創価学会破折
化儀改変破折

▲法要の際に足がしびれてしまった池田大作と"怠行"制定を報じる『聖教新聞』(『慧妙』H16.10.1)=池田センセーは正座が大の若手。だから、「五座三座」の勤行が大嫌い。裁判所に提出した証拠書類にも「勤行0分」と記載されていたから、センセーが勤行をしょっちゅうサボっていたことは周知の事実(知らないのは学会批判記事を読まない末端会員くらいか)。だから今回、学会が「五座三座」を廃止し、1回だけの「方便品・自我偈の読誦」と唱題に変更したことに一番喜んでいるのは池田センセーに違いない。信心の基本であるはずの勤行を"怠行"に改変してしまった池田学会は、これからも日蓮正宗の化儀を無視し、池田センセーの都合のよい、つまりセンセーの怠惰な心に従った化儀へと改変していくことでしょう。

●学会の内部資料(学会が裁判の際に証拠として提出した"池田大作の行動記録")によれば、池田は昭和45年当時より、五座三座の勤行もまともにしていなかったことが明らかです。

・「十四時二十五分 勤行  十四時三十五分 手紙二通書く」→勤行10分
・「十三時十五分 勤行  十三時二十分 食事 広間 原稿」→勤行5分
・「十一時〇〇分 勤行  十一時〇〇分 離れに行かれる」→勤行0分
・「十四時〇四分 勤行  十四時一〇分 終了 おそば」→勤行6分

(学会が「月刊ペン」裁判の際に証拠として提出した"池田大作の行動記録"

 池田の朝の勤行というのは、ほとんど、5・6分、あるいは0分(おそらく題目三唱のみ)といった、呆れ果てた体(てい)たらくなのです。
 それ故(ゆえ)、かつて、池田大作が総本山大石寺の法要に参詣(さんけい)した折など、わずかな時間の正座で、すぐに足がしびれて立てなくなるのを、多くの僧俗(そうぞく)が目の当たりにしています。(『慧妙』H16.8.16)




化儀と血脈

学会の化儀の変貌/『慧妙』H22.3.16

学会副教学部長・佐久間昇氏の「『化儀抄』を拝して」を破す/『大日蓮』H3.4
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登山・御本尊
登山否定は大聖人否定!/『慧妙』H26.7.16

「登山」「大御本尊」で迷走する池田指導の本音/『大白法』H23.9.1
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勤行
H27 改変勤行の内容と問題点

H16 改変勤行の内容と問題点

大聖人以来の化儀

化儀と相伝

「開山已来・化儀化法・四百余年全く蓮師の如し」

一念三千と二品読誦の範囲

法体の所在(有師と寛師の見解の相違について)

「久遠元初自受用報身如来の御当体」を削除した理由/『大白法』H22.8.1

意義を違えた観念文(5座)/『慧妙』H26.10.1

意義を違えた観念文(4座)/『慧妙』H26.9.1

意義を違えた観念文(2座)/『慧妙』H26.7.1

意義を違えた観念文(初座)/『慧妙』H26.6.1

諸天善神の本地を削った学会の観念文/『慧妙』H22.3.1

日亨上人著『天拝集説』について/<法蔵>H18.10.9


「五座・三座」の勤行を廃止/『慧妙』H26.4.1

五座三座の勤行を捨てた創価学会は懈怠謗法です/『慧妙』H20.9.16

ついに出た!?"怠行"用の経本/『慧妙』H17.3.1

「丑寅動行をサボった」だと!?/『慧妙』H16.12.1

"怠行"定着に懸命な創価学会/『慧妙』H16.10.1

学会、正式に五座三座の勤行を廃止!/『慧妙』H16.9.16

基本の"五座三座の勤行"を否定/『慧妙』H16.9.1

ついに「五座三座」廃止する学会/『慧妙』H14.6.16
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葬儀・法事
"学会葬"を破す(戒名、導師本尊など)/『慧妙』H16.12.16ほか

「僧侶による先祖供養は不要」!?/『慧妙』H24.9.16

戒名について/『慧妙』H20.3.1

僧侶不在の学会葬の誤りについて/『慧妙』H19.11.1
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塔婆供養
"塔婆批判"破折

創価学会の「塔婆不要論」は誤りです!/日蓮正宗リーフレット「創価学会員の方へE」H23.

塔婆/『大白法』H19.7.16

「空」と塔婆供養の原理/『戸田城聖全集』第4巻249頁〜

大聖人の御正意曲げた塔婆批判/『慧妙』H16.4.16

「塔婆で荒稼ぎ」との非難を粉砕/『慧妙』H15.8.1
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「会館寺院」なる"代替施設"/『慧妙』H23.9.1

「本尊を邪宗の御守扱い」に反響絶大!/『慧妙』H23.8.16

邪教化象徴する色花や造花/『慧妙』H17.2.1

「袈裟は供養集めの小道具」破折/『慧妙』H16.5.1

「10月13日」を"単なる命日"と見る今の学会/『聖教新聞』H15.10.11・『慧妙』H15.11.1
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ショック!「護符」もデッチ上げだった!?/『慧妙』H25.7.1



化儀と血脈


【化儀即化法】
●「義理」「化儀」の簡別は義理は化法なり、大道理なり・化儀は設けられたる信条なり、諸法度なり御開山の廿六箇条又は当化儀条目の如し(第59世日亨上人著『有師化儀抄註解』/『富士宗学要集』第1巻151頁)
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大聖人の下種仏法においては、化法とは下種独一本門の法体とそれに基づく教義・教学であり、化儀とは下種仏法の執行、表明を意味する。(『大日蓮』H3.4)

宗とは所作の究竟なり、受持本因の所作に由って口唱本果の究竟を得(『本因妙抄』全集870頁)
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「所作の究竟なり」とは、本尊受持の一行をいうのであるが、それはまさに化儀であり、化法の執行に当たる。この化儀によって、化法の究竟たる法体の本尊と冥合し、妙法の当体蓮華の実果を得るのである。すなわち、化儀によらなければ化法を執行、表明することはできないのである。(『大日蓮』H3.4)

曼荼羅書写本尊授与の事は・宗門第一尊厳の化儀なり(第59世日亨上人著『有師化儀抄註解』/『富士宗学要集』第1巻112頁)
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大聖人様は、御自身が証得あそばされた御境涯を御本尊として御図顕されるとともに、御本仏の御修行を、初心の行者が同じように振る舞うことができるようにお示しくだされた。このことを、『化儀抄』第73条には、「法花宗は能所共に一文不通の愚人の上に建立」(第9世日有上人『有師化儀抄』/『富士宗学要集』第1巻71頁)といわれている。したがって日蓮正宗の化儀は、単なる形式ではない。大聖人様の御法門を、日々の所作や振る舞いの中に具現させる「行体・布教の要」なのである。(『大白法』)

●当宗化儀即仏法なるが故に謗法宗の化儀の同ずべからざるなり、若し謗法に同ぜばよどうざいなるべし(第31世日因上人『有師物語聴聞抄佳跡上』/『富士宗学要集』第1巻198頁)
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 これは、まさしく化儀即法体なることを御教示されたものである。すなわち、当宗における法要、修行、荘厳式などの一切の化儀は、即法体たる妙法蓮華経(化法)であり、その表明なのである。(『大日蓮』H3.4)
 したがって日蓮正宗の化儀は、単なる形式ではない。大聖人様の御法門を、日々の所作や振る舞いの中に具現させる「行体・布教の要」なのである。
 また、化儀の軽視は、信心や生活の乱れとなり、ついには法門軽視につながるゆえに、化儀を正しく学び行うことが大切なのである。(『大白法』)
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●仏の名を唱へ経巻をよみ華をちらし香をひねるまでも皆我が一念に納めたる功徳善根なりと信心を取るべきなり(『一生成仏抄』全集383頁)

●七月十五日に十方の聖僧をあつめて百味をんじき(飲食)をととのへて母のく(苦)をはすくうべしと云云(中略)目連尊者と申す人は法華経と申す経にて正直捨方便とて、小乗の二百五十戒立ちどころになげすてて南無妙法蓮華経と申せしかば、やがて仏になりて名号をば多摩羅跋栴檀香仏と申す(『盂蘭盆御書』全集1428頁)

●六念の事 念仏念法念僧念戒念施念天なり。 御義口伝に云はく、念仏とは唯我一人の導師なり(三座・大聖人)、念法とは滅後は題目の五字なり(二座)、念僧とは末法にては凡夫僧なり(三座・日興上人以下御歴代上人)、念戒とは是名持戒なり(四座)、念施とは一切衆生に題目を授与するなり(五座)、念天とは諸天昼夜常為法故而衛護之の意なり(初座)。末法当今の行者の上なり。之を思ふべきなり云云(カッコ内は筆者)(『御義口伝』御書1798頁、全集785頁〜)
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五座の意義の原点と拝すべき御指南(『慧妙』H14.6.16)。

●又某を恋しくおはせん時は日日に日を拝ませ給へ・某は日に一度・天の日に影をうつす者にて候、(『新池御書』全集1444頁)
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初座において東天を拝む化儀の根拠となる文証だそうである。

<化法と化儀について>参照



【信心の血脈】<生死一大事血脈抄>参照)
総じて日蓮が弟子檀那等・・・信心の血脈なくんば法華経を持つとも無益なり(『生死一大事血脈抄』全集1337頁〜)
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「総じて」「信心の血脈」とあるように、『生死一大事血脈抄』は、総じての信心の血脈についての御指南である。

1●日蓮が弟子檀那等・自他彼此の心なく水魚の思を成して異体同心にして南無妙法蓮華経と唱え奉る処を生死一大事の血脈とは云うなり(『生死一大事血脈抄』全集1337頁)
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「弟子檀那等」とあるように、「弟子」である御僧侶と「檀那」である信徒が「異体同心」のところに、総じての信心の血脈が流れ通う。

●只南無妙法蓮華経釈迦多宝上行菩薩血脈相承と修行し給へ(『生死一大事血脈抄』全集1338頁)
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「釈迦多宝上行菩薩血脈相承」とあるように、生死一大事の血脈は、釈尊から上行菩薩への別付嘱に由来する。そして、この別付嘱は末法においては唯授一人の血脈として、日興上人をはじめとする歴代上人に伝わっている。↓

2●日蓮一期の弘法、白蓮阿闍梨日興に之を付属す、(中略)血脈の次第 日蓮日興(『身延相承書』全集1600頁)

宗祖云く「此の経は相伝に非ずんば知り難し」等云々。「塔中及び蓮・興・目」等云々。(第26世日寛上人『撰時抄愚記』/『日寛上人文段集』聖教新聞・初版271頁)
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「塔中及び蓮・興・目」とあるように、塔中における上行菩薩への別付嘱が、末法においては唯授一人血脈相承として歴代上人に伝わっている<血脈相伝の体>参照)。

「生死一大事の血脈」とは、釈尊→上行菩薩(大聖人)→日興上人→日目上人→と続く別付嘱に由来。だから別付嘱を受けられた方への同心によって流れ通う。



【師弟相対の信心】<「大聖人直結」破折>参照)
師弟の道の大切な教えとして、師弟不二(師弟の心が一つになること)・師弟相対(弟子が師に随順して仏道を歩むこと)などの大切な筋道がある。この師弟の道を正して仏道修行することが成仏の直道である。逆に師弟の道からはずれることは、師敵対の振る舞いで堕獄の因となる。

●法華に云く「悪知識を捨て善友に親近せよ」文、止観に云く「師に値わざれば邪慧日に増し生死月に甚し稠林に曲木を曵くが如く出づる期有こと無けん」云云、凡そ世間の沙汰尚以て他人に談合す況んや出世の深理寧ろ輙く自己を本分とせんや(『蓮盛抄』全集153頁)
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「悪知識を捨て善友に親近せよ」とあるのだから、「師に値わざれば邪慧日に増し」の「師」とは「親近」すべき善知識である。ということは、現に生きておられる方である。

●日蓮・法華経の行者となつて善悪につけて日蓮房・日蓮房とうたはるる此の御恩さながら故師匠道善房の故にあらずや、日蓮は草木の如く師匠は大地の如し、(中略)日蓮が法華経を弘むる功徳は必ず道善房の身に帰すべしあらたうとたうと、よき弟子をもつときんば師弟・仏果にいたり・あしき弟子をたくはひぬれば師弟・地獄にをつといへり、師弟相違せばなに事も成べからず(『華果成就御書』全集900頁)
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「日蓮は草木の如く師匠は大地の如し」の「師匠」とは「道善房」のことである。だから一般論としての「師弟相違せばなに事も成べからず」という御指南の「師」とは、大聖人のことではなく、直接の師匠である。

●釈尊五十年の説法、白蓮阿闍梨日興に相承す。(中略)背く在家出家共の輩は非法の衆たるべきなり(『池上相承書』全集1600頁)
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大聖人滅後は、付法の弟子である日興上人が門下全体の師となる。現在の師を無視して"大聖人直結""大聖人の直弟子"などと言う者は「非法の衆」である。

師弟相対する処が下種の躰にて事行の妙法蓮花経(第9世日有上人『有師化儀抄』/『富士宗学要集』第1巻64頁)

●信と云ひ血脈と云ひ法水と云ふ事は同じ事なり、信が動せざれば其の筋目違ふべからざるなり、違はずんば血脈法水は違ふべからず、夫とは世間には親の心を違へず、出世には師匠の心中を違へざるが血脈法水の直しきなり、高祖已来の信心を違へざる時は我れ等が色心妙法蓮花経の色心なり、此の信心が違ふ時は我れ等が色心凡夫なり、凡夫なるが故に即身成仏の血脈なるべからず、一人一日中八億四千の念あり、念々中の所作皆是れ三途の業因と文。(第9世日有上人『有師化儀抄』/『富士宗学要集』第1巻64頁)
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「信と云ひ血脈と云ひ法水と云ふ事は同じ事」この御文をもって学会は、信があれば血脈が流れると主張しています。しかし、これは切り文である。すなわち「出世には師匠の心中を違へざるが血脈法水の直しきなり」とあるように、師匠である御法主上人の御指南のままに信じてこそ、「高祖已来の信心を違へざる」こととなり「我れ等が色心妙法蓮花経の色心」となるのである。唯授一人の血脈に対する信を根本とした師弟相対の信心の重要性については、『有師化儀抄』の各所に述べられているところである。

手続の師匠の所は、三世諸仏高祖已来代々上人のもぬけられたる故に、師匠の所を能く能く取り定めて信を取るべし。また我が弟子も此くの如く我れに信を取るべし、此の時は何れも妙法蓮華経の色心にして全く一仏なり、是を即身成仏と云ふなり(第9世日有上人・化儀抄『富士宗学要集』1巻61頁)
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 「手続の師匠」とは直接の師匠(一般僧侶にとっては御法主上人)のことである。「もぬける」とは、蛇などの脱皮のこと。日達上人は「師匠は三世諸仏や、大聖人已来、歴代の法主上人の御心がぬけられて、師匠のところに来ている」(『日興遺誡置文・日有師化儀抄略解』)と仰せである。
 日有上人は「我が弟子も此くの如く我れに信を取るべし」と仰せである。その理由は「手続の師匠」(時の御法主上人)は「三世諸仏高祖已来代々上人のもぬけられたる故」だからである。「代々上人」とは唯授一人血脈相承を受けられた大石寺歴代上人であることは『産湯相承書』や『百六箇抄』などからも明らか。

●此の師弟の相対的の関係に於て、仏法を拝するといふのが仏法の極意であります(中略)若し此れ等のことを考へずに仏法を論ずるならば、最早仏法ではないと言ふべきであります。(第65世日淳上人『日淳上人全集』1153頁)


<御法主上人→末寺住職→信徒という筋目>
信心の血脈は、「日蓮一期の弘法」(上記2●)を「付属」(同)された方(唯授一人血脈付法の方)を中心として「弟子檀那」(上記1●)が「異体同心」(1●)のところに流れ通う。しかし、弟子檀那すべてが直接、血脈付法の方に御仕えすることはできない。だから、一般信徒は、時の正師(血脈付法の方)より命を受けた末寺住職を解悟の智識と憑(たの)むことによて、血脈が流れ通うのである。

●末代の衆生は法門を少分こころえ僧をあなづり法をいるかせにして悪道におつべしと説き給へり、法をこころえたる・しるしには僧を敬ひ法をあがめ仏を供養すべし、今は仏ましまさず解悟の智識を仏と敬ふべし(中略)此の僧によませまひらせて聴聞あるべし、此の僧を解悟の智識と憑み給いてつねに法門御たづね候べし(『新池御書』全集1443頁〜)

●自今以後は、師をさだめて、講衆にも、一とうせられ候べし。この法門は、師・弟子をただして、仏になる法門にて候なり。師・弟子だにも、違い候へば、同じ法華を持ちまいらせて候へども、無間地獄に落ち候也。うちこし・うちこし直の御弟子と申す族(やから)が、聖人の御時候しあひだ本弟子六人を定め置かれて候。その弟子の教化の弟子は、それをその弟子なりと言わせんずるためにて候。案のごとく聖人の御後も、末の弟子どもが、誰は聖人の直の御弟子と申す族(やから)多く候、此等の人は謗法にて候也(第2祖日興上人『佐渡国法華講衆御返事』/聖教文庫『富士日興上人詳伝下』245、261頁、『歴代法主全書』第1巻182頁〜)
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大聖人が本弟子6人を定められたのは「その弟子の教化の弟子は、それをその弟子なりと言わせんずるため」と仰せになっている。そして「末の弟子どもが、誰は聖人の直の御弟子と申す」ことが「謗法」であると断言されている。これを彼の波木井実長の立場で言えば、波木梨は日興上人の弟子であって、大聖人の直弟子ではない、ということ。それを無視して「聖人の直の御弟子と申す」ことは「謗法」となるのである。大聖人の時代であっても大聖人→本弟子→末弟→信徒という師・弟子の筋目が守られていたことが分かる。

●日仙上人は、師の日華上人とともに修験より御開山門下に改衣せしが、また大聖人の弟子に進まれた。(中略)日郷上人は目師の弟子のままであり・・・(『富士日興上人詳伝(下)』143頁)
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日興上人に折伏された方は日興上人の弟子であり、大聖人の直弟子ではない。日目上人に折伏された方も日目上人の弟子であって、大聖人の直弟子ではない。このように、師弟関係には厳しい筋目が存在する。日仙上人が「大聖人の弟子に進まれた」というのも、師である日華上人の允可があったればこそ許されたことなのであろう。自分勝手に、師を変えることは、『佐渡国法華講衆御返事』において日興上人が厳戒されるところである。

●私ノ檀那之事、其れも其筋目を違はば即身成仏と云フ義は有るべからざるなり (第9世日有上人『富士宗学要集』第1巻247頁)

●此ハ師檀の因縁を示す檀那ハ是俗ノ弟子なり、故ニ師弟血脈相続なくしては即身成仏に非す、況や我が師匠に違背せるの檀那ハ必定堕獄なり(第31世日因上人『富士宗学要集』第1巻247頁)

手続の師匠の所は三世の諸仏高祖已来代々上人のもぬけられたる故に師匠の所を能く々取り定めて信を取るべし、又我か弟子も此くの如く我れに信を取るべし、此の時は何れも妙法蓮花経の色心にして全く一仏なり、是れを即身成仏と云ふなり云云。(第9世日有上人『有師化儀抄』/『富士宗学要集』第1巻61頁)

●信者門徒より来る一切の酒をば当住持始めらるべし、只し月見二度花見等計り児の始めらるゝなり、其の故は三世の諸仏高祖開山も当住持の所にもぬけられる所なるが故に、事に仏法の志を高祖開山日目上人の受け給ふ姿なり。(第9世日有上人『有師化儀抄』/『富士宗学要集』第1巻62頁)

●弟子檀那の供養をば先づ其の所の住持の御目にかけて住持の義に依つて仏へ申し上げ鐘を参らすべきなり、先師々々は過去して残る所は当住持計りなる故なり、住持の見たまふ所が諸仏聖者の見たまふ所なり。(第9世日有上人『有師化儀抄』/『富士宗学要集』第1巻63頁)

信心の血脈なくんば法華経を持つとも無益なり(『生死一大事血脈抄』全集1338頁)
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信心の血脈が通わなければ、池田大作を師とし、如何に御書の通りに化儀を定め実践しても、無益なのである。しかして上記【信心の血脈】に明らかなように、信心の血脈は、唯授一人の血脈を根本としたところに成り立つものである。そうであれば、師弟相対の信心もまた、唯授一人の血脈を根本とする振る舞いでなければならない。



【化儀と血脈】
<化儀は師弟相対の信心の表明>

大切なのは、いかに方法等に変化があっても一貫して総本山の血脈法主の指示乃至、許可によるところの本寺と末寺の関係が厳として存在したということであり、この中心の在り方には絶対に変化がない。(第67世日顕上人『偽造本尊義を破す』31頁)

化儀は、即化法の表明である。しかして、化法は、大御本尊即大聖人の御内証=唯授一人の血脈を根本とする(<血脈相伝の体>参照)。だから、化儀とは、唯授一人の血脈に対する信を前提とした師弟相対の信心の具体的表明を基本とする。師弟とは、大聖人→御法主上人→末寺住職→信徒という筋目の上に成り立つ師弟関係である。化儀は、時代状況によって変化しうるが、化儀即化法=「化儀=化法の表明=唯授一人の血脈に対する信を前提とした師弟相対の信心の具体的表明」という原則は絶対不変でなければならない。

●「義理」「化儀」の簡別は義理は化法なり、大道理なり・化儀は設けられたる信条なり、諸法度なり御開山の廿六箇条又は当化儀条目の如し又は其時々々に師より弟子檀那に訓諭せし不文の信条もあるべし(第59世日亨上人著『有師化儀抄註解』/『富士宗学要集』第1巻151頁)

日蓮が弟子となのるとも、日蓮が判を持(たも)たざらん者をば御用ひあるべからず(『一谷入道女房御書』御書831頁・全集1330頁)
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「たとえ日蓮大聖人の弟子と名乗っても、大聖人より証明された正統な者でなければ用いてはならない」と仰せである。師弟子の筋目を無視して、勝手に「大聖人の弟子」と名乗ることが、大聖人の御心に背く行為であることは明らか。

●但し仏の御開眼の御事はいそぎいそぎ伊よ房をもてはたしまいらせさせ給い候へ、法華経一部御仏の御六根によみ入れまいらせて生身の教主釈尊になしまいらせてかへりて迎い入れまいらせさせ給へ(『真間釈迦仏御供養逐状』全集950頁)
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大聖人も、弟子に命じて開眼をさせていた。だからといって、誰が開眼してもよいのではない。あくまでも師の命によって行うところに、血脈が流れ開眼の意味が生まれるのである。もし、在家の身で勝手に「法華経一部御仏の御六根によみ入れまいらせて」開眼できるのであれば、わざわざ「伊よ房」に「いそぎいそぎ」開眼を命じる必要もない。

行躰行儀の所は信心なり妙法蓮華経なり、爾るに高祖開山の内証も妙法蓮華経なり、爾るに行躰の人をば崇敬すべき事なり云云。(第9世日有上人『化儀抄』/『富士宗学要集』第1巻61頁)
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師の妙法蓮華経を授け導く一念と、弟子の妙法蓮華経を受け拝する一念は、妙法蓮華経の下に相対して一つになる。「行躰行儀の所は信心なり」とあるように行儀振る舞い(化儀)を忠実に遵守することが信心の表明であり、逆に化儀を守ることによって、信心が深化するといえる(例えば、正しい勤行の実践も化儀の遵守である)。

師弟相対の事、有師丁寧反復是を述べらる。前条にも本条にも、又下にも多く出づ。類文塔婆の下更に細かなり。今時の信仰稍此意を失へる傾あり。或は害あり、或は無し。謂己均仏・現身成仏・師弟不用の高慢より生して、師弟相対を無視する事は大いに信行に害あるものと知るべし(第59世日亨上人・有師化儀抄註解/『富士宗学要集』第1巻96頁)
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●実名、有職、袈裟、守、漫荼羅、本尊等の望みを、本寺に登山しても田舎の小師へ披露し、小師の吹挙を取りて本寺にて免許有る時は、仏法の功徳の次第然るべく候、直に申す時は功徳爾るべからず云云。(第9世日有上人『有師化儀抄』/『富士宗学要集』第1巻62頁)

率都婆の事、縦ひ能筆なりとも題目計りをば書くべき人にかゝすべし、余の願文意趣の事は然るべき作文の人、能筆尤も大切にて候、又一向其の時の導師無筆ならば代官しても書かすべきなり、是れも師弟相対十界互具の事の一念三千の事行の妙法蓮華経なる故なり、但し導師計りの外には沙汰あるべからざる事なり云云。(第9世日有上人『有師化儀抄』/『富士宗学要集』第1巻)

●信者門徒より来る一切の酒をば当住持始めらるべし、只し月見二度花見等計り児の始めらるゝなり、其の故は三世の諸仏高祖開山も当住持の所にもぬけられる所なるが故に、事に仏法の志を高祖開山日目上人の受け給ふ姿なり。(第9世日有上人『有師化儀抄』/『富士宗学要集』第1巻62頁)

●弟子檀那の供養をば先づ其の所の住持の御目にかけて住持の義に依つて仏へ申し上げ鐘を参らすべきなり、先師々々は過去して残る所は当住持計りなる故なり、住持の見たまふ所が諸仏聖者の見たまふ所なり。(第9世日有上人『有師化儀抄』/『富士宗学要集』第1巻63頁)

●諸国の末寺へ本寺より下向の僧の事、本寺の上人の状を所持せざる者、縦ひ彼の寺の住僧なれども許容せられざるなり、況や風渡来らん僧に於てをや、又末寺の坊主の状なからん者、在家出家共に本寺に於いて許容なきなり云云。



【時機に適った化儀】
★化儀に変更・例外はある。しかし、いかなる場合においても「唯授一人の血脈を根本とした師弟相対の信心」の表明でなければならない。

●予が法門は四悉檀を心に懸けて申すならば強ちに成仏の理に違わざれば且らく世間普通の義を用ゆべきか(『太田左衛門尉御返事』1015頁)

●委細に経論を勘へ見るに仏法の中に随方毘尼と申す戒の法門は是に当れり、此の戒の心はいたう事かけざる事をば少少仏教にたがふとも其の国の風俗に違うべからざるよし仏一つの戒を説き給へり(『月水御書』1202頁)

●但し仏の御開眼の御事はいそぎいそぎ伊よ房をもてはたしまいらせさせ給い候へ、法華経一部御仏の御六根によみ入れまいらせて生身の教主釈尊になしまいらせてかへりて迎い入れまいらせさせ給へ(『真間釈迦仏御供養逐状』全集950頁)
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大聖人も、弟子に命じて開眼をさせていた。だからといって、誰が開眼してもよいのではない。あくまでも師の命によって行うところに、血脈が流れ開眼の意味が生まれるのである。

●日蓮こい(恋)しくをはしせば、常に出づる日、ゆう(夕)べにいづる月ををが(拝)ませ給へ。いつとなく日月にかげ(影)をう(浮)かぶる身なり(『国府尼御前御書』御書740、全集1325頁)

●又某を恋しくおはせん時は日日に日を拝ませ給へ・某は日に一度・天の日に影をうつす者にて候、(『新池御書』全集1444頁)
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初座において東天を拝む化儀の根拠となる文証だそうである。この御文をもって、御本尊不要などということができないことは勿論である。「御書根本」などと言っても、法門には文字通りに解釈できない場合もあるのである。御指南間で一見矛盾する場合もある。それらを総合的に矛盾なく整合性のある解釈をし、時機に適った正しい化儀を決定するのは正しい相伝によるのである。

●而も強ちに執する者尚お帰依を致さんと欲するには四菩薩を加うることを許すなり。故に四脇士を造り副うるは是れ五人の義に非ず、興師一機の為めに且く之れを許す義なり、故に日興が義と言い、是れを正義と謂うには非ざるなり。(中略)開山上人御弟子衆に対するの日仍お容預進退有り、是れ宗門最初の故に宜しく信者を将護すべき故なり。(第26世日寛上人『末法相応抄』/『富士宗学要集』第3巻177頁)

●然るに本尊の事は斯の如く一定して・授与する人は金口相承の法主に限り授与せらるる人は信行不退の決定者に限るとせば・仮令不退の行者たりとも・本山を距ること遠きにある人は・交通不便戦乱絶えず山河梗塞の戦国時代には・何を以つて大曼荼羅を拝するの栄を得んや、故に古来形木の曼荼羅あり仮に之を安す、本山も亦影師の時之を用ひられしと聞く、此に於いて有師仮に守護及び常住の本尊をも・末寺の住持に之を書写して檀那弟子に授与する事を可なりとし給ふ(中略)有師斯の如く時の宜しきに従ひて寛容の度を示し給ふ(第59世日亨上人著『有師化儀抄註解』/『富士宗学要集』第1巻112頁〜)
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交通の不便や戦乱などのために、常住御本尊を下付できない場合がある。そのような場合には、末寺住職の書写や形木本尊(印刷の本尊)を認められている。しかし、これらはあくまでも仮本尊である。

●此の内一箇条に於ても犯す者は日興が末流に有る可からず(『日興遺誡置文』全集1619頁)
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「一箇条に於ても犯す者は」とあるが、これは当時の弟子に対する御指南と解するべきである。その証拠に、第9世日有上人は、時代や衆生の機根に応じて化儀を改変されている。

1●檀那の社参物詣を禁ず可し、何に況んや其の器にして一見と称して謗法を致せる悪鬼乱入の寺社に詣ず可けんや、返す返すも口惜しき次第なり、是れ全く己義に非ず経文御抄等に任す云云。(『日興遺誡置文』全集1617頁)
●他宗の神社に参詣し一礼をもなし散供をも参らする時は、謗法の人の勧請に同ずるが故に謗法の人なり、就中正直の頭を栖と思し召さん垂迹の謗法の人の勧請の所には垂迹有るべからず、還つて諸神の本意に背くべきなり云云、但し見物遊山なんどには神社へ参せん事禁ずべからず、誠に信を取らば謗法の人に与同する失あり云云。(第9世日有上人『有師化儀抄』)
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日興上人は「一見と称して謗法を致せる悪鬼乱入の寺社に詣ずべけんや」(1●)と厳重に謗法の寺や、神社を見物することすら止められている。これは未だ宗派の草創時代であったから、他との異を明らかに一線をもって劃したのであり、日有上人の時は、すでに一宗が確立したから、見物ぐらいで信徒の心がぐらつかなくなっているからであります。(第66世日達上人『略解日興遺誡置文・日有師化儀抄』78頁)

●謗法の妻子眷属をば連々教化すべし、上代は三年を限りて教化して叶はざれば中を違ふべしと候けれども、末代なる故に人の機も下機なれば五年十年も教化して彼の謗法の処を折伏して同ぜざる時は正法の信に失なし、折伏せざる時は同罪たる条分明なり云云。(第9世日有上人『有師化儀抄』)



【化儀軽視は無得道】
●法華宗の真俗の中に知らずして仏法の義理を違へ化儀を違ふる事、一定弁へず違へたらば罸文起請を以て義理を違ふると云はゞ免許有るべきなり云云(第9世日有上人『有師化儀抄』/『富士宗学要集』第1巻68頁)
●「義理」「化儀」の簡別は義理は化法なり、大道理なり・化儀は設けられたる信条なり、諸法度なり御開山の廿六箇条又は当化儀条目の如し又は其時々々に師より弟子檀那に訓諭せし不文の信条もあるべし、「一定」とは決定真実等の義全く慥にと云ふ意なり、「罸文起請」の事は上の第四十五条の下に委し、「免許有るべし」とは宗祖本仏の代官として時の貫首上人が・犯人の罪を免すとなり、是れ故意に為したる咎にあらざれば、已生の悪を悔ひ末生の悪を止めて・以つて已生の善を増長し末生の善を起さしむる修道の本義に叶はしむるにあり。(第59世日亨上人著『有師化儀抄註解』/『富士宗学要集』第1巻151頁)
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知らずに化儀を破った場合は、「宗祖本仏の代官」である「時の貫首上人」がお許しになるということである。言い換えれば、故意に化儀を破壊し、訓戒しても改めない場合は、謗法となるということである。何故なら"化儀即化法"の意義から、化儀を破るということは、その前提である唯授一人の血脈を根本とした師弟相対の信心を破ることになり、血脈を塞ぐことになるからである。



【法門解釈と法主の権能】
<唯授一人の血脈>
★化儀は化法の具体的実践である。その化法の根幹が、唯授一人の血脈である以上、化儀の決定・変更も、時の御法主によることは言うまでも無い。

●釈尊五十年の説法、白蓮阿闍梨日興に相承す。(中略)背く在家出家共の輩は非法の衆たるべきなり(『池上相承書』全集1600頁)
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 大聖人は、日興上人に背く者は「非法の衆」だと断定されている。これは、唯授一人血脈相承によって、大聖人の御内証がそのまま日興上人に伝わっているからである。同じく唯授一人の血脈付法の歴代上人に対しても、大聖人滅後の日興上人と同様に、師匠と仰ぐべきことは明らか。
 『日興遺誡置文』では、「見物のための神社参詣さえ謗法」だとしているが、第9世日有上人の『化儀抄』では、「見物ならよい」とされている。「神社参詣」といえば、宗教行事に深く関わる行為であるが、それでも時代状況によって解釈が変化する余地がある。このように、御文の解釈は時代状況によって変わり得る。しかし、その解釈を行うのは「時の貫首」である。


<日寛上人>
祖師より興師へ御付嘱亦是れ三大秘法なり。興師より目師へ御付嘱も亦是れなり。(中略)目師より代々今に於て、二十四代金口の相承と申して一器の水を一器にうつすが如く云々(第26世日寛上人著『寿量品談義』/『富士宗学要集』第10巻131頁)
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「金口の相承」とあるように、唯授一人の相伝は大御本尊だけではない。金口によって本仏の内証が相伝されている。だからこそ「此の経は相伝に非ずんば知り難し」とあるように、唯授一人の相伝によって下種仏法の深義を知悉し、法華経や御書、正師の指南等を正しく解釈できる。

●若し法華経の謂(いわれ)を知らざれば法華も仍(なお)これ爾前の経なり(乃至)若し本門の謂を知らざれば本門は仍これ迹門なり(乃至)若し文底の謂を知らざれば文底は仍これ熟脱なり(乃至)若し文底の謂れを知れば熟脱も即ちこれ文底の秘法なり(乃至)問う、若し爾らばその謂は如何。答う、宗祖云く「此の経は相伝に非ずんば知り難し」等云々。「塔中及び蓮・興・目」等云々。(第26世日寛上人『撰時抄愚記』/『日寛上人文段集』聖教新聞・初版271頁)
●問う、夫れ正像未弘の大法、末法流布の正体、本門の三大秘法とは一代諸経の中には但法華経、法華経の中には但本門寿量品、寿量品の中には但文底秘沈の大法なり、宗祖何んぞ最大深秘の大法経文の面に顕然なりと言たもうや。答う、一代聖教は浅きより深きに至り、次第に之れを判ずれば実に所問の如し。若し此の経の謂われを知って立ち還って之れを見る則んば爾前の諸経すら尚お本地の本法を詮せずと云うこと莫し、文底の義に依って今経の文を判ずるに三大秘法宛も日月の如し。故に経文の面に顕然なりと云うなり。問う、此の経の謂われを知るとは其の謂われ如何。答う、宗祖云わく(一代聖教大意)、此の経は相伝に非ざれば知り難し等云々。三重の秘伝云云。(第26世日寛上人『依義判文抄』/『富士宗学要集』第3巻104頁〜)
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「若し此の経の謂われを知って立ち還って之れを見る則んば」「文底の義に依って今経の文を判ずる」とは依義判文である。この場合は「最大深秘の大法経文の面に顕然」となる。しかして、「此の経の謂われを知るとは其の謂われ如何。答う、宗祖云わく(一代聖教大意)、此の経は相伝に非ざれば知り難し等云々。」とあるように「此の経の謂われ」は相伝によって知ることができるのである。つまり、文底仏法に基づく正しい依義判文は、相伝によって行われるということである。そして、その相伝とは何かといえば、「『塔中及び蓮・興・目』等云々。」(『撰時抄愚記』)とあるように唯授一人の血脈相承のことなのである。

★日寛上人も、文底下種仏法に基づく正しい依義判文、つまり経文や御書、先師の文証の正しい解釈は、唯授一人の相伝に拠らなければならない、と仰せである。すなわち、御書や先師の御指南の文文句句についての解釈は、時の貫首が最終的に決定すべきである。また、法門(化法)を儀式の上に表明したものが化儀なのだから、時代状況に応じた化儀の決定もまた時の貫主が行うべきである。


<不文の信条もあるべし>
●「義理」「化儀」の簡別は義理は化法なり、大道理なり・化儀は設けられたる信条なり、諸法度なり御開山の廿六箇条又は当化儀条目の如し又は其時々々に師より弟子檀那に訓諭せし不文の信条もあるべし(第59世日亨上人著『有師化儀抄註解』/『富士宗学要集』第1巻151頁)

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 千葉県のある法華講員は、何の証拠も無く「御書以外にも真実が伝えられている。例えば南無妙法蓮華経の読み方は、日蓮宗では『なムみょうほうれんげきょう』だが日蓮正宗では『なンみょうほうれんげきょう』だ。」と光久諦顕あたりが言い触らしていた言葉を鵜呑みにして主張していたのです。
 ところが、実際に邪宗日蓮宗の寺の経本を確認したところ、はっきりと「なンみょうほうれんげきょう」と書かれていたのです。(『日顕宗の邪義を破す』)
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過去から現在に至るまで、日蓮宗で「ナムミョウ」と発音していることは、まぎれもない事実で、常識です。(第67世日顕上人『創価学会の仏法破壊の邪難を粉砕す』)

 信行者は、化儀の法式に信順するところ、おのずと法体の深義に契合し、下種仏法の利益を享受するのである。故に、化儀は、根本的には、凡夫僧としての宗祖日蓮大聖人の、一期の御化導に由来する。この本仏大聖人の一期の御化導は、また唯授一人の法体の血脈相承によって、御当代日顕上人へと継承されているのである。したがって、たとえ時代の変化にともなって、化儀形式に表面的な変化がみられても、それは下種仏法から一歩も出ることはない。なぜならば、化儀形式の決定は、必ず唯授一人の血脈に基づくためである。
 無信心の者に教える必要はないから詳述はしないが、僧侶が髪を剃り、三衣を着すことによって顕現するところは、末法の本仏義にほかならない。その身を久遠元初の御本仏たる大聖人のお姿に擬えて、大聖人の代理を務め、もって師弟相対の信心を完備し、即身成仏の大功徳を成就せしめるのである。
 この証道における尊厳性が、僧宝の所以である。

(『大日蓮』H3.4)





学会の化儀の変貌

―止まるところを知らぬ化儀の改変―
―宝前に色花、経机に茶、もはや常識―

(『慧妙』H22.3.16)

 現在の創価学会は、大聖人の教えを信仰しているように見せているが、その中身は全くのニセモノであり、創価独自の化儀化法に成り代わっている。日蓮正宗の教義を模倣(もほう)しながらも、右往左往しながら謗法路線を迷走し続けているのだ。
 近年「『聖教新聞』などに載(の)った会館内部の写真を見ると、御宝前に色花が堂々と飾られていたり、導師をする経机にお茶が用意してあったりと、元日蓮正宗の信徒団体とはとうてい思えない有り様である。
 そこで今一度、創価学会の化儀の変貌(へんぼう)について、述べてみたいと思う。

 破門以後の学会は、葬儀の形式や観念文の改変塔婆供養の否定、さらにはニセ本尊作成に至るなど、破門以前とは180度変わり、もはやそこには大聖人の正法正義は微塵(みじん)も存在しない。
 たとえば五座三座の勤行について、「五座三座は後世の形式」であり、「御書に『五座三座』の記述は1つもなし」などとして、五座三座の勤行を否定、軽視し、「戸田先生は『勤行ができなくて退転するより、題目三唱でも信心を続けるほうが100倍、価値がある』とおっしやった」とか「時と場合によっては、読経はせず、ただ唱題だけでよい」などと主張している。
 だが、26世日寛上人は『報福原式治状』というお手紙の中で、五座三座の勤行の意義に触れて、
 「若堪タラン人ハ本山ノ如ク相勤ヘシ、若爾ズンバ十如自我偈題目ナリトモ五座三座ノ格式相守ベシ」
と仰せられ、五座三座の形を守るように御教示されている。学会が五座三座の勤行を否定することは、日寛上人の御指南に違背(いはい)しているのである。
 さらに学会は、宗門を指して「日顕宗は葬式仏教である」などと『聖教新聞』等で批判し、僧侶が行なう葬儀をも否定している。
 だが、日顕宗などという宗派は存在しないし、宗門は葬式仏教などでもない。学会は自ら作り上げた友人葬を正当化するために、宗門に対して「葬式仏教」という言葉を用い、僧侶が導師をする葬式を軽視・否定しているのである。
 そもそも大聖人の御葬儀が、日興上人を始めとした御弟子を中心とする葬儀であったことは周知のとおりだ。大聖人の仏法のどこに、在家のみの葬儀が存在するというのだろうか。
 このほかにも、御本尊を勝手に変造・複製し会員に配布するなど、とんでもない大謗法を犯している。
 日寛上人が
 「開山已来化儀・化法四百余年全く蓮師の如し」
と仰せられているがごとく、大聖人よりの化儀化法を正しく伝持する日蓮正宗を誹謗(ひぼう)し、邪(よこしま)な化儀化法を唱える学会には、成仏はおろか現罰必定である。
 これに対し、独(ひと)り日蓮正宗のみが正法正義を一糸の乱れもなく伝持する理由は、大聖人の内証の御法門の付嘱を受け、それを厳格に金口嫡々(こんくちゃくちゃく)に師伝してこられた、御歴代上人がおわしますからである。
 もちろん、宗史上代において顕われなかった化法化儀が、時代に相応する形で時の御法主上人によって体系化されることは当然ある。ゆえに「大聖人・日興上人の時代にはなかった」「御書にも載っていない」などと宗門伝統の教義や化儀を否定することは大きな誤りである。
 大聖人の滅後、五老僧が数々の謗法を犯したように、また波木井実長が四箇の謗法を犯したように、創価学会もまた確実に数々の謗法を積み重ねているのである。





学会副教学部長・佐久間昇氏の「『化儀抄』を拝して」を破す

(時局協議会文書作成班1班『大日蓮』H3.4)

2月14日付『聖教新聞』の「教学」の欄に、創価学会副教学部長の肩書を持つ佐久間昇氏の「『化儀抄』を拝して」と題する論文が掲載された。この論を一読したところ、化法と化儀との関係性をはじめとして、作為的展開に基づく多くの法義解釈の誤謬が見いだされた。もとより、「闇中の礫の一も中ることを得ざるが如」き稚拙な論文であるが、多くの信徒が欺かれることを危惧し、ここにその一端を破しておくものである。

