創価学会関係略年表 創価学会破折
創価学会関係略年表


1912(T1)
◆わが国においては国および国の首長たる天皇は、まったく同心一体と申すべきで、君に忠を尽くすのはすなわち国を愛する所以であるということを十分子供に了解させておかなければなりません(牧口常三郎「教授の統合中心としての郷土科研究」大正元年/『フォーラム21』H14.3.15)


1915(T3)頃 大日本皇道立教会(南朝を正統として両統の融和を計ることを目的として大正3年に設立された団体)で活動(<芳野朝廷研究会>WS)
[画像]:大日本皇道立教会のメンバー


1928(S3)
・6月頃 牧口常三郎(後の創価学会初代会長)・戸田城聖(2代会長)法華講信徒三谷素啓により折伏され日蓮正宗に入信


1930(S5)
・11月18日 牧口常三郎、創価教育学会を創立


1943(S18)
・7月6日 牧口常三郎・戸田城聖、治安維持法違反・不敬罪等の罪状により拘引


1944(S19)
・11月18日 牧口常三郎、獄中にて逝去


1946(S21)
・3月頃 戸田城聖、創価教育学会を「創価学会」と改称し再建


1947(S22)
・8月24日 池田大作、日蓮正宗に入信(現・東京昭倫寺にて)


1951(S26)
・5月3日 戸田城聖、創価学会第2代会長に就任(東京常泉寺にて就任式を挙行)

・12月18日 戸田城聖、宗務院の命により登山し、創価学会の宗教法人設立に際して3ヵ条遵守を約束
 1)折伏した人は信徒として各寺院に所属させること 2)当山(日蓮正宗)の教義を守ること 3)三宝(仏・法・僧)を守ること


1952(S27)
・4月24~28日 宗旨建立700年慶祝記念大法要奉修

・8月27日 創価学会、東京都知事より宗教法人の認証をうける
●我々の折伏活動が全国的活動となり、邪宗との決戦に至る時の大難を予想し、本山を守護し諸難を会長の一身に受けるの覚悟に外ならない(戸田城聖『聖教新聞』S26.12.20/『慧妙』H17.3.1)
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昭和27年、創価学会が宗教法人格を取得する際、第2代会長・戸田城聖氏は、その目的をこのように述べていた。


1956(S31)
・1月29日 戸田城聖、日昇上人御隠退表明を拝して『信者の大精神に立て』との談話を発表「先代牧口先生当時から学会は猊座の事には一切関知せぬ大精神で通して来たし、今後もこの精神で一貫する。これを破る者はたとえ大幹部といえども即座に除名する」(『聖教新聞』)

・8月10日 戸田城聖、日淳上人に対し奉り「将来、もし学会が大きくなって、宗門に圧力をかけたり、あるいは内政干渉をするようなことがあったら、いつでも解散をお命じ下さい」と申し上げる(岡山妙霑寺落慶入仏式)


1957(S32)
・大阪事件 4月に行われた参議院大阪地方区補選で創価学会幹部ら45人が公選法違反で起訴される(7月)。20人の創価学会員については戸別訪問で罰金1万円から3千円、うち10人に公民権停止3年、7人に公民権停止2年の判決が言い渡されている。(<池田神話のひとつ「大阪事件」の真相>


1958(S33)
・3月30日 戸田城聖、法華講総講頭に任ぜられる

・4月2日 戸田城聖、逝去
・池田、「7つの鐘」構想を発表
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戸田会長逝去直後の総会で、当時参謀室長だった池田大作は「広宣流布をめざして」という題名のもと、過去から未来にかけての創価学会の道筋を、7年ごと、7つの段階に分けて意義付ける「7つの鐘」構想をぶちあげた。牧口、戸田時代の歴史を第1から第4の鐘とした上で、昭和40年までを第5の鐘、同47年までを第6の鐘の時代とし、昭和54年に7つの鐘を打ち鳴らし、広宣流布を実現すると予言→昭和54年までに広宣流布達成すると予言していた池田大作氏としては、何としても正本堂=御遺命の戒壇、という意義づけがしたかったのである。そして、正本堂の完成以降は、折伏を表に出さずに文化運動を中心にして活動しようとしたのであろう。


