味で、今は、苦しいけど通らなければならない道だと思う。悲観すべきことではない。参院選で自民党が惨敗したが、国民の関心、見方が変わってきたことは喜ばしい。
 21世紀を展望して日本の政治をどうすべきか性根を据えて考えるべき時だ。国民の1人として言わせてもらえば、自民党で政治の改革ができるのだろうか。その点から言えば、今は自民党に手を貸すべき時ではない。与党でもなく野党でもない「第3極」を掲げることは、野党の結束を求める動きの中で腰が引けている印象だ。事情は分からないではないが、日本の政治を根本的に変えるという視点があれば、選択の幅はそう広くないと思う。
 政治が何かの利益団体のために、利益を擁護したり代弁したりする時代は終わりつつある。1つの団体や勢力が政党を支配したり、政党が奉仕したりする関係は、国民が目覚めてきて、あらゆる面で清算される時代になっている。





左右に揺らぐ路線

(『朝日新聞』S59.11.13抜粋)


 47年総選挙で敗れ、共産党が進出したあたりから路線は左右に揺らぐ。48年1月「反自民、反権力」と左カーブ、小選挙区制導入粉砕、美濃部東京都知事支持など社会、共産両党との提携を強化。とくに日米安保条約については、結党時の「発展的解消」から「段階的解消」へそして「早期解消」、さらに48年9月、初めて「即時廃棄」に
 ところが、49年4月の京都府知事選の蜷川七選出馬問題で社会党と、さらに憲法をめぐる論争で共産党と、それぞれ距離ができ、50年10月の党大会では、竹入氏が「改心した自民党員」を巻き込む形での中道国民戦線の結集を提唱、いわゆる現実路線に軌道修正、将来の保守中道連合に道を開く。さらに、安保の存続を事実上黙認、53年自衛隊を認知する竹入発言につながった。
 54年末から55年初めにかけて公明党が橋渡し役となってようやく結んだ社公、公民の連合政権構想も、55年6月の衆参同日選挙で野党側が敗北すると、空中分解状態に。公明党は連合の基軸を次第に自民党寄りに移していく。
 56年夏の竹入氏の初訪韓、年末の党大会で、保守との連合を頭に置いた「新しい選択」を掲げ、「安保存続、領域保全に限定した自衛隊合憲」へと政策転換
 公明党は、今回の二階堂擁立工作をきっかけに、公然と自民党との連合政権づくりに踏み出すだろう。




全体主義から社会主義まで


◆全体主義が一番!?(池田大作「第61回社長会」720615/『慧妙』020916)
 本当は、全体主義は一番理想の形態だ
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公明党という政党は、地方議会では多少経験があるけれども、本格的な日本の議会制民主主義にまだ慣れてない。全体主義の傾向のある公明党が間違いを犯したら、日本の政治全体がおかしくなる。(竹入委員長と懇意にしていた衆議院記者クラブ所属の朝日新聞記者・柴隆治/参議院議員・平野貞夫『月刊現代』H16.5)

◆「宗教社会主義」!?(石原慎太郎『国家なる幻影』H11発行/文芸春秋社)
 しかし土台大学紛争なるものの原因は希薄で、火の手の発祥地だった東大医学部のように前近代的な機構が問題になるのは当然だろうが、それに呼応してそこら中の大学で学生たちが改革を唱えて暴れるというのは大方故のないことにしか見えなかった。(中略)あれは一種の精神風俗への感染症としかいいようなく、覆面にヘルメットというファッションは宗教団体にまで蔓延していき、創価学会の青年部の学生たちと一緒に池田会長までがヘルメットに覆面といういでたちで片手を突き上げ、「宗教社会主義」なる面妖な祝詞をとなえているのを何かのグラビアで目にしてあきれ果てたのを覚えている。(同書89・90頁)
※かつて池田が唱えていたという実体のない「宗教社会主義」なる主義は、いつのまにやら完全に捨て去られた。社会主義とは対極にある「資本主義」の擁護者・自民党に擦り寄り、権力者気取りである。御本人は以前から「全体主義が一番」だと思っていたようですが・・・(法蔵)

◆安保闘争(PublicityNo.028/011022)
 岡留:少しは政権内野党として機能してるんじゃないの? そう、公明党と言えば、70年安保闘争の時、創価学会の学生部が学生運動をやっていたんですよ。「新学同」って言ったかな。 −−しかし、トータルでみて、いまの公明党は、ほとんど国家主義化の動きに加担していると言っていい動きっぷりですよ。 岡留:まあ、補完勢力だね。