1.『化儀抄』を拝する基本姿勢について
 『化儀抄』は、南条日住師が、常日頃、日有上人よリ拝聴した御指南を筆録し、まとめたものである。佐久間氏も、このことは述べている。しかし、佐久間氏は、『化儀抄』の成立について、
 「(化儀抄の)内容は、121箇条からなり、諸国から大石寺に登山してくる学僧のために、種々の儀式の方法、説教の形式、勤行の仕方、御本尊の取り扱い、仏壇・仏具に関することなどが説かれ、最後に種脱相対の法門や日蓮大聖人を本仏と仰ぐべきことを教示されている。
と述べている。因みに、これは『仏教哲学大辞典』の『化儀抄』の項をそのまま抜き書きにしたものである。
 これによると、『化儀抄』という書は、南条日住師が「諸国から大石寺に登山してくる学僧のために」、日有上人の日頃の御指南を筆録し、まとめたに過ぎないもの、ということになる。確かに、『化儀抄』を、その広範な内容の上から拝すれば、そのような意味も存しよう。
 しかし、59世日亨上人は、
 「有師の寂年に其の資・日鎮上人尚弱冠にて、日乗日底の両師先つて遷化せられて居るから、日住兼て聴き置きて深く心底に納めたる聖訓を記して鎮師に奉呈せしこと、左京日教の六人立義私記の序文の如し」
また、日達上人も同様に、
 「第12代日鎮上人は、文明4年、16歳で血脈相承をうけられているので、日有上人が御入滅の時は、ちょうど26歳であった。そこで、南条日住も老年で、すでに自分の死の近きを知り、かねてからの日有上人から聞きおいたことを、年若き日鎮上人に法主貫首としての教訓として、書きつかわされたのである」
と、その成立縁起をお示しである。すなわち、『化儀抄』述作における、南条日住師の基本的な考えは、まず第1に「法主貫首としての教訓」、すなわち法主への指南書というところに存するのであって、「諸国から大石寺に登山してくる学僧のため」というのは、第2義以降のものである。
 このことは、『化儀抄』拝読における基本的態度に関わる問題であり、我々僧侶にとっても、細心の注意を払うところである。1.12の宗務院からの指摘文書で、学会首脳に対して、  「一般の僧俗が、自らの考えをもって軽率に判断すべきものではありません」
と指摘したのも、『化儀抄』拝読の基本的精神が、この点に存するからである。
 『仏教哲学大辞典』の抜き書きとはいえ、このような基礎知識もなく、いたずらに『化儀抄』を云々してしまうところに、佐久間氏の、教学に対する大変軽率な姿勢が窺われるのである。基本が疎かであれば、その内容解釈もまた誤謬多きものとなるのは、理の当然である。したがって、以下の問題点も、全て佐久間氏の教学に対する不見識と、学会の御都合主義的な教学姿勢に起因していことを、まず指摘しておくものである。


2.「化法」と「化儀」について
 化法と化儀について、佐久間氏は、概ね『御書辞典』、及び『仏教哲学大辞典』をもとにして、次のように解説している。
 「仏法には衆生を化導教化するのに、化法と化儀を立てる。『化法』とは仏が衆生を教化するために説いた教法のことである。根本となる不変不動の仏法の大道理である。これに対して、「化儀」とは化導における儀式、すなわち教法を守り伝える手段としての修行の仕方、振る舞いの在り方である。弘法の手段であるから、時代・社会の違いによって変化する要素をもつ。化儀は化法の手段であるから、当然、化法が根本となる。」
 定義自体に問題はないが、少々暖昧さが残る。のちの論が邪義であることを鮮明にするため、少し補足を加えておく。
 仏の衆生に対する化導において、化法と化儀とは欠くべからざるものである。この化法と化儀とは、よく病人に対する医師と医薬の投与に譬えられる。その場合、薬の調合方法としての薬法は化儀であり、薬の内容に当たる薬味は化法である。
 釈尊の仏法においては、化法とは、蔵・通・別・円の四教であり、化儀とは、頓・漸・秘密・不定の四教である。これは、垂迹化他の仏が、本已有善の熟脱の機の調機調養の化導に際して、用いられた内容である。
 大聖人の下種仏法においては、化法とは下種独一本門の法体とそれに基づく教義・教学であり、化儀とは下種仏法の執行、表明を意味する。この下種仏法における化法と化儀との関係を、明確に知り得るものとして、『本因妙抄』の、
 「宗とは所作の究竟なり、受持本因の所作に由って口唱本果の究竟を得」
との御文がある。「所作の究竟なり」とは、本尊受持の一行をいうのであるが、それはまさに化儀であり、化法の執行に当たる。この化儀によって、化法の究竟たる法体の本尊と冥合し、妙法の当体蓮華の実果を得るのである。すなわち、化儀によらなければ化法を執行、表明することはできないのである。故に、日有上人は、化儀の重要性を強調せられて、
 「当宗は第一化儀なり
と仰せられ、日因上人はこれを、
 「第一化儀トは当宗化儀即仏法なるが故ニ
と釈されている。これは、まさしく化儀即法体なることを御教示されたものである。すなわち、当宗における法要、修行、荘厳式などの一切の化儀は、即法体たる妙法蓮華経(化法)であり、その表明なのである。
 このように、化法と化儀とは深密な関係にあることを、まず知らねばならない。


3.『化儀抄』第1条の誤った解釈
 宗門からの「お尋ね」に引用した、日有上人『化儀抄』の、
 「貴賎道俗の差別なく信心の人は妙法蓮華経なる故に何れも同等なり、然れども竹に上下の節の有るがごとく、其の位をば乱せず僧俗の礼儀有るべきか」
との御文について、佐久間氏は、前半の、
 「貴賎道俗の差別なく信心の人は妙法蓮華経なる故に何れも同等なり」
との部分を、
 「信心している人は本質的に平等であることが示されている。これは化法に該当する。僧俗は妙法の当体として平等であるがゆえに、相互の尊重・和合が大切なのである。
と述べ、後半の、
 「然れども竹に上下の節の有るがごとく、其の位をば乱せず僧俗の礼儀有るべきか」
との御文については、
 「これは、化儀の上での区別を示したものである。したがって、当然、僧俗の礼儀がなくてはなちないが、それは化儀、役割の違いを踏まえたものであり、僧俗の本来的差別を意味するものではない。
 だからこそ、次の文に再び『信心の所は無作一仏、即身成仏なるが故に道俗何にも全く不同有るべからず』と仰せであり、信心の上で僧俗は本質的に平等であることを示されているのである。化儀の上での区別は化法の不変に比べて、第2次的なものであり、一歩進めていえば、”広布に果たす僧俗の役割の違い”という”化儀”は、時代によって変わりうるものでもあるのである。

と曲解して、宗門に対抗しようとしている。副教学部長という肩書の割には、まことにお粗末な教学力であると言わざるを得ない。
 まず、
 「信心している人は本質的に平等であることが示されている。これは化法に該当する。
 「これは、化儀の上での区別を示したものである。したがって、当然、僧俗の礼儀がなくてはならないが、それは化儀、役割の違いを踏まえたものであり、僧俗の本来的差別を意味するものではない。」
 「化儀の上での区別は化法の不変に比べて、第2次的なものであり

と、さも当然のように述べているが、ここから論が飛躍するのである。
 平等面を法体の含まれる化法に配し、差別面を化儀に配するなどという珍妙な説は、こちらが迂闊だったのか、いまだかつて聞いたことがない。先程の定義の中にも、平等が化法に該当し、差別が化儀に該当するなどということは、なかったはずである。ここから、佐久間氏のごまかしとすり替えが始まる。
 大聖人の仏法においては、すでに法体の三千が、即空、即仮、即中の円融三諦であり、平等、差別、中道を具えているのである。化儀とは、化法である下種仏法の意義の表明であるから、たとえ化儀上の表現形式に変化があったとしても、そこに表明されたものは、化法の大道理たる下種仏法であることに、何ら変わりはない。故に、「第2次的なもの」などではない。化法に平等、差別、中道を具えているならば、化儀にも平等、差別、中道を具えているのは当然である。
 これらの観点からすれば、佐久間氏の論は、化法の円融三諦を、ただ単に平等空に下す邪見にすぎない。これは到底、大聖人の法門とはいえないものである。あえていえば、小乗か、あるいは教外別伝の天魔の類いに等しいものである。当宗本来の信心を忘れて、よこしまな目的のために論を立てるから、このような謗法を犯すのである。
 このように、空観に堕ちる者は、「諸仏をしても度しがたい」といわれる。なぜならば、三宝を破壊し、化導に従わないからである。このことを「摩訶止観」には、
 「当に知るべし邪僻の空心は甚だ怖畏すべきことを。若し、此の見に堕すれば、長く淪(しず)み永く没す。尚、人天の涅槃を得ること能はず、何に況んや大般涅槃をや。故に論に云く、『大聖、空の法を説きたまふは、本と有を治せんが為なり、若し、空に著すること有る者は、諸仏の化せざる所なり』と」
と説き、「止観私記」には、これを、
 「若し、空に著すること有る者は、諸仏の化せざる所なりとは、生死を撥無するが故に厭離せず。涅槃を撥無するが故に欣求せず。三宝を撥無するが故に化に従わず」
と釈している。このように、正法正師の化導に従わない者には、必ず逸脱の邪義、謗法の考えが存するのである。
 佐久間氏の論は、もとより公正な見地に立った上での論ではない。謗法の念慮から考え出されたものである。すなわち、僧俗平等に名を借りているが、最終的には信徒、とりわけ池田名誉会長優位という、最初から結論の決まっている論なのである。故に、僧俗は平等であるといいつつも、その役割が「時代によって変わりうるもの」と、信徒が役割の上で主導権をにぎるとの本音を、言外に洩らしているのである。さらにいえば、「時代によって変わりうるもの」とは、「四菩薩折伏を現ずる時は賢王と成って」云々との御文を曲解し、それを依拠とした池田本仏論を根底としているのである。
 そもそも、
 「みんな信者だ、御本尊のよ、坊さんだって。違いますか、坊さんだけほか拝んでんのかよ。
との、池田名誉会長の発言が、僧俗の礼儀を忘れた不遜なものであることは、論を俟たない。この発言について、「お尋ね」文書では、日有上人の『化儀抄』第1条の御指南に基づいて、
 「このように、御本尊を拝する姿においては、一応平等でありますが、そこには当然僧俗の区別があり、礼儀をわきまえなければなりません。」
 「野卑な言葉で、あたかも僧俗がまったく対等の立場にあるように言うのは、信徒としての節度・礼節をわきまえず、僧俗の秩序を失うものであると思いますが、どのように弁明されるのでしょうか。」
と教導し、反省釈明を求めたのである。ところが、学会側では、反省など全くせずに、
 「このようなご指摘、また僧と俗とは『一応平等』というような表現からは、本質的には、僧侶が上であり信徒が下であるという権威主義的な考え方が感じられてなりません。大聖人の仏法においては、信心の上では僧侶も信徒も全<平等なのではないでしょうか。
などと、「お尋ねに対する回答」で、僧俗平等論を述べて抗弁してきたのである。
 この時から、僧俗平等をやみくもに強調した論が、次々と随所で展開されるようになったのである。佐久間氏の論もその1つである。
 佐久間氏の論の内容は、以下、日興上人の「弟子分帳」に僧俗男女の全てを弟子と称されたことなどを挙げて、僧俗平等を強調してみたり、
 「仏教の歴史をたどってみると、もともとは、出家と在家の差別はなかったのである。
とか、
 「法の上では、僧も俗もともに同じ人間であり、全く平等なのである。
などと述べ、最後は、
 「日蓮大聖人の御心に適う信心に立つ時、我々は妙法蓮華経の当体となる。そこには僧俗の差別はない。
と、結論づけている。
 しかし、日有上人の御指南は、
 「貴賎道俗の差別なく信心の人は妙法蓮華経なる故に何れも同等なり、然れども竹に上下の節の有るがごとく、其の位をば乱せず僧俗の礼儀有るべきか」
なのである。これを佐久間氏は「そこには僧俗の差別はない」と述べているのである。一体、どのように拝すれば、「上下」「位」の語が、差別を意味しなくなるのであろうか。この『化儀抄』の御文が、もう少し長い文章ならばいざ知らず、これほど短い一目瞭然の文を、どのように牽強付会しようとも、それは無理というものである。なぜならば、この御文は、平等と差別の両面を、明らかに示されているのである。故に、これに惑わされる人は、まさに盲目であり、「日月の科(とが)」とはならない。
 ただし、ここに示される僧俗の差別とは、法の上の筋目をいうのであって、佐久間氏や学会首脳のいう「信徒蔑視」などを意味するのではない。創価学会では、あえて差別という語を強調し、宗門を非民主的イメージに仕立て上げているのである。
 ここに承される差別とは、まさに区別を意味するのである。つまり、主従、師弟、親子の関係に、平等性と同時に上下の区別という筋目があるのと同様、僧俗にも平等性と同時に法の上の上下の筋目が存するのである。これらを否定すれば、仏法の上の秩序はもちろん、社会秩序すら否定することにつながってしまう。このようなことでは、それこそ世間に通用しないであろう。学会が、社会一般から顰蹙を買う理由は、正法流布によるものだけではない。その言動の、非常識さにあるということを多く聞くのである。このように、社会秩序を破壊するようなことまで言い出せば、学会の生き残る道はどこにもない。
 もとより、成仏の成否が、本人の信力行力にあるという点では、池田名誉会長が、
 「みんな信者だ、御本尊のよ、坊さんだって。違いますか、坊さんだけほか拝んでんのかよ。」
というように、僧も俗も、当然平等である。しかし、法の上の上下をいえばそうではない。たとえ、一切衆生が成仏したとしても、仏界大聖人が上で九界信徒が下であることは、論ずるまでもなかろう。それが、大聖人御入滅後においては、唯授一人血脈付法の御法主上人が上で、一切の大衆は下となるのである。
 僧侶を師匠とすることは、大聖人の代理としてであり、御法主上人の代理としてである。このことを『化儀抄』第4条には、
 「手続の師匠の所は、三世の諸仏高祖已来代代上人のもぬけられたる故に、師匠の所を能く能く取り定めて信を取るべし
と説かれており、日達上人は、
 「師匠は、三世諸仏や大聖人いらい、歴代の法主上人のお心がぬけられて、師匠の所に来ているのであるから、もし出家して師匠に著くには、よくよく、善き師匠を選定して、その師匠の弟子となり、信心をしなければなりません。また自分が弟子にたいしても、自分が信頼されていることを忘れないで、弟子に大聖人の仏法を授けていかなければなりません。」
と解説されている。したがって、僧侶に対する敬意は、本来、全てが御法主上人を通して、大聖人に帰趣するのである。これを師弟相対の信心というのである。その信心には無量の功徳がある故に、僧俗の筋目としての差別をいうのである。
 この「化儀紗」の御文には続いて、
 「又我が弟子も此くの如く我に信を取るべし」
と仰せられ、「また、我が弟子は我(日有上人)に対し、この道理をもって、信を取りなさい」と御教示されているのである。
 このように、僧侶間においても師弟の差別は存するのであるが、それは、師となる者の権威などではなく、ただただ三世諸仏や大聖人以来、歴代の法主上人のもぬけられたるところとの意義に拠るのである。故に、『化儀抄』には、
 「本寺住持の前に於いては我が取り立ての弟子たりとも等輩の様に申し振舞うなり、信は公物なるが故なり云云」
とも説かれ、また日達上人は、これを、
 「本山の法主上人の前では自分の弟子であっても、自分と同輩、同僚のような行動をすべきであります。それは信心の上からは、平等でありますから。」
と解説されているのである。つまり、御法主上人のお立場からみれば、一切の大衆は平等となり、師弟の差別もなくなるのである。
 それを、池田氏擁護に腐心するあまり、あたかも僧侶が信徒を蔑視しているかのように宣伝して、大切な筋目である師弟相対の信心を破壊し、化儀即法体という化儀の重要性を、平然と否定しているのである。何たる無信心であろうか、無慚無愧の極みである。
 ここで、先に触れた化儀即法体について、今少し説明しておく。当宗の化儀は、悉く法体の深義の表明に意義が存するのである。これが化儀即法体である。したがって、同一の仏具法式であっても、爾前、迹、本、文底と、宗旨によってそれぞれ示される意義に違いが存する。日蓮大聖人の仏法においては、その化儀の法式が、全て下種仏法の深義の表明なのである。
 樒を例に挙げれば、その常緑樹の常の義は、転じて仏身の無始無終、すなわち永遠常住の生命を意味する。しかし、その根拠となる『寿量品』には、三種四種の別がある。当宗においては、その中の観心の上の教相たる内証の『寿量品』によるのである−というごとくてある。
 信行者は、化儀の法式に信順するところ、おのずと法体の深義に契合し、下種仏法の利益を享受するのである。故に、化儀は、根本的には、凡夫僧としての宗祖日蓮大聖人の、一期の御化導に由来する。この本仏大聖人の一期の御化導は、また唯授一人の法体の血脈相承によって、御当代日顕上人へと継承されているのである。したがって、たとえ時代の変化にともなって、化儀形式に表面的な変化がみられても、それは下種仏法から一歩も出ることはない。なぜならば、化儀形式の決定は、必ず唯授一人の血脈に基づくためである。
 無信心の者に教える必要はないから詳述はしないが、僧侶が髪を剃り、三衣を着すことによって顕現するところは、末法の本仏義にほかならない。その身を久遠元初の御本仏たる大聖人のお姿に擬えて、大聖人の代理を務め、もって師弟相対の信心を完備し、即身成仏の大功徳を成就せしめるのである。
 この証道における尊厳性が、僧宝の所以である。ただし、僧宝の意義に、総別の二義がある。別しては、大聖人より直授相承せられた日興上人にまします。故に、日興上人を僧宝の随一と仰ぐのである。総じては、唯授一人の血脈相承をもって、大聖人の法体を継承せられた御歴代上人が、全て僧宝にましますのである。したがって、時の御法主上人が、その時代における僧宝の中心なのである。なお、以上の総別の二義を合して別とした場合、御法主上人の法類である一般僧侶は、総じてこの僧宝の意義を顕現する立場に存するのである。また、さらに総じていうならば、日蓮正宗の信仰をする信徒にも僧宝の意義は存するといえる。しかし、『曽谷殿御返事』の、
 「総別の二義少しも相そむけば成仏思もよらず輸廻生死のもといたらん」
との御指南、また日寛上人の『当家三衣抄』の、
 「行者謹んで次第を超越する勿れ、勢至経の如きんば妄語の罪に因って当に地獄に堕つべし」
との御指南のごとく、総別をわきまえず、その次第を越えたならば、かえって成仏の妨げとなり、地獄に堕ちることにもつながるのである。『化儀抄』の「僧俗の礼儀有るべきか」との御文の真意は、このことを指すのである。佐久間氏は、特にこの点に留意し、これをよく反省すべきである。
 さて、付論的になるが、池田氏が野卑な口調で言い出してより、学会員の僧侶に対する中傷は、止まるところを知らない。
 その中には、僧侶の妻帯まで云々したものがあるが、『四恩抄』の、
 「世末になりて候へば妻子を帯して候・比丘も人の帰依をうけ魚鳥を服する僧もさてこそ候か
との御文や、『祈祷抄』の、
 「行者は必ず不実なりとも・智慧はをろかなりとも・身は不浄なりとも・戒徳は備へずとも・南無妙法蓮華経と申さば必ず守護し給うべし、袋きたなしとて金を捨る事なかれ・伊蘭をにくまば栴檀あるべからず、谷の池を不浄なりと嫌はば蓮を取らざるべし
との御金言をどのように拝するのであろうか。また、大聖人の弟子の中に妻帯者がいたことや、何よりも有名な鳩摩羅什三蔵の妻帯は、身は汚れたけれども舌は焼けなかった不思議など、繰り返し語られているのであるから、これを知らないわけはなかろう。それにもかかわらず、『聖教新聞』などでしきりにこれを中傷し、世間の失笑を買っているのである。学会が笑われることは勝手であるが、要するに、これらも正宗僧侶のイメージダウンのみに目的があるから、感情論以外に確たる根拠があるわけではあるまい。池田名誉会長をはじめとする学会幹部は、その幼児性をまず反省すべきである。
 本宗の僧俗の関係が平等即差別にあることは、700年来の宗風化儀であり、学会でも、以前はその旨の指導をしていたのである。それを、今日、邪義と承知の上で、あえて覆す意図は、「学会は主、宗門は従」などという生易しいものではなく、池田名誉会長並びに学会首脳の策謀による、創価学会独立のための、学会員と宗門との離間作戦にあるのではなかろうか。
 前述のように、繰り返されるこれらの僧俗平等論は、一応、理論的定義づけを装ってはいる。しかし、会合などにおいて、実際に会員間で行なわれていることは、捏造された情報操作よる、感情的な僧侶非難である。これによって、会員の多くは、現に僧侶に失望すると同時に、僧侶に対して憎悪を懐くようになっている。
 このように、信徒として、決して犯すはずのない非道を、実際に可能にしている思想背景は、おなじみの諸悪の根源”池田本仏論”である。最近では、再び機関紙面に、大胆に再登場するようになっている。本年2月6日付の『創価新報』の「暁鐘」欄などは、その好例といえる。そこには、
 「ところで、ドストエフスキーの作中に『大審問官』を描いた詩劇がある。中世社会に復活したキリストを、時の教会の大審官が罵倒し、裁き、再び処刑しようとする話だ。”今さら何しにきた。お前はもはや俺たちの邪魔者なのだ”と、自分らの始祖を弾劾するのである▼宗教的精神を裁く宗教的権威−『自立を忘れた』宗教の笑えぬ戯画である。だがこの構図、どうやら”外道”の世界だけの話でもないようだ。
とある。これは、キリストと大審問官の関係を、日蓮大聖人と日蓮正宗の僧侶に擬えているのである。現代に再現した日蓮大聖人、すなわち池田大作氏を、日蓮正宗の僧侶が罵倒し、裁き、再び処刑しようとする。そして、
 「”今さら何しにきた。お前はもはや俺たちの邪魔者なのだ”と、自分らの始祖(日蓮大聖人=池田大作氏)を弾劾するのである
といっているのである。常にこのような論法で会員を洗脳し、またこれを読ませ、さちに”池田本仏論”を浸透させるのである。そして、ついでに日蓮正宗の僧侶は、本仏池田大作氏を迫害していると思わせて、怒りを掻き立てようとしているのである。
 このような、邪悪な謀略行為は、仏法の道理の上からも、決して許されはしない。事実を見抜けぬ哀れな学会員は騙せても、本仏大聖人は常に御照覧である。
 「御義口伝」に云く、
 「疵を蔵(か)くし徳を揚げて自ら省ること能わざるは是れ無慙の人なり」
 池田名誉会長並びに学会首脳、そして佐久間昇氏よ、堕獄を恐れるならば、直ちに猛省し、懺悔したまえ。
以上






勤行


大聖人以来の化儀

[画像]:"怠行"定着に懸命な創価学会=法要の際に足がしびれてしまった池田大作と"怠行"制定を報じる『聖教新聞』(『慧妙』H16.10.1)。『聖教』は「全国から喜びの声」「新入会の友に朗報」などと言うが、一番喜んでいるのは正座が大の若手の池田大作!?

[画像]:これが創価学会の勤行(怠行)だ!=『聖教新聞』(H16.9.10・2面)に掲載された、創価学会の新しい「勤行」ならぬ「怠行」(『慧妙』H16.9.16)

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このほど、創価学会の「勤行」および「御祈念文」として、「方便品・自我偈の読誦と唱題」による勤行と御祈念文を制定いたしました。(秋谷会長・第41回本部幹部会H16.9.9)
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 創価学会がついに、五座三座の勤行を廃止し、「方便・自我偈・唱題」をもって五座三座に代えることを正式発表(平成16年9月9日)した。
 これで学会の勤行は、顕正会・正信会よりも粗略な、勤行(行を勤める)ならぬ怠行(行を怠(おこた)る)となった!!



【諸天供養】


【二品読誦】
<自我偈>

<十如是+自我偈>

<『方便品』長行+自我偈>

<『方便品』長行+『寿量品』長行>

<「存略」と「欠略」>


【題目】
<『月水御書』>

<修行の中心>
◇◇御在世は権実相対の御指南が中心。信徒は法華第一と考え、法華経読誦に執着していた。大聖人も法華経一部を読誦されていた。◇◇
◇◇法華経に執着する信徒に対しては、題目の功徳を強調◇◇
◇◇助行を捨てた正行は正しい修行に非ず◇◇


【五座三座】
<朝夕の勤め>

<初座(諸天供養)>

<2座(本尊供養)>

<3座(三師供養)>

<4座(広宣流布祈念・罪障消滅)>

<5座(回向)>


【御在世の化儀を踏襲した大石寺の化儀】


【諸天供養】
●法華経本門の略開近顕遠に来至して華厳よりの大菩薩・二乗・大梵天・帝釈・日月・四天・竜王等は位妙覚に隣り又妙覚の位に入るなり、若し爾れば今我等天に向つて之を見れば生身の妙覚の仏本位に居して衆生を利益する是なり。(『法華取要抄』全集334頁)

●日蓮をこいしく・をはしせば常に出ずる日ゆうべに・いづる月ををがませ給え、いつとなく日月にかげをうかぶる身なり(『国府尼御前御書』全集1325頁)

●又某を恋しくおはせん時は日日に日を拝ませ給へ・某は日に一度・天の日に影をうつす者にて候(『新池御書』全集1444頁)
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日達上人御教示に、諸天善神はいたる所にましますが、伝教大師も「東方は諸方の始めなり」と申され、一応太陽のある所をもって、諸天善神の在(おわ)します所として、そこに敬意を表し、お題目を上げて法味を捧げるとの仰せがあります。(『信心の原点』東中国布教区発行H10.10.12・70頁)

●御日記に云く毎年四月八日より七月十五日まで九旬が間・大日天子に仕えさせ給ふ事、大日天子と申すは宮殿七宝なり(中略)一乗の妙経の力にあらずんば争か眼前の奇異をば現す可き不思議に思ひ候、争か此の天の御恩をば報ずべきと・もとめ候に仏法以前の人人も心ある人は皆或は礼拝をまいらせ或は供養を申し皆しるしあり、又逆をなす人は皆ばつあり、(中略)其の上慈父よりあひつたはりて二代我が身となりて・としひさし争かすてさせたまひ候べき、其の上日蓮も又此の天を恃みたてまつり日本国にたてあひて数年なり、既に日蓮かちぬべき心地す利生のあらたなる事・外にもとむべきにあらず(『四条金吾釈迦仏供養事』全集1145頁〜)

●日蓮は少より今生のいのりなし只仏にならんとをもふ計りなり、されども殿の御事をば・ひまなく法華経・釈迦仏・日天に申すなり其の故は法華経の命を継ぐ人なればと思うなり。(『四条金吾殿御返事』全集1169頁)

●齢もいまだ・たけさせ給はず、而して法華経にあわせ給いぬ一日もいきてをはせば功徳つもるべし、あらをしの命や・をしの命や、御姓名並びに御年を我とかかせ給いて・わざと・つかわせ大日月天に申しあぐべし、いよどのもあながちになげき候へば日月天に自我偈をあて候はんずるなり(『可延定業書』全集986頁)

●尼御前御寿命長遠の由天に申し候ぞ其の故御物語り候へ。(『富城殿御返事』全集987頁)

●弘安三年十一月八日、尼日厳の立て申す立願の願書並びに御布施の銭一貫文又たふかたびら一つ法華経の御宝前並びに日月天に申し上げ候い畢んぬ(『日厳尼御前御返事』全集1262頁)
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第59世日亨上人は『天拝集説』(『大日蓮』T11.3)において、上記の各御文を初座(天拝)の根拠とされている。「天拝」とはあくまでも天に向かって拝むことであり、御本尊への祈念ではない。そのことは「法華経の御宝前並びに日月天に申し上げ」(『日厳尼御前御返事』全集1262頁)とあることからも明らかである。

●日蓮も信じ始め候し日より毎日此れ等の勘文を誦し候て仏天に祈誓し候(『祈祷経送状』全集1357頁)
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日顕上人は、大聖人様が毎朝東を向いて、諸天を拝された。日興上人もそのお姿を拝し、同じように東天を拝し、それが当宗に今日まで伝わってきている旨の、御指南をされています。(『信心の原点』東中国布教区発行H10.10.12・70頁)

東天に向かっての諸天供養は大聖人時代から存在した

学会では諸天供養を「御本尊に向かって」(『聖教新聞』H16.9.10)することを基本にしている。カッコ付きで「東の方に向かってもよい」(同)などとしている。しかも読経はなく題目三唱のみである。御本尊に向かうという本来ではない化儀を基本とし、東天に向かうという本来行うべき化儀を軽くみている。これは本末転倒である。個人的には東天に向かう可能性を残しながらも、組織としては東天に向かうことなく勤行を行うのであるから、大聖人以来の化儀に組織として反していることは明白である。




【二品読誦】
<自我偈>
―常の御所作にあらず―

●夜中に大庭に立ち出でて月に向かひ奉りて、自我偈少々よみ奉り、諸宗の勝劣、法華経の文あらあら申して、抑(そもそも)今の月天は法華経の御座に列なりまします名月天子ぞかし。(中略)仏勅(ぶっちょく)をもはたして、誓言のしるし(験)をばとげさせ給ふべし(『種々御振舞御書』御書1061、全集915頁)
-----------------------
「自我偈少々」というのは『種々御振舞御書』の一節である。この御文は、竜口の法難の後、依智(えち)の本間邸において大聖人が月天子を叱咤(しった)されたところ、庭の梅の木に「明星の如くなる大星」が下りてきた、有名な場面であるが、一読して明らかなように、「自我偈少々」というのは、常時の勤行を指しての御金言ではない。学会の切り文のデタラメさがよく判(わか)る事例である。(『慧妙』H16.10.1)

●むかし・この法門を聞いて候人人には関東の内ならば我とゆきて其のはかに自我偈よみ候はんと存じて候(『減劫御書』全集1467頁)
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これは墓参のときのことで、常時の勤行を指しての所作ではない。


<十如是+自我偈>
―為人悉檀の上の略式か―

●御文に云く此の経を持ち申して後退転なく十如是・自我偈を読み奉り題目を唱へ申し候なり(『松野殿御返事』全集1381頁)
-----------------------
「御文に云く」とあるように、「十如是・自我偈」は松野殿自身の所作であって、大聖人の御指南ではない。ただし、略式として容認されていたものか?


<『方便品』長行+自我偈>
―為人悉檀の上の略式か―

方便品の長行書進せ候先に進せ候し自我偈に相副て読みたまうべし(文永12年『曾谷入道殿御返事』全集1025頁)
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 先に自我偈を送られ、後に方便品の長行を送られた。この文面だけでは、毎日の所作としての御指南かどうかは不明である。毎日の所作だとすれば、「方便品の長行と寿量品の長行」(2●)の略式だと考えられる。しかし、この御手紙よりも後に、『寿量品』の長行を書き送られた可能性もある。
 同じ年(元号は異なる)の『法蓮抄』(1●)によれば、曽谷殿は13年もの間、方便品を読まないで自我偈のみを毎日読誦していたようである。そのことをお知りになった大聖人が、自我偈はそのままにして(『寿量品』の長行は敢えて勧めずに)、為人悉檀の上から、とりあえず方便品の長行読誦を勧められたとも考えられる。

1●今法蓮上人の送り給える諷誦の状に云く「慈父幽霊第十三年の忌辰に相当り一乗妙法蓮華経五部を転読し奉る」等云云(中略)彼の諷誦に云く「慈父閉眼の朝より第十三年の忌辰に至るまで釈迦如来の御前に於て自ら自我偈一巻を読誦し奉りて聖霊に回向す」等云云(中略)今の施主・十三年の間・毎朝読誦せらるる自我偈の功徳は唯仏与仏・乃能究尽なるべし(建治元年『法蓮抄』全集1045〜頁)
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「釈迦如来の御前に」とあるように、法蓮上人こと曽谷入道殿は、仏像に執着していたようである。さらに迹門不読の誤りを起こし、13年もの間、方便品を読誦しなかったようである。


<『方便品』長行+『寿量品』長行>
―大聖人による教示―

2●法華経は何(いず)れの品も先に申しつる様に愚(おろ)かならねども、殊(こと)に二十八品の中に勝れてめでたきは方便品と寿量品にて侍(はべ)り。余品(よほん)は皆枝葉(しよう)にて候なり。されば常の御所作には、方便品の長行と寿量品の長行とを習ひ読ませ給ひ候へ(文永元年『月水御書』御書303、全集1201頁)
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「常の御所作」すなわち日々の勤行においては、『方便品』の長行および『寿量品』の長行を読むよう仰せである。これは『月水御書』の一節であって、この御書を与えられたのは大学三郎殿の奥方、すなわち在家の女性信徒である。言うまでもなく、「僧侶」に対してその修行を説いたものでは、けっしてないのだ。(『慧妙』H16.10.1)


<「存略」と「欠略」>
 略式には「存略」と「欠略」の2通りがあるが、前者の「存略」とは正しい略式で、本式の意義が存在していることを言う。ところが「欠略」は間違った略式のために、本式の意義が欠落して邪義となることを言うのである。
 しかるに創価学会の「方便品・自我偈」は、略するも何も、最初から長行を廃止しているのであるから、欠略というより欠落であって、見事な「インチキ勤行」である。
 これに対し、日蓮正宗で読む自我偈は、『寿量品』の長行の略式である。すなわち根本の勤行である、総本山の丑寅勤行の意義を円具する略式であって、本体のある略式である。したがって「存略」であり、功徳において全く欠けるところがないのである。
 要するに、外見は似ていても、正邪・賞罰には天地の異なりがあるのだ。
 また、『寿量品』読誦の意義は日寛上人の『当流行事抄』に詳しく、所破・所用が明かされている。特に所用とは、『寿量品』の文底である「内証の寿量品」を読むことであり、正行の妙法五字の功徳を顕すとされている。
 しかし、創価学会の「インチキ勤行」では、この「内証の寿量品」の長行、特に文底本因妙の究極的所在を示す「我本行菩薩道」等の18字を読まないのであるから、正行の題目の功徳が顕れることは絶対にないのである。
 「ニセ本尊」を拝む邪教創価学会の勤行が「インチキ勤行」となったことは、けだし当然の成り行きと言えよう。(『大白法』H16.10.1)

所作文証説明結論
@十如是+自我偈●御文に云く此の経を持ち申して後退転なく十如是・自我偈を読み奉り題目を唱へ申し候なり(建治2年『松野殿御返事』全集1381頁)
 
「御文に云く」とあるように、「十如是・自我偈」は松野殿自身の所作であって、大聖人の御指南ではない。ただし、略式として容認されていたものか?
 
為人悉檀の上の略式
A『方便品』の長行+自我偈方便品の長行書進せ候先に進せ候し自我偈に相副て読みたまうべし(文永12年『曾谷入道殿御返事』全集1025頁)
 
「『方便品』の長行と『寿量品』の長行」(B)の略式だと考えられる。しかし、この御手紙よりも後に、『寿量品』の長行を書き送られた可能性もある。
 
略式
B『方便品』の長行+『寿量品』の長行常の御所作には、方便品の長行と寿量品の長行とを習ひ読ませ給ひ候へ(『月水御書』御書303、全集1201頁)「常の御所作」すなわち日々の勤行についての大聖人御自身の教示である。本式


大聖人御在世の本式の勤行は「方便品の長行」と「寿量品の長行」





【題目】
<『月水御書』>
御経をばよませ給はずして、暗に南無妙法蓮華経と唱へさせ給ひ候え。礼拝をも経にむかはせ給はずして拝せさせ給ふべし(『月水御書』御書305、全集1203頁)
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 大聖人が『月水御書』の後段において仰せられているのは、"当時の世相は、とかく女性は不浄の者として扱われており、その中で、法華不信の者が、女性信徒を信心から退転させようとして、ことに不浄な女性の生理中に読経・唱題することは不敬ではないか、と咎(とが)めるようなこともあろう。本来、生理が不浄などということはないが、地方の風習としてそのような考えが強い場合もあるので、随方毘尼(ずいほうびに)の戒として、その風習に従うことは許される。それらを全て心得て、お経本を手に取って読まずに、題目を誦(そらん)ずるだけでよい。御宝前に座らずに離れた所から礼拝すればよい。(趣意)との御意である。
 それを「体調が悪い時など、場合によっては、読経はせず、唱題だけでよい。また、御宝前に座らなくてもよい」と、自分の都合によって勤行を省略できるものと解釈し、あまっさえ毎日の勤行を"怠行"に変更する根拠に利用するなど、言語道断である。(『慧妙』H16.10.1)



<修行の中心>
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在家の門下たちの修行の中心は唱題であったようであるが、大聖人は場合によっては『方便品』と『寿量品』の読誦による勤行を勧められている。
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◇◇御在世は権実相対の御指南が中心。信徒は法華第一と考え、法華経読誦に執着していた。大聖人も法華経一部を読誦されていた。◇◇
●仏の御開眼の御事はいそぎいそぎ伊よ房をもてはたしまいらせさせ給い候へ、法華経一部御仏の御六根によみ入れまいらせて生身の教主釈尊になしまいらせてかへりて迎い入れまいらせさせ給へ(『真間釈迦仏御供養逐状』全集950頁)

●各各は法華経一部づつ・あそばして候へば我が身並びに父母・兄弟・存亡等に回向しましまし候らん(『寿量品得意抄』全集1212頁)

●あはれ殿は法華経一部を色心二法共にあそばしたる御身なれば・父母・六親・一切衆生をも・たすけ給うべき御身なり(『土篭御書』全集1213頁)

法華経一部・自我偈数度・題目百千返唱へ奉り候い畢ぬ(『上野殿母御前御返事』全集1568頁)


◇◇法華経に執着する信徒に対しては、題目の功徳を強調◇◇
●法華経一部の肝心は南無妙法蓮華経の題目にて候、朝夕御唱え候はば正く法華経一部を真読にあそばすにて候(『妙法尼御前御返事』全集1402頁〜)

●但法華経の題目計りを唱えて三悪道を離る可きことを明さば、・・・(『守護国家論』全集70頁)

●直専持此経と云うは一経に亘るに非ず専ら題目を持つて余文を雑えず尚一経の読誦だも許さず何に況や五度をや(『四信五品抄』全集341頁)

●日興が云く、如法・一日の両経は法華の真文為りと雖も正像転時の往古・平等摂受の修行なり、今末法の代を迎えて折伏の相を論ずれば一部読誦を専とせず但五字の題目を唱え三類の強敵を受くと雖も諸師の邪義を責む可き(『五人所破抄』全集1614頁)
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「但五字の題目を唱え」とは「一部読誦」に対するものであり、助行としての二品読誦を否定したものではない。そのことは同じ文書において天目の「方便読誦の難」(下記3●)を破折しておられることから明白である。


◇◇助行を捨てた正行は正しい修行に非ず◇◇
常の御所作には方便品の長行と寿量品の長行とを習い読ませ給い候へ(『月水御書』全集1201頁)

3●天目当所に来つて問答を遂ぐるの刻み日興が立義・一一証伏し畢んぬ、若し正見を存せば尤も帰敬を成すべきの処に還つて方便読誦の難を致す誠に是れ無慚無愧の甚しきなり、(中略)抑彼等が為に教訓するに非ず正見に任せて二義を立つ、一には所破の為二には文証を借るなり、初に所破の為とは純一無雑の序分には且く権乗の得果を挙げ廃迹顕本の寿量には猶伽耶の近情を明す、此れを以て之を思うに方便称読の元意は只是れ牒破の一段なり(『五人所破抄』全集1616頁)
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日興上人は"方便品を読むべきではない"との疑難を所破・借文の意義を示して破折されている。大聖人の時代から助行としての二品読誦は必須の修行であったことが分かる。

★以上のように、大聖人・日興上人の時代から題目のみの修行は行われていなかった。「専ら題目を持つて余文を雑えず」(『四信五品抄』)等の御指南は、一部読誦に執着していた信徒に対して、末法適時の法体が南無妙法蓮華経であり、題目が正行であることを示すためであると拝される。しかして、日興上人の御指南(3●)にも明らかなように助行としての二品読誦は必須の修行だったのである。

●宗致は、余経も法華経も詮なし、ただ南無妙法蓮華経のみにまで傾斜しきった教団はない。もし微小な問題にされぬ教団があって、現代の混乱時代に発展せぬとは限らぬ。しかるときは、かならずこの方便読誦の正義が必要となってくる。(第59世日亨上人『富士日興上人詳伝(下)』192頁)
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「微小な問題にされぬ教団」であった創価学会であるが、一応「現代の混乱時代に発展」した。将来は「ただ南無妙法蓮華経のみにまで傾斜しきった教団」になるのではないか?