1960(S35)
・5月3日 池田大作、創価学会第3代会長に就任(東京日大講堂)


1964(S39)
・4月1日 池田大作、法華講総講頭に任ぜられる


第1次教義逸脱


―宗門支配・独立画策―
1966(S41)
・5月3日 池田、第29回本部総会で「広布実現への指針」示す
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「(※7つの鐘の終了で)そこで広宣流布の1つの目標に到達しますが、そんなにむりする必要はない。それで、その昭和54年から、もう11年目までをみると、その11年目が正応3年10月12日、今の日蓮正宗総本山大石寺が創立されてから、ちょうど7百年目に当たります。(中略)昭和54年から11年目の昭和65年、西暦1990年、この年を目標にして広宣流布の大総仕上げにかかりたい―こう決意している次第であります。(中略)折伏も、1千万の基盤は、すでに第7の鐘で、昭和54年にできあがれば、65年までには、さらに4、5百万世帯ぐらいまではいくのではないかと考えられます。これはあくまでも話として聞いていただきたいのですが、1千5百万世帯になれば、いまの日本の世帯数は、2千4百万世帯ぐらいですから、ゆうに半分以上を占めることになります。そうなれば"舎衛(しゃえ)の三億"の方程式は、事実上間違いなく、それ以上の結果になることは明らかです。」(『聖教新聞』S41.5.4)
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すなわち、昭和54年から11年後の昭和65年(実際には改元して平成2年)に「広宣流布の大総仕上げ」をなし遂げる、というのである。


1972(S47)
・10月11日 正本堂落成慶讃大法要(~17日)


1974(S49)
・4月12日 創価学会、宗門支配を画策山崎・八尋報告書「本山の件」

・5月10日 創価学会、宗門からの分離独立を画策(北条報告書「本山の件」)

・6月18日 創価学会、宗門からの分離独立を画策(北条報告書「宗門の件」)


1975(S50)
・昭和50年から、池田大作は、宗門にも世間にも内緒で、"特別財務"を集めはじめた。それが、3年足らずで600億円を超える額となり、池田大作は有頂天(うちょうてん)になった。(中略)「日本一の金持ち」気分にひたった池田大作は、日本中、所かまわず土地を買い漁(あさ)り、会館・文化会館を建てた。また、温泉地・観光地の物件を買い漁り、"研修所"という名目で、温泉付き"別荘"を建てた。(『慧妙』H16.10.16)


1976(S51)
・総選挙では公明党が56議席を獲得して第3党に踊り出る
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宗門支配の戦略が功を奏したのをはじめ、総選挙で議席を伸ばしたこと、また学会内では、池田大作の作詞・作曲とされる(※実際には、ほとんどが音楽関係者の応援による)「人間革命の歌」が、組織を勢いづかせていた。こうして池田の野望は、最終段階へと進んでいったのである。(『慧妙』H16.8.1)


1977(S52)
・1月15日 池田大作、第9回教学部大会で「仏教史観」を語る。これより創価学会昭和52年教義逸脱路線が表面化
<52年路線の主なもの>
 1)戸田会長の悟達が創価仏法の原点 2)大聖人直結、血脈・途中の人師論師不要 3)『人間革命』は現代の御書 4)会長に帰命、久遠の師、本門弘通の大導師、 主師親三徳 5)寺院・会館混同(寺院軽視) 6)謗法容認 7)在家でも供養を受けられる 8)学会僧宝論

・4月 民社党から国会に提出される質問趣意書の写しが送り付けらる。
土地取得や開発行為に違法がある。宗教施設の名目で、実態は、保養所や池田大作の豪華専用施設が作られている(民社党の質問趣意書『慧妙』H16.10.16)
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民社党候補に対し、学会票を貢(みつ)ぎ物に差し出す。ということで、何とか国会質問はくい止めた。"公民選挙協力"は、この時から始まった。(『慧妙』H16.10.16)