【五座三座】
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〈秋谷(会長)〉当然「五座三座」の人もいる。しかし、大聖人は「五座三座」については、一言もおっしゃっていない。『方便品』と『寿量品』の読誦は言われているが、定型があったわけではないようです。大事なのは「唱題行」です。題目をあげることです。
〈杉山(青年部長)〉御書を拝すると、在家の勤行については「十如是・自我偈」も含めて種々の場合があったようです。「五座三座」という記述は一切ない。日興上人が書かれた文献にもない。
(『聖教新聞』H16.8.10)
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 だが、もし「御書にはない」というなら、そもそも、宗祖本仏義も、仏像を本尊としてはならないことも、明確には「御書にはない」し、題目の発声の仕方(「ナムミョー…」か「ナンミョウー…」か)も、引き題目も、「御書にはない」が、これらの深義は師弟相対する信行の中で、第2祖日興上人へと伝わり、それが正しく今日の大石寺に伝わったのである。
 なお、五座三座の勤行形式を直接的に述べられた御金言はないが、『御義口伝』(御書P1798)には、
●六念(ろくねん)の事 念仏(ねんぶつ)念法(ねんぽう)念僧(ねんそう)念戒(ねんかい)念施(ねんせ)念天(ねんてん)なり。
 御義口伝に云はく、念仏とは唯我一人の導師なり(※三座・大聖人)、念法とは滅後は題目の五字なり(※二座)、念僧とは末法にては凡夫僧なり(※三座・日興上人以下御歴代上人)、念戒とは是名持戒なり(※四座)、念施とは一切衆生に題目を授与するなり(※五座)、念天とは諸天昼夜常為法故而衛護之(じょういほうこにえいごし)の意なり(※初座)。末法当今の行者の上なり。之を思ふべきなり云云(※は筆者)(『御義口伝』御書P1798)
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と、五座の意義の原点と拝すべき御指南がある。(『慧妙』H24.5.16)


<朝夕の勤め>
●深く信心を発して日夜朝暮に又懈らず磨くべし何様にしてか磨くべき只南無妙法蓮華経と唱へたてまつるを是をみがくとは云うなり(『一生成仏抄』全集383頁)
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「日夜朝暮」とあることから、毎日の勤行は朝夕2回が基本であったことが推測される。


<初座(諸天供養)>
●又某を恋しくおはせん時は日日に日を拝ませ給へ・某は日に一度・天の日に影をうつす者にて候、(『新池御書』全集1444頁)
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初座において東天を拝む化儀の根拠となる文証だそうである。

●争か此の天の御恩をば報ずべきと・もとめ候に仏法以前の人人も心ある人は皆或は礼拝をまいらせ或は供養を申し皆しるしあり、又逆をなす人は皆ばつあり(『四条金吾釈迦仏供養事』全集1145頁)

●仰せを蒙りて候末法の行者・息災延命の祈祷の事、別紙に一巻註し進らせ候、毎日一返闕如無く読誦せらるべく候、日蓮も信じ始め候し日より毎日此れ等の勘文を誦し候て仏天に祈誓し候によりて、種種の大難に遇うと雖も法華経の功力釈尊の金言深重なる故に今まで相違無くて候なり(『祈祷経送状』全集1357頁)

★東天に向かっての諸天供養は大聖人時代から存在した。


<2座(本尊供養)>
 本門戒壇の大御本尊の無量の功徳を讃歎申し上げ、御報恩申し上げるのが2座である。しかし、大聖人や日興上人の時代は、宗旨建立の時期であり、仏像に執着している信徒も多かった。そのために大聖人や日興上人は、強執の機に対しては釈尊像の造立を方便として容認されている。また、僧侶であっても曼荼羅正意が理解できずに仏像に執着する者がいたことは『五人所破抄』に明らかである。
 このような弟子檀那に対して大御本尊の意義を理解させることは、ほとんど不可能である。だから、御在世当時は化導の段階上、2座の本尊供養を徹底することはできなかったと考えられる。

●御日記の中に釈迦仏の木像一体等云云(中略)されば画像・木像の仏の開眼供養は法華経・天台宗にかぎるべし(『四条金吾釈迦仏供養事』全集1144頁)

●随身所持の俗難は只是れ継子一旦の寵愛・月を待つ片時の螢光か、執する者尚強いて帰依を致さんと欲せば須らく四菩薩を加うべし敢て一仏を用ゆること勿れ云云(『五人所破抄』全集1614頁)

●開山上人御弟子衆に対するの日仍容預進退有り是宗門最初なる故に宜く信者を将護すべき故なり。(第26世日寛上人『末法相応抄』/『富士宗学要集』第3巻177頁)
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日寛上人は大聖人・日興上人時代の造仏については「是宗門最初なる故に宜く信者を将護すべき故なり」と容認されている。


<3座(三師供養)>
3座では、御本仏日蓮大聖人を讃歎して報恩謝徳を申し上げ、続いて、2祖日興上人、3祖日目上人等の歴代上人に報恩謝徳申し上げる。三宝(仏法僧)のうち、仏と僧に報恩供養を申し上げるのである(<学会流三宝論破折>参照)。

●浄土宗には現在の父たる教主釈尊を捨て他人たる阿弥陀仏を信ずる故に五逆罪の咎に依つて必ず無間大城に堕つ可きなり、経に今此の三界は皆是我有なりと説き給うは主君の義なり其の中の衆生悉く是れ吾子と云うは父子の義なり(『念仏無間地獄抄』全集97頁)

●釈尊は一切衆生の本従の師にて而も主親の徳を備へ給う(『曽谷殿御返事』全集1056頁)
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大聖人はまず、釈尊以外の仏に執着する弟子檀那を善導するために、釈迦如来を師と仰ぐべきことを教えられた。

●上行菩薩・末法今の時此の法門を弘めんが為に御出現之れ有るべき由・経文には見え候へども如何が候やらん、上行菩薩出現すとやせん・出現せずとやせん、日蓮先ず粗弘め候なり(『生死一大事血脈抄』全集1337頁)
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釈尊の内証は結要付属によって上行菩薩に付嘱された。上行菩薩は末法に出現し末法適時の要法を弘通する。しかし、大聖人当時の弟子檀那は、当初、大聖人が上行菩薩の再誕であることさえ理解できなかった。

●教主釈尊の御使なれば天照太神・正八幡宮も頭をかたぶけ手を合せて地に伏し給うべき事なり、法華経の行者をば梵釈・左右に侍り日月・前後を照し給ふ、かかる日蓮を用いぬるともあしくうやまはば国亡ぶべし(『種種御振舞御書』全集919頁)
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大聖人は「教主釈尊の御使」という立場をとられていた。だから、大聖人=上行菩薩の再誕と理解できた者であっても、末法の御本仏だとは思わなかった。

★大聖人を教主釈尊の御使、上行菩薩の再誕としか理解できなかった御在世の弟子檀那が、大聖人への報恩謝徳を毎日の勤行で祈ることなど無理であったろう。
 また、御在世時代に、日興上人以下の僧宝への報恩謝徳も有りえない。


<4座(広宣流布祈念・罪障消滅)>
●大願とは法華弘通なり(『御義口伝』全集736頁)

●御本尊の御前にして一向に後世をもいのらせ給い候へ(『本尊問答抄』全集374頁)


<5座(回向)>
●願わくは此の功徳を以て父母と師匠と一切衆生に回向し奉らんと祈請仕り候、其の旨をしらせまいらせむがために御不審を書きおくりまいらせ候に他事をすてて此の御本尊の御前にして一向に後世をもいのらせ給い候へ(『本尊問答抄』全集374頁)

●各各は法華経一部づつ・あそばして候へば我が身並びに父母・兄弟・存亡等に回向しましまし候らん(『五人土篭御書』全集1212頁)

●今日蓮等の類い聖霊を訪う時法華経を読誦し南無妙法蓮華経と唱え奉る時・題目の光無間に至りて即身成仏せしむ、廻向の文此れより事起るなり(『御義口伝』全集712頁)

★『方便品』・『寿量品』読誦の回数は、御祈念の内容(本尊供養、三師供養など)に対応している。その内、2座、3座は末法の三宝に対する御祈念である。しかし、大聖人の時代は宗門草創期であり、真実の法門が徹底されていない。そのため化儀においても四悉檀を駆使した方便の在り方を許されていた。そのような状況下の御指南中に「五座三座」の御指南がなかったからといって、「五座三座」が本来の化儀ではないとはいえない

★大聖人は勤行についてこと細かく御指南されている。これは、化儀即化法の上から、正しい化儀を遵守することによって正しい信心が身に付くからであろう。しかし、信徒に出された御指南は為人悉檀を中心としており、必ずしも本来の化儀ではない場合もある。また、すべての御書が後世に伝えられた訳ではない。だから御書に御指南がないという理由をもって、自分達で自由に決めてよい、ということにはならないのである。

★勤行だけではなく、信仰の根本である本尊についても大聖人当時は、方便の御指南をされている。すなわち、信徒によっては造仏を容認されているのである。学会流に言えば"大聖人は、本尊としての造仏が絶対ダメだとは仰せになっていない"ということになる。しかし、これについては、さすがの学会も否定するだろう。勤行その他の化儀も同様で、化儀の基本は大聖人の振る舞いや御指南に基づくことであるが、大聖人時代は、宗門草創期であるため、無理解な信徒を善導するために本来の真義が現れていない場合が多いのである。





【御在世の化儀を踏襲した大石寺の化儀】
●今当宗の御勤めは日月自行(※啓本作 日目日行也)の御時の勤めなり、是れ尤も宗旨の勤なる間た是れを本とするなり、朝天への十如是寿量品、御本尊へ方便品の長行寿量品の両品なり、御影堂にて十如是寿量品計りなり、御堂の勤めを御坊にて遊ばず時は天の法楽の如く先の御本尊の勤めの前の如く御影の御勤めは読まざるなり、当宗の宗旨たる勤と案じ定めて加様に読み申すなり云云。(第9世日有上人『有師談諸聞書』/『富士宗学要集』第2巻142頁)
●御勤めの上げ処・方便品には一番五千人等・二番過去諸仏・三番五濁の章、寿量品には一番或説己身・二番譬如良医の文・譬如良医は一越にて題目を唱ふべしと云へり、又云はく自我偈の巻数の時は後に天人常充満にて上ぐべし、其の調子にて題目唱ふべしと云へり、惣じて五調子を以つて朝暮の勤行を致すべし云云。(第9世日有上人『有師談諸文書』/『富士宗学要集』第2巻140頁〜)
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第9世日有上人の時代は「朝天への十如是寿量品」とあることから、朝の諸天供養は東天に向かって行われたことが分かる。また「寿量品」とは「或説己身」「譬如良医」とあることから長行であることが明らかである。

●五座三座の格式相守るべし。(第26世日寛上人 享保4年『報福原式治状』本山・写本所蔵)
●但吾が富山(ふさん)のみ蓮祖所立の門流なり。故に開山已来化儀化法、四百余年全く蓮師の如し(第26世日寛上人著『当流行事抄』/『六巻抄』P193)

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 これらのことから分かるように、日蓮正宗の勤行の形は、他ならぬ宗祖日蓮大聖人がお立てになり、それを日興上人以来の御歴代が、師弟相対の信心をもって、そのまま受け継ぎ遵守(じゅんしゅ)してこられたのである。
 故に、五座三座の勤行様式を軽んずることは、日蓮大聖人を軽んじ、日蓮大聖人に背(そむ)く謗法行為なのである。(『慧妙』H24.5.16)

一般の歴史学においては、文献だけが真実を知る方法ではない。当時の物品(大聖人や日興上人の遺品等)や伝承(言い伝えや伝統儀式)も、当時を知る材料となるのである。伝承といえば唯授一人の口伝や大聖人・日興上人以来大石寺に伝わる伝統儀式は、大聖人の化儀を知る上で、この上ない一級の史料といえよう。

"御書根本"をとなえる者は、「常の御所作には方便品の長行と寿量品の長行(『月水御書』全集1201頁)を読誦せよ!





化儀と相伝


【学会が廃止した大聖人以来の化儀】
@東天に向かっての読経唱題
●宗門の勤行式の中で、天拝を初に別座に勤むる事について、近年間々疑惑を懐たく人があるとの事である、富士門流を汲める他の本山内(今の本門宗)にては、既に三十年前に天拝廃止の声あるのみでなく、早や実行して(廃止)いる人もありと聞くが、宗門には勝手に廃止せる人はあるまいと思ふが天拝廃止の考へある人は、願くは愚納に其趣意を示されたい(第59世日亨上人著『天拝集説』)
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日亨上人は天拝について「勝手に廃止せる人はあるまい」と仰せである。

●又某を恋しくおはせん時は日日に日を拝ませ給へ・某は日に一度・天の日に影をうつす者にて候(『新池御書』全集1444頁)
●日蓮も信じ始め候し日より毎日此れ等の勘文を誦し候て仏天に祈誓し候(『祈祷経送状』全集1357頁)
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学会では諸天供養を「御本尊に向かって」(『聖教新聞』H16.9.10)することを基本にしている。カッコ付きで「東の方に向かってもよい」(同)などとしている。しかも読経はなく題目三唱のみである。御本尊に向かうという本来ではない化儀を基本とし、東天に向かうという本来行うべき化儀を軽くみている。これは本末転倒である。個人的には東天に向かう可能性を残しながらも、組織としては東天に向かうことなく勤行を行うのであるから、大聖人以来の化儀に組織として反していることは明白である。


A『寿量品』長行の読誦
常の御所作には方便品の長行と寿量品の長行とを習い読ませ給い候へ(『月水御書』全集1201頁)
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これは信徒に対する大聖人御自身の御指南である。それに対して御書掲載の『自我偈』『十如是』読誦等は、対告衆独自の修行に過ぎない。あるいは一時的な所作であり「常の御所作」ではない(<大聖人以来の化儀>参照)。



【化儀と相伝】
●有師を中興開山とするに多義あるが、中に化儀の大成即ち宗祖開山時代の自然の至来りに意義を与へ、細点を付したのは全く有師の御苦心である、又此文の当宗宗旨タル勤と云ふは、勤行は化儀の中の第一肝要の行であつて宗門の中の宗旨にも当るものとの意味である。(第59世日亨上人著『有師聞書注解』/『大日蓮』T11.2)
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第9世日有上人は勤行において寿量品長行を御読みになっていた。日亨上人は、その日有上人が「化儀の大成」をされたと仰せである。「大成」といっても、「宗祖開山時代の自然の至来りに意義を与へ、細点を付した」のであって、その根本義はまったく大聖人が御定めになったとおりなのである。

●但我が富山のみ蓮祖所立の門流なり。故に開山已来化儀化法、四百余年全く蓮師の如し(第26世日寛上人著『当流行事抄』)
●宗祖云く「此の経は相伝に非ずんば知り難し」等云々。「塔中及び蓮・興・目」等云々。(第26世日寛上人『撰時抄愚記』/『日寛上人文段集』聖教新聞・初版271頁)
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日蓮正宗富士大石寺の勤行の形は、他ならぬ宗祖日蓮大聖人がお立てになり、それを日興上人以来の御歴代が、師弟相対の信心をもってそのまま受け継ぎ、遵守(じゅんしゅ)してこられたのである。まさに、「相伝に有らざれば知り難し」(『一代聖教大意』御書92、全集398頁)で、御書の面(おもて)しか見ることのできない不相伝家には、知り難き伝承といえよう。



【時機に応じた御指南】
・『寿量品』長行の代わりに自我偈でもよしとする時代もあったようであるが、あくまでも長行読誦が基本であり、本山では長行が読誦されてきた。これは、上記存略の意義に通じると思われる(参照)。

・一部信徒に対しては、唱題だけでもよいという御指南があったが、あくまでも止むを得ない場合の例外的措置であり、基本はあくまでも五座三座であると示されている(参照)。

・化儀には変化があるが、化儀即化法であることに変化はない。化法は、唯授一人の相伝によって代々の御法主が掌握されているのであるから、化儀を改変するにしても時の御法主がお決めになることである。我々は、御法主上人がお決めになられた化儀に随順するところ、血脈が通うのである。

●五座を延べて六座となし七座となすも、伸縮正略は自在なるべきであるが、式文の中にも信念の中にも全体を具備して居るべき事は無論である、縮と略とは欠と不足との意では決してないのである。(第59世日亨上人『天拝集説』/『大日蓮』T11.3)
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「伸縮正略は自在」とは、学会のように誰でも勝手に五座三座を一座にしてよい、という意味ではない。↓

●各方の御帰依の明師に就いて御指南を受けられたい(同)
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「伸縮正略は自在」といっても、誰でも勝手に化儀を改変してよい、という意味ではないことは明らか。これを判断される方とは一往は「各方の御帰依の明師」であり、再往は大聖人以来の血脈相承を受けられた御法主上人なのです(<化儀と血脈>参照)。

●「手続」とは経次又は順序の義なり・仏に通達する道程は必ず師匠に由らざるを得ず・仏の法を受取るには是非とも師範の手を経ざるを得ず、(中略)弟子は師匠を尊敬して奉上すること・三世十万の通軌なれば・釈尊は釈葉仏に宗祖は釈尊に開山は宗祖に寛師は永師に霑師は誠師に師侍し・もたげ給ふ、師は針・弟子は糸の如く・法水相承血脈相伝等悉く師に依つて行はる、師弟の道は神聖ならざるべからず(中略)三世の諸仏も高祖も開山も三祖も道師も行師も・各々其師範より法水を受けて信心を獲得決定し給ふ(第59世日亨上人著『有師化儀抄註解』/『富士宗学要集』第1巻124・125頁)

●師弟相対の事、有師丁寧反復是を述べらる。(中略)師弟不用の高慢より生して、師弟相対を無視する事は大いに信行に害あるものと知るべし(第59世日亨上人著『有師化儀抄註解』/『富士宗学要集』第1巻96頁)

"御書根本"というのなら「常の御所作」(『月水御書』全集1201頁)には「方便品の長行と寿量品の長行」(同)を読誦せよ!

※ある学会員は"学会は五座三座の勤行を否定している訳ではない"と強弁する。しかし、組織として本来行うべき化儀を改変し、会合等では一切『寿量品』の長行読誦、東天に向かっての諸天供養を行わないのである。組織として大聖人以来の化儀を破壊したことは明白である。


【化儀と相伝】
●総じて日蓮が弟子と云つて法華経を修行せん人人は日蓮が如くにし候へ、さだにも候はば釈迦・多宝・十方の分身・十羅刹も御守り候べし(『四菩薩造立抄』全集989頁)
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 化儀の本源は大聖人の所作振る舞いだといえる。しかしそれらは、御書に全てが表れているとはいえない。何故なら、御在世当時は宗旨の草創期であり、方便を交えた御指南が多いからである。特に、日蓮本仏義や、大御本尊即末法の要法、唯授一人の血脈などは、ほとんど明示されていないといってよい。そうであれば、このような勤行様式が大聖人の時代に徹底されていたはずもなく、従って御書に明示されている道理もない。しかし、「五座三座」の勤行は、これら大聖人の仏法の根幹部分を前提として決められた化儀なのである。
 引き題目や鈴の打ち方、樒・蝋燭・香炉の配置など、一々御書には記述がない。しかし、それらは皆、大聖人真実の伝統儀式として正嫡日興上人(身延山久遠寺2祖=富士大石寺開山)以来、日蓮正宗大石寺に伝えられているのである。

●六念の事 念仏念法念僧念戒念施念天なり。 御義口伝に云はく、念仏とは唯我一人の導師なり(三座・大聖人)、念法とは滅後は題目の五字なり(二座)、念僧とは末法にては凡夫僧なり(三座・日興上人以下御歴代上人)、念戒とは是名持戒なり(四座)、念施とは一切衆生に題目を授与するなり(五座)、念天とは諸天昼夜常為法故而衛護之の意なり(初座)。末法当今の行者の上なり。之を思ふべきなり云云(カッコ内は筆者)(『御義口伝』御書1798頁、全集785頁〜)
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五座の意義の原点と拝すべき御指南(『慧妙』H14.6.16)。このうち「念仏」「念法」(本門戒壇の大御本尊)「念僧」は、当時の弟子檀那には、正しい理解が困難であった。しかし、正しい法門は唯授一人の相承によって日興上人に伝えられた。この『御義口伝』もその1つである。大聖人御在世に「五座三座」の御指南がなかったとしても、相伝によって「五座三座」の化儀の基となる御指南は日興上人以下歴代上人に伝えられていたのである。

●「義理」「化儀」の簡別は義理は化法なり、大道理なり・化儀は設けられたる信条なり、諸法度なり御開山の廿六箇条又は当化儀条目の如し又は其時々々に師より弟子檀那に訓諭せし不文の信条もあるべし(第59世日亨上人著『有師化儀抄註解』/『富士宗学要集』第1巻151頁)

●聞いて能(よ)く之れを信ぜよ、是れ憶度(おくたく)に非ず。師の曰く「本因初住(ほんにんしょじゅう)の文底に久遠名字の妙法事の一念三千を秘沈し給えり」(第26世日寛上人『三重秘伝抄』)
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「師の曰く」とあるように『寿量品』の長行を読誦することや、その理由は大聖人以来の師弟の相伝に基づくのである。大聖人以来の正統なる師弟の流れからはずれた新興教団・創価学会が、権力や財力を駆使しても得られないのが相伝の内容である。裏返せば、創価学会は相伝がない故に"御書根本""大聖人直結"と主張せざるを得なくなったのである。

●但我が富山のみ蓮祖所立の門流なり。故に開山已来化儀化法、四百余年全く蓮師の如し(第26世日寛上人著『当流行事抄』)
●宗祖云く「此の経は相伝に非ずんば知り難し」等云々。「塔中及び蓮・興・目」等云々。(第26世日寛上人『撰時抄愚記』/『日寛上人文段集』聖教新聞・初版271頁)
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日蓮正宗富士大石寺の勤行の形は、他ならぬ宗祖日蓮大聖人がお立てになり、それを日興上人以来の御歴代が、師弟相対の信心をもってそのまま受け継ぎ、遵守(じゅんしゅ)してこられたのである。まさに、「相伝に有らざれば知り難し」(『一代聖教大意』御書92、全集398頁)で、御書の面(おもて)しか見ることのできない不相伝家には、知り難き伝承といえよう。



【化儀と血脈】
化儀は、即化法の表明である。しかして、化法は、大御本尊即大聖人の御内証=唯授一人の血脈を根本とする(<血脈相伝の体>参照)。だから、化儀とは、唯授一人の血脈に対する信を前提とした師弟相対の信心の具体的表明を基本とする。師弟とは、大聖人→御法主上人→末寺住職→信徒という筋目の上に成り立つ師弟関係である。化儀は、時代状況によって変化しうるが、化儀即化法=「化儀=化法の表明=唯授一人の血脈に対する信を前提とした師弟相対の信心の具体的表明」という原則は絶対不変でなければならない。

●釈尊五十年の説法、白蓮阿闍梨日興に相承す。(中略)背く在家出家共の輩は非法の衆たるべきなり(『池上相承書』全集1600頁)
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大聖人は、日興上人に背く者は「非法の衆」だと断定されている。これは、唯授一人血脈相承によって、大聖人の御内証がそのまま日興上人に伝わっているからである。同じく唯授一人の血脈付法の歴代上人に対しても、大聖人滅後の日興上人と同様に、師匠と仰ぐべきことは明らか。

●但し直授結要付属は一人なり、白蓮阿闍梨日興を以て総貫首と為して日蓮が正義悉く以て毛頭程も之れを残さず悉く付属せしめ畢んぬ、上首已下並に末弟等異論無く尽未来際に至るまで予が存日の如く日興嫡嫡付法の上人を以て総貫首と仰ぐべき者なり(『百六箇抄』全集869頁)
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第59世日亨上人は「後加と見ゆる分の中に義において支語なき所には一線を引き」(『富士宗学要集』第1巻25頁)とあるごとく、史伝書その他多くの文献にあたられ、さらに血脈相伝の上から内容に於いて正しいと判断されたから御書にも掲載されたのである。

●宗祖云く「此の経は相伝に非ずんば知り難し」等云々。「塔中及び蓮・興・目」等云々。(第26世日寛上人『撰時抄愚記』/『日寛上人文段集』聖教新聞・初版271頁)
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「蓮・興・目」とあるように、御書を正しく拝することができるのは、唯授一人血脈相承による。大聖人滅後は、唯授一人血脈相承を受けられた御法主上人の御指南に基づかなければ、御書を正しく解釈できない。

★化儀とは化法の具体的実践である。化儀に変化はある。しかし化法は不変である。その化法(法門、法体)を所持されている方こそ、唯授一人の血脈付法の御法主上人である。だから、化儀を時機に応じて決定なさるのは御法主上人である。一般僧俗は、正師たる御法主上人がお決めになった化儀に従うところ、信心の血脈が流れ通うのである。(<化儀と血脈>)参照。


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(かつて五座の全てに『方便品』の長行・『寿量品』の長行を読誦していた宗門は)学会の出現によって信徒が次第に増加し始めた日昇法主の時に、最近まで学会員が日々実践していたような五座三座の所作に変わったのである。但し、日顕宗は信徒が激減した訳だから、昔に返って方便品も長行を復活させるか? (『フェイク』)
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 そもそも、勤行を含めた本宗の化儀は、御歴代上人の権能に収まる事柄であり、時の御法主上人は、正法正義に照らし、時に応じて、それを裁定なさるのである。
 さて、時の御法主上人が、増加する信徒の生活と信仰等を鑑(かんが)みられ、それまでの方便品長行(ちなみに方便品の長行は、十如是の後に「世雄偈(せおうげ)」という「偈」が続いており、それを含めると、その長さは『寿量品』の優に2.5倍にもなる)を十如是までに縮められたからといって『寿量品』長行を、勝手に自我偈だけに縮めることは許されるだろうか。(『慧妙』H16.10.1)



【勤行の歴史】
<第9世日有上人>
●今当宗の御勤めは日月自行(※啓本作 日目日行也)の御時の勤めなり、是れ尤も宗旨の勤なる間た是れを本とするなり、朝天への十如是寿量品、御本尊へ方便品の長行寿量品の両品なり、御影堂にて十如是寿量品計りなり、御堂の勤めを御坊にて遊ばず時は天の法楽の如く先の御本尊の勤めの前の如く御影の御勤めは読まざるなり、当宗の宗旨たる勤と案じ定めて加様に読み申すなり云云。(第9世日有上人『有師談諸聞書』/『富士宗学要集』第2巻142頁)
●一日三時の御勤の事、朝は辰巳の時は諸天の食時なる間、先づ天の御法楽を申し、午の時は諸仏の御食時なれば日中の法楽是れなり、戌の時は鬼神を訪ふ勤めなり、是れを能く々意得て三時の勤行を致すべきなり云云。(第9世日有上人『有師談諸文書』/『富士宗学要集』第2巻140頁)
●御勤めの上げ処・方便品には一番五千人等・二番過去諸仏・三番五濁の章、寿量品には一番或説己身・二番譬如良医の文・譬如良医は一越にて題目を唱ふべしと云へり、又云はく自我偈の巻数の時は後に天人常充満にて上ぐべし、其の調子にて題目唱ふべしと云へり、惣じて五調子を以つて朝暮の勤行を致すべし云云。(第9世日有上人『有師談諸文書』/『富士宗学要集』第2巻140頁〜)
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日有上人の時代は「五座三座」ではなかったようだ。しかし、朝は3度読経するほか、「三時の勤行」という記述もあり、1日の読経数は現在と大差ないようである。また「朝天への十如是寿量品」とあることから、朝の諸天供養は東天に向かって行われたことが分かる。また「寿量品」とは「或説己身」「譬如良医」とあることから長行であることが明らかである。

●有師を中興開山とするに多義あるが、中に化儀の大成即ち宗祖開山時代の自然の至来りに意義を与へ、細点を付したのは全く有師の御苦心である、又此文の当宗宗旨タル勤と云ふは、勤行は化儀の中の第一肝要の行であつて宗門の中の宗旨にも当るものとの意味である。(第59世日亨上人著『有師聞書注解』/『大日蓮』T11.2)
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第9世日有上人は勤行において寿量品長行を御読みになっていた。日亨上人は、その日有上人が「化儀の大成」をされたと仰せである。「大成」といっても、「宗祖開山時代の自然の至来りに意義を与へ、細点を付した」のであって、その根本義はまったく大聖人が御定めになったとおりなのである。


<第12世日鎮上人>
●大永3年(1523年)に(総本山第12世日鎮上人が認められた)『堂参御経次第』という書き物が残っております。これを見ると、今の勤行の本(もと=原型)というものが分かります。(中略)
 まず初めの5月1日の夜の方を見ても、本堂で本尊供養、次いで天御経は天拝(夜ですが天拝を行なっています)、そして御影堂で2回御経をあげたのは、三師・歴代の供養と、「其後寿量品」の方は、広宣流布の(御祈念の)御経であると考えてよいと思います。
 また2日の朝も、同じく御堂において御経をあげるのは三師の供養、天御経は天拝、それから大堂(本堂)で御経をあげたのは本尊供養、最後に再び御堂に参って広宣流布の御経である。
 そうすると、一般の回向は、大坊に帰ってから六壼においてした、と考えられますから、五座の御経というのはこの時代にあったのだ、ということが明らかに分かります。(大石寺の境内にある)各堂について、それぞれ御経をあげて廻ったのであります。また、天拝(天御経)というのは天壇(台)を設けて御経をあげたことが分かります。(第66世日達上人/『慧妙』H16.9.1)
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第12世日鎮上人の御代には、五座の様式の勤行があったことは明らかであり、それも、五箇処の堂でそれぞれ、『方便品』と『寿量品』を読経し唱題して廻る、という、厳格な様式であったことがわかるのである。


<第26世日寛上人>
●若し堪(たえ)たらん人は本山の如く相(あい)勤(つとむ)べし。若し爾(しから)ずんば十如自我偈題目なりとも五座三座の格式相守るべし。但し仕官の身公用抔の時は乃至題目一遍なりとも右の心向けに相勤むべしと御伝え候可く候(第26世日寛上人が金沢の信徒・福原式冶に宛てたお手紙/『慧妙』H16.9.1ほか)
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この御文の意を言えば、可能な人においては、総本山と同じように『方便品』・『寿量品』の長行・唱題を、それぞれ5回繰り返して行ない、それができない場合は、『方便品』の十如是までと『寿量品』の自我偈のみに略して、五座三座という形だけは守れ、と仰せられているのである。この形は、まさに今日まで伝わる日蓮正宗の勤行の様式ではないか。


<第62世日恭上人>
◆第二座ト第三座、第四座ト第五座ヲ併セ各一座トシテ行フモ可(昭和16年8月22日付「御観念文制定ニ関スル件」と題する「院達」=院2176号/『フェイク』第555号/fb)
◆(上記「院達」について)寿量品は「(又は自我偈)」としている。(『フェイク』第555号/fb)
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化儀には「略式」というものがある。ここでは、あくまでも「五座三座」「寿量品長行」という正式な化儀が前提として存在するのである。その上で、社会環境や信徒の状況等に応じて略式を容認されているものと拝する。これは、日寛上人が法難の嵐の最中にあって信仰を貫いている金沢信徒に対して、"五座三座が基本であるが、止むを得ない場合は『方便品』の十如是までと『寿量品』の自我偈のみでもよい"と御指南されていることと同様である。

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以上のように、多少の変遷はあるものの以下の点については不動である。池田学会は、この点についても正当な根拠もなく廃止したのである。
@東天に向かっての読経唱題
A『寿量品』長行の読誦

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時代状況や信徒によって"自我偈でよい""唱題だけでもよい"との御指南もあるが、あくまでも例外である。本山や末寺においては東天に向かっての読経唱題、『寿量品』長行の読誦が行われてきた。この正式な勤行の実践が前提として存在している上での略式であれば、意義において正式な勤行と同様の功徳がある。組織として"正式"に五座三座を廃止した池田学会とは根本的に異なるのである。



【邪難粉砕】
<化儀は信心ではない?>
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"化儀"と称し、儀式、形式ばかりを重んじる。それがあたかも信心であるかのように錯覚(さっかく)しているのが彼ら(日蓮正宗)です。(秋谷栄之助会長『聖教新聞』H16.9.10)
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池田学会は「化儀即化法」ということを知らないのか。いくら信心があればよいといっても、その信心は行躰行儀によって表明されるし、逆に行躰行儀を整えることによって信心が深まるのではないのか。勤行を毎日行うのは、それが最も基本の仏道修行だからであるが、その勤行について大聖人は細かく御指南下さっている。これらを無視して「儀式、形式ばかり重んじる」と非難することは、細かく化儀を定められた大聖人への敵対行為となろう。

●仏の名を唱へ経巻をよみ華をちらし香をひねるまでも皆我が一念に納めたる功徳善根なりと信心を取るべきなり(『一生成仏抄』全集383頁)
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勤行において華(樒)を供え、線香をつけることも大聖人が定められた化儀である。また蝋燭を用いられていたことも大聖人の遺品等により明らかである。

●一念三千一心三観の法門は法華経の一の巻の十如是より起れり、文の心は百界千如三千世間云云、さて一心三観と申すは余宗は如是とあそばす是れ僻事にて二義かけたり天台南岳の御義を知らざる故なり、されば当宗には天台の所釈の如く三遍読に功徳まさる(『一念三千法門』全集412頁)
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方便品の十如是のところを3度読むことも大聖人の御指南である。

★大聖人は勤行についてこと細かく御指南されている。これは、化儀即化法の上から、正しい化儀を遵守することによって正しい信心が身に付くからであろう。しかし、信徒に出された御指南は為人悉檀を中心としており、必ずしも本来の化儀ではない場合もある。また、すべての御書が後世に伝えられた訳ではない。だから御書に御指南がないという理由をもって、自分達で自由に決めてよい、ということにはならないのである。


<あやしげな改変理由>
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 この本格的な世界広宣流布の時代の到来という「時」のうえから、方便品・自我偈による勤行について、正式な制定を要望する声が強く寄せられてきました。
 そこで、このほど、師範会議、総務会で慎重(しんちょう)に審議したうえ、「方便品・自我偈の読誦と唱題」による勤行を創価学会の正式な勤行として制定することになりました。
(秋谷栄之助会長『聖教新聞』H16.9.10)
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 今の創価学会は、一般会員の強い要望(本当は「勤行O分」の池田大作の要望?)さえあれば、最重要の化儀さえ簡単に変えてしまうような団体に成り下がった(これを彼らは「人間主義」というのだろう)ことになる。
 ならば、次の段階として来るのは、「永遠の指導者が図顕(ずけん)した御本尊の制定を強く要望する声により、創価学会の正式な御本尊を制定する」ことだろう(『慧妙』H16.9.16)。


<五座三座は「根幹」ではない?>
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〈和田〉とにかく五座三座の形式は、後世になってできたものだ。日蓮仏法の「根幹」ではない。(『聖教新聞』H16.8.11)
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 日蓮大聖人は、『四恩抄』『報恩抄』等の諸御書において、報恩の大事、特に三宝の恩を報じることの大事を説かれてる。
 日蓮正宗の勤行要典の観念文を一読すれば、五座の勤行の根幹は、本門戒壇の大御本尊ならびに、宗祖日蓮大聖人・第2祖日興上人・第3祖日目上人をはじめとする御歴代上人方への報恩、すなわち三宝への報恩であり、その上に、広宣流布の祈念、先祖の回向も加わっていることが理解できよう。
 ゆえに(五座の勤行の様式を軽んずることは、日蓮大聖人を軽んじ、大聖人に背く謗法(ほうぼう)行為であるといえよう。
 池田創価学会は、かような謗法行為を会員に押しつける邪教である。
 この謗法を目の当たりにしながら、「五座・三座をしなくてよくなった」などといって喜んでいる学会員は、もはや救いようのない謗法者となりつつある、といえよう。(『慧妙』H16.9.1)

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◆二品読誦の大体は宗祖開山一準の化儀であるが、三座五座の分拝又は十如是長行の区別等の細目に至っては、此文の案し定テと云はるるに依るときは有師の考案から成つたものと考えるべき(第59世日亨上人著『有師聞書注解』/『大日蓮』T11.2)
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勤行の三座五座形式は日有上人が「考案」したのもであるとしている。少なくとも五座三座の勤行は古来からあるのもではないことが判明した。
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<日亨上人著『天拝集説』について>参照。


<近所迷惑?>
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〈青木(理事長)〉今も、たとえば日本でも座談会などは、限られた時間でもあるし、お年寄りや未来部員も参加する。方便品・自我偈の勤行のほうが価値的だと思う。
〈弓谷〉そうですね。近所迷惑になったら、かえって法を下げてしまいますから。
(『聖教新聞』H16.8.11)
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 五座三座が法を下げて、方便・自我偈・唱題では法を下げない、などという説明は、どう考えても理屈が通らない。
 弓谷は時間の長短を指して言っているのだろうが、それなら、五座三座の勤行よりも1時間の唱題を行なうことの方が「法を下げる」ことになりはしないか?
 さらに言うなら、もし、短かければ短かいほど「法」を下げずに済む、というなら、題目三唱だけにすればよい。否、秋谷が「大聖人は"一遍でも題目を唱えた功徳は無量である"と繰り返し仰せです」(8月11日付)と言うように、創価学会のホンネは「題目一遍」でよい、というところにこそあるのだろう。
 これで、「勤行0分」の池田大作も「胸を張っていられる」と、随喜(ずいき)の涙を滂沱(ぼうだ)と流しているに違いない。(『慧妙』H16.9.1)

◆剣道の道場に弟子入りしたとします。朝100回夜50回、毎日かかさず棒を振れば上達すると教えられますが、朝は掃除、ぞうきんがけ、その他の雑用があって、朝は30、夜はまた用事があるので10ぺんぐらいしか振れない、それで上達するでしょうか、といっているのと同じようなものであります。たとえ15分でも、真剣勝負の気でやれば功徳はでます。あなたのようにほんとうに仕事が忙しかったら、仕事の合間をみて、また電車の中にいても勤行し、お題目を唱えなさい。これは読誦のうちの誦にあたり、同じであります。そのようにして真剣にやっていれば、朝の30分早く起きて勤行を完全にやろうとすれば、じきにそうなると思いますがどうですか。それをよいことに、怠(なまけ)けているようでは功徳はありません。(戸田第2代会長『戸田城聖全集』第2巻86頁)
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池田学会が五座三座を「近所迷惑」だとしているのは、時間が長いからであろう。しかし戸田会長は、その五座三座の勤行を時間がなければ電車の中にいてもやりなさい、と指導している。池田学会流に言えば電車の中で勤行する方が余程「法を下げてしまう」と思うのだが・・・。戸田会長は、時間がかかっても五座三座の勤行を毎日行うべき基本の修行だと考えていたことが分かる。そこを疎(おろそ)かにしては仏道修行はありえないと考えていたからこそ、少々の非常識よりも勤行を優先させるべきだと考えていたのではないか。


<戸田会長も「五座三座をやる必要はない」?>
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〈秋谷〉だから戸田先生も、そういう格式、形式については、全く触れられなかった。「本山と同じようにやる必要はない」と、おっしゃっていたこともあった。
(『聖教新聞』H16.8.11)
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◆剣道の道場に弟子入りしたとします。朝100回夜50回、毎日かかさず棒を振れば上達すると教えられますが、朝は掃除、ぞうきんがけ、その他の雑用があって、朝は30、夜はまた用事があるので10ぺんぐらいしか振れない、それで上達するでしょうか、といっているのと同じようなものであります。たとえ15分でも、真剣勝負の気でやれば功徳はでます。あなたのようにほんとうに仕事が忙しかったら、仕事の合間をみて、また電車の中にいても勤行し、お題目を唱えなさい。これは読誦のうちの誦にあたり、同じであります。そのようにして真剣にやっていれば、朝の30分早く起きて勤行を完全にやろうとすれば、じきにそうなると思いますがどうですか。それをよいことに、怠(なまけ)けているようでは功徳はありません。(戸田第2代会長『戸田城聖全集』第2巻86頁)
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 学会が「五座三座」を廃止した理由は"御書には記述がない"からだそうである。しかし、御書には"一回読めばよい"という記述もない。戸田会長は常々"教学は日寛上人の時代に帰れ"と指導していたが、「五座三座」は日寛上人の御指南でもある。
 戸田会長は仕事で忙しい場合であっても「朝の30分早く起きて勤行を完全にやろうとすれば、じきにそうなる」と時間がかかっても五座三座を「完全に」やるべきだと指導していた。これを否定し読経を1回に済ませようとする池田学会は「怠(なまけ)けている」のであり「功徳はありません」。

[画像]:基本の"五座三座の勤行"を否定=五座三座をサボりたい面々とその理由(『聖教新聞』H16.8.10・H16.8.11)





「開山已来・化儀化法・四百余年全く蓮師の如し」


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「五座三座」が勤行なのは、『方便品』・『寿量品』の2品を採用するからだ。
これを日寛上人は『当流行事抄』で「当流の勤行は但両品に限る」と示されているのである。日顕宗がよく引用する同抄の「開山已来・化儀化法・四百余年全く蓮師の如し」は、「五座三座」の意味でないことは、その文が続いて「故に朝暮の勤行・但・両品に限るなり」とされている通りである。
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●問う、諸流の勤行各々不同なり、或は通序及び十如提婆品等を誦し、或は此経難持、以要言之、陀羅尼品、普賢呪等を誦し、或は一品二半、或は本門八品、或は一日一巻等心に任せて之れを誦す。然るに当流の勤行は但両品に限る、其の謂われ如何。
答ふ諸流は名を蓮師に借ると雖も実には蓮祖聖人の門弟に非ず、但是れ自己所立の新義なり、故に蓮師の古風を仰がずして専ら各自の所好に随うなり。但我が富山のみ蓮祖所立の門流なり、故に開山已来化儀・化法四百余年全く蓮師の如し故に朝暮の勤行は但両品に限るなり。(第26世日寛上人著『当流行事抄』/『富士宗学要集』第3巻210頁〜)
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 『当流行事抄』の趣旨は他門が「通序及び十如提婆品」「一品二半」「本門八品」等を読誦することを破折し「朝暮の勤行は但両品に限る」ことを述べたものであって読誦の回数について述べた文書ではないのである。その同抄に「五座三座」への言及がなくとも不思議ではない。
 「朝暮の勤行は但両品に限る」ことが正しいのは「開山已来化儀・化法四百余年全く蓮師の如し」だからだと仰せられている。「故に」とあるように、日蓮正宗においては化儀・化法が大聖人以来不変であることが大前提として存在するのであり、この場合の「化儀」とは勤行に限定されるものではない。ましてや"当流の勤行は但両品に限る"などという限定的な意味ではない。




【『報福原式治状』】
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加賀の信徒に日寛上人が送られた『報福原式治状』であるが、まずそれを示そう。(原文は漢文)
◆林氏勤行の次第を尋ねられ候。当山行事の次第、
 初座は十如寿量諸天供養、
 二座は十如世雄寿量本尊供養、
 第三座は十如寿量祖師代々、
 四座は十如寿量祈祷、
 五座は十如寿量法界回向なり。
 是れ則ち丑の終わり寅の始の勤行なり。
 若し黄昏は
 初座十如寿量本尊供養、
 二座十如寿量祖師代々、
 三座自我偈三巻法界回向なり。
 若し堪えたらん人は本山の如く相勤むべし。若し爾不んば十如自我偈題目なりとも五座三座の格式相守るべし。但し仕官の身公用抔の時は乃至題目一遍なりとも右の心向けに相勤むべしと御伝え候可く候
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ここで「五座三座の格式相守るべし」を、日寛上人が「開山已来・化儀・化法・四百余年全く蓮師の如し」(当流行事抄)と考えられている、とするのが隷属信徒等の主張であるが、初めに示した如く切り文を持って来ただけである。
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読誦の回数については上記『報福原式治状』に仰せのごとく「本山の如く相勤むべし」「五座三座の格式相守るべし」とあるのだから、日寛上人の真意は明白である。「仕官の身公用抔の時は乃至題目一遍なりとも」とは、どうしても都合のつかない場合の例外であり、対告衆が御本尊を御守りすることさえ容易な環境ではなかった金沢信徒であったことを考えれば、信教の自由が認められた現代において安易に適用されるべきではあるまい。



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書状で「大聖人、開山上人以来から定まっている」とは言われていないことも注意が必要だ。
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学会員は、一々「大聖人、開山上人以来から定まっている」などと断らなければ信用しないのか。学会員が相手なら別だが、そんなことを断らなくても御法主上人の御指南を大聖人の御指南だと信じるのが正しい信心である。

手続の師匠の所は、三世諸仏高祖已来代々上人のもぬけられたる故に、師匠の所を能く能く取り定めて信を取るべし。また我が弟子も此くの如く我れに信を取るべし、此の時は何れも妙法蓮華経の色心にして全く一仏なり、是を即身成仏と云ふなり(第9世日有上人・化儀抄『富士宗学要集』第1巻61頁)
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 「手続の師匠」とは直接の師匠(一般僧侶にとっては御法主上人)のことです。「もぬける」とは、蛇などの脱皮のこと。日達上人は「師匠は三世諸仏や、大聖人已来、歴代の法主上人の御心がぬけられて、師匠のところに来ている」(『日興遺誡置文・日有師化儀抄略解』)と仰せであります。
 日有上人は「我が弟子も此くの如く我れに信を取るべし」と仰せです。その理由は「手続の師匠」(時の御法主上人)は「三世諸仏高祖已来代々上人のもぬけられたる故」だからです。「代々上人」とは唯授一人血脈相承を受けられた大石寺歴代上人であることは『産湯相承書』や『百六箇抄』などからも明らかです。

◆御法主上人は唯授一人、六十四代の間を、私どもに、もったいなくも師匠として大聖人様そのままの御内証を伝えておられるのです。(昭和30年12月13日・関西本部入仏落慶式『戸田城聖全集』第4巻399頁)



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日寛上人の最終的な考えを示した六巻抄において、そのような言葉は一切出てこない。
「五座三座の格式相守るべし」を未来にわたる金科玉条とされておられるのなら、当流行事抄において必ず示されるはずであるが、なされていない。
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<『当流行事抄』>
『六巻抄』にすべての化儀が網羅されている訳ではない。『当流行事抄』の趣旨は他門が「通序及び十如提婆品」「一品二半」「本門八品」等を読誦することを破折し「朝暮の勤行は但両品に限る」ことを述べたものであって読誦の回数について述べた文書ではないのである。その同抄に「五座三座」への言及がなくとも不思議ではない。


<『寿量品』長行>
宗門は「五座三座」が絶対不変の化儀などとは言っていない。化儀は時代状況によって変化し得る。が、しかし化法が絶対不変であって、化法を儀式の上で表明したものが化儀である以上、絶対に変えてはならない部分がある。勤行についていえば『寿量品』長行の読誦がその1つである。『当流行事抄』でも『寿量品』読誦については仰せであるが、単に「寿量品」といえば『寿量品』全体と考えるのが普通である。

●答う、文底の寿量品は能く種子の法体を説き顕わす、然るに種子の法体は唯妙法の五字に限るなり、能詮の寿量品は二千余言に及ぶが故に此の品を読誦して以って正行五字の功徳を顕わす、故に助行と名づくるなり。(第26世日寛上人著『当流行事抄』)
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「二千余言に及ぶ」「能詮の寿量品」とは、『寿量品』長行ではないか。


<化儀決定は御法主の権能>
さらに、仮に御書に記述のないことは自由に決められるとしても、一旦、時の御法主が決定なされたことは、弟子・檀那一同、それに随順すべきである。『生死一大事血脈抄』にも弟子・檀那の異体同心によって信心の血脈が流れ通うと仰せである。もし、各人が御法主上人の決定に対して"御書にない"という理由で、勝手なことをすれば、異体同心とはならず、血脈が通わないことになってしまう。

●釈尊五十年の説法、白蓮阿闍梨日興に相承す。(中略)背く在家出家共の輩は非法の衆たるべきなり(『池上相承書』全集1600頁)
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異体同心とは、時の御法主への同心によって成立する。"御書にないことは自由に決めてよい"のではなく、御書にないからこそ、御法主の御指南を仰ぐべきなのである。

●但し直授結要付属は一人なり、白蓮阿闍梨日興を以て総貫首と為して日蓮が正義悉く以て毛頭程も之れを残さず悉く付属せしめ畢んぬ、上首已下並に末弟等異論無く尽未来際に至るまで予が存日の如く日興嫡嫡付法の上人を以て総貫首と仰ぐべき者なり(『百六箇抄』全集869頁)
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第59世日亨上人は「後加と見ゆる分の中に義において支語なき所には一線を引き」(『富士宗学要集』第1巻25頁)とあるごとく、史伝書その他多くの文献にあたられ、さらに血脈相伝の上から内容に於いて正しいと判断されたから御書にも掲載されたのです。



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日寛上人が「五座三座の格式相守るべし」と言われたのは、日顕宗の隷属信徒等の考えるような硬直した形式要請ではない。
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それでは、如何なる理由から、「五座三座の格式相守るべし」と仰せになったというのか。勤行は毎日行う信心の基本である。その内容が「五座三座の格式」なのである。「五座三座」を毎日実践することが成仏の要諦だからこそ、勤行の格式として定められたのであり、当時法難の最中にあって御本尊を御守りすることさえ容易ではなかった金沢信徒にさえ、この格式をできる限り守るように御指南されたのである。



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五座三座は江戸時代に確立していった。江戸時代は幕府によって本末寺関係・寺檀関係が統合されるとともに、他宗批判が禁止された。そうした体制内に組み込まれる中で各門流が教義を確立していく時代である。
そのような状況に対して、和合僧としての統一を図っておられる手紙なのである。
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「五座三座」が室町時代の第12世日鎮上人の頃には存在していたことが分かっている(参照)。もし、「各門流が教義を確立していく時代」であったとしても日寛上人がわざわざ「五座三座」とされた理由にはならない。「和合僧としての統一を図っておられる手紙」とは、何を根拠に言っているのか。信心の基本である勤行を単に「和合僧としての統一を図」るために定めるなど、あり得ない。不信心もいいところである。




【戦時下の勤行】
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 また『フェイク』第555号も指摘しているように、昭和十六年八月二十二日付に「御観念文制定ニ関スル件」と題する「院達」(院二一七六号)において、「第二座ト第三座、第四座ト第五座ヲ併セ各一座トシテ行フモ可」、寿量品は「(又は自我偈)」としている。
 「五座三座の格式相守るべし」が、日顕宗門が言うような、「開山已来・化儀・化法・四百余年全く蓮師の如し」であり、未来も厳守すべきならば、日寛上人からみて過去には日有上人、未来には昭和十六年の宗門が背いていることになる。
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 宗門草創期においては、真実の法門が徹底しておらず、化儀においても対告衆によって種々の御指南があった。時代が下っても、特殊な社会状況に応じた化儀が定められることもあった。
 略式の化儀を用いることもあるが、正式な化儀が厳然と存在した上での略式であるから欠略ではない。この場合も、正式な化儀と同様の功徳があるのである(参照)。
 しかし、あくまでも化儀即化法である。多少の変化があったとしても化法の正しい表明という意味において、まったく変化がないのである。
 その化法は唯授一人の血脈相承によって日興上人以下の歴代上人が所持されているのである。そうであれば、時代状況に応じた化儀の改変は、時の御法主上人がお決めになることである。

●但我が富山のみ蓮祖所立の門流なり。故に開山已来化儀化法、四百余年全く蓮師の如し(第26世日寛上人著『当流行事抄』)
●宗祖云く「此の経は相伝に非ずんば知り難し」等云々。「塔中及び蓮・興・目」等云々。(第26世日寛上人『撰時抄愚記』/『日寛上人文段集』聖教新聞・初版271頁)
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日蓮正宗富士大石寺の勤行の形は、他ならぬ宗祖日蓮大聖人がお立てになり、それを日興上人以来の御歴代が、師弟相対の信心をもってそのまま受け継ぎ、遵守(じゅんしゅ)してこられたのである。まさに、「相伝に有らざれば知り難し」(『一代聖教大意』御書92、全集398頁)で、御書の面(おもて)しか見ることのできない不相伝家には、知り難き伝承といえよう。

●「義理」「化儀」の簡別は義理は化法なり、大道理なり・化儀は設けられたる信条なり、諸法度なり御開山の廿六箇条又は当化儀条目の如し又は其時々々に師より弟子檀那に訓諭せし不文の信条もあるべし(第59世日亨上人著『有師化儀抄註解』/『富士宗学要集』第1巻151頁)





一念三千と二品読誦の範囲


【文底の一念三千と正行】
 三大秘法六大秘法文 証 
文底の一念三千本門の本尊  
  
本門の戒壇  
  
本門の題目日本・乃至漢土・月氏・一閻浮提に人ごとに有智無智をきらはず一同に他事をすてて南無妙法蓮華経と唱うべし(『報恩抄』全集328頁) 
正行



【一念三千と助行】
●迹の文証を借りて本の実相を顕すなり(『五人所破抄』全集1616頁〜)
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「本の実相」とは文底の一念三千。

●寿量品は文の上は乃ち是れ脱迹の義を詮し、文の底は亦是れ種本の義を沈む。(第26世日寛上人著『当流行事抄』)

●文底の寿量品は能く種子の法体を説き顕わす、然るに種子の法体は唯妙法の五字に限るなり、能詮の寿量品は二千余言に及ぶが故に此の品を読誦して以って正行五字の功徳を顕わす、故に助行と名づくるなり。(第26世日寛上人著『当流行事抄』)

●方便品は文は但迹の義を詮して本の義を詮せず而も之れを借用して以って本の義を顕わす、故に借文という。(第26世日寛上人著『当流行事抄』)

●爾前に於いては更に一念三千の文無し、何んぞ借用すべけんや。(第26世日寛上人著『当流行事抄』)

文底の一念三千の意義を顕し功徳を助顕するために一念三千の文証を読む

 名称衣文説明
迹門の一念三千十界●余経には六界八界より十界を明せどもさらに具を明かさず(『一念三千法門』全集413頁)・十界自体は爾前経にも説かれる。

・爾前経では、善悪の業によって受ける世界の違いとされたが、法華経では1個の生命が瞬間瞬間にあらわす生命の境地の差異となる(『新版仏哲』)

十界互具●衆生をして、仏知見を開かしめ、清浄なることを得せしめんと欲するが故に、世に出現したもう。……(開示悟入・広開三顕一/『方便品』)●経文分明に十界互具之を説く所謂「欲令衆生開仏知見」等云云(『観心本尊抄』全集244頁)
十如是如是相。如是性。如是体。如是力。如是作。如是因。如是縁。如是果。如是報。如是本末究竟等(十如是・略開三顕一/『方便品』長行)●法華経・方便品の略開三顕一の時・仏略して一念三千・心中の本懐を宣べ給う(『開目抄』全集208頁)

●十如の文既に是れ一念三千の出処なり。故に但之れを誦すれば其の義則ち足りぬ(第26世日寛上人著『当流行事抄』)


国土世間●今此三界(『譬喩品』)

●我此土安穏(『寿量品』自我偈)
●一念三千の法門は迹門には生陰二千の世間を明し本門には国土世間を明すなり(『御義口伝』全集725頁)

●今此三界の文は国土世間なり其中衆生の文は五陰世間なり而今此処多諸患難唯我一人の文は衆生世間なり(『御義口伝』全集724頁〜)

●我此土安穏とは国土世間なり、衆生所遊楽とは衆生世間なり、宝樹多華菓とは五陰世間なり是れ即ち一念三千を分明に説かれたり(『御義口伝』全集757頁)

●教主を論ずれば始成正覚の仏・本無今有の百界千如を説いて已今当に超過せる(『観心本尊抄』全集248頁)


衆生世間●而今此処多諸患難唯我一人(『譬喩品』)

●衆生所遊楽(『寿量品』自我偈)
五陰世間●其中衆生(『譬喩品』)

●宝樹多華菓(『寿量品』自我偈)
本門の一念三千本因我れ本、菩薩の道を行じて(本因/『寿量品』長行)本因妙は我本行菩薩道(『百六箇抄』全集863頁)
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自我偈にも類似の文がある。しかし、大聖人は『寿量品』長行の当該御文が「本因妙」と教示。


本果我実に成仏してより已来(このかた)、無量無辺百千万億那由佗劫なり(本果/『寿量品』長行)本果妙は然我実成仏已来(『百六箇抄』全集863頁)
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自我偈にも類似の文がある。しかし、大聖人は『寿量品』長行の当該御文が「本果妙」と教示。


本国土我常に此の娑婆世界に在って説法教化す(本国土/『寿量品』長行)●法華経の本国土妙・娑婆世界なり、本門寿量品の未曾有の大曼荼羅建立の在所なり(『御講聞書』全集812頁)

●寿量品に云く「我常に此の娑婆世界に在り」等云云、この文のごとくならば乃至過去五百塵点劫よりこのかた此の娑婆世界は釈迦菩薩の御進退の国土なり(『釈迦御所領御書』全集1297頁)




【内証の『寿量品』】
一念三千の法門は但法華経の本門・寿量品の文の底にしづめたり(『開目抄』全集189頁)
●所詮迹化・他方の大菩薩等に我が内証の寿量品を以て授与すべからず。末法の初めは謗法の国にして悪機なる故に之を止めて、地涌千界の大菩薩を召して寿量品の肝心たる妙法蓮華経の五字をもって閻浮の衆生に授与せしめたまふ(『観心本尊抄』御書657、全集250頁)
能詮の辺の二千余字是れを我が内証の寿量品と名づけ、所詮の辺の妙法五字是れを本因妙と名づくるなり(第26世日寛上人著『当流行事抄』)
●寿量品は文の上は乃ち是れ脱迹の義を詮し、文の底は亦是れ種本の義を沈む。(第26世日寛上人著『当流行事抄』)
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『開目抄』の御指南を素直に拝せば、「一念三千の法門」は『寿量品』全体の文底に秘沈されている。とくに「法門」とあるから、能詮の経たる「内証の寿量品」を指すべきであり、その意味からしても「二千余字」すべてが「一念三千の法門」となる。この「一念三千の法門」=「内証の寿量品」によって説明される法体こそが「妙法蓮華経の五字」=「本因妙」即ち本因下種の南無妙法蓮華経(三大秘法)である。
[法門]=仏・菩薩等の教えのこと。(『新版仏教哲学大辞典』初版)

●答う、文底の寿量品は能く種子の法体を説き顕わす、然るに種子の法体は唯妙法の五字に限るなり、能詮の寿量品は二千余言に及ぶが故に此の品を読誦して以って正行五字の功徳を顕わす、故に助行と名づくるなり。(第26世日寛上人著『当流行事抄』)
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「二千余言に及ぶ」「能詮の寿量品」とは、『寿量品』長行ではないか。

★「一念三千の法門」は「内証の寿量品」として『寿量品』全体に秘沈されているのである。この意味からすれば、助行としては『寿量品』全体を読誦すべきであろう。



【『寿量品』長行読誦の理由)】
@大聖人御指南の化儀だから
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●常の御所作には方便品の長行と寿量品の長行とを習い読ませ給い候へ(『月水御書』全集1201頁)
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これは信徒に対する大聖人御自身の御指南である。それに対して御書掲載の『自我偈』『十如是』読誦等は、対告衆独自の修行に過ぎない。あるいは一時的な所作であり「常の御所作」ではない(<大聖人以来の化儀>参照)。

A下種仏法の法体(所詮)を能く説明するのは「能詮の辺の二千余字」たる「内証の寿量品」=「一念三千の法門」だから

B「本因」「本果」「本国土」の衣文が『寿量品』長行にあるから
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『自我偈』にも類似の文があるが、大聖人はあくまでも『寿量品』長行の文をもって「本因」「本果」「本国土」と教示されている。

C御法主上人の御指南による。
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●釈尊五十年の説法、白蓮阿闍梨日興に相承す。(中略)背く在家出家共の輩は非法の衆たるべきなり(『池上相承書』全集1600頁)
●宗祖云く「此の経は相伝に非ずんば知り難し」等云々。「塔中及び蓮・興・目」等云々。(第26世日寛上人『撰時抄愚記』/『日寛上人文段集』聖教新聞・初版271頁)
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時機に応じて化儀は変化し得る。しかし、その化儀をお決めになるのは血脈付法の方に限る(<化儀と相伝>参照)。



【一念三千の法門】

【迹門の一念三千】

【本門の一念三千】

【文底の一念三千】

【末法の修行】

【読誦の範囲】

【『寿量品』長行不読について】


【一念三千の法門】
●摩訶止観第五に云く
 「夫れ一心に十法界を具す一法界に又十法界を具すれば百法界なり一界に三十種の世間を具すれば百法界に即三千種の世間を具す。〔世間と如是と一なり。開合の異なり〕此の三千・一念の心に在り若し心無んば而已介爾も心有れば即ち三千を具す乃至所以に称して不可思議境と為す意此に在り」等云云〔或本に云く一界に 三種の世間を具す。〕(『観心本尊抄』全集238頁)
●一念三千は十界互具よりことはじまれり(『開目抄』御書526、全集189頁)
●一念三千の法門と申すは三種の世間よりをこれり、三種の世間と申すは一には衆生世間・二には五陰世間・三には国土世間なり(『四条金吾釈迦仏供養事』全集1144頁)
●如是相。如是性。如是体。如是力。如是作。如是因。如是縁。如是果。如是報。如是本末究竟等(法華経『方便品』)→十如是の法門
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一念三千の構成を挙げると、刹那の一念に十界があり、その十界各々に十界が具わって百界となり、さらに十如是が具わって千如是となり、千如是に衆生・五陰・国土の三世間が具わり三千世間となるのです。ただし、三千は、単なる数量を意味するのではありません。天台は、思議・言説を絶した法界の実相を総括して三千と称し、この法界三千における実在と現象の互具融通を説いているのです。




【迹門の一念三千】
迹門の一念三千は、『方便品』に説き明かされた諸法実相(十如是)の義により、凡夫の己心に具わる三千の妙理を説かれたもので、先に述べた天台の一念三千の義です。これは、己心に具わる十界互具の理を観ずるので理の一念三千といいます。理の一念三千を説く仏は始成正覚の仏であり、本門の仏に対すれば未だ真実の仏ではありません。ゆえに、日蓮大聖人は、迹門に説かれる一念三千は有名無実であり、熟益の教法と判ぜられています。

<十界互具>
●経文分明に十界互具之を説く所謂「欲令衆生開仏知見」等云云(『観心本尊抄』全集244頁)
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十界互具の衣文として『方便品』の開示悟入の文を挙げられている。



<十如是>
如是相。如是性。如是体。如是力。如是作。如是因。如是縁。如是果。如是報。如是本末究竟等(法華経『方便品』長行)
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十如是の法門

●一念三千一心三観の法門は法華経の一の巻の十如是より起れり(『一念三千法門』全集412頁)



<三世間>
●一念三千の法門は迹門には生陰二千の世間を明し本門には国土世間を明すなり(『御義口伝』全集725頁)

今此三界の文は国土世間なり其中衆生の文は五陰世間なり而今此処多諸患難唯我一人の文は衆生世間なり(『御義口伝』全集724頁〜)
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「今此三界」「其中衆生」「而今此処多諸患難唯我一人」は皆『譬喩品』第3の文。



<理の一念三千の衣文>
我が身が三身即一の本覚の如来にてありける事を今経に説いて云く如是相・如是性・如是体・如是力・如是作・如是因・如是縁・如是果・如是報・如是本末究竟等文(『十如是事』全集410頁)
●法華経に云く「如是相〔一切衆生の相好本覚の応身如来〕如是性〔一切衆生の心性本覚の報身如来〕如是体〔一切衆生の身体本覚の法身如来〕」此の三如是より後の七如是・出生して合して十如是と成れるなり、此の十如是は十法界なり、此の十法界は一人の心より出で八万四千の法門と成るなり、一人を手本として一切衆生平等なること是くの如し(『三世諸仏総勘文教相廃立』全集564頁)
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十如是に「一切衆生平等」の義があると仰せである。これは、十界互具すなわち一切衆生に仏性が具わることを示すものである。さらには、二乗作仏を理論的に保障する理の一念三千の意義が、既に十如是によって粗説かれていることを示すものである。

●法華経・方便品の略開三顕一の時・仏略して一念三千・心中の本懐を宣べ給う(『開目抄』全集208頁)

十如の文既に是れ一念三千の出処なり。故に但之れを誦すれば其の義則ち足りぬ(第26世日寛上人著『当流行事抄』)

大聖人は十界互具の衣文として『方便品』の開示悟入(広開三顕一)の文を挙げられている。しかし、「我が身が三身即一の本覚の如来にてありける事を今経に説いて云く如是相・(中略)・如是本末究竟等文」「方便品の略開三顕一の時・仏略して一念三千・心中の本懐を宣べ給う」と仰せのように、十如是の文によって十界互具をはじめ一念三千の理全体がほぼ説き明かされているのである。

迹門の一念三千(理の一念三千)の義は、「十如是」の文を含む『方便品』長行を読誦することによって足りる





【本門の一念三千】
本門の一念三千は、『寿量品』に至って久遠実成が説かれ、釈尊の本因・本果・本国土に約して仏の三世常住が明かされたので事の一念三千といいます。釈尊在世の衆生は、本仏常住の化導を聴聞して、仏の永遠の生命と自らの生命とが同体であることを自覚し、能化所化同体の一念三千が成ぜられました。これを日蓮大聖人は、釈尊仏法の極理とし、脱益の教法と決判されています。

<迹門・理の一念三千の欠点>
●久遠実成は事なり二乗作仏は理なり(『真言見聞』全集148頁)
●迹門方便品は一念三千・二乗作仏を説いて爾前二種の失・一つを脱れたり、しかりと・いえども・いまだ発迹顕本せざれば・まことの一念三千もあらはれず二乗作仏も定まらず(『開目抄』全集197頁)
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[発迹顕本]=仏が垂迹の姿を開いて本地(真実の姿)を顕すこと。発は開の義。釈尊においては法華経寿量品で始成正覚の垂迹の姿を開いて本地の久遠実成を顕すことをいう。(学会教学部編『新版仏教哲学大辞典』初版)

●無量義経と序品は序分なり方便品より人記品に至るまでの八品は正宗分なり、法師品より安楽行品に至るまでの五品は流通分なり、其の教主を論ずれば始成正覚の仏・本無今有の百界千如を説いて已今当に超過せる随自意・難信難解の正法なり(『観心本尊抄』全集248頁)

●本門十四品の一経に序正流通有り涌出品の半品を序分と為し寿量品と前後の二半と此れを正宗と為す其の余は流通分なり、其の教主を論ずれば始成正覚の釈尊に非ず所説の法門も亦天地の如し十界久遠の上に国土世間既に顕われ一念三千殆んど竹膜を隔つ、又迹門並びに前四味・無量義経・涅槃経等の三説は悉く随他意の易信易解・本門は三説の外の難信難解・随自意なり。(『観心本尊抄』全集249頁)

迹門には但是れ始覚の十界互具を説きて未だ必ず本覚本有の十界互具を明さず故に所化の大衆能化の円仏皆是れ悉く始覚なり、若し爾らば本無今有の失何ぞ免るることを得んや、当に知るべし四教の四仏則ち円仏と成るは且く迹門の所談なり是の故に無始の本仏を知らず、故に無始無終の義欠けて具足せず又無始・色心常住の義無し但し是の法は法位に住すと説くことは未来常住にして是れ過去常に非ざるなり、本有の十界互具を顕さざれば本有の大乗菩薩界無きなり、故に知んぬ迹門の二乗は未だ見思を断ぜず迹門の菩薩は未だ無明を断ぜず六道の凡夫は本有の六界に住せざれば有名無実なり。(『十法界事』全集421頁〜)



<久遠実成>
●正しく久遠実成の一念三千の法門は前四味並びに法華経の迹門十四品まで秘させ給いて有りしが本門正宗に至りて寿量品に説き顕し給へり(『太田左衛門尉御返事』全集1016頁)

●其の教主を論ずれば始成正覚の釈尊に非ず所説の法門も亦天地の如し十界久遠の上に国土世間既に顕われ一念三千殆んど竹膜を隔つ、又迹門並びに前四味・無量義経・涅槃経等の三説は悉く随他意の易信易解・本門は三説の外の難信難解・随自意なり。(『観心本尊抄』全集249頁)
●本門にいたりて始成正覚をやぶれば四教の果をやぶる、四教の果をやぶれば四教の因やぶれぬ、爾前迹門の十界の因果を打ちやぶつて本門の十界の因果をとき顕す、此即ち本因本果の法門なり、九界も無始の仏界に具し仏界も無始の九界に備りて・真の十界互具・百界千如・一念三千なるべし(『開目抄』全集197頁)
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五百塵点劫の久遠本果・所証の本門・すなわち因果国をもって明かした事の一念三千である。(学会教学部編『新版仏教哲学大辞典』初版357頁)

百界千如界・三千世間が示されたことで、理論上、すべての衆生の生命に仏性が宿ることが保障された。しかし、これは理の上のことに過ぎない。仏の事実の振る舞いの上から、仏道修行の本因と本果と本国、仏性の常住が示されて初めて、凡夫の成仏が真に保障される。



<本門・事の一念三千の衣文>
―本因―
我れ本、菩薩の道を行じて(法華経『寿量品』長行)
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かつて菩薩道を修行したと成道の本因を明かしている。(学会教学部編『新版仏教哲学大辞典』初版356頁)
本因妙は我本行菩薩道(『百六箇抄』全集863頁)
●玄義の七に云く「若し迹因を執して本因と為さば斯れ迹を知らず亦本を識らざるなり天月を識らずして但池月を観るが如し○、払迹顕本せば即ち本地の因妙を知る影を撥つて天を指すが如し云何ぞ盆に臨んで漢を仰がざる嗚呼聾駭なんすれぞ道を論ぜんや」(『小乗小仏要文』全集597頁)
●第二十我本行菩薩道の文礼拝住処の事
御義口伝に云く我とは本因妙の時を指すなり、本行菩薩道の文は不軽菩薩なり此れを礼拝の住処と指すなり。(『御義口伝』全集768頁)
●日蓮が弟子檀那の肝要は本果より本因を宗とするなり、本因なくしては本果有る可からず(『御講聞書』全集808頁)
●一代八万の諸法は本因妙の下種を受けて説く所の教なるが故に一部八巻乃至一代五時・次第梯隥(ていとう)は名字の妙法を下種して熟脱せし本迹なり(『百六箇抄』全集856頁)
●本因妙を下種として説く所の本迹なれば迹の本は本に非ず(『百六箇抄』全集857頁)


―本果―
我実に成仏してより已来(このかた)、無量無辺百千万億那由佗劫なり(法華経『寿量品』長行)
本果妙は然我実成仏已来(『百六箇抄』全集863頁)


―本国土―
我常に此の娑婆世界に在って説法教化す(法華経『寿量品』長行)
●法華経の本国土妙・娑婆世界なり、本門寿量品の未曾有の大曼荼羅建立の在所なり(『御講聞書』全集812頁)
●寿量品に云く「我常に此の娑婆世界に在り」等云云、この文のごとくならば乃至過去五百塵点劫よりこのかた此の娑婆世界は釈迦菩薩の御進退の国土なり(『釈迦御所領御書』全集1297頁)
●其の教主を論ずれば始成正覚の釈尊に非ず所説の法門も亦天地の如し十界久遠の上に国土世間既に顕われ一念三千殆んど竹膜を隔つ、又迹門並びに前四味・無量義経・涅槃経等の三説は悉く随他意の易信易解・本門は三説の外の難信難解・随自意なり。(『観心本尊抄』全集249頁)
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有情の生命に加えて、国土世間、すなわち本国土が明かされたことにより、非情の生命をも包含した情非情にわたる一念三千の法門が究められたとされる。したがって、『観心本尊抄』に「百界千如は有情界に限り一念三千は情非情に亘(わた)る」(全集239頁)と明かされ、久遠の上に明かされた十界の因果であるから本因本果の法門といい、更に非情の草木、国土をも網羅して本国土とし、万法をことごとく収めた真実の一念三千を示されたのである。(学会教学部編『新版仏教哲学大辞典』初版657頁)

久遠実成・事の一念三千(本門の一念三千)の義は、「本因」「本果」「本国土」の文を含む『寿量品』長行読誦によって顕される





【文底の一念三千(事行の一念三千)】
文底の一念三千とは、文上五百塵点劫の本因文底の当初において、久遠元初の御本仏が即座開悟した南無妙法蓮華経をいいます。この本地難思境智冥合の南無妙法蓮華経は、日蓮大聖人が所有し、初めて唱えいだされた仏法の根源、人法一箇・事の一念三千の実体です。ゆえに、日蓮大聖人の文底・事の一念三千に対すれば、釈尊の文上・本迹二門の一念三千は、ともに理の一念三千であり、文底の妙法こそ真の事の一念三千となるのです。

●我が内証の寿量品・事行の一念三千なり(『本因妙抄』全集871頁)

●寿量品の事の一念三千の三大秘法(『義浄房御書』全集892頁)

●一念三千を識らざる者には仏・大慈悲を起し五字の内に此の珠を裹み末代幼稚の頚に懸けさしめ給う(『観心本尊抄』全集254頁)

●一念三千の法門をふりすすぎたてたるは大曼茶羅なり(『草木成仏口決』御書523、全集1339頁)
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日蓮大聖人は御内証を本門戒壇の大御本尊と御建立あそばされました。この大御本尊こそ、事の一念三千・日蓮大聖人の御当体なのです。末法の衆生は、この大御本尊を信じ奉り、南無妙法蓮華経と唱える時、仏界即九界、九界即仏界、境智冥合して即身成仏することができるのです。

●法華経を諸仏出世の一大事と説かせ給ひて候は、此の三大秘法を含めたる経にて渡らせ給へばなり(『三大秘法抄』全集1023頁)
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法華経の尊い所以は、この三大秘法が奥底に含められるからであり、久遠元初の一念三千の妙法蓮華経を末法の化導の上に顕されたのが三大秘法であるという意味であります。天台は、この久遠元初三大秘法総在の妙法蓮華経の法体は譲られていないために、仏の上の事の一念三千には直接に触れず、凡夫の己心に具わる一念三千を開く修行を示しました。(第67世日顕上人『大白法』H16.10.16)

●三大秘法其の体如何、答て云く予が己心の大事之に如かず汝が志無二なれば少し之を云わん寿量品に建立する所の本尊は五百塵点の当初より以来此土有縁深厚本有無作三身の教主釈尊是れなり、(中略)末法に入て今日蓮が唱る所の題目は前代に異り自行化他に亘りて南無妙法蓮華経なり(中略)戒壇とは王法仏法に冥じ仏法王法に合して王臣一同に本門の三秘密の法を持ちて有徳王・覚徳比丘の其の乃往を末法濁悪の未来に移さん時勅宣並に御教書を申し下して霊山浄土に似たらん最勝の地を尋ねて戒壇を建立す可き者か(『三大秘法抄』全集1022頁)




【末法の修行】
大覚世尊設教の元意は一切衆生をして修行せしめんが為めなり。修行に二有り、所謂正行及び助行なり。(中略)荊渓尊者謂えること有り、正助合行して因んで大益を得と云云。(第26世日寛上人著『当流行事抄』)

<正行>
●一には日本・乃至一閻浮提・一同に本門の教主釈尊を本尊とすべし、所謂宝塔の内の釈迦多宝・外の諸仏・並に上行等の四菩薩脇士となるべし、二には本門の戒壇、三には日本・乃至漢土・月氏・一閻浮提に人ごとに有智無智をきらはず一同に他事をすてて南無妙法蓮華経と唱うべし(『報恩抄』全集328頁)



<助行>
助行とは方便・寿量の両品を読誦し、正行甚深の功徳を助顕す。譬えば灰汁の清水を助け塩酢の米麺の味を助くるが如し、故に助行と言うなり。此の助行の中に亦傍正有り、方便を傍とし寿量を正と為す。(第26世日寛上人著『当流行事抄』)


―方便品―
●此の十如是と云は妙法蓮華経にて有けり此の娑婆世界は耳根(にこん)得道の国なり以前に申す如く当知身土と云云、一切衆生の身に百界千如・三千世間を納むる謂(いわれ)を明(あかす)が故に是を耳に触るる一切衆生は功徳を得る衆生なり(『一念三千法門』全集415頁)

●一には所破の為二には文証を借るなり、初に所破の為とは純一無雑の序分には且く権乗の得果を挙げ廃迹顕本の寿量には猶伽耶の近情を明す、此れを以て之を思うに方便称読の元意は只是れ牒破の一段なり、若し所破の為と云わば念仏をも申す可きか等の愚難は誠に四重の興廃に迷い未だ三時の弘経を知らず重畳の狂難嗚呼の至極なり、夫れ諸宗破失の基は天台・伝教の助言にして全く先聖の正意に非ず何ぞ所破の為に読まざるべけんや、経釈の明鏡既に日月の如し天目の暗者邪雲に覆わるる故なり、次に迹の文証を借りて本の実相を顕すなり、此等の深義は聖人の高意にして浅智の覃(およ)ぶ所に非ず(正機には将に之を伝うべし)云云。(『五人所破抄』全集1616頁〜)
●爾前に於いては更に一念三千の文無し、何んぞ借用すべけんや。(第26世日寛上人著『当流行事抄』)
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「本の実相」とは文底の一念三千である。文底の一念三千を顕すために文上の一念三千の文証を借りて読むのである。文上の一念三千の文証とは『方便品』でいえば、十如是を含む長行が、それに当たる。

●通じて迹門に於いて自ら両意有り。一には顕本已前の迹門、是れを体外の迹門と名づく、即ち是れ本無今有の法なり。譬えば不識天月但観池月の如し。二には顕本已後の迹門、是れを体内の迹門と名づく、即ち本有常住の法と成るなり。例せば従本垂迹如月現水の釈の如し、此の二義諸文に散在せり云云。今は是れ体内の迹門を読誦する故に寿量品が家の方便品と云うなり。(第26世日寛上人著『当流行事抄』)


―寿量品―
●唯是れ文底が家の寿量品を読誦して以って助行とするなり。此こに亦二意有り、一には所破の為め、二には所用の為めなり。是れ則ち此の品元両種の顕本、体内・体外等の義を含むが故なり。(第26世日寛上人著『当流行事抄』)

●今両種の顕本と言うは、一には謂わく、文上の顕本、二には謂わく、文底の顕本なり。文上の顕本とは久遠本果の成道を以って本地自行と名づけ、此の本果の本を顕わすを文上の顕本と名づく。文底の顕本とは久遠元初の成道を以って本地の自行と名づけ、此の久遠元初を顕わすを文底の顕本と名づくるなり。且く我実成仏の文の如き若し久遠本果の成道を我実成仏と説くと言わば即ち是れ文上の顕本なり、若し久遠元初の成道を我実成仏と説くと言わば即ち是れ文底の顕本なり、両種の顕本其の相斯くの如し。文上の顕本に亦二意有り、一には謂わく、体外、二には謂わく、体内なり。(第26世日寛上人著『当流行事抄』)

●文底未だ顕われざるを名づけて体外と為す、猶お天月を識らず但池月を観ずるが如し。文底已に顕わるれば即ち体内と名づく、池月は即ち是れ天月の影なりと識るが如し。且く我実成仏の文の如し。若し本地第一、本果自行の成道を我実成仏と説くと言わば即ち是れ体外の寿量品なり。若し迹中最初の本果化他の成道を我実成仏と説くと言わば即ち是れ体内の寿量品なり。内外殊なりと雖も倶に脱迹と名づく、是れ文底の種本に対する故なり。(第26世日寛上人著『当流行事抄』)

文底の一念三千の意義と功徳を助顕するために一念三千の文証を読む





【読誦の範囲】
<理の一念三千(迹門の一念三千)>
如是相。如是性。如是体。如是力。如是作。如是因。如是縁。如是果。如是報。如是本末究竟等(十如是/『方便品』長行)
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●法華経・方便品の略開三顕一の時・仏略して一念三千・心中の本懐を宣べ給う(『開目抄』全集208頁)
十如の文既に是れ一念三千の出処なり。故に但之れを誦すれば其の義則ち足りぬ(第26世日寛上人著『当流行事抄』)
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大聖人は十界互具の衣文として『方便品』の開示悟入(広開三顕一)の文を挙げられている。しかし、「我が身が三身即一の本覚の如来にてありける事を今経に説いて云く如是相・(中略)・如是本末究竟等文」「方便品の略開三顕一の時・仏略して一念三千・心中の本懐を宣べ給う」と仰せのように、十如是の文によって十界互具をはじめ一念三千の理全体がほぼ説き明かされているのである。

迹門の一念三千(理の一念三千)の義は、十如是の文を含む『方便品』長行を読誦することによって足りる



<久遠実成・事の一念三千(本門の一念三千)>
我れ本、菩薩の道を行じて(本因/『寿量品』長行)

我実に成仏してより已来(このかた)、無量無辺百千万億那由佗劫なり(本果/『寿量品』長行)

我常に此の娑婆世界に在って説法教化す(本国土/『寿量品』長行)
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●其の教主を論ずれば始成正覚の釈尊に非ず所説の法門も亦天地の如し十界久遠の上に国土世間既に顕われ一念三千殆んど竹膜を隔つ、又迹門並びに前四味・無量義経・涅槃経等の三説は悉く随他意の易信易解・本門は三説の外の難信難解・随自意なり。(『観心本尊抄』全集249頁)
●本門にいたりて始成正覚をやぶれば四教の果をやぶる、四教の果をやぶれば四教の因やぶれぬ、爾前迹門の十界の因果を打ちやぶつて本門の十界の因果をとき顕す、此即ち本因本果の法門なり、九界も無始の仏界に具し仏界も無始の九界に備りて・真の十界互具・百界千如・一念三千なるべし(『開目抄』全集197頁)
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五百塵点劫の久遠本果・所証の本門・すなわち因果国をもって明かした事の一念三千である。(学会教学部編『新版仏教哲学大辞典』初版357頁)

久遠実成・事の一念三千(本門の一念三千)の義は、「本因」「本果」「本国土」の文を含む『寿量品』長行読誦によって顕される




<内証の寿量品>
一念三千の法門は但法華経の本門・寿量品の文の底にしづめたり(『開目抄』全集189頁)
●所詮迹化・他方の大菩薩等に我が内証の寿量品を以て授与すべからず。末法の初めは謗法の国にして悪機なる故に之を止めて、地涌千界の大菩薩を召して寿量品の肝心たる妙法蓮華経の五字をもって閻浮の衆生に授与せしめたまふ(『観心本尊抄』御書657、全集250頁)
能詮の辺の二千余字是れを我が内証の寿量品と名づけ、所詮の辺の妙法五字是れを本因妙と名づくるなり(第26世日寛上人著『当流行事抄』)
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『開目抄』の御指南を素直に拝せば、「一念三千の法門」は『寿量品』全体の文底に秘沈されている。とくに「法門」とあるから、能詮の経たる「内証の寿量品」を指すべきであり、その意味からしても「二千余字」すべてが「一念三千の法門」となる。この「一念三千の法門」=「内証の寿量品」によって説明される法体こそが「妙法蓮華経の五字」=「本因妙」即ち本因下種の南無妙法蓮華経(三大秘法)である。
[法門]=仏・菩薩等の教えのこと。(『新版仏教哲学大辞典』初版)

★「一念三千の法門」は「内証の寿量品」として『寿量品』全体に秘沈されているのである。この意味からすれば、助行としては『寿量品』全体を読誦すべきであろう。




【『寿量品』長行不読について】
・助行として寿量品を読誦する理由は、一念三千の衣文があるからである。だから、大切なことは大聖人が、どの文をもって本因・本果・本国土と示されているのかということである。

・自我偈の意義は、長行の略説である。だから、長行の内容を前提として拝するとき自我偈にも本因・本果・本国土を中心とする久遠実成(事の一念三千)の深義が明らかとなるということである(つまり、長行を捨て去った自我偈読誦は一念三千の意義が不明瞭)。

・だからこそ大聖人は、事の一念三千の中心となる本因妙の文を「我本行菩薩道……]と示されたのである。決して「久しく業を修して得る所なり」(自我偈)の文を本因妙とは仰せになっていない。

・そして大聖人は、本因妙(我本行菩薩道)が「真実の本門」と示された。

・そもそも大聖人は「一念三千の法門は但法華経の本門・寿量品の文の底にしづめたり」(『開目抄』全集189頁)と仰せなのである。これを素直に拝せば、『寿量品』全体を読誦することが基本であるべきである。

・『寿量品』長行読誦は大聖人以来の化儀である(<大聖人以来の化儀>参照)。

・時機に応じて化儀は変化し得る。しかし、その化儀をお決めになるのは血脈付法の方に限る。
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以上の理由から、事行の一念三千の修行の助行としては『寿量品』長行不読は不可というべきである。



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●今の施主・十三年の間・毎朝読誦せらるる自我偈の功徳は唯仏与仏・乃能究尽なるべし、夫れ法華経は一代聖教の骨髄なり自我偈は二十八品のたましひなり、三世の諸仏は寿量品を命とし十方の菩薩も自我偈を眼目とす(『法蓮抄』全集1049頁)
●されば十方世界の諸仏は自我偈をとして仏にならせ給う(『法蓮抄』全集1050頁)
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★自我偈は二十八品のたましひなり★ってさ!長行とどちらが大事?
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<自我偈読誦は曽谷入道殿の独自の修行>
●今法蓮上人の送り給える諷誦の状に云く「慈父幽霊第十三年の忌辰に相当り一乗妙法蓮華経五部を転読し奉る」等云云(中略)彼の諷誦に云く「慈父閉眼の朝より第十三年の忌辰に至るまで釈迦如来の御前に於て自ら自我偈一巻を読誦し奉りて聖霊に回向す」等云云(『法蓮抄』全集1045〜1047頁)
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自我偈読誦は法蓮上人こと曽谷入道殿が独自に行っていた修行である。ちなみに曽谷殿は迹門不読の誤りを起こし、大聖人より訓戒を被っている。


<眼目>
―条件付で付与された「眼目」の意義―
●大覚世尊は此一切衆生の大導師・大眼目・大橋梁・大船師・大福田等なり(『開目抄』全集188頁)
●舎利弗迦葉等の大聖は・二百五十戒・三千の威儀・一もかけず見思を断じ三界を離れたる聖人なり、梵帝・諸天の導師・一切衆生の眼目なり(『開目抄』全集203頁)
●我日本の柱とならむ我日本の眼目とならむ我日本の大船とならむ(『開目抄』全集232頁)
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「眼目」の語を「大覚世尊」「舎利弗迦葉等」「我(大聖人)」に使用している。このことから同じ「眼目」という語を使用していても、レベルが異なることが分る。これを別の言い方をすれば所対によって異なる、ということか。

●普賢経に云く「此の大乗経典は諸仏の宝蔵十方三世の諸仏の眼目なり乃至三世の諸の如来を出生する種なり乃至汝大乗を行じて仏種を断ぜざれ」等云云(『』全集245頁)
●法華経の眼目たる妙法蓮華経の五字(『高橋入道殿御返事』全集1458頁)
●十如是は法華経の眼目・一切経の惣要(『御講聞書』全集815頁)
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「眼目」の語を「普賢経」「妙法蓮華経」「十如是」に使用している。


<たましひ>
●日蓮が・たましひは南無妙法蓮華経に・すぎたるはなし(『経王殿御返事』全集1124頁)
●御悟りをば法華経と説きをかせ給へば・此の経の文字は即釈迦如来の御魂なり、一一の文字は仏の御魂なれば此の経を行ぜん人をば釈迦如来我が御眼の如くまほり給うべし(『祈祷抄』全集1346頁)


<師>
●至理は名無し聖人理を観じて万物に名を付くる時・因果倶時・不思議の一法之れ有り之を名けて妙法蓮華と為す此の妙法蓮華の一法に十界三千の諸法を具足して闕減無し之を修行する者は仏因・仏果・同時に之を得るなり、聖人此の法を師と為して修行覚道し給えば妙因・妙果・倶時に感得し給うが故に妙覚果満の如来と成り給いしなり、故に伝教大師云く「一心の妙法蓮華とは因華・果台・倶時に増長す三周各各当体譬喩有り、総じて一経に皆当体譬喩あり別して七譬・三平等・十無上の法門有りて皆当体蓮華有るなり、此の理を詮ずる教を名けて妙法蓮華経と為す」云云(『当体義抄』全集513頁)
●銅銭二千枚を法華経に供養す彼は仏なり此れは経なり経は師なり仏は弟子なり(『乗明聖人御返事』全集1012頁)
法華経と申すは八万法蔵の肝心十二部経の骨髄なり、三世の諸仏は此の経を師として正覚を成じ十方の仏陀は一乗を眼目として衆生を引導し給ふ(『兄弟抄』全集1079頁)


<毎日の勤め>
―大聖人御自身の指南―

●伝え承はる御消息の状に云く法華経を日ごとに一品づつ二十八日が間に一部をよみまいらせ候しが当時は薬王品の一品を毎日の所作にし候(『月水御書』全集1199頁)
●二十八品の中に勝れて・めでたきは方便品と寿量品にて侍り、余品は皆枝葉にて候なり、されば常の御所作には方便品の長行と寿量品の長行とを習い読ませ給い候へ(『月水御書』全集1201頁)
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これは大学三郎の妻に与えられた書とされている。彼女は「法華経を日ごとに一品づつ」読誦されていたのであるが、大聖人は、わざわざこれを制止されて「方便品の長行と寿量品の長行とを習い読ませ給い候へ」と御指南である。

・自我偈読誦は曽谷入道殿が独自に行っていた修行であり、大聖人が毎日の所作として教示されたことではない。
・とはいえ、法華一部読誦に執着する者の多い当時において寿量品の自我偈を読誦している行為は賞賛に値するものであった。だからこそ、激励の意味を込めて特に自我偈の勝れていることを強調されたと考えられる。
・その証拠に、数多の大聖人御書中、これほど自我偈を讃歎した例はない。まさに、曽谷入道殿に対する対機説法であったといえよう。
・毎日の所作として大聖人が示された修行は「方便品の長行と寿量品の長行」のみである。




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法華経寿量品に曰く
爾時世尊 欲重宣此義 而説偈言
(爾の時に世尊 重ねて此の義を宣べんと欲して 偈を説いて言わく)
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寿量品長行と自我偈の義が同じであることすら理解できない「勉強不足の馬鹿者」はどっちなんだろ?(爆)
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 『方便品』の十如是の直後にも「欲重宣此義」の文がある。しかし、後に続く偈頌には、十如是に相当する文はない。このことから分るように、「欲重宣此義」の文をもって自我偈と長行を全く同一に考えることできない。
 本因妙・本果妙・本国土妙についていえば、自我偈にも類似の御文はある。しかし、大聖人は、あくまでも長行の各御文を本因妙・本果妙・本国土妙と教示されており、自我偈の類似の御文については特に示されていない。
 そして、この本因妙の御文の底にこそ、真の事の一念三千が秘沈されていることは付法の正師たる第26世日寛上人の御指南である。

●本因妙は我本行菩薩道(『百六箇抄』全集863頁)

●本果妙は然我実成仏已来(『百六箇抄』全集863頁)

●法華経の本国土妙・娑婆世界なり、本門寿量品の未曾有の大曼荼羅建立の在所なり(『御講聞書』全集812頁)
●寿量品に云く「我常に此の娑婆世界に在り」等云云、この文のごとくならば乃至過去五百塵点劫よりこのかた此の娑婆世界は釈迦菩薩の御進退の国土なり(『釈迦御所領御書』全集1297頁)



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[自我偈]=法華経の如来寿量品第16にある有名な偈で、自我得仏来から速成就仏身までをいう。偈とは偈他の略称で、仏の徳、仏の教えを賛嘆する詩のこと。偈他は梵語で、訳せば頌(じゅ)という。また偈には通偈と別偈があって、別偈のなかの重頌(じゅうじゅ)というのは、長行の説いたのを、さらに重ねて、偈頌(げじゅ)をもって説くのをいう。自我偈はこれにあたり、寿量品の肝心を再び述べたものである。(『日蓮正宗教学小辞典』創価学会教学部編:'85年10月30日改訂55版)
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だからこそ長行の略式として、自我偈を読誦するのである。しかし、組織としてまったく長行を読誦しないのでは、自我偈読誦が略式ではなく本式の化儀となってしまう。これでは、事の一念三千の義が不明瞭となってしまう。何故なら、自我偈は長行の義を簡略化したものであり、長行の詳しい内容を踏まえた上で説かれた法門だからである。