1978(S53)
・2月9日 日達上人、創価学会の歴史的経過の上から教義逸脱路線の根源を指摘

・2月22日 日達上人、2月12・14日の池田大作の御目通りの内容を公表
 1)池田大作「手を切るのだけはやめてほしい」と懇願 2)日達上人「池田会長に日蓮正宗信徒の基本を徹底するよう」指南

・6月29日 日蓮正宗、教師指導会で創価学会からの教義逸脱是正文書を公表

・6月30日 創価学会、「教学上の基本問題について」(教義逸脱を是正)を発表(通 称「6.30」)

・9月28日 創価学会、模刻本尊7体を総本山に納める

・11月7日 創価学会創立48周年記念登山代表幹部会において、池田大作が52年逸脱路線について謝罪(通 称「お詫び登山」)


1979(S54)
・4月24日 池田大作、学会問題の責任を取り会長を辞任し名誉会長となる。北條浩、創価学会第4代会長に就任([資料]:北條新体制を報じる『聖教新聞』)
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池田は昭和54年4月に責任を取って辞任表明した際、今後は会員を指導したり院政を敷いたりしない、と日達上人に誓っていた(『慧妙』H22.12.16)

・4月26日 池田大作、学会問題の責任を取り法華講総講頭を辞任し名誉総講頭となる

・5月3日 日達上人、創価学会第40回本部総会において、池田名誉会長他首脳がそれまでの過ちを正直に反省したことを大前提として52年逸脱路線問題を収束される(創価大学体育館)


表向き信伏随従


1979(S54)
・7月22日 日達上人、御遷化 日顕上人、第67世御法主に登座

・12月1日 北条浩、『北条報告書』の件につき『聖教新聞』でお詫び


1980(S55)
・4月2日 池田大作、所感「恩師の23回忌に思う」で、52年路線は全て自分の指導に原因があると反省懺悔(『聖教新聞』)

・11月26日 日顕上人、創価学会創立50周年記念幹部登山において、52年路線の誤りを再度指摘し、下記について御指南
 1)僧俗及び2つの法人の関係に対する認識 2)指導者中心のあり方 3)教学研鑽の基本姿勢(特に「学会にも指導者にも誤りは無かったという発言は許されない」と強調)


1981(S56)
・7月18日 北條浩、逝去 秋谷栄之助、創価学会第5代会長に就任

・10月10~16日 宗祖日蓮大聖人第700遠忌奉修


1984(S59)
・1月2日 池田大作、法華講総講頭に再任される


第2次教義逸脱


1990(H2)
・7月17日 創価学会、宗門との連絡会議の席上、法主上人・宗門を一方的に批判し席を立つ(東京常泉寺)

・10月6~7日/12~13日 大石寺開創700年慶讃大法要(初会)奉修 大石寺開創700年慶讃大法要(本会)奉修

・11月16日 池田大作、創価学会第35回本部幹部会において、猊下、宗門、僧侶の蔑視・軽視発言(52年逸脱路線無反省を露呈)

・12月13日 日蓮正宗、創価学会との連絡会議の席上、池田大作の11月16日のスピーチについての『お尋ね』文書を学会に提出する。創価学会、「出所不明のテープを元にした文書は受け取れない」と受け取りを拒絶(東京常泉寺)

・12月16日 日蓮正宗、創価学会へ『お尋ね』文書を発送

・12月24日 日蓮正宗、創価学会からの12月23日付『お伺い』なる9項目にわたる事実無根・捏造の宗門批判文書を受信

・12月27日 第130臨時宗会開催 宗規一部改正を議決 改正にともない総講頭・大講頭の資格喪失


1991(H3)
・1月4日 創価学会、『聖教新聞』紙上で宗門批判キャンペーン開始

・2月26日 創価学会、宗門の化儀を無視した「学会葬」始める(『慧妙』H20.5.16)