<本因妙と境・智・行・位>
●「我れ本と菩薩の道を行ずる時、成ずる所の寿命」とは、慧命は即ち本時の智妙なり。「我れ本と行ず」とは、行は是れ進趣にして即ち本行妙なり。「菩薩道時」とは、菩薩は是れ因人なれば復た位妙を顕はすなり。(天台大師『法華玄義』)
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法華玄義巻7で智妙・行妙・位妙の三妙について釈しているが、何を修行の対象としたのか(境妙)については述べられていない。境・智・行・位の四妙は修行の根本条件であり、いずれを欠いても修行は成り立たない。(学会教学部編『新版仏教哲学大辞典』初版1655頁)

●(※上記『法華玄義』の文について)一句の下は本因の四義を結す(妙楽大師『学林版玄義会本下』223頁)
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慧命すなわち「智」には必ず「境」がありますから、境智行位の四妙が本因妙となります。(第67世日顕上人『大白法』H17.12.1)

●文面は但(ただ)智行位の三妙と雖(いえど)も文底に境妙を秘沈し玉えり(第26世日寛上人『三重秘伝抄』)

「我本行菩薩道……」の文に智妙・行妙・位妙の三妙が示され、さらにその文底に境妙(修行の対象)が秘沈されている。

「久しく業を修して得る所なり」(自我偈)は、「我本行菩薩道……」と類似の文であるが、修行の根本条件である境・智・行・位が不明瞭である。長行の文を踏まえた上で読むときに初めて本因妙の意義が明瞭となる。



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●第廿一 自我偈の事
 御義口伝に云く自とは九界なり我とは仏身なり偈とはことわるなり本有とことわりたる偈頌なり深く之を案ず可し、偈様とは南無妙法蓮華経なり云云。(『御義口伝』全集759頁)
●第廿二 自我偈始終の事
 御義口伝に云く自とは始なり速成就仏身の身は終りなり始終自身なり中の文字は受用なり、仍つて自我偈は自受用身なり法界を自身と開き法界自受用身なれば自我偈に非ずと云う事なし、自受用身とは一念三千なり、伝教云く「一念三千即自受用身自受用身とは尊形を出でたる仏と出尊形仏とは無作の三身と云う事なり」云云、今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る者是なり云云。(同)
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自我偈は、ただ単に寿量品長行の内容を繰り返し述べたものではない、仏の寿命の永遠性をさらに深く、広く、大きく展開したものである。
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「欲重宣此義」だから「寿量品長行と自我偈の義が同じ」だと言ったかと思えば、今度は長行よりも自我偈の方が「仏の寿命の永遠性をさらに深く、広く、大きく展開」ですか(笑)自我偈の方が重要だという学会の公式見解はあるのかな?(前述のごとく御書の自我偈讃歎は対機説法であって、長行と比較したものではない)

●迹の説に約せば即ち大通智勝仏の時を指して以て積劫と為し寂滅道場を以て妙悟と為す若し本門に約せば我本行菩薩道の時を指して以て積劫と為し本成仏の時を以て妙悟と為す(『八宗違目抄』全集160頁)

●寿量品に云く「是くの如く我成仏してより已来甚大に久遠なり寿命・無量阿僧祇劫・常住にして滅せず諸の善男子・我本菩薩の道を行じて成ぜし所の寿命今猶未だ尽きず復上の数に倍せり」等云云此の経文は仏界所具の九界なり(『観心本尊抄』全集240頁)

●第二如来秘密神通之力の事
御義口伝に云く無作三身の依文なり、此の文に於て重重の相伝之有り(『御義口伝』全集752頁)

●第二十我本行菩薩道の文礼拝住処の事
御義口伝に云く我とは本因妙の時を指すなり、本行菩薩道の文は不軽菩薩なり此れを礼拝の住処と指すなり。(『御義口伝』全集768頁)

本因妙は我本行菩薩道真実の本門なり(『百六箇抄』全集863頁)

●御義口伝に云く此の本尊の依文とは如来秘密神通之力の文なり、戒定慧の三学は寿量品の事の三大秘法是れなり、日蓮慥に霊山に於て面授口決せしなり、本尊とは法華経の行者の一身の当体なり云云。(『御義口伝』全集760頁)

●第三我実成仏已来無量無辺等の事
御義口伝に云く我実とは釈尊の久遠実成道なりと云う事を説かれたり、然りと雖も当品の意は我とは法界の衆生なり十界己己を指して我と云うなり、実とは無作三身の仏なりと定めたり此れを実と云うなり成とは能成所成なり成は開く義なり法界無作の三身の仏なりと開きたり、仏とは此れを覚知するを云うなり已とは過去なり来とは未来なり已来の言の中に現在は有るなり、我実と成けたる仏にして已も来も無量なり無辺なり、百界千如一念三千と説かれたり、百千の二字は百は百界千は千如なり此れ即ち事の一念三千なり、今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る者は寿量品の本主なり、惣じては迹化の菩薩此の品に手をつけいろうべきに非ざる者なり、彼は迹表本裏・此れは本面迹裏・然りと雖も而も当品は末法の要法に非ざるか其の故は此の品は在世の脱益なり題目の五字計り当今の下種なり、然れば在世は脱益滅後は下種なり仍て下種を以て末法の詮と為す云云。(『御義口伝』全集753頁)

●第十是好良薬今留在此汝可取服勿憂不差の事
御義口伝に云く是好良薬とは或は経教或は舎利なりさて末法にては南無妙法蓮華経なり(『御義口伝』全集756頁)

以上のように、長行の各文についても深い意義が説かれている。自我偈の方が長行より勝れているなどとは決していえない。



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<御法主上人ご指南>
>「久修業所得」の文は、以上の過去・現在・未来の三世を一貫する、仏身常住の根本を示す文であります。この「久しく業を修して得る所」とは、長行において、「我本(もと)菩薩の道を行じて、成ぜし所の寿命、今猶(なお)未だ尽きず。復(また)上(かみ)の数に倍せり」と説かれて、久遠五百塵点のさらに以前に菩薩道を行じ、その功徳によって得たところの寿命は、本果妙の仏身を成じた今もなお尽きることなく、さらに、上の倍数の量である、と述べられております。
>久遠元初の本仏は、本果の仏身よりも、さらに一段と深奥なる寿量品の本源、本因妙名字に存するのであり、修得即性得、性得即修得なる故に、真の無始無終・本有常住の仏であります。これが自我偈の「久しく業を修して得る所なり」の文の文底実義であり、ここに末法出現の久遠元初自受用身の再誕たる、本仏日蓮大聖人の真の仏身がおわしますのであります。
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・「欲重宣此義」の上から言えば、長行を踏まえて拝するとき、自我偈の各文を長行の意義に相当させることができるのであろう。換言すれば、長行がなかったとすれば、事の一念三千の意義は不明瞭だということである。
・だからこそ、大聖人は、あくまでも事の一念三千、とくに本因妙の衣文として「我本行菩薩道……」を示されたのである。
・御法主上人も長行読誦をされているのであるから、"自我偈に長行と同じ意義が書かれている"としても、そのことをもって"自我偈を読誦さえすればよい"、ということにはならないことが分ろう。


★助行として寿量品を読誦する理由は、一念三千の衣文があるからである。だから、大切なことは大聖人が、どの文をもって本因・本果・本国土と示されているのかということである(大聖人の御指南に従うべきことは"御書根本"の池田学会なら分ろう(^_^;))。

★学会は長行を捨て去り自我偈読誦を本式にしてしまったのである。これでは、いくら自我偈を読誦しても長行で説かれた明瞭な一念三千の義は顕れない





法体の所在

―有師と寛師の見解の相違について―

●一念三千の法門は但法華経の本門・寿量品の文の底にしづめたり(『開目抄』全集189頁)


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『寿量品』のどこの文に文底秘沈したか?歴代上人によって見解が違う。
                                 
<第9世日有上人>
日興上人の言として「如来秘密神通之力」(出典:『有師談諸聞書』/『富要』第2巻152頁)
<第26世日寛上人>
我本行菩薩道」(出典:文段)
                                 
「どうして相伝の見解が違うのか?」との松岡氏の質問に対する日顕側の回答(要旨)↓
●日有・日寛の見解に全く相違点はない。なぜなら『当流行事抄』に「能詮の辺、二千余字是を我内証の寿量品と名け所詮の辺、妙法五字是を本因妙と名るなり」とあるごとく、「内証の寿量品」の2千字すべてが文底だからである。
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あれ?「我本行菩薩道」を読まないから・・・って言ってたのが、今度は「寿量品のすべてが文底」だって?もう、グチャグチャですね。
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【法門は『寿量品』全体に秘沈】
●一念三千の法門は但法華経の本門・寿量品の文の底にしづめたり(『開目抄』全集189頁)
●能詮の辺の二千余字是れを我が内証の寿量品と名づけ、所詮の辺の妙法五字是れを本因妙と名づくるなり、今所詮を以って能詮に名づく(第26世日寛上人著『当流行事抄』)
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『開目抄』の御指南を素直に拝せば、「一念三千の法門」は『寿量品』全体の文底に秘沈されている。とくに「法門」とあるから、能詮の経たる「内証の寿量品」を指すべきであり、その意味からしても「二千余字」すべてが「一念三千の法門」となる。
[法門]=仏・菩薩等の教えのこと。(『新版仏教哲学大辞典』初版)

★「一念三千の法門」は「内証の寿量品」として『寿量品』全体に秘沈されているのである。この意味からすれば、助行としては『寿量品』全体を読誦すべきであろう。



【法体の所在】
●文の底とは久遠実成の名字の妙法を余行にわたさず直達の正観・事行の一念三千の南無妙法蓮華経是なり(『本因妙抄』全集877頁)
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「文の底」にあるのは、法門だけではない。「内証の寿量品」が説明する対象である法体そのものも秘沈されているのである。すなわち「事行の一念三千の南無妙法蓮華経」である。

<如来秘密神通之力>
―法体(本尊)の明文だから―

文底下種仏法の法体とは三大秘法の南無妙法蓮華経であり、これは一大秘法たる本門の本尊に収まる。だから、本尊の衣文の文底をもって法体(文底の一念三千)の所在とするのである。

●日有上人は本果釈尊の一身即三身・三身即一身を示す「如来秘密神通之力」の文の文底に、本因本果久遠元初名字三身相即の釈尊すなわち末法出現の日蓮大聖人と、その御所持の妙法蓮華経のましますことをもって、文底とは「如来秘密」の文と示されたのであります。(第67世日顕上人『大白法』H17.12.1)
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●開目抄に云はく・一念三千の法門は本門寿量品の文の底にしづめたり云云是は何れの文底にしづめたまふやと云ふ時、日有上人仰せに云はく日昭門跡なんどには然我実成仏已来の文という、さて日興上人は此の上に一重遊ばされたるげに候、但し門跡の化儀化法・興上の如く興行有つてこそ何の文底にしづめたまふをも得意申して然るべく候とて置きければ、頻りに問ふ間だ興上如来秘密神通之力の文底にしづめ御座すと遊ばされて候、其の故は然我実成仏已来の文は本果妙の所に諸仏御座す、既に当宗は本因妙の所に宗旨を建立する故なり彼の文にては有るべからず、さて如来秘密神通之力の文は本因妙を説かるゝなり、其の故は天台大師も躰の三身と釈せらるゝなり、一身即三身なるを名けて秘とす、三身即一身なるを名けて密とす・仏三世に於いて等く三身有り諸教の中に於いて秘して伝へずと云云。(『有師談諸聞書』/『富士宗学要集』第2巻152頁)
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日有上人は、文上で読めば本果妙釈尊の三身相即の仏身を示す「如来秘密神通之力」の文を、文底の義によって拝すれば、まさに、この文に久遠元初本因妙の三身相即の本仏の仏身が示されている、との意を仰せられたのである。(『慧妙』H18.2.16)

1●御義口伝に云く此の本尊の依文とは如来秘密神通之力の文なり、戒定慧の三学は寿量品の事の三大秘法是れなり、日蓮慥に霊山に於て面授口決せしなり、本尊とは法華経の行者の一身の当体なり云云。(『御義口伝』全集760頁)

●今当宗の御勤めは日月自行(※啓本作 日目日行也)の御時の勤めなり、是れ尤も宗旨の勤なる間た是れを本とするなり、朝天への十如是寿量品、御本尊へ方便品の長行寿量品の両品なり、御影堂にて十如是寿量品計りなり、御堂の勤めを御坊にて遊ばず時は天の法楽の如く先の御本尊の勤めの前の如く御影の御勤めは読まざるなり、当宗の宗旨たる勤と案じ定めて加様に読み申すなり云云。(第9世日有上人『有師談諸聞書』/『富士宗学要集』第2巻142頁)
●一日三時の御勤の事、朝は辰巳の時は諸天の食時なる間、先づ天の御法楽を申し、午の時は諸仏の御食時なれば日中の法楽是れなり、戌の時は鬼神を訪ふ勤めなり、是れを能く々意得て三時の勤行を致すべきなり云云。(第9世日有上人『有師談諸文書』/『富士宗学要集』第2巻140頁)
●御勤めの上げ処・方便品には一番五千人等・二番過去諸仏・三番五濁の章、寿量品には一番或説己身・二番譬如良医の文・譬如良医は一越にて題目を唱ふべしと云へり、又云はく自我偈の巻数の時は後に天人常充満にて上ぐべし、其の調子にて題目唱ふべしと云へり、惣じて五調子を以つて朝暮の勤行を致すべし云云。(第9世日有上人『有師談諸文書』/『富士宗学要集』第2巻140頁〜)
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日有上人の時代は「五座三座」ではなかったようだ。しかし、朝は3度読経するほか、「三時の勤行」という記述もあり、1日の読経数は現在と大差ないようである。また「朝天への十如是寿量品」とあることから、朝の諸天供養は東天に向かって行われたことが分かる。また「或説己身」「譬如良医」とあることから『寿量品』は長行であることが明らかである。

★第9世日有上人は「門跡の化儀化法・興上の如く」と仰せである。ならば「如来秘密神通之力」の文を含む『寿量品』長行を読誦すべきである。


<我本行菩薩道>
―本因妙の明文だから―

助行として2品を読誦する意義は、文底の一念三千の意義と功徳を助顕することにある。そのうち『寿量品』読誦の意義は、本門の一念三千が顕説されているところにある。本門の一念三千は、仏の本因(成仏の根本の修行)本果(久遠の成道)本国土(衆生教化の国土世間)の説示により顕れ、事相の上から仏性の永遠性が証明されたのである。この仏の振る舞い(因果国)の上から、法体の所在を探るならば、凡夫としての修行(本因)のところに求められるのである。

●日寛上人は久遠元初名字本因妙を示すに当たり、文上の『寿量品』2千余字中、すべて本果の釈尊の化導を説くなかで、わずか18字の本因妙の文が文と義において便りがある故に、この文を寿量文底の本因本果であると指摘されたのであります。(第67世日顕上人『大白法』H17.12.1)
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●聞いて能(よ)く之れを信ぜよ、是れ憶度(おくたく)に非ず。師の曰く「本因初住(ほんにんしょじゅう)の文底に久遠名字の妙法事の一念三千を秘沈し給えり」(第26世日寛上人『三重秘伝抄』)
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 「我本行菩薩道・所成壽命・今猶未尽・復倍上数」の本因初住の文の底に、久遠名字の妙法が秘沈されていることを示された。
 それは、この経文上に述べられる初住位の菩薩としての修行は、いまだ真の本因ではなく、初住位に至る以前に凡夫の段階での修行があったはずだ、それこそが真の本因である、との道理によって、文底の久遠元初本因妙へと迫っていくことを示されたものである。(『慧妙』H18.2.16)

2●要言の法とは何物ぞや、答て云く夫れ釈尊初成道より四味三教乃至法華経の広開三顕一の席を立ちて略開近顕遠を説かせ給いし涌出品まで秘せさせ給い実相証得の当初修行し給いし処の寿量品の本尊と戒壇と題目の五字なり(『三大秘法抄』全集1021頁)
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「実相証得」とは本果であり「当初修行」とは本因である。この本因の処に法体「寿量品の本尊」が存在すると仰せである。

●我等が内証の寿量品とは脱益寿量の文底の本因妙の事なり、其の教主は某なり(『百六箇抄』全集863頁)
●能詮の辺の二千余字是れを我が内証の寿量品と名づけ、所詮の辺の妙法五字是れを本因妙と名づくるなり、今所詮を以って能詮に名づく(第26世日寛上人著『当流行事抄』)
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「内証の寿量品」とは能詮の経であるが、所詮である法体を指して使用することもできる。

本因妙は我本行菩薩道真実の本門なり(『百六箇抄』全集863頁)

●第二十我本行菩薩道の文礼拝住処の事
御義口伝に云く我とは本因妙の時を指すなり、本行菩薩道の文は不軽菩薩なり此れを礼拝の住処と指すなり。(『御義口伝』全集768頁)

●至理は名無し聖人理を観じて万物に名を付くる時・因果倶時・不思議の一法之れ有り之を名けて妙法蓮華と為す此の妙法蓮華の一法に十界三千の諸法を具足して闕減無し之を修行する者は仏因・仏果・同時に之を得るなり、聖人此の法を師と為して修行覚道し給えば妙因・妙果・倶時に感得し給うが故に妙覚果満の如来と成り給いしなり(『当体義抄』全集513頁)

●釈迦如来・五百塵点劫の当初・凡夫にて御坐せし時我が身は地水火風空なりと知しめして即座に悟を開き給いき(『三世諸仏総勘文教相廃立』全集568頁)


★文底の一念三千(法体)とは三大秘法総在の本門の本尊である(1●)。大聖人は久遠元初において、この本尊を対境として修行覚道されたのである(2●)。だから、法体の所在は、法体そのものの衣文の文底とみることもできるし、仏の振る舞い(修行、成道、衆生教化)の上から、本因妙の文底とみることもできる。




【まとめ】
―文底の一念三千の所在―
 当体所在読誦の範囲
法門●能詮の辺の二千余字是れを我が内証の寿量品と名づけ(『当流行事抄』) ●一念三千の法門は但法華経の本門・寿量品の文の底にしづめたり(『開目抄』全集189頁) ★「一念三千の法門」は「内証の寿量品」として『寿量品』全体に秘沈されているのである。この意味からすれば、助行としては『寿量品』全体を読誦すべきであろう。
法体 ●文の底とは久遠実成の名字の妙法を余行にわたさず直達の正観・事行の一念三千の南無妙法蓮華経是なり(『本因妙抄』全集877頁)
→「文の底」にあるのは、法門だけではない。「内証の寿量品」が説明する対象である法体そのものも秘沈されているのである。すなわち「事行の一念三千の南無妙法蓮華経」である。

●妙法蓮華経とは即ち本門の本尊なり(第26世日寛上人『立正安国論愚記』)
法体(本尊)の衣文 ●本尊の依文とは如来秘密神通之力の文なり(『御義口伝』全集760頁) ★「如来秘密神通之力」の文を含む『寿量品』長行を読誦すべきである。
因果国の上から ●本因妙は我本行菩薩道真実の本門なり(『百六箇抄』全集863頁)

実相証得の当初修行し給いし処の寿量品の本尊と戒壇と題目の五字なり(『三大秘法抄』全集1021頁)
→「実相証得」とは本果であり「当初修行」とは本因である。この本因の処に法体「寿量品の本尊」が存在すると仰せである。

●我等が内証の寿量品とは脱益寿量の文底の本因妙の事なり、其の教主は某なり(『百六箇抄』全集863頁)
★「我本行菩薩道」の文を含む『寿量品』長行を読誦すべきである。




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 問う、何れの文底に在りとせんや。答う、古抄の中に種々の義あり、(中略)
 有るが謂わく、如来秘密神通之力の文底なり、是れ則ち文面に本地相即の三身を説くと雖も文底に即ち法体の一念三千を含むが故なり云云。(中略)
 有る師の云わく、本因妙を説くに但三妙を明かす、所謂我本行は是れ行妙なり、菩薩道は是れ位妙なり、所成寿命は是れ智妙なり、故に天台云わく、一句の文三妙を証成す等云云。然るに妙楽の云わく、一句の下は本因の四義を結す云云。是れ即ち智には必ず境ある故なり。故に知んぬ、文面は但智行位の三妙なりと雖も文底に境妙を秘沈したまえり、境妙は即ち是れ一念三千なり、故に爾云うなり。
 今謂わく、前来の諸説は皆是れ文の上なり、不相伝の輩焉んぞ文底を知らん、若し文底を知らずんば何んぞ蓮祖の門人と称せんや。(第26世日寛上人『三重秘伝抄』)

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日寛上人は「如来秘密神通之力の文底」とする説を挙げて、これを否定されている。これは、日有上人の見解を日寛上人が否定されたものである。
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 日寛上人が否定されたのは「如来秘密神通之力の文底」ではなく、その理由である。つまり、「古抄」では、文上(文面)を「本地相即の三身」、文底を「法体の一念三千」としているが、これでは仏身と法を対比させているに過ぎない。文上の「本地相即の三身」が所持している法体が文底にあるとすれば、文上=脱迹、文底=下種ということが分っていないことが明らかである。
 尚、日寛上人は『三重秘伝抄』において「我本行菩薩道・所成壽命・今猶未尽・復倍上数」の本因初住の文の底に、久遠名字の妙法が秘沈されていることを示された。しかし、同じ本因妙の文底に一念三千が秘沈されているとする「有る師」の説を「是れ文の上なり、不相伝の輩焉んぞ文底を知らん」と破折されている。このことから、単純に「如来秘密神通之力の文底」がダメで「我本行菩薩道・所成壽命……」がOKということではなく、そのように考えた理由を重視されているのである。

 なおまた、日寛上人が『三重秘伝抄』に、「如来秘密神通之力の文底」を「文底秘沈」とすることについて、「是れ文の上なり」「不相伝」「文底を知らず」と仰せになられたのは、他門の学者が、「『如来秘密神通之力』の文は仏身を説いているが、その文底には一念三千の法が沈められている」等、"この文を額面どおり仏に約すのを文上、文の面にはないが法に約すのを文底"といった、まったく見当外れな、しかも文上の域を出ない説を立てていることにつき、批判せられたものである。
 これをもって、日寛上人が日有上人の説を否定された、などと読むのは、文字を知って義を知らず、すなわち文底仏法の基礎的な綱格に暗い者が、揚げ足取りのために文字を読んだがための、浅識による邪難と知るべきである。(『慧妙』H18.2.16)




【第67世日顕上人御指南】
(『大白法』H17.12.1)

<第26世日寛上人の御指南について>
―本因妙の文底に秘沈―

 さて「寿量品の文の底にしづめたり」と申された文底顕本の文底とは、この内証の寿量の2千余字の文に対するとき、2とおりの法門が存すると拝されます。その1つは、特に「我本行菩薩道」等の本因妙18字の文の文底に久遠名字の妙法を秘沈するとの日寛上人の『三重秘伝抄』等の御指南であります。同抄の「種脱相対して一念三千を明かす」なかにおいて、『寿量品』についての文底とは、
 「何れの文底に在るとせんや」(『六巻抄』26頁)
との問いを構え、まず諸々の義を挙げてあります。すなわち「如来如実知見」の文底、「是好良薬」の文底、「如来秘密神通之力」の文底、『寿量品』の題号の文底、「然我実成仏已来」の文底、通じて寿量一品の文底等と述べる説を示し、これらの説は皆、不相伝であり、文底を知らざる者と偏(へん)し、まさしく文底とは、
 「本因初住の文底に久遠名字の妙法・事の一念三千を秘沈し給う」(同28頁)
と示されています。この「本因初住の文底」とは、『寿量品』中の「我本行菩薩道。所成寿命」等の18字であり、この文の底にこそ久遠元初名字の大法が秘沈されてあると指摘されます。これは先程挙げた『百六箇抄』の「下種十妙の本迹」の文を基本とされているように思われます。
 これによれば、前来の「我実成仏已来」や「如来秘密」等の文に文底の義があることは否定されているようであります。

―"本因妙の文底"と限定された理由―
 しかし、よくこの『三重秘伝抄』の文を拝すると、日寛上人が挙げられたこれらの文は、実は他門の学者の説なのです。その証拠には、これらの一々の文のあと、それについての他門の学者の説を挙げてあり、その文上の解釈をもって、これらの文を文底の義として挙げることを不相伝と言われておるのであります。
 つまり、これよりすれば日寛上人は、内証の『寿量品』における正しい解釈の深義によるならば、必ずしも「我実成仏已来」の文、あるいは「如来秘密神通之力」の文が文底の意に当たらないと言われたのではないと拝察すべきであります。
 しかし何故、本因初住の文たる「我本行菩薩道」等の文を特に挙げられたかと言えば、まず『百六箇抄』の「本因妙を本と為し、余を迹と為るなり」の文から、下種の十妙中においても本因妙を本とする意を基本とされ、さらに本因妙の文が文底の所在を示す上の文便(もんべん)・義便(ぎべん)があるためと思われます。すなわち、本因本果相対の意をもって、文上の本因の文底に久遠元初名字本因妙が秘沈することを述べられたのであります。

―『寿量品』各文の底に秘沈―
しかしながら、また日寛上人は、内証の『寿量品』2千余字は能詮、久遠元初名字本因の妙法蓮華経は所詮であり、
 「能詮・所詮に二なく別なし」(『日寛上人御書文段』272頁)
と、『本尊抄文段』その他に示されております。
 このところより考えるとき、先程挙げた『百六箇抄』の文は、本因妙を本とし、余を迹とするとの指南でありますが、続いて「是真実の本因本果の法門なり」とあります。つまり本因妙は、直ちに本因本果の仏身なのです。このことは、この下種十妙の本と迹は、一往、本迹としての捌(さば)きであって、再往は真実の本因本果の法門のところに十妙が総括されると拝すべきです。すなわち下種本因妙の本因本果の仏身に、本門下種十妙の化導の一切が具わるのであります。そして言うまでもなく、寿量の法門はその文々が文上・文底の別なく、要するに仏身の常住を説かれるのですから、内証の『寿量品』としての文々はすべて文底下種の人法本尊の当体乃至利益であります。
 したがって、文々のことごとくが久遠元初の本因妙の本因本果に具わる下種十妙を顕すということであります。故に、能詮の内証寿量の2千余字が、そのまま久遠元初名字本因妙の本因本果を能く詮すということは、文の初めの「爾時仏告」の仏とは本果の釈尊ではなく久遠元初の仏であり、「如来秘密神通之力」の文も本果の仏身でなく、下種本因名字の如来の一身即三身・三身即一身を詮すのであり、また『寿量品』の譬えにおける「良医」とは久遠元初自受用報身即日蓮大聖人であり、「良薬」とは即身成仏の大法たる下種の南無妙法蓮華経の御本尊であります。すなわち『寿量品』2千余字に説かれる法門は、すべて久遠元初即末法出現、日蓮大聖人と本門三大秘法を詮し給うのであります。その内証文底の意においては、2千余字すべての文が直ちに元初名字の本因本果の義を詮すのであります。
 故に、文底とは「如来秘密神通之力」の文の底、また「是好良薬今留在此」の文の底乃至、各々の文の文底に久遠元初の本仏本法がましますことが拝せられるのであります。


<日有上人と日寛上人の御指南の相違>
 さて、ある記録文書によりますと、9世日有上人が『開目抄』の文底に関する文について「文底とは如来秘密神通之力の文の文底」と語られているということがあり、これに対し日寛上人は、前述の如く本因妙の文とされるところの、文の示し方に相違があるということを問題にする浅識者がおります。しかし前来述べる如く、日寛上人は久遠元初名字本因妙を示すに当たり、文上の『寿量品』2千余字中、すべて本果の釈尊の化導を説くなかで、わずか18字の本因妙の文が文と義において便りがある故に、この文を寿量文底の本因本果であると指摘されたのであります。また、日有上人は本果釈尊の一身即三身・三身即一身を示す「如来秘密神通之力」の文の文底に、本因本果久遠元初名字三身相即の釈尊すなわち末法出現の日蓮大聖人と、その御所持の妙法蓮華経のましますことをもって、文底とは「如来秘密」の文と示されたのであります。したがって日有上人、日寛上人、共に久遠元初の下種の本仏本法を示し給うことは全く同様であり、なんらの異なりも存しないと拝すべきであります。


【第67世日顕上人御指南】
(『大日蓮』H10.5)

<「実相証得の当初修行し給いし処の寿量品の本尊と戒壇と題目の五字なり」(『三大秘法抄』全集1021頁)>
 この「実相」とは、迹門方便品で説かれた「諸法実相」の法門ではありません。寿量品の直前の涌出品まで秘し給うところの「実相」と言われるのですから、この「実相証得」は、この土に始めて出た釈尊の30の時の成道の証(さと)りではなく、久遠の昔、すなわち、寿量品を指されております。
 しかして、寿量品は「如来秘密神通之力」と説かれるように、三世にわたって一身即三身・三身即一身、すなわち、法報応三身の常住を顕されたのですが、その本門において最も大切なことは、その「証得」の位をいずこに取るかということであります。
 この御文は、それを明らかに、本果の証得に対する本因の位にあることを述べ給う文であります。すなわち、「実相証得の当初」とある「当初」の2字に、久遠の本果にあらず、久遠元初に仏法の位が存することを示し給うのであります。
 その当位において、しかも「修行し給ふ処の寿量品の本尊と戒壇と題目の五字」と仰せのところに、三大秘法は、本果の釈尊三十二相の仏身に存するのではなく、久遠元初本因妙の身と位の上に行じ給う仏身の当体であることを、明らかにお示しであります。
 その故は、本果三十二相の釈尊は、五百塵点の古えにおいても、仏果の上から寿の長遠を説き給う仏であり、身をもって修行し、それによって法を顕し給う仏ではないからであります。
 大聖人様が「要言の法」を凡身に持たせ給うところにて、その修行について仰せになるのは、取りも直さず、この久遠の実相証得の当初、三大秘法を修行し給いたる釈尊とは、久遠元初の自受用報身如来であり、その真実身は日蓮大聖人のおんことであります。すなわち、そこに絶対妙の上の本地仏身が具わり給うのであります。(第67世日顕上人『大日蓮』H10.5)





「久遠元初自受用報身如来の御当体」を削除した理由(仮題)

(『大白法』H22.8.1)

学会版の経本で削除した観念文のうち、「久遠元初自受用報身如来の御当体」の意味を教えてください。

 「久遠元初」とは、単なる時間的な「宇宙の最初」という意味だけではなく、一切の現象の究極・根本という意味で、時間・空間を超絶した絶対的な状態をもいいます。
 また「自受用報身如来」について説明しますと、まず仏教において仏という場合、法界の一切の真理としての法身如来、その真理を照らす智慧身たる報身如来、大慈悲によって一切衆生を救済する応身如来の3つの側面があります。
 この三身如来の中でも、特に悟りの智慧を中心として、そこに法身、応身の二身を兼ね備えた仏を報身如来といい、この報身仏が自ら悟られたそのままの境界を「自受用」といいます。
 すなわち「久遠元初の自受用報身如来」とは「絶対的な究極の仏」ということです。
 この久遠元初の自受用報身如来こそ宗祖日蓮大聖人であり、そのお悟りの当体そのままを、本門戒壇の大御本尊として建立されたのです。
 なお、創価学会が経本の観念文から「久遠元初自受用報身如来の御当体」の文言を削除したのは、久遠元初の御本仏、すなわち日蓮大聖人の御当体たる本門戒壇の大御本尊が、総本山大石寺に厳護されている事実を会員の目から隠そうとしたからにほかなりません。(創価学会『ニセ本尊』破折-100問100答 34頁)

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[解説]
 「久遠元初自受用報身如来の御当体」とは、久遠元初における仏様の悟りの当体、すなわち、本門戒壇の大御本尊様の御事を指し示します。
 「久遠元初」とは、釈尊の本地である久遠実成=文上の本果・五百塵点劫に対する文底本因妙の語句にして、御書には「五百塵点劫の当初」とも示されます。その実体は、未だ仏法や一切の万物の名目も存在しない古の時点、そこに1人の聖人が現われ、宇宙法界の諸現象と実在を通達され、一切の分立と統合の原点となる不思議な法を覚知されました。『三世諸仏総勘文教相廃立』における、
 「釈迦如来五百塵点劫の当初、凡夫にて御坐せし時、我が身は地水火風空なりと知ろしめして即座に悟りを開きたまひき」(御書1419頁)
との仰せは、この久遠元初の当体・当相を示されたものです。この悟りの一法は、あらゆる事象を具え、一切に遍満する法界不思議の生命体であり、また聖人の生命の当体であって、これを聖人は妙法蓮華経と名づけられたのです。『御義口伝』には、
 「久遠とははたらかさず、つくろはず、もとの侭(まま)と云ふ義なり」(同1772頁)
と仰せのように、「久遠元初」は時間的意味に止まるものでなく、仏身そのものを指し示す語でもあります。この仏法の極致は発迹顕本あそばされた日蓮大聖人によって、久遠元初から末法にその実体を顕され、本門戒壇の大御本尊として建立されました。
 次に「自受用報身如来」とは、自受用とは他受用に対する語にして、報身とは法報応の三身中の報身のことであります。『御義口伝』には、
 「法界を自身と開き、法界自受用身なれば自我偈に非ずと云ふ事無し」(同)
とあり、自身に受け用いるという意味で、法界の悟りと本来冥合している根本の仏身をいいます。
 故に「久遠元初自受用報身如来」とは、御本仏日蓮大聖人のことであり、その「御当体」は本門戒壇の大御本尊であります。
 創価学会では、表面的には単に難しい語句を削除したなどとして会員の盲目化を図り、裏では久遠元初の御本仏の御悟りそのものを隠して、大聖人の御本仏としての御立場を貶めているのです。それは池田大作が、
 「日蓮大聖人は『人間』そのもの、『凡夫』そのものの御振る舞いであられた」(平成4年9月10日付聖教新聞)
などと殊さらに大聖人も普通の凡人だと言い、さらに、「大聖人だけが特別に神格化され、久遠本仏に祭り上げられる必要はない」(革新47)
という主張に発展させていることからも明らかです。まさに池田大作自身が、自らを高く上げるための削除であります。当然、「久遠元初自受用報身如来の御当体」である本門戒壇の大御本尊についても、その深い意義を隠し、一閻浮提総与の御本尊の意義を矮小化し誹謗しているのです。
 『ニセ本尊』は、このような悪義が籠(こ)められた魔札であり、これを拝むと、不幸に見舞われ、堕獄の道を歩まねばならないことを知るべきです。





諸天善神の本地を削った学会の観念文

―創価学会による勤行の改変―
―学会流"初座"の祈りに諸天の用きなし―

(『慧妙』H22.3.1)

 かつて、創価学会がSGI(創価学会インタナショナル)という組織を作り、世界各国に日蓮大聖人の正法正義が弘まっていったかのようにに見えた時期があった。
 それに伴(ともな)って、信仰の根幹たる御本尊を守護奉(たてまつ)る日常の信行の勤めとして、日蓮正宗本来の勤行の形式が伝えられていたはずである。
 今日、創価学会の勤行様式は、日本の言語・習慣を理解しない海外会員の要望によるとして、正宗本来の正統な形式とは、甚(はなは)だかけ離れたものとなっているが、その先鞭(せんべん)をつけたのは、あの52年路線における"学会版経本"の御観念文の改変であった。
 今回は、特に初座の観念文における、盗用・改変について論ずることとする。

 当宗本来の初座の観念文では、
 「生身妙覚自行の御利益・大梵天王・帝釈天王・大日天王・大月天王・大明星天王等惣じて法華守護の諸天善神、諸天昼夜常為法故而衛護之の御利益、法味倍増の御為めに」
と、記されている。
 これは、梵天ほか一切の諸天善神が、霊鷲山(りょうじゅせん)、虚空会(こくうえ)の儀式等の法華経の会座に連なり、久遠の開顕を受けて妙法の法味に浴し、名字・妙覚の位に昇ったことを示すものである。
 法華経には、体内と体外(たいげ)の別があるが、久遠元初の開顕以前の法華経を体外と言い、久遠元初の妙法が開顕されて後の法華経を、体内の法華経と言う。
 その体内の法華経における諸天善神に対する祈念でなければ、いかなる祈念も無意味である。
 ところが、創価は"生身妙覚自行の御利益"の語を削除して、肝心な"体内"の意義を捨て去り、
 「諸天善神の昼夜にわたる守護に感謝し、威光勢力、法味倍増の為に」
と、何ともお粗末な観念文に変えてしまった(現在では"昼夜にわたる"も削除した)。
 諸天善神が「生身妙覚自行の御利益」に基づいて、その守護の働きをするということが動かざる原則であり、これを外して、どんなに「諸天善神」に祈っても、守護の働きがある筈もない。
 『法華取要抄』に、
●今我等天に向かって之を見れば生身の妙覚の仏が本位(ほんい)に居(こ)して衆生を利益する是なり(御書734頁・全集334頁)
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と仰せのように、この観念文は、大聖人の教えと、相伝の化儀に基づいて定められたものである。
 創価学会は自分たちの考え、浅はかな凡夫の智恵を主体にして、「大聖人直結」等と言いながら、この『法華取要抄』の御文に示される深義を捨てさったのである。
 日寛上人は、『法華取要抄文段』において、
 「本門に至って諸菩薩乃至日月等、皆久遠名字の妙覚の位に入る。若し爾(しか)れば生身の妙覚の仏、久遠名字の本位に動ぜずして、常恒(じょうごう)不退に衆生を利益したもうなり」(御書文段522頁)
と仰せられ、一切の諸天善神が久遠の妙法を覚知して、その役割を果たしていることを、御指南されている。
 諸天善神の本地が、久遠元初の御本仏と一体となるところに、御本仏の眷属としての用(はたら)きがあるのである。
 これを踏み外して、観念文を作ったところで、祈念の内容も、その順序次第についても、正宗の形式を猿真似しただけでは、まさに"盗人"というほかない。
 したがって、創賊の輩(やから)は、どんなに勤行唱題、観念をしても、諸天善神の利益に通ずるものではないと知るべきである。





日亨上人著『天拝集説』について

『天拝集説』>参照

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宗門の勤行式の中で、天拝を初に別座に勤むる事について、近年間々疑惑を懐たく人があるとの事である、富士門流を汲める他の本山内(今の本門宗)にては、既に三十年前に天拝廃止の声あるのみでなく、早や実行して(廃止)いる人もありと聞くが、宗門には勝手に廃止せる人はあるまいと思ふが天拝廃止の考へある人は、願くは愚納に其趣意を示されたい、謹んで研究の土台にしたいと思ふ、さり乍(なが)ら天拝の事に付いては、先師方に特に詳細に示されたるものがない、尤(もっと)も明治二十一二年頃の唱導会誌上に、日霑上人方の御弁明が有るが、毘羅三昧経を引いて天拝を初にする事の御説が主であつて、天拝の根本義に立入つてないやうに記憶する、夫れに唱導会誌は現存甚た少ければ其れすら容易に一般の眼には入らぬのである、自分は此等の宗義を明確にする資格を持たぬけれども、日有上人も宗旨である化儀の根本であると言はれたやうに、大切な事であるから疎忽に議論を上下すべき事でないので、茲(ここ)に宗祖大聖人已来先聖の文献を引き奉りて、御聖意の在る所を御一同と共に伺ひ奉る事にして、最後に愚生の拝感の意を披瀝して見やふと思ふ、けれども要は掲載の御文に依りて、各方の御帰依の明師に就いて御指南を受けられたいのである。(『天拝集説』)
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日亨上人が天拝を廃止すべきではないと考えられていたことは明らかである。



【文証】
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●法華経ノ本門略開近顕遠ニ来至シテ、華厳ヨリノ大菩薩二乗大梵天帝釈日月四天龍王等、位妙覚ニ隣リ亦妙覚ノ位ニ入ルナリ、若シ爾ラハ我等天ニ向ツテ之ヲ見レバ、生身妙覚ノ仏本位ニ居シテ衆生ヲ利益スル是ナリ文(※下線は日亨上人)(『法華取要抄』/『縮遺』1040頁)

●日蓮ヲ恋ヒシクヲハシマセバ、常ニ出ツル日、夕ベニ出ツル月ヲ拝ガマセ給ヘ、イツトナク日月ニ影ヲ浮ブル身ナリ文(『千日尼抄』/同1253頁)

●又某ヲ恋シクオハセン時ハ、日々ニ日ヲ拝マセ給ヘ、某ハ日ニ一度天ノ日ニ影ヲウツス者ニテ候文(『新池御書』/『縮遺続集』7頁)

●御日記ニ云ク毎年四月八日ヨリ七月十五日マデ九旬ガ間、大日天子ニ仕ヘサセ給フ事、大日天子ト申スハ宮殿七寶ナリ、乃至、一乗ノ妙経ノ力ニアラズンバ、争デカ眼前ノ奇異ヲハ現スベキ、不思議ニ思ヒ候、争デカ此ノ天ノ御恩ヲバ報スベキト求メ候ニ、仏法已前ノ人々モ心アル人ハ皆或ハ礼拝ヲマイラセ、或ハ供養ヲ申スニ皆シルシアリ、又逆ヲ為ス人ハ皆罰アリ、乃至、其上慈父ヨリ相伝ハリテ二代、我身トナリテ年久シ、争デカ捨テサセタマヒ候ベキ、其ノ上日蓮又此ノ天ヲ恃ミタテマツリ、日本国ニタテアヒテ数年ナリ、既ニ日蓮勝チヌベキ心地ス、利生ノアラタナル事、外ニ求ムベキニアラズ文(『釈迦仏供養抄』/『縮遺』1444頁)

●日蓮ハ少(ワカ)キヨリ今生ノ祈リナシ、只仏ニナラント思フ計リナリ、サレド殿ノ御事ヲバ間(ヒマ)ナク法華経釈迦仏日天ニ申スナリ、其故ハ法華経ノ命ヲ継グ人ナレバト思フナリ文(※下線は日亨上人)(『四条金吾抄』/同1634頁)

●齢モ未ダタケザセ給ハズ、而モ法華経に遭ハセ給ヒヌ、一日モ生キテヲハセバ功徳積モルベシ、アラ惜シノ命ヤ惜シノ命ヤ、御姓名並ニ御年ヲ我ト書カセ給ヒテ、態ト遣ハセ、大日月天ニ申シアグベシ、伊予殿も強チニ歎ケキ候ヘバ、日月天ニ自我偈ヲアテ候ハンズルナリ、恐々(※下線は日亨上人)(『可延定業書』/同1829頁)

●尼御前御寿命長遠之由、天ニ申シ候ゾ、其故御物語リ候ヘ文(『富城殿御返事』/同続147頁)

●弘安三年十一月八日尼日厳立テ申ス立願ノ願書、並ニ御布施ノ銭一貫文、又太布帷子一法華経ノ御宝前、並ニ日月天ニ申上ゲ畢文(※下線は日亨上人)(『日厳尼書』/同2010頁)
(『天拝集説』)
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日亨上人は、上記の各御文を初座(天拝)の根拠とされている。「天拝」とはあくまでも天に向かって拝むことであり、御本尊への祈念ではない。そのことは「法華経の御宝前並びに日月天に申し上げ」(『日厳尼御前御返事』全集1262頁)とあることからも明らかである。



【邪難粉砕】
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日東上人日忠上人時代の朝夕勤行次第は一座であった(<謀反のハゲを取り締まる・ポドチョン長官>BBS060912)
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これは『天拝集説』に引用された以下の御文を見ての主張である。

1●二十九世日東上人三十一世日忠上人印可ノ朝夕勤行次第
東天ニ向ヒ奉リ方便寿量唱題
梵天帝釈日月明王四大天王諸天善神御報恩謝徳首題(『天拝集説』)

●天拝の事に付いては、(中略)日有上人も宗旨である化儀の根本であると言はれたやうに、大切な事であるから疎忽に議論を上下すべき事でないので、茲(ここ)に宗祖大聖人已来先聖の文献を引き奉りて、御聖意の在る所を御一同と共に伺ひ奉る事にして、最後に愚生の拝感の意を披瀝して見やふと思ふ、(同)
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 上記1●の史料を掲載された意図は「天拝の事に付いて」「宗祖大聖人已来先聖の文献を引き奉りて、御聖意の在る所を御一同と共に伺ひ奉る」ためである。あくまでも天拝の意義を拝することが目的であって勤行様式全体について考察するものではない。だから、天拝に関する記述だけを抜き取って引用されたまでのことであり、1●をもって「日東上人日忠上人時代の朝夕勤行次第は一座であった」などということはできない。
 その証拠に大聖人の御書についても天拝に関するものしか引用されていない。日有上人や日鎮上人、日寛上人の項では勤行全般について引用されているが、これは引用部分自体が短かかったり、天拝部分と他の部分との分離が容易ではなかったためであろう。
 常識的に考えても、勤行で本尊供養をせずに諸天供養(それも東天に向かって)だけで済ませるなど、ありえないではないか(爆笑)


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日有上人時代は勤行を1日に3回していたこと、
日鎮上人は四座だったこと、
日寛上人は六座していたこと、
日東上人日忠上人時代の朝夕勤行次第は一座であったことを挙げ、
結論として「五座を延べて六座となし七座となすも、伸縮正略は自在なるべき」
(<謀反のハゲを取り締まる・ポドチョン長官>BBS060912)
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●宗門の勤行式の中で、天拝を初に別座に勤むる事について、近年間々疑惑を懐たく人があるとの事である、富士門流を汲める他の本山内(今の本門宗)にては、既に三十年前に天拝廃止の声あるのみでなく、早や実行して(廃止)いる人もありと聞くが、宗門には勝手に廃止せる人はあるまいと思ふが天拝廃止の考へある人は、願くは愚納に其趣意を示されたい(『天拝集説』)
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日亨上人は天拝について「勝手に廃止せる人はあるまい」と仰せである。

●各方の御帰依の明師に就いて御指南を受けられたい(同)
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「伸縮正略は自在」といっても、誰でも勝手に化儀を改変してよい、という意味ではないことは明らか。これを判断される方とは一往は「各方の御帰依の明師」であり、再往は大聖人以来の血脈相承を受けられた御法主上人なのです(<化儀と血脈>参照)。

●「手続」とは経次又は順序の義なり・仏に通達する道程は必ず師匠に由らざるを得ず・仏の法を受取るには是非とも師範の手を経ざるを得ず、(中略)弟子は師匠を尊敬して奉上すること・三世十万の通軌なれば・釈尊は釈葉仏に宗祖は釈尊に開山は宗祖に寛師は永師に霑師は誠師に師侍し・もたげ給ふ、師は針・弟子は糸の如く・法水相承血脈相伝等悉く師に依つて行はる、師弟の道は神聖ならざるべからず(中略)三世の諸仏も高祖も開山も三祖も道師も行師も・各々其師範より法水を受けて信心を獲得決定し給ふ(第59世日亨上人著『有師化儀抄註解』/『富士宗学要集』第1巻124・125頁)

●師弟相対の事、有師丁寧反復是を述べらる。(中略)師弟不用の高慢より生して、師弟相対を無視する事は大いに信行に害あるものと知るべし(第59世日亨上人著『有師化儀抄註解』/『富士宗学要集』第1巻96頁)


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今回、京都の男子部が研究してきた結果、新しい視点でこの日蓮正宗のウソを暴く資料が出てきた。大正11年2月号の『大日蓮』の中で、後に59世・大石寺住職となられる日亨上人が書いた論文がそれである。

◆二品読誦の大体は宗祖開山一準の化儀であるが、三座五座の分拝又は十如是長行の区別等の細目に至っては、此文の案し定テと云はるるに依るときは有師の考案から成つたものと考えるべき(第59世日亨上人著『有師聞書注解』/『大日蓮』T11.2)
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勤行の三座五座形式は日有上人が「考案」したのもであるとしている。少なくとも五座三座の勤行は古来からあるのもではないことが判明した。
(<謀反のハゲを取り締まる・ポドチョン長官>BBS060912)
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●五座を延べて六座となし七座となすも、伸縮正略は自在なるべきであるが、式文の中にも信念の中にも全体を具備して居るべき事は無論である、縮と略とは欠と不足との意では決してないのである。(『天拝集説』)
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「伸縮正略は自在」とは、学会のように誰でも勝手に五座三座を一座にしてよい、という意味ではない(<化儀と血脈>参照)。

●有師を中興開山とするに多義あるが、中に化儀の大成即ち宗祖開山時代の自然の至来りに意義を与へ、細点を付したのは全く有師の御苦心である、又此文の当宗宗旨タル勤と云ふは、勤行は化儀の中の第一肝要の行であつて宗門の中の宗旨にも当るものとの意味である。(第59世日亨上人著『有師聞書注解』/『大日蓮』T11.2)
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日有上人が「化儀の大成」をされたと仰せである。「考案」といっても、「宗祖開山時代の自然の至来りに意義を与へ、細点を付した」のであって、その根本義はまったく大聖人が御定めになったとおりなのである。

●(※天拝は)日有上人も宗旨である化儀の根本であると言はれたやうに、大切な事である(『天拝集説』)
●何れの御文も其れに意義ある事ながら、別して我等の眼には、有師の御説なる筑前阿闍梨の聞書の後項、「日蓮自行の妙法乃至日天日蓮と得意」と云ふ点が、早速に拝天の根本義と感拝せらるゝ(同)
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化儀には時機に応じて変化する部分とそうでない部分がある。変化すべきでない部分とは化儀の「根本義」である。

●六念の事 念仏念法念僧念戒念施念天なり。 御義口伝に云はく、念仏とは唯我一人の導師なり(三座・大聖人)、念法とは滅後は題目の五字なり(二座)、念僧とは末法にては凡夫僧なり(三座・日興上人以下御歴代上人)、念戒とは是名持戒なり(四座)、念施とは一切衆生に題目を授与するなり(五座)、念天とは諸天昼夜常為法故而衛護之の意なり(初座)。末法当今の行者の上なり。之を思ふべきなり云云(カッコ内は筆者)(『御義口伝』御書1798頁、全集785頁〜)
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五座の意義の原点と拝すべき御指南(『慧妙』H14.6.16)。このうち「念仏」「念法」(本門戒壇の大御本尊)「念僧」は、当時の弟子檀那には、正しい理解が困難であった。しかし、正しい法門は唯授一人の相承によって日興上人に伝えられた。この『御義口伝』もその1つである。大聖人御在世に「五座三座」の御指南がなかったとしても、相伝によって「五座三座」の化儀の基となる御指南は日興上人以下歴代上人に伝えられていたのである。

●「義理」「化儀」の簡別は義理は化法なり、大道理なり・化儀は設けられたる信条なり、諸法度なり御開山の廿六箇条又は当化儀条目の如し又は其時々々に師より弟子檀那に訓諭せし不文の信条もあるべし(第59世日亨上人著『有師化儀抄註解』/『富士宗学要集』第1巻151頁)

●聞いて能(よ)く之れを信ぜよ、是れ憶度(おくたく)に非ず。師の曰く「本因初住(ほんにんしょじゅう)の文底に久遠名字の妙法事の一念三千を秘沈し給えり」(第26世日寛上人『三重秘伝抄』)
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「師の曰く」とあるように『寿量品』の長行を読誦することや、その理由は大聖人以来の師弟の相伝に基づくのである。大聖人以来の正統なる師弟の流れからはずれた新興教団・創価学会が、権力や財力を駆使しても得られないのが相伝の内容である。裏返せば、創価学会は相伝がない故に"御書根本""大聖人直結"と主張せざるを得なくなったのである。

●但我が富山のみ蓮祖所立の門流なり。故に開山已来化儀化法、四百余年全く蓮師の如し(第26世日寛上人著『当流行事抄』)
●宗祖云く「此の経は相伝に非ずんば知り難し」等云々。「塔中及び蓮・興・目」等云々。(第26世日寛上人『撰時抄愚記』/『日寛上人文段集』聖教新聞・初版271頁)
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日蓮正宗富士大石寺の勤行の形は、他ならぬ宗祖日蓮大聖人がお立てになり、それを日興上人以来の御歴代が、師弟相対の信心をもってそのまま受け継ぎ、遵守(じゅんしゅ)してこられたのである。まさに、「相伝に有らざれば知り難し」(『一代聖教大意』御書92、全集398頁)で、御書の面(おもて)しか見ることのできない不相伝家には、知り難き伝承といえよう。





「五座・三座」の勤行を廃止

―大聖人・日寛上人の指南に背く化儀改変―
―かつては池田も「勤行省略は懈怠謗法」と―

(『慧妙』H26.4.1)

 創価学会において改変されたことは、じつに多きに亙(わた)る。全ての根本である本尊の改変から始まり、次
には化儀の改変である。その中でも最もハッキリしているのが、修行の根幹である勤行の改変である。
 日蓮正宗の勤行は、朝は五座・夕は三座と決められており、寿量品の長行を読むことも決まっている。
 これは(学会がニセ本尊に利用している総本山26世日寛上人の仰(おお)せにも
 「若し堪(た)えたらん人は本山の如く相(あい)勤むべし、若し爾(しか)らずんば十如自我偈題目なりとも五座三座の格式相守るべし」(報福原式治状)
と記されているように、昔より確立している化儀なのである。
 学会では平成16年9月9日、第41回本部幹部会の席上、会長(当時)の秋谷栄之助が、
 「このほど、創価学会の『勤行』および『御祈念文』として、『方便品・自我偈の読誦と唱題』による勤行と御祈念文を制定いたしました。池田第3代会長の就任以来、世界広宣流布が大きく進展し、現在、世界190ヵ国・地域に、SGIの同志が活躍しております。
 この本格的な世界広宣流布の時代の到来という『時』のうえから、方便品・自我偈による勤行について、正式な制定を要望する声が強く寄せられてきました。そこで、このほど、師範会議、総務会で慎重に審議したうえ、『方便品・自我偈の読誦と唱題』による勤行を創価学会の正式な勤行として制定することになりました」
と発表した。
 学会は、勤行を改変する理由として「時」を強調し、師範会議・総務会という機関での審議を経(へ)て決めたようだ。時の会員の要望に応える形で、勤行は改変されてしまったのである。御都合主義も甚(はなは)だしい。
 こういうことが、大聖人の
 「機に随って法を説くと申すは大なる僻見(びゃっけん)なり」(御書P846)
との御教示に違背する、と思わないのだから、師範会議や総務会などと、名称ばかりは仰々(ぎょうぎょう)しいが、たいした考えも無い人達の集まりである、と断ぜざるをえない。
 また、学会では"五座三座の勤行は化儀だから形式にすぎない"と言うような風潮があるが、まったくもって信心のかけらもない集団である。
 化儀とは、信心の姿であることは言うまでもなく、それを簡略化し、軽んじることは、信心そのものを喪失することになるのである。
 そもそも、2代会長である戸田城聖氏は
 「私がいうように、朝五座、晩三座の信心をきちんとして、断じて御本尊様を疑わないで、信心してごらんなさい。疑ったらだめです」(『戸田城聖全集』第4巻P330)
と指導していたではないか。また、池田大作においても、
 「日蓮正宗においては、また学会の指導は、五座三座というが、自分は三座二座でいいではないか、などというのは懈怠(けたい)です」(『会長講演集』第6巻P219)
と指導していたことを忘れたとでも言うのか。
 「会員の要望である」とか「○○会議の決議である」といって、化儀を改変することは謗法であり、こうした輩(やから)が出てくることを心配して日興上人は
 「衆議たりと雖も、仏法に相違有らば貫首之を摧(くじ)くべき事」(御書P1885)
と遺誡(ゆいかい)されているのである。

[画像]:五座三座を廃し、方便・自我偈のみの勤行とすることを報じた『聖教』。しかし、池田はかつて、それを「懈怠謗法」と





五座三座の勤行を捨てた創価学会は懈怠謗法です

(『慧妙』H20.9.16)

 学会員の皆さんは、現在、どのように勤行をしていますか?「昔は五座三座の勤行をしていたけれど、今は短くなった」という方が多いようですね。
 創価学会では、平成16年に正式に五座三座の勤行を廃止し、「方便・自我偈・唱題でよい」としました。その理由として、「海外の会員には難しすぎるから」と説明していました。
 ところが実際は、「五座三座の勤行をしなくてよいから、楽になった」などと喜んでいる日本人の会員も多く、驚いてしまいます。
 ここで考えていただきたいのは、そもそも朝夕の勤行は、私達が御本尊に境智冥合して生命の奥底に眠る仏界を湧現させるための、最も基本的かつ大切な修行のはずです。それを、自分達の都合に合わせて勝手に変更してしまってよいのでしょうか。
 例えば、病気の時に薬を服用する際にも、大切なのは、「どんな薬をどのように飲むか」ということです。「この薬は飲みにくいから」というような自分の都合で、量や回数を変えてしまえば、治るどころか、命に関わることにもなるでしょう。
 同様に、宗教とは、「どのような本尊を、どのように拝むか」を説いたものです。
 あろうことか、創価学会では、その本尊も作り変えてしまい、その上、勤行方式まで改変してしまったのです。皆さんは、これで不安にならないのでしょうか。
 かつて、池田大作サンは、勤行の在り方について、
 「日蓮正宗においては、また学会の指導は、五座三座というが、自分は三座二座でいいではないか、などというのは懈怠(けたい)です」(『会長講演集』第6巻219頁)
と、勝手に自分なりの勤行をすることは懈怠(仏道修行を怠〈なま〉ける)謗法である、と指摘していました。
 ところがどうでしょう。近年になると、勤行を軽視する発言が露骨に出てきます。池田サンいわく、
 「(参加者が拍手して池田に手を振るのに対し)もォ、手の振り方もやっとだしね。それから、今、手を振った人、中風になりません!!顔色がいい。ね、もう少し景気よく振ればねエ、福運がつくんだけど…(中略)ねエ、朝勤行してない人、ずいぶんいるかもしれないけどさァ、いいですよ、お題目1遍でいいんです」(平成4年4月26日・本部幹部会)
 なんと本部幹部会で、「池田に手を振れば福運がつく」「勤行しなくても、題目1遍でいい」と指導しているのですから、呆れてしまいます。
 そもそも池田サンは、勤行が苦手のようです。その証拠に、昭和51年から始まった「月刊ペン裁判」の中で、学会側から裁判所に提出された"池田会長の行動記録"には「勤行0(ゼロ)分」という実態が記されていました!
 こんな調子ですから、大切な勤行を「できるだけ短くしよう」という発想も生まれるのでしょう。懈怠謗法の張本人は、他ならぬ池田自身だったのです。
 こんな怠け者の指導に従って、本尊も変え、勤行も変え、次々と変貌していく創価学会についていけば、本当に人生が台無しになってしまいます。
 学会員の皆さん!日蓮大聖人の御教え、を遵守(じゅんしゅ)する大石寺に、今すぐ立ち返りましょう。





ついに出た!?"怠行"用の経本

―五座三座も長行も完全撤廃―
―観念文も本尊も矛盾だらけ―

(『慧妙』H17.3.1)

 先般、創価学会の"入会セット"なるものを入手した。
 その中身は、『新しく入会される皆様へ』なるパンフレットと、学会のシンボルマークの入った念珠(ねんじゅ)ケース、プラスチック製の念珠、それに、やはり学会のシンボルマークが印刷された『勤行要典』であった。
 一見したところ、念珠ケースが一目で安物と分かる作りであることが目に付いた以外には、さして変わった様子もない。
 ところが、『勤行要典』をパラパラとめくってみて、驚いた。なんと、『寿量品』が、いきなり「自我得佛来」から始まっているではないか!
 表紙を眺(なが)めなおしてみると、『勤行要典』と大書されたその脇(わき)に、小さく「方便品・自我偈」と書いてある。
 巻末には「『方便品・自我偈の読誦と唱題』による勤行と御祈念文」とあり、そこには次のような内容が―。

「方便品・自我偈の読誦と唱題」による勤行と御祈念文

 初めに御本尊に向かい(鈴)、題目三唱します。

<諸天供養(朝のみ)>
 御本尊に向かって、諸天善神に法味を送る題目を三唱します。(東の方に向かってもよい)
諸天善神の守護に感謝し、威光勢力が増すよう、題目の法味を送ります。
 と心の中で祈念の後、題目三唱します。

<方便品・自我偈の読誦と唱題>
 方便品を読誦します。(鈴)
 自我偈を読誦します。(鈴)
 題目を唱えた後(鈴)、題目三唱します。

 次の内容を祈念します。
一、御本尊への報恩感謝
一閻浮提総与・三大秘法の大御本尊に南無し奉り、報恩感謝申し上げます。
末法の御本仏・日蓮大聖人に南無し奉り、報恩感謝申し上げます。
日興上人に南無し奉り、報恩感謝申し上げます。
日目上人に報恩感謝申し上げます。
 と祈念の後、題目三唱します。
一、広宣流布祈念
広宣流布大願成就と、創価学会万代の興隆を御祈念申し上げます。
創価学会初代、2代、3代の会長を広布の指導者と仰ぎ、その死身弘法の御徳に報恩感謝申し上げます。
 と祈念の後、題目三唱します。
一、諸願祈念ならびに回向
自身の人間革命と宿命転換を祈り、種々の願いが成就しますよう御祈念申し上げます。(種々の祈念はここで行います)
先祖代々ならびに会員・友人の諸精霊追善供養のために。(回向の中で鈴を打ちます)
 と祈念の後、題目三唱します。次に
世界の平和と一切衆生の幸福のために。
 と祈念の後(鈴)、題目三唱して終わります。

 見てのとおり、この『勤行要典』には、日蓮正宗という文字も、宗祖・2祖・3祖という文字もない。もちろん、『新しく入会される皆様へ』と題されたパンフレットにも、日蓮正宗に関する記述は一切ない。それなのに、日興上人・日目上人に報恩感謝する矛盾(むじゅん)を、新入会者に対して、創価学会はどう説明するのであろうか。
 また、授けるニセ本尊は、日蓮大聖人でも日興上人・日目上人のものでもなく、大石寺第26世・日寛上人が書写された御本尊を勝手に変造したニセ本尊であるが、そのことはどう説明するのであろうか―。
 ちなみに、この"入会セット"を提供してくれた老婦人は、何のために行くのかもよく理解できぬまま会館まで連れて行かれ、そこで数人の学会員から3時間近くも"説得"されて、訳も分からぬまま入会させられてしまったのだという。
 しかも、「創価学会の信心はお金がかからないから」などと言いいながら、この"入会セット"やら、ニセ本尊(3千円)やら何やかやで、老婦人は都合1万円近くもの金を"巻き上げられた"という。
 しかして、その老婦人が、悩んだ挙(あ)げ句、知り合いの法華講員に相談を持ちかけたことから、今回の資料提供につながった次第。
 いやはや、"勧誘"の手口といい、"怠行(たいぎょう)"といい、創価学会はますます、異流義の先達たる顕正会に似てきたようだ。このまま進めば、「犬猿の仲」が「義兄弟」に変化する日も、そう遠くないかも知れない(正信会も含めれば"異流義三兄弟"といったところか)。
 それにしても、3代会長までは「広布の指導者」で、それ以降は"ただの人"という、この経本を使って"怠行"をする時の秋谷の胸中は、いかばかりだろうか―。

[画像]:"怠行"用「自我偈」経本="怠行"用「自我偈」経本

[画像]:"入会セット"=ニセ本尊に"入会セット"を付けて、しめて1万円也!?

[画像]:御祈念文=指導者と仰ぐのは3代会長まで。これって、要は「池田だけが偉い」ということ





「丑寅動行をサボった」だと!?

―「代理」の意味さえ弁えぬ学会患部―
―学会患部(幹部)の"国語力"―

(『慧妙』H16.12.1)

 11月5日付『聖教』の紙上座談会記事は、創価学会の患部(幹部)共の低劣さを、余すところなくさらけ出す内容だ。
 秋谷・青木・原田・杉山・弓谷、これら5人の悪党どもが、何をトチ狂ったのか、「日顕上人が丑寅勤行をサボっている」などと大ボラを吹いているのである。
 はじめに断言しておくが、御法主上人が丑寅勤行を懈怠(けたい)されたことなど、ただの1度もない。
 そもそも「サボる」というのは、「怠業」の意で、「怠(なま)けて業務を停滞させる」ことをいう。
 論ずるまでもなく、総本山においては、御法主上人が地方に御下向されている時などは、「一夜番」の僧侶方が「御代理」で丑寅勤行の導師を勤められることになっており、丑寅勤行が「停滞」した例は皆無である。
 また、御法主上人が総本山にいらしたとしても、体調を崩されることも稀(まれ)にはあるだろう。
 そのような時も「御代理」を立てられるのであって、丑寅勤行の「停滞」などありえない。
 むしろ、世間の常識から言っても、第一線を退(しりぞ)き悠々自適(ゆうゆうじてき)の立場になっていて当然の年齢であられながら、今なお御壮健にて丑寅勤行をはじめ数多(あまた)の法務を遂行される御法主上人のお姿を拝し、畏敬(いけい)の念を抱かぬ者はいないのである。
 それでも毒気深入(どっけじんにゅう)した創価患部どもは、御代理を立てること自体がサボりだ、などと言いかねないので、筆者が莫迦(ぱか)どもの「代理」、で『広辞苑』を引いて進ぜよう。
 〈だいり【代理】(中略)ある人(代理人)が、その権限(代理権)の範囲内で、本人に代って意思表示をし(能動代理)、または第三者からの意思表示を受ける(受動代理)こと〉
とあり、その次下が特に大事である。
 <その効果は直接本人について生ずる。>
 つまり「代理人」のなしたことは「本人」がしたことと同じであり、これが世間の常識である。
 創価の痴(し)れ者どもには、まだこれでも分からない恐れがあるので、究極の実例を示しておこう。
 10月14日付『聖教』の1面で、ダイサクが某国から「サイコウエイヨショウ」を貰(もら)った旨を報じているが、見出しに「名代(みょうだい)の池田博正副会長に授賞」とあるのを見過ごすことはできぬ。
 秋谷ら創価の痴れ者どもの論理によるならば、ダイサクはこの授与式を「サボった」ことになるが如何!?しかして、これは某国に対し、大変失礼なことではないのか。呵々(かか)。
 なみに同記事の右側には、先月当欄で述べた「御入滅の日勤行法要」の様子が報じられているが、ダイサクはこれも「サボって」いるではないかっ!導師をさせられた秋谷ほか、同座した患部どもが、一番分かっている筈(はず)である。
 そもそも「勤行O分」のダイサクはじめ、「怠行」の創価賊どもには、他に向かって「サボり」云々などと評論する資格はない。
 それから秋谷と原田、
秋谷 そもそも日蓮大聖人は「五座三座」とは一言も言われていない(略)
原田 もちろん、五座三座をやりたい人は自由だ。しかし"五座三座でないと罰を受ける"なんていうのは間違いだ

とは何たる言い草だ!大聖人が「五座三座とは一言も言われていない」というなら、「五座三座をやりたい人は自由」などと言うのは自己矛盾の極みだ。
 創価の教義は「御書になければ邪義」ではなかったのか!
 「(大聖人が)一言も言われていない(すなわち邪義である)」ところの「五座三座」なのに、「やりたい人は自由」ではおかしいではないか!
 それに、魔の当体たるニセ本尊に向かって長時間の「五座三座」をさせるな!せっかく5分で済む「怠行」にしたのに!
 むろん「怠行」でも堕獄は必定だがね……。
 つい、「!」の多い文章になってしまったが、創価患部どもが「怠行」を正当化しつつ「五座三座をやりたい人は自由」などと嘯(うそぶ)くのは、否定しようもない罪悪感の現われ、と言っていいだろう。
 ともあれ、創価の「怠行」でも「是諸罪衆生 以悪業因縁 過阿僧祇劫 不聞三宝名(是の諸の罪の衆生は悪業の因縁を以て阿僧祇劫を過ぐれども三宝の名を聞かず)」は読んでいるだろう。創価の賊どもは他のことを云々するより、すでに自ら14年もの間、十四誹謗(ひぼう)を究(きわ)め尽くしている事実をシカと認識し、このままでは、永く「仏法僧」の御名を耳にすることすらできない境涯に堕(だ)することを覚悟せよ。
 哀れなり、創価の痴れ者-…。





"怠行"定着に懸命な創価学会

―正当化計ろうとして呆れた意義付け!―
―大聖人の御意を平気で曲げる学会―
―"怠行"は宗祖以来の化儀化法に違背―

(『慧妙』H16.10.1)

【"怠行"正当化狙い御金言を切り文】
―御都合主義丸出しの勝手な解釈―
 創価学会が、「方便品・自我偈の読誦と唱題による勤行」なる"怠行"を、会員の間に定着させようと懸命になっている。
 "怠行"を正式制定してから半月後の、9月24日付の『聖教新聞』の紙上座談会―。
 秋谷栄之助を筆頭に、青木(理事長)・原田(副理事長)・高柳(婦人部長)・杉山(青年部長)・弓谷(男子部長)の学会最高幹部が首を揃(そろ)え、
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もともと日蓮大聖人の御書には「五座三座」という仰せは、ありません。御書には「自我偈少々」等とあります。五座三座というのは、大聖人の時代には、なかった。後世に僧侶の修行として行なわれるようになったものです(青木理事長『聖教新聞』H16.9.24)
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●夜中に大庭に立ち出でて月に向かひ奉りて、自我偈少々よみ奉り、諸宗の勝劣、法華経の文あらあら申して、抑(そもそも)今の月天は法華経の御座に列なりまします名月天子ぞかし。(中略)仏勅(ぶっちょく)をもはたして、誓言のしるし(験)をばとげさせ給ふべし(『種々御振舞御書』御書1061頁)
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「自我偈少々」というのは『種々御振舞御書』の一節である。この御文は、竜口の法難の後、依智(えち)の本間邸において大聖人が月天子を叱咤(しった)されたところ、庭の梅の木に「明星の如くなる大星」が下りてきた、有名な場面であるが、一読して明らかなように、「自我偈少々」というのは、常時の勤行を指しての御金言ではない。学会の切り文のデタラメさがよく判(わか)る事例である。

●法華経は何(いず)れの品も先に申しつる様に愚(おろ)かならねども、殊(こと)に二十八品の中に勝れてめでたきは方便品と寿量品にて侍(はべ)り。余品(よほん)は皆枝葉(しよう)にて候なり。されば常の御所作には、方便品の長行と寿量品の長行とを習ひ読ませ給ひ候へ(御書303頁)
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「常の御所作」すなわち日々の勤行においては、『方便品』の長行および『寿量品』の長行を読むよう仰せである。これは『月水御書』の一節であって、この御書を与えられたのは大学三郎殿の奥方、すなわち在家の女性信徒である。言うまでもなく、「僧侶」に対してその修行を説いたものでは、けっしてないのだ。

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御経をばよませ給はずして、暗に南無妙法蓮華経と唱へさせ給ひ候え。礼拝をも経にむかはせ給はずして拝せさせ給ふべし(『月水御書』御書305頁)
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体調が悪い時など、場合によっては、読経はせず、唱題だけでよい。また、御宝前に座らなくてもよいとの仰せと拝される(青木理事長『聖教新聞』H16.8.11)
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 大聖人が『月水御書』の後段において仰せられているのは、"当時の世相は、とかく女性は不浄の者として扱われており、その中で、法華不信の者が、女性信徒を信心から退転させようとして、ことに不浄な女性の生理中に読経・唱題することは不敬ではないか、と咎(とが)めるようなこともあろう。本来、生理が不浄などということはないが、地方の風習としてそのような考えが強い場合もあるので、随方毘尼(ずいほうびに)の戒として、その風習に従うことは許される。それらを全て心得て、お経本を手に取って読まずに、題目を誦(そらん)ずるだけでよい。御宝前に座らずに離れた所から礼拝すればよい。(趣意)との御意である。
 それを「体調が悪い時など、場合によっては、読経はせず、唱題だけでよい。また、御宝前に座らなくてもよい」と、自分の都合によって勤行を省略できるものと解釈し、あまっさえ毎日の勤行を"怠行"に変更する根拠に利用するなど、言語道断である。


【日寛上人の書状】
―白を黒と見る頭破七分ぶり露呈―
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『慧妙』の悪質な点は、日寛上人の書状を「五座三座ノ様式相守ヘシ」で切り、五座三座のみを強調されているように装っていることだ。実はその後「但(ただ)し仕官の身公用杯(など)の時は乃至題目一遍なりとも右の心むけに相勤むべし」と明記。日寛上人は信徒に五座三座を強要されてはおらず、『方便品』と自我偈と題目でよい、勤めの関係でそれも出来ない場合、題目1遍でもあげるよう教えられている(『フェイク』)
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 まず、日寛上人の書状についてであるが、本紙引用の次下には、なるほど「但し仕官の身公用杯(など)の時は乃至題目一遍なりとも右の心むけに相勤むべし」とある。が、文意というものをおろそかにしてはいけない。
 すなわち日寛上人は、"官に仕える役人が、公用などによって身を拘束されている時は、五座三座を行なうこともままならないが、そのような時であっても、五座三座を修する心づもりで題目の一遍だけでも唱えなさい"と仰せられているのである。
 至極当然の、ありがたい御指南ではないか。『フェイク』のいうような「日寛上人は信徒に五座三座を強要されてはおらず、『方便品』と自我偈と題目でよい(と仰せられている)」などという意味は、どこにも絶えて見られない。


【三大秘法は「我本行菩薩道」の文底に】
―これを我見で削り捨てた"怠行"―
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(かつて五座の全てに『方便品』の長行・『寿量品』の長行を読誦していた宗門は)学会の出現によって信徒が次第に増加し始めた日昇法主の時に、最近まで学会員が日々実践していたような五座三座の所作に変わったのである。但し、日顕宗は信徒が激減した訳だから、昔に返って『方便品』も長行を復活させるか? (『フェイク』)
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 そもそも、勤行を含めた本宗の化儀は、御歴代上人の権能に収まる事柄であり、時の御法主上人は、正法正義に照らし、時に応じて、それを裁定なさるのである。
 さて、時の御法主上人が、増加する信徒の生活と信仰等を鑑(かんが)みられ、それまでの『方便品』長行(ちなみに『方便品』の長行は、十如是の後に「世雄偈(せおうげ)」という「偈」が続いており、それを含めると、その長さは『寿量品』の優に2.5倍にもなる)を十如是までに縮められたからといって『寿量品』長行を、勝手に自我偈だけに縮めることは許されるだろうか。
 日寛上人は、『方便品』を読誦する意義は、その経文の中に「唯仏与仏乃能究尽」の文と、一念三千の出処となる「十如是」が含まれているところにある、と示され、
 「十如の文は既(すで)に是れ一念三千の出処なり。故に但(ただ)之れを誦すれば其の義則ち足んぬ」(六巻抄169頁)
と仰せになっている。
 一方、『寿量品』には
 「一念三千の法門は但法華経本門寿量品の文の底にしづめたり」(御書526頁)
と仰せのごとく、事の一念三千・三大秘法の妙法が秘沈されている。どこの文に秘沈されているか、というと、日寛上人は、
 「聞いて能(よ)く之れを信ぜよ、是れ憶度(おくたく)に非ず。師の曰く「本因初住(ほんにんしょじゅう)の文底に久遠名字の妙法事の一念三千を秘沈し給えり云云」(六巻抄28頁)
と仰せられ、「我本行菩薩道 所成寿命 今猶未盡 復倍上數」の本因初住の文底に秘沈されている、と明かされている。しかして、この「我本行菩薩道」の本因初住の文は、自我偈ではなく『寿量品』の長行中にあるのである。
 となれば、事の一念三千の御当体たる大御本尊を賛嘆(さんたん)申し上げるのに、『方便品』の十如是までと『寿量品』の長行は、法義上、必要最低限な助行であること、明々白々ではないか。
 すなわち、現時における日蓮正宗の五座三座の勤行は、制定当時、将来にわたる様々な状況をおもんぱかった上で、勤行としての必要な要件を満たす形で定められたものであることが理解できよう。
 ところが創価学会は、"各国SGIの要請"とやらを理由に、五座三座を廃止してしまったばかりか、事の一念三千の御本尊を秘沈している『寿量品』の長行まで、削り捨ててしまったのである。

[画像]:"怠行"定着に懸命な創価学会="怠行"制定に、『聖教』は「全国から喜びの声」「新入会の友に朗報」などと言うが、一番喜んでいるのは正座が大の若手の池田大作!?(写真は、法要の際に足がしびれてしまった池田)





学会、正式に五座三座の勤行を廃止!

―今後は「方便・自我偈・唱題」の"怠行"に変更と―
―「要望する声」に応えて「五座三座」を廃止!?―
―次に来るのは「声」に応えての「本尊改訂」か―

(『慧妙』H16.9.16)

 創価学会がついに、五座三座の勤行を廃止し、「方便・自我偈・唱題」をもって五座三座に代えることを正式発表した。本紙が、学会の勤行改変計画を報じてからわずか9日後の、9月9日のことである。
 これで学会の勤行は、顕正会・正信会よりも粗略な、勤行(行を勤める)ならぬ怠行(行を怠る)となった!!

【「五座三座廃止は時に適った決定」!?】
―"怠行"は宗祖・寛尊への師敵対―
 去る9月9日、創価学会はついに、五座三座の勤行を完全に廃止する、と発表した。この日、行なわれた第41回本部幹部会の席上、会長の秋谷栄之助が、「方便品・自我偈の読誦(どくじゅ)と唱題による勤行を創価学会の正式な勤行として制定する」として、次のように発言したのである。
 「このほど、創価学会の『勤行』および『御祈念文』として、『方便品・自我偈の読誦と唱題』による勤行と御祈念文を制定いたしました。
 池田第3代会長の就任以釆、世界広宣流布が大きく進展し、現在、世界190ヵ国・地域に、SGIの同志が活躍しております。
 この本格的な世界広宣流布の時代の到来という『時』のうえから、方便品・自我偈による勤行について、正式な制定を要望する声が強く寄せられてきました。
 そこで、このほど、師範会議、総務会で慎重(しんちょう)に審議したうえ、『方便品・自我偈の読誦と唱題』による勤行を創価学会の正式な勤行として制定することになりました。
 また、従来の御観念文についても検討し、新たに御祈念文として、『御本尊への報恩感謝』『広宣流布祈念』『諸願祈念ならびに回向』の3つの部分からなる世界広宣流布の時代にふさわしい内容で制定をいたしました。

 このように、"今この時代に、五座三座の勤行をするのは「時」に適(かな)っていない"とした秋谷は、
 「功徳の根本はどこまでも正行の南無妙法蓮華経にあるのであって、助行にあるのではありません。『方便品・寿量品の読誦と唱題』には、大聖人の仏法における勤行の本義と目的が欠けるところなく備わっているのです
と言い切ったのである。
 しかも、それだけでは飽(あ)きたらず、
 「"化儀"と称し、儀式、形式ばかりを重んじる。それがあたかも信心であるかのように錯覚(さっかく)しているのが彼ら(日蓮正宗)です。
 だいたい、坊主たちが、ろくに勤行もしない。祈る格好をしても、信心がなく、折伏もしないから功徳はありません

と、五座三座の勤行を重んずる我が日蓮正宗を誹謗(ひぼう)している。
 しかし、本紙が前号で指摘したとおり、五座三座の様式を守るべきことについては、総本山第26世日寛上人も、
 「若(もし)堪(たえ)タラン人ハ本山ノ如ク相(あい)勤(つとむ)ヘシ若(もし)爾(しから)ズンバ十如自我偈題目ナリトモ五座三座ノ様式相(あい)守(まもる)ヘシ」(金沢の信徒・福原式治氏に宛てたお手紙)
と、すなわち、総本山から遠く離れた地の在家信徒といえど、可能な人においては、当時の総本山と同じように『方便品』・『寿量品』の長行・唱題を、それぞれ5回繰り返して行ない、それができない場合は、『方便品』の十如是までと『寿量品』の自我偈に略してでも、五座三座という形だけは守れ、と仰せられているのである。
 さらに日寛上人は、こうした勤行の様式を含む本宗の化儀を、誰が立てられたのか、ということについて、『当流行事抄』に
 「但我が富山のみ蓮祖所立の門流なり。故に開山已来化儀化法、四百余年全く蓮師の如し」(六巻抄193頁)
と仰せられている。
 すなわち、日蓮正宗富士大石寺の勤行の形は、他ならぬ宗祖日蓮大聖人がお立てになり、それを日興上人以来の御歴代が、師弟相対の信心をもってそのまま受け継ぎ、遵守(じゅんしゅ)してこられたということである。まさに、
 「相伝に有らざれば知り難(がた)し」(御書92頁)
で、御書の面(おもて)しか見ることのできない不相伝家には、知り難き伝承といえよう。
 これを、「時が云々」「要望する声が云々」などど言って、好き勝手に改変するなど、「計我(けいが)」の誹(そし)りは免(まぬが)れまい。
 しかも、そればかりか、日蓮正宗大石寺を「"化儀"と称し、儀式、形式ばかりを重んじる」などと誹謗するに至っては、日蓮大聖人や、日寛上人の御教示に背反する、増上慢も甚(はなは)だしき大謗法である。
 その、邪教・創価学会に御本尊を利用されている日寛上人の御嘆きは、いかばかりであろうか。


【勤行改変の次は本尊改訂か!?】
―池田図顕の魔本尊の登場へ―
 もっとも、こうして日寛上人の御教示にも正面から背(そむ)いて師敵対したのだから、次は、日寛上人の御本尊を利用したニセ本尊の方も撤廃(てっぱい)・改訂する可能性が高い(そうしなければ、さすがに支離滅裂であることは、いくら御都合主義の秋谷にだってわかるだろう)。
 また、今回の化儀改変は、「『方便品・自我偈の読誦と唱題』による勤行について正式な制定を要望する声が強く寄せられた」ことに対応したものだという。
 今の創価学会は、一般会員の強い要望(本当は「勤行O分」の池田大作の要望?)さえあれば、最重要の化儀さえ簡単に変えてしまうような団体に成り下がった(これを彼らは「人間主義」というのだろう)ことになる。
 ならば、次の段階として来るのは、「永遠の指導者が図顕(ずけん)した御本尊の制定を強く要望する声により、創価学会の正式な御本尊を制定する」ことだろう。
 そして、そのタイミングは、学会が「総仕上げ」と称してきた明年、学会創立75周年にあたる2005年(平成17年)となる可能性が大である。
 学会では、昨年にも本尊改訂を行なう兆(きざ)しがあったが、仏天の治罰によって池田大作が倒れたために成(な)らず、明年が、池田の寿命を睨(にら)んでの最後のチャンスであると考えられる。その時、いったい、いかなる醜悪(しゅうあく)な本尊が現われることか―。
 いずれにしても、それ以後も学会に付いていくような会員は、骨の髄(ずい)からの"池田教"信者であるが、現在の学会には、まだ、そこまで染まりきっていない会員も多い。学会の在り方に疑問を感じつつも、様々なしがらみや、周囲の学会員の"圧力"によって脱会できずに苦悶する人々が、まだまだたくさんいるのである。
 そうした人々に救いの手をさしのべ、1日も早く正信に引き戻してあげることこそ、我々が果たさねばならぬ使命と心得え、学会員の折伏に、日々精進していこうではないか。





基本の"五座三座の勤行"を否定

―誰にでも解る創価学会の変質!―
(『慧妙』H16.9.1)

 日蓮正宗から背反(はいはん)し、仏法の根源から離れてしまった創価学会は、まるで根無し草よろしく、化儀・化法のすべてにおいて、急速に変質しつつある。
 去る8月10日付、および8月11日付の『聖教新聞』に掲載(けいさい)された、会長・秋谷栄之助を始めとする学会最高幹部らの紙上座談会―そこにも呆(あき)れ果てた変質ぶりが露呈(ろてい)している。

【「五座三座は大聖人の化儀に非ず」!?】
―呆(あき)れ果てた学会最高幹部の放言の数々―
まず、問題の紙上座談会を見ていただこう。
◇◇◇
弓谷(男子部長)  今、海外は「方便品・自我偈」の勤行が多いですね。
和田(SGI理事長)  その通りだ。以前は、各国の入会基準の1つに「五座三座の勤行の実践ができること」という項目があった。
 しかし一昨年5月、各国の要請をふまえて「勤行の実践」については、SGIでは「方便品、自我偈、唱題をもって勤行とする」と申し合わせました。
秋谷(会長) 当然「五座三座」の人もいる。しかし、大聖人は「五座三座」については、一言もおっしゃっていない。『方便品』と『寿量品』の読誦は言われているが、定型があったわけではないようです。大事なのは「唱題行」です。題目をあげることです。
杉山(青年部長) 御書を拝すると、在家の勤行については「十如是・自我偈」も含めて種々の場合があったようです。「五座三座」という記述は一切ない。日興上人が書かれた文献にもない。
弓谷 SGIのメンバーが実践している「方便品と自我偈そして唱題」の勤行のほうが、むしろ大聖人の御在世に実際に行なわれていた勤行に形式が近いかも知れません。
秋谷 大事なのは「心」であり「祈り」であり「持続」です。(8月10日付)
和田 とにかく五座三座の形式は、後世になってできたものだ。日蓮仏法の「根幹」ではない
秋谷 だから戸田先生も、そういう格式、形式については、全く触れられなかった。「本山と同じようにやる必要はない」と、おっしゃっていたこともあった。
青木(理事長) だから、海外で「方便品・自我偈」の勤行にしたのは、むしろ大聖人の時代に帰ったものだとも言える。
 今も、たとえば日本でも座談会などは、限られた時間でもあるし、お年寄りや未来部員も参加する。『方便品』・自我偈の勤行のほうが価値的だと思う。
弓谷 そうですね。近所迷惑になったら、かえって法を下げてしまいますから。(8月11日付)

◇◇◇
 五座三座の勤行といえば、誰でも知っているとおり、日蓮正宗の信仰における、基本中の基本である。
 池田創価学会は、その基本中の基本を、「日蓮仏法の根幹ではない」「方便品・自我偈の勤行のほうが価値的だ」「(五座三座の勤行をすることで)近所迷惑になったら、かえって法を下げてしまう」などと称し、"無用の長物"として切り捨ててしまったのである。


【五座三座の様式は古来から存在】
―寛尊「四百余年全く蓮師の如し」と―
 しかし、五座三座の勤行を、「日蓮仏法の根幹ではない」とは、よく言ったもの。学会首脳とて、次に掲(かか)げる御先師方の御指南を知らぬわけはあるまい。
 まず、『方便品』・『寿量品』を5回繰り返すという、五座の様式(夕の勤行はこれを略して三座としている)が、いつからあったのか、という点について、御先師日達上人は『総本山大石寺諸堂建立と丑寅勤行について』の中で、次のように御指南くださっている。少々長くなるが、ここに引用する。
 「大永3年(1523年)に(総本山第12世日鎮上人が認められた)『堂参御経次第』という書き物が残っております。これを見ると、今の勤行の本(もと=原型)というものが分かります。(中略)
 まず初めの5月1日の夜の方を見ても、本堂で本尊供養、次いで天御経は天拝(夜ですが天拝を行なっています)、そして御影堂で2回御経をあげたのは、三師・歴代の供養と、『其後寿量品』の方は、広宣流布の(御祈念の)御経であると考えてよいと思います。
 また2日の朝も、同じく御堂において御経をあげるのは三師の供養、天御経は天拝、それから大堂(本堂)で御経をあげたのは本尊供養、最後に再び御堂に参って広宣流布の御経である。
 そうすると、一般の回向は、大坊に帰ってから六壼においてした、と考えられますから、五座の御経というのはこの時代にあったのだ、ということが明らかに分かります。(大石寺の境内にある)各堂について、それぞれ御経をあげて廻ったのであります。また、天拝(天御経)というのは天壇(台)を設けて御経をあげたことが分かります。」
 すなわち、第12世日鎮上人の御代には、五座の様式の勤行があったことは明らかであり、それも、五箇処の堂でそれぞれ、『方便品』と『寿量品』を読経し唱題して廻る、という、厳格な様式であったことがわかるのである。
 さらに、第26世日寛上人は、総本山以外の処に住する僧俗も、この助行の様式を守るべきことを、
 「若(もし)堪(たえ)タラン人ハ本山ノ如ク相(あい)勤(つとむ)ヘシ若(もし)爾(しから)ズンバ十如自我偈題目ナリトモ五座三座ノ様式相(あい)守(まもる)ヘシ」(日寛上人が、金沢の信徒・福原式冶に宛てたお手紙)
と御教示あそばされている。
 この御文の意を言えば、可能な人においては、総本山と同じように『方便品』・『寿量品』の長行・唱題を、それぞれ5回繰り返して行ない、それができない場合は、『方便品』の十如是までと『寿量品』の自我偈のみに略して、五座三座という形だけは守れ、と仰せられているのである。
 この形は、まさに今日まで伝わる日蓮正宗の勤行の様式ではないか。
 しかして日寛上人は、こうした勤行の様式を含む本宗の化儀を、誰が立てられたのか、ということについて、『当流行事抄』に
 「但我が富山のみ蓮祖所立の門流なり。故に開山已来化儀化法、四百余年全く蓮師の如し」(六巻抄193頁)
と仰せられている。
 これらのことから明らかなように、日蓮正宗富士大石寺の勤行の形は、他ならぬ宗祖日蓮大聖人がお立てになり、それを日興上人以来の御歴代が、師弟相対の信心をもってそのまま受け継ぎ、遵守(じゅんしゅ)してこられたのである。まさに、
 「相伝に有らざれば知り難し」(御書92頁)
で、御書の面(おもて)しか見ることのできない不相伝家には、知り難き伝承といえよう。