・9月17日 秋谷栄之助、第46回本部幹部会で「宗門は天魔と化して、信者ドロボウに狂奔し」と発言

・10月頃 創価学会・SGI、日顕上人退座要求署名運動を開始

・10月21日 日蓮正宗、創価学会へ『通告文』を発送 学会葬などの化儀破壊行為を改めるよう通告

・11月7日 日蓮正宗、創価学会へ解散勧告

・11月28日 日蓮正宗、創価学会及びSGIを破門[資料]


1992(H4)
・3月28日 日蓮正宗、創価学会が宗教法人の適格性を欠くため、東京都知事(当時鈴木俊一氏)に対し『意見書』を提出

・8月11日 日蓮正宗、池田大作を信徒除名処分


1993(H5)
・9月7日 創価学会、「ニセ本尊」作製発表(『聖教』H5.9.8/『慧妙』H25.10.1)

・10月1日 創価学会、「ニセ本尊」販売開始


1996(H8)
・11月18日 日蓮正宗、創価学会が宗教法人の適格性を欠くため、文部大臣(当時小杉隆氏)に対し『意見書』を提出


1997(H9)
・12月1日 日蓮正宗、宗務行政措置を実施この措置により、創価学会員個人の日蓮正宗檀信徒資格が喪失した。



新興宗教・池田教


2002(H14)
・4月1日 会則を変更
・4月26日 規則を変更
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「日蓮正宗総本山大石寺に安置せられている弘安2年10月12日の本門戒壇の大御本尊を根本」(旧会則第3条)「本門戒壇の大御本尊を本尊とし」(旧規則第3条)との条文を削除。「日蓮正宗の教義に基づき」(旧会則第3条、旧規則第3条)の文言を削除。(記事参照)


2004(H16)
・9月9日 第41回本部幹部会において、五座三座の勤行を廃止し、「方便品・自我偈の読誦(どくじゅ)と唱題による勤行を創価学会の正式な勤行として制定する」と発表(記事参照)


2005(H17)
・春 創価大学の教授が日蓮本仏論を否定する論文を執筆。創価はそれを非難しないのであるから、黙認した、という以外ない。(記事参照)


2007(H19)
・8月 金原明彦という学会員が『日蓮と本尊伝承―大石寺戒壇板本尊の真実』なる書を出版。本門戒壇の大御本尊が弘安3年5月御筆の日禅授与の御本尊をもとに、模刻・臨写された御本尊である、との疑難を構える。(記事参照)


2008(H20)
・5月12日 元公明党委員長の矢野絢也氏(76)が脱会。評論家としての活動をやめるよう強要されたなどとして創価学会と幹部7人を相手取り、慰謝料など5500万円の損害賠償を求める訴えを東京地裁に起こす。(記事参照)


2010(H22)
・5月13日 この日行なわれた本部幹部会でのスピーチを最後に、池田大作は会員の前に姿をみせず。一説には、政府筋の情報として、池田大作は脳梗塞になった、と囁かれているという。(<"頭破七分"の現証>


2014(H26)
・11月7日 会則の教義条項を変更し、ついに「本門戒壇の大御本尊」との訣別(けつべつ)を決定(『聖教新聞』H26.11.8)。(<学会、ついに大御本尊との訣別を表明!>


2015(H27)
・11月17日 『聖教新聞』において〈創価学会「勤行要点」による勤行と御祈念文〉と題して、諸天供養の御祈念文並びに日目上人への御報恩を削除する、と発表。(<H27 改変勤行の内容と問題点>


2016(H28)
・11月5日付『聖教新聞』において、またも会則の一部変更と前文の改訂を発表した。いわく、〈今回の改正では、前文に、世界広宜流布を実現しゆ〈「仏意仏勅」の正統な教団は創価学会しかないことから、未来の経典に「創価学会仏」と記されるとの第2代会長・戸田城聖先生のご指導を加えた〉と。(<「創価学会仏」なる邪義妄説を破す>