【「五座三座は近所迷惑、法下げる」!?】
―宗祖大聖人に攻撃挑む創価学会―
 ところが、秋谷ら学会幹部は、前の日達上人の御指南等を中途半端にかじり、
弓谷 「宗門では昔、本堂とか御影堂とか、境内の堂を転々と『座』を替えて勤行していた。それが江戸時代に入って形式が整えられ、五座三座の勤行になったようだ」(8月11日付)
などと、年代・時代をぼかし、あたかも、勤行の形が決まったのは江戸時代以降であるかのように、曲げて言い放っているのである。
 極めつけは、弓谷の「(五座三座の勤行をすることで)近所迷惑になったら、かえって法を下げてしまいますから」との弁。
 五座三座が法を下げて、方便・自我偈・唱題では法を下げない、などという説明は、どう考えても理屈が通らない。
 弓谷は時間の長短を指して言っているのだろうが、それなら、五座三座の勤行よりも1時間の唱題を行なうことの方が「法を下げる」ことになりはしないか?
 さらに言うなら、もし、短かければ短かいほど「法」を下げずに済む、というなら、題目三唱だけにすればよい。否、秋谷が「大聖人は"一遍でも題目を唱えた功徳は無量である"と繰り返し仰せです」(8月11日付)と言うように、創価学会のホンネは「題目一遍」でよい、というところにこそあるのだろう。
 これで、「勤行0分」の池田大作も「胸を張っていられる」と、随喜(ずいき)の涙を滂沱(ぼうだ)と流しているに違いない。
 かつて創価学会では、日蓮正宗を「日顕宗」などと呼ぶ理由について、
 「"日顕宗"とは、日蓮正宗内に最近、旗揚げした邪教で、宗祖・日蓮大聖人に攻撃を挑(いど)み、"日顕宗"初代教祖のほうが上であるとの邪義を流布しようとしている一派。法華経に予言される僭聖増上慢(せんしょうぞうじょうまん)が具体化したものだが、大聖人を否定しながら、一方で大聖人の宗教的権威なしには自立できないという倒錯(とうさく)的宗派」(『聖教新聞』平成3年11月15日付)
などと説明していたが、宗祖日蓮大聖人が立てられた最も基本の勤行様式をも、「根幹ではない」などと否定し、ねじ曲げてしまう学会こそ、大聖人に攻撃を挑み、自分達の方が賢(かしこ)しとする僭聖増上慢であろう。
 ともあれ、日蓮大聖人は、『四恩抄』『報恩抄』等の諸御書において、報恩の大事、特に三宝の恩を報じることの大事を説かれてる。
 日蓮正宗の勤行要典の観念文を一読すれば、五座の勤行の根幹は、本門戒壇の大御本尊ならびに、宗祖日蓮大聖人・第2祖日興上人・第3祖日目上人をはじめとする御歴代上人方への報恩、すなわち三宝への報恩であり、その上に、広宣流布の祈念、先祖の回向も加わっていることが理解できよう。
 ゆえに(五座の勤行の様式を軽んずることは、日蓮大聖人を軽んじ、大聖人に背く謗法(ほうぼう)行為であるといえよう。
 池田創価学会は、かような謗法行為を会員に押しつける邪教である。
 この謗法を目の当たりにしながら、「五座・三座をしなくてよくなった」などといって喜んでいる学会員は、もはや救いようのない謗法者となりつつある、といえよう。
 我々は、そのことを学会員に強く訴え、1人でも多く、堕地獄の道から救っていこうではないか。

[画像]:基本の"五座三座の勤行"を否定=五座三座をサボりたい面々とその理由(『聖教新聞』8月10・11日付)





ついに「五座三座」廃止する学会

―「ニセ本尊」故に、どうでもよいのか―
(『慧妙』H14.6.16)
 完全な異流儀・池田教と化した創価学会が、いまだに宗門の化儀を盗み取って猿マネの宗教儀式を行なっていることは、誰が考えても、じつに好ましくないことである。が、ここへきて学会は、五座三座の勤行を事実上、廃止することを、ようやく公式に表明したようだ。
 5月15日付『聖教新聞』によれば、海外での勤行を「方便品・自我偈の読誦でよい」と申し合わせた、という。ところが記事を読み進むと、結局は国内外を問わず「方便・自我偈でいいじゃないか」ということらしい。
 恐ろしいニセ本尊を拝む時間をできるだけ短くしたいのかもしれないが、多少短くしたところで、まさに五十歩百歩、堕地獄必定であることに何ら変わりはない。
 さらに『聖教』では、五座三座の勤行が「宗門のやり方」であるとか、「御書には五座三座をやるという記述は一切残っていない」「後世になって決められた」等々と、その正当化を計っている。ならば、言おう。

1.「宗門のやり方」だから悪いというなら、この際、方便・自我偈も、さらに唱題も全てしない方が、宗門とハッキリ違いを出せてよいのではないか。

2.五座三座は「御書にない」というが、このような発言自体が「頭破作七分」の現証である。
 そもそも、もし「御書にはない」というなら、宗祖本仏義も、仏像を本尊としてはならないことも、明確には「御書にはない」し、題目の発声の仕方(「ナムミョー…」か「ナンミョウー…」か)も、引き題目も「御書にはない」が、これらの深義は師弟相対する信行の中で、第二祖日興上人へと伝わり、それが正しく今日の大石寺に伝わったのである。
 なお、五座三座の勤行形式を直接的に述べられた御金言はないが、『御義口伝』(御書1798頁)には、
●六念の事 念仏念法念僧念戒念施念天なり。 御義口伝に云はく、念仏とは唯我一人の導師なり(三座・大聖人)、念法とは滅後は題目の五字なり(二座)、念僧とは末法にては凡夫僧なり(三座・日興上人以下御歴代上人)、念戒とは是名持戒なり(四座)、念施とは一切衆生に題目を授与するなり(五座)、念天とは諸天昼夜常為法故而衛護之の意なり(初座)。末法当今の行者の上なり。之を思ふべきなり云云(カッコ内は筆者)(『御義口伝』御書1798頁、全集785頁〜)
と、五座の意義の原点と拝すべき御指南がある。

3.「後世になって決められた」というが、だから五座三座は必要ない、というのなら、次の日寛上人の御指南をどう拝するか。
●林氏勤行の次第を尋ねられ候。当山行事の次第、初座は十如寿量諸天供養、二座は十如世雄寿量本尊供養、第三座は十如寿量祖師代々、四座は十如寿量祈祷、五座は十如寿量法界回向なり。是(こ)れ則(すなわ)ち丑(うし)の終わり寅(とら)の始めの勤行なり。若し黄昏は初座十如寿量本尊供養、二座十如寿量祖師代々、三座自我偈三巻法界回向なり。若(も)し堪(た)えたらん人は本山の如く相(あい)勤(つと)むべし。若し爾(しか)らずんば十如自我偈題目なりとも五座三座の格式相守るべし。但し仕官の身公用杯(など)の時は乃至題目一遍なりとも右の心むけに相勤むべしと御伝え候可く候。(第26世日寛上人・享保4年『報福原式治状』本山・写本所蔵)
 池田教徒はニセ本尊を指して「日寛上人の御本尊」であると強弁するが、ならば、その当の日寛上人の「十如自我偈題目なりとも五座三座の格式相守るべし」との御指南に違背し、五座三座をしなくともよいとする自らの不信心ぶりを、どのように弁解するのか。
 それから「但し仕官の身公用杯(など)の時は乃至題目一遍なりとも右の心むけに相勤むべし」との御指南は、かの金沢法難の渦中において、命懸けの信仰に励む金沢信徒に宛(あ)てられたものであるから、ただ懈怠(けだい)謗法を正当化したいがために、この御指南を悪用してはならない、と念告しておく。
 蛇足(だそく)ながら……、脱落僧・宮川憂呆が「日顕上人は、丑寅勤行以外は、朝の勤行をしない」などと言っているらしいが、右の日寛上人の御指南に「是れ則ち丑の終わり寅の始めの勤行なり」とあるように、丑寅勤行は「五座」すなわち「朝の勤行」である。こんなことも知らないで「奥番をしていた」などとは笑わせてくれる。宮川憂呆よ、「アホウのバカモン」とは、その方のことだ。
 いずれにしても、ニセ本尊を平気で拝ぬるような連中にとっては、「五座三座」など、本当にどうでもいいことなのだろう。
 最後に、総中部長とかいう役職のおじさんの発言を借用して、結びとする。
 「まあ、学会は『ニセ本尊』だから。どうでもいいんだろう(爆笑)」






葬儀・法事


"学会葬"を破す(戒名、導師本尊など)(仮題)

―僧による葬儀も戒名も宗祖の化儀―
―我流の学会葬は堕地獄への最直道―

(『慧妙』H16.12.16ほか編集)

 僧侶不在、在家だけで執行される学会葬―。
 読経・唱題の導師を勤(つと)めるのも、僧侶ではなく在家幹部。導師曼茶羅(まんだら)はなく、学会製のニセ形木本尊を斎場(さいじょう)に持ち出して使用し、位牌(いはい)には戒名でなく故人の俗名が書かれる―、これが、「学会葬」「友人葬」「同志葬」と称される、現在の創価学会の葬儀です。
 どうしても僧侶に来てもらわなければ脱会する、という会員のためには、日蓮正宗を離脱して創価学会の丸抱えとなったニセ僧侶が用意されていますが、これがまた、宗門での修行が厳しくて逃げ出した脱落僧や、還俗(げんぞく=僧侶をやめて在家に戻ること)して茶髪(ちゃぱつ)にしていた兄(あん)ちゃんが再び衣をつけた、というような者までおり、そして、とんでもない料金が請求されることすらあるのです。
 もともと日蓮正宗においては、僧侶が日蓮大聖人のお遣(つか)いとして葬儀を執行し、その際、導師曼茶羅(御本尊)を御安置し、故人に戒名を授けて、懇(ねんご)ろに成仏へと導きます。
 ところが、昨今の学会は、この日蓮正宗の葬儀を、大聖人の教えとはまったく無縁の邪義であると、誹謗しているのです。

 『創価新報』では"日蓮正宗の葬儀は大聖人違背(いはい)の邪義で、供養集めの常套句(じょうとうく)にすぎない。などと誹謗(ひぼう)しているが、平成2年に学会問題が発生するまで学会員の葬儀・法要はすべて日蓮正宗の化儀で行なわれてきており、また、創価学会2代会長の葬儀も日蓮正宗において執行された。
 そもそも、日蓮正宗における葬儀や戒名等は、日蓮大聖人の法義に由来するものであって、「大聖人の教えとまったく無縁の邪義」などではない。(『慧妙』H25.11.16)


【仏教と葬儀】
 葬儀は、故人が今生を終えて臨終を迎えるにあたって、遺(のこ)された者が一心にその即身成仏を願う、厳粛な儀式であり、追福作善をもって故人の臨終の一念を助けて成仏得道せしめ、真の霊山浄土(りょうせんじょうど)へと導くことに、その意義があるのです。
 ことに三世の生命を説く仏教において、古来より葬儀が行なわれてきたことは言うまでもありません。
 『仏説浄飯王般涅槃経』には、インドの釈尊在世中に行なわれた、釈尊の父・浄飯王の葬儀の模様が説かれています。
 それによると、浄飯王を火葬した後、収骨して金函に盛り、塔を起てて供養したと記されており、その他にも、『大般涅槃経後分』には釈尊の葬儀が、また『長阿含遊行経』には、釈尊滅後における葬儀の儀礼の在(あ)り方が説かれています。
 また、日本では、上古、土葬が行なわれていましたが、仏教の伝来と共に火葬が伝えられ、初めは高貴な人達の間で行なわれていたようですが、10世紀以降には、広く一般大衆にも火葬が広まっていきました。(『慧妙』H19.11.1)



【大聖人・日興上人の葬儀】
 さらに、宗祖日蓮大聖人が弘安5年10月13日、武州・池上宗仲の館にて御入滅あそばされた後、翌14日には、本弟子6人が中心となって、戌の刻(午後7時から9時)に入棺され、子の刻(午後11時から午前1時)に葬儀を行ない火葬申し上げたことが第2祖日興上人の『宗祖御遷化(ごせんげ)記録』に克明に記されています。
 また、日興上人は、正慶2年(元弘3年)2月7日に御遷化あそばされましたが、その葬儀の模様については、日郷師が『日興上人御遷化記録』に記しており、第3祖日目上人以下、僧侶が中心となって執行せられたことが明らかにわかります。(『慧妙』H19.11.1)



【僧侶による葬儀・法事】
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大聖人の時代には、宗門僧侶が葬儀を執行した、という事実はない
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大聖人の時代から、きちんとした葬儀が行なわれていたことは、『宗祖御遷化(ごせんげ)記録』にも明らかなことです。

●今常忍貴辺(きへん)は末代の愚者にして見思(けんじ)未断(みだん)の凡夫なり。身は俗に非ず道に非ず禿(とく)居士(こじ)。心は善に非ず悪に非ず羝羊(ていよう)のみ。然(しか)りと雖(いえど)も一人の悲母(ひも)、堂に有り。朝(あした)に出でて主君に詣で、夕に入りて私宅に返る。営む所は悲母の為、存する所は孝心のみ。而(しか)るに去月下旬の比(ころ)、生死の理(ことわり)を示さんが為に黄泉の道に趣(おもむ)く。(中略)教主釈尊の御宝前に母の骨を安置し、五体を地に投げ、合掌(がっしょう)して両眼を開き、尊容を拝するに歓喜身に余り、心の苦しみ忽(たちま)ちに息(や)む。(中略)然(しか)る後、随分に仏事を為(な)し、事故無く還(かえ)り給ふ云云(『忘持経事』御書P957,全集P977)
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と、富木常忍殿の母親が死去した際には、下総(千葉県)よりはるばる身延へお骨を奉持して登山した富木殿を迎えられ、御宝前にお骨を安置して「仏事」を営まれたことを記されている。
 この「仏事」とは、いったい何か。当時は立教草創で、地方に寺院もなかった時代である故、こうした形で葬儀が営まれていたのである。(『慧妙』H25.11.16)


 また、葬儀以後の法要についても
●御身には一期の大事たる悲母の御追善第三年の御供養を送りつかはされたる事、両三日はうつゝともおぼへず(『四条金吾殿御返事』御書P619,全集P1121)
●今月飛来の雁書(がんしょ)に云はく、此の十月三一日、母にて候もの十三年に相当たれり。銭二十貫文等云々。(中略)母の生きてをはせしには、心には思はねども一月に一度、一年に一度は問ひしかども、死し給ひてより後は初七日より二七日乃至第三年までは人目の事なれば形の如く問ひ訪(とぶら)ひ候へども、十三年・四千余日が間の程はかきた(絶)え問ふ人はなし(『刑部左衛門尉女房御返事』御書P1503,全集P1397)
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と、初七日や二七日忌、三年忌、十三年忌等の年忌法要が、大聖人に願って営まれていたことがわかる。(『慧妙』H25.11.16)

●青鳬(せいふ)七結(ゆ)ひ下州より甲州に送らる。其の御志悲母(ひも)の第三年に相(あい)当たる御孝養なり(『始聞仏乗義』御書P1207)
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と仰(おお)せだが、このことから、富木氏が、大聖人のもとへ御供養を奉(たてまつ)り、母の3回忌の追善を願い出られたことがわかる。(『慧妙』H24.9.16)


 こうした葬儀・法要が大聖人のもとで行なわれていた以上、時と場所によっては、大聖人の御弟子の僧侶方が、大聖人の代理として葬儀・法要を行なわれていたのは当然である。
 そもそも、大聖人の仏法は、師弟相対の信仰を成仏の要諦(ようてい)としているのであって、
●譬へばよき火打ちとよき石のかど(角)とよきほくち(火口)と此の三つ寄り合ひて火を用ふるなり。祈りも又是くの如し。よき師とよき檀那とよき法と、此の三つ寄り合ひて祈りを成就し、国土の大難をも払ふべき者なり(『法華初心成仏抄』御書P1314,全集P550)
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と仰せのごとく、「よき師」(大聖人、歴代御法主上人、御僧侶方)と師弟相対して、「よき法」たる御本尊を信仰するところにこそ、我々も「よき檀那」として成仏が叶(かな)うのである。
 しかるに、「僧侶による葬儀は不要」として、「友人葬」「学会葬」と称する、日蓮正宗とは無縁の、「檀那」だけの葬儀を行なっていては、絶対に成仏は叶わず、葬儀をされる側もする側も、ともに堕地獄は疑いないものである(ましてや、変造コピーして造ったニセ本尊を祀〈まつ〉り、葬儀を執行していては、なおさらである)。(『慧妙』H25.11.16)


 日蓮正宗の化儀即化法に基づく総本山の儀式法要は、全て宗開両祖を嚆矢(こうし)としており、嫡々付法の御歴代上人がその根本化儀を伝承されているのである。
 そして宗内の僧俗は、それら総本山の化儀を中心として修行し、成仏の境界を開いてきた。

●なによりハ市王殿の御乳母他界御事申はかり候ハす、明日こそ人をもまいらせて御とふらい申候ハめ。又聖霊御具足法花聖人の御寶前ニ申上まいらせ候(第2祖日興上人『曾禰(そね)殿御返事』)
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日興上人が「明日こそ人をもまいらせて」お弟子の僧侶を遣わして、「御とふらひ申候ハめ」お葬式をいたしましょう、と言っておられるのです。(『慧妙』H19.11.1)

南条兵衛七郎(南条時光の父)の死去の報を聞かれた大聖人が、ざわざ身延から上野へ赴(おもむ)いて墓参をなされ、後年には代参として、日興上人を上野へ遣(つか)わされていること、さらに、六郎入道が死去の折には、大進阿闍梨を代参として遣わされていること、等々が説かれています。(『慧妙』H19.11.1)

 ほかにも、『曽谷殿御返事』『忘持経事』『千日尼御返事』『四条金吾殿御返事』『中興入道消息』などを拝せば、弟子檀那達が年忌・盆・彼岸の折に、宗祖大聖人へ故人の追善回向を願い出ていることがわかるのである。
 また、日興上人の書状を拝しても、「御霊供料」「盆料」「彼岸御仏料」等の表現が見られ、日興上人やその弟子達が、故人の追善供養のために、御本尊の前で、盂蘭盆や彼岸の読経を行なうことを述べられている。
 このように、宗開両祖の時代においても、僧侶による読経回向と、檀那の供養を伴(ともな)う追善仏事がなされたのである。
 つまり、"お盆に僧侶による読経は必要ない"とか、"お盆が大聖人の仏法とは関係ない"などと言うことは、宗開両祖の化儀を冒涜(ぼうとく)するものである。(『慧妙』H24.9.16)

これらを拝すれば、死後の葬儀や法事を、大聖人や日興上人、あるいは各地にいる門下の僧侶に願い出ていたことは明らかであります。(『慧妙』H19.11.1)

●親の為には僧を供養すべし、其故は仏事とは無縁の慈悲に住する所なり、無縁の本体が出家なり、されば仏事には僧を供養するなり(第9世日有上人/『富士宗学要集』第1巻192頁)
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葬儀・法事等は、必ず僧に願い出て、僧を供養すべきであると仰(おお)せられています。(『慧妙』H19.11.1)

●無縁慈悲の本体の出家と云うは、当宗出家の当体即仏法僧三宝なるが故、又本理を以て法と為し、智慧を以て仏と為し、慈悲を以て僧と為る故に、僧宝を供養すれば自ら仏界の供養となる義なるべし(第31世日因上人/『富士宗学要集』第1巻192頁)
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三宝一体の上から僧宝供養の意義を御教示されています。(『慧妙』H19.11.1)

●仰に云く不知案内にして亡霊の引導は悪道に堕すべし、是れは法然弘法に超え過ぎたる罪障なり、彼れは謗法の衆生を悪道に引く、是れは持経者として其の霊を悪道に引き入れん事浅間敷き事なれば、我が檀那なりとも智者を頼み引導さすべきなり云云(『当家引導雑雑記』/『富士宗学要集』第1巻261頁)
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たとえ妙法を受持している信徒であったとしても、その資格のない者が葬儀の導師を務め、引導を渡したならば、故人を悪道へ堕(お)とすこととなり、その罪障は、法然や弘法にも過ぎるものである、ゆえに、必ず血脈正系の僧に引導を願わなければならない、と示されています。(『慧妙』H19.11.1)


 これらのことからわかるように、三世の生命を説く仏教においては、釈尊の時代から葬儀は執行されてきたのであり、また、故人の成仏を願うがゆえに、葬儀の導師はその資格がある僧侶が行なう―これが正しい在り方なのであります。
 末法の今日、成仏の叶(かな)う唯一の正法は、いうまでもなく日蓮大聖人の仏法です。その大聖人の正法正義は唯授一人の血脈相承によって厳然と我が日蓮正宗に護り伝えられてきているゆえに、日蓮正宗の化儀に則(のっと)った葬儀を行なうところに、故人の成仏があるのであります。
 私達は遇(あ)い難き正法に巡り会えた喜びを深く胸に刻み、その道を違えることなく、本宗伝統の化儀に則った葬儀を執行して、共々に成仏を期してまいりたいものです。
 それに対し、自分達の身勝手な都合で葬儀を軽んじ、執行する学会員たちの、なんと哀れなことでありましょう。これまでも、学会葬の導師を務めた幹部が急死し、それを目の当たりにした別の幹部が葬儀の導師を拒(こば)んだ、という事例も耳にしてきましたが、そのような葬儀で故人が救われないことは一目瞭然であります。
 私達は、悪業を積み、地獄の業火にあえぎ苦しむ学会員を救うべく、さらなる折伏行に精進してまいりましょう。(『慧妙』H19.11.1)



【戒名】
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戒名は、江戸時代に既成仏教が金儲(もう)けのために始めたことで、それを日蓮正宗が取り入れたのだ
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 戒名は大聖人の時代からあったのです。その最初の事例は、大聖人が御父に「妙日」、御母に「妙蓮」という御名を授けられていますが、まさしく、これが戒名なのです。
 学会では、「それは法名だ」などとすり替えていますが、戒名とは本来、仏門に帰依したときに授けられるもので、法名と同義であり、そのことは学会で出している『仏教哲学大辞典』にも出ております(授戒を受けて入信しても、信心を貫(つらぬ)けずに退転する者が少なくないこともあって、今日では、一生を終えた時点で戒名が与えられている、といえましょう)。

●仏事追善の引導の時の回向の事、私(わたくし)の心中有るべからず。経を読みて此の経の功用(くゆう)に依(よ)って、当亡者の戒名を以って無始の罪障を滅して成仏得道疑いなし。乃至法界平等利益。(第9世日有上人『化儀抄』)
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これは、法事や葬儀の導師をする御僧侶の心構えを示されたものですが、法事における追善供養や葬儀における引導の回向をする時は、いささかの私心も持たず、虚心坦懐(きょしんたんかい)にて行なわなければならない、とされ、"この御本尊の功力を信じて一心に読経唱題していくならば、亡くなった人の戒名をもって、無始以来の罪障を消滅し、成仏することは疑いない"と仰せられているのです。(『慧妙』H20.3.1)

●亡霊への回向には、其導師たるもの少しも私の意志を挟(はさ)むべからず、御経の功用に任すべし、此時は蓋(けだ)し、戒名に意義ありと意得べしとなり(第59世日亨上人/『慧妙』H20.3.1)

●追福作善の法事、あるいは葬式の引導の回向には、導師となる人は、虚心坦懐、いささかも私心を持ってはいけません。ただ読経唱題して、「妙法経力即身成仏」の功用にまかせる時、その亡者を戒名によせて、その亡者の無始以来の謗法罪障を消滅し即身成仏は疑いないのであります(第66世日達上人/『慧妙』H20.3.1)

今日、戒名をいただく場合、生前において立派に仏道修行をしぬいてきた上で頂戴する戒名、信仰はなかったけれども、葬儀を出す時点で初めて仏弟子の末席に加えてもらって頂戴する戒名、と、信仰の度合いに応じた違いがありますが、いずれにしても、「導師の御僧侶が、戒名を持った仏弟子として、その人の罪障消滅を願っていくとき、その人の罪障消滅・即身成仏が叶(かな)う」ということでありますから、戒名にはじつに重大な意味があることを知るべきであります。(『慧妙』H20.3.1)



【導師本尊】
 さらに学会は、導師御本尊についても疑義を唱えているが、御本尊の御事である故、御法主上人の御講義をもって破折とする。
●「大聖人が書かれた御本尊とは明らかに異なる」とも言っておるが、これは本尊の内証口伝を受けていない者が形式だけを見て、その曼荼羅(まんだら)弘通の規模の広さを知らない偏見であります。
 冥界へ向かう衆生への化導救済の意義より、天照大神、八幡大菩薩の代わりに閻魔法皇(えんまほうおう)、五道冥官(こどうみょうかん)を書かれることは、『南無妙法蓮華経 日蓮在御判』を中心とする一念三千の本尊に在(あ)ってはいささかの違法もないのであり、これを『ニセものの本尊』とすることは、本尊相伝のない創価学会の短見・邪見なのであります。
 創価学会は歴代上人のなかで、日寛上人こそ大聖人直結の方であると讃しているが、その日寛上人の在家に授与された数幅の御本尊に、明らかに天照、八幡の代わりに閻魔法皇、五道冥官と書かれておる御本尊が現存しております。また、日寛上人の御師・24世日永上人の書写にも閻魔法皇、五道冥官の書き方が拝され、さらに上代の御先師にも存在しております。その血脈の上からの流れは、近年では日応上人、日亨上人、日開上人にも同様の書写の御本尊が拝せます。特に先師日達上人はこの意味において導師御本尊をお示しであり、私もその上から伝承して、冥界へ向かう信徒の化導のための本尊として、いわゆる導師曼荼羅として『閻魔法皇、五道冥官』を書写申し上げておるのであります。(『日顕上人猊下御講義・創価学会の偽造本尊義を破す』P75)(『慧妙』H25.11.16)


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導師曼茶羅は謗法である。邪宗日蓮宗が葬儀専用に開発したニセ本尊を形木にしたもので、御書にもない「五道冥官(ごどうみょうかん)」等の文が書かれ、大聖人の御本尊と明らかに異なっている
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学会で大聖人直結の方とする26世日寛上人の顕(あら)わされた御本尊の中にも、やはり「五道冥官」等と書かれた導師御本尊が存(おわ)しますし、そもそも、この「五道冥官」の語は御書の中(『戒法門』御書12頁=御書全集には掲載されていない)にも示されています。

●先世に三宝の御前にして此の戒を受けし時、天には日月・衆星・二十八宿・七星・九曜・五星、地には五つの地神・七鬼神・十二神・三十六禽(きん)、又梵天・帝釈・四大天王・五道の冥官等、此の五戒を受くる人を護らんと誓ひ給ひき。(『戒法門』御書12頁)
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[五道の冥官]ごどう-のみょうかん〔仏〕=閻魔王の臣で、地獄で五道の衆生の罪を裁くという役人。(三省堂『大辞林』第2版)
[梵天]ぼんてん〔「ぼんでん」とも〕〔梵 Brahma〕=色界の初禅天の王。本来はバラモン教で根本原理を人格化した最高神であったが、仏教に取り入れられて正法護持の神とされる。大梵天。梵王(ぼんおう)。梵天王(ぼんてんおう)。婆羅門(バラモン)天。

●善無畏三蔵の閻魔の責にあづからせ給しは此の邪見による後に心をひるがへし法華経に帰伏してこそ・このせめをば脱させ給いしか(『開目抄』全集216頁)
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[閻魔]えんま〔梵 Yama〕〔仏〕=亡者の罪に判決を下すという地獄の王。笏(しやく)を持ち、中国の道服を着、怒りの相をあらわした姿で描かれる。もとインド神話中の神で、祖霊の王。焔摩。閻魔羅闍(らじや)。閻魔羅。閻羅。閻羅王。閻魔王。閻魔大王。閻魔法王。(三省堂『大辞林』第2版)

閻魔も梵天も、本来は仏教とは無関係であったが御書に書かれている。特に、梵天は御本尊にも認められている。閻魔の臣である五道の冥官もまた、御書に書かれている。


<本尊書写と相伝>
1●日蓮在御判と嫡々代々と書くべしとの給ふ事如何、師の曰く深秘なり代々の聖人悉く日蓮なりと申す意なり(『御本尊七箇相承』/『富士宗学要集』第1巻32頁)
2●明星直見の本尊の事如何、(中略)釈迦古僧に値ひ奉つて塔中に直授せるなり貴し貴しと讃め被れたり、(中略)仍つて本尊書写の事・一向日興之を書写し奉る可き事勿論なるのみ。(『御本尊七箇相承』/『富士宗学要集』第1巻32頁)

3●宗祖云く「此の経は相伝に非ずんば知り難し」等云々。「塔中及び蓮・興・目」等云々。(第26世日寛上人著『撰時抄愚記』/『日寛上人文段集』聖教新聞・初版271頁)
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「塔中及び蓮・興・目」とあるように、塔中における上行菩薩への別付嘱が、末法においては唯授一人血脈相承として歴代上人に伝わっている<血脈相伝の体>参照)。

4●曼荼羅書写本尊授与の事は・宗門第一尊厳の化儀なり(第59世日亨上人著『有師化儀抄註解』/『富士宗学要集』第1巻112頁)

5●「義理」「化儀」の簡別は義理は化法なり、大道理なり・化儀は設けられたる信条なり、諸法度なり御開山の廿六箇条又は当化儀条目の如し又は其時々々に師より弟子檀那に訓諭せし不文の信条もあるべし(第59世日亨上人著『有師化儀抄註解』/『富士宗学要集』第1巻151頁)

 「本尊書写の事・一向日興之を書写し奉る可き事」(2●)とは大聖人の御指南である。しかして、その本尊書写の大権は「塔中に直授」(2●)と仰せのように、虚空会において釈尊より上行菩薩へ別付嘱されたものである。この付嘱は「『塔中及び蓮・興・目』等」(3●)と仰せのように、大石寺歴代上人方によって伝持されている。だからこそ大聖人は「日蓮在御判と嫡々代々と書くべし」(1●)「代々の聖人悉く日蓮なり」(1●)と仰せになったのである。
 「曼荼羅書写本尊授与の事は・宗門第一尊厳の化儀」(4●)と仰せのように、本尊書写もまた化儀に属することがらである。これについては『御本尊七箇相承』に詳しく書かれている。しかし「不文の信条もあるべし」(5●)「此の経は相伝に非ずんば知り難し」(3●)とあるように、公開されている御書や相伝書がすべてではない。未だ公開されていない相伝に基づいて、時と場合に応じた化儀が現れることもあることを信じるべきである。


●よき師と・よき檀那(だんな)と・よき法と、この三つ寄り合ひて祈りを成就(じょうじゅ)し(『法華初心成仏抄』御書1314、全集550頁)
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御本尊(よき法)と、御本尊への信心(よき檀那)、そして僧侶の導師(よき師)、このすべてが揃(そろ)って、初めて成仏を叶(かな)えていただくことができるのです。この3つを揃えて執行されてきた正宗の葬儀を、詭弁(きべん)を弄(ろう)して誹謗し、勝手に作り上げた学会葬―、そのようなものを、大聖人がお認めになるはずがありません。学会葬こそ堕地獄の最直道(さいじきどう)といえましよう。





戒名について

―戒名は仏門に帰依した証拠となるもの―
―戒名無用用論は仏弟子たるの放棄と同義―

(『慧妙』H20.3.1)

 池田創価学会では、「大聖人の時代には戒名はなかったので、戒名は不要である」として、学会葬の際には「本名」で行なえばよい、としています。ここで、「俗名」ではなく「本名」といっているのは、"戒名に対するのが俗名であるが、戒名はもともとないのだから、本名となる"ということだそうです。
 これだけを聞いても、戒名を、芸能人や作家が使う芸名やペンネームか何かと勘違(かんちが)いしているのか、と思ってしまいますが、仏道修行における戒名には、大切な意義があるのです。
 戒名とは、法名ともいい、そのはじめは、出家して仏道に帰依し、戒を受けた者に対して、俗名を捨てさせ授けられたものです。のちに、在家のままで仏門に帰依し、授戒を受けた者も、戒名をいただくようになり、また、生前戒名を受けていなかった者には、死後に与えられるようになりました。
 本宗においても、昔は、御授戒の時に戒名を授(さず)けられたこともあったようですが、現在は、亡くなったときにいただく、という形になっています。
 これは、大勢の人達が入信してくるようになった近年において、入信はしたもののすぐに退転してしまうケースもあることから考えれば、やむをえなぬことといえましょう。
 というのは、御授戒と同時に、仏弟子としての立派な名前を頂戴(ちょうだい)したけれども、すぐに退転してしまった、などということがあってはならないからです。そこで、一生を終えた時点で、生前の信仰を見極めて戒名が授けられる、という形になったのでありましょう。
 さて、学会は、「大聖人の時代には戒名はなかった」などと言っていますが、本当に知らずに言っているとしたら、無知もいいところ、恥ずかしいかぎりです。
 大聖人の御父は妙日、御母は妙蓮、また、大石寺の開基檀那となった南条時光殿は大行、曽谷教信殿は法蓮―等々、大聖人の御在世から戒名が存したことは、歴とした事実です。
 この戒名の大事について、第9世日有上人は、『化儀抄』に次のように仰せられています。
 「仏事追善の引導の時の回向の事、私(わたくし)の心中有るべからず。経を読みて此の経の功用(くゆう)に依(よ)って、当亡者の戒名を以って無始の罪障を滅して成仏得道疑いなし。乃至法界平等利益。」
 これは、法事や葬儀の導師をする御僧侶の心構えを示されたものですが、法事における追善供養や葬儀における引導の回向をする時は、いささかの私心も持たず、虚心坦懐(きょしんたんかい)にて行なわなければならない、とされ、"この御本尊の功力を信じて一心に読経唱題していくならば、亡くなった人の戒名をもって、無始以来の罪障を消滅し、成仏することは疑いない"と仰せられているのです。
 ゆえに、第59世日亨上人も、
 「亡霊への回向には、其導師たるもの少しも私の意志を挟(はさ)むべからず、御経の功用に任すべし、此時は蓋(けだ)し、戒名に意義ありと意得べしとなり」
と仰せられ、第66世日達上人も、
 「追福作善の法事、あるいは葬式の引導の回向には、導師となる人は、虚心坦懐、いささかも私心を持ってはいけません。ただ読経唱題して、『妙法経力即身成仏』の功用にまかせる時、その亡者を戒名によせて、その亡者の無始以来の謗法罪障を消滅し即身成仏は疑いないのであります」
と御指南されているのであります。
 今日、戒名をいただく場合、生前において立派に仏道修行をしぬいてきた上で頂戴する戒名、信仰はなかったけれども、葬儀を出す時点で初めて仏弟子の末席に加えてもらって頂戴する戒名、と、信仰の度合いに応じた違いがありますが、いずれにしても、「導師の御僧侶が、戒名を持った仏弟子として、その人の罪障消滅を願っていくとき、その人の罪障消滅・即身成仏が叶(かな)う」ということでありますから、戒名にはじつに重大な意味があることを知るべきであります。
 それを、「昔は戒名はなかった」「戒名はいらない」などということは、仏法に対する冒涜(ぼうとく)であり、自ら仏弟子たることを放棄しているとしか、いいようがありません。
 有り難くも、御本仏日蓮大聖人の弟子信者の末席に加えていただいた私達は、大聖人の仰せどおりの信仰を全うし、大聖人から「立派な仏弟子であった」とお認めいただけるよう、自行化他の修行に精進してまいりましょう。そして、縁のある人達が、1人でも多く仏弟子となれるよう、しっかりと折伏を行じてまいろうではありませんか。





僧侶不在の学会葬の誤りについて

―大聖人御在世も僧侶が引導―
―無資格者の引導は堕獄の因―

(『慧妙』H19.11.1)

 池田創価学会では、日蓮正宗から破門されて以来、僧侶不要論を唱(とな)え、葬儀や法事、結婚式等の法要を信徒(会員)のみで執行できる、として執行しています。とくに、葬儀においては、"そもそも葬儀は仏教の中に説かれていない"といって、「学会葬」「友人葬」「同志葬」などと銘打ち、学会幹部が葬儀の導師を務めています(とはいっても、仏教を名乗りながら僧侶抜きの葬儀というのは、一般世間からの非難を免<まぬが>れないため、学会傀儡<かいらい>の離脱僧もうまく利用しつつ、自分達の都合に合わせて行なっているようですが)。
 しかしながら、葬儀は、故人が今生を終えて臨終を迎えるにあたって、遺(のこ)された者が一心にその即身成仏を願う、厳粛な儀式であり、追福作善をもって故人の臨終の一念を助けて成仏得道せしめ、真の霊山浄土(りょうせんじょうど)へと導くことに、その意義があるのです。
 ことに三世の生命を説く仏教において、古来より葬儀が行なわれてきたことは言うまでもありません。
 『仏説浄飯王般涅槃経』には、インドの釈尊在世中に行なわれた、釈尊の父・浄飯王の葬儀の模様が説かれています。
 それによると、浄飯王を火葬した後、収骨して金函に盛り、塔を起てて供養したと記されており、その他にも、『大般涅槃経後分』には釈尊の葬儀が、また『長阿含遊行経』には、釈尊滅後における葬儀の儀礼の在(あ)り方が説かれています。
 また、日本では、上古、土葬が行なわれていましたが、仏教の伝来と共に火葬が伝えられ、初めは高貴な人達の間で行なわれていたようですが、10世紀以降には、広く一般大衆にも火葬が広まっていきました。
 さらに、宗祖日蓮大聖人が弘安5年10月13日、武州・池上宗仲の館にて御入滅あそばされた後、翌・14日には、本弟子6人が中心となって、戌の刻(午後7時から9時)に入棺され、子の刻(午後11時から午前1時)に葬儀を行ない火葬申し上げたことが第2祖日興上人の『宗祖御遷化(ごせんげ)記録』に克明に記されています。
 また、日興上人は、正慶2年(元弘3年)2月7日に御遷化あそばされましたが、その葬儀の模様については、日郷師が『日興上人御遷化記録』に記しており、第3祖日目上人以下、僧侶が中心となって執行せられたことが明らかにわかります。
 また、大聖人御在世の信徒の葬儀に関しては、富木常忍が、母の没後まもなく、遺骨を抱いて下総からはるばる身延へと参詣して、大聖人に追善供養を願い出ていることや、南条兵衛七郎(南条時光の父)の死去の報を聞かれた大聖人が、ざわざ身延から上野へ赴(おもむ)いて墓参をなされ、後年には代参として、日興上人を上野へ遣(つか)わされていること、さらに、六郎入道が死去の折には、大進阿闍梨を代参として遣わされていること、等々が説かれています。
 また、日興上人の『曾根殿御返事』には、尼御前の二七日忌の法事を行なったことが記されています。
 これらを拝すれば、死後の葬儀や法事を、大聖人や日興上人、あるいは各地にいる門下の僧侶に願い出ていたことは明らかであります。
 第9世日有上人は、
 「親の為には僧を供養すべし、其故は仏事とは無縁の慈悲に住する所なり、無縁の本体が出家なり、されば仏事には僧を供養するなり」(『富士宗学要集』第1巻192頁)
と、葬儀・法事等は、必ず僧に願い出て、僧を供養すべきであると仰(おお)せられています。
 また、第31世日因上人は、このことを敷衍(ふえん)して、
 「無縁慈悲の本体の出家と云うは、当宗出家の当体即仏法僧三宝なるが故、又本理を以て法と為し、智慧を以て仏と為し、慈悲を以て僧と為る故に、僧宝を供養すれば自ら仏界の供養となる義なるべし」
(『富士宗学要集』第1巻192頁)
と、三宝一体の上から僧宝供養の意義を御教示されています。
 また『当家引導雑雑記』には、
 「仰に云く不知案内にして亡霊の引導は悪道に堕すべし、是れは法然弘法に超え過ぎたる罪障なり、彼れは謗法の衆生を悪道に引く、是れは持経者として其の霊を悪道に引き入れん事浅間敷き事なれば、我が檀那なりとも智者を頼み引導さすべきなり云云」(『富士宗学要集』第1巻261頁)
とあり、たとえ妙法を受持している信徒であったとしても、その資格のない者が葬儀の導師を務め、引導を渡したならば、故人を悪道へ堕(お)とすこととなり、その罪障は、法然や弘法にも過ぎるものである、ゆえに、必ず血脈正系の僧に引導を願わなければならない、と示されています。
 これらのことからわかるように、三世の生命を説く仏教においては、釈尊の時代から葬儀は執行されてきたのであり、また、故人の成仏を願うがゆえに、葬儀の導師はその資格がある僧侶が行なう―これが正しい在り方なのであります。
 末法の今日、成仏の叶(かな)う唯一の正法は、いうまでもなく日蓮大聖人の仏法です。その大聖人の正法正義は唯授一人の血脈相承によって厳然と我が日蓮正宗に護り伝えられてきているゆえに、日蓮正宗の化儀に則(のっと)った葬儀を行なうところに、故人の成仏があるのであります。
 私達は遇(あ)い難き正法に巡り会えた喜びを深く胸に刻み、その道を違えることなく、本宗伝統の化儀に則った葬儀を執行して、共々に成仏を期してまいりたいものです。
 それに対し、自分達の身勝手な都合で葬儀を軽んじ、執行する学会員たちの、なんと哀れなことでありましょう。これまでも、学会葬の導師を務めた幹部が急死し、それを目の当たりにした別の幹部が葬儀の導師を拒(こば)んだ、という事例も耳にしてきましたが、そのような葬儀で故人が救われないことは一目瞭然であります。
 私達は、悪業を積み、地獄の業火にあえぎ苦しむ学会員を救うべく、さらなる折伏行に精進してまいりましょう。






塔婆供養


"塔婆批判"破折

―塔婆供養の否定に躍起の学会―
―経文・御書は塔婆の功徳を明示―


[画像]:「塔婆で荒稼ぎ」との非難=『聖教新聞』(平成15年7月13日付)「会員と語る」欄。副会長の正木正明がデマを並べて日蓮正宗を誹謗
[画像]:大聖人の御正意曲げた塔婆批判=塔婆供養を誹謗した『創価新報』(平成16年3月17日付)の記事

日蓮正宗の塔婆は、五輪(ごりん=地・水・火・風・空)の板木に「妙法蓮華経」の題目を認(したた)め、その下に戒名や俗名を書くことにより、その塔婆は亡くなった方の体を表すことになります。その塔婆を御本尊の傍(かたわ)らにお建てし、本宗僧侶の導師のもと読経・唱題することにより、亡くなった方の生命に御本尊の広大な利益が感応するのです。(日蓮正宗リーフレット「創価学会員の方へE」H23.)

【塔婆は仏教本来の教え】
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そもそも日本で見られるような板塔婆というのは、釈尊本人が説いたものではない。また、仏教本来の教えではない(『創価新報』H16.3.17)
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 しかし、御塔婆供養にはじつに深い意義があるのです。今回は、御塔婆供養について、正しく学んでまいりたいと思います。
 まず塔婆の由来と歴史についてですが、塔婆とは、率兜婆(率塔婆、率都婆などとも書きます)の略で、梵語でスツーパといい、方墳・円塚・霊廟(れいびょう)・功徳聚(くどくじゅ)・塔等と訳します。
 もともとは、古代インドの墓のことを指していましたが、仏教においては、とくに仏舎利を安置した建造物を意味し、インドの釈尊自らも造立し、また造立を許可したことが、『十誦律』や『摩訶僧祇律』等に説かれています。
 釈尊滅後は、故人に対する供養として、さかんに造立されるようになりました。そして、仏教が中国・日本へと弘まるにしたがって、塔婆の化儀は、五重塔や三重塔、あるいは五輪塔婆、角塔婆、板塔婆、石塔婆として伝えられきたのです。
 次に、塔婆の形について述べてみますと、塔婆はもともと、丸や角の形を積み重ねて1つの体を表わしています。
 すなわち「下から方形(四角)・円形・三角形・半円形・如意宝珠の順に、五輪の塔に組み立てるのが基本的な形です。これは、地(方形)・水(円形)・火(三角形)・風(半円形)・空(如意宝珠)の五大を表わしているので日蓮大聖人は、『就註法華経口伝』に、
 「我等が頭は妙なり、喉(のんど)は法なり、胸は蓮なり、胎(はら)は華なり、足は経なり。此の五尺の身は妙法蓮華経の五字なり」(御書1728頁)
と説かれ、また『三世諸仏総勘文抄』に
 「五行とは地水火風空なり(乃至)是則ち妙法蓮華経の五字なり」(御書1418頁)
と仰(おお)せですが、五大をかたどった五輪の塔は、妙法蓮華経という仏様の体を表わしたものといえます。
 そして、そこに題目を認(したた)め、「此中已有如来全身(※法華経法師品の文で、此〈こ〉の中に已〈すで〉に如来の全身有〈いま〉す、と読む)」との経文と、亡くなった人の名を書いて、祈念することにより、この塔婆は、亡くなった人の体が即、妙法蓮華経の仏身として顕われ、成仏の境界へと導かれるのであります。(『慧妙』H19.10.1)

◆[卒塔婆]=死者の追善供養のために立てる、塔をかたどった木板。(中略)中国や日本では三重や五重の木造の塔が多い。後に、死者の追善供養のために塔の形の切り込みをつけた細長い板に、経文や戒名、命日などを記して、墓のそばに立てる風習が生まれ、現在ではこの板のことをいうようになった(『新版仏教哲学大辞典』聖教新聞社発行 初版)
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塔婆の意義と目的を説明しており、『新報』の言い分とは、ずいぶん食い違っている。

●我が滅度の後、我が全身を供養せんと欲せん者は、応に一の大塔を起つべし(法華経338頁)
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供養のために、大塔すなわち塔婆の建立を勧められているではないか。

※「釈尊本人が説いたものではない」「仏教本来の教えではない」などと誹謗しているが、我々末法の衆生は下種仏法によってのみ成仏できるのである。そうであれば、下種の仏様であられる大聖人の御指南に従うべきである。大聖人は、釈尊の教えを用いられてはいるが、あくまでも下種仏法の立場から解釈されているのであり、経典の文々句々を文字通りには用いられていない。(法蔵)



【「死人の成仏」が果たせる】
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日蓮大聖人は塔婆を立てることを「勧められた」わけではない。(『創価新報』H16.3.17)
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●妙法とは有情の成仏なり、蓮華とは非情の成仏なり。有情は生の成仏、非情は死の成仏、生死の成仏と云ふが有情・非情の成仏の事なり。其の故は、我等衆生死する時塔婆を立てて開眼供養するは、死の成仏にして草木成仏なり。(中略)されば草木成仏は死人の成仏なり(『草木成仏口決』御書522、全集1339頁)
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 明らかに、塔婆が大聖人の時代の化儀であり、塔婆によって「死人の成仏」が果たせる、との仰せではないか。(法蔵)
 つまり、生きている時は、大聖人御図顕の大御本尊を信じて南無妙法蓮華経と唱えるところに成仏があり、死して後は、非情の草木をもって塔婆に建立し、開眼供養するところに、その死者が成仏できる、と仰せられているのです。
 人間は、死ねば、主体的意志や行動が失われ、死後の生命は、それぞれが生前に生命に刻み込んだ善業・悪業を、そのまま感じ続けていくことしかできなくなります。その死後の生命を救うために、仏法では御塔婆を建てて追善供養するのであります。(『慧妙』H19.10.1)

1●去(みまかり)ぬる幼子のむすめ御前の十三年に、丈六のそとば(卒塔婆)をたてゝ、其の面に南無妙法蓮華経の七字を顕はしてをはしませば、(中略)過去の父母も彼のそとばの功徳によりて、天の日月の如く浄土をて(照)らし、孝養の人並びに妻子は現世には寿(いのち)百二十年持ちて、後生には父母とともに霊山浄土にまいり給はん事、水す(澄)めば月うつり、つゞみ(鼓)をう(打)てばひゞきのあるがごとしとをぼしめし候へ等云云。此より後々の御そとば(卒塔婆)にも法華経の題目を顕はし給へ(『中興入道御消息』御書1434、全集1334頁)
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塔婆供養の功徳が、亡者のみならず、立てた願主にまで廻ることを明かされている。


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『中興入道御消息』の御文は、塔婆そのものを勧められたのではなく、中興入道が塔婆に題目を書いたことを賛嘆されたもの(「教宣ハンドブック」の「仏事Q&A」趣旨)
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 たしかに御書には、誰が題目を書写されたのかは明言されていないが、創価のように「中興入道が塔婆に妙法の題目を書いた」と考えるのは古今東西未聞の珍解釈だ。
 大聖人・日興上人の時代から今日に至るまで、本宗においては、在家信徒の題目の書写を認めた事実は皆無である。
 第9世日有上人は、『化儀抄』に
 「題目計りをば書くべき人にかかすべし」
と仰せられている。「書くべき人」とは本宗僧侶(住職)を意味する言葉であり、塔婆の題目は寺院の住職が書写すべきことを教示されているのである。
 当宗では、塔婆、位牌、墓石、過去帳等の題目は、大御本尊の中央の題目が書写されている意義がある。
 したがって、当宗においては、御本尊の書写は御法主上人お一人に限られ、それ以外の題目であっても、御法主上人の允可(いんか)なくして書写することは許されていないのである。
 本宗における教義信仰の根本義である題目を、血脈の大事と師弟相対の深義を知らない創価の徒輩が珍妙な解釈で軽視することは、無間地獄の業因であると断ずるものである。(『慧妙』H22.8.1)


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(※『中興入道御消息』について)当時は、念仏が書かれた塔婆が横行していた。そのなかで中興入道は、法華経の題目を塔婆に認(したた)めた。大聖人が称賛されたのは「題目を根本にした信心」なのである(『創価新報』H16.3.17)
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 しかし、『草木成仏口決』では、
 「我等衆生死する時塔婆を立てて開眼供養するは、死の成仏にして草木成仏なり」
と仰せられ、また『中興入道御消息』では
 「そとば(卒塔婆)を立てゝ」「此れより後々の御そとばにも」
と仰せられている。これらの御文を素直に拝せば、亡者の供養のためには塔婆を立てるべきこと、また、現在と将来建立されるであろう塔婆についても言及され、その塔婆には題目を認めるよう、御指南されているのである。
 もし、『新報』のいうように、単に「題目を根本にした信心」を御教示されたのであれば、塔婆供養の志主(願主)に備わる功徳を説かれる必要など、まったくない。
 また、他の御書において「題目」を説かれる箇所は「唱える」ことの意義だが、この『中興入道御消息』では「題目を顕はし」すなわち、題目を書写した塔婆の功徳を述べられているのであって、両者はまったく相違している。(『慧妙』H16.4.16)
 その点について『新報』は故意に触れていないのである。


************************************************************ 御書で塔婆供養についての言及は『中興入道消息』『草木成仏口決』の2編だけ。(「教宣ハンドブック」の「仏事Q&A」趣旨)
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 まず、大聖人の塔婆に関するこ教示を、「2編だけ」などと軽々に論ずること自体、創価の本質が如実に顕れている。
 称号・勲章の「数」を誇らしげに語り、その顕彰本来の意義を貶(おとし)めている創価は、物量のみでしか価値が解らなくなっているらしい。
 ちなみに三大秘法、なかんずく「本門の戒壇」について細かく論及された御書は『三大秘法稟承事』1編のみであるが、創価の論理ではこれも「1編だけ」と言い捨てるのか。(『慧妙』H22.8.1)


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塔婆が絶対必要などとは、御書のどこにも説かれていない(『聖教新聞』H15.7.13)
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 『中興入道御消息』には、塔婆によって回向される故人、塔婆を立てて供養する「孝養の人」も、共に霊山浄土に導かれることが示され、それのみならず、塔婆の風にあたった畜類さえも大利益を受けることが明示されているではないか。(1●)
 加えて、「此より後々の御そとばにも法華経の題目を顕はし給へ」(1●)と、妙法の題目を書き顕わした塔婆を立てて追善供養するように仰せられているのである。
 これらの御指南からすれば、「塔婆が絶対不可欠などとは仰せられていない」「塔婆そのものを勧められたのではない」などという主張が、完全に大聖人の御教示に反していることは明確である。(『慧妙』H22.8.1)


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仏法の追善は「自身の仏道修行」が根本です(副会長・正木正明『聖教新聞』H15.7.13)
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 そんなことはマサキ君に言われなくても、まじめに信行に励む法華講員なら小学生でも知っている。
 マサキ等が批判の対象にしている『大白法』記事中にも、「本宗では古来、常盆・常彼岸といって、毎日の朝夕の勤行において怠りなく先祖供養を行なっています」と書いてあるとおりだ。
 まして大聖人の御教えを唯授一人の血脈の上に信じ、行じているのは、法華講員のみである。そして、塔婆供養それ自体も、大聖人の御教示に基づく「自身の仏道修行」に他ならないのである。(『慧妙』H15.8.1)



【塔婆は金集めの手段?】
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供養収奪のための塔婆商法(『創価新報』H16.3.17)
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宗祖の御指南をも侮蔑(ぶべつ)する暴言を吐いているが、後代の者が大聖人の御指南をもとに、塔婆供養を行ない、またその意義と功徳を説くことは、当然のことである(塔婆の意義については、御義口伝に甚深の奥義が説かれていることを付言しておく)。


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塔婆の荒稼ぎが横行(『聖教新聞』H15.7.13)
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 塔婆供養を「荒稼ぎ」というならば、前述のような指導をした戸田氏も、また以前、総本山に対し、各地の学会墓園への僧侶の派遺を依頼し、「塔婆供養もできます」と言って会員らを勧誘した学会組織そのものも、「荒稼ぎ」の仲間ということになるが、如何。
 だいたい「荒稼ぎ」云々ということなら、当該記事の同面には、学会出版物の宣伝が執拗(しつよう)に掲載されているではないか。(以下)
1.聖教ワイド文庫・小説『新・人間革命』定価800円(単行本で発行したものを文庫化して販売。まさに1粒で2度オイシイ学会商法だ)
2.『グラフSGI』8月号・定価387円
3.『池田大作全集』第62巻・定価2800円
4.(ダイサクの)創作物語『あの山に登ろうよ』・定価1050円

等々、まことに商魂たくましい!しかも、2を除いて他の3つについては、ダイサクヘの印税収入があると考えられ、まさに濡れ手に粟(あわ)の「荒稼ぎ」ではないか。
 その一方で、財務・広布基金と、搾(しぼ)り取られたあげく、これらの劣悪な出版物を買わされる会員らこそ哀れ、というほかない。(『慧妙』H15.8.1)



【昔の学会指導】
 創価学会が破門になる以前は、何の異議もなく、先祖供養のために塔婆を建立していた事実があるにも拘(かか)わらず、このように讒言(ざんげん)の限りを尽くすことは、ためにする悪口誹謗という他ない。
 これまで正法により供養された学会員の先祖の、嘆(なげ)きの悲鳴が聞こえてきそうである。

◆(塔婆供養は)形式ではありません。仏法上の儀式であります。色心不二の成仏、草木成仏の深い原理からきているのであります。塔婆供養の原理についていえば、人が死ぬと宇宙の生命に溶けこみます。色心不二の二法であるゆえに、この生命を塔婆という体を作って供養すれば、聞いた題目が生命に感じて業が薄くなり、苦悩を少なくしうるのです。1個の肉体を塔婆として、これ自体が死人の肉体に変わり、自身の生命を強めることができます。この功徳は、一心法界ですから、自分の身に帰るのであります。生命論がわからなければ、この深い原理はなかなかわかりません(『戸田城聖全集』第2巻176頁/『慧妙』H20.7.16)

◆よく世間では、ナスやキュウリに箸をさして飾ったりしますが、そんなことで先祖供養ができるわけはありません。聖僧を呼んで供養すべきであります。だが、聖僧といってもいません。真の聖僧は、日蓮正宗の御僧侶のみであります。ところが、こんなにおおぜい呼んで食べていただいたら、財布が下痢をしてしまう。そこで塔婆供養をするのです(『戸田城聖全集』第2巻178頁/『慧妙』H20.7.16)

◆塔婆供養の意義について述べておきたい。死後の生命は、宇宙に冥伏(みょうぶく)し、生前の因縁に応じて、十界のそれぞれの世界で、苦楽の果報を受けているのである。塔婆供養による唱題の回向によって、諸精霊に追善がなされ、生命の我を悪夢から善夢へと転換していけるのである。(池田大作の指導『大白蓮華』S59.5 42頁/日蓮正宗リーフレット「創価学会員の方へE」H23.)





塔婆

(『大白法』H19.7.16)

【塔婆とは】
 塔婆とは、梵語の「ストゥーパ」の音写である卒塔婆(そとば)のことで、方墳・円塚(えんちょう)・霊廟(れいびょう)・功徳聚(くどくじゅ)などと訳します。
 元来、仏・阿羅漢・帝王などの身骨、また遺髪・所持品などを納め、その上に土石や塼(せん=瓦)を積んで土饅頭の形にしたもの、あるいは木材を組み合わせて造った築造物を指します。後に釈尊の聖跡を標示するための構築物(支提=しだい)を指すようにもなりました。
 中国へは三国時代に伝わり、楼閣建築と結びついて重層塔が成立し、日本に伝わって木造の多宝塔・三重塔・五重塔や、石造の十三重塔などが建立されました。
 その後、日本では五輪形式の塔が一般的となり、木板・木柱・石板に刻み目をつけた墓標や供養塔が作られるようになりました。


【五輪の塔婆】
 五輪の塔婆は、角や丸の形を積み重ねて1つの体を表すもので、下から方形(四角)・円形・三角形・半円形・如意宝珠の順序で組み立てるのが基本的な形です。これは地水火風空の五大を表します。すなわち、方形は地輪、円形は水輪、三角形は火輪、半円形は風輪、如意宝珠は空輸です。一番下の地輪は地面を意味し、次の水は地面の上に溜(た)まるので地の上となり、火は水より高く空中に昇る性質があるので水輪の上、風は火よりも上に昇ることができるので火輪の上、空は最も上にあるので一番上に置かれます。
 この五大(五輪)は『総勘文抄』に、
 「地水火風空(中略)是(これ)則(すなわ)ち妙法蓮華経の五字なり」(御書1418頁)
とあるように、妙法蓮華経の五字を現します。
 また、この五大は妙法蓮華経の仏の身体を表現したものであり、『御義口伝』に、
 「我等が頭は妙なり、喉(のんど)は法なり、胸は蓮なり、胎(はら)は華なり、足は経なり。此の五尺の身は妙法蓮華経の五字なり」(同1728頁)
とあるように、我々の身体もまたこの妙法蓮華経の五字に配されるのです。


【塔婆建立の意義】
 本宗の塔婆は、表に「妙法蓮華経」の題目を書き、その下に法華経『法師品第十』に説かれる、
 「此中已有。如来全身」(此の中には、已に如来の全身有<いま>す)」(法華経327頁)
という経文を書きます。これは塔婆が妙法蓮華経の仏の体であることを表します。そして、そこに故人の戒名や名前を書き入れることによって、成仏の境界を現すのです。
 この『法師品』の文の直前には、法華経が存在するところには七宝の塔を建立すべきこと、そしてその塔の中には仏舎利(釈尊の遺骨・砕身の舎利)を安置する必要はないことが説かれています。前掲の経文はその理由を明かしたところで、法華経の中にこそ如来の全身(法身の舎利)が存在することを示しています。
 塔婆を建てるのは、建立する人の信心と追善の願力とによって、亡くなった人の霊を妙法に照らされた仏身として現すもので、御本尊を通じて題目を供養するゆえに、その功力によって亡魂(ぼうこん)も、また回向する人も大功徳を受けるのです。
 『草木成仏口決』に、
 「我等衆生死する時塔婆を立て開眼供養するは、死の成仏にして草木成仏なり」(御書522頁)
とあるように、塔婆供養は自ら題目を唱えることのできない亡者や非情の草木を、御本尊の御威光と題目の力によって成仏させるものなのです。


【塔婆の功徳】
 塔婆の功徳について、造塔延命功徳経には、あと7日の寿命と告げられた波斯匿王(はしのくおう)が、釈尊から、童子が戯(たわむ)れに自分の背丈(せたけ)ほどの土の塔を建てた功徳によって7年の寿命を得たという因縁話を聞いて発心し、多くの塔を建立して寿命を延ばしたことが説かれています。
 また、大聖人は『中興入道御消息』に、
 「丈六のそとば(卒塔婆)をたてゝ、其の面(おもて)に南無妙法蓮華経の七字を顕(あら)はしてをはしませば、(中略)過去の父母も彼のそとばの功徳によりて、天の日月の如く浄土をてら(照)し、孝養の人並びに妻子は現世には寿(いのち)を百二十年持ちて、後生には父母とともに霊山浄土にまいり給はん」(同1434頁)
と仰せられ、塔婆の功徳によって過去の父母が成仏することはもちろん、建立主やその妻子も現世において寿命を長らえることを御教示です。
 『上野殿御返事』に、
 「いまをも(思)ひい(出)でたる事あり。子を思ふ故にや、をや(親)つき(槻)の木の弓をもて、学文せざりし子にをし(教)へたり。然る間此の子うたて(無情)かりしは父、にくかりしはつきの木の弓。されども終には修学増進して自身得脱をきわめ、又人を利益する身となり、立ち還って見れば、つきの木をもて我をうちし故なり。此の子そとば(卒塔婆)に此の木をつくり、父の供養のためにた(建)て、てむ(手向)けりと見へたり」(同1360頁)
とあります。
 父母や先祖に対して真の孝養を尽くしたいのであれば、私たちはまず第一に御本尊を信じ、一生懸命に信心修行して功徳を積み、その功徳善根をもって亡くなった人に塔婆回向をすることが肝要です。
 本宗においては常盆・常彼岸と言われます。毎日の生活の中に報恩の心、追善の気持ちを忘れることなく、正しい塔婆供養の意義を理解して、故人の成仏を祈念いたしましょう。





「空」と塔婆供養の原理(仮題)

―「死後の生命と空観」―
(『戸田城聖全集』第4巻249頁〜)

 きょうは、諸君らが聞かないけれども、私は話そう。
 それは、仏法における空観という問題である。ドイツの哲学界は、哲学の本場みたいにいわれているところである。あそこの哲学では「有る」ということと「無い」ということと、この2つを根源にしている。仏法には「有る」と「無い」とのほかに「空観」というひとつの人生問題を考え、生命問題を考える根幹がある。これが、なかなか、わからない。
(中略)「ここに米国のことばがありますね」「そんなのありません」「では、ドイツのことばがありますか」「ありません」「日本のだれかが話をしている声がありますか」「そんなものありません」
 ない?ないといえますか?精巧なラジオをここにおくのです。聞こえるではないか。ないとはいえますまい。上海で放送しているものと、朝鮮で放送しているのや、米国の放送でも、ドイツ、フランスでも聞こえるではないか。50ぐらい並べてやらせて、ごらんなさい。とても耳がいたくなってしまう。ないといえますか?あるのです。「あるのなら、聞かせていただきたい」といっても、機械はないから、聞かせられない。
 どうですか、この部屋のなかに、ドイツのことばもあれば、英国のことばもあれば仏国のも、ラジオ東京も、NHKのも、まだ、こまかいことをいえば、屁の音まではいっている。屁の音も、ラジオの電波と合えば聞こえるのですから。いまのテレビのように、科学が発達すると、においまで出てくるかもしれない。
 そうすると、ドイツのことばの背中に、米国のことばがおんぶしているものでもないでしょう。また、中国語の上に朝鮮語が並んでいるのでもないでしょう。どうなのでしょうか。さきほどの朝鮮語と中国語が並んで、ことばどうしがケンカをしているのではないか。
 この部屋にある、あらゆるいっさいの声だけの問題だけでしょう。においは違う。現代の科学ではわかるでしょう。声がある。あるけれども、ちっともじゃまにならない。これが出てきた日にはたいへんです。耳をふさいで歩かなければならん。隣の人の話すことも聞けなくなる。
 それと同じに、われわれが死んでからの生命は、この宇宙に、ラジオの電波のように、溶け込んでしまう。あるといえばない。ないといえば出てくる。こうやって、おばけのように出てくるのではない。赤ん坊になって出てくるのです。その状態を空という。
 その声という、1つの大前提をおいて、その声が事実ありながら、また、ないと同じような状態を空という。空は、ごはんを食うというくうではない。天台は達磨の説いた「クウ」を、ハトの鳴くグウと同じといったそうだけれども、へたをすると、ごはんの食うになりそうだ。死後の生命は、このようになる。
 それなら、いいですか。死んで、大宇宙の生命に溶け込むから、ボーンと死んでしまえばすむだろうが、それですむだろうか。ダメなのです。肉体とも心とも違う。『御義口伝』に
 「色心不二なるを一極と云う」(御書全集708頁)
 その生命という問題は、われわれの心とは違っている。それを安楽行品(法華経)に「十八大空」で説いていますけれども、われわれの生命というものは、大宇宙に溶け込むのです。それなら、そのままでいいではないか。しかし、出てくる。それなら、出てきたときに、その生命の運勢がよくなるために、信心したらいいではないか。それは、うそです。
 米国のことばが、ここへきている以上は、米国の放送局で放送した、その歌なり、なんなりが、そのリズムにのって、ここへきているでしょう。この大ホールに溶け込んでいるだけではないでしょう。あっても、なくとも、われわれの生活は、無関係なその声が、調子をもっているでしょう。そのように、われわれの死後の生命の形も、ぜんぶ大宇宙に溶け込んでいながら、その生命のもっている状態により、悩んだり、楽しんだりしているのです。それが、こわいのです。
 謗法をして死ぬ。真っ黒けになって死んだ。死んだ生命が、大宇宙に渾然(こんぜん)として溶け込んでいながら、死ぬ時の状態を原因として、その大宇宙のなかで、死後の生命自身が生命の生活をやっている。
 もしも、ラジオと同じ機械が発明されて、大宇宙に溶け込んだおやじや兄弟の生命を見ることができれば、じつに悲鳴をあげているものもあれば、歓喜に満ちているものもいる。形もなければ、色もなければ、生命自身がもつ苦しさ楽しさのために耐えるのが、死後の生命なので、その空観というものがわからなければ、生命論の本質はわからない、だから「南無妙法蓮華経と唱えなさい」というのである。
 この唱え死んだものの死後の生命は、まことにおだやかなるものです。また、苦しんで死ぬ者もいる。そこに塔婆供養の原理が成り立つ。溶け込んだだけなら、塔婆供養の必要はない。死んだ者にたいして題目を唱える必要もない。溶け込んだ生命に、生命自身が業を感ずる。これが死後の生命なのです。(昭和30年1月16日 東京・中央大学講堂)





大聖人の御正意曲げた塔婆批判

―塔婆供養の否定に躍起の『新報』―
―経文・御書は塔婆の功徳を明示―

(『慧妙』H16.4.16編集)

<塔婆は釈尊の教えではない?>
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そもそも日本で見られるような板塔婆というのは、釈尊本人が説いたものではない。また、仏教本来の教えではない(『創価新報』H16.3.17)
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◆[卒塔婆]=死者の追善供養のために立てる、塔をかたどった木板。(中略)中国や日本では三重や五重の木造の塔が多い。後に、死者の追善供養のために塔の形の切り込みをつけた細長い板に、経文や戒名、命日などを記して、墓のそばに立てる風習が生まれ、現在ではこの板のことをいうようになった(『新版仏教哲学大辞典』聖教新聞社版)
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塔婆の意義と目的を説明しており、『新報』の言い分とは、ずいぶん食い違っている。


<塔婆なくとも成仏できる?>
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日蓮大聖人は塔婆を立てることを「勧められた」わけではない。まして、塔婆供養をしなければ先祖が成仏しないとか、回向にならないなどということは、御書のどこにも述べられていない(『創価新報』H16.3.17)
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全く根拠のない妄説である。

●我が滅度の後、我が全身を供養せんと欲せん者は、応に一の大塔を起つべし(法華経338頁)
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供養のために、大塔すなわち塔婆の建立を勧められているではないか。

●我等衆生死する時塔婆を立てて開眼供養するは、死の成仏にして草木成仏なり。(中略)されば草木成仏は死人の成仏なり(『草木成仏口決』御書522、全集1339頁)
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明らかに、塔婆が大聖人の時代の化儀であり、塔婆によって「死人の成仏」が果たせる、との仰せではないか。

●去(みまかり)ぬる幼子のむすめ御前の十三年に、丈六のそとば(卒塔婆)をたてゝ、其の面に南無妙法蓮華経の七字を顕はしてをはしませば、(中略)過去の父母も彼のそとばの功徳によりて、天の日月の如く浄土をて(照)らし、孝養の人並びに妻子は現世には寿(いのち)百二十年持ちて、後生には父母とともに霊山浄土にまいり給はん事、水す(澄)めば月うつり、つゞみ(鼓)をう(打)てばひゞきのあるがごとしとをぼしめし候へ等云云。此より後々の御そとば(卒塔婆)にも法華経の題目を顕はし給へ(『中興入道御消息』御書1434、全集1334頁)
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塔婆供養の功徳が、亡者のみならず、立てた願主にまで廻ることを明かされている。


<塔婆讃歎は念仏制止の方便?>
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(※『中興入道御消息』について)当時は、念仏が書かれた塔婆が横行していた。そのなかで中興入道は、法華経の題目を塔婆に認(したた)めた。大聖人が称賛されたのは「題目を根本にした信心」なのである(『創価新報』H16.3.17)
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 しかし、前の『草木成仏口決』では、
 「我等衆生死する時塔婆を立てて開眼供養するは、死の成仏にして草木成仏なり」
と仰せられ、また『中興入道御消息』では
 「そとば(卒塔婆)を立てゝ」「此れより後々の御そとばにも」
と仰せられている。これらの御文を素直に拝せば、亡者の供養のためには塔婆を立てるべきこと、また、現在と将来建立されるであろう塔婆についても言及され、その塔婆には題目を認めるよう、御指南されているのである。
 もし、『新報』のいうように、単に「題目を根本にした信心」を御教示されたのであれば、塔婆供養の志主(願主)に備わる功徳を説かれる必要など、まったくない。
 また、他の御書において「題目」を説かれる箇所は「唱える」ことの意義だが、この『中興入道御消息』では「題目を顕はし」すなわち、題目を書写した塔婆の功徳を述べられているのであって、両者はまったく相違している。
 その点について『新報』は故意に触れていないのである。


<塔婆は金集めの手段?>
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供養収奪のための塔婆商法(『創価新報』H16.3.17)
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宗祖の御指南をも侮蔑(ぶべつ)する暴言を吐いているが、後代の者が大聖人の御指南をもとに、塔婆供養を行ない、またその意義と功徳を説くことは、当然のことである(塔婆の意義については、御義口伝に甚深の奥義が説かれていることを付言しておく)。


<昔の学会指導>
 創価学会が破門になる以前は、何の異議もなく、先祖供養のために塔婆を建立していた事実があるにも拘(かか)わらず、このように讒言(ざんげん)の限りを尽くすことは、ためにする悪口誹謗という他ない。
 これまで正法により供養された学会員の先祖の、嘆(なげ)きの悲鳴が聞こえてきそうである。

[画像]:大聖人の御正意曲げた塔婆批判=塔婆供養を誹謗した『創価新報』(3月17日号)の記事





「塔婆で荒稼ぎ」との非難を粉砕

―歴代会長の指導とも正反対の妄説―
(『慧妙』H15.8.1編集)


 世界の創価だ、宇宙のセンセーだ(?)等と強がって見せても、ともかく宗門の動向が気になって仕方がない創価学会。
 その1つの表われが、孟蘭盆や彼岸の季節に、必ず『聖教』他の機関紙に掲載される、僧侶の導師による法要・塔婆供養等の化儀を否定するキャンペーンである。
 今年の孟蘭盆に先立つ、7月10日付社説、及び同13日付7面にも、その種の誹謗(ひぼう)記事が掲載された。

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>我が国では、仏事や法事はもっぱら僧侶に依存してきた歴史がある・・・そうした風潮を打破したのが牧口初代会長(『聖教新聞』H15.7.10社説)
>(牧口会長は)僧侶依存の信心の在り方を、寺信心、裏口信仰と痛罵(つうば)した。日蓮大聖人の教えを寸分違わず実践された初代会長にとっては、当然のこと(同)
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 大聖人が僧形で御出現せられたことすら亡失したかのごとき、支離滅裂(しりめつれつ)発言。
 学会が、信仰上僧侶に依存しないというのであれば、御書はむろんのこと、総本山御歴代上人の御遺文を、自己正当化のために悪用することは即刻停止すべきである。
 そして何より、僧形の飼い犬(脱落僧)どもを葬式や法事などに利用せず、即刻解雇するのが道理であるが、そもそも、彼奴(きゃつ)らを僧侶などとは微塵(みじん)も思っていないから、平気で使い回せるのだろうか。
 頭破作七分の一闡提人(いっせんだいにん)の思考回路は、本当に理解不能だ。


同13日付7面にも、同様の記事が掲載されている。この記事は、7月1日付『大白法』の記事を歪曲した『聖教』記者の質問を受けて、副会長のマサキマサーキ(本名・正木正明)が質問に答える形のものだが、マサキの解答中、問題点をいくつか指摘してみよう。
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回向に坊主がいなければならないとか、塔婆が絶対必要などとは、御書のどこにも説かれていない(『聖教新聞』H15.7.13)
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 「塔婆が絶対必要」などと、当該『大白法』記事のどこに書かれているというのか
 書かれてもいない事柄を、書かれているかのように歪曲(わいきょく)する―こういう類(たぐい)をデマというのだ、マサキマサーキ君。
 だいたい「塔婆が絶対必要」などと強要されて塔婆を建立する法華講員は、1人もいない。皆、大聖人が御書にお示しのまま、自らの信心の発露として自主的に行なっているのである。
 むろん、邪義に染まったマサキには理解不能だろうが。
 それでもなお、マサキが塔婆の化儀を否定するなら、五重塔脇の戸田城聖氏の墓地に、盆や彼岸の際、氏の塔婆を建立していた池田に対し、「センセーは間違ったことをした」と、しっかり指摘し、さらに、以下の戸田会長の指導は「間違いです」と、会員に周知徹底せよ。
 さなくば、戸田指導と真っ向から矛盾する発言をなすマサキは、師敵対の批判を甘受しなければならない。

◆塔婆供養の原理についていえば、人が死ぬと宇宙の生命に溶けこみます。色心の二法であるゆえに、この生命を塔婆という体を作って供養すれば、聞いた題目が生命に感じて業が薄くなり、苦悩を少なくしうるのです(『戸田城聖全集』第2巻・176頁)

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塔婆の荒稼ぎが横行(『聖教新聞』H15.7.13)
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 塔婆供養を「荒稼ぎ」というならば、前述のような指導をした戸田氏も、また以前、総本山に対し、各地の学会墓園への僧侶の派遺を依頼し、「塔婆供養もできます」と言って会員らを勧誘した学会組織そのものも、「荒稼ぎ」の仲間ということになるが、如何。
 だいたい「荒稼ぎ」云々ということなら、マサキ記事の同面には、学会出版物の宣伝が執拗(しつよう)に掲載されているではないか。(以下)
1、聖教ワイド文庫・小説『新・人間革命』定価800円(単行本で発行したものを文庫化して販売。まさに1粒で2度オイシイ学会商法だ)
2、『グラフSGI』8月号・定価387円
3、『池田大作全集』第62巻・定価2800円
4、(ダイサクの)創作物語『あの山に登ろうよ』・定価1050円

等々、まことに商魂たくましい!しかも、2を除いて他の3つについては、ダイサクヘの印税収入があると考えられ、まさに濡れ手に粟(あわ)の「荒稼ぎ」ではないか。
 その一方で、財務・広布基金と、搾(しぼ)り取られたあげく、これらの劣悪な出版物を買わされる会員らこそ哀れ、というほかない。

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仏法の追善は「自身の仏道修行」が根本です(『聖教新聞』H15.7.13)
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 そんなことはマサキ君に言われなくても、まじめに信行に励む法華講員なら小学生でも知っている。
 マサキ等が批判の対象にしている『大白法』記事中にも、「本宗では古来、常盆・常彼岸といって、毎日の朝夕の勤行において怠りなく先祖供養を行なっています」と書いてあるとおりだ。
 まして大聖人の御教えを唯授一人の血脈の上に信じ、行じているのは、法華講員のみである。そして、塔婆供養それ自体も、大聖人の御教示に基づく「自身の仏道修行」に他ならないのである。
 マサキは、
 「我が身いまだ法華経の行者ならざる故に母をも仏になす事なし。」(御書469頁)
との御文をもって、当宗僧俗を誹謗したが、大御本尊を厳護し奉り、大聖人の仏法を未来へと伝持する和合僧団の破壊を企むマサキらこそ、絶対に「法華経の行者」ではなく、絶対に「母をも仏になす事」は不可能である。
 「悪人に供養したら悪道に堕ちると大聖人は戒められている。ゆえに、日顕宗の寺で塔婆を立てないことことこそ、回向の本義にかなっていることだけは確かだ(笑い)」
とマサキは言うが、キサマの言うとおり、創価学会に対するあらゆる糧道を断つことこそ、「回向の本義」に通じていることだけは確かだ(笑い)。

[画像]:「塔婆で荒稼ぎ」との非難=『聖教新聞』(平成15年7月13日付)「会員と語る」欄。副会長の正木正明がデマを並べて日蓮正宗を誹謗







邪教化象徴する色花や造花

―ニセ本尊に相応しい化儀―
(『慧妙』H17.2.1)

 今回のターゲットは1月8日付『聖教新聞』である。
 以前から『聖教』紙面を見て感じていたことだが、1月8日付『聖教』の1面で、1番目立っているのは「色花」。
 1月7日、牧口記念会館で行なわれた「本部幹部会」の様子を報じる写真で、1番大きく写っているのは、池田大作でもカネ子でもなく、目にも鮮やかな白いバラ、色とりどりのアレンジメントフラワーである。
 しかも、それらの「色花」は、リンゴや柑橘(かんきつ)類などの供え物の真横に配置されており、写真を見る限りでは、「色花」は須弥壇前に供(そな)えられているようだ。
 また、写真で確認できる三具足の類(たぐい)は、経机に置かれた燭台(しょくだい)のみ。香炉としきみは何処に?
 創価学会の会員達の間では、プラスチックの「造花しきみ」が人気を博しているが(なにせ水替えなどの手間が省けるので、「怠行」の会員らには便利この上ないもの、に見えるらしい)、ニセ本尊には最適のアイテムと言えるだろう。さすが「造花学会」。
 いずれにしても、血脈の切れた邪教集団にとっては、「しきみ」が「色花」や「造花」に変わっても、全く意に介さないのであろう。
 ここで、本宗における「しきみ」の意義を確認しておこう。
 『法華経方便品』には、
 「栴檀及び沈水 木樒并(なら)びに余の材」(新編法華経115頁)
をもって御宝前を荘厳することが説かれている。
 色花は、見た目には美しく見えるが、やがてしおれて散ってしまう。これは仏法上、無常なることを示している。その無常を示す色花は、末法万年の衆生を救護あそばされる御本仏へお供えするには、ふさわしくない。
 常住不滅、尊極無上の御本尊の御宝前を荘厳する華(はな)は、常住にして清浄無垢(むく)をあらわす華であるべきだろう。
 しかして、しきみは豊かな生命力をあらわす常緑樹であり、しかも、松・杉・榊(さかき)などと違い、特有の香気を持つ日本唯一の香木である。その香気は、邪気を払い、不浄を清浄ならしめる力がある、とされる。それ故、本宗ではしきみを尊ぶのである。(『続・日蓮正宗の行事』より・趣意)
 澱(よど)む末世の徒花(あだばな)・創価学会。おぞましき創価の集会を飾る色花は、不浄・無常なる彼奴(きゃつ)等の存在をスバリ象徴している、といえよう。





「袈裟は供養集めの小道具」破折(仮題)

(『慧妙』H16.5.1)

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<秋谷> 以前も言ったが、日顕宗の坊主などというものは「信者を騙(だま)す」のが商売だ。頭を丸めているのも、袈裟も中啓も、さも有り難そうに見せるため、権威ぶって見せるための「小道具」だ。"信者寄せ""供養集め"のための道具だ。
<青木> (略)「子供騙し」ならぬ「ころも騙し」だ。
(『聖教新聞』H16.4.14)
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 青木よ、滑稽(こっけい)な顔でダジャレを言っている場合ではない。
 学会では、自らの帰命依止の対象(いわゆるニセ本尊)を指して「日寛上人の御本尊」と詐称(さしょう)しているが、ならばその日寛上人は、当宗の法衣についてどのように御教示されたか。『当家三衣(さんね)抄』の御指南を知らぬとは言わせない。
 同抄では「道理」「引証」「料簡(りょうけん)」にわたって、当宗の三衣の意義を詳しく御教示されている。
 とくに秋谷が"信老寄せ""供養集め"の「小道具」と口を極めて罵(ののし)る、当宗の袈裟については、
 「本門三大秘法の大白法広宣流布の瑞相なり」
と仰せである。
 また、当宗の衣が薄墨であることについては、
 「三には是れ順逆二縁を結ばんが為めなり、謂わく、僧祇律に云わく、三衣は是れ賢聖沙門の標幟なり(略)標幟は即ち是れ旗幟なり。凡そ諸宗諸門の標幟と当門の標幟と其の相雲泥にして源平の紅白よりも明きらかなり、故に信ずる者は馳せ集まりて順縁を結び、謗(そし)る者は敵となって逆縁を結ぶ、故に但薄墨を用うるなり」
と御教示である。
 なんと、ありがたい御教示であろうか。秋谷のような謗法者ですら「謗る者は敵となって逆縁を結ぶ」ことが叶(かな)うのである。
 さらに、
 「三衣は是れ賢聖沙門の標幟なり(略)標幟は即ち是れ旗幟なり。凡そ諸宗諸門の標幟と当門の標幟と其の相雲泥」
と仰せのとおり、当宗の「旗幟」たる三衣と、池田創価学会の旗印「三色旗」との差が、「源平の紅白よりも明きらか」であることは論を俟(ま)たない。
 そしてその「三色」は、地獄・餓鬼・畜生・修羅の四悪趣を表するものであり、秋谷らがすでにその境涯に堕していることを象徴するものである。





「10月13日」を"単なる命日"と見る今の学会

(『慧妙』H15.11.1編集)

<「厳粛に勤行・唱題、焼香」??>
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◆日蓮大聖人御入滅の日・勤行法要が10日(中略)東京・信濃町の広宣会館(創価文化会館内)で行なわれた。(中略)法要では、厳粛に勤行・唱題、焼香・・・(『聖教新聞』H15.10.11)
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◆本年8月18日付同紙の第1面には、「戦没者追善勤行法要」なるものを催した旨の記事が掲載されており、この法要では「勤行・唱題、焼香を厳粛に行」なったと報じられている。
◆9月24日付の第1面にも、「秋季彼岸勤行法要」と称する集会の記事で、参列者が「勤行・唱題」し、焼香する写真が掲載されている。
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要するに、盆や彼岸に合わせて亡者の供養(の真似事)をした、というのだが、この「法要」と「御入滅の日・法要」は、いずれも、やっていることは勤行・唱題題、焼香で、全く同じである。


<「10月13日」を慶祝できない池田学会>
【お会式】=日蓮大聖人の現有滅不滅・常住此説法の御姿を慶祝する儀式。他宗派で忌辰(きしん)法会としているのとは異なり、末法の御本仏・日蓮大聖人の御出現をたたえるもの。(『仏教哲学大辞典』聖教新聞社発行・昭和60年版)
=大聖人は弘安5年(1282年)10月13日、池上宗仲の館で御入滅になったが、これは常住の御生命において不滅の滅を表されたのである。故に御本仏の御生命の当体は本門戒壇の大御本尊に、末法の一切衆生を導く仏法の法体は唯授一人血脈相承の総本山大石寺歴代の御法主上人に厳然と受け継がれてきているのである。故に御本仏の御出現を慶祝し、御法主上人を仰ぎ、本六僧が酒を酌み交わすのが古式豊かな三三九度の御盃の儀式である。(同)
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少なくともこの頃の創価学会は、お会式を「慶祝する儀式」と捉え、「他宗派で忌辰法会としているのとは異な」ると説いていたのである。
変↓節

日蓮大聖人御入滅の日・勤行法要が10日(中略)東京・信濃町の広宣会館(創価文化会館内)で行なわれた。(中略)法要では、厳粛に勤行・唱題、焼香・・・(『聖教新聞』H15.10.11)
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 「御入滅の日・勤行法要」?聞きなれない名称だ。つまり、本音では日蓮大聖人を御本仏と信じられない創価学会は、この法要とやらを「慶祝」の「お会式」と位置付けることができないのであり、また、新興宗教ゆえのコンプレックスから、従来の「お会式」の呼称を使いたがらないのである。
 したがって、『仏教哲学大辞典』における、他門日蓮宗が「お会式」を単なる「忌辰法会」としているとの非難は、そのまま現在の創価学会に還著(げんじゃく)する。
 事実、10月11日付記事には「慶祝」の2文字はついぞ見あたらず、完全に他門と同等、いや、それ以下の立場に堕(だ)していることが看取される。

日蓮宗で日蓮の忌日に行う法会。御命講、御影供とも称す(『日蓮辞典』27頁)
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日蓮正宗の「お会式」は「慶祝する儀式」として奉修されるが、他門日蓮宗等においては、単なる宗祖の命日忌法要と位置づけている。これは、要するに大聖人を御本仏と拝することができないから、「慶祝」しない、否、できないのである。


<御入滅より寄贈品が重要な『聖教新聞』>
 ところで、該紙の第1面の記事中、この「法要」の記事よりも、「関西創価学園に友誼(ゆうぎ)のゲル(天幕式住居)」「モンゴル文学大学から寄贈」の記事の方が大きく扱われている。
 正信を亡失した彼奴らにとっては、「大聖人御入滅の日」よりも、移動式テントの方が大事であるらしい。
 さながらモンゴルの砂漠のような、迷妄の砂漠地帯を彷徨(ほうこう)する彼奴らであるから、これからも魔王・池田大作の作出する蜃気楼(しんきろう)のごとき幻影の世界に生きていくのだろう。
 しかし、創価学会員に正信が欠片(かけら)でも残っているなら、早く信心の難民状態から脱却し、大聖人の御許に帰れ、と言いたい。
 宗祖日蓮大聖人は、今昔変わらず総本山大石寺にて「常住此説法」されている